第0090話 シオンの肉体を奪いし者

 当時、俺とシオンがひそかに進めていた実験、それは、次の3つのステップをんで進められる予定だったとのことで、最終的には多神教たしんきょうの導入の可否かひを論ずるためのデータをとるのが目的だったらしい。


 1.この世界には、少なくとも俺と女神シオンという2神が存在することを人々に知らしめる。


 2.女神シオンを崇拝すうはいする新興宗教しんこうしゅうきょうおこし、俺を崇拝すうはいする神殿組織に対抗できる規模の宗教団体にする。


 3.神殿とシオン教、双方の信者におたがいの神の存在を認めさせた上で、両団体を統合して、俺と女神シオンの2神を共に信仰の対象とするような、1つの宗教を作り上げる。


 まずは、この2神がこの世界を管理支配していると人族に思わせた状態で、行動を経過観察してデータをとり、それを判断材料にして、その後多神教へと移行すべきか否かを決めるつもりだったという。



 他の管理助手たちには内緒ないしょで、俺とシオンのみで実験をおこなっていたのは……


 ・俺は管理者会議の場でこの計画を提案したが、反対多数で否決ひけつされたこと。

 ・人族以外の種族は信仰心しんこうしんがとてもあつく、容易よういに"新しい宗教"をおこすことができるような状況ではなく、この実験には不向きであったこと。


 主にこれら2つの理由からだとシオンは語った。



 俺とシオンの計画は、俺が地球へ旅立つ1年前から実行に移されていたという。


 まずシオンは、女神シオンと教皇シミュニオンのひとり二役ふたやくをこなしつつ……

 主に貧しい人々を対象に、数々の奇跡を起こして人心をつかみ、女神シオンの存在を世に知らしめることから始めた。それが俺が地球へと旅立つ1年ほど前のことだ。


 その後半年ほどして新たな宗教、シオン教を彼女はおこす……


 なんと! まさかシオンが女神と教皇、ひとり二役ふたやくをしていたとはな!


 裏でそのようなことをしながらシオンは、司令部では、俺と示し合わせて反抗的な態度をとって、俺とシオンがあたかも、互いに反目はんもくし合っているかのように他の管理助手たちには思わせようとし続けていたということだった。



「ところで、なんでお前さんは俺と反目はんもくし合っているかのように他の管理助手たちに印象づける必要があったんだい?」


「それは、司令部から私が去っても不審ふしんに思われないためです」


「司令部から去る? 司令部にいても計画は遂行すいこうできるんじゃねぇのかい?」


「いいえ、それが無理なんです。

 ダーリンが地球へと旅立つと我々は Suspended animation 状態に入ることになっていますので、お戻りになるまでの間、我々は行動できなくなるのです。

 司令部というか、ステーションから出てしまえばこれを回避かいひできますので……」


 シオンが司令部を去らねばならない理由、それは……

 Suspended animation、つまり、休眠状態きゅうみんじょうたいで俺が帰還きかんするまで待ち続けなければならないのをけるためだったのだ!

(→第0006話参照。)


 なお、俺たちが言うところの "Suspended animation" というのは、肉体を冷凍保存するんじゃなくて、基本システムをシャットダウンして、肉体を亜空間内あくうかんない保管ほかんすることを言う。


 だから、技術的な面においてコールドスリープとは全く異なる。



 ああ……。 俺が地球に行っている間も、彼女はただひとりでこの惑星で引き続き計画をすすめるようにと俺から命じられていたとは……。 なんということだ!


 俺の所為せいだ……俺はなんてことをしたんだ……


 彼女が何十年もの間、ずっとひどい目にい続けることになってしまったのは、俺の所為せいなんだ……くそう!


 その後のシオンがいかにつらい経験をしてきたかを想像してしまった。


 何十年も奴隷にされて……、身体までうばわれ……、俺との再会直前にはクソ野郎に凌辱りょうじょくされそうだった……すべては俺の所為せいなんだ! ああぁ……

(→第0078話参照。)


 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる……


 そう思った瞬間、突如とつじょ衝動しょうどうにかられ、シオンをギュッときしめてしまった!

 涙に目がかすむ……


「ホントすまねぇ。 俺がお前さんを……、

 お前さんひとりを、何十年もひでぇ目にわせちまった……すべて俺の所為せいだ!

