第0034話 遠くて近きは男女の仲

「な、なんてことなのっ!おいたわしや、お姉様っ!」


 ん?『お姉様』?

 俺の疑問に答えるかのように、シェリーが俺の方に顔を向けて、泣きそうな顔をしながら言う……


「ダーリン!私の二人の姉、エリゼとルーナがいるのです!」


 なんと!幌馬車の荷台には、シェリーの二人の姉がいたのだ!

 シェリーの姉たち、エリゼとルーナ、彼女たちが俺に助けを求めていたのだ!


 幌に隠されていて外からは全く見えなかったのだが、馬車の荷台には大きな檻が1つ載せられていて、その中に数人の若い女性が入れられていたのだ。シェリーの姉二人もその中にいた!


 なんということだ!シェリーの姉二人を含む全員の首に隷従の首輪が嵌められているじゃないかっ!?まさか奴隷なのか!?いやっ!絶対に無理矢理だよな!


「神である我が権限において、ここにいる者たちの奴隷契約を強制的に破棄する!

 ……加えて"隷従の首輪"の除去と消滅を命ずる!」


 言い終えるや否や、女性たちの首から隷従の首輪が外れ、床に落ちる前に粉々になりながら消え去った。


「檻を分解し、消滅させよ!」


 物を分解し、消滅させることなんざぁ、訳も無いことだ。レプリケーターの機能を間接的に利用することで瞬時に行える。

 檻は一瞬で消える……まるで檻などはもともとなかったかのように消えた。

 シェリーの焦る顔を見ていると、早くなんとかしてやりたかったので、解錠ではなく、手っ取り早く檻そのものを消滅させることにしたのだ。


「お姉様!大丈夫ですかっ!?」


 シェリーは荷台へと飛び乗り!……二人の姉を両腕で抱きしめる!

 シェリーの姉たちは二人ともシェリーに抱かれて涙を流しながら震えている。


 早く馬車から降ろしてやろう……"見えざる神の手"で荷台にいる者たちすべてを優しく包み込み……


「幌馬車を分解!消滅させよ!」


 幌馬車を消し去って、"見えざる神の手"に包まれている者たちを優しく地面へと降ろす……怪我をしている者や着衣に乱れのある者はいないが、一応浄化と修復を施しておこう……。


「浄化!そして、修復!」


 ミニヨン5体を新たに起動し、辺りを警戒させることにした。

 というのも、最初に出したミニヨンが、今も俺たちをサーチライトで照らし続けているので、もし敵が潜んでいるとしたら、敵からは丸見えだからだ。いつ攻撃を受けてもおかしくはない。……もちろん、シールドもすでに展開してある。

 今のところ敵の姿は確認できない。シェリーがぶった切ったヤツらで終わりなのだろうか?……屋敷の方にも動きはないな。逆に気味が悪い。


「シェリーお嬢様!ありがとうございます。ううう……」


 女性たちが、口々にシェリーに礼を言っている。

 メイド服を着ている者が多い。格好からすると……この屋敷の使用人なのかな?


「私の姉二人と一緒に捕らわれていた女性たちは、みんな、私の実家で働いている使用人たちなんです。どうやら姉たちも含めて若い女性ばかりが奴隷にされたようです。そうなると……父たちが心配です。無事なんでしょうか……」


 シェリーは不安に顔が曇る……。

 急いでマップ画面を表示させてグラッツィア辺境伯邸を調べてみることにした。


 2階の廊下に男性が数名いるな……。これは書斎の前か?

 書斎の中は……若い男性の生命反応が1つあるな。

 しかし妙だ。みんな動かずじっとしている。拘束でもされているんだろうか?

 ……ん?精神支配か?誰かに操られているのか?だから動きが鈍いのか??

 その他は……1階から3階まで、屋根裏部屋も調べたが他には誰もいないな。


 地下室もあるようだな?結構広いぞ!

 地下室には……いたっ!人だっ!……十数名の生命反応がある!


