第0007話 スケさんの苦悩

 風呂での一件いっけん一段落いちだんらくしたあと、俺とシオリは、それぞれの部屋で身支度みじたくしてから、ロビーで合流すると、連れだって食堂へと向かった。


 食堂では既にみんなが待っていた。


 あー。シオリと俺の名誉のためにも言っておくが……

 もちろん、風呂ではあの後何もなかったよ。 当然だ!


 強靱きょうじんな精神というか、理性が必要だったんだがな!

 俺は理性が強いのだ! 『理性がスーツを着て歩いているような』男なのだ!


 まぁ、今はスーツじゃなくて、魔導士が着るような黒のローブのようなものを着ているから『理性が黒いローブを着て歩いているような』男なのだが!


 ん? 黒いローブだとなんか理性がグダグダに弱いように思えるよな?

 ま、いいっか!



「みんな。 遅くなってすまん。 先に始めてくれても良かったんだぜ?」

「さすがに、シンさんとシオリさんがいらっしゃらないのに先に食事を始めることはできません」


 赤髪あかがみ、レディッシュヘアがとても美しい神子みこ、ソリテアがそう言うと……

 みんなは『そのとおりです』とでも言いたげにうなずいている。


 みんなには、バイキングプレートには自分の好きな食べ物を……

 そして、グラスには自分の好きな飲み物をよそってきて自分の席で待つように言い、自分もバイキングプレートを持って食べ物、飲み物を取りに行った。


 ……みんなが席に着いたようなので、乾杯かんぱい音頭おんどをとろうか……。


「それじゃぁ~、乾杯かんぱいするかぁ!

 そうだな。 まずはこうしてみんなに出会えたこと……

 そして、色々あったが、みんながこうして無事であることをしゅくして……

 かんぱぁーーいっ!」


 あ!? なんなしに乾杯かんぱい音頭おんどをとってしまったが……

 みんなが困惑こんわくしているような様子ようすは……ない…な?

 やっぱりこの世界でも乾杯はするんだ…な? ふぅ、良かった!


「さぁみんな! 食べるものはたくあんあるから、遠慮えんりょせずに、じゃんじゃん食べてくれ! 足りなくなったら言ってくれよ、すぐに作るからな!」


 みんなと談笑だんしょうしながらの楽しい食事のひとときが、こうしてまくを開けた。

 みんなも楽しそうな笑顔を見せている……。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 食事を始めてそろそろ2時間になる。


 明日のこともあるし……

 にぎやかで、楽しいひとときも、そろそろ終わりにしなければならない。


 このまま永遠にこの時を楽しみたい…という思いを振り払って……

 『そろそろお開きにしよう』とげた。


 まつりのあとさびしさのような、うしがみを引かれる思い……。



 人とこんなに楽しい食事をしたのは何十年ぶりだろうか……。


 そもそも、他人と一緒に食事をするなんて、強制参加させられていた会社の忘年会ぼうねんかいくらいだ。


 強制参加の忘年会……

 いつもまわりの喧噪けんそうの中で、適当てきとう愛想笑あいそわらいをかべながら、ただただお開きになるのを待っていた。 苦痛で、苦痛でしょうがない時間であった。



 ん? みんなの顔にもなんとなくさびしさが浮かんでいるなぁ?

 夕食のだんらんが、きっと楽しかったからなんだろうな。 良かった。


 みんなが食堂から自室じしつへと戻り始めたので、俺は食堂の後片付あとかたづけを始める。

 ソリテアを含む数名の神子が手伝いを申し出た。 こういったところからも性格をうかがることができる。


 とかく、こういった行動を見ただけで単純に人の性格を決めつける人間は多い。

 特にそういった決めつけ人間は、『手伝わなかったから気の利かないヤツだ』と、短絡的たんらくてき思考しこうでレッテルをりたがる。


 手伝おうとしなかった子たちの性格が悪いと、一概いちがいには決めつけられないことは、論理的に考えれば至極しごくたりまえなことであるのだが……

 それが分からない "単細胞思考たんさいぼうしこう" 人間は、思っている以上に多いものなのだ。


 まぁ日本人として生きた俺の記憶によれば……なんだがな。


 でも! 俺は決してそんな単細胞思考はしない!


