第0036話 橘ユリコ
「ん……んん……あ、神ちゃま?……」
『神ちゃま』だって?……ああ、くそっ!失敗したのかっ!
何がいけなかったんだぁ?『して来た経験が心を作り上げる』という仮説自体がそもそも間違いだったんだろうか……。経験と心には因果関係は無いのか?
「はっ!?う、上様!た、大変失礼致しましたっ!『神ちゃま』だなんて……」
シンディがベッドから飛び起きて、俺たちの前に跪く……両膝をついて立ち膝をしながら両手を胸の前で組んでいる。
俺とシホはお互いの顔を見合わせる……シホが、"にかっ!"といった感じで歯を見せて笑う……そして、右手でガッツポーズをした!
「ダーリン!成功ですね!?おめでとうございます!」
俺は思わず、目の前で跪いているシンディを抱きしめてしまった!二人は跪いた状態で抱き合う……俺の頬を涙が伝う。
……よかった!この子の心を救えたんだ!
シンディは何が起こったのか分からず、驚いているようだが、俺のなすがままにされている。身体を離して、シンディを立ち上がらせると、両手をシンディの肩に置き……
「お前さん、俺のことが分かるのか?」
「は……はい。私は神殿神子ですから……当然です」
「え?お前さんは神子だったのか?」
「……だった?……いえ、今もベイシディアットという町の神殿神子ですが……?
仰っている意味を分かり兼ねるのですが……?」
ここは…嘘も方便だな……。
「お前さんはついさっきまで記憶を無くしていたんでなぁ。名前以外、何も分からなかっただんだよ。気に障ったらごめんな。そうか!神子だったのか!それでどこまで覚えている?」
魂の履歴の編集がちゃんと有効になっているかを確かめるつもりだ。
この子の魂の色も"スカイブルー"なんだな。
「ベイシディアットの町から、オルベイン村に訪問診療に行ったのですが……」
ベイシディアット町は首都エスヴァイスの北北西80kmにある中規模の町だ。
一方、オルベイン村はエスヴァイスの北西80kmにある大きな村である。
シンディの顔が見る見るうちに青ざめていく……。
震えだしたぞ?うまく記憶が消せてなかったのか?
「村の入り口付近で旅人が行き倒れていて、祈祷所に運び込まれたから見て欲しいと言われて、そこへ行ってみると……いきなり…口に何か布のような物を押し当てられて……」
シンディの震えが酷くなる。ガタガタッと震えている。顔は真っ青だ。
シンディが膝から崩れ落ちそうになったので再び抱きしめる……。
「大丈夫か?」
「は、……はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「布を口に押し当てられたら意識を失ったということだな?その後のことは覚えていねぇのか?」
「いえ、覚えています……馬車の上、檻の中で目が覚めました。他にも数人の女性たちが私と同じように捕らわれていました。……暫くすると、その馬車はオークに襲われて……その後のことはよく覚えていません」
よかった!オーク共に凌辱された記憶はうまく消えてくれたようだな……。
嘘をつくのは気が引けるが……この子のためだ。
「お前さんに謝らなきゃならねぇことがある。オークに襲われている馬車を助けた時には、お前さんは酷い怪我をしていてな、修復神術を、それも、完全修復神術を使う必要があったんだよ。……だから、お前さんは今17歳になっちまっている。それに、嫌かも知れねぇが……今は生娘だ」
「え?そうなんですか……うれしい!3歳も若返ったのですね?うふふ。あ、私はその怪我をする前から……あのう……男性経験はありませんでしたので……」
「そうか……失礼した。美しい大人の女性だからてっきり……」
「わ、私たち神子にとっては、神様だけですからっ!ほ、他の男性なんて……考えられませんからっ!」
いやいやいや、考えないとダメだろう?
ん?そうか!そういうことか……俺以外の男は考えられないのに、よりによってオークの餌食になってしまったから心が堪えきれなかったんだな!?
俺のことをそんなに……いじらしい。だがなぁ……。
「神殿から俺以外の男の事は考えるなとでも言われているのか?」
「いえ、神殿からは何も言われていませんが……神子としては当然の共通認識だと思いますが?おかしいでしょうか?」
「おかしいかどうかは置いておいても、"俺"というものに縛られず、素敵な恋愛をして欲しいな。俺に操を立てる必要はねぇぜ。自由にしていいんだぜ」
「そ、そんな……上様は私がお嫌いなんですね?……ぐっすん。密かにお慕いすることすら許していただけないのでしょうか……。よよよ……」
「嫌いなわけねぇだろ!?お前さんのことを思ってだなぁ……」
「じゃぁ……私をお嫁さんにして下さいますか?」
『じゃぁ』ってなんだ!?なんでそうなるっ!?論理が分からないぞ!
