第0011話 行く道と来た道

 キャルとシャルは今、俺のベッドの上で安らかな寝息ねいきてている。

 たくさん泣いたせいか、彼女たちの目のまわりはなんとなくれぼったい。


 感動的な親子の再会に水をさすことになっては気の毒だと思い……

 俺は泣いているキャルとシャルをいてテントないの自分の寝室しんしつに移動してきた。


 そして……ベッドの上にふたりをかせて、なだめているうちにこの幼子おさなごたちはつかれたのかねむってしまったのだ。


 この子たちにはつらい思いをさせてしまった。

 本当にかわいそうなことをしたな……。



 シオリも、俺たちと一緒いっしょようとしたのだが……渋々しぶしぶあきらめてくれた。

 俺がシオリに、再会を喜び合う親子の世話せわを頼んだからである。


 ベッドをはさんだ反対側には、神殿しんでん騎士きし見習みならいの獣人族じゅうじんぞくの女性、ラフがいる。


 キャルとシャルが自分と同じ犬族であることもあってか、心配になって、俺たちのあとってきたのだ。


ねむっちゃいましたね? つかれたんでしょうね」

「ああ、この子たちには親子の再会を見せるべきではなかったよ。

 俺の配慮はいりょりなかった……反省はんせいしている」


「でも……"ずっとためんでいた気持ち"をせましたから、かえって良かったかも知れませんよ?」


「こんな小っちゃな子たちが……

 俺たちに気を使わせまいとして、がんばってたんだなぁ……。

 この子たちを幸せにしてやりてぇなーっ! ちくしょう!

 親御おやごさんに会わせてやりたかったなぁ……」


「シンさんはこの子たちを引き取るおつもりですか?」

「ああ、そうするつもりだ」


「うちも応援おうえんします!

 うちはこの子たちと同じ犬族いぬぞくですから、お役に立てることも多いと思います。

 何かありましたら、遠慮えんりょなくおっしゃって下さい。 うちをたよって下さいね」


「ああ、助かるよ。その時は頼むな」

「はい!」


 キャルとシャルを地獄じごくたたとしたクソ野郎どもにそのつみふかさを思い知らせてやらないとおさまらない!


 この子たちがこうして眠っている間に、さっさと片付かたづけてこよう……。


「ラフ、すまねぇがな……俺はこれから、この子たちを酷い目に遭わせた野郎どもを成敗せいばいしてくる。それで…その間ちょっとこの子たちのそばについててくれねぇかな?」


「分かりました。うちがちゃんと見ていますのでご安心下さい」

「よろしく頼む!……それじゃぁ~ちょっと行ってくる!……転移!」


 ラフがシャルとキャルを見ていてくれていることと、これから、闇奴隷商人どもをらしめてくることを念話でシオリにも知らせてから、俺は、クソ野郎どものアジト近くに転移した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「しまったっ! 逃げられたか!?」


 闇奴隷商人たちを首までめておいた場所には大きなあなが開いている。 ヤツらはいない……。


 くそっ! 逃げやがったか……と思い、穴に近づく。


 ん? かえされたようではないな? まるで…陥没かんぼつしたかのようだぞ?


 よく見ると、その穴は地中へと陥没かんぼつしたかのように開いていて、あたりにはてつさびしゅうただよっている。

 マップ画面を表示させて、地中までを索敵範囲さくてきはんいに広げる……。


『いた! 見つけたぞ! ん? 何なんだ? 地中を移動している?

 しかも、かなり速いな……』


 ヤツらを拡大かくだいする。


 ……げっ! ワームか!? ワームに喰われちまったのか?


 そうか!? 闇奴隷商人のボスを埋めた時に『んぐんぐ』言っていたのはこのことだったのか! ここの地中にはワームがいることを知っていて……、


『ワームがいるから埋めないでくれ!』


 と、でも言っていたんだろうなっ!? うわっ。


 ここを一旦いったんはなれる時にヤツらにはマークを付けておいたので、死体になってもその場所は確認できる。


 ワームの腹の中には3人の微弱びじゃくな生命体反応……残り10人はすで事切こときれている。


 残念である。


 俺は、ヤツらのステータスを子供並こどもなみに設定した上で……

 人食ひとくざめがウヨウヨいる大洋に、転送で放り込んでやろうか……とか……、

 魔物の森の最深部さいしんぶぱだかにして転送してやろうか……とか……、

 られるがわの恐怖を、いかに味わわせようかとずっと考えていたんだが……徒労とろうわった。


 まぁ、サメに喰われるのも、ミミズのお化けに喰われるのも大差たいさないか?