 出遅でおくれて、手伝いを申し出られなかった子もいるだろうし……

 手伝いたい気持ちがあっても言葉にできない子もいるかも知れない。


 手伝うという発想すらできない子も中にはいるかも知れないんだが……

 それが悪いというものでもないだろう。


 この件で俺がうかがい知ることができたのは……

 "ソリテアたち数名は気が利く性格であるように思われる"ということだけである。

 単にあるひとつのデータが取れたにしかぎないのだ。一事いちじ万事ばんじではないことは明白めいはくなんだから。



 俺ひとりだけで人手ひとでは十分なんだが好意を無にするのは申し訳ないので食器集めを手伝ってもらった。


 後片付あとかたづけにはレプリケーターを使う。

 正確にはレプリケーターの機能を使って、モノを作り出すのとは逆のことを行うのだが、実際に行うのはターゲットを指定して"分子・原子レベルに分解せよ"と念じるだけなのだ!


 レプリケーターという"機械"を亜空間倉庫あくうかんそうこから取り出して、それを使って食器類を消すのではない。


 ということで、1カ所に食器を集めてもらっても、実はターゲット指定が少々楽になるくらいである。

 だから、"好意を無にしないためだけ"に手伝いをお願いした…と言っても過言かごんではない。



 手伝いの神子たちは目の前で一瞬にして食器類が消えるのを見て、あんぐりと口を開けて驚いている? かわいらしいな。 ははは。


 ……そして、ほどなくして後片付あとかたづけは終了した。


「手伝ってくれてありがとうな! 助かったぜ! 気がくいい子たちだなぁ」


 手伝いをしてくれた神子みこたちはみんなほおめ、にっこりと笑い、頭を下げ、連れだって食堂から出て行った。


 みんな。ありがとうな。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 食堂の後片付あとかたづけをえ、自室に戻る。


 そろそろ寝ようかと思ってベッドに寝転ぶと……

 "トントン"とドアをノックする音がする?


 「はい」


 返事をしてからドアのところまで行きドアを開けると……

 そこには目にいっぱい涙をめたスケリフィが立っていた!?


「どうしたスケさん? なんかあったのか?」

「し、シンさん、助けて……」


 スケさんはるような声で俺に助けを求める……

 彼女の目からはハラハラと涙がこぼちる。


「どうしたんだい? まぁ、ここではなんだから……中に入ってくれ」


 もう夜も遅い時間だ。こんな時間に女性とふたりっきりで部屋にいるのはどうかと思い、ドアは開けておくように言った。 すると……


「す、すみません……できれば他の人には聞かれたくないので……」

「そうか、そういうことならドアは閉めた方がいいか?」


 ちょっと躊躇ためらったが、尋常じんじょうではないスケリフィの姿に、やはり閉めておいた方が良いと俺は判断した。


 ドアを閉めて振り返ると……

 スケさんはベッドの左端に腰掛こしかけて、うつむいて泣いている?


「大丈夫か……どうした?」


「わ、私…けがれてしまったんです……もうダメなんです」

「そんなことはない! けがれてなんかないぞ!」


「洗っても、洗っても……

 からだじゅうにゴブリンのにおいがみついているようで……消せなくて……」


 スケリフィは苦悶くもんの表情を浮かべる……


「もう私はけがれてしまったのです、きたない人間になってしまったんです。

 つらいです……。 眠ろうとしてもあのときの夢を見て…眠れないんです……」


 スケさんは両手で顔をおおい、嗚咽おえつらす……。


 思わず俺はスケさんをきしめ……頭をでる。

 胸の奥がギュッとけられるようだ。 のようにいとおしい……。


「かわいそうに……ひどったからなぁ……。

 ごめんな。 俺がもう少し早くけつけられていたら……本当にすまない」


 記憶を消してやった方がいいのかも知れない……。


「……どうする? つらい記憶を消そうか?」

「記憶を消すのは怖いんです。 私が変わってしまうようで……。

 それにゴブリンに負けてしまうように思えてしまって……」


 俺は言葉を失う。 記憶を消してやった方がいいように思えてしかたない。


「シンさん……私を……私をいて下さいませんか?」


 えっ!?


「あのまわしい記憶を上書うわがきしたいんです!

 シンさんが私を……私を改めてちゃんと "女" にして下さいませんか?

 は、初めてがゴブリンだなんて嫌なんです! つらいんです……た、助けて……」


 彼女の体はちゃんとゴブリンに襲われる前の状態に戻っている。"生娘"に……。

 だが、やはり心の傷は相当そうとう深いようだ。 かわいそうで泣けてくる……。


わりぃがそれはできねぇ……

 スケさんが大切だからそんなことはできねぇんだよ。 大切だからこそな」


「うう……。大切だなんて嘘!