『ダーリン、もう観念するしかないみたいですね?うふふ。この子も嫁にしちゃいましょう?彼女を助けたのも何かの縁ですよ。うふふふ。また人族との人数の差が縮まりますねぇ~?これからもエルフの嫁をどんどん増やしましょう!』
『そ、そんなことを考えていたのか!だけどこんな調子で嫁にしていったら、神殿神子全員を嫁にしなくちゃなんねぇぞ?』
『それもいいんじゃないでしょうか。うふ。"精力絶倫モード"もありますしね?』
『おいっ!』
「シンディ、それは本心か?俺の嫁になりてぇのか?」
「はいっ!もちろんですっ!お願いします!」
「よしっ!俺の嫁になってくれ!よろしくなっ!」
「はいっ!」
シホが"にまぁ~"と笑う。は・は・は……。
『ちょっと聞いてもいいですか?』
『ん?なんだ?』
『オークの繁殖用孕み袋にされていた女性ですが、気になりませんか?』
『気にしてもしようがねぇじゃねぇか、そんなこと。過去は変えられねぇしなぁ。それに……そうだからといってなんだってんだ?この子が望んだわけでもねぇし、たまたま、運が悪くて事故に遭ったみたいなもんだろ?その事が、彼女という人間というかエルフを評価するための負の要素にはなりようがねぇと思うんだがな?』
『それを聞いて安心しました。この先その事が原因でこの子がダーリンから疎んじられるようなことがあってはかわいそうと思ったので……』
『ハニーは優しいなぁ~。大丈夫、この子も絶対に幸せにするぜ!絶対だ!』
「それじゃぁ、シンディ、このままお前さんを加護してぇんだが、いいか?」
「はいっ!」
「そういえば、お前さん、訪問診療をしてたって言ってたよなぁ?治癒系の神術が使えるのか?」
「はい。レベルはよく分かりませんが、ちぎれた手足の修復までは可能です」
「あ、なるほど。中級ってところかな?お前さんすごいな!」
「いえいえ」
こうして、この子、シンディの心は修復され、俺の嫁になった。
そして、すぐに加護も授け、亜空間収納ポシェットと指輪もプレゼントしたのであった。ハーレムは着実に拡大を続けていく……。
このエルフの国で俺の嫁になってくれた女性たちは7人……
ザシャア・ヴェレビア、 ウェルリ、 ジー
バーセア・ガアイゼレ、 ソニアルフェ、 スフィリア
シンディ
そして……シェリーを加えた8名が現時点でのエルフ族の嫁だ。
一方人族の方は、
ソリテア、 タチアナ・ロマノヴァ、 ディンク、 インガ、
ヘルガ、 カーラ、 ゼヴリン・マーロウ、
スケリフィ、 カークルージュ、
ラヴ、 スリンディレ・クラルケ、
以上の11名だ。
その他に、獣人族のラフ、ドワーフ族のミューイがいる。
そして、管理助手のハニーたちが……7人か。
統括管理助手:シオリ
人族担当者:さゆり(地球から転移)
エルフ族担当者:シホ
ダークエルフ族担当者:シタン
ドワーフ族担当者:シマ
獣人族担当者:シノ
魔族担当者:シズ
現時点で俺のハニーは28人いる。ふ、増えたなぁ……。
自称嫁の幼女二人、キャルとシャルを加えると30名か!……って二人は嫁にはしないけどね!俺は断じてロリコンじゃあない!それに、彼女たちが俺の嫁になりたいと言うのも多分思春期までだろうからな。……だよな??
しかし、シホの言う通りだな。人族のハニーがまだ3人多いな。
単純に数的バランスを考えればあと3人、エルフ族のハニーを増やさないといけないんだが……。
◇◇◇◇◇◇◇
シンディを連れて、ハニーたちが待機しているテントへと戻る。
シンディが心を取り戻した事、俺のハニーになってくれた事、加護を授けた事をみんなに伝えると、みんなはとても喜んでくれた。優しいハニーたちだ。きっと、シンディの事をみんなが心配していたんだろうと思う。
「シェリー、というわけで、この子の神術訓練も見てやって欲しいんだが……」
「はい。喜んで!みんな!もう一度訓練をしましょう!」
"おーーーっ!!"
