管理者会議とファーストコンタクト

第0088話 救難信号

「みんな。いそしいところを集まってくれてありがとう……」


 ワッドランド国のちゅうニラモリア大使、ザックレイとの対決を終えた日の午後。

 たった今、司令部しれいぶにおいて管理者会議の開会かいかい宣言せんげんしたところだ。


 この惑星ディラックの周回軌道上しゅうかいきどうじょうには巨大な宇宙ステーションがあるのだが……

 司令部はその中にある。


 会議の参加メンバーは俺とシオリ、全管理助手(全種族の担当者たち)、そして、現在は管理権限を持っていないが、かつて人族の担当者であったシオンである。


 つまり参加メンバーは……


  シオリ(統括とうかつ管理助手。 全管理助手をたばねる者)


  さゆり(人族担当者。 地球から転移)

  シオン(元人族担当者。 シオン神聖国にとらわれの身となっていた)

  シホ(エルフ族担当者)

  シタン(ダークエルフ族担当者)

  シマ(ドワーフ族担当者)

  シノ(獣人族担当者)

  シズ(魔族担当者)


 それに俺。 計9人である。


 シオンにも参加してもらっているのは、俺が、地球へと旅立つ前に彼女に指示した命令内容をこの場で明らかにしてもらうためである。 というか、そのために今回の会議を開いたと言っても過言かごんではない。


 俺からの"命令内容"が明らかにされれば、シオンがなぜシオン教という宗教団体に関係していたのかも明らかになるらしく……

 シオンが語ろうとしている内容は、この惑星の管理、および、進行中の実験にかかわる極秘ごくひ事項じこうとのことだった。


 本来は俺とシオンだけの秘密で、他言は絶対にするなと、俺に命令されていたようである。


 俺は全く覚えていないのだがな……とほほだぜ。


 俺が記憶を失ってしまったことから、やむなく、俺からの命令内容を明らかにしてくれることになったのだが、それには条件がつけられた。


 内容が内容なだけに俺と管理助手たち全員がそろう場所で、しかもそれ以外の者には絶対に聞かせないことがその条件で……

 その彼女が出した条件を満たす最適の場が、この司令部で不定期に行われる管理者会議というわけだ。



「今日の議題は4つだ。

 第一の議題は、俺が地球へと旅立つ前にシオンに命じたという命令の開示で……

 これはシオンにおこなってもらう」


 この会議を招集しょうしゅうする前に、シオリからその話がされるであろうことは聞いていたのだろう、みんなは平然へいぜんとしている。 いぶかしがるような様子を見せるような者もいない。



「第二の議題は、建国についてである」


 ざわざわ……


 これは事前に言ってなかったので少々ざわついているな。


「簡単に言うとな、全ヒューマノイド種族が、そして、魔物たちもが平等に暮らせる新しい国をつくるってことだ。 その内容については後で俺が説明するけど、議題って言っちまうから仰仰ぎょうぎょうしいんだけど、みんなに協力してくれって言うお願いだな」


 みんなが俺の方を見て目を輝かせている。 わくわくしているって感じだ。

 どうやら俺がしたいことが、もうなんとなく分かっているかのようだ。



「第三の議題は、八百万やおよろずかみ計画についてだ」

「やおよろずのかみ? ……ですか?」


 みんなは『八百万の神』という言葉が分からないようだ。

 シオリがみんなを代表してたずねるかのようにつぶやいた。


 そうか、この世界には該当がいとうする言葉がないのか?


