第0048話 招喚されし魔物
「あの時死んだんじゃなかったのかっ!弟よ!ぶ、無事で良かったっ!」
「…………」
見れば、オークドゥが弟と呼ぶそのオークも、オークとは思えない均整の取れた見事な身体をしている。そして、オークドゥと同じぐらいのイケメンだ。
『オークドゥの弟だって?なるほど、そういえばロイヤル・オークに進化する前のオークドゥにそっくりだなぁ』
オークドゥが呼びかけている相手は何も言わない。……目はうつろだ。
まぁ、こんなところにいるくらいだからなぁ……ダンジョンマスターに精神支配されてしまっているんだろうなぁ。
オークドゥの弟となると、いきなりぶっ殺すわけにもいかないよなぁ。はてさてどうしたものかなぁ……。
ハニーたちは俺からの攻撃命令が出るのを、今か今かと待ち構えている。
さっきから、何度も何度も俺の顔を見ながら『まだか?まだか?』というような視線を送ってきているのだ。
オークドゥの弟たちが見ているのは、ヤツの目の前にいる俺でもオークドゥでもない。ハニーたちだ。だからハニーたちは危機感を抱いているのだろう。
「オークドゥ。お前さんの弟はダンジョンマスターの精神支配下にあるようだぞ。
お前さんがロイヤル・オークに進化しちまった上に、今は肌の色まで変えているから分からねぇかと一瞬思ったが、どうやらそうじゃねぇみたいだ」
あ、そうだ!俺としたことがなんたることか!間抜けだ!……オークドゥの弟のステータスを見れば精神支配されているかどうかは一発で分かるじゃないかっ!?
……やはりそうだ。精神支配されている。これじゃぁ話が通じるわけがない。
「オークドゥよ。やはりお前さんの弟は精神支配されているぞ。話しても無駄だ。どうする?」
俺たちが悠長に構えていられるのは、シールドを展開しているからだ。
ものすごい数のオークの群れに囲まれてしまっているのだが、たとえ全オークが一斉に襲いかかって来ようが、このシールドはびくともしない。
まぁ、でも万が一に備えて、ミニヨンを2000体ほど出しておこうかな。
ミニヨンを2000体起動してシールドの向こう側へと転送しておく。
この階層の天井もかなり高い。高さは200m以上ありそうだ。
ミニヨンたちは、オークたちの上空100mほどの位置に浮きながら、俺からの命令を待っている。
「エルガラズガット村を襲撃した際に弟は死んだものだと思っていました。だから覚悟はできています。話が通じない以上、もうどうすることもできません。彼等を殲滅しましょう」
エルフ族の村、エルガラズガットをオークドゥたちが襲った際に、オークドゥの弟は後詰めをしていたらしい。
そして、戦いが終わったときにはオークドゥ以外の生き残りはいなかったため、弟も戦死したものだとばかり思っていたとのことだった。
「あのなぁ……死んだと思っていた弟が生きていたんだぜ!?それをまたぶっ殺すなんて寝覚めが悪ぃことをするのは俺はごめんだぜっ!なんとか助けてやろうじゃねぇか?」
「ですが、弟の軍がここにすべているとしたら少なくとも1500体はいることになります。しかも、精神支配されていて、お后様方を襲おうとしているんですよ?ダンジョンの中では、さすがに上様でも、彼等の精神支配を解くのは難しいのではないでしょうか?」
確かにそうだ。オークドゥの言う通りだ。
精神支配を解除することはできる。だが、ダンジョンの中では、またすぐに精神支配されてしまう。精神支配耐性をセットしようとしても、この中ではうまくできない。変更したプロパティ値を確定する前にすぐ元に戻されてしまうのだ。いたちごっこになってしまう。
だがな……ならばダンジョンから連れ出してやればいいだけの話だ。だろ?
