第0096話 偽装夫婦

「……ユリコさんは、ちゃんとガザマンさんをれてられるかなぁ?」

「大丈夫だと思いますよ。 勇者様ならきっと引きずってでも連れてきますよ」


 マイミィとマルルカの会話を聞いて驚き、マウィンが口を開く。


「え? そ、それはむずかしいんじゃないでしょうか? ごぞんじだとは思いますが彼は歴戦れきせん勇士ゆうしですから……さすがに女性の力では無理むりじゃないでしょうか?」


 場所は食堂しょくどう黄色きいろいハンカチ』の中である。


 マイミィとマルルカは飲み物を飲み、おしゃべりをしながら、ユリコたちの帰りを待っているところだ。 2人はテーブル席で向かい合って座っている。


 二人が座っている4人がけのまるテーブル席の1つにはガザマンのつま、マウィンが座っており、彼女のひざの上ではむすめがニコニコしながらジュースを飲んでいる。


 マウィンは緑の黒髪くろかみをしているのだが、その長いかみを、顔の左半分がかくれるようにたらしている。 顔の左半分にったひど火傷やけどあとを見えないようにしているのだ。


 そのむすめは3歳くらいだろうか。 マウィンとガザマンの、それぞれのいいところをいだような、とてもかわいらしい顔立かおだちだ。


 この子の顔を見ればガザマンとマウィンの子供だとひと目で分かる。



 カウンターの向こうでは、マッチョな店主てんしゅ鼻歌はなうたまじりであらものをしていた。

 彼は優しくやわらかな表情を見せている。


 なんか、"がたいのいい" 彼がそんな "やわらかな表情" をするなんて、とても想像できない。 すごい "ギャップ" を感じてしまう。



 店の中は綺麗きれいになっている?

 とてもこの店内で一悶着ひともんちゃくあったとは思えないくらい、店内は綺麗きれいになっている。


 マルルカとマイミィが、神術で店の"浄化じょうか修復しゅうふく"をおこなったため、ゆかよごしていたクソ野郎どもの血のあと綺麗きれいに消えているし……


 クソ野郎どもを成敗せいばいするさいこわれてしまったテーブルや椅子いすも元に戻っている。


 いや、元に戻るどころか、すべて新品しんぴんのようになっている。

 店の中も、まるで新築しんちくしたかのように綺麗きれいになっているのだ。



 通常なら営業時間帯であり、どきなのだが……


 あんな事件があったあとだし、ユリコがガザマンを連れてきたら、ここでじっくりと話をしなくてはならないだろうから、店主てんしゅ判断はんだんで今日はもう閉店へいてんしたのである。


 店の入り口のドアには『閉店へいてん』のふだがかけられており、今、店内にきゃくはいない。



 ガザマンは歴戦れきせん勇士ゆうしであり、女のユリコには彼を引きずってくることは無理だと言ったマウィンに、マルルカは笑いながら自信たっぷりに言う……


「あはは! 大丈夫ですよ。女性といってもユリコさんは勇者様なんですから。

 たとえランクSの冒険者でも、勇者様は なんなく 引きずってきちゃいますよ。

 あのほそくてスタイル抜群ばつぐん容姿ようしからは絶対に想像できないでしょうが、ものすごく強いんですよ、彼女は。 マウィンさんもさっきその目で じか に見たでしょう?」


「え、ええ……まぁ……そうなんですが……ちょっと信じられません……」


 カラン! カラン! カラン……


「すみません。今日はもう閉店しま……」

「ガザマンっ!?」

 ガタン!


 うわさをすればかげ……ガザマンだ!

