第0074話 レッドドラゴン

 み、身動みうごきがれない……くっ、身体中からだじゅうを何かがまわっている!?

 この動きは……蜘蛛くもか!?蜘蛛くもが何匹もいる!?

 だが、なんだ?脇腹わきばらとか足の裏とかに集中しているぞ?……くすぐったい。


 く、くそっ!はらけたいのに……身体が動かせない!?

 ん?なんか聞こえる?……んん?声……か?子供たちの声なのか?


 ……こちょこちょなのぉ~、クスクス……きゃっきゃ!きゃっきゃ!……

 ……キャルちゃん、だ~りん、おこらないかなぁ~……こちょこちょ……


 目を開けると、キャル、シャル、シェルリィ、ラティがきゃっきゃと楽しそうに俺をくすぐっていた。は・は・は……なるほど。


「これこれ、俺の天使たちよ。なぁ~にをしているのかなぁ~?」

「だ~りん、おはようなのぉ~。ねぇねぇ、くすぐったいぃ?きゃはは」

『こちょこちょしてると。うふふふ。わらえてきちゃう……ああおかしいぃ!』


 いたずらっ子たちめぇ~……は・は・は……。


「みんなぁ~、悪い子だなぁ~。俺もみんなをこちょこちょしちゃうぞぉ~」


 きゃっきゃ!きゃはははは!やめてぇ~。ゆるしてぇ~あなたぁ~。

 あはははは。うふふふふ……きゃっきゃ!きゃっきゃ!……


 朝からにぎやかなことだ……ははは。

 ん?ゆるしてあなた??なんだそりゃ?



 俺が最初身動きできなかったのには理由がある。

 それは、安全装置が働いていたからだ。といっても、実は就寝しゅうしん中の身体の制御せいぎょ全知師ぜんちしまかせているだけだけなんだが……。


 ご承知しょうちのように俺はものすごく強い。めちゃくちゃ強い。

 そんな俺が寝返ねがえりをった時など、無意識のうちにあやまって子供たちに怪我けがをさせないように……との配慮はいりょから、就寝中の俺の身体の制御については全知師にゆだねてあるのだ。


 先ほどのようなケースでは、俺が蜘蛛がいるものと思い込んで、それをうっかり払い除けようとして子供たちに怪我けがわせないよう、全知師が俺の身体の動きを一時的に止めてくれる。


 だから、俺には身動きが取れないと感じたのである。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 朝食の後片付けを終えて、みんなで食堂でまったりとしていると、さゆりが話しかけてきた。

 昨日の夜にここに転移して来て一泊したさゆり、キャル、シャル、シェルリィ、ラティもここで俺たちと一緒に朝食をとったのだ。


「ダーリン。あのね。昨日、日本の担当者の子たちからメールが来てね」

「ああ。逃げている元担当者でも見つかったのか?」


「うぅんうん、違う。なんかねぇ誤用ごようの多い日本語が発表になったからって教えてくれたんだよ。これなんだけどね……」


 さゆりがなにやらテーブルの上にメモのようなモノを出す。

 それには以下のように書かれていた。


 □憮然ぶぜん

  失望してあきれてぼんやりしたり、驚いてぼんやりしているさま。

 □すなむよう

  無味乾燥むみかんそうでつまらないこと。

 □おん

  大いにありがたい。


「誤用の方も一緒に書かれていたんだけど、えず正しい意味の方だけね。

 どう? 当然、ダーリンは全部正しい意味で使えていたんだよね?」

「うっ!……『憮然』は『憤然ふんぜん』の意味で使ってたなぁ。

 こりゃいかん!改めねば……。

 いやぁ~、勉強になったぜ!って、今更勉強しても……だがな。ははは。

 まあとにかく、教えてくれてありがとうな」


「うん! でも……ダーリンでも間違えて覚えている言葉があるんだね?」

「いや。そりゃぁ、あるさ。俺は言葉のプロじゃねぇからな。

 ただ普通に小、中、高、大と教育を受けてきただけだから。

 国語の評価だってごく普通だったし……俺たちオッサン世代の普通の国語レベルだと思うぜ、俺は」


「へぇ~。そうなんだぁ。私も学校に行ってみたかったなぁ……」


 俺たちから少し離れたところで、キャル、シャル、シェルリィ、ラティと魔族のハニーたち、スサク、リクラ、トフルがきゃっきゃ!きゃっきゃ!と盛り上がっている。『だ~りん』とか『こちょこちょ』とか言っているのが聞こえてくる。