 やはりシンさんもゴブリンにもてあそばれた私をきたないと……けがらわしいとお思いなんですね? だから……」


けがらわしくなんかねぇ!! そんなことを言うなよ!」


 俺から離れようとした彼女に両手を伸ばして、さっきよりも強く"ギュッ!"と抱きしめる!


「スケさんをきたないと思っていたらこうしてきしめたりなんかできねぇだろっ!?

 汚くなんかねぇっ! スケさんはものすごく綺麗きれいだ!!」


「……なら…お願いです。 私をいて……抱いて下さい……うううう……」


 スケさんは俺の胸でシクシクと泣いている。


 スケさんがこんなつらい目にうことになった元凶! "ナルゲン・ニムラ" という黒ずくめの男の下卑げびた笑い顔が頭をぎる……。


 あらためてふつふつといかりがげてきた!

 その怒りはクズ野郎だけに対するものではないぞ! シオン教に対してもだ!



 彼女をきしめたまま開発画面を起動する。


 ターゲットに彼女を指定してイベントページをアクティブにしてから……

 夢に関するイベントを捜す。


 夢を見始めた時に発生するイベントがあったので、それを選択した。


 選択すると、イベントハンドラを記述するための"イベントハンドラ・エディタ"が起動してくる。その中にイベント発生時におこなう処理をコーディングするのである。


 どんなコードを記述したものか……としばし思案。


 『ゴブリンが夢に出てきたら』


 というのを条件として、それ以降の夢を……


 『即座そくざに俺が現れてスケリフィを守り! そのゴブリンを爆殺ばくさつする!』


 というイメージに置き換えるようにプログラミングすることにした。



 ごく簡単なコードだが、えずは効果があるだろう。


 また思考状態変化イベントで、ネガティブ思考発生をフックし……、


 『スケリフィがゴブリンによってけがされてしまったと思い始めた場合にのみ』、

 『その思考すべてをネグレクト(無視)する……』


 というプログラミングもしておく!


 ネガティブな思考も時には"有効"となるので、すべての"ネガティブ思考"をネグるようなことはしない。



 えず、応急処置おうきゅうしょちとしてはこんなところか?


『すまん、スケさん内緒ないしょでやらせてもらうよ……』


 リビルドをかけた……成功だ!

 ん? システムのリブートが必要かぁ……何とかして、スケさんをベッドに寝かせないとな。



 イベント等を編集していたために、スケリフィの『いて欲しい』との言葉に対応するのがほんの少しだけ遅れてしまったが……


「スケさんは俺にとって、とても大切な人なんだよ。

 だからこそ、そう簡単にいたりはできないんだよ。どうか分かって欲しい」


「……」


「ひとりで寝るのが不安なら、もしスケさんがいやじゃなければだが……

 俺がするから、今夜はここで一緒いっしょに寝ないか?」


 俺はとにかく乱暴らんぼう言葉遣ことばづかいにならないようにできるだけ優しく言った。


 スケさんはコクリとうなずく。


 スケさんをお姫様だっこして、ベッドの上にそっと寝かせ、ベッドを回り込んで、彼女の右隣みぎどなり仰向あおむけに寝た。


 ベッドを上から見てスケさんが左、俺が右に寝ていることになる。


 スケさんが俺の方に横向きになり……

 両手を胸の前で組んで俺の方に引っ付いてくる!?


 それで俺も横向きとなり、彼女と向かい合うと、彼女をギュッときしめた。


 俺の右腕のが彼女のまくらに……

 右手は彼女の腰のあたりにれ、左手で彼女の頭をでている。


 こうしてベッドの上に寝ていてくれればリブートにより意識を失っても安心なので、この状態のまま俺は彼女のシステムをリブートした。


 リブート完了のメッセージが流れたが、彼女は"スヤスヤ"と寝息ねいきてている。

 彼女の寝顔を見ながら、俺は彼女がとてもいとおしく感じている。


 彼女がねむりに落ちたようなので、俺も、もう寝ようと思い、目を閉じる……

 しばらくして俺もねむりに落ちたのであった。



 ◇◇◇◇◇◆◇



 翌朝よくあさ俺は右腕みぎうでの痛みで目が覚めた。 右手の指先に感覚がない?


 スケさんは眠りについた時と、ほとんど変わらない姿勢でまだ眠っている。

 とてもあいらしい寝顔である。


 スケリフィはよく眠れたようだな……よかった。


 スケさんを起こさないように気をつけながら……

 スケさんのまくらとなっている右腕を、そ~っと引き仰向あおむけになった。


 右腕全体がシビれてきた!