「風呂に入ってサッパリした後なのに、みんな悪ぃな!よろしく頼む!」
「気にしなくってもいいっすよ!みんな攻撃神術の練習が大好きっす!後からまたみんなでお風呂に入るっすから!大丈夫っす!」
「そう!問題ない!神術は楽しい!」
みんなは口々に、俺に気にするなと言ってくれた。
早速、標的となるゴーレムを500体程生成した。今度もレッサードラゴン風のゴーレムにしておいた。
ん?エリゼとルーナがすっごく嬉しそうだぞ?さっきの練習では物足りなかったのかな?それとも……戦闘狂じゃないよな、まさか……??
練習が始まる。シンディはおっかなびっくり攻撃神術を発動している。しかし、狙いは正確だな。命中率が非常に高い。火力も高いぞ!慣れてきたら非常に強力な戦力となりそうだ!……ははは『ゴーレムさん、すみませ~ん』と謝っている。
そんな時である。
『ダーリン、聞こえるぅ?さゆりですぅ』
『ああ、聞こえるぞ。どうした!』
『さみしいよぉ~。会いたいよぉ~』
『おいおい!俺もさみしいが……そんなことで念話してきたのか?』
『ぐっすん、ち、違うの。橘ユリコさんについての新たな情報が地球から送られて来たから、早く教えてあげようと思って念話したの』
『なに!どんな情報だ!?』
さゆりのところへ日本から寄せられた情報によると……
俺が日本人だったころの最愛の人、橘ユリコは、実は第74656宇宙空間、通称、ヴォイジャーにある"地球に相当する惑星"の管理助手であり、"魂浄化システム"の研究のために地球を視察しに訪れたところ、俺と同じように、日本担当管理助手のミスで、記憶を消されて日本人として転生させられたということだった。
第74656宇宙空間から何度も問い合わせがあったらしいのだが、さゆりの前任の日本担当者がずっとのらりくらりとそれを交わしていたらしい……。
彼女もいい加減な地球の管理者の犠牲者であったのだ。なんということだ!
橘ユリコの死後、さゆりの前任の日本担当者は、事の発覚を恐れてユリコの魂をどこかにずっと隠していたらしい……何十年もの間である。
俺を間違って日本人として転生させてしまった事が分かり、日本担当を外されてしまった"さゆりの前任者"は、長年隠し続けてきた橘ユリコに対するミスまでもが発覚するのを恐れて証拠隠滅をはかろうとした。
ずっと何十年も隠し持っていた橘ユリコの魂をデータ化してどこかへ転生させてしまったらしい……。日本で死亡した俺をこの世界へと送ろうとしたタイミングを見計らって、その準備作業でバタバタしているどさくさに紛れてユリコを転生させやがったのだ!
前任者は、転生に関するログをすべて消してしまったため、ユリコをどこへ転生させたかは、現時点では全く分からない。
さゆりの前任者は手練手管を使って、その時の日本担当者である"さゆり"にこの件の責任を負わせることには成功したのだが、このままではマズいと思ったのか、数日前にどこかに行方をくらませたようだ。どうも異世界に転移したようだという事である。
エネルギー消費履歴に基づいて逆算した結果、同時期にユリコ以外にも何人かを転生させた可能性が浮上してきたらしい。俺とユリコの他にも、他世界から視察に訪れ、俺たちと同じような目に遭っていた者が何名かいたのかも知れない。
転生処理には、転生先の協力が必要不可欠であるので、各宇宙の管理者に対して一斉に問い合わせを送ったらしいが、どの管理者からも『うちには来ていない』という返事が返って来るだけだったという。だから未だに転送先は判明していない。
シラミ潰しに調べるには、あまりにも宇宙も、その中の惑星の数も多いために、特定するのは困難だという事である。
『さゆり……貴重な情報をありがとう。しかし、どうして今頃分かったんだ?』
