第0095話 橘ユリコと勇者ユリコ

 ユリコたちが神都しんとでガザマンのつまかんして聞き込みをしていたころに時間をもどす。

 場所は宇宙ステーションの会議室である。


「それじゃぁ、本日の会議はこれで終了しようと思うが、なにか質問はないかな?」


 全員が無言むごんくびよこに2度ほどった。 どうやら質問しつもんはないようだ。


「では、これで終了する」


 席から立ち上がろうとする者がいるのを見てあわてた……

 みんなにはまだ個人的に相談したいことがあったからだ。


「あ! ちょっとごめん! プライベートな事なんだけどハニーたちの意見を聞きたいことがまだあるんだが……

 申し訳ない! ちょっとだけ時間をもらってもいいだろうか?」


 再び全員が席に着く……

 みんな、やわらかな微笑ほほえみをかべながら、やさしい視線しせんをこちらへとおくっている。


 どうやら、たちばなユリコの転生に関する相談であることを、うすうすは分かっているようだ。 ひょっとすると、シオリかさゆりが事前じぜんにそれとなくみなに知らせておいてくれたのかも知れない。


 どこから話をしようかと考えていると、シオリが……


「それは……地球でくなったたちばなユリコさんを復活ふっかつさせるけんでしょうか?」


 その言葉を受けて、さゆりが口を開く。


「ああ! そっか! そうだったわ! その件もあったわね、ダーリン!?

 地球から送ってもらった彼女の"バックアップデータ"を使って、彼女をこの惑星に人族ひとぞくとして転生復活てんせいふっかつさせ、幸せな人生を送らせてあげる……って、件でしょ?」


 他のハニーたちにもおどろきの表情はない。

 やはり事前じぜんに、この件についての情報は共有きょうゆうされていたようだ。


「ああ。 実はそうなんだ。 その件についてなんだが……

 この件は俺の……全くの個人的な思いによるものなんだ。

 この惑星での実験にも、惑星の管理かんりにも、全く関係ないことなんだ。

 だから、職権しょっけん乱用らんよう越権えっけん行為こういとも言えだろう……」


 ん? みんななぜかニコニコしながらこっちを見ているな?

 ま、いいか。話を続けよう……


理屈りくつとこうやくはどこへでもつくからなぁ……

 職権乱用しょっけんらんよう越権行為えっけんこういにならないように回避かいひするための理屈りくつなら、どうとでもつけられるんだが、お前さんたちの意見だけは絶対に尊重そんちょうしてぇと思っている。

 だから、お前さんたちの内の、だれかひとりでも反対はんたいする者がいたら、やめようと思っている。

 それでみんなから了承りょうしょうられるかどうかを聞い……」


 "異議いぎなーーしっ!"


 へっ? すべて言いえるよりも先に、全員一致ぜんいんいっちの『異議いぎなし』が返ってきた!?


 みんな『当然、OKよ!』といった感じでニコニコしながら 大きく何度もうなずいている!? その様子を不思議そうにながめているとシオリが……


「ダーリン。 実はこの件については事前じぜんにさゆりさんからダーリンの希望をかなえてあげたいがどうすればいいのか…と、相談そうだんされておりまして……」


 さゆりが、くさそうに、右手みぎてひら後頭部こうとうぶにあてながら『えへへぇ~』といった感じで笑っている。


「……管理助手全員で事前に話し合っていたのですが……」


 シオリ の言葉にかぶせるように さゆり が口を開く……


「えへへっ! そうなんだよ、ダーリン! 勝手なことしちゃってごめんね?」

「いや、さゆり。 勝手だなんて……ありがとうな」


 シオリはさゆりと俺との会話が終わるのを待ってから話を続ける。


「それで、橘ユリコさんを復活させることは、惑星管理をする上でもメリットになるという結論けつろんいたりました」


「え? メリット?」


 シオリは続ける……


「はい。メリットです。

 彼女はもともとは『第74656宇宙空間( 通称、ヴォイジャー )』内のある惑星で管理助手をされていたということですし……

 彼女が管理助手をしていた惑星というのが、この惑星 "ディラック" やダーリンが視察におもむかれた "地球" に相当する位置にある "Mクラスの惑星" だったということですから……彼女であれば、この惑星の管理助手もつとまると思うのです。

 管理助手が不足気味ふそくぎみのこの惑星わくせいにとって、そして、私たちに管理助手にとっても、彼女の復活ふっかつは大きなメリットとなると思われるのです」

(→第0036話参照。)


「ああ。確かにそうなんだが、シオリ。

 橘ユリコ、彼女も俺と同じでその時の記憶をすべて消されちまっているんだぜ?」


「はい。ぞんじております。ですが、管理助手ができるくらいの『資質ししつ』を彼女がわせていることには間違まちがいないものと思われます。

 この惑星の管理システムにれれば、恐らく彼女、橘ユリコさんは管理助手としてご活躍かつやくいただけるものと、私は確信しております。

 彼女の復活は我ら全員にとっての大きなメリットなのです」


 みんなはやさしいなぁ……


 俺に、無理矢理むりやりもっともらしい『理屈りくつ』をつけさせまいと……、

 俺がこの件で、みなを感じることがないようにと考えて、すでに『理屈りくつ』を用意してくれていたんだなぁ……。


 そのやさしい心遣こころづかいには涙が出てくるぜ。


「そうだよ、ダーリン! 私たちにはメリットなのだよ!

