第0091話 やっぱり湧いて出た!

 ユリコたちが今いる場所は林道りんどうになっている。 左右には森が広がっており……

 人がかくれるには都合つごうがよい場所である!


 勇者ユリコ、マルルカ、マイミィは周囲しゅうい警戒けいかいしながら男のもとへと近づく……


 男の顔はみにくれ上がっている。 どうやらひどなぐられたようだ!?


 右足のひざから下が無い!? だが、足を失ったのはかなり前のようだ……

 男が倒れているすぐそばには松葉杖まつばづえのようなものが落ちている。


 れ上がった顔のおでこから右目、そして右頬みぎほおにかけて古く大きな刀傷かたなきずがある。

 あの傷では恐らく右目を失っているだろう。


「……に…げろ。 ……わな……だ……。 ……にげ…る……んだ……」


 男は口から血をきながらユリコたちに逃げるように言う。


「うっ! ひどい怪我! マルルカ! マイミィ! 周囲しゅうい警戒けいかいおこたらないでね!」


 そう言うとユリコは男のもとへとり……


「しっかりして下さい! 今すぐなおしてあげますからね! ……修復!」


 ユリコがそう言った直後に、男の身体が一瞬あわい緑色をした半透明な光のベールに包まれて……その光はすぐに消えた。


 ユリコがほどこした修復神術により、男の欠損けっそんしていた右足も、右目もふくめて怪我けがはすべて修復されて完全に治癒ちゆした!


「ん!? あ、足が……俺の足が!? み、右目も!? ああ……」


「さあ、もう大丈夫ですよ。 でもこんなところで大怪我おおけがって倒れているなんていったいどうしたんですか? なにがあったんです?」


「勇者様!」「ユリコさん!」


 男がユリコの質問に答えようとした時! 


 周囲に広がっている森の中からむさい男どもが数十人!

 わらわらと、まるでき出るかのように現れたのだ!


 どうだろうかな……おおよそ50人といったところか!?


「ゲッヘヘヘヘヘッ! たまんねぇなぁ! こんな場所でまさか上玉じょうだまが3人もえさに食いついてくるとはなぁ~! 俺たちゃついてるぜ! ゲヘヘヘヘヘッ!」


 ユリコたちは完全にかこまれてしまった! 絶体絶命ぜったいぜつめいのピンチである!

 ……と言いたいところだが、それは彼女たちが普通の女性だったならの話だ!



「神都からニラモリアへと向かう商隊がもうすぐここにやって来るって話だったが、その前にこんな "おいしい獲物えもの" が引っかかるとはなぁ……こりゃ幸先さいさきがいいぜ!

 ガハハハハッ! ガァーーッハハハハハハッ!!」


「ぐへへっ! ああ、兄者あにじゃ、まったくだぜ!

 おい、野郎ども! 急いで女どもをとっつかまえてふんじばれ! もたもたすんな! すぐに本命の商隊がやって来るぞ! 急げ!」


「こりゃおったまげた! "えさ" の怪我けがが治っちまってやがるぜ! まいったな。

 お、おかしら! 商隊しょうたい足止用あしどめようえさはどうしやすか!?」


「なんだとぉ? しゃぁねぇな、男はぶっ殺して、女のひとりをロープでふんじばって道のど真ん中に転がしておけ!」


「へいっ! ゲヘヘ、頭。 えさは野郎よりも女の方が効果ありそうでやんすね?」


「ああ、それもそうだな! ガハハッ!

 だがいいか! 絶対に傷をつけるんじゃねぇぞ!

 俺たちでたっぷりと楽しんだあと、性奴隷として売っぱらうんだからよ! いいな?

 ガーハッハッハッハッ! ガーッハハハハハッ!」



『『『クソ野郎どもの思考パターンってみ~んな同じっ! 反吐へどが出るわ!』』』

 ユリコたち3人は、偶然ぐうぜんにも全員が同じことを心の中でつぶやいた。



「へへへ。分かっておりやすって! く~っ、たまらんでやんす!

