第0023話 宋襄の仁

 "スカイブルー"か。神官の方もそうなのか……。



 リビングテーブルをなかはさんで、今、俺たちの向かいには二人の女性がすわっている。 ちょうど型通かたどおりの挨拶あいさつわって腰掛こしかけたところだ。


 俺の真向まむかいには、神官見習しんかんみならいのレキシアデーレ・ストリドムが……。

 そして、彼女のとなり、向かって左隣ひだりどなりには 神官のスリンディレ・クラルケがすわっている。 この女性が、レキシアデーレがつかえている神官しんかんである。


 ふたりとも、魂の色は "スカイブルー" であった。

 レキシアデーレがつかえている神官しんかん善良ぜんりょうひとでよかった。


 となると……不思議だ。

 彼女たちが不可解ふかかい行動こうどうを取っていたことが、重要じゅうような意味を持ってきそうだな。


 彼女たちの不可解ふかかい行動こうどう、それは……


 たび途中とちゅうから彼女たちは、まるで思いつきで行動しているかのように、でたらめな行動を取り始めたことだ。


 中央神殿を出て、しばらくのあいだ提出ていしゅつしていた"行動スケジュール"どおりに巡回じゅんかいしていたのに……

 ある時からきゅうにめちゃくちゃな、巡回効率じゅんかいこうりつまった無視むしした無駄むだだらけの行動を取り始めるようになったのだ。


 神官見習いのレキシアデーレが、勝手かってに行動を決められるわけがない。


 だから、普通ふつうに考えれば、たび途中とちゅうからでたらめな行動を指示してきたのは、この女性神官ということになるだろう……。


 しかし、この善良ぜんりょう人間にんげんが理由もなくそんな行動を取るわけがない。

 つまりは、そうせざるをない、何かがあった可能性が高い。


 後で必ず聞こう……。


 ん? レキシアデーレの顔色が悪いぞ。

 ひょっとして、もうすでに父親の死を知っているのか?


「レキシアデーレ、気分でも悪いのか?」


「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れているだけです。

 ご心配いただき、ありがとうございます」


「そうか……」


 大丈夫だろうか? ちゃんと受け止められるのだろうか……父親の死を……?


「実は、こうしてお前さんに直接ちょくせついに来たのには理由がある。

 とても重要じゅうような話をしに来たのだ」


「はい。 それはどういったお話でしょうか?」


「いいかい、たしかにって聞いて欲しい……」

「は…い……?」


「お前さんのお父さん、カルメデオ・ストリドムさんがくなった」

「!!!!!」


「おい! しっかりしろ! 大丈夫だいじょうぶか!?」


 レキシアデーレは気を失ってしまった。

 神官のスリンディレのひざの上へとたおみ、意識いしきうしなっている!


 やはり、ショックが大きすぎたか……。

 神官、スリンディレはおどろきをかくせないでいる。


 スケさん、カクさん、ヘルガ に さゆり……。

 みんなは憐憫れんびん表情ひょうじょうかべている。


 彼女の精神状態せいしんじょうたい安定あんていさせるべく、神術をほどこした。


 …………しばらくして、彼女が意識を取り戻す。


「大丈夫か? ショックだったよな」

「……」


 心中しんちゅうさっするにあまりある。


 彼女に父親の死をつたえようと思ってからずっと……つたえたあとにどうなぐさめようかと考え続けてきた。


 肺肝はいかんくだいた……だが、どんななぐさめの言葉をかけても、ただむなしいだけのような気がして……結局けっきょく、かけるなぐさめの言葉は見つからなかった。


「それで……父は…父は病死びょうしだったんでしょうか?」

「いや……お父さんは、お父さんが助けてやった盗賊に殺されてしまったんだ」


「そんな……お、お父さん……ううう…うわあーーーーん!」


 レキシアデーレは号泣ごうきゅうする……


 スケさん、カクさん、ヘルガにさゆり、神官のスリンディレも……みんなうつむいて涙を流している。 そして……この俺も……。


 ああ、アダージェットがきたくなる……。


 地球にいた頃、気分きぶんんだ時にいていたきょくだ。

 マーラーの交響曲こうきょうきょくだいばんだい楽章がくしょう……気分が落ち込んだ時にこの曲を聴くと なぜかこころやされたのだ……。


 今まさにこの曲が聴きたいと強く思う……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 レキシアデーレが落ち着いてから、彼女の父親、"カルメデオ・ストリドム"のうえに何が起きたのかを話して聞かせた。