 あの勇者ユリコを見れば……。ちょ~っと面倒めんどうくさい子だけど……管理者としての適性てきせいがあることは間違いなさそうだもんね」


 さゆりの目から見ても『勇者ユリコ』は、ちょっと面倒めんどうくさい子なのか……


「そうです。 勇者のほうのユリコさんについても、常々つねづね管理者に抜擢ばってきしてはどうかと思っていました。 管理者仕様かんりしゃしようの肉体を持っていますし、たましい善良ぜんりょうですので。

 ですから、同じ『橘ユリコ』さんの魂がもとなんですから、ダーリンがこの世界に転生させたいと思っている『橘ユリコ』さんのほうも、まず間違いなくこの惑星の管理助手に相応ふさわしい魂のぬしだと考えられます」


「さゆり。シオリ。ありがとう」


「これから私たちの中から『出産しゅっさん育児休暇いくじきゅうか』が必要な者たちも出てくるでしょうから、管理助手が増えるのは大賛成だいさんせいです」


 獣人族担当助手のシノが少々しょうしょうくさそうに言った。


「あ、そうか! そういったこともちゃんと考えねぇといけねぇよな!

 シノ、気付かせてくれてありがとうな。 確かにお前さんの言うとおりだな!」


 シノがにっこりと笑う。 とても嬉しそうだ。


 となると、シオリが言うように "勇者ユリコ" にも管理助手になってくれるように頼んだ方がいいかもなぁ。


「もちろん、ダーリンも子育こそだてを手伝ってくれるんだよね?」


 さゆりが、ちょっとだけ不安ふあんげな表情を見せながら俺にたずねる……


「な、なにを言うんだ、さゆり! 子育てを手伝ってくれるかだって!?

 手伝うぅ!? はぁあっ!? 手伝うだなんて……俺はいやだぜ!

 そんな傍観者的ぼうかんしゃてき立場たちば子育こそだてにかかわるなんて、絶対にいやだぜ! 俺は!

 絶対に! たとえダメだと言われても、絶対に俺もお前さんたちと一緒いっしょに子育てをするからなっ!」


 さゆりが一瞬『え?』というような表情をしてから、くら複雑ふくざつな表情を見せたかと思うと、『な~んだ、驚いたよ。でも安心した!』とでも言いたげに "ホッ" と息をはいた。


 あ!? どうやら俺のまわしがマズかったようだな!?

 一瞬、俺が "子育てなんかしたくない" と言ったものだと勘違かんちがいしたようだな。


 おっと! 『俺も絶対に子育てがしたいんだ!』という思いから、つい力が入ってしまったようだ。

 こぶしかたにぎりしめながら、声もちょっと大きめだったためなのか、みんなが少々驚いた顔をしている!?


 俺は、自分の都合つごうのいい時だけ子育てに参加するような『なんちゃてイクメン』をするつもりはない! そんないい加減かげんなことは絶対にしたくはない!


 それに……誰々だれだれの子供だから、その人が面倒めんどうを見るのが当然とうぜんってことじゃなくて、できるだけみんなで協力きょうりょくいながら子育こそだてをしていきたいと考えている。


 みんなで "わいわい" やりながら、"みんな" で子育てに奮闘ふんとうする……


 そうすることで、ハニーたちが自分ひとりで問題をかかんでしまうようなことも起こりにくくなるだろうからな。


 育児ノイローゼにおちいるリスクもかなりらせるだろうと思う。


 これこそが大所帯おおじょたいのメリットってやつだよな!


 うん! 子育てってのは苦労も多いんだろうけど……

 ちょっと考えただけでもなんか "わくわく" してくる! 楽しみでしょうがない!


 子供が生まれるってことになったら できるだけ子育ての方に重心じゅうしんを置きたいし、みんなにもそうしてもらえたらなぁ……。


 だからこそ! 惑星管理の仕事ができる人材じんざい是非ぜひとも欲しい!

 それも多い方がいいっ! やはり(勇者)ユリコにも管理助手になってもらおう!


 みんなが不思議そうな顔をして俺のことを見ている!?

 おっと! いかんいかん! つい長考ちょうこうしてしまったぜ!


「ダーリン。なんか慈愛じあいちた顔をしながら、なにかお考えのようでしたが……」


 ダークエルフ族担当のシタンが『聞いてもいいことなのかしら?』というように少々躊躇ためらいながらたずねた。


「あ、すまねぇ。 つい子育てについての楽しい想像をふくらませちまった!

 えーと。 出産や子育ての時期も当然そうなんだが、それ以外の時でもみんなにはなるべくストレスが少なくて、楽しい職場環境しょくばかんきょう提供ていきょうしてぇと思っている……

 もちろん、プライベートの方も充実じゅうじつさせてぇと思っているがな!」


 みんなはニコニコしながら俺の話を聞いている。


「俺ひとりじゃ……また、男の俺には気付きづけねぇことも多々たたあるだろうと思う。

 だから、女性目線めせんで思いついたことを……いや、女性目線でって限定しなくても、とにかくなんか気付きづいたこと、思いついたことがあったら遠慮えんりょなしにじゃんじゃん言ってくれるとうれしい。 みんな、気兼きがねなくどんどん意見を言ってくれよな!」


 "はいっ!"


