第0035話 シンディの心

 今朝はなんとなく身体がだるく感じる……そう、感じているだけだ。

 俺の身体は、本来睡眠をとる必要さえない。当然、ステータスで確認しても全くの正常である。単なる気分の問題だ。

 深夜まで起きていた翌日は疲れが抜けきれず身体がだるくなったという記憶が、日本人だった頃の記憶がそう感じさせているのかも知れない。


 今日もまたやらなくてはならないことがたくさんある。

 だから、朝食は早めにとることにした。

 俺たちが泊まったテントの食堂に、軽めの料理と飲み物を用意して、バイキング形式にしてあり、ここでみんなと一緒に朝食をとっている。


「ダーリンが作る料理って、みんなすっごく美味いっすね?」

「そうか。俺が作っているわけじゃねぇけど……作った甲斐があるよ。ははは」

「作り方を知りたい。レシピを要求する」


 ジーが真剣な顔で言う。

 レシピと言われてもなぁ……レプリケーターが接続しているデータベースにそんな情報まで含まれていたかなぁ?


「何が入っているかは教えられるが、作り方はなぁ……神術を使っているからよく分からねぇ……と思ってくれ。悪ぃな」

「材料が判明しており、実際に料理も作れるのに、その作り方が不明というのは、理解不能です。詳しい説明を求めます」

「ごめんな、ジー。実は、俺たち管理者以外には、絶対に教えちゃならねぇ、ある仕組を利用してんだよ。だから詳しい説明はできねぇんだよ。勘弁してくれ」

「…………承知しました」


 そんなこんなで、みんなと色んな話をしながらの朝食はとても楽しかった。

 ふと、アウロルミア神国にいるハニーたちのことが気になった。

 エフデルファイにいるみんなは、今朝、何を食べたんだろうなぁ……。


 あっちのハニーたちとも、こっち、エルフ族のハニーたちとも、みんなで一緒に暮らしたいな。近いうちに絶対にそうしよう!



 ◇◇◇◇◇◇◇



 朝食が終わってから、ソニアルフェとスフィリアと話す機会を設けた。

 彼女たちの本当の気持ち、本当に俺の后になりたいのかを確認するためだ。


「ソニアルフェ、スフィリア、昨日はバタバタしていてちゃんと聞けなかったが、お前さんたちも、俺の后になってくれるのか?だとしたら嬉しいんだがな。

 嫌なら正直に言ってくれていいぜ?怒ったりはしねぇし、お前さんたちの選んだ道に進むことを応援するつもりでいるからな。どうだ?」

「なりたいです。それが夢でした。よろしくお願いします」

「私もです。よろしくお願いします」


「あ、一応念を押しておくが……俺の后にならなかったとしても、今後独身を貫く必要はねぇからな?そうしなくても済むようにしてやるからな。

 だから、もしも、庵を結ぶのが……ひとりで暮らしていかなければならないのが嫌だからという理由で俺の后になろうと思ったのなら、それはやめた方がいいぜ?どうだ?」

「シホ様からそのことも伺っております。ですから私は本心でお后様になることを望んでいます」

「はい。私も全く同じ思いです」

「そうか……嬉しいよ。ありがとうな。よろしく頼むな。ハニー」

「「はいっ!」」


 こうして、我がハーレムは拡大の一途をたどる……。ふぅ~。



 ◇◇◇◇◇◇◆



「シェリー、それじゃ頼む。彼女たちに攻撃神術を指導してやってくれ」

「はい。お任せ下さい」


 エルフ族の国、ヴェレビアに来て仲間になった全員を伴って、昨日ハニーたちに攻撃神術の練習をさせた砂漠地帯、プレトザギスに来ている。昨夜新たに加護したハニーたちに、攻撃神術を練習させるためだ。


 今回、攻撃神術の練習を行うのは……


 ・バーセア・ガアイゼレ(神子)

 ・ソニアルフェ(神子)

 ・スフィリア(神子)

 ・ミィミィ・ガアイゼレ(バーセアの母親)

 ・アニッサ(ザシャアの母親)


