第0075話 徒労に帰す?無用の用?

 ズッガッ!…………


「上様!」「ダーリン!」「きゃぁっ!ダーリン!」


 『断崖だんがいに立つ男』が俺の前を歩いていく……。

 テントから十分離れたかと思った瞬間である。突然、クソ野郎が振り向きざまに右フックを俺の左脇腹わきばらたたんだのだ!不意打ふいうちである!


 俺の脇腹に叩き込まれたこぶしはそのまま斜め上方へと振り抜かれ……

 その勢いで俺は右上方へとものすごい勢いで飛ばされてしまったのだ!


 戦いの場所からぐんぐんと離されていく……

 人型になっているとはいえ、さすがはレッドドラゴンだ。そのパワーはすごい。


 俺たちの戦いを見ようと全員がテントを出て見守っていた……

 そうした中、全く予想していなかったのだろう……俺がなぐり飛ばされるのをたりにしたディープレッドとハニーたちから悲鳴に似た声が上がったのだ!


 ディープレッド、そして、ハニーたちに念話ねんわ回線かいせんつないで言う……


『みんな大丈夫だ。不意打ふいうちを食らったが、ヤツのパンチは全くいていねぇから安心してくれ。 さてとそっちにもどろうかな……転移!』


 空中から『断崖だんがいに立つ男』の背後へと転移した。

 ちょっとからかってやりたくなったのだ。


「ガハハハハハハッ!なぁ~にが神だぁ!へっ!口ほどにもねぇっ!一発で終わりじゃねぇか!?

 あれぇ?見えねぇぞ?一体どこまで飛んで行っちまったんだろうなぁ?

 ガァーーハッハッハッハッ!ガァーーハッハッハッハッ!」


 どうやらご満悦まんえつていだ。

 『断崖に立つ男』は勝利を確信し、得意とくいげに高笑たかわらいする。……アホだ。

 ヤツの背中をツンツンと突っつく……


「なんだよぉ、ったく!今いいところなんだから邪魔するな!」


 ツンツン……


「ええぃっ!鬱陶うっとうしいっ!邪魔するなっつってんだろうがっ!」


 『断崖に立つ男』が後ろを見るために顔をちょっとだけ横に向け、ながを送るようにチラリと後ろを見てから再び俺が飛ばされて行った方向を見た。


 その直後、男の背中がビクッとした!


 男は前を向いたまま暫時ざんじ身体を硬直こうちょくさせると、恐る恐るという感じでゆっくりと身体を右にひねりながら、後ろを見ようと首を回す……

 その首は、まるでびた金属でできているんじゃないかと思えるような、そう、『ギギギギギギッ』ときしむ音が聞こえて来そうな動きであった。


 どうやらようやく俺が後ろにいることを認識したようだ。


「くそっ!食らえっ!」


 俺を視認しにんするやいなや……

 ヤツは一旦いったん右腕を曲げながら右拳みぎこぶしを自分の胸の前へと持って行ったかと思うと、次の瞬間手のこうを外へ向けて振り出し……身体を右へと回転させながらその回転の勢いをも右拳に乗せて手の甲を俺の顔にたたき付けようとしたのだ!


 そう、今度は振り向き様に右手の裏拳うらけんを俺の顔に目がけて放ったのだっ!



 さっき脇腹に撃ち込まれたパンチでヤツの力量りきりょうはつかめた!……と思っていた。

 俺は自信を持ってヤツの裏拳うらけんを右の手の平で受け止める!……はずだった。


 ガッ!グワシャッ!ブチッ!…ブン…ブン…ブン……

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!


 "きゃぁぁぁぁっ!"


 『断崖に立つ男』は絶叫ぜっきょうし、ハニーたちからは悲鳴が上がった!


 えーーっ!?めちゃめちゃ加減かげんしてソフトに受け止めたつもりなのにっ!?

 あちゃぁ~~~っ!


 また失敗してしまったのだ。そう、力加減ちからかげんをっ!……とほほ。

 ヤツの裏拳うらけんを止めるために、俺は右の手の平を前へと突き出しながらヤツのこぶしをキャッチしたつもりだったんだが……失敗してしまった。


 ヤツのこぶしつぶれ、腕はからちぎれ……

 まるでブーメランが飛んで行くかのように回転しながら、そして、あたりに血をまき散らしながら飛んで行ってしまったのだ!


