第0093話 デコピン勇者! 新たなる伝説!

 ユリコたちがファイヤーボールをまれる少し前。

 ここは宇宙ステーション内の会議室である。


「シオン。シュフィーアってババアにうばわれた、お前さんのもともとの身体に未練みれんはあるのかい?」


「はい。容姿ようしほうはとても気に入っていたんですが、他人に自由に使われているかと思うと、ちょっと複雑ふくざつ心境しんきょうというのが正直しょうじきなところです。

 取り返したい気持ちもあるのですが、なんかけがされてしまった感じがして……」


「なるほど。それで、提案なんだがなぁ……

 どうだろう? 前の身体と全く同じ容姿に少々のスペックアップをほどこした新しい身体をお前さんにプレゼントしてぇと思うんだが……」


 シオンが驚きの表情を見せている。


 そんなことをしてもらってもいいのだろうか?とでも思ったのか、他の助手たちの顔色をうかがうかのような素振そぶりを見せている。


「あ、もちろんお前さんが望めば……の話なんだがな。どうだろうかな?

 以前のお前さんの身体に関するデータが、ここの管理システム内のデータベースに残っているんでな。 正確せいかくに肉体を再生成さいせいせいさせることが可能なんだが……」


「私だけが特別にそんなことをしていただいては、みなさんに申し訳ないです」


「いや。 俺の所為せいでお前さんには、何十年なんじゅうねんものあいだ尋常じんじょうじゃねぇ苦労と苦痛を味わわせちまったし、本来の肉体をもうばわれるようなことになっちまった……

 全然つぐないにはなんねぇだろうがな、せめてものおびの気持ちっていうかなんていうか……そんなようなもんだと思ってくれ。 どうだろうかな?」


 他のハニーたちの顔を見ながら……


「他のハニーたちもきっと、この提案はよろこんで賛成さんせいしてくれると思うぜ?

 そう思うんだが……どうだろうか? ハニーたち?」


 "もちろんですともっ! 大賛成だいさんせいです!"


「シオン。あなたさえいやじゃなければ、上様うえさまのご厚意こういをお受けしては?」


 シオリのその言葉に、シオンをのぞくこの場のすべての者たちがうなずく……


「シオリさん……みんな……ううう……ありがとうございます」

「お!? それじゃぁ?」


「はい。ダーリンのご厚意こうい、ありがたくお受けします」


「そうか! よかったぜ!

 実は内緒ないしょでお前さんの新しい身体はもうつくっちまったんだよ!

 ふぅ~、ことわられたらどうしようかと思ったぜ! はははははっ!」


 みんなは苦笑している。 いや、みんなではない!?


 シオリだけはあたたかく慈愛じあいちた目をしながら微笑ほほえんでいる!?

 どうやら彼女にはすべてお見通みとおしのようだな。



 あの教皇シミュニオンこと、シュフィーアってババアのことだから!

 シオンの身体をどんなことに使っているか分かったもんじゃない!


 あのババアがシオンの身体を大切にしているようには、俺には全く思えない!

 きっとおのれよくのために利用りようしまくっているにちがいない!


 あの美貌びぼうで男どもをたらしんで肉欲にくよくおぼれさせて権力けんりょく掌握しょうあくしているような、けがれたイメージしか思い浮かばないのだ!


 もうかえしがつかないくらい、どこかの "クソ野郎ども" や "ひひじじい" どもに、彼女の身体からだけがされまくっているんじゃないかと思えて仕方しかたない!


 そんなけがされた身体からだにされてしまっては、たとえ取り戻せたとしても、それを再びシオンに使わせるようなことはしたくはないと思ったから……

 シオンには是非ぜひとも "綺麗きれいな、まっさらな身体" を提供したいと考えたのだ!