 こんな上玉じょうだま3人と! グヘヘッ! 今夜は楽しみでやんすなぁ!

 ああ、神様に感謝しやす! へへへへへっ!」


 クソ野郎は、言葉の最後に天をあおぎ、あろうことか神に対して感謝した!

 なんともバカで、間抜まぬけで、命知いのちしらずのクソ野郎である!


 だが、このクソ野郎にとっては幸いなことに、どうやらその感謝の言葉はシンには届かなかったようだ!? もしも届いていたら……どうなるかは言うまでもない!


 まあ、このクソ野郎どもが辿たどり、行き着く先は……多分同じなんだが。

 シンにやられるか、ユリコたちにやられるか…だけの違いだろう……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「マルルカ! その人を守って! マイミィ! 後ろを頼みます!」

「「はいっ!」」


「俺が戦う! その剣を貸してくれ! お嬢さんたちは俺が守る!」


「ダメです! 剣を貸すなんて絶対にいや!

 私の大切な人からの贈り物ですから人にはさわらせられません! 絶対にっ!

 それに心配ご無用! 私たちだけで大丈夫!

 ここは私たちにまかせて、あなたは後ろでおとなしくしていて下さい!」


 ユリコがかまえている剣はシンからおくられた剣である! 他の者には触れられたくはなかったのだ!


「だ、だがこの数を3人だけで相手にするのは無理だ! 俺にも戦わせてくれ!」


「傷がえたばかりのあなたには無理です! 邪魔ですから、そこでじっとしていて下さい!」


「じゃ、邪魔っ!? ……」

 ユリコたちが助けた男はそう言うと絶句ぜっくする!



「ユリコさん、森林火災が発生するといけないので、火属性神術は禁止ですね?」

「そうね、マイミィ。 火属性はやめておきましょう!」


「おうおう! ねえちゃんたちよぉ、なにをごちゃごちゃ言ってやがるんだ?

 ガハハハハッ! これだけの数の男を相手にかなうとでも思っているのかよ!?

 悪ぃことは言わねぇ、おとなしく降伏こうふくしな!

 俺たちが気持ちいいこといっぱいしてやるからよぉ~?

 ぐふっぐふふ……ぐははっ! ぐあぁーーははははっ!」


 そう言うとクソ野郎のボスらしき男が、下卑げびた笑い声を上げる……

 彼女たちを凌辱りょうじょくするシーンでも想像したんだろう。


 まぁ~、絶対に起こりえない展開なんだがな……。



だまれ! 下郎げろう! 私たちに出会ったことを地獄で後悔こうかいなさいっ!

 ……ダブルトルネードからの真空斬しんくうぎりっ!」


 ユリコが風属性かぜぞくせい攻撃神術こうげきしんじゅつ発動はつどうすると、幅3m、高さ10mほどの竜巻たつまきが2つ出現し、たがいにぶつかり合うんじゃないかと思うくらい近い距離で真横まよこならび…… 2つそろって並んで、悪漢あっかんどもの方へと向かっていった!


 うぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!


 ユリコがはなった2つの竜巻に巻き込まれた悪漢あっかんどもは、瞬時しゅんじに身体がバラバラになってしまった!



 ユリコは二つの竜巻の間の気圧が極端きょくたんに低くなるように……

 そして、真空しんくう状態にまでなるようにと強くイメージして発動していた!


 そう、日本では、信越地方しんえつちほうで多く見られる現象『かまいたち』を、ユリコは神術で再現しようとしたのだ!


 それも、とびっきり鋭利えいりで強烈な『かまいたち』を起こそうと考えたのだ!


 まぁ、地球で発生する疾風しっぷう程度では、皮膚を切り裂くほどの"気圧差"を生じさせることはできないらしいから、『鎌鼬(かまいたち)』現象が、気圧差によって皮膚が切られるという説は現代では否定的ひていてきらしいんだが……


 ユリコが放った、強力で強烈な2つの竜巻が生み出した気圧差は、どうやら身体をくことも可能だったようだ!