 ん? ユリコは? …… ああ、ガザマンの後ろにいた。彼は大きいからな……


 入り口をふさぐようにガザマンが立っており……、

 ユリコは、彼よりも身体からだが小さいため、意図いとせず彼のうしかくれるかのようになってしまっている。


 状況を説明しよう……


 入り口のドアに取り付けられているベル、来客らいきゃくを知らせるドアベルがったので店主てんしゅが『閉店へいてんだ』とげようとしたようだが……


 それを言いえる前に、マウィンがガザマンに気付いて声をかけた。


 彼女は驚きと喜び、安堵あんど……色んな感情がじったかのような"複雑な表情"をしながら、ガザマンの名を口にした。 その声はさけびに近かった。


 彼の名前を言い終えると同時に、子供をきかかえながら立ち上がったのだが……

 そのさいにマウィンがいきおいよく立ち上がったので、彼女がすわっていた椅子いすが彼女のうしろへとたおれてしまったのだった。



「ガザマン……ああ神様、感謝します。 よかった……帰ってきてくれた……」

「や、やぁ、マウィン。ただいま……」


 ガザマンがくさそうにくちひらいたちょうどその時! 店の入り口から一陣いちじんの風がんできた!? 店の外では結構けっこう強い風が吹いているようだ。


 吹き込んできたその風がマウィンのかみみだした!

 風は、かみかくしていた顔の左半分にもおよぶ大火傷おおやけどあとあらわにしてしまった!


「いやぁーっ! 見ないでっ!」「……うう……うわぁーーーん!」


 マウィンは悲痛ひつうさけびを上げ……

 いている幼子おさなごで顔を隠すようにしながら、その場にしゃがみ込んでしまった!


 マウィンにかれている幼子おさなごは驚いたのか泣き出してしまう……


 しばらく、どうしたものかと迷っていたようだが、ガザマンはおもむろにゆっくりと妻と娘のそばに近づくと、彼はひざまずきながら無言むごんで二人をギュッときしめたのだった。


 ガザマンのその行動に幼子おさなごは泣きやみ、ガザマンの顔を見上げている。

 一方、マウィンは顔をかくしながら、かたふるわせて泣いているようだ。


 彼女は愛するガザマンには火傷やけどあとをどうしても見られたくないのだろう。

 本当は生還せいかんしたガザマンの顔をじっくりと見たいのだろうが……。


 ガザマンは妻と娘をきしめながら、物憂ものうげでかなしげな表情をかべる……


 火傷やけどあとを見られることにおびえ、かなしみ、くるしむ妻の様子ようすに、まるでこころかれるかのように、ガザマンの心もいたかったのだ。


『ユリコさんならマウィンがったひど火傷やけどあとだって治せるかもしれない……。

 ああ、つま火傷やけどあとを治して欲しいとたのみたい……いや、さすがにそんなお願いをするのは ちょっと ずうずうしすぎるんじゃないだろうか?……ああ……頼みたい』


 彼は逡巡しゅんじゅんする。


 が、いつの間にか、っているガザマンたち家族のそばまで来ていたユリコが、マウィンに向かって声をかけた……


「マウィンさん。大丈夫よ。すぐにその火傷やけどあとを消して綺麗きれいにしてあげるわ!」

「え?」

「ああ……ユリコさん……あ、ありがとうございます……」


 マウィンは泣きやみ、聞き返し、ガザマンはユリコにれいを言う。


 マウィンはまだ顔を隠したままであり……一方のガザマンはユリコに感謝した後、涙をポロポロとこぼしている。

 その2人の間で幼子おさなごは、不思議ふしぎそうな顔をしながらふたりをだまって見守みまもっていた。


 ガザマンはユリコのことが神神こうごうしく思えた。 涙があふれ出て止まらない……


「おじょうさんの方は大丈夫? どこも火傷やけどってない?」

「え? あ、あのう……」


 マウィンは混乱こんらんしているようだ。


「マウィン。この方は神様のお后様きさきさまなんだよ。

 ありがたいことに、きみ火傷やけどあとを治して下さるそうだ」


 ユリコは『私はきさきじゃない』と否定したくなったが、マルルカたちからめんどうくさい人だと、また言われるのが嫌だと思ったのと、ここでガザマンの話のこしるべきではないと考えて、開きかけた口をつぐんだ。


 マウィンは驚き、期待にちた表情をユリコへと向けた。

 彼女は顔を隠すのを忘れてしまったかのようだった。


「俺は先の戦で、右足と右目を失ったんだが、ほら見てごらん。この通り、なんともないだろう? お后様方きさきさまがたが治して下さったんだ」


 ガザマンの話を聞いて、逆にマウィンの混乱こんらんがさらにふかまったのか、彼女は理解が追いつかないというような表情を浮かべている。


 百聞ひゃくぶん一見いっけんかず……ユリコはやって見せた方が早いと考えた。


「これは実際に見てもらった方が早そうね? がい一切いっさいないし……

 痛みも、副作用ふくさようもないから、お嬢さんにも一応いちおう修復神術をほどこしておくわね?