 指導役は、今回もシェリーにお願いすることにした。

 今回訓練を受ける子たちよりもちょっとだけ先輩のザシャア、ウェルリ、ジーにシェリーのサポートをお願いしてある。


 攻撃対象はいつものようにゴーレムだ。ただ、いつもの魔導士風のゴーレムではマンネリかな……と思い、今回は、レッサードラゴン風ゴーレムを100体程用意しておいた。空中をそれらしく飛んでいる。



 シホは今、ソニアルフェ、スフィリアの両親たちを送って行っているところだ。

 そして、シェリーの二人の姉たち、エリゼとルーナは、俺の隣でみんなの練習を見学している。『将来のために参考にする!』とか……なんかごにょごにょ言っていたのが気になるんだが……。まさか……いやいやいや……考えるのは止そう。


 練習の邪魔にならない街道脇に、中が、大浴場と脱衣所になっているテントと、食堂用のテントを並べて設置してある。

 その食堂用テントには、大きな冷蔵庫が設置してあり、その中には、各種冷たい飲み物とアイスクリームが入れてある。それらは、練習後のティータイム用に用意してあるのだ。……喜んでくれるかな?


 これらとは別に、2つのテントの前には、日よけ用に、4つの支柱と屋根だけの大きなテントが設置してあり、その下に丸形テーブルが4つと椅子が20脚、各種冷たい飲み物が入ったドリンクディスペンサーが数台設置してある。

 このドリンクディスペンサーは、練習中の水分補給用だ。みんなには練習中でも構わないから、ほんの少しでも喉の渇きを覚えたら絶対に水分補給をするようにと強く言っておいた。


「みんな!脱水症状は怖いからなっ!小まめに水分補給するんだぞ! できれば、喉が渇く前に水分補給するようにしてくれっ!」

 "はいっ!分かりましたっ!"


 まぁ……回復系の神術ですぐに治すことはできるのだけれども、予防しておくに越したことはないものな。彼女たちにつらい思いはさせたくないし……。


 エリゼとルーナ、オークドゥは、テント下の日影で、椅子に腰掛けながら、目を輝かせて練習風景を熱心に見ている。

 オークから救い出した9人の美女たちも俺の側、オークドゥとは反対側にいる。 全員が興味深そうに練習を眺めている。中でも正気を失っている女性は、子供のような好奇心に満ちあふれた表情をして練習を熱心に見ていた。


 テーブルの上には、それぞれの好みの飲み物が置かれているのだが、彼女たちは飲むのも忘れて、練習風景に見入ってしまっているようだ。

 ……なんとなく羨ましそうな表情をしているな。


 エリゼとルーナは奴隷商人に攫われそうになったしなぁ……加護しておいた方が良いかもしれんな。魂の色も"スカイブルー"だからな。俺は加護をしても良いとは思うんだが……シホが戻ったら意見を聞いてみるか……。



 ◇◇◇◇◇◆◇



「シホ、どう思う?エリゼとルーナも加護しておいた方が良いような気がするんだがな?お前さんの意見が聞きてぇ。どうだ?」

「私は賛成です。良いと思います。魂の色も綺麗ですしね……どうせなら、すぐ、加護を授けた方がいいんじゃないでしょうか?彼女たちもここで一緒に攻撃神術を練習させた方が効率も良いですしね」

「ありがとう。お前さんに賛成してもらえて嬉しいよ」


 エリゼとルーナは、俺とシホの会話に、自分たちの名前が出てきたのが聞こえたのか、こちらをチラチラ見ている。

 ちょうどいい……彼女たちを手招きで呼び寄せる。


「お前さんたちが嫌じゃなけりゃ、俺はお前さんたちを加護しようと思うんだが、どうだ?」

「え?……ぜ、是非っ!お願いしますっ!お嫁さんにして下さいませ!」

「わ、私もっ!」


 へっ?嫁さん?いやいやいや……ここでも妙な誤解が……


「あのな、加護、イコール、嫁さん……じゃないからな?間違えるなよ?」

「「えーーーっ!そんなぁ!」」


 あ……頭がクラクラしてきた。これはパッシブスキル"魅了"の効力なのか?


「取り敢えず、加護だけな!どうする?やめておくか?」

「「加護して欲しいですわ……(しょんぼり)……」」


 なんか二人とも急に元気がなくなっちゃったなぁ……。


「まぁ、"今は"加護だけにしておこうな。お互いをよく知らねぇしな」

 だ、だめだ……こんな期待を持たせるようなことを言っては……だめだ!