 彼女はうつむき、目にはなみだ……くちびる真一文字まいちもんじむすんでじっと聞いていた。



「……それでな、彼の一人娘ひとりむすめが、中央神殿ちゅうおうしんでん神官見習しんかんみならいをしていると知って、そのむすめさんを俺は絶対ぜったい加護かごしようと決めたんだ。 勝手な話なんだけどな……」

「……」


「恐らく、お父さんの心残こころのこりはお前さんのことだ。

 大切たいせつそだててきた娘のすえ心配しんぱいまっている……と思ってな」

「……」


「だから、お前さんをしあわせにしてやらなきゃ…と思ったわけだ。

 お父さんがしてきた善行ぜんこうむくいるためにもな」

「……」


「その第一歩だいいっぽがお前さんを加護かごすることだと思っている。

 どうだい? 俺の加護かごけてくれるかい?」


「……ありがとうございます」


「そうかっ! よかった! お前さんはこうして旅をしているからな、ずっと心配していたんだよ。 みょうなヤツにからまれていねぇかとかな。

 俺の加護かごさえあれば、たとえ、ランクS冒険者でも、お前さんをどうこうできなくなるからな! 早く加護かごしてやりたくてなぁ……」


 ん? レキシアデーレと神官がたがいに顔を見合みあわせておどろいたような顔をしている?


「ん? どうしたんだ? 何か俺はマズいことでも言ったか?」

「「いえいえ!」」


 神官がけっしたように……


「実は……あとでご相談しようと思っていたんですが……」


「なんだ? 遠慮するな」

「はい。 実は……レキシアデーレが、みょうな男にまとわれてこまっているのです」


「何? ストーカーか?」

「すとーかー?」

「いや、いい、気にするな。 続けてくれ」



 話によると……


 彼女たちが巡回視察じゅんかいしせつのために、神都の北西約2000kmにある、ラウロボルムという町の神殿をおとずれた時のことである。


 彼女たち神殿視察団しんでんしさつだん歓迎かんげいするパーティーが、領主りょうしゅによって町の有力者ゆうりょくしゃを集めて開かれたのだが、その出席者の中に、のちにストーカーになる男がいたということだ。


 男はレキシアデーレに "一目惚ひとめぼれ" したらしく、パーティーの間中あいだじゅう執拗しつよう口説くどつづけたらしい。


 ラウロボルム町に彼女たちが滞在たいざいしている間、男は毎日のように神殿や彼女たちの宿舎しゅくしゃに顔を出しては、レキシアデーレに求婚きゅうこんし続けたという。


 レキシアデーレには全くその気はなく、そのたびことわったが、男はあきらめなかった。


 神官のスリンディレをまじえて、ハッキリと男に拒絶きょぜつの意思を示したのだが……。


 男は、レキシアデーレがつかえている神官しんかんが、無理矢理むりやり男との結婚をあきらめるように言っているのだと主張しゅちょうして、まったあきらめることはしなかった。


 神官を殺してでも、レキシアデーレを"神官の"から助け出し、自分のモノにすると言いはなったらしい。


 そして、行動はどんどんエスカレートしていく……。


 レキシアデーレが神殿から宿舎へと戻るのを、手下てしたとともにせして、護衛の神殿騎士を手下てした足止あしどめさせておいて、彼女を強引ごういんり、人気ひとけのない路地裏ろじうらたおして自分のモノにしようとしたこともあったという。


 幸い、危機一髪ききいっぱつで神殿騎士に救い出されてことなきをたのであるが、以降、彼女は一人ひとりでは外に出られなくなってしまった。


 ストーカー男は町の有力者ゆうりょくしゃの息子なので、被害ひがいうったえても、まともに取り合ってもらえなかったと言うことだ。


 クソ野郎だな……いずれ成敗せいばいしなきゃならんな!


 外に出なくなった彼女の元には、毎日のように男から"プレゼント"がおくられてくるようになった。


 男からのプレゼントは応対おうたいに出てくる神殿騎士がすべてかえすため、男は匿名とくめいでプレゼントするようになる。


 ある時、中央神殿関係者の名前で送られてきた小包こづづみを彼女が開けると、中には、

白濁はくだくした液体えきたいはいったびんと手紙が入っていて、その手紙には……


高貴こうき身分みぶんである私の貴重きちょう子種こだねエキスを、特別に愛する君に進ぜよう……』


 といった内容が書かれていた。びんに入っていたのはおぞましい液体だったのだ!