「ああ。『八百万やおよろずの』ってのは『数え切れないくらいたくさんの』という意味だ。

 『ヒューマノイドたちよ! そこかしこ、いたる所に神がいて、お前さんたちをちゃんと見ているんだぞよ!』

 っていうのを、ヒューマノイドたちの深層しんそう心理しんりえ付けたいと考えているんだ。

 それを『 八百万やおよろずかみ計画けいかく 』って、俺は名付けたんだが……。

 まあ、くわしいことは後で説明するよ」


 突然シオンが涙ぐみながらつぶやく……

「ああ……やっぱり記憶を無くされてもダーリンは同じ考えをされるんですね?」


 この件は後で、会議の中で話をするつもりで、話を次ぎに進めようとしたのだが、今のシオンの表情と言葉が気になり、真意しんいをどうしてもたずねざるをなくなった。


「シオン。それはどういう意味だ?」


 シオンは自身のつぶやきが聞こえてしまって、議事進行がとどこおったことをマズいと思ったのか申し訳なさそうな顔をして答えた……


「議事進行の邪魔をして申し訳ございません。

 ダーリンが地球へ旅立たれる前に話されていたことが思い出されて……

 当時のダーリンは、一神教いっしんきょう弊害へいがいについてお考えで、多くの神々が存在するかのように人々には思わせて、彼等の行動を牽制けんせいすることを検討されていたのです。

 私がシオン教という宗教を創設したのもそのことに関係しているのでつい……

 ああ、やはり記憶を無くされてもダーリンはダーリンなんですね」


 なるほど。そういうことだったのか。

 俺がシオンに命じた内容が、今のシオンの言葉で分かったような気がする。


一神教いっしんきょう弊害へいがいですか?」


 気になって黙っていられなくなったのかシオリがたずねた。


「ああ。多分だが……昔の俺も一神教いっしんきょうだと神がずるがしこいヤツらに利用されるんじゃないかとうれえていたんだと思う」


「利用ですか?」


「そうだ。 神なんて言っているが、俺は万能ばんのうではないだろう?

 以前、お前さんと話をしたこともあったが、知っての通り、すべての人々の願いを聞けるように設定していたら頭がパンクしちまうから、今は、願いが俺に届く範囲と条件を限定してフィルタリングしているし……」


 シオリにはもうすべて分かってしまったような表情をしている。

 だが、他の管理助手たちのためにも話を続ける。


「たとえ、すべての願いを聞けたとしても、同時に複数の願いに対応することなんてできやしない。 物理的にな」

「はい」

(→第007話後半参照。)


「それを逆手さかてにとられちまうってことなんだ。

 えーと、つまりだな。 ずるがしこいヤツらが本来ならば到底看過とうていかんかできないような悪事をしたとするぞ」


「はい」


 他の管理助手ハニーたちも興味津津きょうみしんしんといった感じで話を聞いている。


「で、そいつらの悪さを、俺は知ることができなかったとすると……

 俺は知らねぇから、そいつらをらしめることができねぇよな?」


「はい」


「するとヤツらはこう考えるというか屁理屈へりくつをこねる……


 『もし私がしたことが悪というのならば、神が私をばっするはずだ!

  いまだに天罰てんばつくだされない以上、私のおこないはすべてぜんなる行為こういなのだ!』


 と…な!」


「なるほど……」


「この屁理屈へりくつで明らかに悪い事、どんな悪い事でも正当化せいとうかできちまうってわけだ」

唯一絶対ゆいいつぜったいの神が、悪事に利用される可能性があるとはそういうことでしたか」


 もうすべて分かってしまっていただろうに、シオリは俺の話に合わせてくれる。


「ああ。 唯一無二ゆいいつむにの神は全知全能であることにして、きっとそんなことが行われるようになるだろう……いや、もうすでおこなわれちまってるか」


 こういったように、神を利用するときだけ神ならなんでも分かっているはずだと、自分たちに都合つごうのいいように神を過大評価しやがって、神を全知全能化しやがるんだよな、こういったやからは!


 日本人だった頃にこういったケースをよく目にし、耳にしたから知っている。


 地球の科学技術や文明の発展はってんといったものも、そういった輩が牽引けんいんしてきたのだと言えなくもないのだが……結構けっこう大きな弊害へいがいも、もたらしている。


 環境かんきょう破壊はかい等、自然と対立するような行動も唯一無二ゆいいつむに全知全能ぜんちぜんのうの神の神罰が下されなければ、すべてが "正しいおこない" ということにされてしまうからだ!


 もう "イケイケ! どんどん!" ってことになってしまい、やり過ぎる。


 思想転換をはからずこのまま行けば、そう遠くはない未来に監獄惑星『地球』には人類が生息できなくなるんじゃないだろうか?