 そう思う一方で『ここでこの子たちを逃したら絶対だめだ』と何かが囁く。


「「はいっ!分かりましたわ!お願いしますっ!」」


 二人の顔に輝きが戻った。し、シホが"ジト目"をしている!?

 早速、シェリーの二人の姉たちには、テントの中で加護を授けた。

 リブートが完了すると彼女たちは、待ってましたと言わんばかりに、いそいそと練習へと参加していった。姉たちがいきなり練習に参加してきたことにシェリーが驚いている……。

 エリゼとルーナは、加護される前に練習を食い入るように見ていたので、上達が非常に早かった。あっという間に他の者たちのレベルに追いついてしまったのだ。

 シェリーは何やら複雑な顔をしている。



 ◇◇◇◇◇◆◆



 神術の練習も終わって、今はみんなでティータイム中だ。


 女性たちは、みんな大浴場で汗を流した。浴衣を選べるサービスを提供している日本の温泉旅館にあるような浴衣をみんなは着ている。浴衣は色柄とりどりだ。

 テントの中はエアコンが効いていて快適なのだが、団扇うちわで扇いでいる者もいる。その仕草が妙に色っぽい。

 エルフと浴衣……絶対に似合わないだろうと思っていたのだが……グッドだっ!バッチグーだっ!


 湯上がりには叔父坊主が惚れる……とはよく言ったものだ。

 湯上がりの艶やかさ……肌はほんのりピンク色、まるで可憐な花のようだ。

 ああ……美しい。心を奪われ、情欲をかき立てられる。

 これは反則だ……惚れ直してしまうぜ。


「うふふ。ダーリン、なんかお顔がほんのりとお赤いですわよ。みんなに見とれていらっしゃいましたわね?惚れ直されましたか?そうでしょう?うふふ」

「なになに!?ダーリンがあたしに惚れ直したっすか?いやぁ照れるっす!」


 は・は・は……ザシャアにウェルリ、なかなか勘が鋭いぜ。参ったな。

 うっ!ジーがにんまりと笑いながら、浴衣の裾をチラチラと何やら……。これは目の毒だ!や、やめろっ!……と心の中だけで叫ぶ。ゆ、浴衣の下には何もつけてないんじゃないのか?


 シェリー、ソニアルフェ、スフィリア、バーセア……みんな同じように頭にバスタオルを巻いている……うなじの後れ髪が色っぽい。ああ、みんな俺の妻になってくれるのか……。


 ん?エリゼとルーナがセクシーポーズをとりながらウィンクしたぞ!?

 だ、だめだ誘惑に負けそうだ……。

 ん?アニッサとミィミィはさすがだ!艶っぽい!大人の魅力ってものいいなぁ!


 >>マスター。精力絶倫モードへ移行しますか?

 <<い、移行せんでもいい!いらんお節介はやめろっ!



 ◇◇◇◇◆◇◇



 今日もこれから色々とやることがある。みんながとても残念がっていたのだが、非常に盛り上がった楽しいティータイムもお開きにして、今はみんなに帰り支度をしてもらっている。


 この後、エルガラズガット村に、村長のミィミィ・ガアイゼレを送っていこうと思っている。

 併行して、オークから救い出した女性たちも、俺とシホとで分担して送っていくつもりだ。正気を失っている女性、シンディだけはもう少し一緒にいてもらおうと思っている。どうしたらよいのか、現時点では全く方法は分からないが、なんとかして正気を取り戻させてやりたい。なんか手があるはずなんだがなぁ……。


