第0073話 虚像と実像と……

 虚像きょぞう実像じつぞうか……

 ランクS冒険者って言ったら、冒険者たちにとってあこがれの存在だろうに……


 人というのは、すぐれた能力を持つ者には人格じんかくすぐれていることを期待しがちだ。

 だが、能力と人格との間に関連性があると考えることはきわめて非論理的ひろんりてきである。



「オークドゥよ。この男もハニーたちにちょっかいを出したのか?」

「はい。ソニアルフェさんを気に入ったのか、執拗しつように追いかけ回していました」


 ぶっ殺す!


 ソニアルフェはさぞや怖かったことだろう。

 正面切って戦えばランクS冒険者くらい彼女なら瞬殺しゅんさつできるだろうが、如何いかんせん彼女は優しすぎる。そして、少々臆病おくびょうなところもある。


「ソニアルフェは多分、コイツから逃げ回っていただけなんだろう?倒す力は十分持っているのに」

「はい。そうです。

 こんなゴミみたいなヤツ、さっさと倒してしまわれたらいいのになさらず……。

 あの方はお優しいですからね……」


 おおっ!オークドゥよ!よく分かっているじゃないか!


 魔物なんだから当然と言えば当然だが……彼は人の気持ちが全く分からないヤツだった。それがどうだ。この数日でなんと変わったことか!

 恋をすることでオークドゥもいい方に変わってきたのかも知れないな。人の心の動きを敏感びんかんに感じ取れるようになってきている。


 はたから見るとただのドジっにしか見えないソニアルフェの内面、その優しさが分かるようになるとはなぁ……大きな進歩だぜ。


 この分だとオーク族とヒューマノイド種族との共存は、あながち不可能とは言えないかも知れないな。いい傾向だ!



「オークドゥがソニアルフェを助けてくれたんだな。ありがとうな」

「いえ。当然のことです」


「ところで……このクソ野郎を生かしておいたのはなぜだ?」

「はい。下の階層の情報を引き出せるかも知れないと考えましたので……

 始末した方がよろしかったでしょうか?」


「いや!えらい! 俺はお前さんをほこりに思うぜ!

 激情げきじょうにかられたんじゃなくて、沈着ちんちゃく冷静れいせいに行動したんだな。偉いぞ!」

「ありがとうございます!」


 オークドゥは、はにかみながらも嬉しそうにしている。


 俺たちがそんな会話をしている間に『神の代行者』のリーダーらしき男が完全に意識を取り戻す……


 あたりをキョロキョロと見回している。状況を把握はあくしようとしているらしいな。


「おう。目が覚めたか、クソ野郎」

「なんだとぉっ!?小僧! 調子ぶっこいてっとぶっ殺すぞっ!」


「それはこっちのセリフだクソ野郎!

 てめぇ、よくも俺の大事な嫁たちにちょっかいを出してくれたなぁ?

 きっちりととしまえけてもらうから覚悟かくごしろよ?」

「な、なにをぉっ!?しゃらくせぇっ、小僧っ!

 なめんなよぉ、俺はランクSの冒険者だぜ? どうだ?ビビったか?」


「てめぇがランクS冒険者だってことは当然知っている。だが、それがどうした?

 たかがランクSぐれぇで偉そうに。ビビるわけがねぇだろが?クソ野郎がっ!」

「ほおぅ?たかがランクSねぇ……俺様に喧嘩けんかを売るたぁ、いい度胸どきょうじゃねぇか?