 シオンは心から喜んでくれているのだろうか心配だ。


「シオン。新しい身体は迷惑じゃねぇのか? 正直に言ってくれていいんだぜ?」

「嬉しいです! 私は今、本当に幸せだと感じています! ああ、なんか涙が……」


 シオンはさめざめと泣く……

 どうやら本当に喜んでくれているようだ。


「この会議が終わったら、早速さっそくたましい移植いしょくしような!」

「はい。 よろしくお願いします!」


 ん? さゆりがなんかニコニコしながらこっちを見ているな? なんだ?

 あ、目が合った!


「ねぇねぇ、ダーリン! 教皇きょうこうシミュニオンってさぁ~、その新しいシオンさんの身体とは "うりふたつ" なんだよね?」


「ああ。そうなるかな……いや! 本物のシオンの新しい身体の方が中身の魂がいいから、ずっとかわいくなるはずだぜ! でも、さゆり、なんでそんなことを?」


 ん? なぜかシオンがほおめている?


「うふふ。 本物のシオンさんが乗り込んでいってさぁ、教皇に……


 『お前は私にてはいるけど偽物にせものだぁっ!』


 って、やりめてからボッコボコのギッタンギタンにしてやったらスカッとするんじゃないかなぁ~って、思ってさ! どう? どう? 面白くない?」


「ははは! そいつはいいな!

 コロセウムのような場所にシオン教徒をいっぱい集めて、その場で『奇跡を起こす対決』をする……ってのも面白そうだな!?」


「あわわわわわ……そ、そんな対決を、わ、私がするんですか?」


 シオンがうろたえている?


「どうだい? これ、すっげぇ面白そうじゃねぇか?

 あ、もちろん、その時には俺はお前さんのそばにいて全力でサポートするぜ!

 もう絶対にお前さんだけをひとりにはしねぇから安心おし!

 絶対に! お前さんを守るからな!」


「え? …… は、はいっ!」


 シオンはなんだか嬉しそうだ。


「あらららら……そ、その時は私も一緒に行っていいかな?」

「ああ。いいぜ、さゆり! なんといってもお前さんの発案はつあんだからな」


 さゆりは "にかぁ~" と嬉しそうに、満面まんめんみをたたえ……

 他の管理助手たちは『いいなぁ~』とでも言いたげな表情を浮かべている。



 そんな時であった! シンに念話ねんわとどく……


 ん? なんだ? お? またマルルカからの念話だな?

 うまく迂回路うかいろに出られたという報告かな?


「あ、みんなちょっとごめん! またマルルカから念話が入ったようだ!

 わりぃが、ここで一旦いったん休憩きゅうけいにしよう」


 "はいっ!"



『どうした、マルルカ? 迂回路うかいろには出られたか?』


『はい。 御蔭様おかげさまで、すんなりと出られました。 ありがとうございました。

 それで、おいそがしいところ、大変申し訳ありませんが……

 先ほど申しました方法で、内通者ないつうしゃらしき女性が見つかったんですが、その女性が、どうも何者なにものかの奴隷どれいにされているようなんですよ』


『なに? ってことは、真犯人しんはんにんは他にいそうだな?』


『はい。恐らくは……

 それでその女性には"誰にあやつられているのか"を聞きたいですし、奴隷のままではかわいそうなので、解放かいほうしてあげたいんです』


『なるほど、かわいそうになぁ。

 奴隷にされてからひどい目にわされてなければいいんだがなぁ……』


『はい。……ということで、彼女の奴隷契約どれいけいやく破棄はきしてしいんですが……』


『ああ。分かった。 ターゲットを確認した!

 今から奴隷契約どれいけいやく破棄はきするが……周囲しゅうい警戒けいかいおこたるなよ!?

 その神子を支配しているヤツが多分、近くにいるはずだからな!

 油断ゆだんするなよ!』


『はい。分かりました。 勇者様とマイミィにも伝えます。

 それではよろしくお願いします』


『おう! まかせておけ! ターゲット指定完了っと……

 それじゃぁ、神である権限けんげんにおいてこの者の奴隷契約どれいけいやく強制的きょうせいてき破棄はきする!