 竜巻がとおぎたあとには、バラバラになった死体の山と血の海が広がっていた。


 ユリコの背後はいごてき対峙たいじしていた"マイミィ"に、今にも襲いかからんばかりだった悪漢どもは、ユリコが放った強烈な攻撃をたりにして驚愕きょうがくし、たじろいだ!


「ユリコさん! な、なんですか!? その神術は?」


「マイミィ! それは後で! 今はいいから敵に集中して!

 相手がひるんでいる今が攻撃のチャンスよ! 早く倒してしまいさいっ!」


「は、はいっ! じゃ、じゃぁ、私は……ウインドカッター×100!」


 シュシュシュシュシュ…………シュンッ!

 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ……ぎゃあああぁぁぁぁぁっ! うがっ!


 ユリコの攻撃を見てひるんでいる悪漢あっかんどもに対し、マイミィがはなった100個の風のやいばがなんともあっけないくらい簡単に敵をほふっていく!


 悪漢どもは、なすすべもなく風の刃によって切り刻まれて無惨むざんな姿へと変わる!


 50人はたと思われる"いかつい"むさい男どもは一瞬で殲滅せんめつされてしまった!

 それも、ユリコとマイミィがそれぞれ放った、たった一撃いちげきでだ!


 なんともまぁ……チートぎるっ!



 俺が戦うと言って、ユリコの剣をりようとした男は、目玉が飛び出さんばかりに目を大きく見開みひらいている!?


 アゴが外れんばかりに、大きな口を開けて驚愕きょうがくし……

 その場でかたまってしまって、動けないようだ!? まるで石化せきかされたかのようだ!


「勇者様! マイミィ! 誰かかしておかないとダメじゃないですか!

 盗賊のアジトが分からなくなっちゃっいましたよ?

 なんでデコピンでやっつけないんですかぁ!?

 バラバラ死体の山をどうするんですか!? 後片付けが大変ですよ!?」


「だ、だってぇ……か、数が多かったんだもん! デコピンじゃ面倒めんどうでしょ!?」


「そ、そうよ! マイミィの言う通りよ! 時間がかかるじゃない!?

 それに……極薄シールド越しとはいえ、あんなむさい男どもには、指一本触れたくないじゃない!? そう言ってるけど、マルルカはできるの!?」


「そうそう! ユリコさんの言う通りよ! 聖女様はさわれるの!?」

「うっ! ……む、無理ですぅ……」


「「でしょぉ~? ふっふっふっ!」」



「で、ユリコさん! なんなんですか? あの攻撃は?

 ダーリンからあんなのを特別に教えてもらっていたんですか? ずるいですぅ」


「ち、違うわよ。私のオリジナルよ。 今さっき思いついたの。

 昔見たテレビ漫画まんが主人公しゅじんこうで、赤いどうがトレードマークになっている鈴之助すずのすけくんの必殺技ひっさつわざをヒントにしてやってみたら、"たまたま" できたっていうか……」


 テレビ漫画!? 赤胴あかどう……鈴之助すずのすけ!? 真空斬しんくうぎり!? ……ふ、古い!


 ユリコが地球の日本の……古き昭和の時代の人間だということがこのことだけでも分かるな。


 しかし、大勢おおぜいの敵に囲まれた状況だというのに新ワザを試すだなんて……

 すごい余裕よゆうだ! たいしたものである! さすがは勇者ゆうしゃといったところか?



「てれびまんが? すずのすけ? なんですか、それは?」

「あ、いやぁ、そのう……前世の話だから、説明できないから忘れて、マイミィ」


「勇者様が新しく考えたんですかっ!? す、すごい! さ、さすがですね!