 ただ…られるがわの恐怖が、ヤツらの魂にきざまれているといいんだがなぁ。


 ヤツらの魂を回収かいしゅうするのも面倒めんどうだし……

 ヤツらの魂を "輪廻転生りんねてんしょうシステム" が門前払もんぜんばらいして"奈落ならくシステム"へとほうめるように、ブラックリストにせておくか……。


 すべての魂は、シーケンスナンバーが生成時に自動的に付けられている。


 その番号と、その他諸々もろもろ項目値こうもくちあわせて"プライマリーキー"として、魂のデータベースでは管理されている。


 マップ上で、ヤツらをマーキングするさいに、このキーの値が取得できているので、それをブラックリストに登録するのだ。



『ああ、あの修正しゅうせい案件あんけんはどうしたんだろうなぁ……。

 SQL文を書き換えただけじゃ、対応できないんだけど……

 部長…じゃ、修正は無理だろうなぁ……』


 プライマリーキーの事を考えた瞬間、いやなことを思い出してしまった……。


 俺は日本人として死ぬ前に、ある企業に導入した生産管理システムの修正をやっていた。 やっていたというよりも……


 俺の忠告ちゅうこく散散さんざん無視むしして、俺の忠告がしゃくにさわったのか、俺を排除してまでも強引に仕様しようを決めていった部長の "しりぬぐい" をさせられていたのだが……。


 "部品"管理上の重要なデータベース・テーブルに致命的ちめいてきな設計ミスがあり、頻繁ひんぱんにデッドロックが発生してしまう。


 辛抱強しんぼうづよいユーザーだったが、業務ぎょうむ支障ししょうが出るので、さすがにクレームが来た。

 そのクレーム対応からも部長は逃げやがった!


 客が信頼しんらいし、"窓口" だと思っているのはヤツなのに…だ! 逃げやがったのだ!


 それでヤツの代わりに、俺が客先きゃくさきへと出向でむいて対応することになったのだが……

 かなりの遠方である。


 もちろん、修正作業も俺がやることになっている……どう修正すれば良いのかは、初めっから分かっているだけに、客先へ出向くための時間のロスが痛い。


 お客様が製造業せいぞうぎょうであったことは幸いであった。


 自身が技術者であることから物作ものづくりのむずかしさをよく理解されており、トラブルに対しても寛大かんだいだからだ。


 誠意せいいを持って対応すれば、まず間違いなく理解してもらえる。同情されることさえある……。 そうなるとこちらも先方の要望を超えるものを作ってやろうという気になってくる。


 俺が死んだことで、社内には対応できる技術者はいないだろうな……。

 ユーザーに迷惑めいわくをかけてしまうことだけが非常に気掛きがかりであり、俺の心残こころのこりの1つである。


 おっと、いかんな……日本のことを考えてもしょうがないのに……。



 闇奴隷商人をみずか処断しょだんできなかったことはちょっとだけ残念だが、手間てまはぶけたと思えばいいか。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 俺はノルムの町、神殿前広場に転移して戻ってきた。

 まず最初に、シオリに事の次第しだいを話しておいた。


 そして、シオリとも相談して、これから中央神殿へ向かうのはやめて、今夜はこの神殿前で野営やえいすることにした。


 そろそろれ始める……今日も色んな事があったものだ。


 シオリと話した後、キャルとシャルのことが気になって自分の部屋へと向かう。

 部屋の入り口のドアは開け放たれており、中から声が聞こえてきた。


「……でぇ、神ちゃまが『俺と一緒にくららそう』って"ぷろぽーず"してくれたのぉ。

 きゃ! なのぉ。 キャルもシャルも神ちゃまの "およめさん" になるのぉ~。

 いいでしょ~。 えへへぇ」


「へぇ~、そうなんだぁ。 いいなぁ~」


 ん? みょうなことになっているな?