 ……くわえて、隷従れいじゅう首輪くびわ除去じょきょ消滅しょうめつめいずる!』


『あっ! 隷従れいじゅう首輪くびわが消えました! あっ! 女性が泣き出しました!

 成功せいこうです! 精神支配せいしんしはい解除かいじょされました! ありがとうございました!』


『おう! またなんかあったら、何時でもいいから念話していいからな?』

『はい。 それでは失礼します!』


 さて、この後、真犯人しんはんにんがどう出るかだな……


 さっき俺が見せしめにクソ野郎をぶっ殺しておいたからなぁ。

 ユリコたちに歯向はむかったらひどうことは充分じゅうぶん理解りかいしているだろうから……

 まぁ、あとはユリコたちにまかせておいても大丈夫だいじょうぶだろう!


 俺のまくはもうないだろうな、きっと……


 俺のみがあまかったということを、あとから知ることになるのだった。


 この直後に、ユリコたちは真犯人しんはんにんから、高威力こういりょくのファイヤーボールをまれてしまうことになるとは! …… この時の俺は予想よそうだにしていなかったのである。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 えーっ!? 予想だにしていなかっただなんて……シン、ダメじゃん!

 決着けっちゃくがつくまで、ちゃんとユリコたちのことを見守みまもってあげないと!?


 ファイヤーボール、まれちゃったんだよ!? どうすんの!?



 ユリコたちはいったいどうなったんだ!? シンの助けは期待できない!

 大丈夫なのかっ!?



 ◇◇◇◇◇◇◆



「クックックッ! くぁあーーっはっはっはっはっ!」


 高威力こういりょくのファイヤーボールをユリコたちに向けてはなった、本当の内通者の笑い声がひびわたる!


「あーーははははは…… はぁ!? な、なにっ!? そ、そんなバカなっ!?」


 ふぅ~、よかった! ユリコたち、そして、神殿関係者たちをつつんでいたかのようなほのおが消えたんだが……


 そう! 全員ぜんいん無傷むきずだ! 誰も怪我けが火傷やけどった者はいない!


「な、なんだ!? あの目玉めだまものは!?」


 彼等だ! 亜空間あくうかんひそんでユリコたちをかげながら見守みまもっていたミニヨンたちだ!


 各人に2体ずついて見張みはっていた、計6体のミニヨンが、ユリコたちと神殿関係者たちを守ったのである!


 ちょうど空間に正六角形を形作かたちづくるかのように、それぞれが六角形の頂点ちょうてんの位置に静止している!? まるで空間に固定こていされているかのように微動びどうだにしない!


 各ミニヨンがシールドを展開し、ちょうど"六角形の巨大なたて"がユリコたちを守るかのように出現しゅつげんした格好かっこうになっている!


 その "透明とうめいたて" がファイヤーボールを受け止めて消し去ったのである!


「うわぁ~! ダーリン! ありがとう!」「ありがとう! あ・な・た!」

「し、シン! ありがとう! 助かったわ!」


 マルルカ、マイミィ、ユリコは天をあおいでシンに感謝した。


 は・は・は……残念でした。 彼は聞いてないんだけどねぇ……


 シンは、こうなることを全く予想していなかったので、すでに念話回線は切られてしまっている。 彼女たちの言葉は残念ながらシンには届いていない。


 まぁ、確かにまさかの場合を想定してシンが、ミニヨンたちに彼女たちを守らせていたことには違いないんだが……


 今回はシンが直接命令して彼女たちを助けたわけではない!


 感謝するならミニヨンにして欲しいところだ!

 ミニヨンたちの独自どくじ判断はんだんなのだ! 彼等はなんと優秀なんだろう!


