第0046話 人身御供

 なぜか女性たちだけがスライムに襲われている!?ハニーたちそれぞれが数体のスライムに飲み込まれてしまったのだ!


 スライムの一体一体は、最初は直径1mくらいの大きさの鏡餅のような形をしていたのだが、数体が連携してひとりのハニーに飛びかかると、その数体がひとつに融合しつつ、形を変えながらハニーの身体全体を包み込むように覆う!


 スライムたちは、俺とオークドゥには全く見向きもしない!俺たちは放置されている!?


 コイツら自身が言っていたように本当に女の子好きなようだな?


 ハニーたちの中には突然襲われてパニックになってしまっている者たちがいる!


『大丈夫だ!落ち着いて!……超低温化&粉砕して脱出してごらん』

「「「「超低温化!粉砕!」」」」


 俺の念話を聞いてすぐに、ザシャアとノアハ、シェリーにジーがスライムたちを凍らせて粉砕して脱出する! ……いいぞっ!

 だが、すぐにまた別のスライムどもに襲われてしまった!


 俺達の周りに氷の壁を生成し、彼女たちが脱出した後に別のスライムどもが襲いかかれないようにした。


「ハニーたち!もう大丈夫だ!スライムを倒した後に別のスライムどもに襲われることはねぇから、落ち着いて超低温化&粉砕でスライムを倒すんだ!」

 "はいっ!"


 程なくしてハニーたち全員がスライムを倒すことに成功する。

 やはり、ダンジョンではダンジョンマスターの支配下にあるからなんだろうか、本来なら俺たちを襲えないはずの魔物たちも俺たちを攻撃してくる。


 ん?俺たちを攻撃してくる?いや一切攻撃して来ないよなぁ……

 んん?攻撃を受けているのはハニーたちだけだよなぁ?女性だけをターゲットと見なしているのか?そんなダンジョンなのか、ここは?




 ハニーたちすべてをターゲット指定して浄化を施すことにしよう。


 彼女たちの髪の毛やスーツ等に凍って粉々になったスライムの残片がくっ付いていてキラキラしていたからだ。核となる魔石が粉々になっているので、溶けた後に復活することはないだろうが、ベトベトして気持ち悪くなることが予想されたので今のうちに浄化した方がいいと思ったのだ。


 スライムたちの身体は青色なので、ハニーたちが青く、キラキラと光っている。

 うーん!ハニーたちの美を強調する映像エフェクトのようだな。実に綺麗だ。

 浄化を施すことでそれらは一瞬で完全に消えてしまったのだが、ほんのちょっとだけ残念に思っている自分がそこにはいた。多分、幻想的でとても美しかったからなんだろうな……。



 スライムたちは粘液のようなものを分泌し、まず彼女たちの服を溶かそうとしたようだが、キャットスーツは当然無傷だ!


 たかがスライムごときに溶かされてたまるかっ!ってんだ!


 ハニーたちに怪我は無いようだが、念のために修復神術も施しておく。


「さぁ~てと。壁の向こうのスライムたちを一気に凍らせて粉砕するか!」


 すぐに実行に移そうかと思ったのだが、なんとなくだがそれは躊躇われた。

 なんか、その前に念のために、周りに他のヒューマノイドがいないかをマップで確認しなくてはならないような気がしたのだ。

 ここはダンジョンだから他の冒険者たちが入っている可能性もある。周りに他の冒険者がいるのに、超低温化&粉砕神術を施してしまったら、その者たちを殺してしまい兼ねない……そんなことが多分頭を過ったのだろう。


 壁の外ではスライムたちが相も変わらず『ぼくは悪いスライムじゃないよ。女の子が好きなだけさ』と大合唱しながら、氷の壁に飛びかかっている。煩い!


 ただ念のための確認だけのつもりだったのだが……誰かいる!?

 弱々しい生命反応がある!女性だ!スライムに襲われているのか!?