「お義母さん、この休憩が終わったらすぐに村に送っていくよ。ノリゼムが村長の代理じゃ村のみんなも心細いだろうからな」

「あのう……私もアニッサみたいに、名前で呼んで下さいませんか?」

「ああ、その方が良けりゃそうするよ、ミィミィ」

「きゃっ、嬉しい!」

「ミィミィ……な、なんか急にかわいらしい口調になっちまったな?」

「す、すみません。男性から"ミィミィ"って、名前で呼ばれるのは久しぶりでしたので、つい……。うふふ」


「そういえば、立ち入ったことを聞いて悪ぃんだが、お前さん、旦那は?……あ、答えたくなかったら答えなくてもいいぜ」

「いえ、大丈夫です。実は、私は未婚ですの。バーセアの父親は……あのタマなしチキン野郎は!バーセアが私のお腹に宿ったことを知った途端に逃げてしまったんです!」


 ミィミィは両手をギュッと握り締め、怒りにわなわなと震えている。


「はっ!?す、すみません、下品な言葉を使ってしまって……」


「そうか……シングルマザーかぁ……苦労したんだな。がんばったな。バーセアをあんな立派ないい子に育て上げて。偉いな。よしよし!」


 ミィミィも若くして母親になったので、まだ若い。アニッサと同い年くらいだ。

 見た目もかなり若い。知らなければバーセアのお姉さんと思ってしまうだろう。

 だから、中身がオッサンの俺は一瞬、我が娘のように思えてしまい、いじらしく感じてしまったのだ。……だが、それがマズかった。


「ああーーっ!ずるいっす!あたしもシェリーさんのサポート、がんばったっす!ご褒美で撫でて欲しいっすよ!」

「同じく、がんばった。愛撫を要求する」


 あ、あ、愛撫って……。

 結局、なぜかオークから救い出した女性たちも含めて、全員の頭を撫でることになってしまった。まぁ、それくらいはお安いご用なんだけどね……。でも……俺に撫でられて嬉しいんだろうかなぁ、不思議だ。よく分からん。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 村長で俺のハニー、バーセアの母親であるミィミィをエルガラズガット村に送り届けた後、シホと手分けして、オーク集落から救出した8人の女性たちを順に送り届けてきた。嫌なことは早く忘れて、前向きに生きていって欲しいと切に願う。

 一人では抱えきれなくなるようなことがあったら連絡するようにと、一応念話がすぐに俺につながるようにはしておいてある。全力でサポートしてやるつもりだ!


 この世界に来てから、何度か同じような被害者女性たちを、彼女たちが所属するコミュニティーに送り届けてきたのだが、その経験に基づいて、彼女たちにはあるアドバイスがしてある。

 彼女たちには、オークに捕らわれていたことを他の者に話す必要はないと言ってあるのだ。闇奴隷商人に攫われそうになったところを、運良く俺に救われたということにしておくようにとアドバイスした。


 男尊女卑が当たり前のこの世界では、あほらしくて腹立たしい話だが、女性には貞操を守ることを強く求められる。男のエゴイズム、勝手な論理がまるで正論かのようにまかり通っているのだ。女性たち自身も諦めているのか受け入れてしまっている節がある。

 中には、貞操を守りきれないくらいなら、自ら命を絶つべし!という空気すら、コミュニティー全体に漂っていることがあるから質が悪い。

 だから、彼女たちがオーク集落で強いられたつらい経験は、同情されるよりも、

蔑まれてしまうことの方が多い。まるで汚いものでも見るかのような目で見られるようなことにもなりかねないので、本当は何があったのかを敢えて言う必要はないと言ってあるのだ。

 男どもの勝手な論理で作り上げられたモラルなんかに従う必要はない。

 彼女たちには前向きに、そして、強く生きて行って欲しい。



「神ちゃま!お帰りなさい!シンディね、さみしかったの!」

「ただいま。ごめんね。遅くなってしまって」


 シンディは、オーク集落から救出した女性である。彼女はオークからの凌辱に、心が堪えきれなかった。心が壊れてしまったのだ。

 今朝になってようやく会話ができるようになったのだが……どうやら、キャルやシャルと同じくらいの精神年齢になってしまっているようなのだ。ステータスでは17歳なのだが……。本当は20歳くらいだったようだ。だが、完全修復によって彼女の最盛期である17歳に戻っている。そんな魅力溢れる大人の女性が、つらい経験をしたことで幼女の精神年齢になってしまっているのだ。不憫でならない。


 ああ…アダージェットが聞きたくなる。マーラーの交響曲第5番、第4楽章だ。

 ん?……何かがフッと俺の頭の中を通り過ぎた。

 ……なんだ?何か非常に重要な事のように思えるんだが、なんだったのかを思い出せない。

 その"何か"を捕まえるため、直近の思考をトレースする……。

 アダージェット……マーラーの交響曲第5番……!!そうだっ!!捕まえたっ!


