第14話② 九条凪⑧
そうして現在、俺たちは地元の駅の近くに隣接する映画館に足を運んでいた。
昼休みの別れ際、彼女は「じゃあ、放課後に昇降口で待ってるから。あんまり遅くなると映画始まっちゃうから急いで来てね」と約束を残していき、俺はそれにしたがって昇降口で彼女と落ち合い、こうして二人、映画館までやってきたのだ。
しかし、最近の若者はこうも気軽に男女で遊べるものなのだろうか。
かくいう俺自身も若者ではあるのだが、彼女と二人で映画を見ることに対して少し身構えてしまっている。
この間の帰り道ではそんなに意識をすることもなかったのに、今日はなんだかソワソワしてしまうのだ。
あれか、「男女でお出かけ!」とか思っちゃうとダメなのだろうか。
もっとこう「いや、マジでただの友達っすね、女としてなんか見てないっす」とか「インスタ映えの餌」とか「JK散歩」みたいにライトな感じで捉えたほうがよいのだろうか。
そうでも思わないと、映画に集中できない気がする。
俺達が住む街は正真正銘、紛れもないド田舎なのだが、駅前ともなると最近ではそうでもないようで、徐々に近代的な発展を見せている。
映画館、ショッピングモール、カフェ、アミューズメントパーク、カラオケ等々。
高校生が暇を潰すには十分なくらい、娯楽施設が充実しているのだ。
普段、遊ぶといったら西野とカラオケに行くか、飯を食いに行くか、ゲームをするくらい。
用事でもない限りはあまり駅前に訪れなかったからか、数年前とは変わってしまった町並みに驚きを隠せないでいた。
しかし、悲しきかな地方の限界。
駅前から数十メートルも離れてしまえば、その仮面は簡単に剥がれ落ちてしまい、何の変哲もないただの住宅街が広がっていき、この町の空虚な田舎っぷりがバレてしまうのだ。
このままで大丈夫なのか。
そう、思わず自分の地元が心配になってしまった。
映画館のエントランスを抜け、中をぐるりと見渡してみる。
ここには幼い頃に何度か、両親に連れられて映画を見に来たことがある。
だがしかし、今となっては当時の面影などは一つも残っておらず、俺の思い出の中にあったかつての映画館はきれいさっぱりと消えてなくなってしまっていた。
そこにあったのは、黒々とした高級感溢れる内装、自動券売機、映画のキャラと撮影できるプリクラなどのハイテクで近代的な機械達であって、俺が訪れた頃とはまるで別物と化している。
「ここの映画館、小学生の頃に何回か来た事あります」
「そうなんだ、それじゃあ今日は久しぶりの来館だね」
「何だか、雰囲気変わりましたよね」
「そうかな?」
「はい、豪華な感じになりました」
「あはは、そうだよね。昔は自動券売機なんてなかったし」
彼女は笑いながらそう言って、カウンターの方へと歩って行く。
前売り券をチケットに引き換えに行ったのだろうと察し、彼女を待つ間、ポスターやらチラシやらを見て暇を潰す。
数ある広告の中に、ハンドメイド感というか、いかにも素人が作りましたよと言わんばかりのチラシが一つ。
それに、思わず目が移った。
『〇〇市 第〇〇回 花火大会 七月二十日 開催』
映りの悪い花火の写真と共に、簡潔にそれだけの情報が記されていた。
おそらく、我が地元の花火大会の告知だろう。
スケールは小さいながらも、地元民、特に学生にとっては一大イベント。
小学生の頃は付き合いと惰性で見物しに行っていたが、ここ数年は足を運んでいない。
小さな街に住む多くの人々が一ヵ所に集まるからである。
面倒事が嫌いで、他人と関わるのが嫌いな俺にとって、あのイベントは拷問そのもの。
遠い昔の、まだ本当のガキだった頃の記憶を思い出しただけでも寒気がするくらいだ。
そうやって身震いしながら両肩を察すっていると、引き換えを終えたのか、彼女が二枚のチケットを持ってこちらに戻り、その片方を俺に渡した。