 ……それじゃぁ、やるわよ? 修復!」


 マウィンの返答を待たずしてユリコは修復神術を母子ふたりにほどこす!

 すると……


 マウィンと娘は、あわい緑色をした半透明な光のベールに一瞬つつまれるが……

 すぐにその光のベールは "すぅっ" と消える……。


「はい。おしまい! どう? 平気でしょ? 痛くもかゆくもなかったでしょ?

 はいこれ、かがみ。 使って。 さ、これで顔を確認してみて」


 ユリコは"ポシェット"から手鏡てかがみを取り出してマウィンに手渡てわたし、火傷やけどあとが消えていることを確認させようとしたのだ。


 マウィンは手鏡を受け取ると、おそおそる自分の顔をうつす……


「……ね? 火傷やけどあとが完全に、綺麗きれいに消えているでしょ?

 あ、もちろん、顔だけじゃなく全身ぜんしんから火傷やけどあとを消しておきましたからね」


 手鏡てかがみうつる自分の顔を見たマウィンはいきをのむ!


 直後、彼女の左目から、一筋ひとすじの涙がほおを伝わり流れ落ちたかと思うと、両の目から涙が次々つぎつぎあふてきてポロポロとこぼちだした!


 火傷やけどあとが残っていた時には、決して感じることができなかった、ほおを伝わる涙の感触かんしょくひさしぶりに感じて、彼女は顔の火傷やけどあとが消えたことを実感したのである。


「ああ……神様……。ありがとうございます……うう……」

「いやいや。私は神じゃないから……」


「すみません。お后様きさきさま、ありがとうございます」

「いやいやいや。 私はまだきさきじゃないから……」


「え???」


「勇者様! もう! ホント、めんどくさいですよ!

 なにも考えずに、マウィンさんの感謝の気持ちをそのまま受け取って下さい!」


 ユリコは、結局はマルルカから『めんどうくさい』と言われてしまうのだった。


「え……ええ。 わ、分かったわよぉ……

 あー……マウィンさん。 どういたしまして……治ってよかったですね。

 マルルカ、これでいいんでしょ?」


「……うわぁ~、ホントめんどくさいんだからぁ……」

「ん? なんか言った?」


「い、いえ! あ、はい! そ、それでいいですぅ……ふぅ~~~」


 マルルカもマイミィもつかれたような顔をしている?


「あのう……治療代ちりょうだいはおいくらでしょうか?」


 マウィンがたずねる。


「へ? 治療代ちりょうだいなんて必要ないですよ。 私が勝手かってにやったことですし……

 ああ……でもこれ、みんなには内緒ないしょにして下さいね。これは特別ですからね」


 うわさがうわさを呼んで、人々がわれもかれもと治療を求めて殺到さっとうしてくるような状況じょうきょうになるのをけたいがゆえの言葉だった。


 この世界で生きていくのに精一杯せいいっぱいなのに、慈善活動じぜんかつどうをしているような時間的余裕も心の余裕もない。……ユリコはそう思ったのだ。


「しょ、承知しょうちしました。 ありがとうございます。

 ああ、でも、なんとおれいを申し上げたらいいんでしょう!

