最期の時を、あなたと一緒に。
とらたぬ
最期の時をあなたと一緒に
「死ぬのは嫌よ。
でもね、怖くはないの」
「そりゃ、……どういうことです?」
自分はあまり頭が良くないから、この手の問答は苦手だ。
首を傾げてみせると、エレノアは、少しは考えなさいよ、と呆れたように笑って、
「だってね? 私たちには皆がいるのよ。これからを託せる皆が。……あ、皆にあなたは含まれてないわよ? だって一人は寂しいもの」
あんまりな物言いに、しかし、力ない笑みで返す。当然だ、と。
もう長くないし、それでなくたって主を一人で死なすなんて出来るはずがない。
咳と一緒に血を吐いたエレノアが、ねえ、と震えた。
「聞こえるわ、皆の声が。愛しい仲間たちが、惜しんでくれているのよ?
私たち、幸せ者だわ」
その声が強がりだとわかって。
何か気のきいた返しをできれば良かったのだけど、あいにく自分はそういうセンスが壊滅的だ。
だから、言葉の代わりに、もうあまり力の入らなくなった手で華奢な肩を抱き寄せた。
触れた肌を通じて、細い震えが来る。
「泣いてるんですかい、お嬢」
「……泣いてないわ。よく見なさい」
「あいにく、もうほとんど目が見えませんで」
ああでも、
「睡眠術式でもかけましょうかい。もうそのくらいしかできませんで……って、ちょっと、何ですかいお嬢。痛いですって。ちょっと」
「ばか」
「えぇ……?」
「死ぬのはあなたと一緒じゃなきゃ嫌よ。
だって、私たちは二人で始まったのよ? 最後まで一緒じゃなきゃ、そんなの嘘だわ
」
「……泣かんでくださいよ、お嬢。せっかくの美人が台無しですって」
「何よ──」
「あーはいはい。お嬢はどんな顔してたって、いくつになっても美人さんですよーう」
「……ばーか。でもありがとう」
「そいつはどーも」
「ねえ」
「何ですかい」
「今まで一緒に来てくれてありがとう」
「……泣かせんでくださいよ、お嬢」
「いいじゃない。もう二人だけなのよ、私たち」
「……なら、何か楽しい話でもしましょうや」
「もう死ぬのに?」
「だからこそですよ。こんな雰囲気で死んでやるなんて、なんだかシャクじゃないですかい?」
「……たしかに、こんなの私たちらしくないわね」
「じゃあ何を話しましょうか」
「そうね。……これからって言うのはどう?」
「もう死ぬのにですかい?」
「だからこそよ」
「お嬢には敵いませんねえ」
「ふふ、バカね。私はあなたのご主人様なんだから、そんなの当たり前じゃない」
「たしかに」
「私、今度王都にできるっていうケーキ屋に行ってみたいわ」
「あー……、あそこ、経営者が女に騙されて無一文になったらしいですよ」
「ならダメね。代わりにあなたが作ってくれてもいいのよ?」
「一から勉強かー……」
「いいじゃない。これからはいくらでもあるんだから。一緒に頑張りましょう?」
「……まあ自分ら、今までそういうの無かったんで、やってみると案外はまるかもしれませんねぇ」
「だったら──、それこそお店を経営するところまでやってみるのも楽しいかもしれないわね?」
「何ですかい、その、学園の初等部女子の将来の夢みたいなのは」
「……うるさいわね。いちどやってみたかったのよ。悪い?」
「いえいえ、全然これっぽっちも」
「なら私が経営であなたがケーキ作りね」
「それ、俺ばっかり大変じゃないですかい。お嬢はその辺の知識も実績もあるし」
「私も手伝うわ」
「……そりゃ心強い。味見は任せましょうかい」
「何よ、作るのだって手伝うわよ?」
「いやいやいや、お嬢、味見で勘弁してくださいって」
「……私を太らせてどうする気?」
「食べてやる、って言いましょうかい」
「あら、もう何度も食べてるじゃない」
「…………ちょっと、お嬢」
「ふふ、従者失格ね?」
「お嬢だってノリノリだったくせに」
「その気にさせたのはあなたなのよ? 好きだって言われて、嬉しかったの」
「俺もです」
「……ありがと」
「ねえ」
「何ですかい、お嬢」
「好きよ。この世の誰より、あなたを愛してる」
「俺もです、お嬢」
「……ちゃんと言って」
「今ですかい?」
「今言わなくていつ言うのよ」
「そりゃ、……いつでも」
「じゃあ今言って」
「……好きです、お嬢。大好きです。お嬢さえいればもう何もいらないってくらい、愛してます」
「私もよ」
「……ずるくないですかい」
「いいじゃない。私、あなたのご主人様なのよ?」
「そーですかい」
「何よ、拗ねなくたっていいじゃない。
愛してるわ、私だけの大切な従者」
「……不意打ちはずるいですって」
「あら、あなたの得意技じゃない」
「……愛してますよ、お嬢」
「私もよ。愛してるわ」
「俺の方こそ、愛してますとも」
「私もよ。すっごく愛してるわ」
「俺の方こそ、めちゃくちゃ愛してます」
「私もよ……って、キリがないわね」
「お互い、それだけ凄ーく愛し合ってるってことで」
「いいこと言うじゃない」
「どーも」
「ねぇ、最期にもう一度言わせて? あなたのこと愛してるわ」
「じゃあ俺からも。愛してますよ、お嬢。俺を見つけてくれて、感謝してます」
「ふふ、バカね。あなたが私を見つけたのよ」
「そうですかい? ……ならお互い様ってことで」
「ええ、それがいいわ」
「そろそろお別れですね、お嬢」
「あら、それは違うわ。私たちは一緒に行くのよ。これからも、ずっと」
「なら……、行きましょうかい、お嬢」
「ええ。手を握ってくれる?」
「もちろんですとも」
「愛してますよ、お嬢」
「私も。愛してるわ」
最期の時を、あなたと一緒に。 とらたぬ @tora_ta_nuuun
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