第0050話 変心

「いい感じね。その調子よ。神術はイメージが大切なの。しっかりとイメージすることができれば強力な攻撃神術を放てるわよ」


 俺たち3人がテントから飛び出すと、そこではシェリーがヴォリルとミョリム、ラヴィッスに対して攻撃神術の練習をさせていた。


「あっ!ダーリン!煩かったでしょうか?すみません」

「アキュラスの襲撃かとも思ったのだが……大丈夫。問題ないぜ。ありがとうな。ヴォリルたち新ハニーたちに神術の練習をさせてくれていたんだな?」


「はい。この先へと進む前にちゃんと練習をしてもらっておいた方がいいかと思いまして……。事前にダーリンにはお知らせしておこうと思いましたが、お取り込み中のようでしたので、声が掛けづらくて……」

「そうだったのか。でも、さすがはシェリーだな。俺がしようと思っていたことをちゃんと分かってくれている。いつもありがとうな。ホント頼りにしているぜ。

 そうだ!まだ夕食には早いし、お前さんが指導してくれるのなら、折角だから、夕食までの間、例の砂漠地帯でみんなには練習をしてもらおうかな?どうだ?」


「はい。みんなで練習した方が、攻撃陣形の練習もできますから好都合です。是非そうしましょう」

「よし!そうと決まったら、神殿で待っていてくれているハニーたちも全員連れて行って、神術の練習後はみんなで食事をすることにしようか!?」

「それはいいですね!楽しそうです!是非そうしましょう!」


「というわけで、ユリコ、マルルカ。夕食は砂漠地帯で、今、ここにはいない俺の嫁たちも入れて、みんなで食べようと思うんだけど参加してくれるか?」

「ええ。その方がいいわね。こんなダンジョンの中では、食事しててもなんか落ち着かないものね」

「私も賛成です」

「しかし……シン。あなたには一体何人の奥さんがいらっしゃるの?」

「ん~っと?自称嫁の2人の幼女たちも含めて……えーと、今回新たに3人が嫁になってくれたから……35人かな?ん?多分それくらいだ。ははは」

「ああ……そ、そんなにいらっしゃるのね?す、すごいわねぇ」


 ユリコもマルルカもドン引き状態だ。


「あなたに見つめられるだけで妊娠させられそうで、なんか怖いわね?」

「ユリコ!俺のことを一体何だと思っているんだ!?」

「性邪神といったところかしらね?あなた……妙な神術を使ってない?女性たちを精神支配しているんじゃないの?なんか……嫌だわぁ~」


 確かに俺にはパッシブスキル"魅了"があって常時発動しているが、しかし、酷い言われ方だよなぁ……。

 ん?だが、ユリコに言われたってのに、全然ショックじゃないぞ?

 むしろ腹立たしささえ覚えるな……。


「そ、そうです。シンさんはひょっとしてジゴロなんですか?けがらわしい!」

「じ、ジゴロっ!?穢らわしい!?マルルカ!お前さんはホント失礼な人だなっ!お前さんは本当に聖女なのか? この俺が、女性にたかって生きているようにでも見えるってぇのか!?さっきから聞いてりゃぁ俺のことを邪神だのジゴロだの……もしかして、俺に喧嘩を売ってる?」

「そ、そんなつもりはないですよぉ。ただ……私もユリコさんと一緒で、な~んか嫌です」


「ちょっと!ダーリンに失礼よ!」

「そうです!たとえ勇者様であろうが聖女様であろうが許しません!」

「そうですよ。あなたたちに一体何が分かるっていうの?」


 ラヴィッス、ミョリム、ヴォリルが抗議する。

 シェリーも眉を上げ唇を真一文字に結び、ユリコたちを睨んでいる。


「ハニーたち。俺のために怒ってくれてありがとうな。溜飲が下がったぜ。

 他人がどう思おうが、どう言おうが、俺は気にしねぇことにするよ。誰がなんと言おうが、俺たちがお互いに心の底から深く愛し合っていることは紛れもねぇ事実だし、気分は悪ぃが他人からどうこう言われたからって俺たちの愛が揺らぐことは絶対にねぇからな。腹を立てるだけアホらしいぜ。な?」

「「「「はいっ!」」」」


 人の口に戸は立てられぬ……相手にするだけ時間の無駄だ。 言いたいヤツには言わせておけばいい……。


 ハニーたちは頬を染める。表情も柔らかくなった。

 そうだよ、ハニーたち。怒った顔も美しかったが、やっぱり、お前さんたちには怒った顔は似合わないぜ!