 ぶっ殺してやる! 食らえっ!爆殺ばくさつっ!!」


 …………し~~~~~ん……………なにも起こらない。


「え?な、なにも起こらないわ……なぜ?」


 魔導士の女が驚いている。はと豆鉄砲まめでっぽうったようだ。


 起こるわけがない。そもそも神である俺や俺の庇護下ひごかにある者たち相手に使える魔法ではない。発動自体がキャンセルされ、行使こうしは不可能なのだ。


 神の特権、神の庇護者ひごしゃの特権ってヤツだな。

 平常状態の魔物が俺たちをおそえないのと同じようなもんだ。


 それに、たとえ『爆殺』魔法がキャンセルされなかったとしても、大量の魔力を相手の体内に送り込み膨張ぼうちょうさせて爆発を引き起こす魔法ゆえ、魔力の流入りゅうにゅう極薄ごくうすシールドが防いでしまうし、もし仮にシールドが無かったとしても各種攻撃耐性を有している俺や俺の仲間たちにはこの魔法は全く通用しない。


 ただただ、この男、ガジャブは魔力の無駄遣むだづかいをしただけである。


「あれれぇ~?何も起こらないなぁ~。いったい君は何がしたかったのかなぁ?

 ぷぷぷーーっ! な~んだ。大見得おおみえって不発ふはつなのぉ? 面白いね」


 ちょっと名探偵コ○ンくんの口調くちょうでバカにしてみた。

 たった一つの真実しんじつ見抜みぬく、見た目は子ども、頭脳は大人のあの少年風に……


 まあ、この世界の人間には分からないだろうがなぁ……ユリコにもこの場にいてもらえばよかったかな?あれ、でも彼女が亡くなった時にはまだテレビ放映されていなかったか?



「う、うるせえっ!だ、だまれっ!じゃあ、これはどうだ!ウインドカッターっ!」


 シュンッ!


 近距離、2mほどしか離れていない位置からのウインドカッターが俺に向かってはなたれた!これでは避ける間もない!


 ……いや、別にける必要なんかないんだよなぁ。そのまま受けてやるかぁ。


 ウインドカッターを俺がけられないとんだガジャブはまるでほこったかのような表情を浮かべてニヤリと笑う……


 だが、それは直後に驚愕きょうがくの表情へと変わることになった!


 ガジャブが放ったウインドカッターは、確かに俺に命中したはずなのに、俺に傷ひとつ負わせることができなかったからだ!


「ば、バカなっ!……お、俺の最大威力の攻撃魔法2つが全く通じないだと!?」

「え?そうなのか?攻撃魔法だったのか今のは!?ぷぷぷっ!あのそよ風が か?

 おいおい。てめぇ本当にランクS冒険者なのか?ランクを誤魔化ごまかしてねぇか?」


 男は呆然ぼうぜんとしている……


 しばらくはなにやらブツブツとつぶやきながらボーッとしていたが、われもどしたかと思うと……退路たいろを見つけようと思ったのか、それとも、武器に使えるものを探すためなのかあたりをキョロキョロと見回しだした。


 そして……


「ん!? ひぃっ!? だ、ダダル!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ようやく首なし死体……といっても胴体のすぐそばには頭が転がっているんだが……を認識したようだ。ガジャブは顔面がんめん蒼白そうはくになる。


 さてと……今度はこっちの番だなぁ。


 コイツらと会話している間にすでにコイツらの魂の履歴のコピーは完了している。

 だから、コイツらはもう用無ようなしだ。下の階層の情報は魂の履歴に記録されている映像で確認すればいい。コイツらをぶっ殺しても困ることはないだろう……。


 コイツらの魂の色は黒っぽい赤色だ。ロクなモンじゃない。


 あの魂が綺麗きれいなジェニファが、よくもコイツらと一緒に行動できたもんだ。

 これまで無事だったのが不思議なくらいだ。コイツらのおもちゃにされていてもなんら不思議じゃない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!くそっ!くそっ!くそっ!死ね!死ね!死ね!」


 リーダーらしき男は闇雲やみくもに色んな属性ぞくせいの攻撃魔法を俺に向かってはなちだした!