「上映開始まで少し時間あるね、どうしよっか?」
「そうですね……」
軽く会釈をしながらチケットを受け取り、何かないかなと辺りを見渡す。
すると、カウンターの隣にフードコーナーのメニューがあるのに気が付いた。
「九条先輩」
「何?」
「映画のチケットの分、飲み物と、あと映画見ながらつまめるものとか奢りますよ。何がいいですか?」
“彼女が貰った前売り券”で映画を見るのだ、それは実質彼女に映画代を奢ってもらったようなもの。
彼女に奢られっぱなしになるのは何だか悪いし、俺の男として威厳が損なわれてしまうような気もする。
だから、映画代を出してもらう代わりに、飲食代くらいは俺が出しておこうじゃないか。
そう思って、俺は彼女に提案しながらフードコーナーのレジへと向かった。
「えっ? い、いいよ、そんな。前売り券だって元々タダでもらったようなものだし……それに、今日は私の方から誘ったんだから、私が払うよ」
すると、彼女は俺の隣を歩きながら首を横に振り、それを拒否するだけではなく、あろうことか自分がこの場の会計を持つとまで言いだしたのだ。
ここで彼女に全ての料金を払わせたりしようものなら、さすがに俺の面子は丸つぶれになってしまう。
なので、俺も必死になって彼女を説得しようとする。
「さすがにそれは悪いです」
「大丈夫だよ、気にしないで」
「気にします。俺が払いますから」
「だ、だめだよ。私が払う」
しかし、彼女も一歩も引かないので、俺達はレジの前にて押し問答を繰り広げ始めることになる。
「あの~お客様……後ろがつかえておりますので……」
俺が、いいや私が、などと議論に熱中していると、それに割って入るようにフードコーナーの店員がそう言った。
二人で後ろに振り返る。
すると、そこにはいつの間にか二・三組の客が並んでいて、言葉に出して言わないものの、その苦笑いをするような表情には「何でもいいから早くしてくれ」というメッセージが込められているのが容易にうかがい知れた。
俺も彼女も慌てて「す、すいません」と後ろの客達に謝り、一旦押し問答を休戦して、すぐに商品の注文に移った。
「先輩、飲み物何にしますか?」
「えっと……じゃあアイスティーで」
「わかりました…………すいません、アイスティーとコーラ一つずつ、あと、キャラメルポップコーンを一つください」
店員にそう注文して、彼女がお金を出そうとする前に、俺は自分の財布から五千円札を取り出して会計を済ませた。
おつりをしまい、受け取った飲み物をそのまま彼女に手渡す。
「はい、どうぞ。アイスティーです」
「お、お金……」
「いいですから」
俺が強引にそう言うと、彼女は少し戸惑った様子を見せた後、
「あ、ありがと……」
と言って、うつむいたまま飲み物を受け取ってくれた。
心なしか、彼女の顔に赤みが帯びたように見えた。
……えぇ……まさかこんなことで……
そう思いつつも、気にかかってしまった俺は、直接、彼女に聞いてみた。
「………先輩、照れてます?」
「て、照れてなんかないよ!」
「顔、赤いですよ?」
「なっ!」
俺が指摘すると、彼女はすぐさま近くにあったショーケースに近寄り、自分の顔色を確認する。
俺も彼女の背中から覗き込むようにしてその姿を見るも、やはり、ガラスに映る彼女の顔は赤い。
良かった、俺の錯覚ではなかったたんだという安心感を得て、俺はここぞとばかりに彼女をからかうために、続けて言葉を放った。
「もしかして、男に奢ってもらうの初めてだったんですか?」
俺がそう言うと、彼女の肌はさらに朱色に染まっていった。
彼女はただ口をパクパクさせたまま、無言を貫くだけ。
えぇ……何だよその反応……
冗談で言ったつもりなのに、まさか図星なのだろうか?