 地球のパラサイト、人類がいなくなれば地球にとってはいいことなんだろうけど、人族用ひとぞくよう極悪ごくあくたましい矯正きょうせい施設しせつがなくなってしまうのは、ちょっといたいかもな。



 そんなことを考えているとタチアナをさらったシオン教徒のナルゲン・ニムラの顔が頭をよぎる……。


 唯一絶対の神であるシオンが罰しないんだから自分がしていることは正しいのだとヤツは言い切りやがったが、その時の光景が頭をよぎったのだ。

(→第005話前半参照。)



「だから、そこかしこに神がいて、人々がもし悪さをしたらそのときは即座そくざ天罰てんばつが下されるような仕組みを作り、そういった身勝手みがって論理ろんりというか、屁理屈へりくつ一切いっさい通用しねえようにしてぇ と思っているんだよ」


 ただ……これをやり過ぎると、文明の発展にブレーキをかけかねないし、難しい。


「悪い事をしたときに、すぐさま神罰が下されなければ、一神教いっしんきょうを信じる者たちは他の神々かみがみの存在を認めず、結局は同じ行動をとるということなんですね?」


「そうなんだよ。だから、そういったことを念頭ねんとうにみんなの知恵を借りてぇと思っているんだよ。 ま、詳しいことはその議題になってから議論しよう。

 ということで、わりぃがみんなもふくいておいてくれ。」


 "はいっ!"


 元人族担当助手だったシオンも、なんか "ホッ" としたような表情をしている。


 かつて俺から命じられたことを、どう説明したらいいのかを、ずっと悩んでいたのかも知れない。 その、シオンが話そうとしていた内容に通ずる話を、俺がしたから気持ちが、ちょっとはらくになったんじゃないだろうか……と思う。



「さて、そして最後、第四の議題は、シオンの身体を教皇シミュニオンから奪還だっかんする方法とシオン神聖国を今後どうするかについてだ。

 今日の大きな議題としては以上だがな。 それらが終わった後にそれぞれの種族の現在の状況について、みんなから報告してもらいたいと思っているのでよろしくな」


 "はいっ!"


 後は "たちばなユリコ" をバックアップデータから復元し、転生させる件もみんなには相談したいんだが、これは完全にプライベートなことなので、会議が終わってからの雑談の中で、それとなくこの件についてはれてみようかと思っている。



「それでは会議を始め……」


「マスター! 亜空間通信あくうかんつうしんによる救難信号きゅうなんしんごうを受信しました!

 惑星わくせいディラックと衛星えいせいムンをむす延長線上えんちょうせんじょう、ムンのこうがわ61,500kmの位置の空間に"ひず"みを観測かんそくしました!

 その場所に救難信号きゅうなんしんごう発信元はっしんげんが転移してくるものと思われます。

 転移予測時間は今からおおよそ3分後です」


 全知師からのメッセージが会議室内にひびわたった!


 何かあった時にそなえて、全知師ぜんちしからのはっせられる"緊急性きんきゅうせいの高いメッセージ"は、会議室内にも聞こえるようにしておいたのである。


「分かった! 会議は一旦いったん中断ちゅうだんだ!

 ステーション、および、衛星ムン上の基地のシールドレベルをMAXに設定しろ!

 ステーションとムンベース上の総員に告ぐ! 最大レベルの警戒態勢をとれ!

 いつでも戦闘態勢に移行できるように備えよ!」


 "ラジャー(了解)!"


 ムンベースとは、惑星ディラック唯一ゆいいつの衛星、ムンの地表にある基地きちである。

 地球でたとえるなら、ムーンベース、つまり、月面基地のことである。


全知師ぜんちし無人宇宙艇むじんうちゅうていを出現ポイント近傍きんぼうへ転送!

 対象が出現し次第、トラクタービームで拿捕だほさせ、内部をスキャンさせろ!

 制御せいぎょは全知師にまかせる!」


「承知! 宇宙艇転送準備……完了! 転送!