 俺はそれらすべての攻撃魔法を無抵抗むていこうで受け続ける……だが、全く問題ない。

 それどころか、攻撃を受けている感覚すらない。目をつぶっていたら攻撃を受けていることすら気付かないだろう。

 なぜなら俺が身にまとっている極薄ごくうすシールドが、ヤツが放つすべての攻撃を完璧かんぺきに防いでくれているからだ。


「はぁはぁはぁはぁ……ど、どうだ!?さすがに無傷むきずでは……ば、バカなっ!」

「もう気がんだかな?……それじゃぁ、今度はこっちの番でいいよなぁ?」


 ニヤリっ!


 俺の笑顔にランクS冒険者二人がブルブルッとふるえた!

 その直後、ガジャブは腰砕こしくだけのようにその場にくずちてしまった!


 ガジャブの顔も、そして、ちょっと離れたところでこしかしている女魔導士の顔も血の気が引いたかのように次第しだいに青くなっていく……と同時にガタガタとふるえだした!


 カッ カッ カッ。

 ガジャブのもとへと近づきながら、おもむろに、右手を前に出しながらひらを下に向け……右手親指と中指で輪を作る。 そう、デコピンを放つ準備だ!


 まずはえず力の差を思い知らせてやろうと思う。

 デコピン一発で倒されたら、さすがのバカ野郎でも実力差がわかるだろう……


 デコピンをすぐにでも放てる状態にした指をガタガタと震えている男のおでこにおもむろに押し当てたのだが、男は脂汗あぶらあせをだらだらと流しながらガタガタと震えるばかり……逃げようともしないな?


 まるで石化せきかされてしまったかのように動かない。いや、動けないでいる!?


「な、なにをするっ!?た、助けてくれ! お、俺たちが悪かった!

 あ、あやまるから、なっ!?頼むよ! 頼むーーっ!!」


 ガジャブは胸の前で両の手を組み、懇願こんがんする。


「やぁ~なこったぁ!

 てめぇはソニアルフェが……俺の大切な妻がやめてくれと頼んでも、やめねぇで追っかけ回したんだろう?

 そんなてめぇの頼みを聞くと思うか? クソ野郎がっ! 往生際おうじょうぎわが悪ぃぞ。

 なにをするって聞いたよなぁ? 教えてやろうじゃねぇか。

 見ての通りデコピンだよ。デコピンを一発食らわせてやろうと思っている」


 デコピン一発と聞いてガジャブの顔に安堵あんどの表情が表れる。ホッとしている。


「ふぅぅぅぅっ。あ、ありがとう。デコピン一発でゆるしてくれるのか?分かった!さあ遠慮えんりょなしにやってくれ!」


 アホだな!デコピン一発がたいした攻撃じゃないと思っているんだなぁ……。って普通はそう思ってしまうわな……デコピンだもんなぁ。

 しかし、ランクSの冒険者だろ? 相手の力量りきりょうくらい判断できないのか?


 遠慮なしに……って、思いっきりやったら頭が吹っ飛んじまうんだけどなぁ。

 力加減ちからかげん……力加減……そ~っと、そ~っと……き、緊張きんちょうするなぁ~。

 殺さないように……殺さないように……まあ、殺しちゃってもいいっかぁ!


 ぺち!

「ガハッ!……」

 ガズッ!ザッ!…ゴロゴロゴロゴロゴロ…………ズンッ!


 ガジャブはりながら一度バックちゅうをすると後頭部から地面に落ちた。


 だが、それだけでは後方へと向かう勢いは殺せず、ガジャブは地面をゴロゴロと無様ぶざまに後転しながら転がり、100mほど先の壁にぶつかってようやく止まった。


 『神の代行者』のリーダーらしき男、ガジャブは壁のそば白目しろめき、口からはあわいている。


 どうやら重症じゅうしょうのようだな。時折ときおり、ピクッピクッ……と痙攣けいれんしているぞ。

 ちょっとだけ強めだったかな? 次回は気をつけよう……


「え?うそっ!?デコピン一発であの威力いりょくなの!?