 手紙を読んだ彼女は、あまりのショックにその場で卒倒そっとうしてしまったという。



 これはマズいな……

 こういったケースは殺人事件へとエスカレートすることがある。


 地球では、こういったケースで、"公的機関こうてききかん"もふくめて、誰にも助けてもらえずに、

ついにはストーカーをされていた女性が殺されてしまった……ということが、何度かあったのを覚えている。


 だがっ! この世界には俺がいるっ!

 クソ野郎のからは、俺が絶対に彼女をまもってやるっ!

 覚悟しておけや、クソ野郎!……と、俺はかたこころちかった。



 このままでは、レキシアデーレの身が危険だと判断した神官は、視察を早々そうそうに切り上げて、こっそりと次の目的地へと旅立つことにしたらしい。


 ところが、なぜか次の視察先にも男は現れてレキシアデーレを執拗しつようにつけまわしたのだった。 神官のスリンディレは、どこかから情報がれたようだと言っている。


 その次の視察先へ行っても同じだった。


 中央神殿に提出していた行動スケジュールが、どういうわけか、男にれていると判断した神官は、スケジュールを無視むしして、効率こうりつなどは一切いっさい考えないようにし、思いつきで移動するようにしたらしい。



 なるほど。得心とくしんがいった。

 これで彼女たちが不可解ふかかいな行動をとった理由が理解できた。



「……その後、この町に来るまでは、大丈夫でした。

 男は現れていませんが、このままでは心配で、それで、今回はよい機会きかいだと思い、上様うえさまにご相談しようと考えていたのです」


「なるほどな。分かった。俺に任せろ!

 それじゃぁ、やっぱり、まずは俺の加護かごを彼女にさずけておいたほうがいいな。

 さっきも言ったが、ランクS冒険者でも太刀打たちうちできなくなるからな」


「……あのう~」

「なんだい? レキシアデーレ」


「あのう~、加護かごしていただくと、筋骨隆隆きんこつりゅうりゅうになってしまって……もしかしたら、オーガのような体型たいけいになっちゃうようなことはありませんでしょうか?」


 な、なるほど……そう思うわなぁ。 お年頃としごろだし……気になるわなぁ。


「大丈夫だ! ここにいるお姉さんたちは、ひとりをのぞいてみんな俺の加護かごけているが、どうだい? オーガには見えねぇだろう? みんなすっげぇ美人だろ?」


「はい! よかったぁ~、安心しました! では、お願いします!」


 父親の死を知って、まだ間もないのだけれど……

 つとめて明るくおうとしている彼女がとてもいじらしい……。


 全力でサポートしてやるからな!


「おう! 分かった!

 それじゃぁ、スリンディレ。 彼女に横になってもらう必要があるから、ちょっとそこを開けてくんねぇか? わりぃな」


「いえ」


 スリンディレが立ち上がった。

 今、俺たちの向かいのソファーにはレキシアデーレだけが横になっている。


 もう今回で5回目か……。

 俺のフィアンセたちと同様どうよう加護かごなら、もう目をつぶっていてもできそうだな。


「さぁ、準備はできた! ……さっき話したように、一瞬、意識が飛ぶからな。

 でも安心しろ、いたくはねぇからな。 それじゃぁ目をつぶってくれ!」

「はい」


「リブート!」


「……えっ? もう終わったんですか? 加護かごしていただいたのでしょうか?」


「おう! さっき説明したように、お前さんはめちゃめちゃ強くなってるからな。

 力加減ちからかげんには十分注意しろよ! いいな!?」


「は、はいっ!」


 ホント、俺も力加減ちからかげんには注意しなきゃなぁ~。



 ◇◇◇◇◇◇◆



「どうする? スリンディレ。

 俺たちの用事ようじんだら、俺たちと一緒いっしょ一旦いったん中央神殿に帰るかい?

 一緒いっしょに連れてってやってもいいぞ? もちろん、随伴者全部ずいはんしゃぜんぶまとめてOKだ」


「そうですね……その方がいいかも知れませんね」


「ああ。中央神殿の方も、お前さんたちの動きが読めねぇからこまっていたしな」

「はい。では、そうします。 お手数をおかけして申し訳ありません」


「なぁ~に、気にするな。 たいした手間てまじゃねぇからな」


 神都にいてもらった方が、俺も守りやすいからな。


「そうそう、スリンディレ。ありがとうな。

 機転きてんかせてレキシアデーレをまもってくれて……本当にありがとう」


「いえ。私の随伴者ずいはんしゃですから。あたりまえです」


 よし! 神都に帰ったら、もう一回バーベキューパーティーをやろう!