 救難信号の発信源出現予想ポイント近傍への転送完了! 出現を待機します!」


 俺と全知師とのやりとりは、ステーション内と、ムンベースにいる総員に聞こえるようにした。 情報を各員かくいんが共有し、迅速じんそくかつ適切な行動をとってもらいやすくするためだ。


「いいか、全知師! 無人宇宙艇の前面シールドを強化しておけよ。

 それと、対象宇宙船をスキャンして、武器システムが起動しているようなら即座に無力化するようにしろ!」


「承知! 無人むじん宇宙艇うちゅうていの前面シールドをレベルMAXに設定しました。

 攻撃システムを起動。 対象からの攻撃にそなえました」


 はてさて……やって来るのは、たして敵か味方か?

 ファンタジー世界から一変してSFっぽくなってきちゃったなぁ……



 ◇◇◇◇◇◇◇



「救難信号発信源がまもなく出現します! 5秒前……2、1、ゼロ! 出現!」


 出現しゅつげんした宇宙艇うちゅうていらしきもの……色は"いぶし銀"で、直径ちょっけいが5mくらいの突起物とっきぶつまったくない綺麗きれい球形きゅうけいだった。


「対象のスキャン完了。宇宙船用脱出だっしゅつポッドと断定。武器システムはありません。

 中には弱い生命体反応が1つ存在します。 ヒューマノイドのサイボーグです。

 性別は女性。 意識はありません。

 機内のサイボーグ生命体は、治療をおこなわなければ1時間以内に、機能を完全停止します。 生命体を回収しますか?」


 サイボーグだとぉ? まさかこの世界に来てそのような存在に出会うとは、夢にも思わなかったな。


「まず脱出ポッド内外の検疫けんえきを行い、サイボーグ生命体以外の生物や、ウィルス等を完全に除去じょきょ、消滅させろ」


「承知……サイボーグ生命体以外を除去、消滅させました。

 サイボーグ生命体内部にナノプローブの存在を確認!

 女性の体内に存在するその"ナノプローブ"は、生命維持に必要不可欠なものであるため除去することは不可能です」


 なに? ナノプローブだと? これは、ちょっとやっかいそうだな……


「サイボーグ生命体のDNAと "魂" のデータ形式を調べて、この世界の生命体との互換性ごかんせいについて調べろ」


「承知しました。

 DNA調査用サンプルを転送により取得……取得完了。

 サンプル内にナノプローブが存在しないことを確認。 DNAを分析します……

 分析が完了しました。 DNAに関するデータ収集は完了しました。


 次に魂データについての情報収集を行います。


 女性のスキャン結果から魂の虚数空間内座標きょすうくうかんないざひょうを特定中です……特定完了。

 脱出ポッド内の女性の魂データにアクセスします……アクセス完了。

 魂に関連するデータについての分析を開始します……分析終了。


 DNAデータと"魂データ"の分析結果から、この宇宙空間を創造する際に利用した宇宙開発キットと同じもの……ただしかなり古いバージョンのものを使ってつくられた生命体であることが確認できました。


 脱出だっしゅつポッド内の女性はこの世界の生命体と、魂、肉体共に互換性ごかんせいがあります。

 女性の生身の部分に最も近いこの世界の生命体は『魔族まぞく』です」



 全知師ぜんちし操縦そうじゅうしている宇宙船と、救難信号きゅうなんしんごう発信はっしんした脱出ポッドは、今、一定いってい相対距離そうたいきょりたもった状態である。 脱出ポッド内の女性にれられる距離に誰かいるというわけではない。


 脱出ポッド内の女性、サイボーグ生命体である女性には一切いっさい触れてもいないのに、魂に手出しできることが不思議に思えるかも知れないが……


 魂は実空間じつくうかんではなく、虚数空間内きょすうくうかんないに存在しているので、その魂にアクセスするのにこの実空間内の距離や位置関係は全く関係ないのだ。



脱出だっしゅつポッド内の女性は、この宇宙を創ったときに利用した開発キットよりも古いバージョンによって創られた別の宇宙から、宇宙間転移でやって来たのか?」


肯定こうていします。 情報不足のため、どの宇宙空間から転移して来たのかは不明です」


「まあ、そうだろうなぁ……」


 でもまあ、とにかく彼女がこの世界の生命体と互換ごかんがあってよかった。

 ナノプローブが除去不可能じょきょふかのうと聞いてあせったが、これで女性を助けられそうだ。


 最悪の場合、ナノプローブが除去できず、元の肉体を修復できなかったとしても、こちらの生命体に魂他を移植してやれば、サイボーグ生命体ではなく、完全に生身なまみの肉体を持った状態にして彼女を転生させられるだろうからな。