「転送!……うわっ!こ、これは酷ぇ!」


 その女性をターゲット指定して俺の前へと転送した。

 女性は素っ裸だ。隷従の首輪だけを身に付けている。手足のすべてで、先の方が欠損してしまっている。まるで溶けてしまったかのようだ。

 全身の皮膚が溶けて所々筋肉が見えてしまっている。これでは種族の判別さえもできない。


 これは酷い!こんな状態でよく生きていたものだな……。


「完全浄化!そして、修復!」


 女性の身体が淡い緑色をした半透明な光のベールに包まれる……

 その光のベールに包まれながら見る見るうちに欠損箇所が修復されていく。

 もちろん溶かされた皮膚も再生され、傷ひとつ無い綺麗な肌になった。


「衣服等装着!」


 全裸で目のやり場に困ったので、いつものワンピースとジーンズ等々を生成して女性に装着させたのだ。


 ん?うさぎの耳みたいだな?うさぎ族の獣人なのか?


 溶けてしまったためか最初は確認できなかったのだが、修復神術を施したところ頭にうさぎの耳のようなものが現れたのだ。

 モフモフしてみたい衝動に駆られたが、女性に意識がない状況で本人には許可を得られない。さすがに同意を得ずにそんなことをするのは不躾なことなので、いやセクシャルハラスメントとなる。だから、グッと我慢した。


 しかし、隷従の首輪とはなぁ……ん?こ、これは!管理助手でも拘束可能なヤツじゃないのか?この子の主人はシオン神聖国のヤツなのか?


「……んん……ううう……」


 女性が意識を取り戻しそうだ。

 相変わらずスライムたちは大合唱している。煩いからチャッチャと殲滅してしまおう!……と、その前に氷の壁の内側に防御シールドを展開しておこう。

 俺たちは温度調節できるスーツを身につけているから、この氷の壁の中にいても平気でいられるのだが、今助けたこの女性にはちょっと寒いだろうから……冷気も遮断できるシールドを展開することにしたのだ。


「ノアハ、ザシャア、シェリー!手間をとらせて悪ぃけどな、この階層のすべてのスライムどもを殲滅してきてくんねえかな?」

「「「はいっ!」」」


「ラフ。ちょっと来てくれ。この子はうさぎ族獣人のようだから目を覚ました時にお前さんが側にいた方が安心できるかも知れねぇんでな」

「はい。……あれ?この子、奴隷なんですか?んっ?魂の色は"スカイブルー"じゃないですか!この子はひょっとして無理矢理奴隷にされたんじゃぁ……」

「そうかも知れねぇな。目を覚ましたら聞いてみよう。ひょっとするとこの子も、前にお前さんたちが奴隷にされてしまった時のように、主にとって都合が悪い事は一切しゃべれなくされているかもしれねぇがなぁ。ま、その時は念話で話をすればいいか……」

「ええ」


 ん?そういえば、いつの間にかスライムたちの大合唱がやんでいるな。

 おお!?この階層がなんか氷でできた洞窟のようになってしまっている!?


「ダーリン。殲滅が完了しました」

「おお!早えな!さ~すがぁっ!シェリー、ザシャア、ノアハ!ありがとうな!」


 三人は満足げに、にっこりと笑った。三人とも笑顔がとても素敵だぜ!


「……ん…んん……きゃーーっ!た、助けてぇ!助けてぇーーっ!嫌だ!死ぬのは嫌ぁーーっ!……」

「おい!落ち着け!落ち着くんだ!もう大丈夫だよ。シーーッ。大丈夫だから落ち着いて……。お前さんは助かったんだよ。そうそう……さあ落ち着いて……」


 女性は目を覚ました瞬間、スライムたちに襲われていた記憶が蘇ったのか、酷く取り乱す。


 相当苦しくて、痛くて、つらくて、怖かったんだろうなぁ。かわいそうに……。

 彼女をギュッと抱きしめて落ち着くようにと声を掛け続ける……。


 暫くは俺の声も全く聞こえてないように取り乱していたが、俺の顔を見て、額の印に気付いたのか『はっ!』と一声発したかと思うと、俺から離れて跪いた。


 認識阻害神術はギルドを出てからすぐに解除してある。この認識阻害神術の発動自体はそれほどリソースを食わないのだが、何が起こるか分からないダンジョンの中だ。余計なリソース消費は抑えておく方が賢明であるからだ。