 あ、ちなみに……さっきユリコたちを性奴隷せいどれいにしようとした"クソ野郎"の成敗せいばいにも、今ユリコたちを助けたミニヨンの一体いったいが使われた。


 シオン神聖国のニシズネ町で、ヨゼダン男爵だんしゃくに対してはなったいかずちと、同じ方法を使ったのである!

(→第0086話参照。)



 ユリコはファイヤーボールを放った、本当の内通者ないつうしゃをキッとにらみつけて……


「あなたが盗賊に情報を流していた内通者だったのね!? …… リーダー!」


 そう! 内通者ないつうしゃ商隊しょうたい護衛ごえいしている冒険者ぼうけんしゃの女性リーダーだったのだ!


 リーダーのまわりにいた冒険者ぼうけんしゃたちは一様いちようおどろきの表情を見せて、彼女から距離をとった! どうやら女性リーダー以外の冒険者たちは盗賊とは無関係のようだ。


 ユリコは、最初さいしょにこの女性リーダーに会った時に感じたっかかり……

 それがなんなのかがようやく分かった。


 これだけの美人なのに、盗賊たちがさらおうとしていた"ターゲット"には、含まれてなかったことに、無意識むいしきうちっかかりをおぼえていたのだ!


 盗賊たちはこんな美人がいるのに、なぜか神殿しんでん神子みこだけをねらっていた……


 盗賊たちは、商隊の女性たちをさらうとは言わず、神殿神子たちをさらうと言っていたので、ユリコは商隊にいる女性は神殿神子たちだけだと思い込んでいた……

(→第0091話終盤参照。)


 それで女性冒険者リーダーが現れた際に引っかかりを覚えたというわけだ。


『ふぅ。なんか心に引っかかっていて、もやもやしてたんだけど……

 これでスッキリしたわ!』


 この冒険者リーダーが内通者ないつうしゃで、盗賊の仲間であるというのだったら、盗賊たちがさらう相手から彼女を除外じょがいしていたこともうなずける!


「あなたバカじゃないの? さっきのダーリンの "いかり" を見たでしょ?

 大人しくつかまっておけばいいのに、私たちを攻撃こうげきするなんて……

 死にたいってこと? 自殺じさつ願望がんぼうでもあるの?」


 マイミィがあきれながらたずねた。


「う、うるさい! うるさい!

 大人しくつかまっても、どうせ死罪しざい犯罪奴隷はんざいどれいにされるだけ! ダメでもともとよ!

 あんたたちを殺せば、ジャギャンを殺した神への仕返しかえしになるだろうからね!」


「ジャギャン? だれそれ?」

「さっき神に殺されたあたしの仲間よ! 目の前で殺されるのを見たでしょ!?」


 ジャギャンとはさっきシンが爆殺ばくさつしたクソ野郎のことらしい。

 ヤツもどうやら盗賊の仲間だったようだ。


「え? シンが殺したあの男も盗賊の仲間だったの!?」


「うわぁ~。そうだったの!? ダーリンはちゃんと分かってたんですね!?

 あの時は問答無用もんどうむようで殺しちゃったもんだから、私ちょっとびっくりしちゃったんだけど……。 さ、さすがはダーリン……」


「あれれぇ~? ユリコさんもマルルカさんも分からなかったんですかぁ?

 あらあら! ダメですねぇ~、お二人とも愛情と信仰心が足りませんよぉ~。

 われらが偉大いだいなる神であらせられるダーリンがですよぉ~、いかりにまかせてぶっ殺しちゃうなんてことするわけないじゃないですか?

 ちゃんとダーリンには盗賊だと分かってたに決まってますよぉ~。

 ふっふっふーーっ! ダーリンを心から愛し、尊敬そんけいしている私には分かってたんだよねぇ~。あははははははっ!」


 ユリコもマルルカもくやしそうな表情を浮かべてマイミィを見ている。


 い、いや……マイミィさん。

 多分たぶんだが、シンはいかりにまかせてヤツをぶっ殺しただけだと思うよ……。


 たとえ精神支配耐性せいしんしはいたいせいがあって、奴隷化どれいかなんて絶対にされないことが分かっていたにしても、ユリコたちに隷従の首輪をめようと思ったこと自体が許せなかったんだと思う。 ジャギャンって、クソ野郎が盗賊の仲間だったのは……たまたまだろうな。


「う、うるさいっ! なにをごちゃごちゃと!? 死ねぇーーっ!」

「勇者様! あぶないっ!」


 ガッ!