「シェリー、この屋敷の地下はどうなっているんだ?そこに、十数名の生命反応があるんだが……?」

「地下は倉庫です。十数名の生命反応ですか……」

「あのう、横から失礼致します。地下倉庫には、父と母と使用人たちが捕らわれています」

「エリゼお姉様!本当ですかっ!?」

「そうなのよ、シェリー。ルーナと私も連れ出される前はそこにお父様とお母様と一緒に入れられていたのです。この子たちも一緒でしたのよ」


「私たち若い女性だけがそこから引きずり出されて……国境近くで待つ人族の奴隷商人に売られていくところだったの。こ、怖かったわ……」

「私とルーナは、必死に!必死に!神様にお助け下さるように祈り続けたのよ!

 ああ……神様!我が願いをお聞き届け下さりありがとうございます!」


 エリゼが跪き、胸の前で手を組んで、天に向かって礼を言っている。

 神なら目の前にいるんだけどなぁ……。

 それに、助けることができたのは全くの偶然なんだけどね。

 でも、ホント、助けられて良かった!やっぱり、もう少し願いを受信する範囲を広げた方が良いのだろうか……。


「お姉様!この方が神様ですよ。そして、私のフィアンセです。ダーリンです!」

「「えーーーっ!?」」


 シェリーの姉二人が跪く。


「あ、お義姉さん、よろしく。シェリーのフィアンセで、一応この世界の神だ」

「ああ、神様!お助け下さりありがとうございました!ああ……なんとお礼を申し上げたら良いのか……。ううう……」

「いや、礼には及ばねぇって。それよりも跪かねぇでくれよ。俺の大切なハニーのお義姉さんを助けられて良かったぜ!……あ、だから、跪かなくってもいいから、楽にしてくれよ。なっ?」


「ふっふっふーっ!どう?私は本当に上様のお后になるのよ!すごいでしょ!?」

「えーっ!?シェリーは冒険者じゃなかったの?いつから神子になったの?」

「神殿神子になったのですか?神様のお后様は、神子様から選ばれるのよね?」


「報告が遅れましたが、今の私は上様のフィアンセで、しかも、神殿騎士なのよ。

 それもね、近衛騎士なの!こうしていつも一緒にいてお守りしているのよ!」


 と言いつつシェリーは、左手の薬指を姉たちに見せる。


「うわぁ!エンゲージリング?エンゲージリングですの!?羨ましいですわ!」

「本当ですよ。どうしてそうなったのかを後でゆっくりと説明して下さいね?」

「そうです。是非聞かせて!神子様じゃなくても上様のお后になれるのでしたら、私だって……ごにょごにょ……」

「そうですよ。私にだってチャンスが……ごにょごにょ……」


 なんか姉妹で盛り上がっているな……。両親のことをすっかり忘れてないか?

 お前さんたち、今はそんなことをしている場合じゃないんだぞっ!お義父さんとお義母さんを助け出さなきゃ!


 さてさて、そうなると、ここにいる女性たちをどうするかだなぁ?


『シホ!聞こえるか?俺だ』

『はい、ダーリン!聞こえます!』

『今からそっちに女性たちを数名転送する。そっちで面倒を見てやってくれ!

 こっちで人族に売られるところを偶然助けたんだ。頼めるか?』

『はい。分かりました!お待ちしております』


 俺は使用人たちに、神殿に転送することを伝える。


「今のシェリーたちの会話が聞こえていた者もいると思うが、実は俺はこの世界の神だ!……今から、お前さんたちを安全な場所に移動させるからな!

 一瞬で移動するけど驚かないようにな。いいか? 安心して俺に任せてくれ!」

 "はいっ!"


「それじゃぁ移動させるぞ!痛くも痒くもねぇからな、心配するな!一瞬で終わるから大丈夫だ!……転送!」


 ここには、シェリーとその姉二人、エリゼとルーナが残った。

 使用人たちはシホのもとへと転送した。中央神殿の俺たちの宿舎の中だ。


「それじゃぁ、俺たちはお義父さんたちを助けに行くとするか。地下室へ転移するから俺に掴まってくれ!ん?地下倉庫だったか?ま、どっちでもいいや」


 シェリーが正面から俺の腰に手を回して抱きついた。二人の姉たちは腕を、俺の両腕に絡ませてきた。む、胸があたる……。

 空中で周囲を警戒させていたミニヨンと、照明の代わりをさせていたミニヨンを

亜空間倉庫へと仕舞う。……よしっ!準備完了だ!