 まぁ……こんなことを言っているのも思春期までだろうから…まぁいいっかぁ!


 俺はドアをノックしてから返事を待たず部屋の中に入った。


「ただいま」

「あ、キャルちゃん、シャルちゃん、ダーリンがお帰りよ!」

「だ~りん、おかえりなのー!」

(にっこり!)


 だ、だだだ、ダーリン!? をゐをゐおいおい


 うーーん……あんなこともあったしなぁ……

 キャルとシャルの好きなようにさせておくか……。


 所詮しょせん思春期ししゅんきまでだろうからな! ははは! ……だ・よ・ね?


「ラフ、ありがとうな! 助かったぜ!」

「いえいえ、また何かありましたらおっしゃって下さい。

 うちにできることでしたら、なんでもしますから」


「ああ! ありがとう。 助かるよ」

「それじゃぁ…うちはちょっと行くところがあるんで、失礼します」


「どこへ行くんだ? つかえなけりゃ教えてくれ?」


「今日、うちらが滞在たいざいしていた宿やどをチェックアウトしてきたんですが……、

 そこでお世話になっていた女将おかみさんが腰をいためて寝込ねこんでいたんですよ。

 今日はここで野営すると聞いて……それで、お世話になっていたお礼に修復神術の練習がてら、女将おかみさんを治療してこようかと思いまして……」


「なるほどな。 それじゃあ、俺もついて行こう。

 ……まぁ、お前さんも強くなってるから心配ねぇとは思うが、用心のためだ」


「キャルもいくぅー!」

(こくこく!)


「よし! じゃあ、散歩さんぽがてら、4人で行ってこようか?」


「わーい! わーいなの!」

(にっこり!)


「うちに付き合ってもらってもいいんですか?」

「ああ、キャルとシャルを見てくれていたお礼だと思ってくれ」


「はい。では、お言葉にあまえます。 お願いします」

「さぁ~、それでは行こうか!」

「「は~い!」」

(はーい!)


 おっ、シャルも笑顔で手を上げてる。



 ◇◇◇◇◇◆◇



「まぁ~かわいい! お父さんとお母さんと一緒いっしょにお散歩さんぽなの?」


 俺たち4人でまち宿屋やどやへと向かって歩いていると、30代くらいの女性がキャルとシャルに向かって声をかけてきた。


「ちがうのー! わたしたちはみんな "およめさん" なのぉー!」

(こくこく!)


「あらあらそうなの。 かわいらしいお嫁さんだこと。

 3人もかわいいお嫁さんがいるの? す・て・き・ね! うふふ」


 最後は俺に、なんとも形容けいようしがたい視線を向けて、会釈えしゃくして女性はって行った。


 ん? となりでラフがほおめ "もじもじ" している?


 犬族の女性、ラフと、犬族の子供たちキャルとシャルと一緒だからな……。

 親子に見えても不思議ではないかもしれないな。


 しかし、キャルとシャルが "嫁さん" ってのは……ないよなぁ~。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「ラフ! キャルとシャルを頼む!」


 前方から、道の真ん中を、"歩きたばこ" をしながら歩いてくるふたりの男に気が付いた。


 そいつらは、火のついたたばこを持った手を身体の横に下ろし、時折ときおり、手を口元にせてはたばこをう……。 それをかえしている。


 身体横に下ろされた手、人差ひとさゆび中指なかゆびあいだにあるたばこは、ちょうどキャルやシャルの顔くらいの高さにある。


 俺はその男らのもとへ高速移動し……


「歩きたばこはやめてくんねぇかな? あそこの看板に歩きたばこは罰金だと書いてあるだろう?」


「なんだ? てめぇは? ふざけたことを言ってるとぶん殴るぞ!

 罰金なんて知るか!」


「いや、その火のついた "たばこ" がな、ちょうど小さい子供たちの顔の位置くらいにあるんだ。 すれちがさいに、顔にでもあたったらあぶねぇからやめて欲しいんだよ」


「うるせえ! 危なけりゃ、そっちが勝手かってけりゃいいんだよ! 避けりゃぁな!」


「小さな子供だぜ? うまくけられるとはかぎらねぇじゃねぇか?