「ああ。オークドゥ。お前さんの言う通りだ。ただしダンジョンの中なら…だ!」
「では……こ、攻撃……攻撃しましょう!」
「待てって!慌てるな!ダンジョンの中じゃなければ精神支配を解いて、精神支配耐性を持たせてやるこたぁ~わけねぇってのは分かるよな?この中でやろうとするからだめってだけの話だろ?なら簡単だ。こっから連れ出せばいいんだよ。まぁ、俺に任せろ!いいな?」
「……は……はい」
「ミニヨンたち!フェイザー銃を準備しろっ!ターゲットは最寄りのオークだっ!出力は麻痺に……レベル1にセットしておけ!準備ができたらそのまま待機!」
ミニヨンが攻撃態勢に入ったのを察知してか、オークたちが一斉に襲いかかってくる!
「あはははは。なんだあれ!?」
シールドの向こうでオークたちは、為す術もなくただジタバタしているだけだ。 滑稽だ!それで思わず笑ってしまったのだった。
俺の笑い声にハニーたちからは先ほどまでの険しい表情が消える。俺につられて微笑んでいる。
「ミニヨンたち!この階層にいるオークたちすべてを早急に麻痺させろ!」
俺が命令した直後にミニヨンたちは高度を下げ、オークたちにフェイザー光線を的確に当てていく。そして、フェイザー光線が当たったオークたちは一瞬で意識を刈り取られて、その場に糸が切れた操り人形のように崩れ落ちていく……。
すべてのオークの意識が刈り取られるまでにそれほど時間はかからなかった。
さぁ~てと。オークたちとみんなを連れて、砂漠地帯へと転移するかな。
「みんな!今からオークたちを連れて、全員で砂漠地帯へと転移するからな。心の準備をしてくれ!」
"はいっ!"
「よしっ!それじゃぁ行くぞ!……転送!」
◇◇◇◇◇◇◇
砂漠地帯……いつも攻撃神術の練習を行う場所に、オークたちを連れて、全員で転移して来た。
転移後ただちに、意識を失っているオークたち全員をターゲットに指定し、精神支配を解除し、加えて、精神支配耐性を持たせてやった。
これで再度ダンジョンマスターによってダンジョンに招喚されても、ダンジョンマスターの言うなりにはならないはずだ。
ただし、ダンジョンマスターによる招喚要請を拒否させることは不可能である。
転移も転送も、そして、異世界からの招喚を除く、この世界内での魔物招喚も、その根本原理は全く同じである。 "転移・転送"と"招喚"、その本質は共に対象を空間ジャンプさせることであるのだが、それらには大きな違いがある。
その違いを理解するためには、まず、魔物と通常の生物との違いについて知っておいた方がいいだろう……。
最も大きな違いは、魔物には魂がないということだ。その代わりに魂の簡易版としての魔石が体内に埋め込まれており、魂の履歴に相当する"履歴"もその中に記録されることになっている。
魔物以外の生命体は基本的に"魂"を持ち、その魂は虚数空間内に存在している。
一方、魔物の魂にあたる"魔石"は、虚数空間内ではなく、この実空間内、しかも魔物の体内に存在するのである。魔物の方がその構造自体がシンプルなのだ。
この事を踏まえて、"転移・転送"と"招喚"との違いを見てみると、転送・転移は虚数空間内の魂までもが処理対象となるのに対して、招喚の方は、この実空間内の存在である魔物とそのコアの魔石、そして"その時魔物が身に付けている物だけ"が処理対象にできるという点で大きな違いがあるのだ。
また、招喚神術・魔法については招喚する魔物の種族は指定できるが招喚時点で特定の個体を指定して呼び寄せることは不可能である。
招喚神術・魔法を実行する場合は、管理システムの簡易演算機能のみを間接的に利用しているだけなので招喚対象指定のような高度な演算処理は行えず、必然的にアバウトになってしまうからだ。
そして、招喚神術・魔法には制限が加えられており、招喚神術・魔法で呼び寄せられるのは、上でも述べたように魔物とその魔石、招喚時に魔物が身に付けていた物のみであり、この世界におけるその他の"物"は一切、持ってくることができないように決められているのだ。
そういった制限があるため、管理者権限を持たずとも招喚能力さえあれば魔物を呼び寄せることを……即ち、"魔物の招喚"行為をこの世界の管理システムは許しているのである。
個々の招喚処理は管理システムの完全なる制御下にはないため、個々の招喚行為自体に干渉することは、たとえ神である俺でも不可能である。招喚能力を持つ者のプロパティを修正して招喚能力を使用できなくする以外に、招喚能力を持っている者に招喚を禁止させることは基本的にはできない。
オークドゥの弟たちはまだ意識を失っている。
フェイザー銃による麻痺の威力は思っていた以上に強力なようだな。
そんなことを考えていると、オークドゥの弟が目を覚ました。
「ぐ……ぐぐぐ……んぐっ」
「おい!弟よ!しっかりしろっ!」
「うぬ?……うがあっ!死ねっ!」
目覚めた弟がオークドゥに襲いかかったっ!?