「転移!」


 地下倉庫は薄暗いな、よく見えない……。

 神術で光の輪を天井に張り付けるように10個出す。そう!お馴染みの、まるでLEDシーリングライトのようにも見えるあれだ。

 光の輪を出した途端、地下倉庫は太陽の光が差し込んだかのように明るくなる。


「お父様!お母様!ご無事ですか!?」

「……ああ……シェリーか?なぜお前がここに?……エリゼ!ルーナ!お前たち、無事だったのかっ!?よ、良かった……。ううう……」

「貴女たち助かったのね」

「はい。上様に助けていただいたの。私たちのお祈りが届いたの!」

「そうなのよ!それに、お父様とお母様もきっと驚きますわよ!実は、シェリーが上様のフィアンセになったのよ!どう?びっくりなさったでしょ?うふふ」

「「えーーーっ!フィアンセーーーっ!?」」


 は・は・は……

 周りを確認する……皆、疲れてはいるようだが、大丈夫そうだ……。

 だが、念のために……


「浄化!修復!」


「話は後だ!まずはここから脱出しよう!みんな!俺の周りに集まってくれ!」

「入り口には外から鍵が掛けられていて出られませんが……ところで、貴方は?」

「私のダーリンよ。神様なの。転移しちゃうから、鍵なんか関係ないの」

 "ええーーっ!? か、神様ぁ~っ!……ははーーーっ!"


 シェリーさんや、みんな跪いちゃったじゃないか……


「ああ、面を上げてくれ!それよりもすぐにここを脱出するぞ!とにかく俺の側に来てくれ!」

 "はいっ!"

「よしっ!それじゃぁ、一旦、首都にある中央神殿へと転移する!……転送!」



「旦那様!奥様!ご無事でしたかっ!ああ……よかったぁ!」


 中央神殿にある俺たちの宿舎へと転移してきたところ、先に転送しておいた女性使用人たちが、グラッツィア辺境伯たちが無事であることが分かって喜んでいる!


「おおっ!お前たちも無事だったのか!良かったな!上様に感謝するんだぞ!?」

 "はいっ!"



 ◇◇◇◇◇◇◇



「それで、一体何があったんだ?」


 挨拶もそこそこに、俺はグラッツィア辺境伯に事の次第を尋ねた。


「実は息子のケイロルが国教近くの町、ザイエに駐留している国境警備隊の視察に出ていたんですが……今日、なぜか予定よりも1日早く戻ってきたのです。しかもどういうわけか、息子の視察に同行させてやった者たちは伴わず、妙な連中を大勢連れて来たのです……ガラの悪い連中でした」


 ボーバン・グラッツィア辺境伯の話を聞きながら、彼の"魂の履歴"に記録されている映像を見る……その他の拘束されていた人々にも見えるように、空中に映像を映し出してある。その時の映像を見ることで、何か気付いたり、思い出したりすることがあるかも知れないからだ。情報は多い方が良い。


 帰ってきた息子の目はうつろで無気力だった。首には妙な首飾りをつけていて、何を聞いても生返事をするだけで、まるで別人のようになってしまっていた。

 だが、なんとなく目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見える。


 息子のケイロルは食欲がないからと夕食は食べずに自室へこもり、仕方ないので辺境伯夫婦と娘二人で夕食を済ませることになる。


 食事が終わってケイロルはいないが家族で団欒している時に事件が起こる。

 突然、ケイロルが連れてきたガラの悪い連中が乗り込んできて、ボーバンたちを拘束して地下倉庫に押し込んだのだ。ケイロルの命令だということになっていた。


 使用人たちも衛兵も、すべてが、ケイロルの命によって捕らわれて、地下倉庫に入れられてしまう。午後7時頃のことだ。


 暫くして…多分午後8時頃じゃないかということだが……ケイロルが地下倉庫に見慣れぬ男を伴って現れ……エリゼとルーナ、そして、若い女性使用人たちを無理矢理引きずり出して連れて行く。