 そんな俺たちの様子を見て、ユリコも、そして、マルルカも二の句が継げない。


「よし!それじゃぁ、シェリーたち!みんなに知らせてきてくれ!」

「「「「はいっ!」」」」


「…………変わっちゃったんだね……ごにょごにょ……」

「ん?ユリコ?なんか言ったか?」

「い、いえ!……ベ、別にっ!」



 ◇◇◇◇◇◇◇



「さてみんな。準備はいいか?」

「はい。あのう……そのテントは置いていくんですか?」

「ノアハ。気になるか?これはな、んーと。『アキュラスホイホイ』とでも言っておくかな。アキュラスのクソ野郎を捕まえるためのワナだ」


「あきゅらすほいほい?」

「ああ! シン、それ、日本にあったGを捕まえるヤツみたいなものなの?」

「ははは。そうだ。ユリコ、その通りだ。このテントの床には強烈な重力場を生み出すように仕掛けがしてある。一歩このテントの中に入ったら、床にへばりついて離れられなくなる。スーパーサ○ヤ人クラスじゃねぇと脱出は不可能だ」


「スーパー○イヤ人?」

「あ。そうだよな、分からねぇよな。ラフ、それは忘れてくれ。俺とユリコにしか多分、分からねぇ話だ」

「ふ~ん……そうなのぉ……分かるのは二人だけなの……ふ~ん……」


 なんかもやもやしているって表情をしているな?


「今度詳しく教えてやるからな」

「うん!」


 よ、よし。ラフの表情がよくなったぞ。


「それでアキュラスを捕まえるんですか?」

「そうだ。多分チキン野郎のヤツのことだ。この先の階層へは進めず、戻ってくるだろうからな。ここにポツンとテントをひとつ置いておくと『何だろう?』と必ず中を覗くに決まっている。そうした時がヤツにとっては運の尽き…というわけだ。

 お前さんを襲ったことや、俺のかわいいハニーたちを奴隷にした報いを受けさせねぇといけねぇからな。これで捕まえられなくても、いつか絶対に、必ず捕まえてみせるぜっ!」


「なるほど。でも、そんな強い重力場の中じゃすぐに死んじゃわない?」

「ふふふ。さすがはユリコだな。大丈夫。ヤツが床にへばりついた瞬間にテントの下に用意してある檻の中へと落ちる仕掛けになっている。もちろんすぐに重力場は普通に戻るから、ヤツが重力場で潰されることはねぇはずだ。

 まぁ、たとえ死んでも蘇生できるから問題ないしな。ははは」


「でもそんなにうまく捕まえられるかしらね?」

「大丈夫だろう。あいつ頭悪そうだからなぁ。ははは。あっ!そうだ!餌として、ユリコとマルルカにそっくりのゴーレムを作ってテントの中に置いておくか」


「しかし……何でもアリね?シン、あなたは蘇生までできるのね?」

「俺はこの世界の神だからな。じゃ、邪神じゃねぇぞ!マルルカっ!」


 マルルカが口を開きかけたので、すかさず言ってやったぜ!