「彼女を助けたいんだが、サイボーグ化される前の状態……

 彼女の身体から、機械部分きかいぶぶんとナノプローブをすべて排除して、生命体として再生し直すことは可能なのか?」


「結論……不可能です。

 魂に記録されている肉体の情報が、すべてサイボーグ化されたあとのものに書き換えられているため、レプリケーターによる生身の復元は不可能です」


 想定していた最悪のケースってヤツだな……


「それでは。彼女のDNA情報を元に、新しく生身のクローンを生成してその肉体に現在の魂を融合することは可能なのか?」


「可能です。 ただし、レプリケーターが使用できないため、新しい肉体の培養ばいようには3日ほど時間が必要です。

 なお、魂データの未使用領域みしようりょういきの一部が破損はそんしています。"魂"の崩壊ほうかいをさけるため、魂アーカイブを新たに生成し、魂データをそちらに移行いこうさせることを推奨すいしょうします」


 となると、彼女のDNAから肉体を生成するとしても、どっちにしても、こっちの生命体として一旦いったん転生てんせいさせる必要があるな。


 実際の彼女はどんな状態なんだろうか……


「全知師。 救難きゅうなん脱出だっしゅつポッド内部ないぶの映像を見せてくれ」

「承知。 生命体の損傷そんしょうがかなりはげしいためご注意下さい。映像は空中スクリーンに表示します」


 脱出ポッド内の様子が空中に映し出される……


「うわぁっ! こ、これはひどい……」


 女性はこしから上の部分しかなくて、両腕りょううでもなかった。各部かくぶ切断面せつだんめんからは機械きかいが見えている。 頭部も金属製きんぞくせいおぼしき頭蓋骨ずがいこつがむき出しの状態になっており、まるで地球にいた頃に映画で見た、皮膚ひふが"そぎ落とされた"ターミネーターのようだ。


 一見いっけんすると、サイボーグ生命体というよりも大きな損傷を受けたロボットのようにしか見えない。


 生命体反応があるから、かろうじて生命体と認識できるが、これはひどいな。

 しかし……みずかのぞんでこんな機械の身体になったんだろうか?


 欠損けっそん部分が多いため断定はできないが……

 恐らくは、身体の80%程度は機械化されているようだな。


 おっと! 早く助けてやらないと!


「それでは。 彼女の脳神経細胞ネットワークからニューロネットワークイメージを生成してくれ」


「承知。 ニューロネットワークイメージを生成します……完了」


「彼女の魂データをバックアップしてくれ」

「承知。 魂データをバックアップ……完了」


 さて、彼女のDNA情報をもとに新しく生成する肉体が完成するまでの間の肉体をどうするかだよなぁ……。


 現時点では、彼女が敵か、味方かはまだ分からないからなぁ。管理助手用の肉体を提供ていきょうするってのはマズいよな、やっぱり……。


 えず無難ぶなんに、ごく一般的な魔族女性まぞくじょせいの肉体を生成しておくか……

 彼女が味方になるというのなら、あとから加護かごして庇護下ひごかに置けばいいしな。


「一般的な魔族女性の肉体を生成しろ。

 ただし、容姿は魂の履歴を調査して生身なまみ身体からだだった頃の彼女に近づけてくれ」


「承知しました。 対象者の魂の履歴に記録されている生身なまみだった頃の容姿ようしデータとレプリケーターに接続されている"生命体データベース"に基づき、魔族女性の肉体を医務室の1番ベッド上に、新規生成します……完了」