 盗賊と内通していた女、マージェラが、こしげていた剣をきざまにユリコへとりかかり! マージェラの剣ははらうかのようにユリコの首をとらえた!


 マルルカの警告もむなしく……

 ユリコはマージェラの剣をけることができなかったのだ!


 商隊の者たち、冒険者たち、そして、神殿関係者たち……

 誰もが次の瞬間には、ユリコの首がはねられて地面に転がると予想した!


 バッキィィィィィーーン!


「えっ!?」 ぺち! 「ぐわはっ! …… 」

 ズガン! ズガン! …… ズガガガガッ! ズサッ!


 だがっ! ユリコの首をはねるものだとばかり思っていたマージェラの剣が、音を立ててれてしまったのである!


 ユリコが展開していた極薄ごくうすシールドがふせいだのだ!


 マージェラの剣が折れたと思った刹那せつな! ユリコは "にこっ" と笑いながら一気に間合まあいをめて、マージェラのひたいにデコピンを一発はなったのである!


 マージェラはりながら、ちゅううかのようにバック宙を一度し……

 地面で二回バウンドをした後、顔で地面をけずりながらしばらく進んで止まった。


 マージェラは意識を失ってしまった。


 草原には まるでたがやしたかのように……マージェラの顔面で削られたあとができてしまっている!?


 マルルカとマイミィは『まっ、当然よねぇ』といった感じの表情ひょうじょうを浮かべながら微笑ほほえんでいるが……

 他の者たちはみんな、目が飛び出さんばかり、アゴが外れんばかりの驚きの表情を見せてかたまっている!?


 暫時ざんじのち、商隊の護衛をしていた冒険者のひとりが口を開いた。


「お、おい。 デコピン一発でランクAのマージェラをたおしちまったぜ?」


「あ、ああ……。 はっ!? か、彼女が例のあれじゃねぇのか? ほら……」

「ああ! デコピン一発で各地の悪者どもを成敗せいばいして回ってるっていう……」

「そうだよ、デコピン勇者……デコピン勇者だよ!」


「でもよぉ? そいつは男だって話じゃなかったかぁ?

 すっげぇ美人をふたりはべらせているって……ん!? ふたり!?」


「3人ともすっげぇ美人だが……勇者は別にカウントすれば、ほら、あの美人二人をはべらせているかのように見えるだろう?」


「ああ、それに、あのマルルカっては、デコピンを放ったのことを、"勇者様"と呼んでいただろう? 多分間違いねぇよ! あのが『デコピン勇者』だぜ!」


 冒険者たちが自分のことを話しているらしいと分かったユリコが……


「ち、違うわよ! わ、私は『デコピン勇者』なんかじゃないっ! 人違いよ!」


 全力で否定した。


 そうだよねぇ~、誰もがイヤだよねぇ~、そんな二つ名をつけられるのは……


「間違いねぇよ! いつも『デコピン勇者』って、呼ばれるのを全力で否定するって確か回ってきた人相書にんそうがきにも書かれていたもんな?」


「ああ! そうだった! 俺も読んだぜそれ! やっぱりこのに間違いねぇ!」


「ち、違うって言ってるでしょ! そんな格好悪かっこうわるふたなんてイヤぁ~っ!」


 この日から、人相書にんそうがきには『デコピン勇者は実はすごい美人の女性である』という一文いちぶん追加ついかされたらしい……。


 シンは後でその話を聞き、一瞬ホッとしたかのような表情を浮かべ……

 これで自分は『デコピン勇者』と呼ばれなくなると、たいそう喜んだらしい。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 盗賊の仲間だったマージェラは、その後マルルカに治療されて、隷従の首輪をめられて奴隷にされた。 彼女の主は奴隷にされていた方…ではない方の神殿神子だ。