 俺がこんな計画を思いつかなけりゃ……、 俺がお前さんに命じなけりゃ……、

 俺が予定通りに帰って来てりゃ……、ああ……、本当に……本当に申し訳ねぇ」


「……ダーリン……ううう……」


 シオンはそうつぶやき、俺の胸に顔をうずめたまま、よよと泣く……


 しばし、小刻こきざみに身体をふるわせていた彼女は、俺を強くきしめかえすと、おいおいと声を上げて泣き出したのだ。


 他の管理助手たちも時折ときおり鼻をすすりながら、涙をポタポタとこぼしている。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「思い出したくもねぇ、つれぇ記憶だとは思うんだが……

 大変申し訳ねぇんだが、俺が旅立った後に、お前さんの身にいったい何が起こったのかを話してくんねぇかな?」


「はい、ダーリン。 すべてをお話しします」


「申し訳ねぇ」


「どうかお気遣いなさらないで下さい。 私は今とても幸せですから大丈夫です」



 俺が地球へ旅立つ前にシオンに命じたことは……


 A.俺の帰還までに、この神都の人口の5%程度をシオン教徒にすること。

 B.神の名をかたり悪事を働く者どもの取り締まりを行うこと。


 この2点だけだったということだ。

 俺は最短で1年、最長でも3年で地球から帰還する予定だったらしい。


 俺が帰還するまでの間は、シオンはひとりだけで計画を進めなくてはならない。

 優秀なシオンであっても、さすがに最長3年ではやれることには限りがある。


 昔の俺はどうやら無理な命令は出していなかったようだな。



 彼女は忠実ちゅうじつ任務にんむ遂行すいこうしていた。 そう、奴隷にされるまでは……。


 俺が旅立って1年が経過した頃。 シオン教も信者を着実に増やし、教団の運営もようやく安定してきた頃のことだったらしい……

 ある日の夜、シオンは就寝中を襲われて、隷従の首輪を無理矢理められて奴隷にされてしまう。


「私に隷従の首輪をめたのは、私の側近そっきんだったシュフィーアという者です。

 そしてのちに、その者が私の身体をもうばったのです!

 それが現在の教皇、シミュニオンです。 シュフィーアはその中にいます!」


 シオンはこれまで『教皇シミュニオンに身体を奪われた』と言っていた……


 だからさっき、シオンから『シオンがもともとの教皇シミュニオンだった』と聞くまで、教皇シミュニオンってヤツが他にいて、そいつがシオンの身体を奪ったのだとばかり思っていたんだが……


 教皇シミュニオンだったシオンの身体を、シュフィーアというババアが奪い取って教皇シミュニオンになりすまし……

 教皇シミュニオンだったシオンの身体から抜き取ったの魂はシュフィーアの身体に入れて、聖女せいじょシュフィーアをえんじさせていたってことか……。


 ややこしいなぁ……


 今までは言えない内容も含まれていて、詳しくは説明できなかっただろうし、面倒だから、『教皇シミュニオンに身体をうばわれた』と、シオンは言っていたのかも知れないな。


「ん? シュフィーアだって?  それじゃぁ、今お前さんが使っているその身体のもともとの持ち主……じゃねぇよな。

 そんなわきゃぁねぇな、理屈りくつに合わねぇもんな。

 その身体は、もともとが管理助手用に創られた特別な肉体なんだもんな?」


 今現在シオンが使っている身体は、彼女が宇宙ステーションから持ち出した5体の管理助手仕様の肉体の内の 1体 であることが、シリアルナンバーから判明しているからだ。

(→第0078話、第0028話参照。)


 だから、その身体を使っていたもともとの魂なんてものは存在しない。


 それに2つの魂を入れ替えるには、テンポラリ(一時的に魂を入れておく)の肉体がどうしても必要になってくるワケだから……

 いっそのことテンポラリを肉体としてそのまま使ってしまった方が手っ取り早く、失敗のリスクも減らせる。


 シオンの魂 → テンポラリの肉体(現在シオンが使っている肉体)へ

 シュフィーアの魂 → シオン(教皇シミュニオン)の肉体へ

 シュフィーアの肉体 → 次回使うためのテンポラリの肉体にする?


 こうした方が合理的ごうりてきだし、魂の移植いしょくをミスする確率も低くなるはずだ。


 だからきっとそうしたんだろうなぁ……

 名前なんてのは後からどうにでもなるからな。


「はい。 シュフィーア自身の身体は、魂が離れたためにてました」


「朽ち果てた? 身体をてたのか、保管せずに?」

「はい。 彼女はかなりの高齢で、寿命もきようとしていましたので……」


「死にかけていたから教皇という権力付きのお前さんの肉体に目をつけて奪い取ったということなのか? だとしたら、なんて自分勝手な! ひでぇな!