 ジンジンしてきた……なんか笑えてくるような痛み?だ……

 『絶対にだれさわらないでぇ~』の心境しんきょうだ!


 だが、そう思ったことでフラグが立ってしまったようだ。


 スケさんが体を動かした瞬間! 彼女の手が俺が今絶対に触って欲しくない右腕に触れた!


「ひゃっふぉぉぉい~!」


 思わず声が出てしまった! 直後、な~んか笑えてくる……。

 スケさんを起こしてはいけない!

 だから震えながら、声を立てないように静かに笑う。


「……ん…ん? あれ? シンさん、おはようございます……?」

「ああ、おはよう。 どうだい? 少しは眠れたかい?」


「はい。シンさんの隣で安心できました。 ぐっすりと眠れました。

 ありがとうございます」


「なんのなんの! これしきはおやすいごようだぜ!

 また眠れなくなったらな! ぐらいだったらいつでもしてやるからな」


 俺は精神年齢上も、気持ちの上でもスケさんの保護者ほごしゃみたいなものだと思っているので、ついつい軽い気持ちでスケさんに言ってしまったんだが……

 ん? うら若き乙女おとめにこんなことを言っても大丈夫だったのだろうか?

 俺がスケさんにしているところを他の者に見られたら……

 変な誤解を招かないか? スケさんにとってマイナスにならないだろうか??


 まあ、イベントハンドラをんで対策たいさくしたし、悪夢はもう見ないだろうから、多分はこれが最後だろう……。


 まぁ、いいっかぁ!



「あのなスケさん、話をかえすようでわりぃが……

 たのむから自暴自棄じぼうじきにだけはおちいるなよ。 悩み事ならいつでも相談に乗るからな。

 人に話すだけでも少しは気が楽になるってもんだ……いいな?」


「はい……ありがとうございます」


 スケさんはちからなく答えた……大丈夫かなぁ?

 本当にこういったケースではどうなぐさめればいいんだろうな……。



 ◇◇◇◇◇◆◆



 朝食はフレンチトーストと紅茶を人数分用意した。


 リラックスムードの中で、みんなでの~んびりと談笑しながら、朝のひとときをたっぷりと楽しんだ。


 食事中、俺はスケさんのことが気になって時折ときおり様子ようすうかがっていたのだが……

 彼女も朝食を楽しんでいるように見える。



 こんなに楽しくくつろいだ朝食は何十年ぶりだろう??

 最近は朝食をとったことすらなかったからなぁ……。


 ひと息ついたところでみんなには旅の準備をしてくるようにうながし、俺はみんなが身支度みじたくしている間に食堂の後片付けをして、ロビーでみんなを待つことにする。


 昨夜の夕食後に片付かたづけを手伝ってくれた神子みこたちに加えて、スケさん、カクさんも片付けを手伝ってくれた。 みんな、ういやつぢゃ!



 食堂の片付けを終えてから手伝ってくれた子たちも、旅の準備をするために自室へ向かった。


 俺はロビーでみんなが出てくるのを待つ。


 すると、最初に現れたのは神子のインガであった。

 美しい金髪ショートヘアを頭の真ん中より右側で七三に分けている。

 ボーイッシュでかっこいい美人だ!


「インガ、忘れ物はないな?

 まぁ、このテントの中に忘れたとしても、テントごと亜空間倉庫に保管されるだけなんで、全く問題はねぇんだけどな」


「はい。大丈夫です」


 インガはハキハキとした口調で答える。


「シンさんももう準備じゅんび万端ばんたんととのいましたか?」

「ああ。 あとはこのテントを仕舞しまうだけだな。

 ところで、インガの実家も農家なのか?」


 苗字みょうじを持たないようなので、農家か商家の出だろうと考えて、軽い気持ちで聞いてしまった。


「いえ……私は孤児こじなんです。 西方の町、ガランの神殿前にてられていました。

 ですから、両親の記憶は全くありません。

 統括神官様が父親で、その奥さまが母親代わりになって下さって………………

 わ、私を大切に育てて下さいました」


「すまん……不用意ふよういたずねてしまって申し訳ない。 配慮はいりょりなかった」


「いえ! あやまらないで下さい! どうかお気になさらないで!