 スリンディレも、レキシアデーレも、他の随伴者ずいはんしゃもこのあいだはいなかったからな、この子たちにも楽しませてやらなきゃな!



 ◇◇◇◇◇◆◇



 さぁ、今度は、いよいよヘルガの実家だ。 ヘルガの実家へは徒歩とほで移動する。

 レキシアデーレも俺たちに同行することになった。


 父親の死を知ったばかりのレキシアデーレに、"家族団欒かぞくだんらん"を見せつけることになるだろうから、同行させない方がいいと思っていたんだが……。


 頭のいい彼女は、俺がそう考えていることまでをも見抜みぬいたうえで、大丈夫だいじょうぶだからと強く同行どうこう希望きぼうした。


 俺は彼女の勢いに気圧けおされて、しぶしぶだが、同行どうこう許可きょかしたのだった。



 レキシアデーレの護衛ごえいをずっとつとめていた神殿騎士が心配だから同行どうこうしたいと申し出たが、俺はそれをきっぱりとことわった。


 当然である! こちらにはスケさんとカクさんがいるからな。


 護衛の神殿騎士たちは俺が加護かごする前の、かつてのスケさんとカクさんの実力しか知らない。


 それで、レキシアデーレの護衛ごえいを、本当に、スケさんたちにまかせても大丈夫なのか不安だということで、彼女たちの今の実力を確かめたいと彼等は、スケさんたちとの手合てあわせを願い出たのだった!


 スケさんとカクさん、それぞれに、ひとりたい彼等かれら4人で模擬戦もぎせんをしてもらったが、ひとりひとりでは、とても話にならず……

 彼等4人で一斉いっせいりかかったのだが、彼女等に、指一本ゆびいっぽんで簡単にねじせられてしまったのである!


 彼等は納得なっとくせざるをなかった……彼女等以外の護衛ごえい不要ふようだということを!


 自分たちは護衛ごえいするどころか、下手へたをすると"足手あしでまとい"になってしまうかも知れないということをさとったのだ。


 それに、レキシアデーレ自身も、あらゆる攻撃属性こうげきぞくせいに対する耐性たいせいたし、今や、オーガみのSTRにもなっている。


 能力のうりょくだけなら、もはや護衛ごえい神殿騎士しんでんきしたちをもえている!

 彼等よりもおとっているのは、戦闘経験せんとうけいけんだけである。


 まぁ、それが結構重要けっこうじゅうようなことなのかも知れないのだがな……。

 いずれにせよ、彼女が戦うことはまずないし、問題はないだろう。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「父さん、母さん、ただいま帰りました」

「おお、ヘルガ! お帰り! どうしたんだい急に? …… はっ! 神様!」


 ヘルガの母親が俺に気が付いてひざまずいた。


「ああ、どうも。お義母かあさん、初めまして。

 私はこの世の神をしております、シンと申します。

 事後承諾じごしょうだくになってしまい大変申し訳ありませんが、このたび、ヘルガさんと結婚けっこんすることになりましたので、そのご報告ほうこくとご挨拶あいさつ、そして、それとは別に、あるお願いをするために参上致さんじょういたしました」


 家の中から続々つぎつぎと人が出てくる……。

 ヘルガの母親が、みなに俺の正体しょうたいを話すと、みな即座そくざひざまずく。


「ああ、みなさん、そんなことをなさらないで下さい。

 立って下さい。私たちはしのびのたびをしております。 どうか普通にして下さい」


「おお、ヘルガ! ゆめかなったんだな! よかったなぁ!

 でも、まさか本当に神様のお后様きさきさまになるなんてなぁ……

 悪いけど、いまだに信じられないな」


「まぁ、お兄さんったら、失礼しちゃいますわね。ふふふ」


「みんな、わりぃけど、普段の口調くちょうもどすぞ。

 丁寧ていねいな言葉で話してると、かたこってしょうがねぇからなぁ」


 "…………!?"


 みんなが俺の言葉遣ことばづかいの変化へんか呆然ぼうぜんとしている。

 すまないなぁ、こういうキャラだから勘弁かんべんしてくださいな。


「あ、みんな! 紹介しょうかいしますわね!

