第0005話 彼女は強かった!?

 完全に俺のミスだ! タチアナをられてしまった!!


 でも……あわてることなどない!


 なぜなら、この世界に来てから出会った人たちみんなには、マップ画面上で位置を確認できるようにマークがつけてあり……

 このマークがつけられた対象は自動的にこの惑星の管理システムと情報を共有し、この惑星の周回軌道上しゅうかいきどうじょうのすべての人工衛星じんこうえいせいを使用して位置情報他をリアルタイムで把握はあくできるからだ!


 特別なことをする必要など全くなく、たださがしたい人のことを思い浮かべるだけで良かった。


「いたぞっ! ここから4キロほど離れた廃墟はいきょらしき場所にタチアナと複数の生命体反応が確認できた! 俺は今から行ってくる!

 シオリ! シールドを展開してここでみんなを守っていてくれ! ……転移!」


 タチアナの位置が確認できた時点で彼女をこちらに転送することもできたが……

 それはえてやめておいた。


 敵の正体を知るため……というのは建前たてまえで、本当は、俺の大事な仲間を連れ去ったヤツをボッコボコにしないとまないからである!


 いい度胸どきょうをしてやがるなぁ、クソ野郎がっ! 必ず鉄槌てっついくだしてやる!!



 俺が転移した場所は、町の廃墟はいきょのようだった。

 俺は今、その廃墟の中、くずれかかった町の防壁ぼうへきを背にして立っている。


 すぐに黒いローブを着た者たちが物陰ものかげからぞろぞろと現れ、俺の周りを半円状はんえんじょうかこむ! 待ってましたとでも言わんばかりである!


 ヤツらは全部で……12人か? 全員が魔導士のようだ。


 俺の前方にはタチアナの腕をつかんだ黒ずくめの男がニヤニヤと笑っている。



 俺はすぐにこの廃墟はいきょおおうようにシールドを展開てんかいし、黒ずくめの男たちがここから転移できないように……逃げられないようにしてやった!


 シールドをすりけて転移するためにはシールド周波数変調しゅうはすうへんちょうパターンを解析かいせきしてそのパターン通りに同調どうちょうしなくてはならない。


 だから断言しよう! 人間ごときの能力では、このシールドをすり抜けることなどできるわけがないのだっ!



『おーいタチアナ! 聞こえるかぁ? 俺だ! シンだ!』

『あ、は~い。 上様ぁ、聞こえますよぉ~』


 念話回線ねんわかいせんをタチアナにつなげて、彼女に呼びかけたんだが……

 どうやら余裕よゆうがあるようだな? よかった! パニックになっていなくて……。


『こいつらの目的が知りてぇから、ちょっと一芝居打ひとしばいうつが……

 わりぃが、適当てきとう調子ちょうしを合わせてくれ』


承知しょうちしましたぁ~』


 さてと、これでよし。 では、芝居しばいを始めるとするか……


「クソ野郎! てめぇ! 今すぐ俺の大事だいじな人をはなせ!」


「クククククッ! おろかな! 自分の立場たちばが分かってないようですねぇ~。

 んでなつむしとはお前のことなのですよ、小僧こぞう

 まんまとわなにかかってくれるとは……笑いが止まりませんなぁ~、ははははは」


「てめぇはナニモンだ!?」


「死にくお前には、特別に教えてあげましょうかねぇ……

 私たちは女神シオン様の信奉しんぽう者、平和の使徒しとですよ!

 お前たち、神殿しんでんの者たちに抑圧よくあつされて苦しんでいる者たちの魂を、解放かいほうするのが我々われわれ使命しめいなのですよ!」


「シオンなんて神は知らねぇが、神につかえる平和の使徒様が人攫ひとさらいか?

 しかも、か弱い女性を……ぷぷぷっ! 笑っちゃうよなぁ!」


「お黙りなさい! このクズがっ!