「よし! 次に虚数空間内きょすうくうかんないあたらしい『魂データ用アーカイブ』を生成して、それに彼女の魂データを移行いこうしてくれ。

 併行へいこうして、先ほど生成したニューロネットワークイメージから新しく生成した魔族女性ののうに、彼女の脳神経細胞のうしんけいさいぼうネットワークを再現してくれ」


「承知。 魂データ用アーカイブ新規作成……完了。

 サイボーグ生命体の魂データを移行します……完了。

 新規生成された肉体の脳に、ニューロネットワークイメージから脳神経細胞ネットワークを再現します……完了。

 魂と肉体をリンクさせますか?」


「ああ、頼む。やってくれ。 基本システムはまだ起動しないでくれ」

「承知。 新規生成した魂と新規生成した肉体をリンクします……リンク完了」


「よし。 それでは、今度は現在拿捕曳航中だほえいこうちゅうの脱出ポッドの方だが……

 まずは、ムンベースから10kmほど離れた場所に防御シールドを展開してくれ。

 で、その中に、脱出ポッド保管用ほかんようの適当な大きさの格納庫かくのうこを新たに生成して……

 そこに、彼女の元の肉体を乗せたままの状態で、脱出ポッドを転送してほしい」


 彼女の魂は、新しい肉体とリンクさせるので、ポッドの中に残るのは魂のない遺体ということになるのか?

 あんまりやりたくないが、ナノプローブ他の詳細しょうさいな分析をおこなうためには、がらとなった肉体も残しておいた方がいいだろうからなぁ……


 脱出ポッドをムンベース内や宇宙ステーション内に保管しないのは……


 脱出ポッドに、何らかの仕掛しかけがしてある可能性と、彼女の体内のナノプローブが何らかの敵対的てきたいてきなアクションを起こす可能性を考えてのことだ。


 それゆえ、衛星ムン上でも、ムンベースからある程度距離をとった場所に保管することにしたというわけだ。


 全知師が俺の命令を実行する……


「承知。 ディラックの衛星ムン地表上、ムンベースから東方向へ10kmの位置に格納庫かくのうこを新規生成し、防御ぼうぎょシールドでおおいます……完了。

 サイボーグ生命体の旧肉体を乗せた状態で、脱出ポッドを新規生成した格納庫内に転送します……完了しました」


 衛星ムン上での方位『東』とは、ムン上でのぼってくる方向である。

 南北はディラックのそれと合わせて決められている。


「ありがとう、全知師。 命令はえず以上だ」



 いよいよ、サイボーグ生命体だった女性……今は仮の魔族女性の肉体を与えてある女性の基本システムを起動する。


 宇宙ステーションの管理システムに向けて命令する……


「ミニヨンを2体医務室へ転送後、医務室に防御シールドを展開せよ」

「承知。 医務室いむしつへのミニヨンの転送とシールドの展開が完了しました」


 マップ画面上で、魔族女性の肉体が与えられた "サイボーグ生命体" だった女性をターゲット指定する。


「基本システム起動!」


 暫時ざんじ待つと、彼女のシステムは無事ぶじに起動した!


 別の宇宙空間からやってきた彼女とのファーストコンタクトが、今まさにおこなわれようとしている!



 ◇◇◇◇◇◇◆



「はっ!? ここはどこ!? きゃっ! なに!? 目玉めだまのおけ!」


 脱出ポッドから救出した女性が身構みがまえながらあたりを見回し震えている!?


 こぶしにぎった右腕みぎうで前方ぜんぽうしている!

 サイボーグ生命体だったときは、あの体勢で武器システムが起動したのだろうか?


 そんなことを考えていたのだが、ふとあることに気付く……


「あれ? この子は別宇宙から転移して来たんだよな?

 別の宇宙の特定種族が使う言葉なんだろうが……そんな言葉でも、自動翻訳機能で翻訳できるとはなぁ、すげぇもんだな翻訳機能って……」


「いえ、ダーリン。 彼女が話している言葉は別の宇宙のものなんでしょうが……

 どうやら、特別な言語ではないようですよ。 どうも古代こだい魔族語まぞくごのようです。

 この世界の古い言語とほぼ同じみたいですね」


 俺のつぶやきを聞いた魔族担当助手のシズが、俺のそばに来て教えてくれた。


「古代魔族語?」


「はい。 惑星ディラックの『創られた歴史』ではそういうことになっていますが、実際には、この宇宙を創造するときに使った開発キットにあらかじめ用意されているヒューマノイド種族用デフォルト言語の1つなんです」


「なるほどな。 彼女がいた宇宙の管理者はデフォルトのままにしておいたってことなんだろうかな? ま、今回の件ではその方がありがてぇな」


 目を覚ますと、誰もいない部屋にいて、空中には目玉のようにも見えるミニヨンが2体浮いているんだから、彼女はきっと不安を感じていることだろうな……


「俺はちょっと彼女のところへ行って話してくるわ。 シズ。お前さんも来てくれ」

「はい。 よろこんで!」


 シズは嬉しいそうだが……他のハニーたちは、ちょっと不服ふふくそうだな?