 それで、奴隷にされてからすぐに身体を奪われちまったのか、そのババアに?」


「いえ。肉体を奪われたのは……そうですね、確か今から3年ほど前のことです。

 それまでは教皇シミュニオンのままで、奴隷として彼女にあやつられていました。

 まあ、この身体に無理矢理魂を移されてからもずっと奴隷でしたので、ダーリンが旅立たれた1年後からずっと……数十年間ずっと奴隷に……ううう……」


 かわいそうに……

 心から申し訳なく思い、やりきれない。


 再び彼女をギュッと抱きしめて……

 彼女をなぐさめようと、彼女の頭をゆっくりとでる。



 しかし……シオンの身体をうばわずに、シオンが宇宙ステーションから持ち出した、新しい肉体に魂を移すか、身体を完全修復して影でシオンを操った方がかしこいように思えるんだがなぁ……


 シオンの影に隠れて支配した方が、なんかあったときに逃げやすいだろうし、その方が色々と都合つごうが良さそうに思えるんだが……


 実際、何十年もシオンを奴隷にしてあやつっていたのに……みょうだな?


 たとえ"老衰ろうすいによる死"が間近まぢかせまっているような肉体だからって、完全修復神術で全盛期の肉体に簡単に戻せるわけだし……なんで身体をうばう必要があったんだ?


「お前さんを奴隷にしてあやつっているのに、なんでわざわざ身体を奪ったんだ?

 影に隠れてお前さんを操っていた方がメリットが大きいように思えるんだが……

 魂を移しかえるような"危ねぇまね"をしてまで、お前さんの身体を奪う必要はねぇように、俺には思えるんだがなぁ……」


「シュフィーアは3つ理由を挙げていました」

「3つ?」


「はい。1つは、おのれの肉体の死が間近に迫っているのを自覚したときに……

 完全修復して若返るんだったら、いっそのことみずからが教皇シミュニオンになった方が、いちいち命令する手間もはぶけるので楽だと思ったから……」


 シュフィーアってババアには、自分の肉体に執着しゅうちゃくってもんがないんだな?


「1つは、魔力量の制限を受ける魔法ではなくて、神術が使えるようになるから。

 彼女のもとの身体の魔力容量はあまり多くありませんでしたので、プロパティ値を編集してたくさん魔法が使えるようにしたんですが、魔力容量不足で、たいした魔法が使えなかったから、ずっと神術にあこがれていたからだということでした」


 なるほど。力をほっしたということか……

 シオン教を支配する者として、その権力に見合う力を欲しがったのだろうか?


「そして最後の1つは、あのう……そのう……」


 シオンがよどんでいるぞ? なぜだ?


「彼女は、自分の容姿ようしだいきらいだったようで……彼女いわく、私のような綺麗きれいな顔と身体になりたいと常々つねづね思っていたらしく、"私の身体が" 欲しかったらしいです」


 あ。なるほど。自分で自分のことを美人だと言ってしまうことになるから言うのを躊躇ためらったのか。


「しかし、なぜお前さんを奴隷にして、すぐ身体を乗っ取らなかったんだろうな?」


「ダーリンの怒りを恐れたからだと思います。 ダーリンが帰還したら私を解放してどこかに逃亡するつもりだったらしいです。

 そうなることを想定して、彼女はしっかりと蓄財ちくざいはげんでおりました」


 かせげるだけかせいで、あとはとんずらか……

 ん? 待てよ……でも、それは3年前でも変わらないんじゃないのか?


「だが、その状況は3年前でも変わらないんじゃねぇのか?」


「3年前に、神が消滅してしまったといううわさが、神殿関係者の間でまことしやかに流れたからだと思います。 この私ですら、希望がえてしまったのだと思い込み、大変なショックを受けたくらい、信憑性しんぴょうせいの高い話でしたので……

 シュフィーアは、もう天罰てんばつおびえなくてもむとでも思ったんでしょう」


「なるほどなぁ。でもシュフィーアはよく魂を移動できることを知っていたな?」


「も、申し訳ございません。

 彼女のことは、側近そっきんとして信頼しんらいしきっていましたので、管理助手でも隷属化れいぞくかできる隷従の首輪についても、魂の移植のことについても、私が全部彼女に話してしまったのです……彼女の魂の色も"ブルー"でしたので、まさか、あのようなことをするとは思いませんでした。 一生いっしょう不覚ふかくです」