「な、何をするっ!?俺だ!お前の兄だ!分からないのかっ!?」
「だまれっ!痴れ者がぁっ!俺の兄者はお前みたいな人間じゃねぇ!れっきとしたオークだ!誇り高きオークの王だ!ふざけたことを言いやがってっ!ぶっ殺す!」
「落ち着け!落ち着くんだ!私はわけがあって今はこの格好しているだけだっ!」
しようがないので、オークドゥの肌の色を元に戻してやった。
「な、なにっ!?お、お前もオークなのか!?確かに兄者に似てはいるが違うっ!お前は別人だっ!」
「話をよく聞け愚か者っ!私は神様によって名前を与えられ、ロイヤル・オークに進化したのだ!今は『オークドゥ』という!私の顔をよく見て見ろ!どうだ!?」
「ん!…………あ、兄者?……兄者なのか!?本当に兄者なんだな!?」
「ああ。そうだとも!やっと分かったか!?」
砂の上に寝かされていた1500匹近いオークたちが次々に目を覚まし出す。
ここはどこだとでも言わんばかりにあたりをキョロキョロと見回している。
俺とハニーたちは、オークドゥたちの様子を屋根と支柱だけがあるテントの中で冷たい飲み物を飲みながら見ている。
もちろん、テントの周りには防御シールドが展開されている。
オークたちが俺とハニーたちに気付いた!?
うおおおおーーーーっ!女だ!女がいるぞ-ーっ!行け-ーっ!
オークたちが一斉に俺たちに向かって走り寄ってくる!?
本来なら俺たちに危害を加えられないようになっているんだが、寝覚めのボーッとした頭だからなのだろうか、俺、いやハニーたちを目がけて襲おうとしている。
「待てっ!お前たち!止まれーーっ!止まるんだーーっ!」
「おいっ!てめぇらっ!止まれーーっ!止まれ-ーっ!」
オークどもは目の色を変えて襲ってきている。止まる様子はない!?
ハニーたちはシールドの中にいて、俺の側にいるから安全だと分かっていても、身体に力が入っているようだ。表情がだんだんと険しくなっていく……。
ズッゥワシャッ!………………ブシューーーーッ!!
先頭を切って俺たちの方へ走り寄って来ようとしている若いオークが、今まさにオークドゥの横を通り過ぎようとした時であるっ! オークドゥのロングソードがそのオークに向かって水平に振るわれたのだ!
若いオークは一瞬で上下に両断される!……そして、ほんのちょっとの間の後、両断されたオークの身体の両方から血が吹き出した!
その様子を見て、他のオークたちが足を止めて驚愕の表情を浮かべる!?
「止まれ!止まれと言っているだろうがっ!バカ者どもがっ!王である私の命令が聞けぬのかっ!」
「お、お前は俺たちが知っている王じゃない!お前の言うことなんか聞けるか!」
「無礼者がっ!私はお前たちの王だ!見て分からんのか!?バカ者がっ!」
そういうとオークドゥは『王じゃない』と言った若いオークを一刀のもとに斬り捨てたっ!