 私は今とても幸せなんですから!」


「ホント、いい人たちに育てられたんだな。

 美人であるばかりか、魂までがとても綺麗きれいだ……」


「いえいえ……えーと? 魂が綺麗きれいというのは……?」


「ああ、お前さんも神眼が使えるようになったから見えるだろうけど……

 お前さんの魂の色は"スカイブルー"。 その色は最も綺麗な魂を表す色なんだぜ」


 と、そこへあざやかな明るい赤い髪をしたヘルガが歩み寄ってくる……。


「まぁ! 仲のおよろしいことですわね! 少しけちゃいますわ。 ふふふ」


「おぅ! ヘルガ! お前さんももう準備はできたのか?」

「はい! バッチリですわ! バッチグー・・・・・ですわ! ほほほ」


「おい! お前さんはバッチグーを知っているのか!? ひょっとして転生者か?」

「てんせいしゃ? なんですの? それ? ……始めて聞きましたわ?」


「いや……なんでもない。 じゃなんで "バッチグー" を知っている?」

「あらあら。聞きましたのですわ、ソリテアから。 ぜ・ん・ぶ……ね。 うふふ」


「アア……キイタノ カ……ハ・ハ・ハ」


 ヘルガの髪はソリテアの髪よりも明るい色をした、美しいレディッシュヘアをしている。


 ヘルガはソリテアとは対照的に、ゆるやかなウエーブがかかった肩まである美しい赤髪に自信を持っているようだ。


 彼女のいたずらっぽい笑顔はとても魅力的だ!


「そうだ、インガとヘルガ、神眼でお互いのカーソルの色を見てみな?」

「「カーソルの色ですか?」」


「ああ、何色に見える?」

「ヘルガの色は……"スカイブルー"?というのでしょうか……綺麗きれいな青色です」

「インガの色も"スカイブルー"ですわね」


「その色はな……魂が最も綺麗きれいな人にしか現れねぇ色なんだぜ。

 お前さんたちの心がとても綺麗な証拠だな」


「なんかそうおっしゃっていただけると嬉しいですわ」


 とヘルガが答えた。

 インガの方はにこにこしている。


「逆にな、赤い色から赤黒い色、最も悪い奴は、黒色なんだけど、そういった色のターゲットカーソルをしているやつには十分注意しろよ!? 相当悪い奴だからな。

 人殺しなんざなんとも思わねぇヤツだからな!」


「はい」

「はい。気をつけますわ」


 ふたりと雑談をしているうちに、他のみんなもロビーへ続々と集まってきている。


 みんなが集まったところでみんなと一緒に外へ出た。

 俺はテントを亜空間倉庫あくうかんそうこ仕舞しまい、みんなの方を向き直って言う……


「それじゃぁノルムの町へ行きますかぁ?