 どんなに感謝しても、感謝しきれないです。

 夫ばかりか、私や娘までも治療していただいて……

 このごおん生涯しょうがい忘れません! 本当にありがとうございました!」


「おねえちゃん、ありがとう!」

「いえいえ。どういたしまして。 お父さんが帰ってきてよかったね?」


 ユリコの言葉に幼子おさなご当惑とうわくする。


「おとうさん?」


「そうよ、マミン。 あなたのお父さんよ。

 ね? いつも話しているように、たくましくて、やさしくて、格好かっこういいでしょ?」


 マウィンは、娘に向けていた笑顔とはまた違う、優しい微笑ほほえみをたたえてガザマンの顔を見る。


「あなた。私たちの娘のマミンよ。 今2歳半。かわいいでしょ?

 あなたが出征しゅっせいしてからしばらくして、この子がお腹の中にいることが分かったの。

 この子がいてくれたから、心がれずあなたの帰りを待つことができたのよ……」


 マウィンは涙声になってきたためか、ここで一旦、を置き、続ける……


「でも……うう……よかったぁ……本当に、本当によかった……

 生き…て……生きて帰ってきてくれて本当にありがとう……うう……」


 マウィンは涙があふれ出てきて止められなくなり、嗚咽おえつする。

 ガザマンの目からも涙がポロポロとこぼれ落ちている。


 そんな両親の顔をキョトンとしながら娘のマミンはながめているのだった。


 親子3人のその姿すがたに、店主てんしゅとユリコたちは、微笑ほほえみをかべながら涙した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「マイティさん。俺がいない間、妻と娘が大変お世話になりました。

 本当にありがとうございました」


 ガザマンが、カウンターの向こうで料理を作っている『黄色いハンカチ』の店主、マイティに、カウンターしにれいを言う……


 ガザマンの後ろには、彼にうようにマウィンがいる。



 この店のオーナー兼シェフのマイティと、ガザマンの妻のマウィンは実は偽装ぎそう夫婦だったのだ。 マウィンの子、マミンは当然、ガザマンとマウィンの子である。


 たちの悪い男に懸想けそうをされ、理不尽りふじんにもおそわれて大火傷おおやけどわされたマウィンを助けようと、ガザマンの上官じょうかんだったガルゴイルが、知り合いの元ランクS冒険者だったマイティに彼女を守るように頼んだのだった。


 マイティはうでつ。なみの相手では太刀打たちうちできないほど強いから、ガルゴイルはマウィンをまかせたのである。


 マイティの店舗兼住居てんぽけんじゅうきょ『 黄色いハンカチ 』は、ガザマンとマウィンが住んでいたアパートがあった街区がいくとなり街区がいくにある。

 マイティとガザマンの間にも直接のつながりはない。 だから、マウィンをねらうクソ野郎には見つかりにくいとガルゴイルは考えたようだ。


 まぁ……結局は見つかってしまい、先ほどのようなさわぎとなったのだが……

 それでも、おおよそ2年はうまくからのがれられていたことになる。


 クソ野郎どもの襲撃が、たまたまユリコたちが、ちょうどたずねてきたタイミングにかさなったのが本当によかったと言えるだろう。


 そうじゃなければ、マウィンはクソ野郎どもの餌食えじきとなっていたかも知れない……


「うふふ。いいのよぉ。 あたしもマウィンちゃんの夫役、とても楽しかったしね、あたしもすっごく助かってたんだからぁ」


 スキンヘッドでマッチョな風貌ふうぼうには似合にあわないしゃべり方だ……

 そう。マイティ、彼は……いや彼女?は身体は男性だが心は女性なのだ。


 だからこそ、ガルゴイルは、必ず生きて帰ってくると信じている大切な部下であるガザマンの恋女房こいにょうぼう、マウィンを、決して寝取ねとるようなことのないマイティにたくしたのである。


 マイティとマウィン、この偽装夫婦ぎそうふうふふたりの間には、当然ながら、男女の関係も、恋愛感情もなく、あるのは……芽生めばえたのは "女の友情" だけだった!


 ということで、今現在、この店の中には『心だけで判断』すれば、男性はガザマンだけである!