「そうか……まあ、信頼しきっていたんだから仕方しかたねぇよ。 気にするな。

 たまたま信頼した相手が悪かったってだけだ。 お前さんにはつみはねぇよ」


「……本当に申し訳ございません……ぐっすん……」


 うう……泣かないでくれよぉ~。 本当にそう思っているんだからさぁ……


 もう終わっちまったことだし、気にしなくてもいいのになぁ。

 それに、一番の被害者ひがいしゃはこの子なんだからなぁ……


 話を変えよう……


「まっ! お前さんの魂を追い出すだけじゃなく、こうしてちゃんと生かしておいてくれたことだけはありがてぇよな。 少しはそのババアにも良心りょうしんが残っていたってことなんだろうかな?」


「いいえ! 恐れながらそれは絶対に違います!

 あの女は、管理者権限をようする特別な神術を行使こうしするためには、まだ私が必要だと考えて生かしておいたにぎません!」


 なるほどぉ。 そういうことなのか……

 利用価値があるからえず生かしておいた……ってことなのか?


 確かにシオンの管理者権限を剥奪はくだつするやいなや、戦士アキュラスをあやつる道具としてシオンを人身御供ひとみごくうにしようとしやがったもんな! やっぱり許せんな! だが……


「たとえ打算的ださんてきな考えからであったとしても、お前さんを、こうして生かしておいてくれたのは助かったぜ。 本当によかった……心底しんそこからそう思うよ。

 お前さんが消されちまっていたかも知んねぇと考えただけで……」


 俺の両方の眼からは とめどなく 涙があふれ出てくる……どうしても止められない。

 彼女の魂が消えてしまわなくて、本当に……本当によかった……


「ダーリン……」



 ◇◇◇◇◇◇◆



 シオン教の布教ふきょうに対する俺の要望は……


 A.俺の帰還までに、この神都の人口の5%程度をシオン教徒にすること。


 なのに……この俺が求めた結果以上にシオン教は勢力せいりょく拡大かくだいしたよなぁ?

 俺が旅立って2年後には、シオン神聖国を建国してしまったんだから……ちょっと異常とも思える発展はってん仕方しかただよな?


 普通のやり方じゃ絶対に無理なはずだ……


「シオン。俺の要求以上にシオン教が急激きゅうげき発展はってんしたのはなぜだか分かるか?」


「はい。 隷従の首輪を使って神殿や貴族の有力者たちを支配下におき……

 彼等の権勢けんせいを使って、教団の勢力せいりょく急速きゅうそく拡大かくだいしていったからです」


『シュフィーアってのは、すげぇやり手ババアなんだな……恐れ入ったぜ!』



 しかし、管理助手すら精神支配可能な隷従の首輪の持ち出しを、俺が許可していたことになるんだよな? なんでそんなものが必要だと俺は思ったんだろうな?


 やはり、この俺がシオン教の勢力拡大を事細ことこまかに指示していたんじゃないのか?


 まさか、獣人族の支配地域を侵略して、建国するようにも命令してたってことじゃないだろうな?

 記憶を失った今の俺が、つみ意識いしきにさいなまれないよう、シオンは俺をかばって、命令されたことをかくしているんじゃないのか!? そんな気がしてきたぞ……



「シオン。獣人族たちの領地を侵略して、宗教国家、シオン神聖国を建国するように俺は要求したんじゃねぇのか? 本当のところを正直に教えて欲しい」


滅相めっそうもない! ダーリンがそんな命令を下されるはずありません!

 ダーリンは今も、そして以前も心優しいお方です。

 そんな理不尽りふじんな命令は絶対になさいません!」


 シオンはきっぱりと否定し……

 なおも彼女は力を込めて何度も理不尽りふじんな命令を俺が出すわけがないと強調した。


「獣人族の支配地域への侵略行為しんりゃくこういや、数々かずかず看過かんかできない蛮行ばんこうをしてきた張本人は、シュフィーアと、その取り巻き連中で間違いありません!

 ダーリンの指示では決してありません! どうか私を信じて下さい!

 ダーリンをかばうためにうそを言っているわけでは、絶対にありません!」


「シオン。ありがとうな。 だがな、心優こころやさしいお前さんのことだからなぁ……

 本当に俺をかばってやしねぇか? 俺はどんな真実しんじつであれ、知りてぇんだよ?」


「いいえ! そんなことは絶対にありませんし、ありえません!