おいおい……容赦ねぇなぁ、ったく……。
オークドゥ。お前さんは進化して変わっちまっているんだぜ?見て分からんのかと言われてもなぁ……多分、見ただけじゃ分からんと思うぜ?
ほらぁ若い衆も困っているじゃないか?
「オークドゥよ。そりゃぁ無理ってもんだぜ?お前さんは名をもらってロイヤル・オークへと進化したんだ。見た目もかなり変わっちまったからなぁ。多分見ただけじゃお前さんとは分からねぇと俺は思うぜ?」
「皆の者っ!ひかえーーいっ!こちらに御座す方は、恐れ多くもこの世界の神様であらせられるぞ!皆の者っ!頭が高ーーいっ!ひかえーいっ!控えおろうっ!」
ああ……面倒くさいなぁ……。
念のために眉間の印を『ビカーーッ!』と輝かせる。
"はっははあーーーっ!"
オークドゥの弟も含めて、すべてのオークたちが一斉に跪いた!
「ああ、皆の者、よい。楽にして良いぞ!
そこにいるのは見た目は変わっちまっているだろうが、間違いなく、お前たちの王だぞ!この俺が保証してやる。今はオークドゥという名前持ちだ!
俺が名を授けたことで、コイツはロイヤル・オークに進化したからな。見た目が変わっちまったというわけだ。どうだ?理解できたか?」
何匹かの頭の上にはクエスチョンマークでも浮かんでいるんじゃないかと思えるような、理解不能といった表情を浮かべているのだが、ほとんどのオークたちは、俺の言うことを理解したようだ。
「皆の者!よーく聞けっ!上様からの、そして、私からの厳命だ!いいかっ!これからは女性を襲うことは厳禁だっ!私たちオークは他種族の女性たちを暴力で犯すことをやめにするっ!他種族と友好関係を築くべく努力することにしたっ!」
ざわざわざわ…………
「いいかっ!これは至上命令だっ!この命令を破った者には一切容赦はしないぞ!例外なく処刑するからそのつもりで、しっかりと肝に銘じておけっ!」
"ははあぁーーーっ!"
「オークドゥよ。取り敢えずお前さんたちを集落まで送ってやろうと思うが、どうする?お前さんはそのままコイツらと一緒に集落に残るか?」
「いえ。私は上様のお供を続けます。そうさせて下さい」
「分かった。だが、一旦コイツらと一緒に集落へ行ってこいよ。そして、他種族の女性たちを凌辱してはいけないことを徹底してこい。どうもまだ納得してねぇ顔をしているヤツらがいるようだからな。頼むぞ」
「はい。それでは、仰る通りにします。一通り話が終わりましたら、念話でご連絡しますので、その時は上様のもとへと転送していただけますか?」
「ああ。そうしよう」
オークドゥたちを彼等の集落へと転送してやった。
ハニーたちと暫く砂漠地帯での~んびりとお茶をしながら過ごしてから、転移でダンジョンの第3階層入り口へと戻ってきたのだが……
「おい!オークドゥ!なんでお前がここにいる!?」
「それが、集落に戻ってすぐに上様からのご命令通りにしたんですが、禁止事項の徹底が終わって、上様に転送を頼もうかと思った瞬間、他の者たちと共にここへと転送されてしまったのです。招喚されたと言うべきかも知れませんが……」
「げへへっ!女だぁ!うおぉぉぉぉっ!」
「きゃぁっ!」
一匹のオークが俺の横にいたソニアルフェへと襲いかかるっ!俺やハニーたちを襲えないはずなのにだっ!?
精神支配耐性が機能していないのか?それとも単純に欲望に目がくらんだのか?
ぺちっ!ぐあはっ!……ズダンッ!ズザザザザーッ!