『業を煮やした第74656宇宙空間から調査団が派遣されてきたらしいよ。それで、現日本担当者が調べたら、逃げた元日本担当者の部下だった者たちの話をつなげて全貌が分かったらしいの。巧妙に処理を分担させてね、部下たちにも何をしているのかを分からないようにしてたんだってさ。すごいよね』
『それを突き止めた現日本担当者ってすげぇな』
『へっへっへぇ~!そりゃぁ、私の部下だった子だからね!優秀だよ!』
『な、なるほど…。でも、各宇宙の管理者に対して一斉に問い合わせたというが、うちにも来ているのか、その問い合わせっていうのは?』
『神域グローバル・ネットワーク・アカウントのメールボックスにはメッセージが届いているかも知れないんだけど……。ダーリンはアクセスできないんだよね?』
『ああ、そうなのかぁ……でもなぁ300年先じゃねぇと新アカウントは発行されねぇからなぁ。それに……新アカウント発行依頼を出した時点で、旧アカウントは削除されちまってるかも知れねぇしなぁ~』
『まぁ、管理助手のみんなに確認したんだけどね、シオン神聖国以外では転生者を受け入れていないそうだよ』
『そうなると……勇者ユリコは、"橘ユリコが転生した者"である可能性も出てきたわけか……。なんにしても一度、勇者ユリコには直接会ってみないとなぁ……』
『とにかく、そういう事だったからね。すぐに知らせようと思ったんだ』
『ああ、ありがとう。助かったぜ!頼りになるなぁ、さゆりは。愛しているぜ!』
『うふふ。私もよ、ダーリン!あ、そうそう、日本担当者は引き続き調査を進めるらしいから、調査に進展が見られたら教えてくれると思う……また何か分かったら知らせるね。それと……早く帰ってきてね。じゃあねっ!』
『ああ、頼む。よろしくな!……ありがとうな。あっ!そうそう!カーラの家族をちゃんとヴァルジャン村まで送り迎えしてくれているかい?』
『うん。大丈夫。ちゃんと送り迎えしているから心配しないで。でもね、もう挨拶回りもほとんど終わったみたいだよ』
『そうなのか?挨拶回りとかで一週間ほどは時間が欲しいって言っていたんだけどなぁ。ま、送り迎えの手間がなくなるからいいか』
『今日も村に行っているのは、フロリアンとマリーエの二人だけだしね。ひょっとすると今日で挨拶回りも終わるかも知れないね』
カーラの兄嫁のダニエーレたちは、挨拶回りするようなところは近所だけだって言っていたからなぁ、村に用があるのはカーラの両親だけか……ま、当然か。
『さゆり、色々とありがとうな!助かるぜ。それじゃぁな!』
『うん。早く帰ってきてね。待ってるからね~。バーイ!』
ユリコの事もちゃんと気に掛けてくれていたんだな……ありがとうな。さゆり。
ああ……勇者ユリコが橘ユリコなんだろうかなぁ……そうだといいんだが……。
しかし……今の俺を見たらユリコはどう思うだろうなぁ?ハーレムなんか作った俺を見てユリコは軽蔑するかも知れないなぁ……。
◇◇◇◇◇◇◆
>>マスター。グラッツィア辺境伯邸へ侵入を試みていた者は、やはり、ノアハと接触するようです。
思った通りだ。ノアハ国境警備隊長と合流したか……ヤツらを叩き潰しに行くとするかっ!って、もう昼かぁ……昼食をとってからの方がいいな。
もうお昼近くである。神術の練習を終えたハニーたちは今、大浴場で汗を流している。時折、キャッキャと楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。
神術練習見学と水分補給時に利用してもらった、柱と屋根だけの大きなテントもあるし、お昼はその下でバーベキューをすることにしようかな?ここは未開の砂漠地帯だから、誰に気兼ねすることもなくできるからな。
俺がノアハ成敗に行っている間も、みんなにはここでバーベキューパーティーを楽しんでもらっていればいいな……クソ王がいる首都の中央神殿で待っててもらうよりも安全だろうしな。
そうだ!折角だから、グラッツィア辺境伯邸のみんなも招待しよう!
お!ちょうどシェリーがこっちに来る。以心伝心か?