 俺の方をなんかチラチラと見ているな?……どうやら、今朝あったことを話題にして盛り上がっているようだなぁ。


 魔族とああして意思の疎通そつうができるのも、念話が使えるおかげだよな……。

 みんなを念話が使えるようにしたのは大正解だったな。


 しかし、念話ってのは便利な能力だよなぁ。


「あ、そうそう。ダーリン。むふふ」


 さゆりが口に右手を当てて"にまぁ~"というような笑顔を浮かべる……


「な、なんだ?その『むふふ』って笑いは?な~んか、嫌な予感がするな」

「あのね。神都に帰ったらねぇ……夜伽よとぎがすっごいことになると思うよ。

 そう!すっごいことにねっ!むふふ!」

「すっごい?って、どういうことだ?」

「ジュリンがね。むふふ」

「な、なんだ。おいおい、思い出し笑いか?」


 ジュリンというのは、犯罪奴隷はんざいどれいから俺の嫁になった子だ。

 今彼女には侯爵こうしゃくという身分で、神都の統治を任せているゼヴリンとソリティアのサポート役をつとめてもらっている。(→第045話参照。)


「むふふふふ。

 神都にいるハニーたちみんながねぇ、ジュリンからあのう……ほらあれよ、夜の行為?のテクニック?っていうのかなぁ?う~んと、そう!性技せいぎっていうヤツぅ?それを手取り足取り伝授でんじゅされているんだよぉ。むふふ。

 みんなダーリン成分にえているしねぇ、今度からの夜伽よとぎはすっごいことになると思うよぉ~。ものすっごいことにねっ!

 だから、覚悟してねっ!って、言うより期待してねっ!かな? ぐふふっ!」


 あちゃぁ~、ジュリンめ。やってくれるわ……


 ジュリンは、エルフ族女性たちが神殿敷地内に開く娼館しょうかんのアドバイザーとして、そこで働くエルフ女性たちに性技やらなんやらを、プロのテクニックを教えられるくらいの性の達人たつじんなのだ。(→第040話参照。)


 しかし、さゆりさんや。『ぐふふっ!』ってのはひんがねぇぜ……ふぅ。


「なになに?『むふふ』だの『ぐふふ』だの、なんか妙な笑い声がしたけど、またなんかいやらしい話でもしてたの?」


 うわっ。ユリコだ。またまた面倒めんどうな展開になりそうな……

 『またなんかいやらしい話』って、そんな話したことがないだろうが!


「うふふ。ダーリンのピチピチギャルハーレムメンバーじゃないユリコさんには、ひ・み・つ・よっ! どう?メンバーになりたくない?」

「け、結構ですっ!な、なんか不潔ふけつだわ!お邪魔みたいだから失礼するわね!」


 ぷいっとそっぽを向いてユリコはこの場を離れた。


「あ、そうだ!ダーリン!バックアップデータから橘ユリコさんを何時いつ転生させるつもりなの?」

「司令部に戻らねぇと転生用の肉体もつくれねぇしなぁ……。

 このダンジョンの攻略が終わってからになるだろうなぁ」



 この惑星の周回軌道上しゅうかいきどうじょうには巨大な宇宙ステーションがある。


 その中に司令部はあるのだが、そこにある設備を使わなければ、転生させようとしている"橘ユリコ"の魂の受け皿として俺が与えたい『特別仕様の新しい肉体』を生成することはできないのだ。


 一般的な、ごく普通のヒューマノイド種族の肉体であればレプリケーターで生成できるので、今俺がいるこの場所でも生成することは可能なのだが……

 今度こそ幸せな人生にしてやりたいと思っている橘ユリコには、管理助手仕様の特別な肉体を魂の受け皿として与えたいと思っている。



「そうなの。それなら私が、シオリさんに教えてもらいながらになるだろうけど、橘ユリコさん転生用の肉体とかを代わりに生成しておこうか?