手加減はしてやった。俺はオークにいつものデコピンを喰らわせてやったのだ。
デコピンを喰らったオークは、海老反り体勢となりながら空中を飛んで行くと、頭から地面に激突してそのまま地面を削りながら滑って行った。
今、そいつは白目を剥いて気を失っている。
人間なら頭が吹っ飛ぶくらいの力でデコピンを放ったのだが、さすがオークだ。強制的にバック転をさせられるようなこともなく、海老反り程度で済んでいるし、頭が吹っ飛ぶこともなかった。
「う、上様!た、大変申し訳ございません!」
「俺の側近が大変申し訳ありません。あの野郎!兄者の顔に泥を塗りやがって!」
「あの男は私が言ったことを全く理解していなかったようだな?しかも、よりにもよって上様のお后様を……。あの者の命を以て償わせるほかないぞ、弟よ」
「しかし兄者。ヤツは根は悪ぃヤツじゃないんだよ。多分魔が差したんだ。どうか勘弁してやってはくれないだろうか?……上様!俺からもお詫びします。ですからどうかあいつのことはお許しいただけないでしょうか。この通りお願いします」
オークドゥの弟が土下座をする。
「まぁ……今回だけは大目に見てやっても……」
「上様、それはだめです!たとえ上様がお許しになっても私は絶対に許すわけにはいきません!
弟よ。私もあの男が有能なのは知っている。
そして、こんなことを為出かすようなヤツではないこともな。
だがなぁ、上様の尊きお后様を凌辱しようとしたからには、絶対に許すわけにはいかぬのだ!側近だからって大目に見ては他の者への示しがつかぬ!
弟よ、お前が成敗できぬとあらば私が代わりにそれをする!そこをどけ!」
オークドゥの弟の遥か後ろの方で気を失っているオークの所へと、オークドゥが向かっていく。
「うぐ……ううう……」
俺にデコピンを喰らわされたオークが目を覚ます。
「おい。"川の流れを読む男"よ!」
なんだ?名前が無い代わりに二つ名のような呼び名があるのか?
素直に名前をつける方が簡単じゃねぇのか?
「わ、我が君。た、大変申し訳ございません。あれほど厳しく言われておりましたのに、美しい女性を見てつい……我を忘れてしまいました。も、もう二度と致しませんので、ど、どうかお許しを」
「ならぬな。こともあろうに上様のお后様への暴挙。決して許すわけにはいかぬ。お前の命をもって償うほかない」
オークドゥの弟が駆け寄り、二人の間に割って入る。
「兄者。ど、どうか許してやってくれ!頼む!……上様!どうかお慈悲を!」
「まぁ、しょうがねぇなぁ、今回だけは大目に……」
「だめだ!だめだ!絶対にダメだ!そこに直れ!私自らが成敗してくれる!」
また、オークドゥに言葉を遮られてしまった。普段は決してこんなまねはしないオークドゥのことだ……何かよっぽどの考えがあるのだろう。
あれ?オークドゥの目からは涙が溢れているぞ?つらい決断なんだろうな。
「あ、兄者……わ、分かったよ。俺の側近の始末は俺がつける。兄者の剣を貸してくれ」
オークドゥの弟も泣いている。
「我が友であり、最も頼りになる側近である"川の流れを読む男"よ。お前を処断しなければ一族の者たちに示しがつかない。許せっ!」
ズシュッ!……ブシューーーーッ!!
オークドゥの弟は血の涙を流しながら側近の男の首をはねた!