 念のためにノルムの町の1キロほど手前にある森に転移して……

 そこから徒歩とほでノルムの町に向かうのでそのつもりでな」


 みんなは俺のそばへと集まってくる。

 今度はさすがにタチアナも、俺の首にきつくことはしなかった。


 マップを展開して索敵し、敵がいないことを確認してからシールドを解除した。


 前回のように転移してくる者はない……

 まぁ、転移できるわけがないんだけど……な。


「では……転送!」


 一瞬の後、俺たちの周りの景色けしきが変わる。

 俺たちは木々に囲まれている。


 森の中に穴のように開いた広場の中心に転移したのだ。

 予定通りノルムの町から1キロほど手前の森の中である。


 そこから街道へと出た後、2列縦隊でノルムの町へと歩いて向かう。


 先頭は神殿騎士のふたり。

 先頭左側にスケさん、その右隣にカクさんが歩いている。


 続いて神子たち、その後ろに冒険者たちといった順だ。

 最後が俺とシオリである。


「なぁ、シオリちゃん。 俺はどうしたらいいんだろうな? これから……」

「子作りです!」


 シオリがきっぱりと言う。


「へ?」


「この惑星での実験テーマは! 各ヒューマノイド種族と、シンさんとの間にできた子供たちに……」


「いやいや、それは前に聞いたから知っているんだが、そうする以外で、たとえば、余所よその神々は普通は何をしているものなんだろう?……と思ってな。

 みんなは助けを求めている者をすくってまわっているのかなぁ?……とかな」


 "古いタイプの日本人"として生きた俺は、なんとなくまわりが気になるというか……

 どうもみんなと同じにしていないと落ち着かないところがあるのだ。


「申し訳ありませんが、私はこの世界を出たことがありませんのでかりねます。

 ネットで検索してみましょうか?」


「そ、そんなことができるのか!? じゃあ、ちょっと調べてみてくんねぇか?」

「はい。調べました」


「はやっ!」


「シンさんのご質問は新人管理者にとってのFAQのようですね。

 回答としてベテラン管理者から集めたアンケート結果がのっていましたが……

 圧倒的あっとうてきに『何もせずに見守る』が多く、99%で1位でした」


「そうか……奇跡を起こして苦しんでいる人々を助けたりとかはしないのか……

 なんか一所懸命に祈っている信者がかわいそうになるな。 むなしいもんだな。

 まぁ~、俺は俺なりに思った通りにやりますかぁ……」


 地球は『魂の刑務所』みたいなモノだと聞いてからは、死イコール解放だから……

 神である惑星管理者が、人々の苦難くなんにはつぶって何もしないことも納得できたんだが……まぁ、考えてみれば、所詮しょせんは神なんてそんなモンなのかも知れないな。


「それにしても、救いを求める声のようなものが全く聞こえてこねぇが……

 昨日の、神子たちから助けを求める声はなんで聞こえたんだ?」


普段ふだん、祈りや願いが聞こえてこないのはフィルタリング機能が働いているからだと思います。 確か……シンさんを中心とした半径100kmに存在する、きよたましいを持った熱心な信仰者の、しかも、強い願いのみがシンさんまで届くように設定されていたかと思います。 それ以外はネグレクトされるはずです。

 そして、その条件をクリアしたのが昨日の神子みこたちがはっした魂のさけびだったのではないでしょうか」


「そうだったのか。 彼女たちのさけびが俺にとどいて良かったよ」


「フィルタリング機能の設定をあまくすれば、より多くの者たちの願いがシンさんまで届くようになりますが、決しておすすめはしません」


「ん?」


わずらわしさに気がくるいそうになるのではないかと愚考ぐこういたします」

「なるほどな」


 そりゃそうだ!

 私利私欲しりしよくまみれた願いがワッと押し寄せてきたらと思うとゾッとする!


えず……フィルタリング設定はこのままでいいかな。

 もっと遠方の信者の願いも聞いてみたい気はするが……」


「はい。 私も今はそのままでも良いと思います。

 司令部に戻られたさいためしに願いを受け取る対象範囲はんいを"惑星全体"に広げてみてもよろしいかも知れません」


「ああ、ちょっとそのことも考えてみる。 ありがとう。

 しかし……シオリちゃんがいれば全知師はらないかも知れないな?

 ホント頼りになるぜ」


 一瞬、全知師ぜんちしがビクッとしたような気がする……。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 みんなと雑談をしながら歩いていると、前方に町に入るための門、そして検問所けんもんじょが見えてきた。


 検問所は2つに分かれている。

 一般用と特権階級用とっけんかいきゅうようの2つだ。 一般用の検問所は長蛇ちょうだれつができている。


 いまだに自分が"神"であるという自覚がないので、一般用の検問にならぶものとばかり思っていたんだが、先導せんどうするスケさん、カクさんが迷わず特権階級用へ向かったのを見て自身の立場に改めて気が付いた。


 検問所に近づくと、なにやら一般用の検問所でめている?


「気持ちは分かるが、たのむからおとなしく帰ってくれ!

 規則きそくでお前さんたちはとおせないんだよ!

 伝染病でんせんびょう感染かんせんしているかも知れない者を中に入れるわけにはいかないんだよ!

 すまないが帰ってくれ!」


「そこをなんとか! 神官様にこの子をていただきたいんです!

 熱が高くて、このままでは死んでしまいます。 お願いです。入れて下さい!」


 幼い子供をいた母親らしい女性。 3歳児くらいの男の子は意識が無いようだ。

 女性の腕の中でぐったりとしている?


 伝染病と聞いて、検問所前に並んでいた者たちがこの親子との距離をとる……。

 門衛もんえいは申し訳なさそうな、苦しくつらそうな表情をしている。


 門衛の言っていることは正論せいろんだ。

 リスクマネジメント的見地けんちからは間違いない対応だ。


 神子みこたちの視線が俺に集まる……。

 自分たちがあの子供を治療しても良いかと、目がうったえている。


 子供の下へと行こうとしている神子たちを制止せいしし、俺みずからが動いた……。


 これがシオン教のわなだとは思えないが、ねんにはねんれてのことだ。


「はいはい! もう大丈夫だお嬢さん!