 マルルカは『じゃ……』と言ったきり口を閉じた。



 一応このボス部屋とその周辺には監視用にミニヨンを100体ほど配置しておくことにする。すべて亜空間内に潜伏させる。


「それでは、まずは神都へみんなを迎えに行ってから砂漠地帯へ行くことにする。みんな俺の側に寄ってくれ」


 シェリーが俺の正面から、ウェルリが背中から俺に抱きつき、ラフが俺の右腕に自分の左腕を絡ませた。俺の左腕を巡ってザシャアとジーで奪い合いが行われたのだが、最後はジーが勝って右腕を絡ませてきた。

 他の者たちは呆気にとられている。


「いや、あのう……お前さんたち。俺に抱きつかなくても近くに来てくれるだけでいいんだがなぁ」

「だ、大丈夫です。さ、参りましょう!」


 そう言って、シェリーが顔を赤らめながら俺に転移を促した。


「それじゃぁ神都へと転移する!ユリコ、マルルカ。一瞬で移動するが驚くな!」

「うふふ。転移するのは初めてだから、楽しみだわ。ね?マルルカ?」

「わ、私は、ちょ、ちょっと怖いですぅ」


「転送!」



 ◇◇◇◇◇◇◆



 神都で待っているハニーたちには、予め念話で、マンション1階ホールで待っているようにと伝えてある。


「わーい!だ~りん!おかえりなさいなのぉ!」

『おかえりなさーい!』

「「「おかえりなさーい!」」」


 キャル、シャル、シェルリィ、ローラ、ラティが俺のもとへと走ってきた。

 そして、俺に抱きついていたハニーたちを押しのけて子供たちは俺に抱きつき、スリスリしている。


「だ~りんせいぶんのぉ~きゅうしゅう、はじめぇ~!」

 "おーっ!"

 すりすりすり……


 神都を出発して、まだ一日も経っていないというのになぁ……ははは。

 天使のようにかわいい子供たち……癒やされるぅ~。

 でも、俺に抱きついていたハニーたちを押しのけるのはいただけないな。


「キャル、シャル、シェルリィ、ローラ、ラティ。ちょっといいかなぁ?

 あのね、俺に抱きついてくれるのは嬉しいよ。だけど、シェリーたちを押しのけちゃぁダメだよ。自分たちがされたら嫌でしょ?違うかい?」


「……うん。いやなのぉ。シェリーちゃん。みなさん。ごめんなさいなのぉ」

『ごめんなさいですぅ』

「「「ごめんなさーい」」」


 キャル、シャル、シェルリィ、ローラ、ラティは俺から離れて深く頭を下げた。


 うん。素直でいい子たちだな。うんうん!



「シン。あなた……ロリコンだったのね?知らなかったわ。ドン引きよ」

「ち、違うわっ!し、失礼だなぁ!ったく!さっきから妙に絡んでくるなぁ?」

「や、やや、やっぱり邪神ですぅ!」

「だから!違うって!……もう!」


『だ~りん。だあれぇ?』

「あ、シャル。この人はね、勇者だよ。勇者ユリコさんだよ。で、この人は聖女のマルルカさん」


「わぉ!ゆうしゃさまぁ?すっご~い!」

「勇者様。聖女様。初めまして。ラティです」

「初めまして。勇者ユリコよ」「マルルカです。よろしくね」


「聖女様ということは……シオン神聖国の方ですね?」

「ええ。そうよ。よろしくね」


「さすがは神官見習いだったシェルリィだね。よく分かったね」

「え~!?それじゃぁ~わるいひとたちなのぉ?」

(ぷる!ぷる!)


 キャルとシャルが震えている。シェルリィの表情も強張っている。


「んーー……、多分いい人たち……だよな?敵ではないと思うよ」

「ふう~ん」


 キャル、シャルの震えは止まり、シェルリィを含む3人の表情が和らぐ。

 ユリコとマルルカは、なにか言いたげにジト目で俺を見る。



「みんな。準備はいいかい?これからいつもの砂漠地帯へ行くからね?」

「「「「「はーいっ!じゅんびおっけぃ(なのぉ)!」」」」」


 子供たちに押しのけられたハニーたちも含め、俺のハニーたちはみんなニコニコしながら、俺と子供たちのやり取りを見ている。


「よし!それじゃぁみんな!今から転移するよ!……それでは、転送!」



 ◇◇◇◇◇◆◇



「マルルカ。お前さんにはダンジョン攻略はちょっと無理じゃねぇのか?どうだ?先へは進まず、神都エフデルファイで待っているつもりはねぇか?」

「そ、そんなわけにはいきませんよ!私は勇者のパーティーメンバーですからね!勇者様の側を離れるわけにはいきません!」



 俺と子供たち、そして、ユリコとマルルカは、運動会等で見られるような支柱と屋根だけのテントの中で、冷たい飲み物を飲みながらハニーたちの練習を見ているところだ。 俺たちはいつもの砂漠地帯、プレトザギスの練習場所に来ている。