「う、上様!」

「大丈夫か?どこも痛くないか?」

「はい」


「お前さんはなんでスライムなんかに食われかけていたんだ?」

「はい。実は……」


 彼女は経緯いきさつを話し出す……。

 どうやら、会話を禁止されてはいないようだ。


 彼女は勇者ユリコのパーティーメンバーである"戦士アキュラス"が連れているとおギンから報告があった、獣人族女性の性奴隷3人の内のひとりだった。

 その可能性も考えていたのだが、まさか本当にそうだったとは……。


 そして、アキュラスは自分たちが助かるために、この子をスケープゴートにして下の第2階層へと移動して行ったらしいのだ。

 断定的に言えないのは、彼女は襲いかかってくるスライムたちをなんとかしようとするだけで精一杯で、必死だったため、とてもアキュラスたちのことを見ている余裕なんてなかったからだ。


 アキュラス自身は男だから、決してスライムに襲われることはないだろうから、他の女性パーティーメンバーたちを助けるためだったんだろうか?

 奴隷とはいえパーティーメンバーのひとりが自分たちのために犠牲にされそうになっているのに……そんなことが目の前で行われているというのに、勇者ユリコは止めなかったんだろうか?それとも勇者は別行動しているのか?


 もしも勇者もこのうさぎ族女性がスケープゴートにされることを知っていて何もしなかったとしたら、俺は勇者も絶対に許さない!

 そんな者は、弱者を犠牲にしてまで生き残ろうとするような者は勇者と呼ばれる資格はない!そうだとも!絶対にないっ!



 彼女は自身が奴隷にされた経緯を泣く泣く語る……

 結論から言おう。彼女はやはり戦士アキュラスによって無理矢理性奴隷にされていたのだ! クソ野郎がっ!この事実を知った以上は、日本からの転生者だろうが何だろうが一切関係ねぇ!必ずぶっ殺してやる! 俺はそう固く決意する。


 彼女は15歳である。この世界では男女とも成人として見なされる年齢だ。

 彼女は獣人族国家ニラモリアのある町で、家族や友人たちと共に幸せに暮らしていた。


 なんと彼女はその町の神殿に所属する神官見習いだった。

 この年齢まで魂の色が"スカイブルー"であることがなんとなくだが納得できた。


 彼女が住んでいた町はシオン神聖国との国境に近い場所にある……


 彼女が男性に誘われて町の外の草原へとピクニックに出かけた時に、クソ野郎の餌食となってしまう。彼女も相手の男性もお互いにとって人生で初めてのデートの時だったらしい……。草原にある木陰でお昼を食べている時に襲われた。


 獣人族国家の偵察と称して、戦士アキュラスが、たまたまその草原付近にやって来ていたのが彼女たちにとっての不運であった。最悪である。

 アキュラスはこの場所には彼女たちだけで、周りには人がいないことを確認し、白昼堂々、彼女を無理矢理連れ去って行ったのだ!


 その際、彼女のデート相手は、彼女を守ろうとして、アキュラスの怒りを買い、嬲り殺しにされた上、最後はファイヤーボールを打ち込まれて灰も残らないように焼き殺されてしまう。


 彼女と殺された彼は幼なじみ。友達以上、恋人未満の関係だったらしい。


 彼女は、シオン神聖国製の隷従の首輪を無理矢理嵌められ、奴隷契約を無理矢理結ばされ、力尽くでアキュラスのクソ野郎の性奴隷にされてしまったのだ。

 他の二人の奴隷も同様だという。


 なにが戦士だ!クソ野郎めっ!必ずアマゾネス・オークの生け贄にしてくれる!