 地下倉庫から引きずり出された女性たちの首に"隷従の首輪"が嵌められる……。

 初めは必死に抵抗していた彼女たちも、ケイロルが連れてきた男が何やら呪文を唱えると、その途端に大人しくなってしまった。どうやら無理矢理、"奴隷契約"を結ばれてしまったようだ。


「うひゃひゃひゃっ!娘たちはもらっていくぜ!これから、国境で待つ人族の奴隷商人に売り飛ばすことになってるんだぜ!もう二度と会えねぇぜ~!ざまぁっ!

 ひゃーひゃひゃひゃっ!」


 娘たちを連れ去っていく男が、下卑た笑い声を上げながら、聞くに堪えない酷い言葉を吐く。その言葉は辺境伯夫婦たちの心を容赦なく踏みにじる……。

 俺がもしその場にいたのなら、この男をボッコボコのギッタンギタンにしてやるのだが……。

 ん?コイツ……よく見ると幌馬車の御者だっ!俺がデコピンで頭を吹っ飛ばしたヤツだ!しまった!こんなことならもっと痛めつけてからからぶっ殺すんだった!


「む、娘たちを返せ!今すぐ解放しろっ!」


「悔しいか?悔しいだろう?ひゃひゃっ!かわいそうになぁ~性奴隷として人族のゲス野郎に死ぬまで玩ばれるんだぜ!……さあっ!行くぞっ!来いっ!」


「お…おのれぇーーーっ!返せ--ーっ!」


 奴隷にされた女性たちを除くみんなの顔には、俺も含めて怒りの表情が浮かぶ。

 だが、実際に奴隷にされた女性たちの顔色は青い。目に涙を浮かべ震えている。


「ああ、ちくしょう!たまんねぇなぁ!人族にはもったいねぇ上玉だ!ったく!

 ヤツらに渡す前に抱きてぇなぁ!でもなぁ……ボスが絶対に手を出すなって言うからなぁ……。ああもったいねぇなぁ……」


 ブツブツ言いながら、男は娘たちを連れて去って行く……。

 自分の妹たちが連れ去られようとしているのに、ケイロルは無表情で眺めているだけだった。ん?でも……目に涙?なんとなくウルウルしているようだが……。


 ここまで見て、映像を消す……

 しかし、危機一髪だったな!いやぁ危ねぇ危ねぇ!俺たちがあの時間にあそこにいなけりゃ、お義姉さんたちは今頃……考えるだけでぞっとするし、腹が立つ!

 ケイロルが連れてきたっていう"ガラの悪い連中"っていうのは、シェリーが門の前で斬り捨てたヤツらに間違いないだろう。

 ヤツらの魂の履歴を確認しておく必要があるな。後で確認しよう……もちろん、

それが、終わったら"奈落システム"にぶち込んでやる!

 しかし……ボスって、やはり、あの女なのか?国境警備隊長ノアハ・ロバート・ヴェリエなんだろうか?



 ◇◇◇◇◇◇◆



「……ということで、盗賊のリーダーからの情報で、内通者が国境警備隊の隊長、

ノアハ・ロバート・ヴェリエだという事が分かったんだ。だから、それを知らせるために、シェリーと一緒に来たんだが……お義父さんに火の粉がかからねぇようにしようと思って来てみれば、もう巻き込まれちまってたとはなぁ……」

「そうでしたか……まさか信頼していたノアハが獅子身中の虫とは……」


「取り敢えず、今は、ケイロルをどうするか……だなぁ。妹たちが連れ去られようとしていた時に、目にうっすらと涙を浮かべていたようだから、多分、奴隷契約と隷従の首輪で操られているだけだとは思うんだが……。

 悪ぃが、そうじゃねぇなら、最悪の場合、ぶっ殺すことになる!いいな?」

「……は…い……。ぐっ!ううう……そ、それも覚悟します……」


 彼にとっちゃ、かわいい息子だろうからなぁ……なんとか殺さずに解決してやりたいなぁ……。

 しかし、困ったなぁ、自分の兄貴が俺に殺されるかも知れないのに、シェリーを連れては行けないよな……どうするかなぁ、ああ!マンパワーが足りない!