 本当にダーリンの命令ではあり……」


 その時である。シオンの言葉をさえぎってシオリが口をはさんだ……


「ダーリン、横から失礼します。 話をさえぎってごめんなさい、シオン。

 ダーリン、シオンが言っていることは本当です。 間違いありません!

 ダーリンが"宇宙間転移してきた女性"を救助されている間に、シオンの魂の履歴を調べてみましたが……

 ダーリンからそのような理不尽りふじんな命令が出された記録は一切ありませんでした。

 もちろん、記録を改竄かいざんした形跡けいせきもありませんので、シオン教徒が犯した侵略行為はダーリンのめいによるものではないと断言だんげんできます」


 シオンはシオリの言葉を聞き、真剣な顔で大きくゆっくりとうなずいた。

 それと同調するかのように、その他の管理助手たちも大きく何度も頷いている。


 ふぅ~。俺じゃなかったか。

 もしも俺の命令だったらどうしようかと思った……


 しかし、さすがはシオリだな! シオンの魂の履歴まで調査済だったとは。


「フォローしてくれてありがとうな、シオリ」

「い、いえ」


 シオリがシオンの魂の履歴を分析ぶんせきした結果、シオンも奴隷どれいにされてあやつられていただけであり……彼女みずからが、のぞんでヤツらの野望に手を貸したわけではないことも判明した。


 シオンがそんなことをするわけがないことは分かっている! 当然だ!



 ◇◇◇◇◇◆◇



「ところで、なんで管理助手すら精神支配できるような強力な隷従の首輪を持ち出すことを俺は許可したんだ?」


「地球からの流刑人るけいにん拘束こうそくするためです。 私がそのにんきましたから持ち出しを許可されました。

 流刑人をステーション内で受け入れるのは危険だということで、人族の中央神殿で転送されてくるのを待つことになったのです」


「地球からの流刑人るけいにん?」

「はい、そうです。 これは他のみんなも知っているかと思いますが……」


 他のみんなの頭上には『?マーク』が浮かび上がっているかのように錯覚さっかくした。

 みんな何のことなのか思い当たらないようなのだ。


 シオンはそんな様子を一切いっさい気にとめることなく話を続ける……


「ダーリンに地球ちきゅう視察しさつ許可きょかする代わりに、当時の"日本担当助手の直属の部下"で、反逆行為はんぎゃくこういおかした者を、こちらで引き取れと要求されて、その条件を飲むことになりました。 そのことは、他の管理助手のみんなも知っての通りです」


 他のみんなも『ああ! あの件のことか!』というような表情に変わった。

 シオンが何のことを言っているのかが分かったようだ。


「その女性には仲間が大勢いるということで、大挙たいきょしてこちらへ押し寄せて、彼女を奪還だっかんしようとするかも知れないということだったのです」


 なるほど。それで、それにそなえて隷従れいじゅう首輪くびわをたくさん持っていったわけか?


「ですからその襲撃しゅうげきに備え、彼女を受け取るにんいた私が、強力な隷従れいじゅう首輪くびわを数十個持ち出し、しかも、ダーリンから作成権限さくせいけんげんも与えられていたというわけです」


「なるほど、あの件のことだったんですね?

 でも、その者はこちらへ来てすぐに死んだんじゃなかったんですか?」


「シオリさん、みんな、ごめんね。 ダーリンの指示でその女性はシオン教があずかることになったの。今でも彼女は、シオン神聖国でシミュニオンの側近をしているわ」


「え? 当時の日本担当者って……私の前任者よね?

 だったらあの女よ! そう! ダーリンの記憶をうばったあの女!

 じゃぁ、その反逆者ってのは、実は善良ぜんりょうな人なんじゃないの?」


「そうだな。 さゆりが今言った通り、多分、善人だろう」


「まさかそんな! 彼女は悪人じゃないのですか!?

 ああ……彼女は私以上に長い間奴隷どれいに……ああ、なんてことなの……」


 シオンは顔面蒼白がんめんそうはくだ! 涙を流しながらガタガタふるえだし……

 しばらくすると、その場にへたり込んでしまった。



 シオリが当時のデータをスクリーンにうつし出してくれた。


 俺の記憶をうばった、当時の日本担当助手だったユウガヲによって、反逆者の汚名おめいせられて、この惑星に流刑るけいとなった女性は『ミサヲ』という名前だった。


 俺が地球へと旅立つ2日前にこの惑星へと転移させられてきたのだが……

 データ上は、こちらへ肉体ごと転移されてきた直後に死亡したことになっていた。


 だが、シオンの話によると、実際のところは彼女は現在も生きているというのだ!


