第7話 屋上の殺人鬼⑦
帰宅するや早々、俺は自室のベッドに勢いよくなだれ込み、仰向けとなった状態で見慣れた天井をぼんやりと眺めていた。
今日一日だけで色々な事が起こりすぎて、俺の頭のキャパシティーはもはやパンク寸前。
見たこと、聞いたこと、体験したこと。
それらによって得た膨大な数の情報を脳が処理しきれずに、頭の中の全てが悲鳴を上げ、表情は固まり、感情は失われ、大げさに言えば廃人寸前のような状態になってしまうほどに、今の俺は追い込まれていた。
そのため、ダメージを受けた心と体を回復させようと、自宅でダラダラしてしまうのは必然というか、自然な流れというか、仕方がないことだと言えるだろう。
あぁ、お布団君、君だけが僕の味方だよ。
そうやってだらけていると、ガタガタガタ、と一階と二階とを繋ぐ階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
この足音は……おそらくあいつだろう。
足音の主は階段を登りきると、ノックもせずに俺の部屋のドアを開け、甲高い声で俺に言った。
「お兄ちゃん、ご飯は?」
「あー、今行く」
「早くしないと冷めちゃうよ~」
夏目比奈。
今年小学四年生になる、俺の妹である。
出来損ないの兄とは違い、行動的で賢い、夏目家の唯一の希望のような存在だ。
たまに、コイツが俺の生きる活力を全部吸い取って生まれてきたから、俺がこんな無気力な人間になってしまったのではないかと思うことがあったが、最近の生意気すぎる態度見るに、そもそもコイツは俺の兄弟ですらないんじゃないかと疑い始めた今日この頃である。
元気なことはよいことなのだが、俺に限らず年上をバカにしたような行動ばかりしていては後々苦労するかもしれない。
ここは兄として、妹にマナーというものを教えておいてやるとしよう。
「比奈」
「何?」
「人の部屋に入る時は、ノックぐらいするもんだぞ」
「え~」
「え~、って」
「えへへっ! 次回から気を付けま~す」
そう言って、比奈は部屋から走り去って行った。
……あのクソガキ、絶対に分かってやってやがる!
だって、ドアのノックについて注意するの、これでもう二十回目くらいだもの!
注意するたびに「次から気を付ける」「あ、うっかりしてた」「比奈じゃない、ドアが勝手に開いた」「お兄ちゃんの部屋、いつから自動ドアになったの?」などと言うから今まで見逃してやっていたが、次が来ることなんて永遠になかったんだ。
よし、こうなったら今すぐあいつを泣かしてやろう。
二度と逆らえないように、恐怖を植え付けてやろう。
兄の威厳というものを見せてやろうではないか。
そう思って体を起こそうとするが、ちらりと、また例の想像してはいけないあの人の顔が頭をよぎり、比奈を追うのをやめ、再びベッドに横たわる。
そうだ、今は比奈に構っている余裕なんてない。
“九条凪”
彼女については、ただでさえ分からないことだらけで困っているのに、西野の発言により、唯一可能性がありそうだった「九条凪は演劇部」という予測までもが否定されてしまった。
必死に集めた彼女が変人ではないという根拠は全て潰され、俺の手元に残ったものは明日への不安のみ。
事態は振り出しに戻り、まさに手詰まり、膠着、八方塞がりの状況である。
“明日、どうしよう……”
この一言だけが、今も俺の脳内をグルグルと回り続けていた。
そうしてベッドの上で惚けていると、自分で思っているよりも体が疲弊していたのだろうか、突然、強い睡魔が俺の体を襲い始めた。
一応抵抗してみるものの、どんどん体が言う事を聞かなくなり瞼が重くなっていく。
あぁ……だめだ……こうなってしまったら、もうどうしようもない……。
人間が睡魔に抗うことなど不可能。
そんな事、十七年間の人生の中で知り尽くしているし、それ以前に、長い人類の歴史の中で先人たちがその事実を証明してきたのだ。
足掻くだけ、無駄だという事を。
悟り、早々にあきらめた俺は、その欲求に逆わず、そのままゆっくりと瞳を閉じて、意識を暗闇へと投げ捨てる準備をする。
夕食は冷めてしまうが仕方ないだろう。
今はただ、眠りたい――――――――――
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