 子供たちは飲み物を飲むのも忘れて、ハニーたちの練習風景に見入っている。



「そうか……それじゃぁ、俺の加護を受ける気はねぇか?」

「加護ですか?」


「ああ。俺の加護を受けるとな、あそこで練習しているハニーたちくらいには強くなれるぞ?どうだ?」

「ま、まさか!私に女神様信仰を捨てろと言うんですかっ!?そんなことはできません!」


「そんなこたぁ言っちゃいねぇだろっ!ったく。お前さんがどんな信仰を持とうが俺の知ったこっちゃねぇが、殺されちまうかも知れねぇ女の子を放っておけねぇんだよ!」

「あーっ!また私を子供扱いするっ!」


「はいはい……分かった分かった。女性!立派な女性だ!その女性が殺されちまうかも知れねぇんだ。放ってはおけねぇだろう?ただそれだけだ」

「結構ですわ!私には女神様、シオン様がついています。あなたの助けなんか必要ありません」


「女神を信じるのは勝手だがな、その助けてくれるはずの女神ってのがいねぇから心配しているんだよ。お前さんが死んじまうのは嫌なんだよ。頼むから加護させてくんねぇかな?」


 まぁ、死んでも蘇生できるからいいんだけど。彼女程度のステータスでは、この先何度も死ぬことになりそうだからな。加護しておいた方がいいだろう。


「し、仕方ないわね。そ、それほどまでに言うのなら。加護させてあげる」


 うわぁ~偉そうに。上から目線かよ。


「そうか。よかった。……ユリコはどうする?お前さんは攻撃面だけを見ると俺のハニーたちよりも強いんだが、攻撃に対する耐性はかなり低いようだが、どうだ?攻撃への耐性を高めてあげられるけど、俺の加護を受けるつもりはないか?」

「んー。シンの頼みだから聞いてあげよっかなぁ~?どうしようっかなぁ~?」


 うわぁ~。なんか、だんだんとユリコが面倒くさい人間に思えてきた。

 別に嫌なら加護を受けなくてもいいんだけどなぁ……。


 ああ……やっぱりハニーたちの方が絶対にいいっ!


 ずっとずっとユリコのことを思い続けてきたんだが……。この世界に来てからの彼女を見ているとその思いも冷めそうだ。……向こうもどうやら今の俺にドン引きしているようだが……こちらとしても、百年の恋も冷める思いだ。


 やはり勇者ユリコは俺が愛した橘ユリコとは別人なんだろうか?


 なんだかんだ言ってもこの子たちが酷い目に遭うのは見たくないから、安っぽいプライドは捨ててしまおう。


「ユリコ。頼むよ。お前さんたちを加護してやりてぇんだ。この通りだ」

「そ、そう……頭を下げてまで頼まれたら仕方ないわね。加護させてあげるわ」


 ああ……はいはい。心は広く……気は長く……。ふぅ~。


 神術を練習していたラフを呼び寄せて子供たちのことを任せる。


「ラフ。いつも悪ぃな。ちょっと勇者と聖女を加護してくるから、子供たちを見ていて欲しいんだ」

「分かった。うちに任せて」

「ああ。いつもありがとうな。助かるぜ、ハニー。頼む」


 ユリコ、マルルカを伴い、いつものようにこの場に設置してある、大浴場があるテントの中へと入った。この中の休憩スペースにベッドを2つ用意して、二人にはそこに寝転ぶように言ったのだが……