 みな見回みまわしてからシオリが口を開く……


「よろしいでしょうか? ダーリン」

「ああ、シオリ。どうぞ」


「はい。それでは管理助手を統括とうかつする者としてみなを代表し、結論けつろんを申し上げます。

 たちばなユリコさんの転生には全員が"賛成さんせい"です。それが私たち管理助手の総意そういです。

 ですから、どうかダーリンの思う通りにして下さい」


「シオリ……みんな、ありがとう!」


 俺は立ち上がり、みんなに向かってこうべれた。


「あ、そうそう! ダーリン! ところでユリコさんの方は大丈夫なのぉ?

 もうひとりの自分が現れることにえられるのかなぁ?

 ねぇ、それがちょっと心配じゃない?」


 さゆりが、ユリコの気持ちが気になったのかたずねてきた。


「前に一度いちど聞いた時には、『双子ふたごいもうとができるようで楽しみだ』とは言っていたんだがなぁ……今現在の、本当の気持ちの方はちょっと分からねぇ」

(→第0051話参照。)


「あのう……よろしいでしょうか?」

「お? シオリ。 なんだい? いいよ、言ってくれ」


転生てんせい決定権けっていけんが誰にあるかを確認したいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。いいよ」


「はい。それでは失礼して……。

 まず、もともとは同じたましいなんですが、あのユリコさんは魂自体が一部編集されていますし……この世界でも色々な経験けいけんをされていますので、もうすでに"別人格べつじんかく"だと言えると思います。

 だからこそ、バックアップデータから再度の転生が可能になったわけですね?

 この点についての私の認識にあやまりはないものと存じますがいかがでしょう?」


「そうだな。お前さんの言ってることは正しいぜ。

 同じたましいを持つということなら、転生させること自体がタブーであり、ゆるされねぇことだから、再度さいどの転生自体が、もともとできねぇってことになるんだからな。

 管理システムから "待った" がかからない以上、勇者ゆうしゃユリコはたちばなユリコとはもうすでに別人べつじんだと、管理システム上は認識にんしきされていることになる」


「はい。ですから、冷たい言い方かも知れませんが……

 すでにこの惑星に転生した"勇者のほうのユリコ"さんは、もはや『本人』ではなくて『他人』ということであり、論理的ろんりてきに考えればこの件に口出しできる権利も、資格もゆうしないものと考えられます」


「まぁ、そうだな」


「そして、そうであるならば、無権利者むけんりしゃである"現在のユリコ"さんの意思にもとづいて今回の『橘ユリコ』さんの転生を阻止そしすることは不適切ふてきせつ行為こういであり……

 議論すること自体、無意味なことだと考えますが……いかがでしょうか?」


「ああ、シオリ。確かに論理的にはな。 お前さんの言う通りだろうと思う……」


「この件の決定権は『たちばなユリコ』さん本人か、絶対的な権限をお持ちの上様うえさまのみが有することになると思いますが……

 橘ユリコさんの意思を確認することは現状では不可能です。

 なぜなら、しかるべき肉体をあたえて、魂をアクティブにしてからでなければ、彼女の意思を確認することができないからです」


「確かにそうだな。 転生させねぇことには、ユリコの意思は確認できねぇもんな?

 それじゃぁ、主客転倒しゅかくてんとうというかなんというか……そんなことはできねぇよな」


 シオリはまた俺のことを『上様うえさま』と呼ぶようになったな……


「ですから事実上じじつじょう、この件に関する決定権は"上様うえさまだけ"がお持ちだということになりますね? ここまではよろしいでしょうか?」


「ああ。お前さんの言う通り、現状、有効な転生権限を持つのは俺だけだが……。

 ただ……ユリコの心中しんちゅうはどうなんだろうか?

 彼女の気持ちも少しは "くんでやった" 方がいいんじゃねぇかと思ったんだよ」


 別に さゆり に同意どういを求めたわけではないし、シオリに反論しようとしたわけでもない。 ただ思ったことをつぶやいただけだったんだが、さゆりが口を開く……


「そ、そうなのよ。ユリコさんは複雑ふくざつ心境しんきょうなんだろうなぁ~って思ったのよ!」


 さゆり のその言葉を聞いて シオリ は言う……


「ユリコさんに直接気持ちを聞いてもいないのに、今ここで、彼女の気持ちを推測すいそくしながら議論すること自体が "非論理的ひろんりてき" であり、"ナンセンス" なことだ…とは思われませんか? 時間の無駄むだだと思いますが、いかがですか?」


 さゆりがちょっとムッとする。


「ユリコさんが再転生に好意的である場合は、なんら問題にはなりませんので……

 かりにユリコさんが、なんらかの、今回の転生に否定的ひていてきな感情をいだいていたとして、その彼女の今現在の感情、心境とやらにどれほどのおもきをおくべきなのかということなんです。 おもきをおく価値かちが本当にあるのでしょうか?」


「ん? それはどういう意味なんだい?」


「はい。 まず、心は変化しるものだということです。

 『勇者ユリコ』と『橘ユリコ』が、実際じっさい出会であってかかわり合ってみないことには、とうのユリコさん自身にも、二人の関係についてのしを判断することができないものと愚考ぐこういたします。

 ですから、彼女の現時点げんじてんの感情には、おもきをおくべきではない。 その価値はないものと私は考えます」


「なるほどなぁ……」


「ユリコさんのこれまでの行動こうどう思考しこうパターンを分析ぶんせきした結果けっかから推論すいろんするのなら、もしも、彼女が "転生てんせいさせることに否定的ひていてきな" 感情をいだいているとしたなら……

 恐らくそれは "新しく生まれるユリコ" さんの方が、自分よりも上様うえさまに愛されたらどうしようかという "不安ふあんもとづくもの" である可能性が高いものと思われます」


 シオリの表情からは『 どうか私の真意しんいさっして欲しい…… 』とでもいうような、なにか複雑な思いが感じ取れる?