 こちらの方は "さゆり" さんといって、シンさんの助手をされている方。

 そして、この方たちは、私と同じく、シンさんの"フィアンセ"のスケリフィさんとカークルージュさん。 二人は神殿騎士をされていますわ。

 最後に、この子は今日から私たちの仲間になった、レキシアデーレさん。

 神官見習しんかんみならいをされていますの」


 この場にいる みんな がそれぞれたがいに挨拶あいさつわす。




「……というわけで、植物しょくぶつプラント兼住宅けんじゅうたくがあるんだが、家族みんなで、俺たちのところへしてこねぇか? どうだろう?」


「……大変ありがたいお話なのですが、おことわりします。申し訳ありません」


「どうしてなんだ? やはりこの土地を離れたくはねぇのか?」


「はい。ここは適度てきど海風うみかぜく、絶好ぜっこうのロケーションなのです。

 私たちがそだてている果物くだものにはこの潮風しおかぜがなくてはならないのです。

 それに……ここに住む人たちと離れて暮らしたくはないのです」


「人間関係かぁ、そればっかりはなぁ……。

 空気の方は分析ぶんせきすりゃぁなんとかできそうな気もするんだが、さすがに人間関係となるとなぁ……」


「申し訳ありません。 折角せっかくのお心遣こころづかいを……」


「分かったよ。それなら仕方ねぇわなぁ……。あきらめるよ。

 でも俺たちはいつでも大歓迎だいかんげいだ。

 また気が変わったら、遠慮えんりょなしに言ってくれよ」


「はい。 ありがとうございます」


 残念だが、仕方しかたあるまい。

 ん? ヘルガがなんとも言えない複雑な表情をしているな。


「あのう……上様……」

「ん? プラティマ、どうした?」

「はい。 私と妹はお姉ちゃんと一緒に住んではダメでしょうか?」


「プラティマ! お前何を言っているの!?」

「お母さんはだまってて!」


 プラティマの話では……


 今、父親と母親は母屋おもやらし、ヘルガの兄とヘルガのいもうとたち "プラティマ" と "ジャアイ" 姉妹しまいは、はなれで一緒いっしょらしているらしい。


 近々、兄のヴィンセンツォがよめむかえるらしくて、そうなると、姉妹ははなれを出ることになるのだが、どうせならこれを機会きかい親元おやもとを離れて、神都で生活してみたいと思ったらしい。


 14歳と15歳か……。


 この世界では、男女ともに15歳から成人扱せいじんあつかいされるようだが、日本人としての感覚がけない俺としては、まだまだ子供にしか思えない……。


 ヘルガの判断にまかせるか……。


「両親を説得せっとくできて ヘルガがいいと言えば、俺はかまわねぇぜ。 どうだヘルガ?」

「そうですわね。 父と母がOKすれば、私は大歓迎だいかんげいですわ」


「「お姉ちゃん、ありがとう!」」


「まだ礼を言うには早いわよ。 お父さんとお母さんをちゃんと説得せっとくなさいね」

「「はい」」


 今日、このあと、この件で家族会議をおこなうらしい。


「ヘルガ、どうする? 今日はお前さんもここに残るか?」

「いえ、私は家族の決定を受け入れるだけですし、それに、ここにのこっても、まる場所もありませんから、帰りますわ」


「両親と一緒いっしょに住めるなんて……うらやましいなぁ……」


 レキシアデーレが、ぽつりとつぶやいた。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 ヘルガの家の前に、いつものテントを設置して、ヘルガの家族とみんなで、ティータイムを楽しんでいる。


 ヘルガの両親が、果樹園かじゅえんれたという"マンゴー"を出してくれたんだが、これは美味うまかった! これほど美味うまいとは想像そうぞうもしていなかった!


 これだけのものが収穫しゅうかくできるんだ。 余所よそへ行きたがらないのも分かる気がした。


 だが、小作人こさくにんということだけが、俺の心には引っかかっている。

 ニセ領主りょうしゅ成敗せいばいされた今、当然とうぜんだが、領主りょうしゅわる。 それが心配なのだ。


 領主りょうしゅ人事じんじ関与かんよせざるをないな……ヘルガのために。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 非常ひじょう名残惜なごりおしいが、そろそろいとませねばならない。

 ヘルガの家族とも親しくなれたし、楽しいティータイムだった。


 ……ん? 何やら外がさわがしいぞ?


 俺たちは急いでテントの外へ出る!


「火事だーーっ! 神殿が燃えているぞーーっ! 消防団しょうぼうだんは消火に向かえーーっ!」


 空にはモクモクと黒煙こくえんが上がっている! 神殿が火事かじらしい!?