 それにけむり身体からだにゃどくだ。 子供たちにはわせたくねぇ。

 だから、やめてくれねぇか?」


「うるせえ小僧こぞう! 俺はやりたいようにやる! てめぇの指図さしずは受けねぇ!

 俺のたばこの火をけられねぇのはそっちの責任だ! たとえ子供であろうとな!

 避けられねぇドンくせぇやつが悪い!

 煙が毒だぁ? いきめてろや、ボケ!」


 そう言うと、手に持っていた "たばこ" を道にて、新たなたばこをくわえて火をつける。


「あ、ポイてはいけねぇなぁ…ポイ捨ては。 ちゃんとひろって持ち帰りな!」

「うるせえんだよっ!」


 男のひとりが、たばこを持っていない方の右手で、俺になぐりかかってきた!


 俺はそれを左手で受け止めて、ねじり上げる!


「痛ぇ! 痛ぇ! 痛ぇ! はなしやがれ! クソ野郎!」


 これ以上は子供たちに見せられない……。


「ラフ、ちょっと先に行っててくれ。 すぐに追いつくから」

「はい。 さ、キャルちゃんシャルちゃん先に行こうか」


 ラフがキャルとシャルを連れてこの場を離れていくのを確認する。


 3人の姿が見えなくなったので男を地面にねじせて、男がてたまだ火がついているたばこを、男の口の中に無理矢理むりやりんでやった。


「あひぃ! あひぃ! ……」


 あついと言いたいようだな……。


「ポイてはダメだろう? 分かったか?」


 その途中とちゅうで、もうひとりの男がなぐりかかってきたので、裏拳うらけんで"かる~く"そいつの顔面をはらう……。


 ウゲッ! グヘッ! ブベッ! ……


 裏拳うらけんで、"かる~く" はらわれた男は、ものすごいいきおいで地面をバウンドしながら、俺たちが来た方向へふっ飛んで行った!


 俺は拘束こうそくしている男に言う……。


「ゴミはちゃんと持ち帰ろうな。 まちよごしちゃいけねぇだろう? それと……」


 男の右手をねじ上げたまま起こして立ち上がらせると、男をねじせるさいに、男が落とした、新しく着火した "たばこ" を俺はおもむろにゆっくりとひろげる……。


 男の拘束こうそくき……


けられねぇヤツがわりぃんだよなぁ? それじゃぁうまく避けて見せてくれや!」


 と言い、男のひたいに、たばこの火がついているほうてる。


「ぎゃあー! あつ、熱いーっ!」


 次々に火のついた "たばこ" を生成しては、男の顔に押し当ててやる。


「どうした? てめぇの理屈じゃあ、避けられねぇ方が悪ぃんだよな? そうだろう?これはてめぇが悪いんだよなぁ?」


「お、おお、俺が悪かった! も、もう勘弁かんべんしてくれ!

 あ、ああ、歩きたばこはもうしねぇから……ゆ、ゆるしてくれよぉ」


「約束するか?」

「ああ、約束する……だ、だから勘弁かんべんしてくれぇ、たのむ」


 <<全知師、こいつが約束をたがえた場合に、はいのように消滅させられるか?


 >>はい。 可能です。

  まず、この男の血液中にナノプローブを注入しておきます。

  そして、何らかの動作をした際に呼び出されるイベントを使用します。

  "歩きたばこ" 行動をフックさせて、その行動が公共の場でおこなわれた場合には、体内のナノプローブに細胞破壊命令さいぼうはかいめいれいを出すようにプログラミングして下さい。


 <<ナノプローブ!? ナノプローブって、ナノレベルの小型マシンのことか?