 もしかして……貴方様はあの有名なデコピン勇者様ですか!?」


「デコピン勇者だって……クックックック……うぐふっ………クククク……」


 オークドゥが腹を抱えながら必死に笑いをこらえている。


 で、デコピン勇者?な、なんだそりゃぁ?


「なんだそりゃ? 俺はそんな変な名前の勇者じゃねぇぞ!」

「いえ。おかくしにならなくても……超ぉぉ~有名ですよ?

 各地かくち素行そこうの悪い者どもをデコピン一発で成敗せいばいなさってきたでしょ?

 ノルムの町の宿屋で、赤ん坊をかかえた女の人にからんでいたバカをデコピン一発でぶっ飛ばしたりしませんでしたか?」


 うっ!た、確かにそんなこともあったような……

 えーーっ!?俺はデコピン勇者と呼ばれているのかぁ? えーーっ!!


 そんなふたを付けられるくらいなら、正体を明かした方がましだな。


「た、確かに似たようなことをした記憶はあるんだが……その変な呼び名はやめてくれ。それに……お前さんはジェニファの話を聞いていなかったのか?」

「え?なんの話でしたっけ?」

「ほら。ジェニファは『上様うえさま蘇生そせいされた』って言っていただろう? その上様がこの俺だ! ほらっ!これを見ろっ!」


 眉間みけんの印を一際ひときわ輝かせる……


「え?デコピン勇者様が……う、上様?………ははあぁぁぁぁっ!」


 魔導士の女は腰が抜けたままの状態で、なんとか身体を動かしてひれした。

 つらそうだ……見ていて気の毒になる。


「修復!……ほら。これでもう、うまく動けるだろう?ひれ伏さなくてもいいから普通にしていろ」

「は、はいっ! う、上様!これまでの非礼ひれいをおゆるし下さいっ!

 上様のお后様とはぞんぜず、大変失礼致しました!」


「いやいや!俺の嫁じゃなくても、女性にちょっかいを出すのはダメだろう?」

「わ、私はただ見ていただけなので……それに彼等を止めると私が欲望のはけ口となってしまいますし……ごにょごにょ……」


 まぁ……たとえランクSとはいえ、女性ひとりで男ども二人にあらがうのは無理だわなぁ。しかも、相手はランクSだからな。この子はしょうがないか……。


「調子のいいことを言うな。お前が二人の男をけしかけていたんだろうが!」

「ん?オークドゥ、それは本当か?」

「はい。あの女は……


 『おいっ!野郎ども、あれを見ろ!すげぇ上玉ばかりだぜっ!かっさらって性奴隷せいどれいとして売れば大もうけできるぞ!ははは!しばらく遊んでらせるぜっ!』


 と、男どもをけしかけていました。多分、あの冒険者パーティーを裏で牛耳ぎゅうじっていたのはあの女です」


「……だそうだが?何か言い分はあるか?」

「いや……そのう……。……ええーいっ!こうなったら仕方ねぇ!

 ああ、そうだ!そうだとも!そのイケメンが言った通りだとも!

 チッ!下手へたこいたぜ!まさか女どもが神のきさきだったとはなぁ……。

 しゃぁねぇっ!さあ、るなとくなと好きにしろってんだ!べらぼうめっ!」


 口調くちょうが変わったぞ?