 俺がその子を治してやるぜ! せてみな!」


 いきなり横から、"魔導士のような黒いローブ"をまとった男が出てきて……

 子供をなおしてやると言われても不審ふしんに思うわなぁ。


 母親らしき女性は、いぶかしげに俺の顔を見ている。

 どうしようかと逡巡しゅんじゅんする表情が浮かぶ。


「大丈夫ですよ。 この方はこの世で最も高位の治療神術が使えるお方ですから。

 安心してその子をまかせなさい」


 いつの間にか神殿騎士のスケさんが俺の隣に立っている……

 母親らしき女性に、言葉をかけたのだ。


 神殿騎士の言うことなら間違いなかろうと思ったのだろうか……

 女性の顔からはいぶかしげな表情は消え、俺に子供をせた。


 スケさん! ナイスフォローだ! ……俺は心の内だけで叫んだ。


「お願いします……もう1週間近くも熱が下がらないのです。

 ここ2日は食事も全く食べられません。

 今日になったら、水も欲しがらなくなってしまいました。

 お願いします! 私にできることなら何でもします!

 どうかこの子をお助け下さい! お願いします……ううう……」


「ああぁ分かった治してやるから落ち着いて。

 たとえ死んでもよみがえらせてやるから安心して見ていろ」


 地面にふかふかのマットレスを生成して、そこへ、女性から託された子供をそっと寝かせる。 その光景を見ていたまわりの者たちはおどろきの表情を浮かべている。


 アホみたいに口をあんぐりと開けているな……俺は思わず笑いそうになる。



「これは伝染病でんせんびょうじゃないな……。

 猛毒もうどくを持った昆虫こんちゅうにでもまれたようだな。 足首にまれたようなあとがある」


「ああ……そんなぁ……ううう」


 子供の足首にあるまれた跡を見せると……

 女性の顔は、見る見るうちに青ざめていく。


 普通なら相当そうとうヤバい昆虫のあとなのかも知れない。


「ん? どうした? 心配しなくても治るぜ、この子は」

「えっ! 本当ですか!?」


ろんより証拠しょうこだ! 見ていろ! ……修復しゅうふく!」


 俺は子供に修復神術をほどこす!


 子供の体全体があわい緑色をした半透明はんとうめいな光のベールにつつまれ……

 光のベールが消えると男の子は意識を取り戻し、起き上がって"きょとん"とする。


「ああ……ベルン! よかったぁ……よかったぁ……」


 母親らしき女性が子供をなみだする。


「ありがとうございます。 ありがとうございます……」


 れいを言っている女性のつかれた顔が気になった。


「修復!」


 思わず女性にも修復神術をほどこす……


 淡い緑色をした半透明な光のベールが消えると女性の顔色も、見る見るうちに良くなっていく。


 ふと、水分が足りてないだろうと感じて、缶のスポーツドリンクと生分解性せいぶんかいせいプラスチック製のストローを2組ふたくみ生成し、プルトップを開けてストローを差し入れてから、女性と男の子、双方そうほうに1本ずつ渡して飲むようにうながした。


 なぜペットボトルで出さなかったのかというと……

 飲み物を出そうとした際に、地球で問題になっていた"漂着ゴミ"のイメージが頭をぎったからだ。


 ペットボトルだとえてゴミになると厄介やっかいだと思ったので、缶ジュースと、生分解性プラスチック製のストローにした。


 女性も、子供も、おっかなびっくりストローに口をつけて、一口飲むと余程よほど美味おいしかったのか、その後はチューチュー音を立てて飲み始めた。 微笑ほほえましい光景だ。


 あっという間にスポーツドリンクを飲み終えた女性は……

 町の方に向かって姿勢を正した!?


 何をするのかと不思議に思っていると……。


「ああ……神様! この幸運をありがとうございます!

 この方とお引き合わせ下さったことを深く感謝致します。

 我が子をお救い下さりありがとうございました!」


 彼女は胸の前で両手を組み、涙を流しながら、この町の神殿がある方向と思われる方に向かって礼を言う。


 神は目の前にいるんだけどねぇ……ははは。


 ん? 検問所の前に並んでいた人々の中にはひざまずいて、俺に手を合わせている者もいるぞ……気付かれたか? まぁどっちでもいいけど……。


 男の子の方も、スポーツドリンクをすべて飲み終えたようなので、ふたりが飲んでカラになった缶とストローを回収して消した。


 こんなに早く飲んじゃうとはなぁ!? こんなことなら……

 ゴミはすぐに回収できただろうから、ペットボトルでも良かったなぁ……。


 話を聞くと、やはりこの女性は男の子の母親だった。

 ここから10km程離れた村から徒歩でやって来たらしい。


 これから歩いて村まで帰るのも大変だろうと思い、シオリに神子たちを守るように言ってから、俺は親子ふたりを連れてその村まで転移して送ってやった。


 ちょっと目立めだぎちまったかな?