「神である我が権限において、この者の奴隷契約を強制的に破棄する!……加えて隷従の首輪の除去と消滅を命ずる!」


 隷従の首輪が外れ、地面に落ちる前に粉々になりながら消え去る。


「さあ、ラヴィッス。これでお前さんは自由だよ。つらかっただろう。よく堪えてきたね。ホント、よくがんばったね。俺がクソ野郎、アキュラスに必ず報いを受けさせてやるからね」

「うわぁーーーん!神様ぁーーっ!」


 戦士アキュラスによって無理矢理奴隷にされていた娘、ラヴィッスが泣きながら俺に抱きついてきた。俺も彼女をギュッと抱きしめる。


「お前さんの体の中からクソ野郎の痕跡を完全に排除して、生娘に戻してやれるがどうする?お前さんはそれを望むかい?」

「これまでのことはすべて忘れることができるのでしょうか?」

「記憶を消してやることはできるんだが……残念だがそれはしてやれねぇ。それをするのは危険なんだ。お前さんがお前さんでなくなっちまうかも知れねぇんだよ。

 だから、すまんが心の傷までは治してやれねぇ。だが、身体の方は完全に元に、クソ野郎に凌辱される前の状態に、生娘に戻せる。……どうする?」


 彼女は目を瞑り、口元に右手を添えるようにしてじっと考え込み……

「………お願いします」

「分かった。今すぐ戻してあげるね。…体内外の完全浄化!そして、完全修復!」


 ラヴィッスの身体が淡い緑色をした半透明な光のベールに一瞬だけ包み込まれ、その光りはすぐに消えた。


「さあ、これでお前さんはクソ野郎に凌辱される前の15歳の生娘に戻ったよ。

 だから……簡単なことじゃねぇことは重々承知の上で言うが、これまでのつらい経験は悪夢でも見たと思ってスッパリと忘れて、これからの人生を前向きに生きていって欲しい。俺も応援するから……」

「うわぁーーーん!つらかったよぉー!本当に…本当につらかったよー!」


 彼女が俺に強くすがりついて号泣する。

 俺も力を込めて彼女をギュッと抱きしめた。ラフも彼女に寄り添いながら、涙を流している……。


 かわいそうになぁ……この世界では成人扱いされるとはいえ、15歳だぜ!?

 こんな若い子を自分の欲望を満たすためだけに奴隷にしやがって!アキュラス!てめぇは絶対に!絶対に!絶対に!許さんからなっ!


 ハニーたちが全員で俺とラヴィッスとラフを囲むように集まる……

 ハニーたちの目からは涙が溢れている。


「アキュラスってヤツは絶対に許さないっす!必ず成敗してやるっす!」

「そう。極刑は確定だと主張します」

「そうですわ!この世の全女性の敵ですわ!ダーリン!私も許せませんわっ!」

「無理矢理性奴隷にされるつらさ……私には分かります。そんな男はただ殺したんでは飽き足りません。己の罪深さを思い知らせてやる必要がありますね」

「怖かったよね。つらかったよね」

「ボッコボコのギッタンギタンにしてやらないといけませんわね!」


 ハニーたちは皆、憤慨している。

 アキュラスが無理矢理ラヴィッスを性奴隷にしただけでも、怒り心頭に発するというのに、更にヤツは、自分たちパーティがこの階層を突破するために彼女を人身御供にしたんだからなぁ、ハニーたちの怒りは相当なものだ。そしてもっともだ!


 アキュラスは、俺のかわいいハニーたちを完全に敵に回してしまったな!

 いずれその恐ろしさをた~っぷりと味わうことになるだろう……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 さて、この子をどうしたものかなぁ。まさか置いていくわけにも行かないし。 

 どう考えてもこのダンジョンは女性にとって危険極まりない場所だから、連れて行くとしても、それなりの装備が必要だよなぁ……。


「ラヴィッス、お前さんの気持ちを聞きてぇんだが……これからすぐにお前さんを家族のもとへと送り届けることもできるんだが……お前さんはどうしたい?」

「私は……家に帰りたいのはやまやまですが、ミョリムちゃんとヴォリルちゃんのことが心配なんです。彼女たちも助けたいんです。……みなさんについて行ってはダメでしょうか?」