「え? 私の妻もマイティさんの助けになってたんですか? えーと、それは……?」

「あ、ほら、あたしって料理りょうり得意とくいじゃない?」


 会ったばかりだし、料理も食べてないのでよく分からないけど……と、ガザマンは思ったのだが、えず『うんうん』とうなずいておく……


「でね、絶対に繁盛はんじょうすると思って、冒険者をやめてこの食堂しょくどうを始めたのよ……

 でもなぜだか、あたしひとりでやってた時は全然ぜんぜん流行はやらなかったのよね~」


『まぁ、当然だろう……流行はやらないのも納得なっとくできる。

 マイティさんはスキンヘッドでマッチョだからなぁ。見た目がちょっとヤバそうだもんな。 熊型くまがた魔獣まじゅうでも瞬殺しゅんさつしてしまいそうな風貌ふうぼうをしているんだから……

 冒険者をやっていたからなのか、眼光がんこうほう非常ひじょうするどいし……

 一般いっぱんひとがこの店に入るのには、なかなか勇気がりそうだもんなぁ……』


 ガザマンは、心の中ではそうつぶやいていたのだが、口から出たのは……


「そ、それは なんとも 不思議ふしぎなことですね……」


「でしょぉ? ホント、不思議ふしぎよねぇ~?

 でね。 ガルゴイルちゃんに頼まれてさぁ、ガザマンちゃんのおくちゃまをあたしのおよめさんって、ことにしてむかえたらねぇ……って、あ、誤解ごかいしちゃだめよん?

 偽装ぎそうよ、偽装ぎそう! 偽装夫婦ぎそうふうふなんだからね!

 ねんのために言っとくけど……あたしの恋愛対象れんあいたいしょう男性だんせい

 女性じょせいには "まったく" 興味きょうみがないから安心してね!」


「は、はい。承知しょうちしております。 ありがとうございます。

 つままもって下さってたことに、こころから感謝かんしゃしています」


「うふ。 マウィンちゃんが言ってた通り、あなた、ホント、いい男よねぇ?

 男前おとこまえだしさぁ~……やさしいしぃ……、

 マウィンちゃんのいい人じゃなかったら、あたし、ほれちゃう。 うふふ!」


「あ・は・は……あ、ありがとうございます……あ・は・は……」


 ガザマンは顔を引きつらせながらも、なんとか笑顔を作っているが……

 その様子を、彼の妻であるマウィンはクスクスと笑いながら見ている。


 マルルカ、マイミィはなんとも言えない複雑ふくざつ表情ひょうじょうかべている?

 この世界では "ジェンダー・マイノリティー" に対しての偏見へんけん根強ねづよい。


 マルルカとマイミィも、シオン神聖国の人間だったので、"偏見へんけん"をけられて育ってきた。 シンと出会って、そういった偏見を持つことのおろかさを、頭では理解できるようになってきては いるのだが……まだまだ抵抗ていこうがあるようだ。


 ユリコにはそのあたりの偏見へんけんまったくないようだ。

 彼女はニコニコしながら、楽しそうにガザマンたちの会話を聞いている。



「えーと、どこまで話したかしらね? んーと……?、

 あ、そうそう。 それでね、あなたの奥ちゃまに来てもらってからっていうもの、まあ~、流行はやる! 流行はやる! うっそみたいに大繁盛だいはんじょうなのよ! 不思議ふしぎでしょ?」


「は、はい。不思議ふしぎですね。 な、なぜなんでしょうね……」


 口ではそう言いながら、ガザマンは心の中でつぶやく……


『マウィンは顔の火傷やけどあとを見られたくないので、人前ひとまえにはあまり出なかったらしいから、客はみんな、きっとマウィンの手料理が食べられると思ったんだろうな……