 そうか。 なるほどな。


 ひょっとしたら、どちらのユリコも、そういった思いを……

 つまり、自分よりも相手の方を俺が愛してしまうことへの不安をいだくだろうということを、それとなくシオリは俺に教えてくれているんじゃないだろうか?


 いや、待てよ……これはユリコだけじゃないな。


 地球にいた時の最愛さいあいの人を復活させるということで、ハニーたちの心中しんちゅうにもたような "不安ふあん" がしょうじる可能性さえあることも、彼女はつたえようとしているんじゃないんだろうか!?


 シオリのことだから、これはありるな……

 いや、きっとそうだ! シオリの話し方がいつもよりも少々まわりくどいからな。


「そう思っちまうのかなぁ……

 だが俺は断言だんげんできるぜ! お前さんたちハニー、みんなが俺の最愛さいあいの人だ!

 愛情に差なんてものは一切いっさいねぇし、これからもねぇっ! それは間違いねぇ!

 もちろんそれには今のユリコもふくまれている。 彼女も最愛の人だ!

 ひょっとすると、みんなも不安に思っているかも知んねぇが……

 転生させようとしている橘ユリコが特別だということは絶対にねぇからなっ!」


 誰に対する愛情も全く一緒いっしょだと言い切ってしまうのは、ちょっと無理があるだろうとは思うが……ここは言い切っておいた方がいいだろうと思ったのだ。


 シオリがたりというような笑顔をかべてうなずいている。

 他のハニーたちの表情も明るい。



 やはり俺が思った通りだったようだな。……シオリ、ありがとうな。


「まぁそれに、転生させようとしている『橘ユリコ』が今度も俺のことを愛するとは限らねぇし……逆に俺の方も、今度も彼女を愛せるとは限らねぇしなぁ……」


「はい。 ですから、今後の関わり合いにより、現在の感情がどう変化するか分からないというのに、そんなものにおもきをおいて結論を下して、生まれる命を否定するのは、まったくもってナンセンスです! 『橘ユリコ』さんを転生させてみないことにはどうなるかはわからないのですから……

 この件に関し、勇者ユリコさんの感情を考慮こうりょする必要ひつようはないものと愚考ぐこういたします」


「なるほど。ありがとう、シオリ。

 みんな! 決心がついたよ! 彼女を転生させることにしたぜ!」


 "はいっ!"


「ねぇねぇ、ダーリン。 本当はシオンの時みたいに『橘ユリコ』さんの肉体はもう創ってあるんじゃないのぉ? ね!? 実はそうなんでしょ!?」


「いや、さゆり。さすがにそれはしてねぇぞ。

 ずっとプライベートな事だと思っていたんだからなぁ」


「へぇ~。そうなんだぁ。私はてっきり創ってあるもんだと思っていたわ……」


「ただ俺は……ユリコの魂の履歴に記録されている情報から日本人だった頃の容姿ようしをデータ化して、その他肉体生成に関するパラメーター等も含めて、レプリケーターとリンクされているデータベースに登録しておいただけだぜ。

 だから、今すぐにでも管理助手仕様のユリコ用の肉体を生成できるんだけどな」


「は・は・は……ちゃんと準備はしてたのね?」

「ああ。一応な! みんなが賛成してくれるだろうとは思ってたからな!」


 俺とさゆりの会話を、みんなは"にこにこ"しながら聞いている。


「さぁ! それじゃぁ、まずはシオンの魂の移植いしょくを行うことにしょう!

 みんな手伝ってくれ!」


 "はいっ!"



 ◇◇◇◇◇◇◇



 時間を先に進める。 つまり、元の時間に戻して、さらに視点を神都へと移そう。


 勇者ユリコたちは、れた神都の中を、まよいながら『黄色いハンカチ』という食堂を目指していた。


 串焼くしや屋台やたいの店主で、かつては、ガザマンが所属していた部隊の隊長だったというガルゴイルがいてくれた "地図" をたよりに、食堂へと向かっているのだが……

 ユリコたち3人は神都には不慣ふなれなため、なかなか目的地には到着できない。


 今頃いまごろ先に到着したガザマンが、妻、マウィンをめぐって店主と修羅場しゅらばえんじているのではないかと心配だった。 3人は気ばかりがあせる。


「えーと……多分たぶん、このへんだと思うんだけどなぁ……」


 マイミィが街灯がいとうかりで地図をらしながらつぶやく……


「ここが衣料品店いりょうひんてんで……こっちが酒場さかば。 そうよね。多分この辺よね?」


 ユリコがそうつぶやいた直後……


「あっ! 勇者様! ありましたよ! あれじゃないですか!?