 ミョリムとヴォリルは、ラヴィッスと一緒にクソ野郎戦士、アキュラスの奴隷にされている女性たちらしい。


「彼女たちも同じ町の出身なんです。私だけが先に帰るわけにはいきません。帰る時は3人一緒に帰りたいんです」

「そうか……」


 彼女の気持ちも十分分かる。彼女たちの目の前でクソ野郎、アキュラスがボッコボコのギッタンギタンにされるのを……いや彼女たちに直に復讐させてやりたい。

 一緒に連れて行くことにするか……。だが、そうなるとハニーじゃないからとか言っていられないな。

 彼女を加護した上で庇護下に置いて、キャットスーツ等の装備一式も装着させる必要があるな。


 彼女に俺の加護について説明する……


「……ということで、今言った俺の加護を受けるというのなら、お前さんを一緒に連れて行こう。どうする?無理強いはしねぇよ」

「えーっ!?出会ってからまだそれほど時間が経ってないっすよ?もう彼女を嫁にするんっすかぁ?節操がなさ過ぎるっす!」

「女たらしと非難します」


 ハニーたちが口々に俺を非難する。


「ち、違うわっ!落ち着けっ! このままの状態でこの子を一緒に連れて行けねぇだろうが!?多分、この先も女性の敵ばっかりだぞ!?嫁にはしねぇよ!加護するだけだっ!ったく、もう……」


「えっ?でもキャットスーツや装備一式も彼女に着せるんでしょ?これって、嫁になるまではダメだと、ジュリンちゃんにさえあげなかったじゃないですか?」

「そうです。本当のことを仰って下さい。ダーリン、私は怒りませんから。本当は嫁にしたいと思っているんでしょ?」


「え?私は神様のお嫁さんになれるのですか?えっ?ええーっ?」


「いや、だから違うって!俺のハニーたちの勘違いだ。加護してやるから俺の嫁になれとは言ってねぇからな。……ほらぁ、彼女が勘違いしちまったじゃねぇか!」


 ノアハとザシャアが更に言葉を続けようとしているようなので……


「ノアハ!ザシャア!違うと言っているだろうっ!ジュリンの時とは置かれている状況が違うっつうの!このスーツ無しで彼女をこの先に進ませるのは危険だろう?だから特別に嫁じゃなくても……そう、一時的に貸すだけだよ。そうそう。貸すんだよ!」


 ハニーたちはなんかニヤニヤ笑っている!?な、なんだぁ!?俺はからかわれているのか?……そうなのか?


 ん?ラヴィッスの顔が真っ赤になっている?

 まさか俺のパッシブスキル"魅了"の影響を受けてしまったんじゃないだろうな?



 ◇◇◇◇◇◇◆



「ラヴィッス、加護を受ける前と後で何か変わったところはねぇか?」

「変わったところですかぁ?分かりません」


 スライムに食われていたところを助けたうさぎ族女性のラヴィッスを加護して、俺の庇護下に置いたところだ。キャットスーツ等の装備一式も装着させている。

 取り敢えず彼女には貸与していることになっている。


「お前さんたちがこのダンジョンの入り口の前に来た時には、キツい、嫌な臭いはしていなかったか?」

「あ、してました。してました!その臭いを嗅いだらなんかダンジョンの中に入りたくてしようがなくなっちゃいました」


「そうか。その臭いは今でも漂っているんだが……どうだ?加護を受ける前と後とでは何か気持ちに変化はねぇかなぁ?」

「そう言われてみると……さっきまでは何かに惹き付けられるかのようにこの先に進みたくてしようがなかったのが、今はそんなことはありません。不思議です」


「やはりこの臭い、フェロモントラップは、俺の加護を受けている者には効かないようだな。毒耐性と精神支配耐性が有効なんだろうな。……それで今でも俺たちと一緒に先に進みてぇか?」