 唯一ゆいいつ絶対ぜったいの神であらせられる女神シオン様からばつあたえられない以上は……

 我々がしていることこそが正しきおこないなのですよ! あははははっ!」


 これだから一神教いっしんきょう信者は厄介やっかいなんだよな……


『何かマズいことをすれば唯一ゆいいつ絶対の神からばつを与えられるハズだ。

 こうして平気なんだから、我々われわれおこないは正しいのだ!』


 って、論理ろんりでムチャクチャしやがるからなぁ……。


 自然破壊しぜんはかいであろうが戦争であろうが略奪りゃくだつだろうが……

 なんでも正当化せいとうかできちまう "ヤクザの方程式" だ! 支配者にとっては実に都合つごうの良い宗教なんだよな。


 全知全能ぜんちぜんのうの"絶対神ぜったいしん"がちゃんといる世界なら成立する論理かも知れないが……

 ばつうんぬん以前に、シオンなんて女神は存在すらしてないから余計よけいたちが悪い!


 何をやろうがばっせられることはないんだからなぁ……。



 八百万やおよろずの神を意識し、たたりの文化が浸透しんとうしている"古き良き日本"で生まれ育った?この俺からするとムチャクチャな論理にしか思えない。


 こんな論理を展開するヤツがいる以上……

 シオン教は、少なくともこの惑星では許すわけにはいかないな!


 シオリがいいって言ったら、たたつぶしに行こうかな!?


 ん? まてよ?

 よく考えてみると、これはシオン教徒に限った問題じゃないよな?

 この俺はこの世界の隅々すみずみまで目を光らせられるわけじゃないからなぁ……

 その点をどこかの不心得者に利用されているかも知れないな?


 同じ論理展開ろんりてんかいは、この俺の信奉者しんぽうしゃたちにだって可能なわけだから……な?

 こりゃぁ、神殿関係者にもクギをしておかないとマズいのかもな?


 おっと、いかんいかん! 今は目の前の敵に集中だ!


「で? てめぇたちは、これからどうするつもりなんだ?」


「はははははっ! 特別にお教えてあげましょうかねぇ」


 どうもコイツの口調にはイライラさせられるよなぁ……

 だが、がまんがまん!


「クックックッ! まずは小僧こぞう! ここでお前を殺してから……」


 クソ野郎はタチアナを自分の方へ引き寄せて、下卑げびた笑い顔をかべながら彼女に視線を送り、話を続ける……


「このメスぶた人質ひとじちにして、えらそうに神子みこだとぬかしている他のメス豚どもも一緒に全員我々の性奴隷にしてあげるんですよ!

 どうだい、メス豚? 私たちの性奴隷になれるんだよ? ありがたいだろう?」


 く~っ! 今すぐこのクソ野郎をぶっ殺してやりたいぜっ!

 が、がまん、がまん!


 タチアナに嫌らしい視線を送っていたクソ野郎が、再び俺の方を見る。


「私たちが飽きたら、このメス豚たちには最もふさわしい場所……

 そう! 娼館しょうかんに奴隷として売り払ってやるのですよ! あはははは!」


 クソ野郎が! 平和の使徒しとが聞いてあきれるぜ! 何がたましい解放かいほうだ!?


「バカか? てめぇは。 それがなんで人々の魂の解放になるんだ?」


「口の減らないガキですねぇ……

 お前さんたちが信じる神の后候補きさきこうほを奴隷にするんですよ?

 神殿にとっては最大級の屈辱くつじょくでしょう? 大打撃でしょう?」


「だ・か・ら! なんでそれが魂の解放になるんだっつうのっ!」


「分からないのですか? おバカな小僧ですねぇ……あははははっ!」


 う~、イライラするっ!


「……お前たちにしいたげられた人々にとっては、それはそれは痛快つうかいなことでしょ?

 それが魂の解放につながるんじゃないですかぁ! それが分かりませんか?

 頭の悪いクソガキですねぇ……って、お前のごとにこれ以上つきあっているひまはありませんね。 さっさと殺してメス豚ども手に入れなくては!

 みなもの! 私が合図あいずをしたら思いっきりやっておしまいなさい!」


 ああ……時間の無駄だったな。

 コイツらの論理展開にはついて行けないな。 バカバカしい……。


「やめて下さ~い! シンさんを殺さないでぇ~!