 ついに馬脚ばきゃくあらわしたってところか……まさかこの女がけしかけていたとはなぁ。

 俺だけだったら完全にだまされていたな。俺は女性には滅法めっぽう甘いからなぁ。


 しかし、まさか『べらぼうめっ!』って言葉を聞くとは思わなかったなぁ……。

 こんな江戸っ子言葉に翻訳ほんやくされるような言い回しがこの世界にあるとは……。


 魂の色もほとんど黒に近い赤だしなぁ……ダメだなこの女は。

 なまじ実力者だけにたちが悪い。ランクSの実力がなけりゃ、少々らしめてから解放してやってもいいのだが……


 てきすべからずときうしなうべからず……じゃないが、ここでコイツらを始末しまつしておかないとコイツらの悪さによって今後も苦しめられる人々が出るだろう。


 最終的な結論を下す前に、魂の履歴りれきをちょっと見てみたのだが……やはり、高い能力におごり、やりたい放題ほうだいやって来たことが判明はんめいした。


 記録から判断すると、ジェニファはごく最近パーティーに加わったようだ。

 コイツらがおこなってきた悪行にはまだかかわったことがない。


 ジェニファが悪事に荷担かたんさせられたり、逆にコイツらのおもちゃにされたりする前にコイツらのパーティーからけさせることができたのは良かった。


 彼女…ジェニファは運が強いと言えるだろうな。


 これまで苦しめられてきた人々の無念むねんらすためにも、この機会きかいにコイツらは始末しまつしておくべきだろうな。 たとえ相手が女だろうが……。


 しかしなぁ……力持つ者が悪とは。やるせないなぁ。



「よく言った!それじゃ、そのいさぎよさにめんじて処刑方法を選ばせてやろう!

 サンドワームのえさになるのと、大型おおがた肉食魚にくしょくぎょえさになるのとどっちがいい?」


 魔導士の女の顔色がまた悪くなり出した。プルプルと震えている。

 啖呵たんかったものの……具体的ぐたいてきな処刑方法を聞かされて処刑される実感じっかんいてきたのかも知れない。


「そ、そんなの選べるかってんだ! バッカじゃねぇの!」


 まあまあのルックスの女性の口から放たれるオッサン口調くちょうの言葉……

 コイツ……おとこじゃないよな?……ステータスでは確かに女性だよな。


 そんなことを一瞬考えたのだが、この女魔導士、ブブジェの言葉に反応はんのうした者がいた。そう、オークドゥだ。


「お前っ!上様に対してバカとはなんだっ!無礼者ぶれいものめがっ!

 たとえ女であってもゆるさん! 俺がり殺してやるからそこになおれ!」


「ひぃぃぃぃぃっ!」

 シュンッ!……ザサッ!ゴロン……ブシューーーッ!

 ゴロン…ゴロン…ゴロン……ドサッ!…ドクッ!ドクッ!ドクッ!……


 あらら……。


 ランクSの女魔導士、ブブジェは一刀いっとうのもとに首をはねられててた。

 彼女にとってはさいわいだったのかも知れない。サンドワームや大型肉食魚に生きたまま食われるよりも多分楽な死に方だから……。


 壁のそばで気を失っていた、ランクS冒険者パーティーの表のリーダーらしき男、ガジャブも一旦いったん怪我けがなおしてやった後、すべての能力を消した。

 これは、サンドワームくんたちがコイツの攻撃を受けないようにするためだ。


 そしてその後すぐ、首なし死体で地面に転がっている、ジェニファの剣をうばった男、剣士ダダルと、同じく、ついさっきオークドゥに斬られて首なし死体になった女魔導士、ブブジェと共に、ガジャブはサンドワームの巣へと転送してやった。


 一番ひどい死に方をするのはガジャブだ。生きたまま食われるんだから……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 野営用テントの中の食堂でみんなと夕食の団欒だんらんを楽しんだ後、そのまま食堂で、ランクS冒険者たちの魂の履歴に記録されていた映像をハニーたちと見ている。

 その映像には、第8階層の様子が映っている。


 今いる野営用テントはシールドで守られていて、シールド外にはミニヨンと神殿騎士風ゴーレムを10体ずつ配備はいびしてある。

 彼等にはロイヤル・ミノタウロスを、ヤツらが復活してくるたびたおしてもらっているのだ。


 今夜はこのままここで野営しようと思っている。


 ここがボス部屋ということもあるので、就寝中しゅうしんちゅうはシールドを展開しておき、外の警備はミニヨンたちとゴーレムたちにまかせるつもりでいる。



「しかし、第8階層はレッドドラゴンののような場所ですね」

「ああ。オークドゥの言う通りだな。レッドドラゴンは初めて見たんだが、こりゃすごいな。こんなに群棲ぐんせいしているものなのか?