 『断崖に立つ男』は地面でのたうち回っている。


 レッドドラゴンも人型に変身すると身体はもろいようだ。

 人型だからもろいん……だよな?それともレッドドラゴンってこの程度ていどなのか?


「修復!」

「はぁはぁ……な、なにしやがるんだっ!い、痛ぇじゃねぇかっ!」


 なんというあまちゃんなんだ、コイツはっ!?

 命のやり取りをしている最中さいちゅうだというのに『なにしやがるんだっ!』だって?


「殺し合いをしている最中さいちゅうだろうが!?

 なにしやがるもへったくれもあるかってんだ!ったく!

 それに、てめぇの卑怯ひきょう不意打ふいうち2発をただ受け止めただけだっつうのっ!

 てめぇが勝手にひとり相撲ずもうしているだけじゃねぇかっ!このクソボケがっ!

 まだ俺は一度も攻撃してねぇだろうがっ!このスットコドッコイ!」


 男は一瞬たじろぐが……


「う、うるせえっ!だ、だまれっ!」

「俺が何にもしてねぇのにそのざまだぜ?悪ぃことは言わねぇからさあ……

 俺とディープレッドにびて命乞いのちごいしろ!今ならゆるしてやるぜ?どうだ?」


「う、うう、うるせえっ!うるせえっ!誰があやまるかってんだ!

 くっそうっ!俺が本来の姿なら……ドラゴンの姿なら負けねぇのにっ!」


 はぁ~。


「俺は何も人型で戦えとはひと言も言ってねぇぞ?

 なりたきゃ、ドラゴンでもなんでもなりゃぁいいじゃねぇか?ほら、なれよ!」

「ガハハハハハハッ!バカなヤツだ!後悔するなよ!」


 そう言うと、ヤツの身体が一瞬輝き……

 その輝きが収まるとヤツは体長が10m近いレッドドラゴンへと変身した。

 人型の時は2m弱だったから、体長だけでもおおよそ5倍になったことになる。


「どうだっ!死ねっ!」


 バァーーーーンッ!ブ…グチャッ! 

 ……ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!


 ヤツは本来の姿であるドラゴンタイプに変身するや否や、またしても不意打ちを食らわせようと俺を右手、いや、今は右前脚まえあしか?……を俺の頭の上からたたけたのである!

 そう。まるで地面をう虫を手で叩きつぶすかのように、前脚と地面との間で俺を圧殺あっさつしようとしたのだっ!


 だが、ヤツのそのおもわくははずれる。それどころか、ヤツにとってはとんでもないことに……痛い結果に終わってしまったのだった。


 俺の身体がヤツの右前脚を突きやぶってしまったのである!

 俺の身体は足首くらいまで地面に埋まってしまったが、俺はなんともない。


 ゾウの足でんでもこわれないようなモノでも、ずっとずっと体重が軽い女性が、ピンヒールで踏むと壊れてしまったりする。

 地面に置かれた鉄の板を手でたたいたって平気だろうが、地面から突き出た鉄釘てつくぎを手で叩けばその鉄釘が手のひらも手のこうも突き破ってしまうことも起こり得る。


 圧力あつりょく。単位面積あたりに働く力について思考をめぐらせていたら、ヤツがやろうとしたことがいかにおろかで危険な攻撃であるかに気付いたのであろうが……。


 極薄ごくうすシールドを身にまとった俺は『かたい』。非常に『硬い』!


 それまでの2回の攻撃で、俺の『硬さ』は身をもって知っていたはずなのに……。

 先端せんたんとがっていないにしても、そんな地面に突き出ているかのような硬いモノ、そう、この俺を上から思いっきり叩けば、そりゃぁ足の裏も、足の甲も突き抜けるわなぁ……。


 ん?そうか。日本人として普通に教育を受けてきた俺には当たり前の思考でも、この世界ではまだ物理学の研究すら始まっていないようだし、今回のような結果を招く愚かな行為であることを、ヤツだけじゃなくて、他のヤツらであっても事前に予測することは難しいのかもなぁ……。