 なんでも言うことを聞きますからぁ~! どうかやめてぇ~!」


 タチアナは一所懸命に演技しているな?


『タチアナちゃん……ノリノリだなぁ?』

『でへへへぇ~』


 念話で呼びかけたが……どうやらタチアナはこのシチュエーションを楽しんでいるようだ。


「はははははっ! うるさいですよ、メス豚!

 お前はあとで、"た~っぷり"と、かわいがってあげますからね!

 楽しみにしながらそこで静かにお待ちなさい!

 あの小僧がこれから灰にされるのを、絶望しながらだまって見ているがいい!

 ははははは! ……皆の者やれ!!」


 直後! 黒いローブを身にまとったの者たちから一斉いっせいに大火力のファイヤーボールが俺に向かってまれたっ!


「きゃーーっ! シンさん!」


「ははははは! 小僧よ、灰になっておしまいなさい!」



『おーい。 タチアナ、俺は大丈夫だよぉ~。

 俺はお前さんの後ろにある廃屋はいおくに転移して無事だから、安心してくれ』


『あ~よかったわぁ~。 心配しましたよぉ~。 もぉ~』

『ごめんごめん』


『それでぇ~、これから私はどうしたらいいのでしょうかぁ~?』


折角せっかくだからなぁ……。

 ヤツらには、お前さんの攻撃神術の練習台になってもらおうかなぁ……

 合図あいずしたらヤツのほおをひっぱたいて、後ろの廃屋に走って逃げておいで』


『承知しましたぁ~。 でもぉ、大丈夫でしょうかぁ~?

 たたいたくらいではなしてくれますかぁ~?』


『ああ、大丈夫だと思うぜ。 それよりも思いっきりひっぱたいたらダメだぞ。

 多分ヤツの頭が千切ちぎれ飛ぶからな』


『あはははは~。またまたぁ~、ご冗談を~』

『いや、俺は真剣しんけんだよ』


『……?』



 俺がもといた場所、敵の魔導士どもがファイヤーボールを撃ち込んだ場所には、

"いかにもそれらしく"灰の山を生成しておいてある。


 しばらくしてヤツらの攻撃が止む。


「あははははははっ! 思い知ったか小僧!」


「きゃ~っ! シンさ~ん! シンさーーん!!」


 タチアナはよよと泣く。 迫真はくしん演技えんぎだ!


『タチアナ、いい演技だ!』

『てへへぇ~!』



「なんだか呆気あっけないですねぇ~、さぁてと、それではメス豚どもをいただきに行くとしますか! はははははっ! たまりませんねぇ~!!

 白状しましょう! 私はねぇ、女性が嫌がる表情を見るのが大好きなのです!

 メス豚。 お前にも期待していますからね! あはははははっ!」


『タチアナ今だ! やっちまえっ!』


 パァーーーーン!!


 黒ずくめの男がタチアナの左腕をつかんでいる右手をグッと引き寄せ、左手で彼女の右胸にれようとした瞬間であった!


 タチアナは右手で軽く、本当に軽くではあるが、黒ずくめの男の左頬ひだりほおを張った!


 グキッ! ブヘッ! ズッバーーン!


 俺は最初、男の頭がちぎれてしまったんじゃないかと思った!


 男は回転しながら、右斜みぎなな後方こうほうへ吹っ飛んで行って廃屋はいおくの壁にぶち当たり意識を失った。 俺がかくれている廃屋の左隣の廃屋である。


 タチアナは脂汗あぶらあせをタラタラ流している。


 一方、黒ずくめの男の手下たちは、みな、アゴが外れるんじゃないかと思うほど口を大きく開けて呆然ぼうぜんとしている。



『おーい! タチアナ! 気持ちは分かるが急いで俺のところに来てくれ!』

『は、はは…はい! ただちに! まいりますぅ~』


 タチアナは小走りで後ろの廃屋へと逃げ込み……

 手招てまねきしている俺の元へとやってきた。


 手下の魔導士たちは、黒ずくめの男の方を見ながらまだ呆然ぼうぜんとしている。



「タチアナ、怪我けがはないか!? 怖かったよなぁ?