 当時シオンが、彼女を奴隷化し、自分の、つまり、教皇シミュニオンの側近としてシオン教の布教を手伝わせていたらしい。


 そして今も、中身はシュフィーアである、現在の教皇シミュニオンの奴隷のまま、あのババアの側近としてこき使われ続けている……



 シオン教徒たちが使っている『"固定周波数タイプ"の古いシールド発生装置』は、そのミサヲが作成したものだということだった。


 地球にいた頃の、日本担当助手の部下をしていたときの知識を活用したらしい。


 道理でシオン教徒たちが使うシールドが骨董品こっとうひん級の古いタイプのはずだぜ!


 同じ"宇宙開発キット"を使って創造された宇宙同士だが、地球の方のバージョンはかなり古い。 管理者たちがその宇宙で使える基本技術は俺たちの方がはるかに進んでいる。


 これでなぜ古いタイプとはいえ、シオン教徒たちがシールドを使えていたのかが、その理由が判明したことになる。


 ず~っと不思議に思っていたのでスッキリしたぜ!


 俺はてっきりシオンが作成したんだとばかり思っていたが……

 地球から来た "ミサヲ" って子が作成していたとはなぁ、全くの想定外だ。



 シオンはまだへたり込んでいる。


 ミサヲが、実は悪人じゃないかも知れないと分かり、自分がミサヲって子を奴隷にしてしまったことをやんでいるようだ。


「シオン。お前さんが悪いんじゃねぇよ。

 お前さんは俺の命令にしたがっただけなんだ。お前さんは全く悪くねぇ!

 だから、そう落ち込むな。 悪いとしたらこの俺だし……

 一番いちばんわるいのは元日本担当者で "おたずもの" の "ユウガヲ" って女なんだからな!」


「……ダーリン……彼女を……彼女を助けてあげて……ううう……」


「ああ。 今夜早速さっそく、ヤツらが寝静ねしずまった頃にでも、一緒に助けに行こうな!」

「はい」


「そうだ! さゆり。 悪ぃがお前さんも一緒に来てくんねぇかな?」

「はい! もちろんいいわよ! よろこんでおともするわ!」


 ミサヲ救出作戦は、この会議が終わってから考えることにしよう……



 ◇◇◇◇◇◆◆



「最後にもう1つ……

 シオン、"管理助手仕様" の "強化人間の肉体" を持ち出したのも俺の命令か?」


「はい、そうです。

 ご承知の通り、シオン教には、人々の関心を引くために勇者伝説が伝承されているということにしてあるのですが……」

(→第0012話参照。)


「ああ、そうらしいな」


「ダーリンは、実際に勇者が招喚されるところを人々に見せた方がいいとおっしゃり……

 ダーリンが地球に到着とうちゃく次第しだい勇者ゆうしゃ相応ふさわしい者たちの魂を5人分ほどこちらに送るから、そのための準備をしておいてくれ…とのご指示しじがあったのです。

 ですから、地球から送られてくる魂を"転生させる肉体"として使うために保有していたのですが……」


 地球に到着後に、すぐに俺は記憶を消されてしまったから、その約束も果たされずじまいだったということか……


 ん? だが、勇者を招喚したとしても戦う相手がいなけりゃダメだよな?

 確かシオン教では、人族存亡の危機に勇者が現れることになっていたんだよな?

(→第0012話参照。)


「ところで、勇者を招喚するのはいいが、敵はどうするつもりだったんだ?

 敵がいなけりゃ、勇者を招喚する意味はねぇもんな?」


「はい。勇者が戦う敵は、旅立たれる前にダーリンが用意して下さいました。

 ダーリンが地球で、勇者に相応ふさわしい魂の確保に成功したら、私に連絡が入ることになっていまして……

 私はそれを受けて、魔王城まおうじょうで起動を待っている魔王役まおうやくのゴーレムとその手下たちのゴーレム数百万体を起動することになっていました」


「魔王城? それはどこに用意したんだ?」


「はい。魔王城は、現在のシオン神聖国の北に位置する未開の地『オミタ』の北東にあるみさきの中に用意されています。

 もう創られてから数十年経過しましたが、今も魔王たちは、起動されるのをそこでほこりをかぶって待っているはずです」


「なるほど。そこから魔王軍まおうぐん周辺しゅうへん各国かっこく侵略しんりゃくしようとしているってことにして、勇者ゆうしゃ一行いっこう討伐とうばつに向かわせるという筋書すじがきか?」