 せめてハニーたちには、古典力学こてんりきがくの初歩の初歩程度の知識は持ってもらった方が良さそうだな……こんど勉強会でも開くかぁ……。


「修復!……てめぇもりねぇヤツだなぁ。また不意打ふいうちしやがって……」

「はぁはぁはぁ……う、うるせえっ!俺は肉弾戦にくだんせんは得意じゃねぇんだよ」


 ああ……負けず嫌いだ。実力もないのに妙なプライドだけはいっちょまえだ。


「なにを言ってやがるんだ?得意じゃねぇもなにも、てめぇは自分が放った攻撃で勝手にダメージを受けてるだけじゃねぇか?俺はまだ何もしてねぇぞ?」


「俺が得意なのは……これだっ!」


 ゴォォォォォォォォォォォォーーーッ!


「うっ!……」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーっ!ダーリン!…ふぅっ……」

「えっ!? そ、ソニアルフェ!?ソニアルフェ!しっかりしてっ!?」


「ガハハハハハハッ!どうだ!今度こそやっただろうっ!?ガハハハハハハッ!」


 今度は『断崖に立つ男』は高威力こういりょく火炎かえん放射ほうしゃしてきたのだ!


 放射された最大威力の火炎が俺へとおそいかかり、俺は炎に包み込まれてしまう。

 はたから見ると、火達磨ひだるまになりながら俺はそのまま焼き殺されてしまうかのように見えたにちがいない。


 今歓喜かんきしている『断崖に立つ男』の、その喜びが糠喜ぬかよろこびに終わる時にどのような表情を見せるのかを見たいといういたずら心をおさえきれず、しばらくは、されるがままにして、その場に突っ立っていたから余計よけいにそう見えたに違いない。


 その様子を見たソニアルフェが悲鳴を上げながら、俺がやられてしまったのではないかと思ったのか気を失ってしまったのだ。

 ソニアルフェが倒れそうになったところをシェリーが抱きとめ、介抱かいほうしている。


 あちゃぁ~、ハニーたちには無用むようの心配かけてしまったかぁ……。

 念話で俺が無事であることを知らせておいた方がいいな。


『みんなぁ。俺は大丈夫だから安心してくれ。 ヤツの反応が見たくて、やられたふりをしているだけだからな。心配させて悪かったな。申し訳ない』



 そうこうしている内に、しばらく続いていた火炎放射も収まった。

 俺は笑いをこらえながら男に話しかける……


「よう?嬉しそうにしているところを悪ぃんだがなぁ。俺は無事だ。無傷だぜ。

 てめぇの攻撃なんざ全然効いてねぇぞ?ははは。残念だったなぁ。あははは」

「な、なにっ!?そ、そんなバカなっ!……くっそうっ!」


 ズッガーーーーーーーーンッ!


「ガーッハッハッ!どうだっ!さすがに最大威力のファイヤーボールを食らっては生きてはい……いる?えーーっ!?なんでーーーっ!?」


 『断崖に立つ男』はアゴが外れんばかりに口を開けて、目が飛び出さんばかりの表情をしながら驚愕きょうがくする。


「おいおい。レッドドラゴンが放つファイヤーボールだからちょっとだけ期待したのになぁ……本当に今のが最大威力なのか?あんなので最大なのか?うそだろう?

 あれだったら、俺のハニーたちがはなつファイヤーボールの方がすげぇぞ?」

「……」


「さあ、もういいかな?今度は俺が攻撃するぜ?」


 そう言いながら、右の手の平をヤツに向けて突き出して烈火弾れっかだんを生成する。

 その大きさはゴルフボールほどだ。


「はあっ!?お前、神だってぬかしてやがるが本当はアホだろう?

 まさか火属性の攻撃かよ? はっ!笑わせるぜ! 俺はレッドドラゴンだぜ?

 火属性の攻撃に対する耐性たいせいはバッチリ完璧かんぺきだぜ? はは。それをよりにもよってファイヤーボールで攻撃してくるたぁ……アホだな。ガハハハハハハッ!」


 『断崖に立つ男』は攻撃を受ける前からまるで勝ちほこったかのようだ。

 まるで『ほら早く撃てよ』とでも言いたげだ。自信満々といったところか?