 まさにレッドドラゴンの巣にでも迷い込んだんじゃないかと思うくらい、レッドドラゴンがウジャウジャいるじゃねぇか。これはちょっと厄介やっかいだな」


「ダーリン。レッドドラゴンは火炎放射かえんほうしゃやファイヤーボールで攻撃するくらいですから、火属性の神術には耐性たいせいがあるかも知れません。

 私たちが使う烈火れっかかべでは倒せないかも知れませんね」

「そうだな。ノアハの烈火の壁は強力だが、これは相手が悪ぃよな」


「ダーリン。重力魔法じゅうりょくまほうはどうっすか?」

「それも考えたんだが……コイツらを動けなくするくれぇはできるだろうが、押しつぶそうとするなら多分、このダンジョンが崩壊ほうかいするくらいの重力場じゅうりょくばを生成しねぇとだめだろうからな。実用的じゃぁねぇな。でもウェルリ、アイディアはいいぜ」


 アイディアがいいと言われてウェルリはニコニコしている。


「剣で斬りかかるのも難しそうですし……表皮ひょうひ分厚ぶあつそうですから物理攻撃ぶつりこうげきも通用しないような気がしますね?」

「そうなんだよなぁ、ザシャア。お前さんもそう思ったか。剣はダメだよなぁ」

「はい、上様。私もそう思います」


 オークドゥも同意見だと述べる。


「なにかコイツらを倒すいいアイディアはねぇかなぁ……」

「簡単。凍らせて、たたこわす。これでおしまい」

「なるほど。超低温化ちょうていおんかで凍らせて後は強い衝撃を加えるのか……それはいい手かも知れねぇな。さすがはジーだな。よし。プランAはこの方法にしよう!」


 いつもは表情が読み取りにくいジーの顔には、誰もが分かる笑顔が浮かんだ。


「その他にはないかな?プランAがまんいち失敗した時に備えてプランBを用意しておきたいんだが……どうかな、みんな?」


 みんな難しい顔をして考え込んでいる……。

 そんな中、ユリコが口を開く……


「フェイザー銃は? あれなら最大出力で撃てば倒せるんじゃないの?」

「ああ。多分倒せる。だがな、最大出力だとすぐに熱を持ってしまい、安全装置が働いて撃てなくなっちまうと思うんだよ」


「シン。そういう事なら手があるじゃない?歴史に学びましょうよ」

「歴史?どういうことだ?」


長篠ながしのたたかいよ。三段撃さんだんうち。織田信長軍の鉄砲隊を真似まねたらどう?」

「なるほどな。明日にでもちょっと練習してみるか……三段撃ちを。

 三段では冷却時間が不足するならミニヨンも投入して段数を増やせばいいか……

 時間はかかるだろうが、シールドで防ぎながらフェイザー銃で地道じみちに倒すというのもありだな。採用だ、ユリコ。ありがとう。プランBはこの方法でいく」


 ユリコは一瞬だけ笑顔を浮かべた。が、その後は照れくさいのかプイっと余所よそを向いてしまった。


「フェイザー銃を冷やす必要があるのでしたら、氷属性神術を使いフェイザー銃を冷却しながら撃つことはできないのでしょうか?」

「なるほど、ノアハ。神術を併用へいようすれば、確かに冷却に要するインターバルを短くできそうだな。いいアイディアだ。これも明日試そう」


「さて、これでプランは2つになったが。できればあともう一手いって考えておきたい。 さあ、誰かアイディアはないかな? 遠慮えんりょせずになんでも言ってくれ」


「シオン神聖国に転送してやったらどうでしょうか?」

「うーん、マイミィ。あれだけのレッドドラゴンをたとえシオン神聖国であってもはなってしまうのは後々あとあと面倒めんどうになるだろうし、シオン神聖国とはいえ、罪のない者たちまでがレッドドラゴンの犠牲ぎせいになっちまうのはどうもなぁ……。