 ほら! ガルゴイルさんの説明通り、店の入り口には黄色いはたがありますよ!」


 どうやらマルルカが見つけたようだ。

 その店の入り口には、ハンカチというには大きすぎる黄色い旗のようなものがかかげられている。


「うん! 間違いないわね! あれよ! さぁ、急ぎましょう!

 ガザマンさんが店主をなぐらないようにを止めないと!」


「「はいっ!」」


 3人が店へ急ごうとすると、『黄色いハンカチ』という食堂しょくどうの中の様子ようすが見える位置いちにある建物たてものかげから男が出てきて、3人に向かって声をかけた……


 ユリコたち3人は身構みがまえる! その時……


「お后様方きさきさまがた! お待ち下さい! 私です! ガザマンです!」


「あっ! ガザマンさん! ああ~よかったぁ~! 間に合ったのね?」

「もう店に乗り込んでいるかと思いましたよぉ~。ふぅ~」

「店主となぐいをしてなくてよかったですぅ~」


 ユリコ、マイミィ、マルルカがじゅん安堵あんどの気持ちをガザマンにげた。


「さぁ、それじゃぁ、私たちと一緒いっしょに食堂に行きましょう」

「い、いえ! ユリコさん! も、もう神殿しんでんもどりましょう!」


 ガザマンはそう言うと、かたふるわせながらしのきしている。

 ガザマンの言葉に、ユリコは彼の真意しんいはかりかねているようだ。


「えっ!? どうしてなんですか!?

 奥様があそこにいらっしゃるんじゃないのですかぁ?」


 その二人の様子を、マルルカがだまってみていられなくなってたずねた。


「……あ、はい。 あそこにいる女性、あれが私の妻だったマウィンなんですが……

 も、もういいのです。 あの幸せそうな顔を見ていたらもう……ううう……

 もう私のまくはありませんよ……うぐっ……ううう……

 ほ、ほら……あの二人の間には子供だっているようですし……」 


 食堂の中には、いかにも幸せそうな笑顔で会話を楽しんでいる、どう見ても家族にしか見えない男女と幼女ようじょがいる。


「あ~あ……3年は長すぎたんだ……ううっ……長すぎたんだなぁ……」


 ガザマンは人目もはばからずに涙を流している……


 きっとガザマンは店主となぐいの喧嘩けんかを始めるだろうと予想よそうしていたので……

 ユリコたちは修羅場しゅらばにならなくてよかったと、まずは安堵あんどした。


 ガザマンはかたとし、涙を流しながら、神殿の方へと トボトボ と歩き出す。


「ちょ、ちょっとガザマンさん! どこ行くつもりなのよ!?

 ちゃんと奥さんに会わなきゃダメじゃない!

 …… ね、ねぇってばっ!? ガザマンさん!」


 ユリコが、ガザマンをめるようとする。


 ガチャーーンッ!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」


 その時! 食堂 "黄色いハンカチ" のほうからガラスがれるような大きな音がした!

 と、同時にきぬくような女性の悲鳴ひめいがっ!? マウィンだ! 彼女の悲鳴ひめいだ!


 ガザマンも、ユリコたちもみな一斉いっせいかえり、食堂しょくどうほうを見た!


 いつの間にか7~8人の "がたいのいい男ども" が店の中にいる!?


 食堂の入り口には身長が2m以上はあるだろうと思われる大男二人が、うでんで誰も食堂の中にはれない…といった雰囲気ふんいきで立っている!?


 外が暗くて、食堂の中が明るいため、なか様子ようすが手に取るように分かる。


 他の男どもがみな大柄おおがらなので相対的そうたいてきに小さく見えるだけかも知れないが……

 中では小柄こがらな男がマウィンの腕をつかんで、店の外へと引きずり出そうとしているようだ。


「みんな! マウィンさんたちを助けるわよ!

 マルルカ! マイミィ! あなたたちは"ぐち見張みはっている"二人の男をたおして下さい! 私は、マウィンさんのうでをつかんでいるあの男をやっつけるわ!」


「「はいっ!」」


 ガザマンは オロオロ しながら……


「お、俺はいったいどうすれば?」


 その様子ようすに、ユリコはいらだちをおぼえ、思わずはなつ……


おくさんに会わずに逃げるようないくじなしには用はないわ! 足手まといよ!

 さっさと、奥さんを見捨みすてて神殿にでも帰るといいわ! じゃぁねっ!」


 そのユリコの言葉を聞いて、さっきまでしょぼくれた顔をしていたガザマンの顔がいかりの表情に変わった!


「ば、バカにするなっ! 最愛さいあいの女を見捨みすてて、おめおめとれるものか!

 俺の大切たいせつな女に手を出しやがって! ヤツらはみんな俺がぶっ殺してやる!」


「うふふ! そうよ! その意気いきよ、ガザマンさん! 大切たいせつな人を助けるわよ!

 さぁ、みんな! 手加減てかげん無用むよう! ヤツらをたたきのめしに行くわよ!」


「おーーっ!」「「はいっ!」」


「私はできる! 私だってできる! 私にも絶対できるはずっ! ……」


 ユリコは なにか自分に言い聞かせて いるようだ? なんだろう?