シェリーは浴衣を着ている。色っぽい……。
「シェリー、ちょうどよかった」
「はい?どうしました?」
「ああ、今日の昼飯は、外のテントでバーベキューパーティーをしようかと思うんだがな、グラッツィア辺境伯邸のみんなも招待しねぇか?先方の都合もあるだろうがな、どう思う?」
「そうですね……多分大丈夫だと思いますが、確認してみない事には……」
「そうだな。だからこれからお前さんと一緒にグラッツィア辺境伯邸へ行こうかと思うんだが、どうだ?」
「はい。分かりました。すぐに着替えてきます」
◇◇◇◇◇◆◇
「……それで、お前さんたちをバーベキューパーティーに招待してぇんだが、どうだろう?使用人も全員連れて行きてぇんだがな」
「ここを、この屋敷を空にしておくわけにはいかないので、誰かを残さないといけないと思うのですが……」
「ああ、大丈夫だ。この屋敷全体をシールドで覆っておくし……あれを見てくれ。あそこをふわふわ飛んでいるヤツらがいるだろう?あいつらに誰か来たら知らせるように指示しておくし……どうだろう?」
「そういうことでしたら、喜んで参加致します」
「そうか!よかったぜ。それじゃぁ、みんなには伝えておいてくれ。会場の準備が整ったら迎えに来るからな。よろしく」
「はい。承知しました」
「あ、そうそう!後でザイエの町へ行くつもりなんだがな、俺と供の者が町の中へすぐ入れるように一筆書いてくんねぇかな?」
「はい。よろこんで。迎えに来ていただくまでに用意しておきます。……ノアハの件ですね?本来なら私がなんとかしなくてはならないところを……申し訳ございません」
「いやいや、気にするなって。それになぁ、この件の背後には何か得体の知れねぇヤツらが蠢いているようだからなぁ、お前さんたちの手には余ると思う」
「ノアハが黒幕では?」
「いや、どうも違うような気がするんだよ。ノアハは、お前さんが国境警備隊長に抜擢するくらいの人材なんだろう?お前さんのお眼鏡に適った人物があんなことをするとは思えねぇんだよな。ひょっとするとノアハも奴隷にされてんじゃねぇかと考えているんだ」
「なるほど、私の息子同様、無理矢理やらされている可能性もあるのですね?
彼女は文武両道に優れており、しかも、とても優しい女性でしてね、いつも冷静沈着に行動できる、非常に優秀な人物ですので……正直に申せば、彼女が悪事に、しかも、闇奴隷売買に関与するとはとても……信じ難いのです」
「やはりそうか。やっぱり俺が行った方が良さそうだな」
本当の黒幕は、案外、深夜に忍び込もうとした族の方なのかも知れないな。
「それじゃ、また後で迎えに来るからな。よろしく!」
グラッツィア辺境伯の書斎を出て、シェリーを迎えに行く。
シェリーは今、母親と兄を、バーベキューパーティーに誘いに行ってる。
「あ、ダーリン!……母も兄も、参加すると申しておりました。父の方はいかがでしたか?」
「ああ、参加してくれるって。会場の準備が整ったらここへ迎えに来る事になっている。それじゃ、一旦戻るか?あ、そうだ。会場の準備が整い次第、ここに戻ってくるから、お前さんはそれまで、ここにいてくれてもいいんだぜ?」
「んーーー……、ダーリンと一緒に戻ります。会場の準備を手伝います」
俺とシホが準備すればすぐに設営は終わるんだが……手伝ってくれるというこの気持ちが嬉しいな。
「そうか。ありがとう!助かるぜ。……それじゃぁ、一旦戻るか?」
「はいっ!」
シェリーが俺に抱きついてくる。
一緒に転移するためには、俺の身体に触れている必要がある。あるのだが……。
「抱きつかなくても、ちょっと触れていてくれるだけでいいんだがなぁ……」
「ダメですっ!こうしたいんですっ!うふふふふ」
「は・は・は……転移!」
◇◇◇◇◇◆◆
「……それじゃぁ!かんぱーーーいっ!」
俺の乾杯の音頭でバーベキューパーティーは始まった。
大人数なのでテントは計9張り設営してある。すべての屋根をくっつけるように配置し、3行×3列で、大きな日影を作り出す……。
この"3×3の大きなテント"の中央に、スーパーなどで見かける大きな冷蔵庫が置いてあり、肉類、魚類、野菜類……各種食材はその中にたっぷりと入っている。
その冷蔵庫のすぐ横にはドリンクディスペンサーが10台置いてあり、各種飲み物がその中には入っている。食材も飲み物もすべてがセルフサービスだ。