 ごめんな、俺が油断ゆだんしたばっかりにこんなことになっちまって……」


「こ、こわかったですぅ~。

 でもぉ、シンさんがぁ必ず助けて下さるとぉ、信じておりましたぁ~」


 俺はタチアナをきしめながら、右手で彼女の頭をでている。


 彼女のかみはサラサラだ……ああ。茶色に近い金髪かぁ。

 なんて綺麗きれいな色なんだ。 サラサラしてて手触てざわりがいいなぁ……


 おっと! いかんいかん! 敵はまだいるんだ、気をいてはダメだ!


「さ、それじゃぁ残りのヤツらを片付けるとするか! そうだなぁ……

 ヤツらはファイヤーボールを撃ってきやがったから、こっちもそれをお見舞みまいしてやるか!?」


「はぁ~い!」


「ヤツら、女性ひとりだときっとあなどって隠れずに前に出てくるだろうから……

 俺はこのままここで隠れて見てることにするわな。

 いざという時には俺がちゃんと守ってやるから、まぁまずはひとりでやってみな」


「は、はは、はいっ! やってみますぅ~。 緊張しますぅ~」


 タチアナはゆっくりと廃屋の外に出た。


 黒ずくめの男は相変あいかわらずあわいてのびている。


 魔導士たちはタチアナが廃屋から出てきたことに気が付いたようである。

 身構みがまえながらこの廃屋をかこむようにジリジリとタチアナとの距離をつめる!


 ヤツらの中で他の魔導士たちよりも少しうしろに立っていた者が、何やら呪文じゅもんらしきものをブツブツつぶやいている?


 タチアナに対してやっかいな魔法でもかけられるとマズいな……


 他の魔導士たちに気付かれないように遮音しゃおんし、"見えざる神の手"で詠唱せいしょう中らしき魔導士をにぎりつぶした!


 ブチッ! とな。


 まぁ、タチアナも魔法攻撃に対する耐性たいせいがちゃんとあるから大丈夫だとは思うんだけどね。 ねんのためだな、ねんのため!


 タチアナはおもむろにゆっくりと両腕を肩の高さまで上げると……

 両手を前方の魔導士たちの方へかざしてとなえた!


「みなさん消し飛びなさ~い! ふぁいやぁ~ぼぉ~るぅ!」


 ……? なに!? な、なにも起きないぞ!?

 タチアナはあせってあわあわしている!


「なんだよ、おどかすんじゃねぇ! このメス豚が! びびったじゃねぇか!

 はったりかましてどうするつもりだったんだ? バァカ! ははははは」


「ゲヘヘヘヘヘヘヘヘッ! さぁ、たっぷりとかわいがってやるぜ!!

 さあ! こっちへきな!」


 男たちはタチアナの言葉に一瞬たじろいだんだが……

 何事も起こらなかったので下卑げびた笑いを浮かべてタチアナをののしった。


 ヤツらは彼女を侮辱ぶじょくするような言葉をきながらジワジワと彼女にる!

 彼女のSTRの強さが分かったので警戒しているようだ。


『お~い、タチアナちゃ~ん、どうしたんだぁ~?』

『しししし、シンさん! どうしましょう! 火が出ませぇ~ん!!』


『大丈夫だよ、落ち着きな。 ちゃんとターゲット指定してから撃ったかぁ?

 ヤツらのターゲットカーソルはチカチカ点滅しているかな?』


『あ゛! すすす、すみませ~ん。

 わ、忘れていましたぁ~! 今すぐやり直しますぅ~』


『ははは。そうか。あやまらなくてもいいぜ。 まぁ、初めてだからしようがないさ。

 じゃ、もう一回やってみな。 あわてなくてもいいからな。 今度は確実にな』


 念話でタチアナに攻撃神術発動手順を確認してみたら、やはり手順が間違っていたようだ。


 彼女は再び両手を、徐々じょじょに距離をつめてくる魔導士たちへとかざす。


「あはははははっ! お~いメス豚ちゃんよぉ~、おめぇはバカなのか?