「……縮地しゅくち!」


 なんと! ユリコはぶっつけ本番ほんばんで『縮地しゅくち』による瞬間移動しゅんかんいどうおこなった!

 見よう見まねで、先ほどガルゴイルが使った『縮地しゅくち』をやろうとしていたようだ!


 なるほど……ユリコは短距離転移たんきょりてんいである『縮地』が自分にも使えるんだ…と自分に言い聞かせていたのか!


 …… よし! 成功せいこうだ! どうやらユリコの『縮地しゅくち』は成功せいこうしたようだ!

 ユリコは一瞬いっしゅんで店の中に瞬間移動しゅんかんいどうした! そして……


きたなでマウィンさんにれるなっ!」


 ぐちゃ、ボキッ! ……ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!


 ユリコはマウィンのうでをつかんでいる男の右腕みぎうでをマウィンからはなそうと、男の右手首みぎてくびをつかみ、ひねり上げたのだが……


 そう。この物語ものがたり読者どくしゃかたにはもうおかりだと思う! ご想像通そうぞうどおりである!

 シンがよく "やらかす" アレを、ユリコもやらかしてしまったのだ!


 ユリコはほんの少し、かるにぎっただけのつもりだったのだが……

 ユリコがつかんだ男の右手首みぎてくびはつぶれて、ひねり上げたうでほう本来ほんらいがってはいけない方向ほうこうがってしまった! そう、右腕はれてしまったのだ! 


 男は絶叫ぜっきょうした! 外にいる者たちにもハッキリと聞こえるくらいの大きな声だ!


 突然とつぜんあらわれた女性が、男の手首てくびをつぶし、うでをへしってしまった光景こうけいを見て……

 その男と一緒いっしょに店にった他の男どもはみなかたまってしまっている!?


 マウィンと一緒いっしょにいた小さな女の子は、さいわいなことに がたいのいい店主の後ろにかくれるかのようにしていたので、残酷ざんこくシーンを見なくてすんだようだ。 ふぅ~。


 店主は、子供をかばうかのようにせて、子供と同じように目を閉じてふるえている!? なんかみょうな光景だ。


 店主はスキンヘッドのマッチョマンだ。 そのマッチョマンが子供と一緒に身体を小さくしてふるえているのだから、なんとなく滑稽こっけいに見える。


 店主はマッチョマンなのに、じつはものすごく弱いんだろうか?



 ユリコが手をはなすと、うでをへしられた男、どうやらこの食堂しょくどうに押し入ってきたむさい男どもの"ボス"とおぼしき男は、左手で右腕を押さえ、激痛げきつうに顔をゆがませながらよろよろ と他の男どものもとへとげていった。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 一方、ユリコが店内に瞬間移動する ほんのちょっと前、食堂の入り口では……


「あなたたち! ちょっと通してくれないかなぁ?」


 入り口をまも大男おおおとこ二人は、マルルカとマイミィをまわすかのように見てから、下卑げびた うすら笑い をかべながら言う……


「げへへっ! わりぃなぁ、ねぇちゃんたち。 もうここは閉店へいてんだ。他へ行きな!」


「あーぁ。 仕事中じゃなけりゃ、このおんなどもをかっさらってたっぷりと楽しむんだがなぁ~。 チッ! 残念だなぁ~。 なぁ、兄弟?」

「ああ。まったくだぜ! さすがにボスの護衛ごえいをしているときにゃマズいからな」


『『ああ……コイツらはクソ野郎です! 手加減てかげん一切いっさい無用むようですわね』』


 マルルカとマイミィは同じようなことを思ったようだ。


「もう一度言いますよっ! そこをど・き・な・さい!

 どかない場合は、無理矢理むりやりとおりますっ! その場合は容赦ようしゃしませんよ!」


「うわぁぁっはっはっはっはっ! き、聞いたかよ、兄弟! 容赦しねぇってよ!

 いーーひぃっひっひっ! わ、笑いすぎて、は、腹が痛ぇよ! あはははっ!」


「おーーほほほほほぉっ! お、俺もだよ、兄弟! わ、わらにしそうだぜ!

 あーーははははははっ! あ、あのほせぇ身体で!? うわぁあははははっ!」


 知らないというのは恐ろしい……

 いや、この場合は幸せなのかも知れない?


 店内から男の絶叫ぜっきょうが上がるのと ほぼ同時に こちらも決着けっちゃくがついた!


 ブ、ブゥンッ! ズガ、ガッ! ボキ、ボキッ!

 ズサッ! ズサッ! ズサッ! …… ザザザザーーッ!


 マルルカ、マイミィは一瞬、くるりと男たちに背中せなかを見せたかと思うと……

 次の瞬間、二人 ほぼ同時にうしまわりをはなった!


 マルルカが、入り口左に立つ男に、左足のうしまわりを!

 マイミィは、同、右に立つ男に右足のうしまわりをぶち込んだのだ!


 二人は頭をねらったのだが、いかんせん身長差しんちょうさがあった!

 だから二人のりは、男どもの肩口かたぐちに当たってしまったのだ!


 その直後、骨が折れるにぶい音がしたかと思うと、入り口の"左"に立っていた男は、反時計回はんとけいまわりに、"右"に立っていた男は時計回とけいまわりに強制的に側転そくてんをさせられながら……

 "左" に立っていた男は左の方へ、"右" に立っていた男は右の方へと回転かいてんしながらぶっんでいったのである! それも恐ろしいほどの高速回転こうそくかいてんをしながらだ!