首をはねられた男は驚愕の表情を浮かべながら果てた……。
ああ……泣いて
◇◇◇◇◇◇◆
「ソニアルフェ。怖かったな。大丈夫か?もう落ち着いたか?」
血迷ったオークは処断された男だけだった。
再びこのダンジョンに招喚されてきたオークたちは、皆、ダンジョンマスターの精神支配を受けていない。
精神支配耐性プロパティをプロテクトしておいて正解だったな。
オークドゥとその配下のオークたちを伴って、俺とハニーたちはこの第3階層を奥へ奥へと進んでいく……。
途中コボルトの群れやゴブリンの群れが何度となく姿を見せたが、オークたちを
見て一目散に逃げていった。
暫く進んでいくと、何やらオークの集落のような場所に行き着いた。
ううう……た、助けて……
ん?泣き声が聞こえる……女性の泣き声だ。まさか……
「おいっ!オークドゥの弟よ!お前たちは……まさかと思うが、女性を監禁してんじゃねぇだろうな?」
「も、申し訳ありません。以前の記憶が全くなく、どうだったのかが分からないのです」
「そうか……だがな、女の泣き声が聞こえねぇか?どうだ?」
ううう……助け……て……
「き、聞こえます!ど、どこにいるのか探します。探してすぐに解放します」
「ああ!急げっ!」
「はっ!」
声の主はすぐに見つかった。木で作った檻の中に女性が監禁されていたとのことだった。
女性が俺たちの目の前に連れてこられた……。
「お、お前さんは!?カミイラル・ジェイペズなのかっ!?」
神都エフデルファイの代官だった"ムケッシュ・ジェイペズ"の妻、カミイラルがオークたちに捕らわれていたのだ。そう、バーベキューパーティーで飲み物に毒を混入させて俺に魔獣の森へと放り込まれたのだが、悪運強く勇者一行に救われた、あの女である。
「ううう……だ、誰だ?私の名前をなぜ知ってい……し、シン!おのれぇーーっ!夫の敵っ!こ、殺してやるぅ!うがぁぁぁぁぁぁーっ!」
カミイラルはいきなり俺に襲いかかってきた。
囚われの身だったため、武器の類いは何も持っていない。ただ拳を振り上げて、俺に殴りかかってきたのだ!
俺はカミイラルの両手首を掴む。
「落ち着け。……体内外を完全浄化!……そして、修復!及び、衣類装着!」
見るとカミイラルは素っ裸で、致命傷ではないものの身体中に怪我をしていた。 それに、オークたちに凌辱された形跡も見られたので、浄化と修復を施して服を着せてやったのだ。
「な、なぜ私を助ける!?私はお前を夫の敵として付け狙っているんだぞ!?」
「バカ者っ!怪我をしている女性を放っておけるかってんだ!」
「な、なにっ!?」
「それよりも……かわいそうに酷ぇ目にあっちまったなぁ。つらかっただろうが、オークどもの痕跡は完全に浄化除去してやったからな。だから、もうヤツらの子を孕むことはねぇぞ。その心配はねぇから安心しろ」
「ううう……な、なぜだ。私を処刑しようとしたくせに、魔獣に食わせようとしたくせに今更なぜ助ける!?」
「一事不再理ってとこだな」
「なんなんだ、それは?」
「まぁなんていうかなぁ……お前さんは俺が科した刑罰、魔獣に食わせる刑罰から生還したんだからなぁ、もう既に毒殺事件の罪は償ったということだよ。同じ罪で二度も罰はあたえられねぇってことだ。もうお前さんは自由だよ」
「ば、バカな……」
「ははは。お前さんが俺の命を狙い続けるって言うのならそれでもいい。だがな、狙うのは俺だけにしろよ。他の者は絶対に巻き込んじゃいけねぇぞ!いいな!」
「うぐぐぐぐ……」
「とにかく……お前さんは大変つらい目に遭ったんだ。今は身体を休め、傷ついた心を癒やすことをまず第一に考えろよ。どうだい?俺たちのテントにある大浴場で
ひとっ風呂浴びて、まずは美味いもんでも食って、ゆっくりと休むってのは?」
「……」
「さあ、遠慮するな。俺は逃げたりしねぇからな。敵討ちなら後でもできる。今は身も心も癒やすことに専念しろよ。な?」