 シホにはここを守ってもらわないといけないしなぁ、俺ひとりで行ってくるしかないか……。


「屋敷に戻られるおつもりですね?でしたら、私もお供します!」

「いや、シェリー、場合によっちゃぁ、お前さんのお兄さんをこの手に掛けねぇといけなくなるんだぜ?そんなところはお前さんには見せたくねぇよ」

「先ほどの映像を見た時点で、覚悟はしております!…それに、近衛騎士として、私にはダーリンをお守りする義務があります!お側を離れるわけにはいきません!絶対にお供します!」


 シェリーは言い終えると、唇を真一文字に結ぶ……。

 目をうるうるさせている……だが、眉は上がり、その決意が顔に滲み出ている!


 あんなに派手に暴れたんだし、今頃はきっと辺境伯たちがいなくなったことにも気付いているだろう……オークドゥを戦力として連れて行くか。


「分かったよ、ハニー。屋敷ん中をよく知っているお前さんがいると心強いしな。頼むよ。それから、オークドゥ、お前さんも一緒に来てくれ!」

「はっ!喜んでお供致します!」

「いいか?殺しても蘇生させてやれるけど、なるべく殺さねぇように頼むぜ!?」

「ははっ!心得ました!」


「それじゃぁ、行ってくる。シホ、後は頼んだ!」

「はい。お気をつけて!」

「シェリーちゃん、ダーリンをよろしくっす!」


 ハニーたち全員がおもむろに大きく頷く。


「シェリー、どこに転移するのがいいと思う?」

「兄のいる部屋に直接転移した方が良いと思います」

「分かった!それじゃぁ行くぞ!俺の身体に触れてくれ!……よしっ!転移!」



 ◇◇◇◇◇◆◇



 転移が完了すると、目の前には、シェリーの兄、ケイロルが大きな机に向かって座っていた。だが、その表情には生気がなく、まるで生ける屍のようだ……。

 ただただボーッとした表情で座っているのだ。ちょっとおしゃれな首飾りを身につけている。……あれが隷従の首輪だな。


「神である我が権限において、この者の奴隷契約を強制的に破棄する!……加えて隷従の首輪の除去と消滅を命ずる!」


 隷従の首輪が外れ、床に落ちる前に粉々になりながら消え去る。

 シェリーが、ちょうどケイロルに呼びかけようとでもしていたのか、口を開けて固まっている。


「体内、体外浄化!状態異常を修復!」


「ぐぅっ、ううう……」


 神術が施されると途端にケイロルの目から涙がドバッとでもいうのか……まさにドバッといった感じで溢れ出てきた!


 ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!……

「くっそうっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!」


 ケイロルは両の拳で机を叩きながら、泣き叫ぶ!

 オークドゥが身構える。


「お兄様!大丈夫ですかっ?私が分かりますか?」

「わ、私は……私は大切な妹たちを……奴隷商人に売り飛ばしてしまったんだ!

 うわああああーーーっ!くっそおーーーっ!ノアハめっ!ノアハめっ!」


 ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!……


「おい、落ち着け!エリゼとルーナなら無事だ。俺たちが助け出した。お前さんの両親も使用人たちもみんな無事だ!安心しろ!いいかっ!ぶ・じ・な・ん・だ!」

「そうです!お兄様!みんな無事なんです!ダーリンが……神様が助けて下さったのです!もう大丈夫です!」


 シェリーが兄のもとへと駆け寄り、ギュッと抱きしめる……。

 それでようやくケイロルも落ち着きを取り戻す……。事態を理解したようだ。


 とにかく殺すような展開にならずに済んでよかった!