 そう、脳内再生形式データだ!そのことが頭に浮かんだのだ!これだ!


 <<全知師、魂の履歴データを脳内再生形式データへと変換は可能か?

 >>論理的には可能です。


 <<では、脳内再生形式データを使って、記憶を植え付けることは可能か?

 >>可能です。惑星管理システムの初期バージョンではその方式によって、惑星の生命体に疑似記憶データを書き込んでいました。


 <<ん?現在の管理システムでは使われていないのか?

 >>はい。現在の管理システムでは、疑似ニューラルネットワークイメージを直接生命体の脳神経細胞ネットワークにマージする方法が採られています。


 <<その方法の方が優れているのか?

 >>はい。主に速度面とエラー発生率において現方式の方が優れています。旧方式では、記録データを再生しながら書き込みを行うため、時間短縮ができませんが、現在の方式では、ニューラルネットワークイメージへの変換後にマージ処理を行うため、生命体への書き込みは数分で終わります。

  ニューラルネットワークイメージへの変換も、エルフ族の平均的寿命である、2500年分の魂の履歴であっても数分で完了します。


 <<それでは、魂の履歴データからニューラルネットワークイメージに変換して、それをヒューマノイド種族、俺が今想定しているのはエルフ族なんだが、その脳にマージした場合に、擬似的に精神状態というか、心まで復元できるか?

 >>心の形成が、その経験だけに基づいていると断定できるのであれば、原理的に心の復元は可能です。ただ、過去にこれを検証したデータは全く存在しません。

 現状では経験が心を形成するというのは、仮定に過ぎません。検証が必要です。

 <<具体的に言えば、シンディの魂の履歴データから、彼女のもともとの心を復元しようと考えているんだ。可能だと思うか?

 >>可能性はゼロではありません。ですが、データ不足のため、明確な確率を提示することはできません。実験をお勧めします。


 そうだな。魂のバックアップと、反則技で本来は許されないことだがシンディの現時点の生体データをレプリケーターに登録した上で試してみるか……。


 <<シンディの魂をバックアップし、生体データもレプリケーターに登録した場合、バックアップからバックアップ取得時のシンディを正確に復元することは可能か?

 >>可能です。蘇生もほぼ同じプロセスで行われますので、バックアップデータが正常であれば、99.9%以上の確率で成功します。


 よしっ!光明が見出せた!彼女の心を取り戻せるかも知れない!

 バックアップから現状を復元できるのであれば、たとえ失敗しても平気だ。

 これで安心して色々試せるな。一発勝負だとちょっときついが、やり直せるのはありがたい。バックアップって大切だよなぁ……。


『シオリ、聞こえるか?』

『はい。ダーリン。お久しぶりです』

『お、お久しぶりって、まだ離れてから1日も経ってないぞ?ははは』

『一日三秋、いいえ、一日千秋の思いでお帰りをお待ちしています。恋しいです。みんなも同じ思いだと思います。昨夜、キャルとシャルは泣いていましたよ』

『実は俺も早くみんなに会いてぇんだよなぁ……あ、いかんいかん。本題を忘れるところだったぜ!シオリに相談してぇことがあるんだ。実は……』


 シンディの心を取り戻す試みを始める前に、最も頼りになるハニーの、シオリの意見が聞きたくなったのだ。こういった時に問題点を的確に指摘してくれる。


『……画期的な治療方法ですね。素晴らしいと思います。この方法が成功すれば、心の移植が可能になりますね。しかしながら、精神の治療に有効である反面、悪用されると怖い技術になりそうです』

『な、なるほど。魂の履歴を使って、同じ心を持つ者を大量に複製することも可能であるわけか……。憑依みたいなことが可能になる……か。俺とシオリ以外には、この処理の実行権限を与えないようにすべきだな。特に、魂の履歴からニューラルネットワークイメージへの変換プログラムの利用制限は厳格にすべきだな』

『はい。それが賢明かと存じます』

『シオリ、ありがとう。お前さんはやっぱり頼りになるぜ!愛してるぜ!』

『……』



 ◇◇◇◇◆◆◇



 グラッツィア辺境伯邸を警護させているミニヨンの内の1体から、深夜、屋敷に侵入を試みた者がいたとの報告を受けている。現在、ミニヨンがその侵入を試みた者を追跡中である。


 <<全知師、ミニヨンは人の頭くらいの大きさがあるよなぁ?なのにどうして敵に見つからずに追跡できるんだ?何か特殊な機能でもあるのか?