「な、何するつもり!?わ、私たちにも手を出そうっていうの?変態!鬼畜!」

「か、加護って、そ、そ、そういう事をする事だったんですか!?やはりあなたは邪神よ!加護は必要ないわ!だれがあなたの嫁になるもんですかっ!」


「いや。だから落ち着けって!」


 心は広く、気は長く……。


 まずは加護のことについて、しっかりと丁寧に説明した。

 説明を聞いて、ベッドに横になることの必要性について理解したにも拘わらず、彼女たちからは勘違いして俺をののしったことへの謝罪は一切なかった。



 ユリコのSTRは70で、ハニーたちよりも大きかったので変更せず、その他の加護についてはハニーたちと同じにしておくことにした。

 マルルカはハニーたちと同じ加護をする。彼女は神術ではなくて、その劣化版の魔法しか使えなかったのだが、これで彼女も神術使いとなるわけだ。

 もう彼女は魔力欠乏症になることはない。


 なお、彼女たちには一応、保険をかけておいた。

 それは、もしも俺やハニーたちに危害を加えようとしたら、その瞬間にすべての能力を失い、ただの平均的な女性になるというものだ。


 この能力のまま二人が敵に回ることになったとしたら、少なくともハニーたちにとっては脅威となり得るからだ。


「リブート!」

「「はっ!?」」


 二人は一瞬意識が飛んだことに驚きを隠せないでいる。


「はい。これでお前さんたちの加護は有効になった」

「そう。じゃぁ、あなたのハニーさんたちの練習に私たちも参加してもいい?」

「ああそうだな。練習した方がいいな。特にマルルカは攻撃神術を使うのは初めてだろうからなぁ」

「え?私、攻撃もできるようになったんですか!?」

「ああ、そうだよ……って、マルルカ!お前さんさっき俺が説明したことを聞いてなかったのか?」

「てへっ!」


 マルルカはテへっ!と笑ってペロっ!と舌を出す。てへぺろだよ!


 ユリコとマルルカは嬉しそうにハニーたちの練習へと参加しに行った。

 俺は彼女たちと共に大浴場用テントから出て、再びハニーたちの練習が見られるテントへと移動する……


「ラフ。ありがとうな、助かったよ。キャルたちは俺が見ているから、お前さんも練習に参加してくれ」

「うち……このままここで見てちゃダメかな?」

「ああ、いいぜ、そうしたいんならそれでもな。お前さんぐらいの実力があれば、改めて練習をする必要もねぇだろうしな。お?グラスが空じゃねぇか?おかわりはどうだ?」

「うん。それじゃぁ、緑茶がいいな」

「わかった。……はい、どうぞ」

「ありがとう。うふふ。……美味しい!ダーリンと一緒だから特に美味しい!」


 ピロリロリンッ!

 ん?なんだ?……ああ、ミニヨンからか。


 ミニヨンの1体からメッセージが届いた。どうやら、アキュラスがワナに引っかかったようだ。送られてきた映像には、アキュラスが間抜けな顔をしてうろたえている姿が映っていた。泣きべそをかいているかのように見える。


 俺が思った通り、先へは進めず、ボス部屋に戻ってきたんだな。

 まあ、あの野郎の能力では、あの檻から逃れることは不可能だろうからな。飯が終わるまで放っておくとするか。ミニヨンも監視しているし……大丈夫だろう。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「ねぇ、ダーリン。あの勇者ユリコって、橘ユリコさんだったの?」


 こう尋ねてきたのはさゆりだった。オークドゥと食堂で飲み物を飲みながら話をしているところへやって来たのだ。

 練習が終わって、女性たちは全員が一緒に風呂に入って行ったのだが、さゆりはどうも早早に風呂から出てきたようだ。


 どうやら、さゆりは勇者ユリコが橘ユリコだったのか気になっているようだ。

 オークドゥは気を利かせて、見回りに行くといって出ていった。



「いや。本人は否定している……だが、どうも俺には彼女が橘ユリコのような気がするんだよなぁ。さゆりはどう思った……って、お前さんには分からねぇよな」


「うん、分からない。だって会ったことないもの。でも、ダーリン、大好きだったダーリンに聞かれても、橘ユリコさんだってことを認めないんなら……ダーリン、嫌われちゃったんじゃないの?」