「はい。その気持ちは全く変わりません」


「そうか……その気持ちはフェロモントラップのせいじゃなかったんだな」


 まだ俺たちは第1階層にいる。


 休憩用のテントを設置し、ラヴィッスに装備の使い方を説明しながら、みんなでティータイム中だ。この後、シェリー先生にお願いして、ラヴィッスに攻撃神術の使い方を教えてもらうつもりでいる。攻撃神術の練習をさせておかないと、いざ!という時にうまく使えない可能性が……いや多分うまく使えない。

 次の階層にいると思われる魔物は例の触手植物だ。触手植物というくらいだから多分、火属性の攻撃には弱いだろう。

 だから、せめて彼女にはファイヤーボールくらいは撃てるようになってもらった方がいいだろう。


 ラヴィッスと同じく無理矢理奴隷にされてしまっている他の2人の獣人族女性のことが気になってしようがないが、ここは焦らず、じっくりと構えることにした。



 ◇◇◇◇◇◆◇



「よし!ラヴィッス!OKだ!お前さんはなかなか筋がいいなぁ!後は敵に対した時に冷静に対処できるかどうかだな」

「はい」

「それでは、ちょっと休憩してから第2階層へと進むとするか」


 ラヴィッスは、シンディに匹敵するくらい攻撃精度が高い。

 さすがにまだまだ威力は低いのだが、将来性はかなり高い。治癒系の神術の腕も相当いい方だ。

 だが、剣の方は全くダメだ。まぁ、これまで剣なんて持ったことも触れたこともないのだから、これは当たり前だな。


 彼女はかなり優秀な人材である。できることなら、まだ剣は十分に使えないが、神殿騎士として側に置いておきたい。


「ラヴィッス。お前さん、故郷に戻ったら何かしてぇことがあるのか?」

「う~ん……さるお方のお嫁さんになることが夢だったんですけど。こんなことになっちゃって……ううう……。も、もう無理ですね……」


 ラヴィッスはシクシクと泣く……。かわいいうさ耳は力なく垂れ下がっている。


 悪い事を聞いてしまったな。

 神殿騎士になる気はないか打診するためのきっかけのつもりだったんだが……。

 さるお方の嫁になりてぇ……かぁ。なんとかしてやりてぇな。誰だろう?


「いや、無理じゃねぇ、大丈夫だ。嫌なことは悪夢を見ていたと思ってスッパリと忘れて、これからの人生を前向きに楽しく生きていって欲しい。お前さんのような美人で心の綺麗な女性を男どもが放っておくわけがねぇよ。 選り取り見取りだと思うぜ」

「男性ですか?私、男性が怖いんです。今は男の人が側にくることを想像しただけでも身体が震えてきます」


 かわいそうになぁ。アキュラスのせいで男性不信に陥ってしまったのか……。


「でも、私の好きな方だけはなぜか大丈夫なんです。ですが、私は穢されてしまいました。ですから……もうダメなんです。その方のお嫁さんにはなれません。なる資格がもうないのです。シクシク……」

「大丈夫だ!諦めるな!お前さんは穢れてなんかいねぇぞ!心身共に綺麗だぜ!」


 おっと男性が怖いんだったな。それじゃぁ今の俺は彼女に近づきすぎているな。

 彼女は俺が神だから何も言えずに堪えていたのかなぁ……悪い事をしたな。


「おっと俺も近づきすぎだな。この距離じゃ近すぎるよな?男が怖えっていうのに悪かった。俺もお前さんから距離を置くようにしねぇといけねぇな。ごめんな」

「いえ。先ほども言いましたようにそれが大丈夫なんです。上様の側だと、なんというか……逆に安心できるというか……平気なんです。不思議です」


 ん?先ほども言った?そんなこと言っていたかな?


「そうなのか……あのな。なんでこんな話をしたかと言うとな……実はお前さんの神術の腕を見ていたら、お前さんをなんとかして神殿騎士としてスカウトしてぇと思っちまったんだよ。俺がそう思うくれぇお前さんは優秀な人材なんだよ。手放したくねぇくらいにな!俺の側にずっといて欲しいんだよ。だめか?」


 あれ?ラヴィッスが頬を染めている??また俺はなんかやっちまったのか?