それが事実なら、意外も意外である。
彼女の外見は、ひいき目なしに見ても十分可愛い。
それに、俺みたいなむさい男にも臆せずに話しかけくるので、てっきり男慣れしているんだとばかり……
彼女のウブな反応に、俺も思わず赤面してしまいそうになる。
しかし、そこで、神の助けなのかと思ってしまうほどにタイミング良く、俺達が見る予定の映画、『ビーバー、女帝になる』の開場を知らせるアナウンスが流れてきた。
助かったと言わんばかりに彼女を見て、その事実を伝えようとする。
けれど、そう思ったのは彼女も同じようで、
「ほ、ほら! 始まるって! 馬鹿な事言ってないで行くよ!」
全てを誤魔化すようにそう言って、飲み物とチケットを持って入場口にズンズンと進んでいった。
あ、危なかった……心の中で安堵のため息をつく。
あのまま続けていたら、彼女をからかうどころか危うく俺まで巻き添えで恥を晒すところだった。
どうやら、無計画なイタズラは時として自身の身を亡ぼすらしい。
今後は注意していこう。
しかし、まぁ、何だ。
そうなると、彼女に初めて何かを奢った男は、俺ということに………
そう、途中まで考えかけて、すぐに首をブンブンと横に振って思考を停止させる。
なぜ、そんなことをしたのだろうか。
たぶん、訳のわからない妄想をしてしまった自分が気持ち悪かったからだろう。
自惚れるな。
そもそも、俺達の関係はそんな甘ったるいものじゃなかったはずだ。
彼女だって、俺のことなど都合のいい演技練習のサンドバックくらいにしか思ってないはず。
そう、自分を律して、先を行った彼女のあとを追った。
「うわっ、中も広くなってますね」
先ほどの雑念を振り払うかのごとく、異様なテンションで俺は言った。
劇場は、スクリーン内の方も改築されていたようで、壁も、天井も、もちろんスクリーンも、以前来た時とは大きく変化しているようだった。
「一年くらい前にリニューアルオープンしたから、イスとかスクリーンも新しくなってるはずだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「うん」
「先輩はここ、よく来るんですか?」
「うーん、結構来るかな。いつもお昼ご飯一緒に食べてる子たちとかと」
「あぁ、この前俺と一緒に飯食わせようとした……」
他愛もない会話をしながら、カウンターで指定したはずの自分たちの席を探す。
彼女の方が詳しいので、必然的に俺は彼女の後についていくことになる。
彼女は劇場内の階段を登っていくと、全体のちょうど真ん中より後ろぐらいのところでその足を止め、中心部に入っていく。
やはり、この映画館に慣れているのか、席を指定する際に、近すぎず遠すぎず、見上げたり見下したりがない、自然体で一番見やすい席を彼女はチョイスしたようだ。
座席に座り、辺りの様子を伺ってみる。
平日の夕方にしては意外と客入りがいいようで、学生カップル、男子大学生の集団、タンクトップのおっさん、子供とその母親など、様々な層の人たちがこの映画を見に来ているようだった……タンクトップのおっさん?
改めて、この『ビーバー、女帝になる』という作品が、多くの人に愛されているというのを実感してしまう。
「人、意外と多いですね」
「ドラマ面白かったし、やっぱり続きが気になっちゃう人が多いんだよ、きっと」
「なるほど」
「絶対そうだと思う」
「……というか、俺ドラマ版見てないんですけど、いきなり劇場版から見て大丈夫なんですかね?」
「えっ!? 君、ドラマ見てないんだっけ?」
「見てないですよ、この前言ったじゃないですか」
「いや、てっきりあの後見たのかと……それはちょっと……まずいかもね……面白さ半減しちゃうかも……」
「えぇ……映画始まる前にそんな事言われたら見る気なくなっちゃいますよ……」
「た、楽しめなくはないと思うけど、一応続編だから……」
「ど、どうすればいいんですか?」
「うーん………」
「せ、先輩……」
「……じゃあ、軽いあらすじとか、ドラマ版の登場人物とか、教えてあげようか?」
「ホントですか? お願いします!」
軽く頭を下げて教えを乞うと、彼女は口角を上げて「うん」と頷き、ドラマ版の内容の説明を始めた。
ドラマとか、映画とか、演劇に関することを話す時の彼女の表情は本当に生き生きしていて、「好きだ」という感情がひしひしと伝わってくるようだった。
それが、趣味の範疇だとは到底思えないくらいに。
そうやって二人、笑ったり、彼女がちょっと怒ったりを繰り返して、大まかなあらすじを話終えたあたりで、上映開始のブザーが鳴り、映画が始まった。
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