「はい。おっしゃる通りです」


「女神シオンに、教皇シミュニオン。 そして、魔王を裏であやつ黒幕くろまく……

 お前さんは、ひとりで3役演じることになっていたのかっ!?」


「いえ。魔王は私では制御せいぎょ不可能なんです」


「え? 魔王は止められないのか?」


「いえ。止めることはできますが、それができるのはダーリンだけです。

 起動したら最後、ダーリンだけが知っている特権パスワードを使って、魔王の基本システムにログインした上で、制御をうばわない限り……

 魔王は全ヒューマノイド種族を支配すべく、勝手に行動し続けるように設定されています」


「現在の教皇シミュニオンを演じているシュフィーアのクソババアに、その魔王軍が使われなくてホント、よかったよ。

 もしもヤツらに利用されていたら、今頃、この世界は完全にヤツらのものになっちまっていただろうからなぁ……」


「はい。ダーリンから、魔王軍のことは他言無用たごんむよう……絶対に、他にもらすなときつく言われておりましたので、あのシュフィーアもさすがにこのことは知りません」


 あぶねぇ、あぶねぇ……地球へ旅立つ前の俺、よくぞシオンに"他言無用"とクギをしておいてくれた!


 記憶を失っちまっているから、魔王を制御できる"特権パスワード"ってのも忘れてしまっているからなぁ、今の俺じゃ止められないもんな。


 魔王のゴーレム軍を "ほふる" こと自体はわけないんだが、面倒めんどうくさそうだもんな。


 えーと……シオンに聞こうと思っていたのはこれくらいかな?


 俺が地球へと旅立つ前に命じたことと……

 シオンがどんな目に遭っていたかについては大体理解できたな。よし。


「シオン。ありがとう。御蔭おかげでよく分かったぜ。

 つらいことを思い出させちまって、本当に申し訳なかった。すまん」


「いいえ。何度も申しますが、今の私はとても幸せですので平気です」


 シオンは刹那せつなうれいをびた表情をした後、にっこりと笑った。


 俺はその笑顔にこたえるかのように微笑ほほえみながら、黙礼もくれいするかのように、軽く両目を閉じて感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


 ありがとう、シオン。そして、本当に申し訳なかった……




「さてと、ハニーたち! なんか質問はねぇか?」


 シオリと他の管理助手のハニーたちはおたがいに顔を見合みあわせながら、うなずき合っている……どうやら質問がないことをたがいに確認し合っているようだ。


「はい。特にありません」


 みんなともう一度うなずき合ってからシオンがそう答えた。


「よし。 それじゃぁ、シオンが望んでくれるんなら、再び管理助手になってもらいてぇと思っているんだが……みんな異議はねぇか?」


 "異議なし!"


「ということで、シオン。どうだろうか?

 申し訳ねぇが、もう一度管理助手として俺をささえてくれないだろうか?」


「申し訳ないだなんて……よろこんでお引き受け致します! 嬉しいです!」


 こうしてシオンは管理助手に復帰したのである。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 シンたちがシオンの話を聞いていたちょうどその頃……


 神都エフデルファイからニラモリア国へとつながる街道を東に向かって、つまり、ニラモリア国へと向かって、徒歩とほで進んでいく女性3人の冒険者パーティーがいた。


 そう、おさっしの通り! 勇者ユリコとマルルカ、マイミィの3人である!


「ねぇ、マルルカ? シンには私からの伝言を伝えてくれたのよね?」

「はい。伝えましたよ。 "なっとうきんぐ" の件ですよね?」

(→第0081話参照。)


「うーん、なんかちょっと微妙びみょうな発音になっちゃっているんだけど……

 そうよ。ナット・キング・コール( Nat King Cole )の Unforgettable の歌詞と私の心が同じだってこと」


「うーん、ちゃんと伝えたつもりなんですが……

 私の知らない言葉ですから、ちゃんとダーリンに伝わったのか……

 やっぱりご自分で伝えた方がいいですよ。 念話で直接伝えて下さいよぉ」


「な、なな、なにを言っているの!? それができないから頼んだのよ」


「な~んかダーリンの反応はんのう微妙びみょうでしたよぉ? 意味が分からないみたいな……」

「ユリコさん、今度は私が伝えますから、紙に書いて下さいませんか?」


「ありがとう、マイミィ。折角せっかくだけど……もういいわ。そこまですると、なんか私がシンのもとへ戻りたくてしょうがないって、アピールでもしているかのように思われそうだから……」