「もちろんお前さんが望んでくれたのならの話だ。嫌なら無理にとは言わねぇし、他にやりてぇことがあるのなら、俺はそれを応援してやるつもりだぜ。どうだ?」

「……」


「まぁ、結論は急ぐこたぁねぇからな。じっくりと考えてみて欲しい」


「あっ!やっぱりダーリンが口説いてるっす!」

「ギルティ!と宣告します!」

「やっぱり……絶対にそうだと思っていましたわ!ダーリン好みのかわいい子ですものね。ダーリンが放っておくはずがありませんもの」


「だ、だからぁ~!違うって!神殿騎士にスカウトしているだけだって!」

「そ、そ、そんなにムキなって否定されなくても……シクシク……私ってそんなに女としての魅力がないのでしょうか?やはり、アキュラスに穢されてしまっているからなのでしょうか?」

「穢れているだなんて……今後は絶対にそんなことは言うなよ!お前さんは穢れてなんかねぇぞっ!絶対になっ!身も心もすげぇ綺麗だぜ!俺が保証するぜ!

 神である俺が言うんだから自信を持つんだ!今後二度と自分のことを穢れているなんて言うんじゃねぇぞ!これは約束だぞ!いいなっ!?

 それになぁ……ラヴィッスよ。 お前さんのことが嫌いだなんて、俺はひと言も言ってねぇからな!嫌ったりするもんか!」

「はい……」


「それになぁ……よく考えてみてくれよ。出会ってすぐに嫁になれだなんて言うと思うか?そんなのありえねぇだろ?

 結婚だぜ?一生を左右する大事な決断なんだぜ?そんなに簡単に決められることじゃねぇだろ?そういうことはお互いによく知り合ってから決めるもんだろう?」


「は・は・は……ダーリンって結構、出会ってすぐに嫁にしていますよね?」

「そうっすよ!説得力ゼロっす!」


「それじゃぁ、やっぱり……。こんなにムキになって私のことを拒絶されると言うことは、私のことを嫁には相応しくない女だと思っていらっしゃるんですね?」

「いや、だ・か・らぁ~!相応しくねぇなんて思ってねぇよ!嫁になってくれるんだったら大歓迎だぜ!」


 あっ!し、しまった!これはマズい!この流れは絶対にマズいぞ!結果的にプロポーズしちまっているぞ!?ダメだ!このままじゃまた嫁が増えちまう!


「お前さんだって、よく知りもしねぇ男からいきなり求婚されても困るだろう?」


 ラヴィッスは俯き加減で上目遣い、頬を真っ赤に染めながら……


「私は神官見習いでしたから、上様のことはよく知っていますし、小さい頃からの憧れの存在なんです。上様に求婚されるなんて夢のようです。そんな幸せなことはありません。わ、私じゃだめでしゅか……ん、うんっ!…私じゃだめですか?」


 か、かわいいっ!噛んだぞ!『だめでしゅか?』って噛んだ!

 な、なな、なんてこったぁ!?いつものパターンなのか?この子もなのか?


 ああ……この子を守るために殺された男の子が不憫でしょうがない……。


「まぁ、なんだ。その話は他の二人を救出してからゆっくりと考えような?」

「……は…い……」


 なんかラヴィッスががっかりしているようだ。肩を落としている?


「あ、その…勘違いするなよ。俺は前向きに考えてるからな!でも今は他の二人のことが心配だろ?早く助けてやらねぇとな!そうだろ?」

「はいっ!」


 ふぅ、良かった。ラヴィッスの表情に明るさが戻ったな。

 ん!んんん!?ハニーたちが全員、ニヤニヤしているぞ!?


 しかし……なんでいつもこうなっちまうのかなぁ。でも……うさぎ族女性が嫁になってくれるって、な~んか、こっちの方こそ夢のような話だよなぁ。

 そうなったらすっごく嬉しいと思っている自分がどこかにいるんだよなぁ……。


 六根清浄一根不浄……???