 ニラモリアとの国境付近に集結している軍隊にぶつけるとしても、その後、生き残ったレッドドラゴンを始末するのも大変だしなぁ……。

 マイミィ、レッドドラゴンを利用しようと考えるとはさすがはこの世界No1の魔物使いだ。逆転の発想はすげぇと思うぜ。

 すっげぇ面白ぇ案だが……申し訳ねぇが今回は止めておくよ。ごめんな」

「いえ」


 マイミィが残念、かつ、恥ずかしそうにうつむく。


「マイミィ。人とは違った発想ができるお前さんがいてくれるのはありがてぇし、お前さんの斬新ざんしんな発想にはワクワクする。どうかこれからも思ったことは遠慮せずガンガン言ってくれよな。頼むぜ」

「はい」


 本当にそう思っている。

 意見を言いやすい雰囲気ふんいきを作らねばなぁ……気を使うぜ。

 マイミィの表情も明るくなったな。良かった。


「は、話し合いはできないのでしょうか?レッドドラゴンたちと……そのう……」


 ソニアルフェがおずおずと発言する。

 レッドドラゴンたちはダンジョンマスターの精神支配下にあるからなぁ……。


「話し合い……ん?マイミィの案とあわせて考えるといい案かも知れねぇなぁ」

「「え?」」


 ソニアルフェとマイミィが不思議そうな顔をしながら、俺の言ったことの真意しんいはかりかねている。


「いや、話し合うというか……レッドドラゴンを味方戦力にするってぇことだよ。

 マイミィ、ダンジョンマスターの支配下になけりゃぁ、レッドドラゴンでも使役しえきできるよな?お前さんほどのレベルの魔物使いなら可能なんだろう?」

「はい、多分。できるような気はします」


「ならば、オークドゥの弟たちの時のように、一旦いったん砂漠地帯に転送してダンジョンマスターによる精神支配をいて、今後はお前さん以外の精神支配は受け付けねぇようにしてから戻すってぇのもいいかも知れねぇなぁ……と思ってな。

 ダンジョンマスターによる精神支配からはなたれりゃぁ、俺たちの話を聞いて仲間になってくれるかも知れねぇしな。

 魔物ヒエラルキーの上位に位置するヤツらは我々人族われわれひとぞくの言語をかいし、知性の方も高いんだろう?」

「はい。おっしゃる通りです。彼等が平常状態であれば話し合いに応じる可能性は高いと思われます」

「そうですね。凶暴きょうぼうではなく、どちらかというと理知的なほうですからね」


 オークドゥと翠玉すいぎょくの意見だ。彼等は魔物だから魔物事情にはくわしい。


「そうか。それじゃ、こっちの、まず精神支配をいて話し合いをするというのをプランAとし、プランAだったものをプランBに、プランBだったのをプランCにすることにしよう。異存いぞんか疑問はないかな?どうだ?……無いようだな?

 それじゃぁ、この方針で下の階層にはのぞもうか」

 "はいっ!"


「レッドドラゴンたちが味方にならなかった時には、魔物使いとしてのマイミィの力を借りることになると思うから、その時は頼むな」

「はいっ!喜んで!」


「ソニアルフェもヒントとなる案を出してくれてありがとうな」

「はい!」


 マイミィもソニアルフェも非常に嬉しそうだ。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 第8階層攻略会議のような打ち合わせを終えて俺たちは、明日の第8階層攻略に備えてみんなが早めに休むことにした。


 各自が自室に戻っている。

 オークドゥはいつもの通り、オークドゥ専用のテントで泊まることになる。

 彼のテントは俺たちの野営用テントの隣に設営してあり、もちろんそのテントも含めて守るようにシールドは展開してある。

 勇者ユリコとマルルカ、マイミィも我々に同行しだした当初は、彼女たち専用のテントを別に用意してそこで寝てもらっていたのだが、彼女等の強い要望により、俺たちの野営用テント内に用意した各人の部屋で泊まるようになった。