 俺はそれが、つまり、レッドドラゴンの火属性攻撃への耐性がどれほどなのかを後学のために知りたかったのだ。何の考えもなくこんな攻撃はしない。

 ただ、火属性だがなんか烈火弾ならヤツらレッドドラゴンたちにも通用つうようしそうな気がしている。単なる俺のかんなんだが……


「烈火弾よ、行けっ!」


 ズウンゥンゥン…………


 烈火弾はゆっくりとだが確実に『断崖に立つ男』へと一直線に進んでいく……


「なんだそのしょぼいファイヤーボールは?

 そんなものは片手ではじき返してくれるわっ!ガハハハハハ……ハァ?……

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!

 う、腕がぁっ!?腕があーーーーっ!?…………」


 ヤツは余裕よゆうを持って右手で烈火弾をはじこうとしたようだが、烈火弾がヤツの手にれる前に、ヤツが前に突き出していた腕が!なんとひじの近くまで消滅しょうめつしたのだ!


 灰も残らず、肘から先の腕が一瞬で焼失しょうしつしてしまったのだ!

 『断崖に立つ男』はあまりの激痛げきつうしばらくのたうち回った後、意識を手放した。


 ヤツに触れることがなかったので、烈火弾はまだ空中を先へ先へと進んで行っている。消えていない。

 このままでは見物をしている者たちのほうへと行ってしまうので、仕方しかたなく軌道きどうを変えて宇宙空間に向けて高速で打ち上げてやった。サイズも小さいし、大気圏外たいきけんがいに出る前には消滅することだろう。



 な~んか通用しそうな気がして試しに烈火弾をってみたんだが……

 なぁ~んだぁ。烈火弾でもレッドドラゴンに通用するんじゃないかっ!?


 なんだ……俺たちのフェイザー銃連続攻撃の練習は一体なんだったんだ……。

 とほほ。いや。人生に無駄むだなことなんてないっ!きっとその内に役に立つこともあるっ!……と信じたい。ふぅ~。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 『断崖に立つ男』のひじから先の腕は焼失したため、傷口からの出血はない。

 意識を失っているので放置ほうちして、念話でディープレッドにコイツの身元みもとについて話を聞いた。このまま殺しても問題が生じないかを一応確認したかったのだ。


 ディープレッドの話では、レッドドラゴンのさとには三大名家めいかが存在するらしく、現在はその三大勢力の均衡きんこうはうまく保たれているらしい。

 『断崖に立つ男』……この男は、その勢力せいりょくを三分している"三大名家"の内のある一族の跡取あととり息子だということであった。


『ということは、ディープレッド。つまり、こいつを殺すとレッドドラゴンの郷の勢力バランスがくずれてしまう可能性があるってことか?』

『はい。まず間違いなく……崩れてしまいます』


 コイツを始末しまつすることで、レッドドラゴンたちの間に無用むよう波風なみかぜを立ててしまいかねないことがわかった。


 初めはこの男はぶっ殺してもかまわないと思っていたが、ダメだな。コイツは殺せないな。


『分かった。それじゃ、コイツはぶっ殺せねぇな』

『はい。鬱陶うっとうしいヤツではありますが、できれば生かしておいていただけますと、私どもといたしましてはありがたいです』


『ああ。そうするよ。さっきの攻撃でヤツの心がれているといいんだがなぁ。

 さもないと、もう少し痛めつけなきゃならねぇからなぁ。面倒めんどうくせえなぁ』

『ご迷惑めいわくをおかけしてしまって大変申し訳ございません』


『いやいや。お前さんが悪いんじゃねぇよ。気にするんじゃねぇよ。いいな?

 ここでキッチリとけりをつけておかねぇと、コイツがお前さんにまとってくるかも知んねぇからなぁ。ボッコボコにしてやらねぇとな。

 とにかくコイツの心をへし折ってやってお前さんのことをあきらめさせねぇとな。

 大切なお前さんを守るためなんだ。全然迷惑なんかじゃねぇから気にするな』

『ははっ!ありがとうございます!』



 さてと……まずは怪我けがなおしてやるとするかぁ……


「修復」


 ディープレッドとの話が一段落いちだんらくし、『断崖に立つ男』の怪我を治療ちりょうしてやった。

 すると男はすぐに意識を取り戻す。


「……うう……ううう、うーん……」


「どうだ?まだやるか?