「お義兄さん、ちょっとタイミングが微妙だが、初めまして……だな。この世界の

神をしている者だ。そして、シェリーのフィアンセだ。よろしくな!」

「え?ええーーっ!?……ははあーーーっ!」


 シェリーの兄、ケイロルはシェリーをはねのけながら、椅子から飛び上がるかのように立ち上がったかと思うと、急いで俺の前へとやって来る。

 そして、右膝をついて跪き、頭を垂れ……

「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。あのう、恐れながら私の聞き間違いかとは存じますが、妹のシェリーのフィアンセと仰いませんでしたか?」

「ああ、確かに言った。間違いねぇよ。ありがてぇことにシェリーは俺の嫁さんになってくれるんだ。だからお前さんは俺の義理の兄ってことになるな。

 よろしくなっ!お義兄さん!」


 シェリーが頬を染めてもじもじしている。

 ケイロルは自分の頬をつねっている?なんだ?


 ケイロルは俺との話を止める非礼を詫びてからシェリーに話しかけた。


「シェリー、君はいつ神子になったんだい?神様のお后様になるには、神殿神子にならないといけなかったよね?」

「うふふ。神子様ではありませんわ。神殿騎士をしておりますのよ。しかも、近衛騎士なの。ダーリン……上様をお守りする大切なお役目を承っておりますのよ」


 シェリーは家ではこんな話し方をするのか……ちょっと新鮮だな。


「シェリー、良かったね。小さな頃から"お后様になりたい"と言っていた君の夢が叶ったんだね」

「はいっ!私の夢は叶いましたの!うふふ」


 シェリーも俺の嫁になることを夢見ていたのか?初めて聞いたぞ?


「神子に選ばれなくても諦めず、神殿騎士になって上様のお側にお仕えするんだと言って家を飛び出して行ったから、みんなとても心配してたんだよ。

 君はすごいね、どっちも実現したんだね。がんばったね。おめでとう!」

「うふふ。ありがとうございます、お兄様!」


 遠くて近きは男女の仲か……もしもシオン教徒が引き起こした、あの魔物溢れが起こらなかったら、この子とも巡り合えなかっただろうし、不思議なものだな。

 あの時はまさかこの子が、シェリーが俺の嫁になってくれるとはこれっぽっちも思わなかったのになぁ……。今じゃ、いとおしくてしょうがないんだからな。


「上様、扉の外に人の気配が!」


 オークドゥが知らせてくれた……だが、マップ画面を表示してあるから、俺には分かっている。精神支配を受けている数名の男性が扉の外にいる。多分、何者かの奴隷にされているのだろう。彼等は今のところ何かをするようではない。ボーッと突っ立っているようだ。

 取り敢えず、扉越しに奴隷契約の解除と隷従の首輪の消去を行ってやった。


 ドサッ!ドサッ!ドサッ!……


 扉の外で男たちが意識を失って倒れる……。そのまま体内外の浄化と状態修復を施してやる……。

 扉の向こうのことなので、ここからは見えないが、マップで確認すると、彼等の状態は正常に戻っている。


「ダーリン、どうしましょう?叩っ切りますか?」

「いや、もう大丈夫だ。扉の外には奴隷化された男たちが数名来てたんだがなぁ、奴隷契約を強制破棄して治療を施してやった。多分、これで正常に戻ると思う」


 暫くすると扉が開き、男数名が部屋の中に入ってきた。


「若様!大丈夫ですかっ!?お怪我はありませんか?」

「貴様ら!何者だ!若様から離れろ!」


「待てっ!見て分からんか!?私の妹のシェリーだ!そして、こちらの方は、恐れ多くもこの世界の神であらせられる。皆の者、控えよ!」

 "し、失礼しました!……ははあーーーっ!"