 そうなったのは昨夜からだ。そう、新ボラコヴィアで野営した夜からである。



 神都に残してきている子供たちはどうしているだろうかと考えながら、そろそろ眠ろうかと思った時である。


「だ~りん!うわぁぁぁん。あいたかったのぉ~」

『さみしかったよぉ~。うわぁぁぁん』

「うう……」

「ぐっすん、ぐっすん」


 突然、キャル、シャル、シェルリィ、ラティが転移して来た。

 ぽすんっ!ぽすんっ!ぽすんっ!ぽすんっ!と、ベッドの上に腰掛こしかけていた俺の胸にキャルとシャルが、腹にシェルリィが、背中にラティがきついてきたのだ。


「おお。我がかわいいかわいい子供たちよ、いったいどうしたんだい?」


 子供たち4人は全員がおいおいと泣くばかりだ。

 すると後からさゆりも転移して来た。


「ダーリン、ごめん。連れて来ちゃった。子供たちがあんまり寂しがるもんだからつい……。許して」

あやまらなくてもいいよ。ありがとうな、さゆり。

 実は俺もこの子たちやお前さんたちに会えなくて寂しかったんだ。

 今ちょうど会いたいなぁと思っていたところだったんだぜ。会えて嬉しいよ」


 ああ……この子たちのかわいい顔を見ていると疲れも吹っ飛ぶなぁ……。


 ガチャッ!

 部屋の入り口のドアが開く……


「ねぇ、シン。どこからか子供の泣き声が聞こえるんだけど……って、シン!?」

「ああ、ユリコか。その泣き声はこの子たちだ。寂しくて俺に会いに来てくれたんだぜ、かわいいよなぁ~。こうしているだけでやされるんだよなぁ~」


「うわっ!か、顔!デレデレじゃないの!うわぁ~やはりあなたロリコンなの?」

「ち、違うわっ!ったく、人聞ひとぎきが悪ぃことを言うな!」


「ねぇ、ダーリン。今キャルちゃんの声が……あっ!やっぱり来てたんだ!」


 開いたままの入り口からラフが入って来た。

 ラフの姿を見たキャルたちが……


「あっ!ラフおねえちゃん!おねえちゃんにもあいたかったよぉ~」

『うん。ラフおねえちゃん、だいすきっ!』

「おねえちゃん」

「……」


 俺から離れて今度はラフのもとへと子供たちは抱きついていった。


 ラフには子供たちが大変なついている。ラフは面倒見めんどうみが良くてこの子たちの面倒をいつもよく見てくれている。一緒に過ごす時間も長かったので、当然と言えば当然なんだろうけど、彼女の優しく思いやりのある性格によるところも多々たたあるだろうとは思う。


 ラフは満面まんめんに笑みをたたえて子供らをむかえる。その姿は聖母がごとくである。


「あ~あ、寝る前にあなたをからかおうと思ったんだけど……もう寝るね。

 じゃぁね、おやすみ、シン。みなさん、おやすみなさい」

「ははは。ラフが来てくれて助かったな。おやすみ、ユリコ」


「ゆうしゃさま、おやすみなのぉ~」

『おやすみなさい、ゆうしゃさま』

「「おやすみなさーい」」


「おやすみなさい。ユリコさん」

「おやすみなさい」


 ユリコはにっこりと笑い、部屋から出て行った。


 その後、俺はキャル、シャル、シェルリィ、ラティ……そしてなぜか、さゆりにラフも……彼女たちと一緒に寝ることになったのだった。


 寝相ねぞうの悪い子供たちには、何度か腹や顔をられたりしたが……その夜は久々ひさびさにぐっすりと眠れたような気がする。


 子供がいるのって……なんかいいよなぁ……。



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