 マージェラは商隊しょうたいを守る冒険者たちからは離れて、巡回診療じゅんかいしんりょうおこなう神殿関係者たちの身辺警護奴隷しんぺんけいごどれいとして神子みこたちに同行どうこうすることになったのである。


 盗賊の仲間、マージェラの奴隷にされていた魔物使いである神子は、幸いなことに凌辱りょうじょくされてはいなかった。


 商品の "味見あじみ" は、必ず最初に盗賊のボスが行うというのが盗賊たちの間の厳格げんかくなルールだったらしく、その御蔭おかげで彼女、奴隷にされていた神殿神子、シーティアは、あのクソ野郎のジャギャンにも、指一本ゆびいっぽんれられてはいなかったのである。


 そのことを知ったユリコは、涙を流しながら心の底から喜んでいたという……


 運良うんよくユリコは凌辱りょうじょくされずにすんだが、ブラックドラゴンの奴隷にされるというつらい経験をしたことから、他人事ひとごとのようには思えなかったんだろうと思う。



『……そうか。 それじゃぁ、そのシーティアって子は中央神殿に戻ってもらって、しばら静養せいようしてもらった方が良さそうだな? 奴隷にされていたんだもんなぁ……』


『はい。私たち3人もそうした方がいいだろうと話していました』


 マルルカがシンにこと次第しだいを報告しているところだ。


『それでどうするんだ、マルルカ?

 お前さんたちはまだ旅を続けるつもりなんだろう?

 なんなら俺がその子をあずかろうか?』


『いえ。3人で相談して、私たちが転移で連れて行こうということになりました。

 というのも、ほら、私たちが盗賊から助けた男性がいますでしょ?』


『あ、ああ……そういえば男が一緒いっしょだったよなぁ……』


『はい! あの方は神都しんとで待っている "奥様おくさま" のもとへと向かっている途中で盗賊に襲われてしまったらしいんですよ。

 それで、商隊にまぎんでいる盗賊の仲間をやっつけた後、彼を神都まで3人で、転移で送っていくことにしてたんです。

 ですから、その時、一緒にシーティアも連れて行こうかと思っています』


『なるほど、そういうことか。 分かった。それじゃぁ、頼むな』

『はい!』


『またなんかあったらすぐに連絡してな? 遠慮はいらねぇからな?』

『はい! ありがとうございます。 それでは、失礼します!』



 こうしてユリコたちは、シーティアと、盗賊にとらわれていた男、ガザマンを連れて一旦いったん神都しんとへと転移てんいで戻ることになったのである。



『うふふ! これで神都へ戻る大義名分たいぎめいぶんができたわ! 嬉しい! うふふふふ!

 後はなんとかして……なんか理由を見つけてシンのもとに戻らなきゃね!』


 たしてユリコの思惑通おもわくどおりにことはこぶのだろうか?

 そうなるといいのだが……



 ◇◇◇◇◇◆◆



 一方、宇宙ステーションの会議室では……


「よし! それじゃぁ、シオンが新しい身体にれたら、シオン神聖国に乗り込んでいって、偽物退治にせものたいじをすることにしようか?」


 "はいっ!"


「で、そのままシオン教を乗っ取って大粛正だいしゅくせいおこない、本来の目的をたせるような宗教団体へと改革しよう!」


 "はいっ!"