 ……それで名前はもう付けましたか?」


「いえ、マルルカ、まだよ。 そうね……名前はやっぱり『真空斬しんくうぎり』かな?」


「な、なんか、かっこいい! 敵が多いときに便利な攻撃神術ですね!」

「ねぇねぇ! ユリコさん! お願い。 私たちにも『真空斬り』のやり方を教えて下さいよぉ!」


 マルルカもマイミィも目を輝かせてユリコにグイグイとせまる……


『うっ。どうも昔から教えるのは苦手なのよね~。 こまったなぁ……

 そうだ! シンもあのテレビ漫画が好きだったから、『真空斬り』って言うだけでやり方が分かっちゃうわよね、きっと。 うふふ! シンに丸投まるなげしちゃおう!』


「し、シンなら多分やり方が分かると思うから、後で彼に教えてもらって!」


「え? 勇者様オリジナルなのに、ダーリンにも分かるんですか!?」


 マルルカとマイミィはユリコに疑惑ぎわくの目を向ける……


「そ、そりゃそうでしょう? か、彼はなんといっても神様なんだし……

 ヒントにしたテレビ漫画は彼も好きだったから……うん、きっと大丈夫!」


「ユリコさん、面倒くさいからダーリンに押しつけたって顔をしていますよ?」


 勇者ユリコは一瞬ギクッとする……

 なんとか平静へいせいよそおおうとしてるが、ユリコの顔は明らかに引きつっている。


「そ、そそ、そんなことはないわよ!

 し、シンの方がきっと上手に教えられると思っただけよ! ホント、それだけよ!

 さ、さあ! アンデッド化しないように死体を燃やすわよ! 手伝って!」


 マルルカも、マイミィも……二人ともどうも釈然しゃくぜんとしてないようだが、しぶしぶながら死体の焼却作業に取りかかるのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◆



「ふぅ。やっと終わったわね。 も、もうこんなのはこりごりだわ。

 森に火が移らないように神経を使ったから、ずっごくつかれちゃったし……」


 あまりにも凄惨せいさんな光景を前にして、3人とも、胃液も出なくなるくらいまで何度も何度もいたのだった。 3人とも顔色は悪い。


 互いに修復神術をかけ合いながら、たった今、なんとか死体の山の焼却が終わったところである。


 3人の中でも特にマルルカの顔は青い。 真っ青な顔をしている。

 マルルカは泣きながらつぶやいた……


「も、もういやですぅ~、こ、こんなむごたらしい死体はもう見たくないですぅ~」


「まぁ、まだ若いお嬢ちゃんたちには、ち~とばかし"キツい"わなぁ……

 兵士として戦場におもむいた俺でもちょっときそうになるくらいだったからなぁ」


 ユリコたちが助けた男が口を開いた。

 かつてこの男は兵士だったようだ。 右目と右足は戦場で失ったのだろうか……


「ホント、キツかったよぉ~。 いつもはねぇ~、ダーリンがチャッチャと焼却してくれていたから……こんなに大変だとは思ってもみなかったわ……」


「ん? ダーリン? マイミィさんは結婚しているのかい?」


「ふっふっふぅーーんっ! そうよっ! それもね……聞いて驚かないでね!

 こう見えて、私たちは神様のきさきなのよ! うふふっ!」


「わ、私はまだ違うわよ! マルルカとマイミィだけねっ! 間違えないでね!」


「まぁまぁ~、ユリコさぁん、ユリコさんも后みたいなもんじゃないですかぁ~?

 『まだ違うわよ』って言ってるし~、すぐにでも后になりたいんでしょう?」


「勇者様。いい加減認めましょうよぉ~。 ハーレムのひとつやふたついいじゃないですかぁ? 気にし過ぎですよぉ~」


「な、ななな、なにを言っているの!? はぁん? し、シンのハーレムなんかに、絶対に入りたくないわよっ! ホントにもう……」


 ふと見ると、ユリコたちが助けた男は3人の前でひれしている!?


「な、なんですか!? いきなり……」


「申し訳ありません。上様うえさまのお后様方きさきさまがたとはつゆ知らず大変失礼しました」


「そ、そんなことはやめて下さいよぉ~」

「そうですよ。どうかおやめ下さい。顔を上げて下さい。

 ダーリンの后といっても私たちはごく普通の人間なんですから……」


 ふっ…、ごく普通の人間ねぇ……おっと、失礼!


「そうです。普通にしててもらった方がこちらも気が楽ですから……

 それよりも自己紹介がまだでしたね?