 転移するところを大勢おおぜいに見られちまったし……

 こんなことなら、森に転移してから歩いて来なくてもよかったのかも知れない。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 親子を送り終えて親子の住む村からみんなのもとに戻ると、みんなは、笑顔で俺をむかえてくれた。


「お待たせ~。さぁてと、それじゃぁ町に入るとするか」


 スケさんとカクさんがいるので検問はトラブルなく通過できた。


 町並まちなみは俺がおもえがいていた通りであった。

 地球でいうところの中世ヨーロッパに近い雰囲気ふんいきだ。


 冒険者の女性たち4人はこのままギルドへと向かう予定だ。

 俺たち神殿関係者は神殿に向かうことにする。


「シェリー、ラヴ、ラフ、ミューイ……お前さんたち、力加減ちからかげんには気をつけろよ。

 今のお前さんたちはオーガ並みのSTRだから、そのことを忘れねぇようにな!」


「え? そうなんですか?」


「ああ。俺たちはみんな、お前さんたちか、それ以上につええからな、お前さんたちは気付きづかなかったかも知んねぇけど……相当そうとう強くなってるんだぞ」


「全く自覚じかくがないんですが……」


「たとえば……今までの感覚かんかく下手へたにビンタでも食らわすとな、相手の頭がちぎれてんでいくぜ」


「「「「……!」」」」


 シェリーたち神殿しんでん騎士きし見習みならいの冒険者4人は青くなっている。


「まぁ~、喧嘩けんかにでもなったら……

 相当そうとう加減かげんしてやらねぇと、相手を殺しちまうから注意しろよ」


「「「「は、はい」」」」


「ああ、それからな、お前さんたちは純粋じゅんすいすぎるから気をつけろ!

 お前さんたちに近寄ってくる男どもはなぁ、みんなお前さんたちの体が目当めあてだと思え! ちゃんと神眼で相手のターゲットカーソルの色を確認しろよ。 いいな?」


「「「「はい」」」」


「よ~し、それじゃぁ……

 俺たちは統括神官とうかつしんかんらしめ終わったら、そのまま神殿で待っているからな。

 ギルドへの報告が終わり次第しだい、神殿の方に来てくれ」


「はい。 分かりました。 それではのちほど……。 失礼します」


 リーダーのシェリーが代表してそう言うと……

 4人はれだって、"ギルド"があると思われる方向へ歩いて行った。



 ◇◇◇◇◆◆◇



 冒険者4人をのぞく俺たち神殿関係者は、神殿の前までやって来た。


 対応に出てきたのは年配の女性神官である。

 スケさんが何やら言うと、女性神官は、俺に向かって深々ふかぶかと頭を下げてから我々を神殿の中にみちびき入れた。


 神殿の入り口から中に入るとそこは礼拝堂らいはいどうのような場所だった。


統括神官とうかつしんかんはいるか?」


「はい。ですが、現在『けがばらいの儀式ぎしき』の最中さなかでして……

 終わるまでには相当、時間がかかるかと思います」


「相手は? その『けがばらい』をされているのは誰だ?」

「はい。この町の商家のお嬢さんです」


「なにっ!? それはマズい!! すぐに儀式をしているところへ案内しろ!!」


「ですがカルメデオ様からは失敗すると大変なことになるから、誰にも儀式の邪魔はさせるなと言われていますので……」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! そのお嬢さんが危険なんだ!

 さっさと案内しろ!」


「ですが……」


 これではらちかん!


 マップを展開して、"カルメデオ"という名前の人物を捜すが……

 この近くには反応がない!?


 しかたないので、この神殿の中の生命体反応を調べてみる。


 すると、礼拝堂らいはいどう右奥のドアの向こうには廊下ろうかがあるのだが……

 そのたりの部屋に、気になる生命体反応が2つあった!


 1つは状態異常の女性であり、そしてもう1つは、その女性と重なるような位置にいる男性のものだ!


 その部屋の前には、他に男女2つの生命体反応が確認できた。

 女性の保護者かも知れない……。



「これだ! スケさん、カクさん、右奥のドアの向こうだ!

 廊下ろうかの突き当たりの部屋にいる!

 俺は先に転移で向かうぞ! お前さんたちは後から来てくれ!

 シオリちゃん、みんなを頼む! ……転移!」


 俺のかんは当たった!


 転移した先の光景を見て、いかりがみ上げる!!


「てめぇ! なにしてやがる!!」



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