「いや、気にするな!面を上げてくれ!」


 どうやら、精神支配されてない本当の敵は、シェリーが門前で叩っ切ったヤツらだけだったようだ。


『シホ、聞こえるか?俺だ』

『はい、ダーリン、聞こえます。終わりましたか?』

『ああ、終わった。辺境伯の息子は無事だ。やはり無理矢理奴隷にされていたようだったから、解放してやった。辺境伯たちに息子の無事を伝えてやってくれ』

『はい。承知しました』

『そこにいるこの屋敷の者たちをこっちへ転送するから、準備をさせてくれ!』

『分かりました。準備が整い次第、お知らせ致します』

『ああ、よろしく』


「今、お義兄さんが無事であることを、お義父さんたちに知らせておいた。

 もうちょっとしたら、こっちに来るから、ちょっと待ってて欲しい」


『ダーリン、準備完了です!私が転送させましょうか?』

『いや、俺の方で行う。ありがとうな』

『いえいえ』


「転送!」


 グラッツィア辺境伯たちが突然目の前に現れたのを見て、ケイロルと部下たちは驚愕している!目を大きく見開き、アゴが外れるくらいに口を開けているのだ。


「父上、母上、ああ……エリゼ!ルーナ!本当に無事だった!よかったぁ……」


 俺の言ったことが信じられないのか……とちょっとムッときたが、まぁ当然だ。当然の反応だろうな。悪気はないことは分かる。

 自分の目の前であんなことが起こったら、自分の目で無事を確かめるまでは安心できないものな。俺が彼の立場だって、きっとそうだと思う。


 シェリーたち家族、そして、使用人たちは共にお互いの無事を、涙を流しながら喜び合っている。


 しかし、シェリーの家族はみんな魂の色が"スカイブルー"なんだな……。


 今回のことでは、ひとつ収穫があった。それは、魂の色がたとえ"スカイブルー"であっても、精神支配されて凶悪犯罪を行っている可能性があるということだ。

 そうした場合には、自分本来の意思に基づいて行われた犯罪行為ではないため、魂の色が変化することがないのだ。……これは盲点であった。


 神眼を使う時には、魂の色だけではなく、状態異常に陥っていないかを確認する必要があることを早速ハニーたちには伝えておく。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「お義兄さん、なんでこんなことになっちまったのか、教えてくんねぇか?」

「はい。私は父の命によって、国境警備の拠点であるザイエの町に、国境警備隊を視察するために赴いたのですが……」


 今回も、ケイロルの話を聞きながら、彼の"魂の履歴"に記録されている映像を、みんなで見ることにした。いつものように、空中に映像を映し出してある。

 こうして映像を見ることで、何か気付いたり、思い出したりすることがあるかも知れない。そこに期待している。


 ケイロルたちがザイエの町に到着した夜に、国境警備隊長のノアハ・ロバート・ヴェリエの邸宅で、歓迎会が催されていた。

 ザイエの町の有力者たちと歓談する場面が暫く続いたが、ケイロルが何杯目かの飲み物を口にした時に異変が起こる。ケイロルがスッと意識を手放したのだ。


 ケイロルが目を覚ますと、目の前には、まるで凶悪犯であるかに見える悪い顔をしながらニヤニヤ笑っているノアハが立っていた。


「お前は私の奴隷にしてやった。なぜだ?って顔をしているなぁ?教えてやろう。お前を操って、グラッツィア辺境伯領を、闇奴隷売買の一大拠点にするつもりなんだよ。あははっ!」

『そんなことはさせない!……ん?声が出せない!』


「ん?何か言いたいのか?よし、許可する」

「ダガル!どこだ!こいつは反逆者だっ!討ち取れっ!」

「ひゃぁーーーはっはっはっ!バッカじゃないの!?お前の側近たちは、ダガルを含めて全員あの世に送ったわ!お前を人質に取ったらね、まーったく抵抗できなくなっちゃうんだから、だらしないわよね?あれで側近だなんてね」

「くっ、くっそうっ!お前の思うようにはならんぞっ!きっと父上がお前の悪事を叩き潰してくれるはずだっ!」


「あははっ!お馬鹿さんねぇ、そんなことはさせないわよ。こちらはお前を奴隷にしているのよ。辺境伯は手出しできないわ。……それよりも、お前には綺麗な妹が3人いたわよねぇ~?その子たちをみんな、いいえ、お前の屋敷に勤めている若い使用人の女の子たちもまとめて、性奴隷として人族に売り払ってやるわ!」


 許せんな!この女は絶対に成敗してやる!

 まさかシェリーまでターゲットにしていやがるとはっ!絶対にぶっ殺す!