「すぐに戻ってくるからな。 ハニーたちはみんなちょっと休憩していてくれ」


 "はい"


 ハニーたちからは『いやだなぁ、いっしょに行きたいなぁ~』という空気が漂ってくる。 そんな中で、しぶしぶといった感じで『はい』と返事をしたようだ。


 あとでフォローしておかないと、マズいかなぁ、マズいよなぁ……ここにウェルリとジーがいなくてホントよかったぜ。 ふぅ~。



 医務室にはシールドが張ってあるから、転移した方が入室は簡単だな。よし!


 医務室へ転移するために、さっとシズの手を取り引き寄せると、思ったよりも力が入ってしまったらしく、シズがちょっとバランスをくずして俺にきついてきた!?


 その様子を見た他のハニーたちが、みんな『あっ!?』というような驚きの表情を浮かべたあと、ジト目でこちらを見ている!?


 ……ぐ、偶然ぐうぜんだからな! ほ、本当だからな!

 心の中だけでつぶやいた……声に出すのは格好悪いからな!


「あ、シズ! 悪ぃ! ちょっと強く引っ張り過ぎちまったようだ」

「い、いえ。 嬉しいですぅ……」


 他のハニーたちの視線が痛い……


「そ、それじゃぁ、シズ。 行くぞ! 転移!」



 ◇◇◇◇◇◆◇



「きゃっ!」


 俺たちが突然目の前に現れたので、医務室いむしつにいた女性は小さく悲鳴ひめいを上げた。


「驚かせてすまねぇな。俺はシンという者だ。

 お前さんからの救難信号を受信して救助したんだが……

 お前さんの身体はかなり損傷そんしょうはげしかったんでなぁ、今はえず仮の肉体に転生させているんだが、どうだ? その肉体に不具合ふぐあい不都合ふつごうはねぇか?」


「……えっ!? き、機械の身体じゃないっ!? ええーーっ!? うそっ!?

 ああ……なんということ……」


 うわっ! やはりこのお嬢さんはみずかのぞんで機械の身体にしたのか!?


「ごめんな。 お前さんは、やはりみずかのぞんで機械の身体にしてたのか?」


「い、いえ! 違うの! 生身の身体になれたのがすっごく嬉しくて!

 機械の身体なんてまっぴら! ああ……よかったぁ……」


 身体をワナワナとふるわせながら、大声おおごえはなったあと、はらはらと涙を流す……


 この反応からさっするに、どうも何者かに無理矢理サイボーグ化されたようだな?


「そ、そうか。 それならよかったぜ。

 今、お前さんのDNA情報に基づいて、本来の肉体を生成しているから3日……

 って、言っても分からねぇよなぁ?