 ダーリンは色々と忙しいでしょうし……時間が取れないんじゃない?」

「そうだな……でもそれはやはり俺が自分でやるよ。おれみずからがやらないとユリコに悪いような気がするんだよ。 気を使ってくれてありがとうな、さゆり」


「うぅんうん。私で手伝えることがあったら言ってね。

 元日本担当者としても……ユリコさんと同じ管理助手としても、なんとか彼女を無事に転生させてあげたいもの。だから、遠慮えんりょしないで何でも言ってね」

「ありがとう。その時は頼むな」



 さゆりが橘ユリコのことを『同じ管理助手』と言ったのにはわけがある。

 実は橘ユリコは、俺と同じように日本人として無理矢理転生させられてしまった被害者だったのだ。

 彼女は元は第74656宇宙空間、通称ヴォイジャーにある"地球に相当する惑星"の管理助手であった。(→第036話参照。)


 だから、さゆりは『同じ管理助手としても……』という言い方をしたのである。



「うん。今度こそ彼女には幸せな人生を送らせてあげたいよね」

「ああ……」


 本当にそう思う。


 俺たちの口から『橘ユリコ』の名前が出たのが聞こえたのか、ユリコがこちらを気にしているようなそぶりを見せている。だから、ユリコを手招てまねきして呼び寄せ、橘ユリコのバックアップデータから転生させる話をしていたことを正直に教えた。


 ユリコは物悲ものかなしげとでも言うんだろうか……そんな表情を浮かべ、ひと言……


「そう……」


 と、言ったきり、その場を離れていった。その時の表情と彼女の後ろ姿がなぜか目に焼き付き、気になってしようがない……。

 バックアップデータから正確に復元ふくげんさせて転生させたユリコと、現在のユリコはたしてどんな関係を築いていくのだろうか……



 ◇◇◇◇◇◇◆



 <<全知師。

  ハニーたちが身に付けているブレスレット型フェイザー銃を最大出力で撃った場合、何連射可能だ?

 >>お答え致します。

  常温じょうおん状態、セ氏15度と仮定して一度に最大5連射まで可能です。

  それ以上は安全装置が働いて発射不可能です。


 <<なるほど。

  では、常温状態で5連射した場合、再発射可能になるまでに要する時間は?

 >>強制冷却を行わない場合、インターバルはおおよそ10分です。


 <<では……氷結等による強制冷却を行った場合はどうなる?

 >>急激な冷却は発射装置の破損はそんを招きます。

  水冷を強くお勧めします。

  水冷による場合、水温をセ氏15度、常温状態を仮定したシミュレーションの結果によれば、インターバルはおおよそ3分です。

  なお、水温セ氏15度は神術により生成される水の温度のデフォルト値です。


 <<そうか。

  では、1発ずつ撃つものと仮定し、次の発射までにインターバルをどれくらいとればずっと打ち続けられるかシミュレーションしてくれ。

 >>承知しました。シミュレーションを行います……完了。

  常温状態でおおよそ30秒のインターバルが必要です。

  水温セ氏15度での水冷を併用へいようした場合のインターバルはおおよそ5秒です。


 <<分かった。ありがとう。以上だ。


 このダンジョン内は常温よりはちょっと気温は高いよなぁ……

 神術によって生成した水を掛け流して冷却するとして……念を入れて30秒ってところかな?


 現在のパーティーメンバーは……


 翠玉、バジリドゥ、オークドゥ、

 ノアハ、ザシャア、ウェルリ、ジー、ソニアルフェ、

 シェリー、ラフ、ラヴ、ミューイ、

 ヴォリル、ミョリム、ラヴィッス、

 ユリコ、マルルカ、マイミィ、

 リガーチャ、

 スサク、リクラ、トフル……


 そして、俺。俺も入れて計23人か?合っているよな?れはないよな?

 しかし、いつの間にかこんなに大所帯おおじょたいに……いやぁ~驚いた。

 神都を出発した時点では俺を入れて11人だったのが、倍以上になるとはなぁ。


 これなら、ひとりに2つずつフェイザー銃内蔵ブレスレットを持たせておいて、ひとりずつ順に片手ずつ交互に、それぞれ1秒間隔でフェイザー銃を撃っていけば冷却問題の方も解決しそうだな。


 戦闘状態における1秒は思ったよりも長く感じられる時間だ。ましてや、攻撃をせず、敵の攻撃を受けるだけとなるとこの1秒間がものすごく長く感じられることは想像にかたくない。


 だが、強力なシールドにより自身を守れる我々である。この長く感じられる間になされる敵の攻撃も問題になることはないだろう。


 この、次のフェイザー光線を発射するまでのインターバルである1秒が命取りになるようなことはまずない。


 これから対峙たいじするレッドドラゴンの群れであっても、これだけの大所帯でのぞめばさほど苦労せずに殲滅せんめつすることが可能であるものと思われる。


 まあ、話し合いによってヤツらをこちらの仲間にできるとしたら、それに越したことはないんだがなぁ。


 そなえあればうれいなし……。

 えずは最悪の場合を想定し……つまり、レッドドラゴンを殲滅せんめつしなければならない場合を想定して、フェイザー銃による全員攻撃の練習をしておこう。


 さあ!朝食後のくつろぎの時間はこれで終わりだ!