 やるってぇのなら、今度は容赦ようしゃはしねぇぞ? 全力でぶっ殺しに行くからな?」

「い、いえ。も、もも、もうやりません!ま、まいりました。楯突たてついて申し訳ございませんでした。どうか勘弁かんべんして下さい。お願いします!」


「じゃぁ、約束しろやっ!

 俺の大事なディープレッドは絶対に!てめぇなんかにゃわたしはしねぇからな!

 いいかっ!?今後二度と彼女には近寄ちかよらねぇと約束しろ!分かったな!?

 さもねぇと……」


 強烈きょうれつ威圧いあつしながら……

「てめぇを含めて一族郎党いちぞくろうとうすべて………ぶっ殺す! いいな?」


「ひぃぃっ!わ、わわ、分かりました!に、二度とクイーンには近づきません!

 や、やや、約束します!約束しますから、どうか!どうかご勘弁かんべんをっ!」


 俺のことをなにも知らないヤツがこのやり取りを見ると、絶対に俺の方が悪者に見えるだろうなぁ……。ん?


 あれ?ディープレッドが頬を紅潮させているぞ?どうしたんだ?

 俺はまたなにかやらかしたのか?



 『断崖に立つ男』はその後、一族いちぞくの者たちからこっぴどくしかられたらしい。



 ◇◇◇◇◇◇◆



「ダーリン!よ・かっ…たぁ……ううう……」


 意識を取り戻して俺の顔を見たソニアルフェは、そう言ったかと思うと、身体を起こしながら俺に抱きついて、おいおいと泣き出したのだった。

 つい今し方まで意識を失って寝ていた彼女のそばで跪いて様子をうかがっていた俺は、その、ソニアルフェらしからぬ行動に少々驚いた。


 こんなに泣くなんてなぁ。心配かけてしまったんだなぁ。

 いとおしくて、いとおしくて、俺も彼女をギュッと抱きしめ……


「心配かけてすまなかった。俺はこの通りピンピンしているから安心してくれ」

「ううう……うわぁーーーん!よかったぁーーっ!」


 他のハニーたちも俺たち二人をかこむように皆がひざまずいた。

 そして、もらい涙なのだろうか……みんなは、涙を浮かべながら俺たちに優しい眼差まなざしを向ける。


「みんなが心配した。ダーリンに要求する。……」

「ああ。分かっているって、ジー」


 いつものパターンだ。

 結局、ユリコとオークドゥをく全員と抱擁ほうようすることになったのだった。


 みんなとの抱擁が終わったのを見てユリコが俺に近づいてきた。目はなんとなくうるうるしている。


「ホント、瞬殺しゅんさつできる相手だったら遊んでないでサッサと片付かたづけてよね。

 ソニアルフェさんじゃないけど、火炎放射をあなたが浴びた時には……あなたがやられちゃったんじゃないかとみんな……いいえ、私、心配したんだからね!

 もう……お願いだからあんなまねはしないで……」


 そう言い終えると俺に抱きついてきた。胸に顔をうずめてしゃくり上げる。

 ユリコがたまらなくいとおしい!しば逡巡しゅんじゅんするが思い切って俺も彼女をギュッと抱きしめたのだった。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 砂漠地帯に設置した野営用テント内の食堂で、パーティーメンバーたちとティータイムを楽しんでいる。