 >>はい、マスターのおっしゃる通りです。


 <<そうか……分かった。 ありがとう。


 まさか…この世界にもスタート○ックに出てくる"機械生命体の集合体、ボ○グ"が使うような【ナノプローブ】があるとはな……驚いた。


 ナノプローブの設計データは、レプリケーターにセットずみらしい。

 "ナノプローブ生成"とねんじることで生成できるということだった。


 俺はナノプローブを生成すると同時にそれを男の体内、血液中に転送しておく。


 次に、開発画面を起動し、この男をターゲット指定して、約束やくそくたがえた場合には、身体が灰のようになって消滅するようにイベントハンドラをプログラミングした。


 この間、数秒のことである。


「ほう? 約束するとな? じゃぁ、約束をたがえたら殺されても文句もんくは言わねぇな?」

「あ、ああ、もちろんだとも! や、約束する!」


「よぉし、分かった! リブート!」


 男が一瞬いっしゅん意識いしきうしなう。


「はっ! なんだ? 一瞬いっしゅん、目の前がくらになった……なにしやがった?」


「てめぇが約束を違えたら、灰になって消滅するようにしただけだよ。

 ちゃんと約束は守れよ? じゃねぇと……死ぬぜ」


「ああ、絶対に約束は守る。 だからはなしてくれ!」


 男と一緒にいた、もうひとりの男も、全身きずだらけでよろよろしながら、こちらに近づいてくる。


 そいつにも "歩きたばこ禁止" を同意させ、約束やくそくたがえたら灰になって死ぬようにプログラミングしてやった。


 それでは、ふたりを解放かいほうしてやろうかなぁ……


「いいか? 嘘じゃねぇんだからな、おおやけの場で歩きたばこをすると本当に死ぬぜ。

 分かったな? 念を押しておくぞ! いいな!?」


「ああ、分かった! 分かった! 約束は守るって言ってるだろ! じゃあな!」


 俺は男たちの後ろ姿を見送る。

 ヤツらの魂の色はふたりとも"赤"だった。 自分の欲望のために人を何人か殺しているヤツらだ。


 男たちは、俺からかなり離れると……


「ばーか! 誰が、てめぇとの約束なんか守るかってんだ! ははははははは!」

「お、おいっ! やめておけよぉ。 もしも本当だったらどうするよぉ」


 最初、俺になぐりかかってきたヤツが、台詞ぜりふを言った。

 もうひとりの男はたしなめている。


 すると『約束を破ることなんざ "へ" でもねぇ』とでも言わんばかりにバカな男はたばこを取り出し、火をつけ、俺に手を振りながら立ち去ろうとする!?


 その瞬間! "ボシュッ!" という音を立て、男は灰になりながら消えた!

 もうひとりの男は、こしをぬかしたのか、その場にへたり込む。


 だからあれほど言ったのになぁ……バカなヤツだ。


 ちなみに、役割やくわりえたナノプローブは、自壊じかいし、空気中に霧散むさんした。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 俺はラフ、キャル、シャルにすぐに追いついた。


 みんなで会話を楽しみながら歩いていると、前方から、何やら怒鳴どなる声が聞こえてくる?


「じじぃ! 邪魔なんだよ! どけよ! 道路のはしを小っちゃくなって歩けボケ!

 トボトボ歩きやがって! クソが!」


 見ると、若造わかぞうが80歳くらいの男性に暴言ぼうげんき、なぐろうとしている!?


 俺は咄嗟とっさに若造の後ろに高速移動し、振り上げられた男の右腕をつかむ!


「やめねぇか小僧こぞう! 人生じんせい大先輩だいせんぱいなにしやがる!?」

「小僧って、お前の方がわかいじゃないか? その手をはなせ!」


「お前なぁ……年寄としよりって"バカ"にしてるけどな、ずっとこの国をささえてきてくれた人たちなんだぜ? 年を取ったからって、そう邪険じゃけんにしていいわけがねぇだろ?

 人生の大先輩だぜ? 敬意けいいはらおうぜ。

 お前が、ちょっとければすむことじゃねぇか? ちがうか?

 それに……お前もこれから "みち" だぜ!? いずれお前も年を取るんだぞ?

 そのことをちゃんと考えてみろや」


小僧こぞう説教せっきょうたれてんじゃねぇ!」


 "チャッチャ"とこの男のプロパティを修正して、目の前の老齢男性のステータスとほとんど同じにしてやった!


 そうしておいて、男のシステムをリブートする……


「はっ!? な、なんだ? い、一瞬いっしゅん、意識がとんだ気がするぞ?