 ◇◇◇◇◇◆◇



 フェイザー銃の訓練の前にみんなで、神都へと帰るキャルたちを見送ろうとしたのだが……


「キャルも、シャルも、シェルリィちゃんも、ラティも……み~んな!だ~りんといっしょにいたいのぉ~。うえぇーーん!かえりたくないよぉ~」

『いやだよぉ~、ここにいたいよぉ~』

「ぐっすん、ぐっすん……だ~りん、お願いしますぅ~」

「かえりたくないよぉ~、だ~りんといたいよぉ~」


「みんな!ダーリンが困っているよ。ね?ダーリンの邪魔になるといけないから、神都に帰って待っていよう?ね?お利口りこうさんだからそうしよう?」


 子供たちが神都へ帰りたがらず泣いている。


 キャルの影響なんだろうか……

 いつの間にかシェルリィやラティまでもが俺のことを『だ~りん』と呼ぶようになっている。『だ~りん』という言葉の意味が分かっているのだろうか??


 ああ……こうして俺になついてくれるのも思春期に入るまでなんだろうなぁ……

 俺もこの子たちとは離れたくない。一緒にいてやりたいなぁ……。


 そうなのだ。俺だってできることならこの子たちとずっと一緒にいたい。でも、ここはなにが起こるか分からない危険なダンジョンだ。


 ここは心を鬼にして、子供たちを神都へ帰らせねば!

 子供たちの目線の位置に合わせるようにかがみ、子供たちを抱き寄せながら……


「俺も君たちと離れるのはものすごさびしい……でもね、ここは本当に危険なんだ。

 だから、お願いだ。どうか神都で待ってて。

 チャッチャと悪者をやっつけて帰るからさあ。お願い。ね?」

「う…ん、わかったなのぉ……ぐっすん。かえったら、で~としてくれるぅ?」

『(ふむ!ふむ!)で~と!で~と!』

「きゃ!デート!」

「で~と?」


 で、デート!?デートといってもなぁ。なにを期待しているんだろうかなぁ?

 取り敢えず5人でピクニックすることを提案してみるか。

 それはデートじゃないって言われちゃうかな?


「分かった。帰ったら、5人でピクニックにでも行こうか?それでいいかな?」

「うん!いいっ!で~と、で~と!で・ぇ・となのっ!わーい!」

『わーい、わーい!』

「うふふ」

「おでかけ、おでかけ!」


 ほっ。5人一緒のピクニックでもデートになるんだな。

 子供たちがなにを期待しているのかを読み解くのって、結構難しいよなぁ。


「あ!だ~りん。で~と、ローラもさそっていい?」

『(ふむ!ふむ!)ローラもいっしょがいい!』


 キャルが提案する。みんなも『うん!うん!』とうなずいている。


 ローラは5歳の人族の少女である。俺たちと同じマンションに母親と共に住んでいる。ローラはキャルたちと非常に仲が良く、いつも一緒に遊んでいる。

(→第029話、第030話参照。)


「キャル、シャル。いいよ。ローラもさそってみようね」

「うん!わーいなのぉ!」『わーい!』


 もじもじしながらシェルリィが口を開く……


「あのう……ラフちゃんも一緒じゃだめでしょうか?」

「うん!ラフちゃんもいっしょがいいのぉ!」

『ラフちゃんだいすき!』

「ラフちゃんもいっしょがいい!」


 ラフも一緒に行ってくれるのなら俺は大助かりだ!願ってもないことだ!


「ということで子供たちからのご指名なんだが、ラフ、一緒に行ってくれるか?」

「はい。喜んで!それじゃぁ……お弁当はうちにまかせて!」

「おっ!それは嬉しいね!手間をとらせて悪ぃが頼むわ。いやぁ楽しみだな」


 これはデートというよりは……なんか遠足えんそくみたいにも思える。

 そうだとするとさしずめ俺たちは引率いんそつの先生ってところかもなぁ?