その冷蔵庫を取り囲むようにバーベキュー・コンロが16台ある。
コンロの高さは、女性の腰くらいの高さである。直接地面に設置する、足が長いタイプのものを用意してあるのだ。その各コンロの真上には排煙装置が設置されており、ダクトでテント外へと排気するようになっているから、煙がテント内に充満するような事はない。
コンロの横には、テーブルがある。それは一時的に食材を置いたり、飲み物等を置いておくためのものだ。
昼間という事もある。今回も、というか、エルフの国では初めてのバーベキューパーティーなのだが……酒類は一切用意していない。
日差しはかなり強い。だが、3×3の大テントの周りにはシールドが展開されており、その中はエアコンも効いていて快適に過ごせている。
「ダーリン、あ~~ん!お肉をどうぞ!」
「あ、ありがとう。でも俺の世話はいいから、自分たちで好きなものをたっぷりと食べな」
ハニーたちはみんな、俺の世話を焼こうとする。嬉しいけど……人数が多いから大変だ。
「ダーリン、どうぞ……う、うわぁっ!」
「あちぃっ!」
いや、本当は全然熱くない。熱耐性もバッチリだからな。でも反射的に声が出てしまった……。
ソニアルフェが、焼けた肉を俺に食べさせようとして、何かに躓いて転びそうになり、その勢いで彼女が持っていた肉が俺の顔に張り付いてしまったのだ。
俺は彼女を転ばないように抱きとめることに意識を奪われ、肉のことは気が付かなかった。
「す、すすすすす、すみませーーーん!ぐっすん……」
ソニアルフェは真っ赤になりながら俺から離れ、何度も何度も頭を下げる。
「あ、泣くな。大丈夫だ。これくらいなんでもねぇ。気にするな。(もぐもぐ…)この肉、焼き加減もちょうどいいな。美味いぞ。ありがとうな。ははは」
他のハニーたちが苦笑いしている……。
ソニアルフェはドジっ子なのか?そういえば、神術の練習中も色々とやらかしていたなぁ。ははは。貴重なキャラだな。
ソニアルフェは、顔を真っ赤かにして小っちゃくなってしまっている。汗をたらたらと流している。そんなに気にする事じゃないのにな……見ていてかわいそうになってくる。
「ぷっ、ははははははっ!」
ウェルリが失笑した。思わず吹き出したように笑う。
「ソニアルフェは、かわいいっすね!どんまいっすよ。ねぇ、ダーリン!」
「お、おう!そうだとも!お前さんのそんなところもかわいくて好きだぜ!」
ソニアルフェの表情が緩んだ。
ウェルリは、かわいそうなくらい小っちゃくなっているソニアルフェを救ったんだな。もう残念な子とは決して思うまい!すごくいい子だ!
『ウェルリ、ありがとうな。お前さん、いい子だな。愛しているぜ!』
ウェルリに念話で礼を言っておく……ん?ウェルリが真っ赤になったぞ?
しかし俺も変わっちまったもんだなぁ……簡単に『愛してる』って言えるようになるとはなぁ……。どうなっちまったんだろうなぁ……。
ウェルリの優しさを再認識できた事と、ソニアルフェがドジっ子属性持ちであることが分かったのが今日の収穫だな。
日本人だった頃は、苦痛でしかなかった会食なんだが、気が置けない仲間たちと一緒だとこんなにも楽しくなるんだなぁ……。
今日の昼食も楽しい……バーベキューパーティーはまだまだ続く……。
しかし……とてもこれから敵地に乗り込もうかという雰囲気じゃないよな……。
◇◇◇◇◆◇◇
「シェリー、ザシャア、オークドゥ、悪ぃな、付き合わせちまって」
「いえ。上様のお供をするのは私にとって最上の喜びです」
「私もダーリンと一緒に行動できて嬉しいです。それに、一応近衛騎士ですから、お側でお守りするのが私の仕事ですもの」
「私もダーリンと同行できる事、嬉しく、重畳に存じます」
「そうか、ありがとうな。三人とも助かるぜ」
「うふふ。他のみんなも同行したかったと思いますよ。みんな、うらやましがっていましたもの。私たちだけでいいのかしらって感じです。うふふふふ」
「ハニーたちの中で剣がまともに扱えるのが、シェリーとザシャア、お前さんたちだけだからなぁ。国境警備隊の騎士が敵になるかも知れねぇ以上、他のハニーたちではちょっとなぁ…。加護を授けてあるといっても、戦いの素人だ。プロ相手にはちょっと厳しいだろうからな。やられる事は多分ねぇだろうがな」
「そうですわね。でも、なるべくなら戦いたくはありませんね」