 ああっ……きゅ、きゅう身体からだおもくなった。

 め、目もかすんで見づらい……。 い、一体いったい何しやがった!?」


「お前のステータスを、老齢男性ろうれいだんせいのレベルにしておいてやったんだよ。

 年を取るってことがどういうことかもって体験してみろ! じゃぁな!」


 そう言うと俺たちはその場を離れる。


 老齢男性の横を通り過ぎようとした時、その老齢男性は、俺の顔を見上げて、意味ありげに『はぁ~』とため息をひとつついた。 その真意しんいはかねる。


 あのため息は、一体いったいどういう意味だったんだ?



「まて小僧! 元に戻せ! こら! まて!」


 若く見える男は走って俺たちに追いつこうとするが、思うようには走れない。


 ヤツには日付が変わる際に起動されるイベントに、10日でステータスが元に戻るようにイベントハンドラを記述し、割り当ててある。


 だから、10日経てばもとに戻ることを男に伝えて、俺たちはった。


 年を取るということが、一体どういうことなのかを、もって体験して、心を入れえてくれることを期待するばかりである。



 若い内は、身体は思うように動くが、年を取ると色々と思うように動かなくなる。

 だれもがいずれ辿たどる道なのである。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 俺たちは、ラフたちがまっていた宿屋やどやの前にやって来た。


 すると……赤ん坊の泣く声と、男が、その赤ん坊の声を上回る大きな声で怒鳴どなっている。 キャルもシャルも俺の後ろに隠れて、男の声にびくびくしている。


「ぎゃぁぎゃぁ! ぎゃぁぎゃぁ! と、うるせえぞ!

 お前、母親なんだろう? 静かにさせろや! 酒が不味まずくならぁ!」


「申し訳ありません。 申し訳ありません」


「口を塞いでしまえよ! うるせえなぁ!

 これだから赤ん坊はきれえなんだよ! うるせえなぁ、ったくよぉ!」


「すみません、すみません。 坊や泣かないで……ママも悲しくなっちゃう……」


 ラフにキャルとシャルをまかせて、えず、様子見ようすみで、俺だけが宿屋に入ると、男がまだ何か罵声ばせいを、赤ん坊とその母親?にびせようとする。


「お前さん、やめな! 相手は赤ん坊だ! ゆるしてやれよ!

 お前さんも赤ん坊だったことがあるんだ。

 ああやってみんなに迷惑めいわくをかけてきたんだよ。 おたがさまさ。

 そう考えてみろよ、なっ!?」


小僧こぞうだまってろ! 俺は赤ん坊がだいきらいなんだ!

 あの泣き声を聞くとイライラする!

 ……ええぇいっ、うるさい! だまらせろと言ってるだろ!」


「お前さんもとおってきたみちじゃねぇか……こころひろく、ながく……だぜ!

 イライラしていると寿命じゅみょうちぢむぜ?」


 グガッ! ブヘッ! ズドン!


 まだ男が何か言おうとしたので、俺がデコピンを喰らわせてやったのだ!


 男は強制バックてんをさせられながら飛んで行くと、宿屋やどやのフロント横に併設へいせつされている食堂の壁にぶち当たり意識を失った。


「赤ん坊より、てめぇの方がうるさいっつぅの! これで静かになるぜ!」


 ラフ、キャル、シャルも宿屋の入り口から入ってきた。


 俺たちは赤ん坊をあやしている母親のところへ行き……


「どうした? 赤ちゃんの具合ぐあいでもわりぃのか?」


「いえ、私のおちちの出が悪くて……お腹を空かして泣いているんですが……

 どうしたらいいのか……」


「そうか、それじゃぁ……」


 俺は、まず哺乳瓶ほにゅうびんを生成し、ねんのために浄化神術じょうかしんじゅつほどこした。


 そして、哺乳瓶ほにゅうびんこなミルクを入れ、一度いちど沸騰ふっとうさせて、ちょっとだけましたお湯でよくかしてから、こおり属性ぞくせいの神術を使って、人肌ひとはだくらいまでやす。


「さぁ、これを飲ませてやりな!」


 母親はびっくりしていた。


 母親は初めは躊躇ちゅうちょしていたのだが……

 俺のそばで赤ん坊を見ているラフとキャル、シャルを見て、俺たちが子連こづれの夫婦だとでも思ったようで安心したのか、哺乳瓶ほにゅびんを受け取り、赤ん坊に飲ませ始める。


 俺だけだったら受け取らなかったかも知れないな……。 3人がいて良かった。


 赤ん坊はミルクを、"ゴクゴク" という音でもしそうないきおいでした!