 >>はい。ミニヨンは、亜空間潜行能力を有しております。自分自身を亜空間内に隠すことができる機能です。

 今回は対象が一人ですから、対象にマイクロアンカーを直接付着させて、自身は亜空間内に姿を隠して追跡しています。追跡対象者に発見される確率はほぼゼロと言えるでしょう。


『なるほど。遮蔽装置でも内蔵しているかと思ったが、さすがにそこまでの機能は無いのか……いや、かえって亜空間潜行機能の方が有用かも知れないな』


 遮蔽装置…物体を不可視にする装置を使うよりは、亜空間に身を隠す方式の方がエネルギー消費量も低く抑えることができるから、後者の方が有用だ。


 <<説明、ありがとう。ところで、他のミニヨンからは何か問題は報告されてきているか?

 >>いえ。グラッツィア辺境伯邸は無事です。平穏そのものです。

 <<そうか、よかった。また何かあったら知らせてくれ。

 >>承知しました。


 今であれば、シンディの心の修復を試みる時間を作れそうだな……。


 ミニヨンが追跡している者が、ザイエの町に向かい、ノアハ国境警備隊長と接触する可能性もあるため、現在はその動向を見守っているところだ。

 だから、この間を利用してシンディの心を修復しようと考えている。


 中央神殿の宿舎へ戻り、そこでシンディの心の修復を行うことも考えたのだが、俺たち以外、周りには誰もいないこの砂漠地帯で行った方が、かえって邪魔が入り難いことに気付き、心の修復作業を行うため場所として野営用テントを取り出して設置する……。

 シホには俺のサポートをお願いし、シホ以外のハニーたちには、食堂用テントで待機してもらうことにしよう。エリゼとルーナももちろん食堂用テントで待機だ。

 ここに設置してあるすべてのテントを守るように、防御シールドは展開してあるのだが、オークドゥは見張りをすると言って、テントの外にいる。


 野営用テントの中、シンディの部屋のベッドにシンディを神術で眠らせている。こうした方が作業がし易い。


「それじゃぁ、シホ。サポートを頼むな。シンディの様子に変化があった場合には教えてくれ」

「はい。承知しました」

「全知師。シンディの魂データ群をバックアップしてくれ」


 全知師には声に出して指示することにした。一応、シホとの念話回線はオープン状態にしてあるので、全知師からのレスポンスはシホにも届けられるようになっている。だから、念話だけでも事は済むのだが、声に出した方がなんとなくやり易いのでそうしているのだ。


 >>虚数空間内、シンディの魂の近傍にバックアップ用の魂を生成しました。

  バックアップデータに付加する"リカバリコード"のパーセンテージを指定して下さい。


「破損時に確実に復旧できるように、そうだな……50%付加してくれ」


 まぁ、10%も付加しておけば、大抵は修復可能なんだろうが……。


 >>シンディの魂をバックアップ用魂に無圧縮でコピーします……コピー完了!

  ベリファイを実行します……完了。正常にコピーされていることを確認!

  付加されたリカバリーコードによる復元シミュレーションを実行……完了!

  リカバリーコードによる復元シミュレーションに成功しました!


「よし!では、シンディの生体構成データをスキャンし、レプリケーター用データとしてストレージに保存せよ」


 >>承知しました。

  亜空間内にスキャンデータ保存用のストレージを生成します……完了!

  ストレージ内にスキャンデータ保存用ストリーム領域を確保します……完了!

  同ストレージ内にレプリケーターデータ化したデータの保存用ストリームを生成します……完了!

  スキャンデータをレプリケーターデータへ変換するために使用する作業用のストリームは、別ストレージに生成しますか?


「ああ。そうだな、テンポラリストリームは別ストレージに生成してくれ」


 >>承知しました。

  亜空間内に作業データ保管用ストレージを生成します……完了!

  ストレージ内にテンポラリストリームを生成します……完了!