『『う、うわぁ~、めんどうくさ~い! この人、めんどうくさいわ~』』


 と、マルルカとマイミィはほぼ同時に同じことを思った。



「勇者様。ハッキリ言いますよ? 面倒めんどうくさい女は嫌われますよ!」

「そうですよ! マルルカさんの言うとおりです! あなたは面倒めんどうくさいです!」


 ぐさっ! という音でも聞こえてきそうなくらい……二人の言葉に、勇者ユリコは大ダメージを受けたようだ。


「……ど、どうせ私は面倒めんどうくさいおんなよ……ぐっすん……」


 勇者ユリコが小声でそうつぶやきすねる……


 マルルカもマイミィも、なんと声を掛けたらいいのか分からずかたまった。

 この場の空気に我慢がまんができず、マイミィが話題を変えようとする……


「そ、そそ、そういえばダーリンが言ってたわよね? マルルカさん」

「え? えーと、なんのことですか?」


「ほら。今やっているなんちゃら会議の後で、"橘ユリコ"って人を蘇生そせいさせることを管理助手のみんなと相談するって……」


「あ、はい。言ってました! 勇者様がイヤな思いをしないだろうかと、ダーリンが心配していたあのことでしょ? マイミィ?」


『え? 私を蘇生? シンが前に話していた私のバックアップデータの方の?』

(→第0074話参照。)


「そうそう。 橘ユリコさんは不幸な死に方をしたから、転生させて今度こそ幸せな人生を送らせてやりたいんだって……

 でも、ユリコさんが、もうひとりのユリコさんを蘇生そせいさせることをどう思うか気になるんだって言ってた話!

 あの話をユリコさんにも教えてあげた方がいいんじゃないかと思ってね」


「ええ。そうね。 そのもうひとりのユリコさんが復活されたら、勇者様はますますダーリンのもとに戻りづらくなりそうですものね?」


「うん、そうなんだよねぇ……

 ねぇねぇ、ユリコさん。 もう意地いじをはってないでダーリンのもとに戻ろうよぉ?

 戻った方が絶対にいいってばぁ~。 じゃないと居場所いばしょがなくなっちゃうよ?」


「だ、誰が意地をはっているっていうんですか!? わ、私には関係ない話よ!

 ふたりとも余計よけいな心配はしないで! も、もう、シンのところには戻らないつもりなんだから、私のことはほうっておいて!」


『『やっぱりめんどうくさ~い! この人、相当そうとうめんどうくさいわ~』』


 と、マルルカとマイミィは、またまた、ほぼ同時に同じ感想をいだく……



『本当は戻りたいよぉ……ああ、なんで私はこんなことを言っちゃうんだろう……

 マルルカ! マイミィ! お願い! 私をもうひと押しして!

 そうしたら仕方ないから戻ることにするって言うから! お願い!』


 勇者ユリコはすがるような目で二人を見つめながら、心の中でつぶやく……



「そうですかぁ、関係ない話ですか……。マルルカさん、こりゃダメだよぉ~。

 ま、それこそ私たちには関係ない話ですからどっちでもいいんですけどねぇ~」


「そうね、マイミィ。事情をよく知らない私たちが口を出す話じゃないかもね?

 ごめんなさい、勇者様。もう余計なことは申しませんからご安心下さい」


『え~っ! そ、そんなぁ~! もう一回戻れって私に言ってよ、お願い!』


 勇者ユリコは涙目なみだめだ。


「あ、あなたたちがどうしても戻った方がいいって言うんだったら……」


 その勇者ユリコの言葉をさえぎり、マイミィが叫ぶ!


「あっ! 見て! あそこに人が倒れている!」

「え? あ! 本当だ! 勇者様、どうしましょう!?」


 勇者ユリコは、シンのもとに戻る意思を表明する機会をいっしてしまったのだった。


「気をつけて! 前にシンが言っていたでしょ? よく盗賊とうぞくが、ああやって怪我人けがにんのふりをしてせしているって! まずは神眼で魂の色を確認しましょう!」


「「はいっ!」」


 倒れているのは28歳の人族男性だ。魂の色は……ブルー!

 一見すると善人のようだ……だが、油断はできない! 


 勇者ユリコ、マルルカ、マイミィの3人は極薄ごくうすシールドを展開てんかいし、警戒けいかいしながらゆっくりと男に近づいて行く……

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