「それで、ディープレッド。あの階層にはお前さんたちレッドドラゴンだけがいたのか?他の敵に関する情報があったら教えてくれねぇかな?」

「はい。もちろんです。私が知っていることならなんでもお話しします」

「ありがとうな。よろしく頼む」


「まず、私たちのいたエリアをけますと、次に待っているのはブルードラゴンのれです。彼等は肉弾戦にくだんせんの他にも水属性の魔法攻撃を行ってきます。

 ですから相性あいしょうが悪くて、私たちレッドドラゴンは彼等にはかないません。

 ただ、私たちにとっては強敵きょうてきですが、みなさんにとってはどうなのか……正直しょうじきかりねます。

 あ、それから、彼等、ブルードラゴンがいるエリアは湖になっています」

「なるほど。湖エリアか……船が必要になるかも知れねぇな。

 それで……ヤツらとは話し合いができるだろうかな?」


「無理だと思われます。人族ひとぞく言語げんごかいしませんし……

 彼等は力こそが絶対だと考えており、強い者に従う性質があります。

 非常に好戦的です。出会った瞬間に戦闘が始まるものと思われます」

「なるほどな。リーダーをぶっ飛ばして言うことを聞かせるか……いっそのこと、殲滅せんめつした方がいいかもなぁ……。

 ところで、ヤツらのリーダーというのは男か?」


「いえ。女です。ドラゴン種族の多くは女王が君臨くんりんしています」

「そうか……それで、そのブルードラゴンのエリアを抜ければ第8階層はクリアになるのか?」


「いえ。その後にはブラックドラゴンがひかえております。それは1匹だけですが、ドラゴン種族の最上位種で、肉弾戦能力も高い上に、厄介やっかいなことに重力系の魔法とやみ属性の魔法も使えますのでかなりの強敵です。もちろん、火炎放射等の火属性の攻撃も得意としていますので注意が必要かと存じます。

 そして、最後、第8階層の最深部さいしんぶにある部屋にダンジョンマスターがいます」

「え?ダンジョンマスターの部屋が第8階層にあるのか?マップで確認するとまだ何階層か下にあるようなんだが……そうなのかぁ。いよいよ先が見えてきたな!」


「はい。今のところは第8階層が最深部です。ただうわさですが、ダンジョンは勝手にどんどん広がっているらしいです」

「へぇ~、そうなのかぁ」


 >>マスター。横から失礼します。……補足します。

  現在攻略中のDJ0014型ダンジョンの仕様書しようしょによりますと、デフォルトで最大20階層まで作成可能ということになっています。

  ダンジョンマスターが階層数を特段とくだん指定しない場合は、自動的に20階層まで徐々じょじょ拡張かくちょうされていきます。

 自動拡張された階層はデフォルトでは空の状態で、魔物もなにも存在しません。

 階層内の魔物やトラップ等々の配置や区画割くかくわり等のデザインについてはダンジョンマスターが別途べっとおこなう必要があります。以上、補足致します。


 <<なるほど。ありがとう、全知師。


「それで、そのブラックドラゴンも女性なのか?」

「いえ。ヤツはオスです。無類むるいの女好きで、絵に描いたかのようなひひじじいタイプの男です。ただし、ヒューマノイド種族の女性にしか興味を示しません」


「うわぁ。最後の最後で女性の敵の親玉みたいなヤツが待ち構えていやがるのか?

 これは十分に対策をってからじゃねぇとマズいなぁ。ハニーたちに嫌な思いはさせたくねぇからなぁ……。

 しかし、重力系の魔法はともかく、闇魔法ってのが気になるなぁ……」


 <<全知師。

  俺や現在のパーティーメンバーたちに対しても、闇魔法は有効なのか?

 >>お答え致します。

  マスター、及び、マスターの庇護下ひごかにある者たちに対してはすべて無効です。

  魔法の発動前はつどうまえにすべて強制的にキャンセルされます。

  また、発動されたと仮定しても現在同行中のメンバーの内、ディープレッドとバジリドゥを除き、マスターがさずけた耐性たいせいがあるためダメージを受けることは一切いっさいありません。

 <<質問は以上だ。ありがとう、全知師。


 どうやら闇属性魔法も、恐るるに足らぬようだ。まずは一安心だな。



 一発で死に至るような強力な魔法は、俺はもちろん、俺の庇護下に置かれている者たちに対しても、使えないようになっているようだ。

 放たれた魔法を途中で打ち消すのは困難であるため、発動前にキャンセルされる仕様のようである。


 だが、魔物たちも普段は俺たちを襲って来ないのだが、ダンジョン内の魔物たちのように襲ってくるという例外もある。

 だから、俺たちに対しては使えない禁則きんそく魔法であっても、何らかの例外もあると見ておいた方が無難だろう……油断は禁物であり大敵だ。



 そう言えば……バジリドゥもディープレッドも、名前を授けただけでまだ加護をしてなかったな。魔物だから、ブラックドラゴンがちょっかいを出してこないかも知れないが、二人ともすごい美人だし、万が一って事もあるからなぁ。


 バジリドゥには命名めいめい後にハニー装備一式をプレゼントしたので、てっきり加護もしたものだと思い込んでいた。早く気が付いて良かったぜ。


 さてと、まずは彼女たちを加護しなくちゃな。



 ◇◇◇◇◇◆◆



 バジリドゥとディープレッドはあれからすぐに加護したことは言うまでもない。

 そして、当然、ディープレッドにもハニー装備一式をプレゼントしてある。


 ディープレッドは深紅しんくよろいも格好良かったが、黒のキャットスーツもとてもよく似合う。バッチグーだぜ!