 店の入り口を守っていた男どもは、声を上げるひまもなくばされて行った!


 あの様子では多分、吹っ飛んで行った先で絶命ぜつめいしただろう。

 あれでもし生きていたとしたら、それはもう奇跡きせきと言ってもいいだろう。


 まぁ……ユリコもそうだが、二人ともオーガを超えるSTR値をゆうしているから、当然といえば当然なんだが、すごい威力いりょくである!


 マルルカとマイミィは、シンの加護かごによるプロパティ値の変更だけで、あのりをはなてるようになったんだろうが……まるで空手からて有段者ゆうだんしゃが放つような、綺麗きれい見事みごとりだった!


 もともと彼女たちは格闘技かくとうぎの才能があったのかも知れない。


 あれ? ガザマンがかたまっている!?


 その目は飛び出さんばかりだ! 口はアゴがはずれてしまったんじゃないかと思えるほど大きくはなっている!


 ガザマンは『この女性たちは絶対に怒らせてはダメだ!』と心底しんそこから思った。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 食堂に押し入りマウィンをさらおうとした悪漢あっかんどもはその後、入り口から入ってきたマルルカとマイミィと、店の中に瞬間移動したユリコによって、あっという制圧せいあつされてしまった!


 ユリコが手首をにぎりつぶして、うでの骨をへしったボスらしき男以外、みな白目しろめをむき、くちからはあわきながら、食堂のゆかに転がっている。 みな意識いしきはない。


「お、お前ら! この町を裏で牛耳ぎゅうじっているこの俺様に……こ、こんなことをして、ただですむと思うなよ! あ、あとでキッチリ、このとしまえは付けるからな!」


 ボスらしき男の言葉自体は威勢いせいがいいんだが……

 恐怖にガタガタふるえながらはなおど文句もんく滑稽こっけいにすら思える。


「ひぃぃぃぃぃっ!」


 ユリコがちょっと頭をいただけで、ボスは悲鳴ひめいを上げた!

 ユリコのちょっとした動きにもボスはビクビクしているのだ。


 ん? ボスの股間こかんはなんだかれているようだぞ?

 大口おおぐちたたいているわりにはなさけない……。


 マルルカが口を開く……


「あのね、悪者わるもの親分おやぶんさん。 あなた、それこそ、そんなことを言っていると……

 あなたの方こそ、きっと後悔こうかいすることになるわよ? ね? マイミィ」


「そうですよ。私たちは神のきさきなんですからね! 私たちを敵に回すと言うことは神と、この世界の神殿組織全部しんでんそしきぜんぶを敵に回すことになりますよ?」


「え?」


「マルルカ、マイミィ。 もう今さら遅いんじゃないかな? か弱い女性をさらおうとしたんだからね。 あのシンの事だから、絶対ぜったいゆるさないと思うわ。

 もうこの人たちの行き先は……ほぼ決まりじゃないの? れいの""に」


「そうですね。勇者様の言う通りですね。

 ということで親分おやぶんさん、残念でしたね? 私たちに落とし前をつけることなんて、絶対ぜったい無理むり! 金輪際こんりんざいありないわね」


「ど、どうしてでしょうか?」


 マルルカの言葉にボスはたずねた。 なんか口調くちょう丁寧ていねいになっている?


「あはは。 え~、だってぇ~。 多分たぶんあなたたちはこのあとすぐにサンドワームのえさにされちゃうんだもの。 だから絶対に無理よね? あはははは」


 マイミィが おどけながら はなち、大笑おおわらいした。


 このあたりを牛耳ぎゅうじっているといった男は真っ青になっている?


 情けない……案外あんがい気が小さいようだ。 どんな経緯けいいで裏社会のボスになったのかは知らないが、小物こものだ。 よわものイジメしかできない小物こもののようだ。


 そこへ町の治安ちあんを守る衛兵えいへいが8名、食堂に入ってきた。

 さわぎを聞きつけてやってきたようだ。


「このさわぎはいったいなんだ!?」


 隊長たいちょうらしき男が大声で質問した。

 ……が、衛兵えいへいたちはマルルカとマイミィがいることに気付きづいてその場にひざまずく。


「あ、これはお后様方きさきさまがた! 申し訳ありませんがこの状況じょうきょうをご説明いただけませんでしょうか?」


 マルルカはこと次第しだいを説明した。


「……ということでね、この親分さんは私たちを脅迫きょうはくしたのよ。 ひどいでしょぉ?

 こんな人たちを のさばらせて おいちゃダメだと思うの。だからこの人のアジトに行って全員を逮捕たいほしてきて欲しいのよ。 隊長さん、お願いできますか?」


承知しょうちしました。 これまでのコイツらは巧妙こうみょううため、なかなか悪事あくじのシッポをつかめず、らえられなくて、ずっとくやしい思いをしてきました。

 ですが、今回はさすがに女性誘拐ゆうかい未遂みすい現行犯げんこうはんですし……、

 お后様方きさきさまがた脅迫きょうはくするという、とんでもないつみおかしたので、もうのがれはできないでしょう! これでようやくれてコイツらを逮捕できます!