 ◇◇◇◇◇◆◆



 第2階層へは長い下り階段を進むことになった。

 階段をどれだけ下ったのだろう……なかなか第2階層には到着しない。

 今明かりは足下が確認できる程度に光量を落としている。


 暫く進んでいくと、階段の下の方がぼんやりと明るくなってきた。

 ……うっ!妙な臭いが漂ってきたぞ!?


「ハニーたち!妙なガスが漂っているぞっ!今すぐ、ティアラをフルフェイスヘルメットモードに変更してくれ!媚薬ガスかも知れねぇ!」

 "はいっ!"


 ラヴィッス、オークドゥ、俺も、ハニーたちと同じように、フルフェイスのヘルメットモードにした。これでガスを吸い込むことはない。

 第2階層の魔物は、ミディルから聞いた例の触手植物だろう。そう女性の敵だ。

 ハニーたちには今まで以上に注意するように伝えてある。


 階段を降りるにつれてだんだんと明るくなってきた。

 階段を降りきって、第2階層の中へと足を踏み入れて驚いた。そこは巨大な洞窟だったのだ。

 高さは100mくらいあるだろうか。幅も100mくらいある。洞窟の奥行きはどれくらいなのか見当も付かない。


「ハニーたち!洞窟内に入ったら即座に完全防御シールドを展開せよ!」

 "はいっ!"



 第2階層の洞窟の中はあたり一面に雑草が生い茂り、その中にまるでゆでだこをひっくり返したかのような形をした植物らしきモノが点々と生えている?


 そうだなぁ……3m四方に2株くらいの分布密度といったところか?


 それらはまるでタコスッポンタケのような色と形をしている。赤い触手のような葉なのかツルなのか分からないものが、タコの足のように放射状に生えている。

 その"足"に見えるモノには、ぱっと見、タコの吸盤のようにも見える黒い斑点が無数にある。ひと言で言えば……


「うわっ!き、気持ち悪いっす!うげぇ~」


 そのひっくり返ったゆでだこの中央、そう、タコの口に相当する場所には大きな穴が空いていて、そこからガスのようなモノが吹き出している。

 俺たちがこの階層に入った瞬間から吹き出し始めたようだ?


「きゃっ!い、今動いたわ!」

「え?どこどこ?」

「どこっすか?動いたようには見えないっすけど?」


 と、その時である!

 正面ばかりに気をとられていたが、第2階層の入り口の壁からタコの足のようなモノがハニーたちに目がけて勢いよく伸びてきたのだ!


 左右の草むらの中からも無数の触手が伸びる!それどころか、いつの間にか四方八方から触手が伸びてきているっ!

 触手はまるで見えているかのごとく、俺とオークドゥには全く見向きもせずに、ハニーたちだけを目がけて伸びていくのだ!


 だが大丈夫!ハニーたちは悲鳴を上げているが、触手の一本たりとも彼女たちに触れることはできない。すべてがシールドによって阻まれている!


「ハニーたち!触手はフェイザー銃で消滅させてしまえ!やっちまえっ!」

 "はいっ!"


 彼女たちに襲いかかっていった触手は見る見るうちに数を減らす……彼女たちのシールドに近づいた瞬間に、彼女たちの腕に嵌められたブレスレットから放たれるフェイザー光線によって、触手は一瞬で蒸発させられてしまうのだ!


 初めて触手に襲われてから数分も経たずに、触手は伸びてこなくなった。

 あたりは静まりかえっている。



『あっあっ……か、神様……ああっ…お、お助け下さい……うっうっ……』


 どこからか助けを求める声が頭の中に聞こえてくる!?どこからなんだ?

 俺はマップ画面を表示させ、助けを求める声を探す……


「いたぞっ!……オークドゥ!誰かが俺に助けを求めているっ!俺は助けに行ってくるから、ここでハニーたちを守ってやってくれ!頼むぞ!」

「はっ!お任せ下さい!」

「それじゃ、頼んだ!……転移!」




 転移先で見た光景は……筆舌に尽くせぬものだった。



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