「うわぁ~。ピクニックっすか?うらやましいぃっすね!」


 ウェルリの言葉に他のハニーも羨ましいそうな顔をしながら大きくうなずく。


 うっ!これは困ったぞ。ハニーたちともなにかお楽しみイベントを企画しないとマズいよなぁ……。う~んと、そうだなぁ……。俺とハニーたちだけの水入らずでバーベキューパーティーでもしようかな。それで満足してくれるかなぁ?


「ピクニックに行った日の晩に、俺とハニーたちだけでバーベキューパーティーをしようかと思うけど……どうだい、みんな?」

承知しょうち。今から楽しみ。ダンジョンを早期攻略!」

「バーベキューパーティー、いいっすねぇ!楽しみっす!」


 他のハニーたちも嬉しそうに『うん!うん!』と大きくうなずいている。

 このダンジョンを探索してきた中で新しくハニーの仲間入りをした子、仲間入り予定の子たちと、以前からの俺のハニーたちとが、親睦しんぼくを深めるためのいい機会になってくれることを期待したい。


 ん?ユリコがなんとなく寂しそうな表情で微笑んでいる?

 ユリコはパーティーに誘われないと思っているのか?


「あ、ユリコもさそってもいいかな?」

 "もちろん!"


「え?ハーレムメンバーじゃないのに、私もいいの?」

「ああ。お前さんも大切な仲間なんだしな。当然だぜ。参加しれくれるよな?」

「まあ、シンがそう言うんだったらいいわよ。うふふ」

「よかった!それじゃ、よろしくな!詳細しょうさいはまた知らせるな」


 その後ハニーたちからの提案もあって翠玉すいぎょくやバジリドゥも、そして、一緒に旅をしてきて親近感が湧いたのか、あるいは、熱々の二人の仲を冷やかして楽しもうと思っているのか……オークドゥと彼の恋人も誘うことになった。


 多分、後者の理由……オークドゥたちを冷やかすつもりだなぁ。ははは。

 ハニーたちはオークドゥと恋人との仲に興味きょうみ津津しんしんといったところか……。



 神都へと帰りたがらなかった、キャル、シャル、シェルリィ、ラティはどうやらピクニックに一緒に行く約束をしたことで満足したようだ。

 子供たちは、さゆりと一緒に笑顔で神都へと戻っていった。


 よし!じゃぁ、フェイザー銃の訓練を始めるとするかっ!

 "はいっ!"



 ◇◇◇◇◇◆◆



 いよいよこれから第8階層の攻略だ!


 たった今、俺たちは第8階層の入り口まで階段を降りてきたところだ。

 フェイザー銃の連続攻撃の練習もしっかりしたし、準備万端だ。


 マップで確認すると、やはり、レッドドラゴンの魔物反応がうじゃうじゃある。


 プランA、砂漠地帯へと転送してダンジョンマスターの精神支配を解き、我々の仲間になってくれるように説得するための準備段階として、まず、すべてのレッドドラゴンをターゲット指定した。


 今回はオークドゥの弟たちの時のように、麻痺まひさせてから砂漠地帯へと転送する手は使わない……というか、麻痺が成功する確率が低そうなのでその手は使わないことにした。

 代わりに、事前にマクロを組んでおいて一気に精神支配解除を行うと同時に精神支配耐性をも持たせることにしたのだ。

(→オークドゥの弟たちのケースについては、第048話参照。)


 マクロには、次の4つの処理を順に、そして、一気に行うように記述してある。


 1.ターゲット指定されているレッドドラゴンたちを砂漠へ転送する処理。

 2.転送完了直後に精神支配を解除する処理。

 3.精神支配解除後、遅滞ちたいなく精神支配耐性を持たせるための処理。

 4.ターゲット指定対象の基本システムのリブート。


 全知師ぜんちしにデバッグさせたが、プログラミングミスは発見できなかった。

 これで取り敢えずレッドドラゴンたちと会話する機会を作り出せそうだ。


 後は彼等がどう出るか……だな。

 さあ、鬼が出るかじゃが出るか!


 俺たちが第8階層内に入ってしまうと、すぐにレッドドラゴンたちと戦闘状態におちいってしまう可能性がある。

 その戦闘状態に陥ったままのレッドドラゴンたちを砂漠地帯へと転送した場合、たとえ彼等の精神支配がすぐに解けたとしても、あちらですぐ平和的な話し合いができるかというと、それは少々疑問である。


 だから、第8階層の入り口から中に入る前に、用意しておいたマクロを実行することにした。そうした方が事がスムーズにはこぶ確率が高いだろう。


「それではみんな!これからレッドドラゴンたちを砂漠地帯へと転送し、彼等との話し合いを試みることにする!俺たちもここから砂漠地帯へと転移するぞ!