「……わ、分かったわ。と、取り敢えず……感謝する。助けてくれて……」
ハニーたちに連れられて、この集落に来てすぐに設営した野営用のテントの中にカミイラルは入っていく。
敵ではあるのだが……アキュラスに、そして、オークたちに酷い目に遭わされてしまった気の毒な女性である。食欲はまだわかないかも知れないが風呂から出たらすぐにカミイラルが食べたい料理を生成してやることにしよう。
おっとそういえば、忘れぬうちにオークドゥの肌の色を人族っぽい色に変更してやらないといけないな。
◇◇◇◇◇◆◇
「あれ?あんたたちも助けられたんだね?よかったね」
俺の後ろにいた、ミョリムとラヴィッスにカミイラルが気付いたようだ。
俺たちは今、テントの中の食堂にいる。オークドゥだけは、配下の者たちと共に外のオーク集落にいる。
風呂から上がったカミイラルには俺が提示した写真付きメニューの中から彼女が選んだ食事を提供し、俺とハニーたちはお茶とお菓子を楽しみながら彼女と一緒に食堂で寛いでいるところだ。
ハニーたちもサッパリしている。どうも彼女たちも一緒に風呂に入ったようだ。
彼女たちは本当に大浴場が気に入ったようだなぁ。
「あのアキュラスって男はホント鬼畜だね!自分と自分の女を助けるために平気でかわいがっていたあんたたちを捨て駒にしちまうんだから。ついには私まで……。あの男をぶっ殺さないと腹の虫が治まらないよ!」
「勇者たちはどうしたんだ?お前さんたちが捨て駒にされてしまうのを黙って見ていたのか?」
「勇者様と聖女様は先に行かされていました。多分アキュラスとマリーネルカは、まず勇者様たちに魔物を駆逐させて、安全になった後、悠悠と後をついて行こうと考えたんじゃないでしょうか」
「私もそう思う。だけど、勇者様たちの速いペースには追いつけなくて魔物たちに取り囲まれてしまって……それでマリーネルカに危害が及ばないように、私たちを生け贄に……」
「ヴォリルちゃんは大丈夫かなぁ?」
「あぁ、あの犬族の奴隷かい?まだ大丈夫じゃないかね。あの子がいないと食事の準備をする者がいなくなるからね。アキュラスのヤツ!料理もできない、無駄飯を食うだけのお前が先に犠牲になれって私を…私をオークどもに差し出しやがったんだから!飯炊き女のヴォリルを殺すわけにはいかねぇ。とかぬかしやがって!」
「アキュラスってヤツはホントクズだな!女性を一体なんだと思ってやがるんだ!自分は戦わずに逃げ回るだけなのか!?腐った野郎だっ!俺だったらまずお前さんたちを守って先に逃がしてやるんだがなぁ。クズ野郎確定だな!」
ここにいる全員が大きく頷いている。
「ところで、勇者たちの目的は何なんだ?なんでこんな危険なダンジョンの先へと進もうとしているんだ?」
「なんでも、教皇の側近がこのダンジョンのダンジョンマスターになるために送り込まれたらしいんだけどね。途中で転移が使えなくなってしまったらしく、帰って来られなくなったらしいんだよ。今もこのダンジョン内で行方不明だそうだ。
その女性を救出するために勇者一行が送り込まれたらしいよ」
「カミイラルさんの言った通りです。アキュラスが俺たちじゃなきゃ絶対に無理なミッションだとかなんとか言って自慢げに話していましたから」
「しかし、その側近とやらはなんでこんなダンジョンのダンジョンマスターになることを目指したんだろうなぁ?」
「ここは女性の敵ばかりだろう?ここの魔物を溢れさせて、神都エフデルファイの中央神殿を襲わせるつもりだったらしいよ。神殿神子たちを……というか、お前の嫁たちを魔物たちの餌食にするとか言っていたらしい」
シオン神聖国が考えそうなことだな。ったく。
「私は、勇者一行をボディガードとして伴って神都に戻るってことになっていて、お前を襲うつもりの彼女等を神都内に導き入れる役目だったんだけどね。
神都へ向かう途中でこのダンジョンに立ち寄ることになってしまって……。
もう、散々だよ」