「ははは。そうかもな」


「あれ?もっと凹むかと思ったのに。残念。どうして?」

「いや。なんかなぁ……気持ちが冷めちまったんだろうかなぁ……俺自身にもよく分からねぇんだが、心が動かねぇというかなんというか……」


「心の底から愛していたんじゃないの?」

「ああ。そうだとも。恋しくて恋しくてしようがなかったはずなんだがなぁ。よく分からなくなっちまったよ」


「この世界に来て変わっちゃったのかな?二人とも?」

「かも知んねぇな。それに、ユリコが亡くなってからも、俺だけがユリコがいない世界……日本で数十年生きちまったからなぁ。その間の経験が俺を変えちまったのかもしれん」


「なるほどね……。そうかもね。亡くなった人については、いい思い出ばっかりが残るし、しかも、それは美化されるからね。長い時間が本物とは異なるイメージを作り上げてしまったのかも知れないね。実際に本物と再会してみてこんなはずじゃなかったということになっちゃったのかもね?」

「俺が会いたかった最愛の人、橘ユリコというのは、俺が創り出した幻想だったんだろうかなぁ……」


「それとも、私たちのような素晴らしい女性と出会って、恋をいっぱいしたから、ダーリンの価値観が変化したのかもよぉ~?うふふ」


 さゆりがいたずらっぽく言った。


「ははは。でも確かにそれもあるかも知れねぇな。俺はお前さんたちに心の底から惚れちまっているからなぁ。そんじょそこらの女性には心が動かねぇのも事実だ。

 その辺の女性では物足りねぇと感じるようになっちまっているのも事実なんだ。

 なんせ、お前さんたちハニーは、みんなすげぇ~美人な上に心根がすごく優しく綺麗な女性たちばかりだからなぁ。

 一緒にいると心が休まるし、もうお前さんたちからは絶対に離れられねぇぜ!

 ははは」

「うふふ。そうなの」


 さゆりは、なんとなくこそばゆそうに、そして、嬉しそうに笑う。


 冗談のように受け答えしたが……本当のところもそうなのかも知れない。

 美しく心優しいハニーたちが、俺の心を変えたのかも知れない。まだこの世界に来てから10日ほどしか経ってないというのに……。


 俺が変わっちまったのは確かだ。間違いない。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 夕食の団欒は、これまでの中で一番と言ってもいいくらいにとても楽しかった。


 ユリコからの要望で出した寿司も大好評だった。ラーメンの方も好評だった。

 どちらも子供たちが特に喜んでいた。満面に笑みを浮かべながら『おいしい』と何度も繰り返しながら本当に美味しそうに食べていたのが印象的だ。

 その光景を見ているだけで心が癒やされるような気がした……。


 今回も後ろ髪を引かれる思いで会食の終了を告げた。

 後片付けの後、ダンジョン攻略組以外を神都へと送り届けてから、ダンジョンの第4階層ボス部屋へと、攻略組の者たちと共に戻ってきたのだが……アキュラスのことをすっかりと忘れていた!


 今夜は団欒を終えたこの楽しい気分のまま眠りにつきたい。

 だから、アキュラスの処分は明日にしようと思っている。


 本当はゲス野郎の顔なんぞ見たくもなかったのだが、寝る前に取り敢えず一度、檻の中を見てみようと思って、アキュラスが入っているはずである檻のところまでやって来たのだが……檻の中を見て驚いてしまった!


 な、なんじゃこりゃぁっ!なんでこうなっちまったんだっ!?


 すぐに俺は、野営用テントの周りにシールドを展開する!油断できない!

 目の前の光景を見て、色々な可能性が頭を巡る……。


 檻の中にクソ野郎の姿を探したのだが、アキュラスはいなかったのだ!

 いや、いなかったと言うと語弊がある。いるにはいたのだが……そう、そこでは全く想像もしていなかったことが起こっていたのだった!


 マップ画面を表示させて周辺を索敵する!

 やはりそうだ!シールドを展開して正解だった!俺たちの周りは魔物に囲まれてしまっていたのだ!


 危ねぇ~もうちょっとシールド展開が遅れていたら大変なことになっていたぜ!

 さてと……コイツらをどう料理するか? あーあ、面倒くせぇなぁ!



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