 ディープレッドを除くレッドドラゴンたちを、彼等のさとへと送り届けてきた。

 彼等の郷はこの未開の砂漠地帯と神国との境界付近、神国北西部につらなっている山岳地帯にあった。


 ん?ハニーたちが何やら相談しているぞ?なんだろう?


「どうしたんだ?何か問題でも?」

「いえ。折角せっかくこの砂漠地帯に来ているんですから、どうせならみんなで攻撃神術を練習しましょうという話になりまして……」


 シェリーの答えを受けてミューイが口を開く……


「うん。でね。ここでダーリンの帰りをみんなで待ってたの」

われらの提案ていあん了承りょうしょうしますか?」


「ジー。もちろんだとも了承するよ。ちょっと待っててな、今から練習相手となるゴーレムを生成するからな。

 う~ん……今度はゴジ○タイプにするかな。相手がブラックドラゴンだしな」

「ゴ○ラってなんっすか?」


 うっ……説明するのが面倒くさいな。


「えーっと。今から生成するゴーレムにそっくりの生き物だ」


 初めはドラゴン風のゴーレムにしようかとも思ったのだが……ディープレッドもこの場にいるので、さすがにゴーレムであってもドラゴンを敵に戦うのはちょっと無神経だと気付いて思い直し、ドラゴンとは姿形すがたかたちは異なるがなんとなく近いモノである○ジラ風ゴーレムを生成することにしたのだ。


「あらあら。今度のゴーレムはゴジ○なのね?うーん。私はどちらかというと首が3本あるキン○ギドラの方が良かったかな?うふふ」

「ユリコ。なんならキングギド○も生成しようか?戦ってみてぇのか?」


「うふふ。冗談じょうだんよ。じょ・う・だ・ん!ふふふ。

 でも、○ジラとは懐かしいわね。小さかった頃、両親に連れられて、怪獣映画を見にいったことがあるんだけど、その時の怪獣が怖くてね。途中で泣いて帰るって私が言い出しちゃって両親を困らせたことがあるんだよ。

 小さい頃は怪獣って苦手だったんだよね~。って昔、話したかしら?」


「ああ。聞いたことがあるよ。

 でも、小さい頃は…って、ユリコ、今はもう大丈夫なのか?

 それに、確か爬虫類全般が苦手じゃなかったっけ? 今度の敵はドラゴンだぜ?

 怪獣みたいなもんだし、爬虫類の親玉みてぇなもんだぞ?大丈夫か?

 しかも、ダンジョンマスターの部屋を守るラスボスのブラックドラゴンってのは女性の敵、ひひ爺らしいしなぁ。お前さん戦えるのか?ちょっと心配なんだが?」


「心配しなくても大丈夫よぉ。シオン教徒たちが使役していたレッサードラゴンは平気だったし……それに、苦手意識があっても今からの練習で克服するわ」


「なんなら、ドラゴンたちとの戦いを終えるまで、お前さんは神都で待っててくれてもいいんだぜ?」

「うふふ。ありがとうね。でも、大丈夫よ。私、がんばるから。

 さあ、練習を開始しましょう!ね?」


「ああ。そうだな。

 でも、絶対に無理はするなよ。ダメだと感じたらちゃんと俺に言え。いいな?」

「分かってるって。うふふ。心配してくれてありがとうね。シン……好きよ」


「ん?ごめん、最後の方の言葉がよく聞こえなかったんだが?なんて言った?」

「な、何にも言ってないわよ。き、気のせいじゃないの。うふふ。ふぅ」

「そうかなぁ……なんか言っていたような気がしたんだがなぁ」

「き・の・せい・よっ!うふふふふっ」


 ハニーたちの練習はお昼近くまで続くのだった。



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