「そうか。勇者一行はここで始末しねぇと神都が危険に晒されちまうなぁ」
「ああ。ここが攻略されたら、魔物を溢れさせて、その機会に乗じて神都とお前、そして、お前の后たちをめちゃくちゃにするつもりらしいからね」
「それでカミイラル。お前さんから見て勇者ユリコはどうだった?話が通じそうな人間か?」
「ああ。あれは善人だね。あの子と聖女マルルカは、真面目すぎるくらい真面目で善人だという印象だったね。よくもまぁ、あんなクソ野郎のアキュラスとその女の
魔導士マリーネルカと一緒にいられるもんだと不思議でしようがないくらいさ。
あのマリーネルカって女はくせ者だから気をつけなよ」
「カミイラル。情報、ありがとうな。だけど……お前さん、敵の俺に対していやに親切だなぁ?どうした?」
「べ、別に!助けてもらったお礼さ!それだけだ」
「ありがとうな。感謝するぜ」
「……」
カミイラルは俯いて目を閉じ、何かを考えているようだ。
「ところで、カミイラル。お前さんこれからどうする?ここにいちゃぁ危険だぜ?俺が神都へ送っていってやろうか? 悪ぃが代官屋敷はもうねぇし、使用人たちも散り散りになっちまっているから、お前さんが帰れる場所はねぇかも知んねぇが。どうする?神都には寝泊まりさせてくれるような知り合いはいるか?」
「ああ。これでも貴族の端くれだからね。それに親戚も神都には大勢いるから」
「よし。それじゃぁ食事が終わり次第、神都へと送ってやろう。それでいいか?」
「お前について行ってアキュラスがぶっ殺されるのを見ちゃダメかい?」
「連れてってやりてぇのはやまやまだが……お前さんがこの先を進むのは危険だ。まず生きて帰れないだろう。だからやはり神都に送り届けようと思う。どうだ?」
「分かったよ。そうするよ。だが必ずアキュラスのヤツを懲らしめてやってよ!」
「ああ。もちろんだ。それは約束するぜ」
食事が終わった後、カミイラルを神都の正門前へと転送で送り届けてやった。
◇◇◇◇◇◆◆
俺とハニーたち、そして、オークドゥは、第4階層へと降りてきた。
第4階層の入り口から見える範囲では石造りの地下通路のようになっている。
マップで確認すると迷路のようになっているようだ。
天井までの高さは3mほどあり、身長の高いオークドゥもかがむことなく進んでいける高さであった。
そして、通路の幅は大人6人ほどが横並びで楽に歩けるほどである。幅は10mくらいはあるだろうか?
通路の途中には、かつて冒険者であったであろう者たちの無惨な姿があった。
元冒険者たちは綺麗な真っ白な色をした骸骨となって転がっている。
そこかしこに骸骨が転がっている。そう、まるで地下墳墓の中を歩いているかのようだ。
この場所を更に不気味にしているのが音だ。風音なのだろうか『ヒューッ!』といった音が絶えることなく続いている……。
ハニーたちは皆、青い顔をして怖がっているようだ。
暫く進むと広い部屋へと出た。
その部屋の4つの壁にはそれぞれ通路へとつながった出入り口がある。
カシャン……カシャン……カシャン……
ん?遠くの方で何やら音がしている……それがだんだんと近づいて来るようだ。
不気味な音にハニーたちは震えている。
ここは広い部屋なので、部屋の中央へと移動して、念のために俺たちの周りにはシールドを展開しておく。ここで近づく音の正体を見極めるつもりだ。
この部屋の真ん中でこのまま待っていれば、音の主が勝手にやって来るだろう。
音はだんだんと大きくなってくる……音の発信源は、どうやら1つだけではないようだ。かなりの数の何かが音を立てながら近づいてくる!? 無数の同様の音が不規則に重なりあって聞こえてくるのだ。
これは……なんかとんでもないことが起こりそうだと俺の直感は告げている!
果たして……音の正体は何なのか!?
それはすぐに分かることになる……。
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