 みんな、心の準備はいいか!?」

 "はいっ!"

「よし!では!まずマクロを実行! そして、俺たちも……転送!」



 ◇◇◇◇◆◇◇



 俺たちはいつも訓練を行う未開の砂漠地帯、プレトザギスへと転移して来た。

 目の前にはレッドドラゴンたちが既に転送されてきている。


 レッドドラゴンたちは辺りをキョロキョロと見回している。


 俺はすぐに念のために俺たち全員をシールドでおおう。

 そして、眉間みけんの印を一際ひときわ輝かせながら彼等に話しかけた……


「よう、レッドドラゴンたち。俺が誰だか分かるか?」

「……せっ!」


 目の前にいるレッドドラゴンたちの最後尾でなにやら声がしたかと思うと……


 ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!ズンッ!


 体長がおおよそ8mほどもあろうかと思われるレッドドラゴンたちが、地響じひびきを立てながら移動する。彼等はちょうど俺の目の前で左右に分かれて、俺の正面には道ができた。


 その道の中央からひとりの女性がこちらへと歩いて向かってきた。

 歩きにしては結構速いが、慌てている様子ではない。歩き方は優雅でもある。


 ストロンチウムの炎色反応えんしょくはんのうのように真っ赤なショートボブヘアで、燃えるような赤いひとみを持つ、ものすごい美人だ! 彼女は真っ赤な、表面が鱗状うろこじょうになったよろいを身にまとっている。


 美人に対して目がえている俺ですら思わず見とれてしまうほどの美人だ。


 彼女は俺の前までくるとひざまずいてこうべれる……


 ズザザザザザザザンッ!………


 それとほぼ同時にすべてのレッドドラゴンたちが一斉にひれした!


「上様。ご尊顔そんがんはいし、恐悦きょうえつ至極しごくぞんじます。

 私奴わたくしめは神国に住むレッドドラゴンをたばねております者でございます。

 此度こたびはダンジョンより、そして、ダンジョンマスターによる精神支配より我々をお救い下さり、誠にありがとうございました」


 おおっ!どうやら話し合いができそうだな……。


「いや。礼にはおよばねぇぜ。

 ささ、おもてを上げてくれ!ああ、それからひざまずくのもなしだ。普通にしてくれ」

「ははっ!失礼します!」


 そう言うと彼女は立ち上がる。

 俺は、彼女の後方で左右に分かれてひれ伏しているレッドドラゴンたちの方へと顔を向けて……


「さあ、お前さんたちもひれ伏さなくてもいい。普通にしてくれ!」

 "はっ!"


 レッドドラゴンたちもひれ伏した状態から自然体へと姿勢を戻す。

 レッドドラゴンたちはおおよそ1500匹ほどいるようだ。


「お前さんたちは人型にもなれるんだな?」

「はい。普段ふだんは山岳地帯近郊で暮らしておりますが、人型で暮らした方が人族との軋轢あつれきける上でも都合が良いので、我々は人型で生活しております」


 無用のトラブルを避けようというのか……気に入ったぜ!


「そうか。なるほどなぁ。……おっとそうだ!

 冷てぇ飲み物でもご馳走しようかと思うんだがその大きさじゃちょっとなぁ……

 悪ぃが、みんなにも人型になってもらってくんねぇかな?いいかな?」

「はっ!」


 レッドドラゴンの代表者である女性が右手をサッと顔の高さまで上げる……


 "はっ!"


 レッドドラゴンたちが命令はうけたまわったとでも言うように返事をした。

 すると、その直後に目映まばゆいばかりの光がレッドドラゴンたちを包み込むが、その光は一瞬で消える。


 その光はまるで俺が蘇生そせい神術を使った際に放たれる光のようであった。

 巨大なレッドドラゴンたちがいた場所には、人型に変身した彼等が立っている。



 ボラコヴィアの震災の時に死者たちを一時的に収容したテントと同じくらい中が広い、新しいテントをこの場に設営して……

 そして、その中に各種飲み物が入ったドリンクディスペンサーを50台設置し、人型レッドドラゴンたちには、そのテントの中で好きな飲み物を自由に飲みながら休憩きゅうけいしてもらうことにした。当然椅子いすも人数分用意してある。


 俺たちが普段使っている野営用のテントも彼等用のテントの隣に設営してあり、彼等の代表者である女性だけは、彼等とは別に、その俺たちの野営用テントの中に来てもらっている。彼女と話をしているのはテント内の食堂だ。


「ところでお前さん、名前は?」

「同族たちからはクイーンと呼ばれておりますが、残念ながら名前持ちではございません」

「そうか。それなら……よかったらだけど、俺が名前を付けてやろうか?」

「はっ!ありがたき幸せに存じます」


 そうだなぁ……ストロンチウムの炎色反応の色は"深赤色しんせきしょく"だよな。

 ディープレッドか?そのままディープレッドでもいいかな?