 私はユリコ。 この子はマルルカ、そしてこの子はマイミィですが、あなたは?」


 神眼しんがんでステータス情報を確認すれば名前くらいはすぐに分かるのだが……

 ユリコはあえてそれをせず、男の名前を聞いた。


「あ、申し訳ありません! お礼も、自己紹介もまだでしたね。

 改めまして……助けてくれてありがとうございます!

 俺はガザマンという者です……」


 ガザマンは、ぽつりぽつりと自分のことを話し出す……


 ガザマンは、3年ほど前にシオン神聖国がニラモリア国へ侵攻しんこうしようとしたさいに、神国がひそかにニラモリアを助けるために派兵はへいした特別部隊とくべつぶたい兵士へいしのひとりだった。


 彼等の活躍で、その時のシオン神聖国の野望はくだかれたのだが……


 その戦いの最中さなかに、彼は戦場で右足と右目を失う大怪我をして一時は生死のさかいをさまよったという。 彼はおおよそ1年半もの間、意識が戻らなかったらしい。


 彼は、ニラモリア国を救った英雄のひとりとして、ニラモリアとシオン神聖国との国境近くのニラモリア側、ある町の神殿で丁重ていちょうに面倒を見てもらっていたとのことだった。


 彼は目覚めてから、おおよそ1年半もの間、苦しくてつらい機能回復訓練を続け、人に頼らず日常生活が送れるようになるため、必死に努力したという。


 その努力は徐々じょじょむすび、運動機能も体力も徐々に回復していき……

 歩く際にはつえが必要であるものの、ほぼ支障ししょうなく日常生活がおくれるまでになったということだった。


 彼は目覚めてからはずっと神都にひとり残してきた妻のことが気になっていた。 


 早く故郷に帰り、愛する妻の顔を見たい……その一心いっしんで、苦しくつらいリハビリを乗り越えられたんだと、彼は"はにかみ"ながらユリコたちに語った。


 彼は神都エフデルファイに向かう商隊があると聞けば、商人に妻への手紙をたくし、自分の無事を知らせてきたらしいのだが……

 これまで妻からの返信は一切いっさいなく、そのことが気掛きがかりで仕方しかたがなかったという。


 "便たよりのないのはよい便り"だと思い込み、一日も早く、神都への旅ができるまでに身体を回復させようと必死にがんばってきたらしい。


 そして今から半月前。 世話になったニラモリアの人々と別れを告げ、故郷へ……


 愛する妻が待っている神都エフデルファイへ、商隊の馬車に同乗どうじょうさせてもらって旅立ったのだと彼は語ったのであった。



「……それで、草原そうげんとおっていた街道かいどうが、この森にかこまれている林道りんどうの入り口にかったあたりで、先ほどの盗賊どもに襲われてしまったのです。

 商人たちも、警護けいご冒険者ぼうけんしゃたちも……俺以外はすべて殺されてしまいました」


 ガザマンはくやしげにグッと唇を噛み、両手のこぶしかたにぎりながら身体を小刻こきざみに震わせた。


 彼等が盗賊どもに襲われたのは、今から数日前のことだったらしい。


 盗賊が彼だけを生かしたのは、神都側からやって来る商隊しょうたい一時的いちじてき足止あしどめするための"えさ"として彼を利用するためであり、それは盗賊のボスが言い出したらしい。