 マイティさんには申し訳ないが、むさい男が作る料理よりも、やはり美人が作った料理の方がいいもんな! マウィンはすっげぇ美人だからなっ!! ふふふ……

 それに……マッチョマンひとりでやっているよりも夫婦でやっている店の方が入りやすいってこともあったんだろうなぁ……』


 ガザマンが返答へんとうこまっているとみたのか、マルルカが推測すいそくべる……


「さっき外から見ていましたら、仲のいい夫婦が、楽しそうにやっている店のように見えましたからね。 料理はもちろん美味おいしいんだろうけど……

 そういった "アットホーム" な 雰囲気ふんいき にお客さんは引かれたんでしょうね」


「そうね。 多分、マルルカさんの言う通りですね。

 "はい余地よちがない"とガザマンさんがショックを受けてしまうくらいに、とてもいい雰囲気ふんいきでしたもんね? ね? ユリコさん?」


「そうそう。ガザマンさんたら、本当の夫婦だと思い込んじゃって、泣きべそかいていましたもの。 ねぇ~? ガ、ザ、マン、さん! うふふ!」


 マルルカ、マイミィの言葉を受けてユリコがいたずらっぽくガザマンをからかう。


「うぐっ! ゆ、ユリコさん! も、もう勘弁かんべんして下さいよぉ~。

 あの時はホント、あまりのショックで自殺しようかと思ったんですから……」


「あらあら。 ガザマンちゃん、か、わ、い、いぃ~。

 うふふ。 あたしとマウィンちゃんが仲良なかよぎてショックを受けちゃったの?」


「うっ……は、はい。 最愛さいあいつまを "ネトられた" いかりに一瞬支配いっしゅんしはいされましたが……

 その最愛の人であるマウィンの楽しそうに笑っている姿を見たら……

 俺が身を引いた方が、彼女にとっては幸せなんだろうなぁ……と。

 そう必死に思い込もうとするんですが、最愛の人を失うのがショックで……

 心がかれるかのようないたみ、つらさ……ああ……マウィン、愛してる!」


「……」


 突然『愛してる』と言われたマウィンは、真っ赤になってうつむいてしまった。

 はたから見ていても、ガザマンの感情が高ぶっていくのが分かる。


「マウィン! よかったぁ……本当によかった! ああ……心から愛している!」

「きゃっ。 あ、あなた……」


 ガザマンは高ぶった感情をおさえきれず、まるでうごかされるかのように……

 きざまに、彼の後ろに立っていたマウィンをギュッときしめたのだ!


 ガザマンはひと目をはばからず、ボロボロと涙を流す……。


 彼はこの場にいる人たちなら、おのれのすべてをさらけ出してもいいと思ったのだ。

 彼はこの瞬間、最愛の人のもとへと戻ってきた喜びをかみしめていた……。


「ちょ、ちょっとガザマン? ね、ねぇ……もぉ~、ずかしいわ……」


 マウィンは、ちょっとだけずかしそうにしていたが、彼女の感情も高ぶってきたのか彼女の方もガザマンを "ギュッ" ときしめかえすのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 ガザマンとマウィンの再会さいかいを喜び合う姿を見ながら、ユリコは、れぬ不安を感じていた。 いやな予感とでもいうのだろうか……


 不安の正体がなんなのかを考えていると、不意ふいにユリコの頭の中に、あるシーンがかんだ。 いや浮かんだというよりも一瞬いっしゅんよぎったというべきか……。


 それは、この食堂にったクソ野郎どもの"ボス"が、衛兵えいへいれられてろうへと連れて行かれるシーンだった。


『あの時、あの男は私たちにいやらしい目を向けながらニヤリと笑ったわよね……

 あれはいったいなんだったのかしら? な~んか、気になるなぁ……

 どうもいや予感よかんがするわ』


「……ユリコさん! ユリコさんてばぁ~」

「あ、マイミィ? ご、ごめん。なんの話だったかしら?」


「勇者様? ガザマンさんとマウィンさんを見て、ダーリンとイチャイチャしたくなったんじゃありませんかぁ? うふふ? 図星ずぼしでしょぉ?」


「そ、そんなこと考えてないわよっ! ちょ、ちょっとかんがごとをしてただけよ!」


「またまたぁ~。もぉ~、ユリコさんはホント! めんどくさいんだからぁ~」


「なっ!? ……ひどい……」


「「うふふ!」」


 そんな、"たわいもない"会話をしながら、店主のマイティが作ってくれた美味おいしい料理と、おしゃべりを楽しむ3人であった。


 だがこの後、このユリコがいだいた『 いや予感よかん 』は的中てきちゅうすることになる……



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