 この世界の言葉じゃないから誰かとかぶるようなこともないだろう……。


「よし!では『ディープレッド』という名はどうだ?」

「はっ!良き響きでございますね。是非その名をいただきとうございます!」


「そうかっ!気に入ってくれて良かったぜ!

 それでは、ただいまよりお前さんは『ディープレッド』と名乗るがよい!」

「ははっ! ありがたき幸せにございますっ!

 ……あっ、うう……ち、力が……みなぎってきますっ! 最高ですっ!」


 さあどうだ!この子も当然進化しただろう?……ステータスは…っと!

 おおっ!想像通りだな! ロイヤル・レッドドラゴンに進化した!


「ディープレッドよ。お前さんはロイヤル・レッドドラゴンに進化したぞ。

 今まで以上に強くなっちまっているからな。 最初は戸惑うかも知んねぇぞ。

 だが、そのうちに慣れるから……それまでは力加減ちからかげんとかに注意しろよ?」

「はっ!きもめいじます!ありがとうございました!」



 ◇◇◇◇◆◇◆



「……それでは、私たちは精神支配されることはないのですね?」

「ディープレッド。その通りだ。でもなぁ、ダンジョンマスターによる招喚だけは拒否できねぇんだよ。ただし、お前さんは進化したから大丈夫だがな」


 ディープレッドはロイヤル・レッドドラゴンに進化した。

 だから、ダンジョンマスターがレッドドラゴンを招喚した場合は、種族が違うと判断されて、ディープレッドが招喚されることはないのだ。


 ただし、ロイヤル・レッドドラゴンを招喚対象に指定された場合はダメだ。


「えっ!?ということは……他の者たちはまたあの暗い場所で過ごさねばならないことがあるということでしょうか?」


「ああ、そうだ。だが、もう少しの辛抱しんぼうだ。すぐに俺が今のダンジョンマスターをボッコボコにして、俺がダンジョンマスターになるからな。

 悪ぃがもう少しだけ我慢がまんしてくれ。

 あ、それから、できれば今後はお前さんたちの力を俺に貸してくんねぇかな?」

「もちろん喜んで!上様のお力になれるのでしたら、これほど嬉しいことはございません」


「そうかっ!ありがとうよ。助かるぜ!」

「あのう……それで、お願いがあるのですが……」


「ん?なんだい?言ってみな?」

「はい。実は、私はこれまでレッドドラゴンのさとから出たことがないのです。

 ですから、一度外の世界を見てみとうございます。

 それで……不躾ぶしつけなお願いですが、どうか私を上様のおそばにおいていただけませんでしょうか?お願いしますっ!」


 たる者はきんずるなくく者はとどむるなし……

 ここでひとり増えようがどうって事ない。こころよむかえ入れてやろう。


「ああ。いいぜ。よろしくな、ディープレッド!」

「はいっ!ありがとうございます!お供できますこと、大変光栄に存じます!」


「あらあら。またハーレムメンバーが増えるのね」

「ハーレムっ!?な、なな、なんですか?どういう意味ですか?それは?」

「あら?ディープレッドさん。知らないでお供するって言ったの?

 シンのお供になるってことは、彼のピチピチギャルハーレムメンバーになるってことなのよ?

 まあ……私はただ同行しているだけでメンバーじゃないんだけどね」


「こらっ!ユリコ!うそを言うんじゃないっ!

 彼女がドン引きしているじゃねぇかっ!

 ディープレッド、大丈夫だ。俺はお前さんを俺の嫁にしようとは思ってねぇから安心しろ」

「えーーっ!?思って下さらないのですかっ!?き、期待致しましたのに……」


 へっ?期待してた?俺のハーレムメンバーになりたいってこと…な・のか?