  スキャンデータ変換プログラムを起動します……起動完了!

  変換先データ形式をレプリケーターデータ形式に指定しました。

  すべての準備が整いました。スキャン、及び、データ変換を実行しますか?


「よし!では実行しろ!」


 >>スキャン、及び、データ変換を実行します……………………変換完了!

  シンディの魂の履歴をコピーします。

  コピー用のストリームと保存用ストレージ領域を確保します……完了!

  シンディの魂の履歴をコピーします……コピーが完了しました!

  シンディを復元するために必要なデータのバックアップが無事完了しました。


「OK!ありがとう!さぁこれからが本番だ!シホ、シンディの様子はどうだ?」

「スヤスヤと眠っています。異常はありません」

「そうか。ありがとう。では始めるとするか……緊張するなぁ……」

「大丈夫です。ダーリンなら必ず成功します!」

「がんばるよ。絶対にシンディの心を元に戻してやる!」

「あ、でもダーリン、オーク集落で捕らわれてからの記憶は消去した方がよろしいのではないでしょうか?復旧と同時にまた壊れてしまいませんか?」

「あっ!そうかっ!いやぁ助かったぜ!シホ!お前さんは頼りになるなぁ!う~ん愛してるぜ!チュッ!」


 思わず投げキッスをしてしまった。

 しかし、よく気付いてくれた。危ねぇ危ねぇ!


「全知師。シンディの魂の履歴〔コピー〕を編集し、オーク集落に入ってから俺に助け出されるまでの履歴を削除してくれ!」


 >>記憶の一部に空白期間が生じますが、削除してもよろしいですか?


「ああ、やってくれ!この部分を削除しないわけにはいかないからな」


 >>承知。シンディの魂の履歴〔コピー〕を編集します……編集完了!


「それでは、魂の履歴〔コピー〕からニューラルネットワークイメージを生成する準備をしてくれ!全知師に変換プログラム使用権限を付与する」


 >>承知。

  変換プログラムを管理者権限で起動します……起動完了!

  シンディの魂の履歴〔コピー〕を変換元に指定します。変換先データ名を指定して下さい。


「そうだな……"シンディNNイメージ"にしておいてくれ!」


 >>承知。変換先データ名を"シンディNNイメージ"としました。

  変換準備が整いました。変換を実行しますか?


「やってくれ!」


 >>承知。変換を実行します…………………………変換は無事成功しました!


「よしっ!では、生成したニューロネットワークイメージをシンディの脳神経細胞ネットワークへマージする準備をしてくれ」


 >>承知。シンディNNイメージを脳神経細胞ネットワークへマージするために、シンディの基本システムをシャットダウンします……

  ……シャットダウンが完了しました!……マージ処理の準備が整いました。

  マージ処理に要する時間はおおよそ5分です。処理を実行しますか?


 なんかドキドキするなぁ。俺が神なのに、祈りたい心境だ。


「よし。シンディの心を救おう!マージ処理を実行せよ!」


 >>承知。マージ処理を実行します…………進捗率5%正常……


 ああ……この待ち時間……心臓に悪いよなぁ。どうかうまく行ってくれっ!



 ◇◇◇◇◆◆◆



 >>進捗率96%正常です。マージ完了までおおよそ30秒です。

  …………………………マージ処理完了!マージ処理は成功しました!

  シンディの基本システムを起動しますか?


「ふぅ~~~~~っ!!よ、良かったあ~~っ!ああっ!起動してくれ!」


 >>承知。シンディの基本システムを起動します……起動プロセス正常。まもなく起動が完了します……シンディの基本システムの起動が完了しました。

  すべての処理は正常に終了しました。


「よしっ!全知師、ありがとう!よくやってくれたっ!さあ後は、シンディが目を覚ました時にどうなっているかだ……」


「ん……んん、ん……」

「あ、ダーリン、シンディが目を覚ますようですっ!」


「シンディっ!」


 ここまでは完璧だ!ああ……シンディの心。治っていてくれよ!頼む!

 神なのに情けない話だが、神にでもすがりたい気分だぜ!どうもまだ神だという自覚が無いんだよなぁ~。


 そんなことを考えていると、シンディがおもむろに目を開けた!



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