「ダーリン、あれ見て!あの女の人の首、隷従の首輪じゃない?」

「ああ、シェリー、そのようだ。隷従の首輪かどうかは分からねぇが、首輪をしているな。よく気が付いたな」


 隷従の首輪かどうかは分からないが、なにやら首輪をしている。ひょっとしたらこの女も誰かに操られているのか?

 実際に会って、ステータスと魂の色を確認してみないと分からないな……。



 ノアハは、ケイロルを影で操ってこのグラッツィア辺境伯領を我が物とし、この国の各地より攫ってきたエルフ族の若い女性たちをこの地に集めるつもりだ。

 そして、性奴隷オークションを闇で開いて……主にエルフ女性の性奴隷に対して高い需要がある人族に売りつけることを画策していたのだ。なんて女だ!


 俺たちが未開の砂漠地帯、プレトザギスの街道で倒したような闇奴隷商人たちを通じて、すでに多くのエルフ女性を性奴隷として人族に売りさばいていた!


 怒髪天を衝く!

 なんということだっ!買う方も許せないなっ!

 だが……まずは絶対にこの元凶を断つ!


 しかし、ちょっと妙じゃないだろうか?……いくら奴隷にしたからといっても、ケイロルに何もかも洗いざらい話し過ぎじゃないのか?なんか不自然だなぁ。

 ……やはりノアハは誰かに操られていて、自由が利かない中で、なんとか黒幕の計画をグラッツィア辺境伯に知らせようとしているんじゃないのか?


 俺の直感がそう告げる……なんとなくそんな気がしたというべきか。

 俺は女性には甘いからなぁ、どうしても女性は善人だと思いたくなるからなぁ。

 まぁ気のせいだろうなぁ……。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 日付が変わろうとしている……。

 幌馬車の御者や、ノアハの手下どもの魂の履歴を確認してみたが、新しい情報は何も得られなかった。ヤツらの死体と血は、既にサンドワームの巣に転送済だ。

 もちろん、魂自体も"奈落システム"へと放り込んである。


 念のために、グラッツィア辺境伯邸の周りには、もともとあった柵の外側に壁型シールド発生装置を配置し、シールドを張ってある。

 当然、上空からの攻撃にも備えてある。ミニヨンを100体程、起動し、屋敷の上空をパトロールさせているのだ。

 これで取り敢えずは、大抵の敵の攻撃には堪えられるだろう。


 俺とシェリー、オークドゥは、今日は一旦神殿に戻ることにした。

 辺境伯家族に今日はこれで帰ると伝えに行くと、シェリーの姉二人が一緒に行きたいと言い出す……。


「シェリー、お前さんの部屋に泊めてやるなら、俺は構わねぇぞ。どうする?」

「お姉様たちもそれでいいの?」

「「ええ!もちろん!」」

「久しぶりに会ったんだからなぁ、積もる話もあるだろう。いいぜ。許可する」

「「ありがとう!ダーリン!」」


 をゐをゐ!お前さんたちからダーリンと呼ばれる筋合いはないんだけどな。

 まぁ、シェリーと久々に再会してテンションが上がっているんだろうからなぁ、勘弁してやるか。


「それじゃぁ、みんな俺の側に来てくれ!……転送!」



 ◇◇◇◇◆◇◆



 やれやれ、ようやく休むことができる。

 しかし……今日は休む間もなく色々なことが起こったなぁ……さすがに疲れた。

 うわっ!もう午前2時か!?睡眠時間が余り取れないな……。もう早く寝よう。


 明日はノアハ退治か……すんなりと行けば良いんだがなぁ……。

 ああ……ベッドに身も心も吸い込まれるようだ……

 次の瞬間には俺は意識を手放していた。



 ◇◇◇◇◆◆◇



 人々が寝静まった頃である。

 グラッツィア辺境伯邸の門から街中へと通じる道。その両脇には深い林がある。 その中から黒い人影がひとつ現れた。


 屋敷の周りを一回りして侵入できる箇所がないのを確認すると、チッと舌打ちをして、その場を去って行った。




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