 ……って、なんかまたいつものパターンのような気がするなぁ……


「上様!」

「お、おうっ!」

「上様にお目にかかったその瞬間に……私は貴方様のとりこになってしまいました」


 ああ……またまたパッシブスキル"魅了みりょう"の影響なのか……


「ああ。分かったよ」


 そうだとも……いつものパターンだよ、それが分かった。


「えっ!じゃぁ!私もハーレムメンバーにお加え下さるのですか!?」

「いや。そうじゃなくて、ほら、あれだよ、一緒に行動していると、お互いの嫌なところが目に付くようになるかも知んねぇだろ?

 だから、そうあせって結論は出さずにだな。取り敢えずは"仲間"として俺と一緒に行動してみてはどうだ?」

「……はぁ。そういうことですかぁ……」

「それで……暫く一緒に行動してもその気持ちが変わらねぇなら、それはその時に考えればいい。な?あせるこたぁねぇぜ。まずはお互いよく知り合おうぜ?」

「はい。分かりました」


「ふぅ~。瓢箪ひょうたんからこまね。二人をからかってみたかっただけなのに……。

 まさかディープレッドさんもシンのとりこになっちゃうなんてね。やれやれだわ」


 ユリコはあきれ顔でそう呟いた……。

 またまた新たなハーレムメンバーが誕生しそうである。



 ◇◇◇◇◆◆◇



「……というわけで、私は上様に生涯しょうがいささげるつもりである。

 私がさとを去った後の新しいリーダーには『岩をくだく女』になってもらう」

 ざわざわざわ……ざわざわざわ……

 ざわざわざわ…ざわざわざわ…ざわざわ…


 レッドドラゴンたちがざわつきだした。


 うわっ。お、思いが重い……ディープレッドちゃんや。俺に生涯を捧げなくてもいいからな!


 レッドドラゴンたちのクイーン、ディープレッドが、郷を離れて俺たちと一緒に同行することを告げるために、レッドドラゴンたちがくつろいでいるテントへとやって来ている。俺はそのいとして彼女のそばにいる。



 この世界では、魔物に名前を付けるには膨大ぼうだいな魔力……即ちエネルギーが必要となる。命名によって進化が誘発ゆうはつされるため、それに必要なエネルギーが名付け親に要求される仕組みであるからだ。


 だから、普通の魔物たちでは命名なんて行為はとてもおこなうことはできず、名前で呼び合う代わりにお互いを区別するために『岩を砕く女』というような、二つ名のようなものでお互いを呼び合うことになるらしい。なんか面倒で気の毒だ。



「クイーン!俺は認めねぇぞ!あんたは俺の嫁になるんだ!俺の子を産め!」


 レッドドラゴンたちをけて、ひとりの男が前に出てきた。


「黙れ!無礼であるぞ!勝手なことを言うな!『断崖だんがいに立つ男』よ。

 私はお前なんかの嫁にはならん!我が身と心はすべて上様のモノじゃっ!」


 え?そうなのか?既に俺のモノなのか?おいおい……

 しかし、ややこしいヤツが現れたもんだなぁ……


 働きあり法則ほうそくじゃないけど、この世界では、どんなに真面目な集団であっても、必ずバカ野郎が少なくともひとりは存在するよなぁ。不思議なもんだ。


「やい!神!てめぇ、クイーンが欲しけりゃ、俺を倒してうばい取ってみろ!」


 ああ……バカだ。大馬鹿野郎確定だ。もう、面倒臭めんどうくさいなぁ……


「貴様……はっ、上様?」


 クイーンがバカ野郎『断崖に立つ男』につかみかかろうとしたのを手で制し……


「ディープレッド。俺が相手をする。お前さんはそこで見ていろ」

「はっ!お手をわずらわせてしまい、申し訳ございません」

「いや。いいってことよ」


 強烈に威圧しながら『断崖に立つ男』をにらみつけながら言う……


「おい、クソ野郎。てめぇ、俺に喧嘩けんかを売った以上、生きて帰れると思うなよ?

 今びるんならゆるしてやるが……どうする?」


 『断崖に立つ男』は脂汗あぶらあせをダラダラと流しながらも強がる……


「へ、へっ!黙れ!お、お前みたいな弱っちぃ神なんか、ひ、一捻ひとひねりだ!」

「そうか。分かった。だが、後悔こうかいしても知らねぇぞ?

 よし!それじゃぁ、表へ出ろ! てめぇをぶっ殺す!」


 くして俺はこの『断崖に立つ男』と戦う羽目はめになったのである。やれやれ。


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