 どうもご協力きょうりょくありがとうございました!」


「あ、隊長さん! 禍根かこんを残さないためにも、悪者わるものたちは必ず全員を捕まえてね?

 禍根かこんを残さない…っていうのは建前たてまえでぇ~、本当は、あとでダーリンがこの人たちをサンドワームくんのえさにすると思うからなんですけどね。

 えさはいっぱいあった方がサンドワームくんたちも喜びますからね。うふふっ!

 サンドワームくんたちって、食欲が大変旺盛おうせいなんですよねぇ……うふふふふっ!」


 マイミィが本気とも冗談ともとれる言い方をするが……多分、本気だ。


 食堂『黄色いハンカチ』に押し入った男どもは、なわたれて、衛兵えいへいたちによってろうへと連行れんこうされていった。


 連行される時に分かったのだが、ボスの両足りょうあし両手りょうて左頬ひだりほおの一部がケロイド状になっていた。 火傷やけどっているようである。


 ヤツがっているその火傷やけどあとの原因については すぐに判明はんめいした。


 ガザマンとマウィンが住んでいたアパートに放火ほうかしたのがヤツだったのだ!

 放火ほうかさいみずからも大火傷おおやけどったのである!



 裏社会うらしゃかい牛耳ぎゅうじっていると言っていたボスは、人妻だったマウィンに懸想けそうしていた。

 所謂いわゆる横恋慕よこれんぼというヤツだ!


 今から2年ちょっと前に、ガザマン戦死せんしほうが、マウィンたちのもとへとはいると、これさいわいと思ったボスが2年前のある時、マウィンを自分のモノにしようと彼女が住むアパートへと単身たんしんんでたのだった。


 ボスは元来がんらいは気の小さい男だ。 ガザマンが生きていた時には彼がこわくて手出てだしができなかったらしい。


 彼が死んだと聞いての行動だった。 ……小心者しょうしんものである


 ヤツはマウィンを無理矢理自分のモノにしようとした!


 が、はげしく抵抗ていこうするマウィンの声と、大きな物音ものおと気付きづいたアパートの他の部屋の者たちがけつけてきたため、ボスはその時は逃げ出すことになる。


 マウィンはアパートの住民たちの御蔭おかげ貞操ていそうを守ることができたのだ。


 だが! その件をはじをかかされたと逆恨さかうらみしたボスは、マウィンと他のアパートの住民じゅうみんすべてを焼き殺そうとして放火ほうかしたのだという。


 先ほどもべたが、ヤツの火傷やけどは、その時にったものだったのだ。


 さいわいヤツが放火ほうかするところを たまたま 見つけた住人じゅうにんがいたために、住民たちは大火たいかいたる前に避難ひなんすることができたので、死者はひとりも出なかったのだが……


 避難途中ひなんとちゅうで、命には別状なかったものの、大火傷おおやけどった者が何人かいたらしい。


 マウィンも大火傷おおやけどっていた。


 長く伸ばしたかみと服によってかくされてはいるが、顔の左半分と背中にはひど火傷やけどあとがある。 それは彼女が我が子をかばおうとした時に負ったということだった。


 ボスたちが"ろう"へと連行れんこうされていった後、マウィンがユリコたちに事情を説明してくれたのだが……


 マウィンがユリコたちに顔に残ってしまった火傷やけどあとを見せようと、顔の左半分をおおっていたかみをかき上げようとした、ちょうどその時、ユリコは背後はいご……店の入り口付近ふきんに人の気配けはいを感じた。


 ユリコが振り返ると、その気配けはいぬしと目が合う……ガザマンだ!

 入り口の外から、こちらの様子ようすを そっと うかがっていたようだ。


「あっ! ガザマンさん! ちょっと待って!」


 ユリコと目が合ったガザマンは、なぜか反射的はんしゃてきに逃げ出した!

 ユリコは彼に待つようにと言ったのだが、無視むししてはしって行ったのだ!


縮地しゅくち!」

「うっ!? ゆ、ユリコさん!?」


 ユリコは『縮地』を使って、一気にガザマンの進行方向、彼の目の前へと瞬間移動したのである!


 ガザマンは突然ユリコが目の前に現れたために驚き、足を止める。


「ガザマンさんっ! あなたはなぜ逃げるんですか!?

 奥様に無事に帰ってきた姿を見せないでどこへ行くんですかっ!?」


「も、もうマウィンには他にいい人ができちまったんですよ!

 今さら…今さら俺があいつの前に顔を出しちまったら、あいつがこまるだけじゃないですか! だから俺は……俺は……ううう……」


「はぁ~っ!」


 ユリコは、おでこに手を当てながら、大きなためいきをつき……

 うつむき加減かげんで、首を左右に大きく何度か振ってから話し出す。


「あのね、ガザマンさん! ったくもう! ちゃんとガルゴイルさんの話を聞いてから行動しないから、ややこしいことになってしまうんですよ!

 いいですか!? マウィンさんはね! ……」


 ガザマンを追って食堂しょくどうに向かう前に"ガルゴイル"から聞いた話を、ユリコは彼に話して聞かせた。


「へっ? そ、そうなんですか? え!? えっ!?」


 ガザマンはほうけたような顔をしている。

 ユリコが語った話の内容が、どうもすぐには理解できないようである。


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