 俺はした哺乳瓶ほにゅうびんをすぐに回収かいしゅうして消す。


 母親はそれを不思議そうに見ながら、赤ん坊に "げっぷ" をさせようとしている。


 げっぷの出た赤ん坊は、大きなあくびをすると、スヤスヤと眠り始めた。

 かわいい寝顔だ!


「ありがとうございました。 お礼を……」


「気にするな。 れいなんからねぇよ。 子育こそだては大変だよなぁ。

 そのかわいい子は、はじめての子かい?」


「はい。そうです。 なんか、どうするのが正しいのか分からなくて……」


子育こそだてに正解せいかいなんてねぇんだよ。

 だってさぁ~、子供なんて、み~んな違うんだぜ?

 同じ子なんて、ひとりもいやしねぇよ? だろう?

 他を参考さんこうにするのはいい。 だが、同じようにする必要なんか全くねぇんだぜ。

 あんまり考えすぎねぇようにしなよ」


「やはり経験された方の意見は勉強になります。 ありがとうございます」


 俺とラフはおたがいに顔を見合みあわせた。


 ラフが何か言おうとしたので、俺は手をラフの口の前に持って行き『ダメだ!』という意味を込めて、首を左右に振った。


 これだけ俺はえらそうなことを言ったのに……

 未婚みこん子育こそだ経験けいけんゼロだとは、とても言えなかったのだ。


 目の前にいる母親の気持ちが、少しでも楽になればそれだけいいのだ!


「子育てで不安を感じることがあっても、ひとりでかかまねぇようにな。

 誰かに不安なことを聞いてもらうだけでも、チィーとは気が楽になるからな」


「はい。そうします」


「あ、そうそう、また母乳ぼにゅうわるくなった時にでも使ってくれ……」


 そう言って俺は、新品の殺菌済さっきんずみ哺乳瓶ほにゅうびんと、かんりのこなミルクを適量てきりょう、母親の前に生成して出してやり……。


「……ということで、ちゃんと沸騰ふっとうさせた湯を使うこと。 殺菌さっきんが大切だからな」


「さっきん?」


「ああ、そうだ。 なんていうか……目に見えない悪いモノを殺すことだ。

 知らないうちに哺乳瓶ほにゅうびんの中に入り込んでいたりするからな、沸騰ふっとうさせた湯で殺してやらないといけねぇんだよ」


 哺乳瓶ほにゅうびん消毒しょうどく仕方しかたこなミルクのかし方等々、説明し、ねんのために紙に書いて母親に渡した。 ついでに、"かみおむつ" もたくさん生成して渡しておいた。


 もちろん、装着そうちゃく仕方しかたも説明済みだ!


「何から何までお世話になってしまい、すみません」

「いやいや、気にするな。 こまった時はおたがさまだぜ」


 加護かご付与ふよしたり……もっともっと色々なことをしてあげたかったのだが、ここはグッとこらえたのであった。



 ◇◇◇◇◆◆◇



 赤ん坊の母親と別れた俺たちは、宿やど女将おかみている部屋へやへと向かっている。


「……それでねぇ、キャルはねぇ~、赤ちゃん…5人欲しいのぉ。

 神ちゃまぁ、がんばりましょうね~。 うふふ」


 が、『がんばりましょうね~』って、をゐをゐおいおい! 

 言っている意味は分かってねぇよなぁ? 多分……。


 ん? シャルが右手の指を4本立てて、にっこりと笑っている?

 シャルは赤ちゃんを4人欲しいってことなのか??


 ラフはあせをかいている。 俺もなんかいやあせがじっとりと出てきた。


 まぁ~、こんなことを言うのも、思春期ししゅんきまでだ! きっと! ……だよね??




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