 どうだろうかなぁ……シオンが新しい身体に慣れるには、最低でも10日はかかるものとみておいた方がよさそうだよな。


 俺自身、新しい身体になってからもう10日以上経っているが……なんか、未だにシックリこない時があるもんなぁ。


 女性の身体はデリケートだろうから……ひょっとするとシオンの場合、慣れるまで1ヶ月以上かかるかも知れないな。



「それまでの間は、積極的せっきょくてきにシオン神聖国の内政ないせい干渉かんしょうしてやろうと思っている。

 隅々すみずみまで……すべてに目を行き届かせることができねぇのはくやしいが……

 人権侵害じんけんしんがい人権蹂躙じんけんじゅうりん種族差別しゅぞくさべつは絶対に許さねぇ!

 ガンガン干渉かんしょうしてやろうと思っている! お前さんたちも協力きょうりょくしてくれ!」


 "はいっ!"



「さてと……それじゃぁ、今度は各種族の現状を聞いていこうかな?

 それでいいかい? これまでのことでなにか疑問とかはねぇかな?」


 みんなはお互いに顔を見合わせながら首を左右に振っている。


「上様。みんな疑問はないようですので、まず私からひとつお知らせしておきたいのですがよろしいでしょうか?」


「ああ、シオリ。 どうぞ……っとその前に、あのさぁ、やっぱり『ダーリン』って呼んでくんねぇだろうかなぁ?

 ここではなんというか、フラットに話し合いてぇからさぁ。ダメかなぁ?」


「わ、分かりました。ダーリン。では、よろしいでしょうか?」

「お、おう! 頼む」


 シオリの話の内容は、シオン神聖国が、ニラモリア国との国境付近に展開していたぐんを完全に撤収てっしゅうさせたということの報告だった。


 これでシオン神聖国のニラモリア国侵攻しんこうの野望はえずついえたことになる。


 獣人族担当のシノは、シオリと緊密きんみつに連絡を取り合い、情報を共有していたので、そのことは当然知っていたのだが……

 この場でシオリからその事実が報告されたのを聞いて、ようやく、心から安堵あんどしたようである。


 ワッドランド帝国の"駐ニラモリア国大使の部下"である二重スパイ、ジェンマが、ダンジョンからの魔物あふれ計画の失敗と、ワッドランド帝国のニラモリア国に対する侵攻しんこうが失敗したことを……


 強力きょうりょく破壊力はかいりょくを持つゴーレムたちが国境付近こっきょうふきんに展開しているため、シオン神聖国単独たんどくでの侵攻しんこう自殺行為じさつこういひとしいということを、うまく報告してくれたらしい。


 えず多くの血が流されるような事態じたい回避かいひできたのだ。



 その後、各種族の担当者から順に、各種族の現状についての報告がなされた……



 ◇◇◇◇◆◇◇



「それじゃぁ、ガザマンさん。

 神都まで転移しますからね。勇者様の腕をつかんで下さいね」


「ちょ、ちょっとマルルカ! な、なんで私の腕なのよ!?

 あなたの腕でもいいじゃないの!?」


「私とマイミィはダメですよぉ。だって……うふっ! 私たちは人妻ですもの!

 ダーリン以外の殿方とのがたを私たちの身体に触れさせることなんてできませんわ!」


「そうですよ。そんな不貞ふていは働けませんわ! 妻ですもの! オーホホホホッ!」


「ふ、不貞ふていって!? な、なによ! わ、私だって……」


「え? なんですって? 私だって? え? え? なになに? なんですか?」


 マイミィがニヤニヤしながらしつこくたずねると……


「んぐっ! な、な、なんでもないわよ!

 と、とにかく! シン以外の男の人に触れられたくないわ!

 私だって絶対にイヤよ!」


 その後ユリコはしばらく無言で考えていたが……

 急に表情がパッと明るくなった。 なにやら思いついたようだ。


「ガザマンさん。むこうを向いて下さる?

 あなたに触れられるのはイヤだから、私があなたに触れることにするわ!