 しばらく時間がかかるから今のその身体は本来の身体ができるまでの仮の身体だから安心してくれ。 ちゃんと元の生身だった頃のお前さんの身体に戻してやるからな」


「ありがとう。 あのさあ、鏡を貸してくんないかな? どんな顔になったのか見てみたいんだよねぇ~」


 手鏡てかがみでも生成しようかと思ったが、どうせなら、全身を見てみたいだろうと思って姿見すがたみを2枚かい合わせで生成した。


「ほらよ。 今、どんな顔と身体になっているかじっくりと見るといいぜ」

「うわ。大きな鏡! ありがとう! え? うわぁ~、かわいいっ!」


 彼女の魂の履歴で、彼女が生身なまみの身体だった頃の容姿ようしを調べ、それにせるようにデザインしたんだが……気に入ってくれたようだな。


「その身体を気に入ってくれたか?」

「うん。 あのさあ……」


 女性はなんかもじもじしながら口ごもる。


「あのう……元の身体ではなく、このままでいちゃぁダメかなぁ?」


「えーーと……元の身体に戻すっていっても、サイボーグ化された身体じゃなくて、お前さんのもともとの姿、生身なまみの身体に戻すつもりなんだが、それでもなのか?」


「うん! この姿のままがいいの! ねぇねぇ、お兄さん、だめぇ?」


「いや。お前さんがそう言うのならそれでもいいぜ。 でもな。一応お前さんの気が変わった時のことを考えて、元の身体も生成して保管しておくことにするから……

 もしも気が変わったら言ってくれよ?」


「わーいっ! ありがとうっ! 嬉しぃーーっ! あなた話が分かるわね?

 私、あなたのことが気に入っちゃったわ!」


 そう言うと、女性は俺にきついてきた。


「ちょ、ちょっと! あなた失礼ですよ! 私のダーリンから離れなさい!」


「えーー!? シンさんにはもういい人がいるのね? まあ、これだけいい男だからなぁ、当たり前かぁ、そうだよねぇ……。

 じゃぁ、じゃぁさぁ、私のことは2番目に好きだってことでもいいからさぁ、私の男になんない? こう見えて私、つくす女よ? た~っぷりと甘えさせてあげる。

 どう? ねぇ? だめぇ?」


 女性はシズの方を見ながら『ふん!』とはならし、まるで『男に甘えるタイプのあの女とは違うわよ!』とでも言いたげだった。


 シズもどうやらそう受け取ったらしく『むっ!』とした表情を浮かべている。


 な、なんなんだ!? この女はもう……なんかすげぇなぁ!


「はぁ~。あなたなに言っているの? 2番!? はぁあんっ?

 あのねぇ、私のダーリンにはねぇ、嫁が……嫁が……ダーリン? えーとぉ、今、私も入れて何人の嫁がいるんでしたっけ?」


 んぐっ! きゅ、急に聞かれてもなぁ、数えられない……


「……えーとぉ……な、何人だったかなぁ? 悪ぃ、すぐには数えられねぇ……」


「そ、そういうことです! ものすごくたくさんの嫁がいるんですよ!

 あなたのようなどこのどなただか分からないような方が、いきなりダーリンの嫁になんて……『ふんっ!』、そんな簡単にはなれませんわよ!」


「さーーすがっ! 私が好きになった男ね! モテモテでモテまくっているのね?

 ますます私のものにしたくなってきちゃったわ!

 ねえ? 今すぐに嫁にしろとは言わないからさぁ……、

 最初は friends with benefits ってことで! どお? 私とつきあわない?

 まずは、そういった "お友達" からならいいでしょ?」


 friends with benefits? 欧米おうべいか!?(って、ふ、古い……)

 ん? 実益じつえきのある友人だと? うわっ! オブラートにつつんだ表現だが……言っていることは強烈きょうれつだなぁ!


 な、ななな、なんという強烈なキャラクターなんだ!?

 ……あれ? でも、なんで英文に翻訳されたんだ?


 女性が突拍子とっぴょうしもないことを言い出したのでシズは絶句ぜっくした!


わりぃが、俺はお互いに愛し合っている者としか、そういったことはしねえ主義だ。

 それに俺はお前さんのようにグイグイ来るタイプは苦手なんでなぁ。 きっぱりとおことわりするぜ、悪ぃな」


「へぇ~、お兄さん、モテモテなのに意外いがいとおかたいのね?

 でもいいわよ。 私、実はね、あきらめが悪い女なのよねぇ。

 その内に 絶対に あなたをとしてみせるからね、覚悟してね。 うふふふふ」


「あ、あなた! 助けてもらった身だというのに! なんなのっ!?

 失礼ですよ! まずは、どこの誰なのかを名乗なのって、助けてもらった礼を言うのが先じゃないのですか! あなたは物事ものごと順序じゅんじょと、通さなければいけない『スジ』を間違えていませんか!?」


「ごめんごめん! いい男を見るとつい興奮こうふんしちゃってね……てへっ!

 あのね。 私は『セヴォ・ブナイン』っていうの。 惑星……」


 セヴォと名乗る女性は、みずからのことを話し出した……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る