俺とシェリー、ザシャア、オークドゥの4人は、辺境の町、ザイエに続いている街道脇の森の中に転移し、ザイエへと向かって歩いているところだ。
しばらくすると、町が見えてきた。高い防壁に周囲を囲まれている。町への入り口には大きな門があり、検問所があるようだ。
ただ、普通の町なら検問所には町へ入る人々の行列ができているのだが……どういうわけか、誰もいない。それで検問所までスムースに進んだ。
ここの検問所は貴族用と平民用に分かれていないぞ?妙だなぁ……。
グラッツィア辺境伯からもらった"通行証"を提示すると、問題なく町へ入る事ができた。門衛の目はうつろで、ひと言も言葉を発しなかった……違和感がある。
「デルダルム、デルダルムじゃないの!久しぶり!元気にしていましたか?」
「……」
門衛のひとりがシェリーの顔馴染みのようで、シェリーが声を掛けるが、返事がない。人違いだったんだろうか?ちなみに男性だ。エルフ族なだけあってかなりのイケメンだ。どういった関係だったのかな?ちょっと気になるな。
「シェリー、誰だ?知り合いか?」
「一緒の学校に通っていた同級生なんですが、ダーリン、気になりますぅ?大丈夫ですよ。ただの同級生ですから。うふふ。妬いて下さいました?」
「べ、別に……お前さんが声を掛けたから、『誰かな?』と思っただけだ」
「うふふふ」
「でも、人違いだったようだな?全然反応がねぇな」
「変ねぇ……絶対にデルダルムだと思うんだけどなぁ……」
ん?シェリーにデルダルムと間違われた?男は目をうるうるさせている。顔色は悪い。青い顔をしている。
この時に神眼でこの門衛を調べるべきであったと後から後悔する事になる……。
◇◇◇◇◆◇◆
門から街中へと進んでいく。
暫くすると、街の中心部なんだろうか、防火用延焼防御のための空き地のような場所に出た。
その時である!
"ピピ---ッ!"
なにやら警備用警笛を吹いたようなけたたましい音が鳴り響く……
俺たちを取り囲むように町民らしき人々がわらわらと集まってきた!
すかさず俺たちを取り囲むようにドーム状にシールドを展開する……。
と、その瞬間!
ズドドドドドドドドーーーーンッ!
俺たちの後方に張られたシールドで何かが爆発した!
血霧が漂い、肉片が散乱している!?
その光景に驚いていると、そうだなぁ、恐らく5歳くらいだろうか、小さな男の子が俺たちのところへとトコトコと近寄ってくる。手には時代劇等でお酒を入れるのに使われる、源三徳利のような入れ物を抱えている。
シールド境界まで歩いてくると、にっこりと笑って、徳利を地面へと落とした。
ズドドドドドドドドーーーーンッ!
その瞬間、徳利は爆発を起こし、男の子は……バラバラになった。我々に被害はない……でも、心が……。シェリーとザシャアは嘔吐した。真っ青だ。
「修復!」
取り敢えず、シェリーとザシャアには修復神術を施しておく……。
男の子が歩いてきた方向には、母親らしき女性が、同じく徳利を抱えてボーッと立っている。無表情だ。が、その目には涙が溢れている?
周りをよく見ると、我々を取り囲んでいる人々の首には首輪が嵌まっている。
「隷従の首輪か?酷ぇ事をしやがるっ!誰がやらせているんだっ!?」
「ダーリン!どうしよう!?この町の住人ですよ!?私には殺せません!」
「わ、私も同じです!どうしたらいいんでしょうか!?」
その時、無表情で涙を流していた男の子の母親らしい女性が、こちらへよろよろと近づいてきて……
ズガガガガガガーーーーンッ!
徳利を落とし、爆発させ、吹っ飛んだ。彼女もバラバラになった……。
酷い!酷すぎるっ!
その爆発が合図でもあったかのように、人々は俺たちの方へ群がってくる。その歩みは、まるでゾンビ映画で見たゾンビのようだ! 目はうつろに見えるが死への恐怖が宿っているようにも見える。みんなうっすらと涙を浮かべている。
参ったな。全員が敵ならただぶっ殺せばいいだけなんだが……どうやら無理矢理奴隷にされてしまった町人のようだからな、手荒なまねはできないし……。
「無駄な抵抗はやめろ!今すぐ降伏して私の奴隷になれっ!さもなくば、町人共を皆殺しにするぞ!」
どこからか声が聞こえてきた!?
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