 えーと、確かキャットスーツが触れていればいいのよね、マルルカ?」


「はい。ダーリンはそう言ってました」

「じゃ、じゃぁ、これでいいわね?」


 ユリコはガザマンの背中に、自分の背中を向けて立ち……

 キャットスーツがおおっている右肘みぎひじで、軽く肘打ひじうちを食らわすかのようにガザマンの背中せなかれた。


「さ、さぁ! これでいいわよね!?

 この体勢なら、たとえシンに見られたとしても、肘鉄ひじてつを食らわせているようにしか見えないでしょう! ふふふ! 我ながら名案ね!

 さぁ、それではシーティアさん! あなたは私の左腕につかまってね!」


「は、はいっ!」


 シーティアはユリコの指示に素直すなおしたがった。


 ガザマンは『女心ってのは複雑なんだなぁ』と"しみじみ"思った。

 一方、その女心が分かるはずの女性陣、マルルカ、マイミィ、シーティアは……


 『うわぁ~、ユリコさんは、やっぱりめんどくさい人だよぉ。

  この人の考えがな~んかよく分からなくなることがたまにあるのよねぇ……』


 3人とも同じようなことを考えたのだった。



「それじゃぁ、みんな! 神都へ転移しましょう! ……転移!」


 こうして、ユリコ、マルルカ、マイミィ、ガザマン、シーティアは……

 神都エフデルファイの中央神殿へと転移していったのだった。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 ユリコたちは奴隷にされていた、魔物使い能力を持つ神殿神子、シーティアを神都中央神殿にいた "シンのよめ" 、ディンクとインガにあずけたあと……


 盗賊から助けた男、"ガザマン"が強く望んだことから、彼が妻のもとへと帰るのにっていくことになった。


「私のような者にってくださり、本当にありがとうございます。

 上様うえさま奥方様おくがたさまにご無理むりもうしまして、まことに申し訳ありません。

 3年もの間留守るすにしていたので……どうも私ひとりで帰るのは不安でして……」


「そんなに恐縮きょうしゅくしなくてもいいわよ」

「そうですよ。勇者様のおっしゃる通りです。イヤならことわりますから……」

「それに……どんな奥さんか知りたいですし……」


「「「ねーーっ!」」」


 ユリコ、マルルカ、マイミィは、ガザマンの妻もだが……

 きっと感動的なシーンとなるであろう、ガザマンと妻との3年ぶりの再会の場面が見たくて見たくて"ウズウズ"しているようだ。


「は・は・は……と、とにかく、すみません。

 あっ! あの角を曲がった先に、私たちが住んでいるアパートがあります!」


 心なしか、ガザマンの足取あしどりが速くなる。


 4人は、そこをがるとアパートが見えるとガザマンが言ったかどがる……


「そ、そんなぁ……」


 ガザマンは絶句ぜっくし、ガクリとくずち、両膝りょうひざを地面についてしまった!

 彼は真っ青な顔をしながら呆然ぼうぜんとしている。


「……な・い……アパートが……ない……」


 ガザマンは、かつては建物が建っていたであろうと思われる空き地をながめながらちからなく何度なんどもつぶやいている……『 アパートがない 』と!


 かつてはアパートのへいだったのであろうか……


 真っ黒な、焼かれたようになっている、レンガ造りの "くずれかけているへい" だけが立っていた!?


 どうやらガザマンたち夫婦がんでいたアパートは火災かさいったようだ。


「ちょっと、ガザマンさん! 気をしっかり持って! しっかりして下さい!」


「そうですっ! どうもここで火災かさいがあったようですが、奥様おくさまがその被害ひがいったかどうかは、まだ分からないんですから! 気を確かに!」


「勇者様とマイミィが言うとおりですよ! さあ、何があったのか、近所の人たちに聞いてみますよ! さぁっ!」


 かつて、ニラモリア国を救った英雄、ガザマン……彼の人生じんせい苦難くなん連続れんぞくである。


 はてさて、ガザマンのつま無事ぶじなんだろうか?

 どうか無事ぶじであってくれ! と、ねがわんばかりである!


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