 商隊の到着までの数日間、ハンディキャップを負っている彼なら、それまでのあいだ拘束こうそくしておくのも楽だろうと盗賊は判断したのだろう。



「その数日間は盗賊のアジトにいたんですか?」


「いえ、ユリコさん。 彼等は足がつかないよう、遊牧民ゆうぼくみんのように各地を転々としていたようです。大きなテントを拠点きょてんとしていました。

 この森の奥、南の方にひらけた場所があるんですが……

 そこに、昨夜まではそのテントを張って、今日この日を待っていました」


「盗賊が盗んできた物が、今もそこにはあるの? 金銀財宝とか……」


「残念ながら、今朝、闇商人たちのキャラバンがやって来て、盗賊たちがうばってきた物品等をすべて買い取っていきました。

 ですから、マイミィさんがおっしゃるような"お宝"はもう何一つ残されていません。

 それどころか、これからやって来る商隊を襲ったらすぐにでも逃げ出せるように、その場所にはもうテントすら張られていません」


「それで……盗賊にとらわれていた人はいなかったの?」


 ユリコはさらわれて来た者たちがいて、闇商人たちに売られたんじゃないかと気になったようだ。 そのような人々がいたとしたら、すぐ助けに行こうと思っていた。


「はい。私は見ていません。 いなかったと思います。

 ヤツらは、これから襲おうとしていた商隊に同行している"神殿しんでん神子みこ"の方々をさらうつもりだったようでした」


「え? 商隊に神殿神子たちが同行? なんでなんだろう?」


「どうも、このあたりに点在てんざいする小さな村々に、巡回診療じゅんかいしんりょうに行くためのようです。

 大勢おおぜいで一緒に旅をした方が安全ですから、そうしたんじゃないでしょうか」


「なるほど。 えず盗賊にとらわれていた人たちがいなかったのは幸いね。

 でも……、シンにとって大切な神殿神子たちをねらうとは! ゆるせないわね!」


「はい。勇者様。 私たちが事前じぜん遭遇そうぐうしてよかったですね」


「マルルカさん、ユリコさん。 盗賊って商隊がやって来ることも、神子さんたちが同行することも知っていたんですよね?

 ひょっとしたら……商隊の中に盗賊と "つうじている者" がいるんじゃないかな?」


「「「 ! 」」」


「ねえ、ガザマンさん。盗賊たちのところへは誰か使いの者が来てたりした?」


「いいえ、誰も見かけませんでしたが……

 いやまてよ。 そういえば、つのつばさを持った子供くらいの大きさの邪悪な顔をした魔物が頻繁ひんぱんに盗賊のボスのところへやって来ていましたね……

 ひょっとすると、あれが商隊内部の内通ないつう者からの情報を伝えていたのかも?」


「それはきっと"ガーゴイル"と呼ばれる魔物ですよ! このあたりには生息してないはずですから、きっと魔物使いによって招喚されたんだと思います」


『ガーゴイル? 地球では雨樋あまどい機能きのうを持った怪物かいぶつ彫刻ちょうこくだったわよね?

 それにた魔物なのかしら? さすがはファンタジー世界よね……』


 ユリコはなぜか、ここはファンタジー世界だから不思議じゃないとワケも分からず納得なっとくしている。


「魔物使いのマイミィが言うんだから、その魔物は"ガーゴイル"ってのに間違いなさそうね? きっとそれが内通者と盗賊との連絡係をしていたに違いないわ」


「そうなると勇者様。 内通者はその魔物を招喚した魔物使いということになりそうですよね? そうだとしたら、神眼を使えばステータスの内容から内通者が誰なのか分かりそうですね!?」


「そうね、マルルカ。可能だと思うわ。

 でも……神子さんたちもいるからね、魔物使いは何人もいるかも知れないわ。

 そうなると、この情報だけでは内通者をしぼめないわね?

 ところで、マイミィ。 ちょっと聞きたいんだけど……

 あなたなら誰かに支配されている魔物をうばって、あなたの支配下におくことができるわよね、多分?」


「はい。できます! 任せて下さい!

 ダーリンの加護かごで、私はこの世界最高、最強の魔物使いになりましたからねっ! 

 むっふぅ~!」


 マイミィは "ドヤ顔" をしている。 鼻息はないきもなんとなくあらい……。


「それじゃぁ、内通者がいると仮定して、そいつをあぶり出すのに、こういう作戦はどうかしら? ごにょごにょごにょ……」


 ユリコ、マルルカ、マイミィ、そして、ガザマンは、ひそひそと計画を話し合っている。


 神都エフデルファイ方面の林道の入り口付近で土煙つちけむりが上がっている?

 どうやら問題の商隊と神子一行みこいっこうがやって来たようだ!


 たして勇者ユリコたちが立てた計画は、うまくこうそうするのだろうか!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る