 いや予感よかんがする。 とにかく神殿へいそがねば……。


 俺たちは早々そうそうに、ヘルガの家族にいとまげた。



「それじゃぁ、みんな! 神殿に転移する! そばれ! …… よし! 転送!」



 ◇◇◇◇◆◆◇



 神殿前広場に転移すると、まず俺はマップで、神殿内部に"取り残されている者"がいないかを確認した!


 おっと! 4人いるな!


「転送! …… 浄化! 修復!」


 ただちに、4人をこちらへと転送して、浄化と修復神術をほどこす!

 神官の "スリンディレ・クラルケ" たちがいない!?


 彼女たちのことはえず後回あとまわしだ! まずは消火が先だ!

 完全消火神術をほどこそう!


「完全消火!」


 消火活動をしている者たちや、野次馬やじうまたちが驚愕きょうがくした!

 目の前で一瞬いっしゅんにして、火災かさいがおさまったからだ。



 ひとりの男がふらふらと近づいてきた……

 ん? レキシアデーレの護衛をしていた神殿騎士のひとりだ!

 彼はけんられたようなきずっている。 深手ふかでだ! これはかなりの重傷じゅうしょうだ!


 俺のそばまで来ると、気を失ってしまった。


「浄化! 修復!」


「ん……んんん……」


 神殿騎士の男のきずえ、装備までもが修復されて、しかも、新品しんぴんのようになっている!?


 男は意識を取り戻した。


「おい、何があった?」


「ソルヴェン・ケヴァインが、ソルヴェン・ケヴァインが、大勢おおぜい手下てしたれてんできて……神官様を…スリンディレ様をさらって、神殿に火をはなち……村の外へと向かってっていきました。 北西にある砦跡地とりであとちへと向かったようです」


 レキシアデーレの護衛をしていた残りの3人は、神官をさらった "ストーカー男" のソルヴェン・ケヴァインを追っているとのことだ。


 索敵範囲さくてきはんい拡大かくだいしてマップを表示させると、確かに、神官を追うようにして、神殿騎士3人が移動しているのが確認できた。 北西に向かっている。



 ソルヴェン・ケヴァインはぎわに……、


 『神官をかえしてしくば、ここから5kmほど北西にある砦跡地とりであとちにレキシアデーレをれてくるように!』


 と、大声おおごえさけんでいたらしい。


 この件を教えてくれた神殿騎士の男は、ぎわの"ソルヴェン・ケヴァイン"を止めようとしてヤツの手下てしたられ、一旦いったん、意識を失ったとのことだった。


 再び意識を取り戻した彼は、俺の姿を見つけて、重傷であるにもかかわらず事態じたい報告ほうこくしようと近づいてきた……ということであったのだ。


「転送!」


 直後、俺たちの前に神官、"スリンディレ・クラルケ" が転送されてきた!

 彼女はロープでしばられており、怪我けがもしていたので、即座そくざに修復してやる。


拘束解除こうそくかいじょ! …… 浄化! そして、修復!」


 えず、浄化もしてやった。


 自分の"体液たいえき"なんかを送りつけてくるような"変態野郎へんたいやろう"にさらわれていたんだから、さぞや気持ち悪かろう…と思っての浄化だ。


 まぁ、気休きやすめみたいなものだ。


 彼女を救出きゅうしゅつしようと追っていた"神殿騎士3人"については……

 馬上ばじょうにいるので、転送するのをやめた。


 以前、魔物溢まものあふれから逃げている冒険者を転送した時、転送後に走ろうとして転んでしまったのを思い出したからだ。


 馬ごと転送すると、落馬らくばしたり、馬が転倒てんとうして馬や彼等が傷ついたりする可能性があるので、転送するのをやめたのである。


「それじゃぁ、俺はヤツらがとりで到着とうちゃくする前に、ソルヴェン・ケヴァインとやらを始末しまつしてくる! みんなはここで待機たいきしていてくれ!

 スケさん、カクさん、さゆり、後を頼んだぞ! …… 転移!」


 俺は砦跡とりであとから ちょっとだけ離れた岩陰いわかげに転移して、ひそめた。

 ヤツらが砦跡とりであとみ、態勢たいせいととのえる前に殲滅せんめつしてやる!


 "宋襄そうじょうじん" なんてのは俺の辞書じしょにはない!


 てき態勢たいせいととのえるのを待ってやるわけがない!

 クソ野郎どもなんぞを、かしてかえすわけがないっ!


 土煙つちけむりが見えてきた!


 さぁてと……クソ野郎どもを "ぶっ殺す" とするかっ!


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