 おいおい……はったりはもう通じねぇってことも分からねぇおバカさんなのか?

 それとも恐怖で頭でもおかしくなったの……」


「ふぁいやぁ~ぼぉ~るっ!!」


 ズババババババババーーーン!!


 魔導士の男が侮辱ぶじょくの言葉を言いえる前に、彼女の攻撃神術"ファイヤーボール"ははなたれた!


 ………………


 しばらくしてあたりにただよっていた煙が収まると、あたりはシーンと静まりかえる。

 一方、黒ずくめの男は隣の廃屋の側で相変あいかわらずあわを吹いて気絶している。


 魔導士たちの姿は一切いっさい無い、どこにも……影も形もないのだ!

 一瞬、転移で逃げられたのかと思ってしまうくらい……何もない。


 ふ~んそっかぁ~、ファイヤーボールでやられると灰も残らないのかぁ……。

 いやぁ勉強になったなぁ~。


 俺が魔導士どもにやられたふりをするために作り出した灰が間抜まぬけに思える。

 演出だとバレなくてよかったなぁ。 は・は・は……


 ちからなく笑いながら廃屋はいおくから出てタチアナのそばへと行く。


「タチアナ、見事だ! しかしすごい威力だな! 最大火力でぶっ放したのか?」

「……い、いえ、最小火力で撃ったつもりだったんですぅ~」


 彼女は強かった!


 いや! 俺が強くしちまった…のか? ふぅ。


「ん……まぁ良くやった。 お前さんに練習させることができてよかったぜ!

 ふぅ~。しかしさすがに最初の不発ふはつにはあせったぜ」


 タチアナはどぎまぎしているかのようだ? なんとなく笑顔が引きつっている?


「みんなもさっきのお前さんみたいに『イザ! 撃とう!』としたときに失敗するといけねぇから、みんなにもちゃんと練習させねぇといけねぇよな? どう思う?」


「は、はいぃ~。 私も同感ですぅ~。 練習は必須ひっすですぅ~」


「ところで、どうでもいいことなんだが……

 お前さんの知り合いに、ジェームス・ボンドってヤツはいるか?」


「ジェームス・ボンドさんですかぁ? 全くぞんげないのですがぁ~。

 その方が何か私と関係があるのですかぁ~?」


「いや何でもない……忘れてくれ」


「はぁ~い!」


 タチアナの名前を聞いた時からずっとモヤモヤしていたんだが、さっきふとそれがなんなのかに思い当たった。


 日本人だったときに見た映画で、ある国の007と呼ばれる"男性スパイ"の活躍を描いたシリーズモノの第2作目……

 きゅうれんを舞台に彼が大活躍だいかつやくする映画の中で、『ボンドガール』 と呼ばれる、彼の相手役が『 タチアナ・ロマノヴァ 』という役名だったことを思い出したのだ。


 今、目の前にいるやし系美女と同姓同名である。


 この映画でタチアナ・ロマノヴァは、頭が良くてとてもチャーミングな女性として演じられていて……当時の俺はこの映画を見て彼女に心惹こころひかれたことを思い出した。

 それでなんとなく役名を覚えていたんだと思う……あースッキリしたぁ!



「ん…んんんん……」


 黒ずくめの男が意識を取り戻したようだ。


 俺はすかさず"見えざる神の手"で、ヤツをロープでグルグル巻きにしてやり……

 開発画面を表示させてヤツのプロパティを修正し、ごく平凡へいぼん人族ひとぞくの男性レベルの値にすべてを変更した。


 もちろん魔法・魔術は一切使えない設定にして、魔力もゼロだ!


 そして、イベントハンドラを記述して……

 どんなに努力しても能力が上がらないようにもしておいた。


 服に何か隠し持っているとマズいので、衣服と下着はすべてひんき、ふんどしを作り出して装着そうちゃくしてやった。

 所謂いわゆる"ふんどし一丁いっちょう"ってヤツだ……ロープでグルグル巻きだけどね。


 あとでアマゾネス・オークに処理させるつもりなので、転移で逃げたり、魔術で抵抗したりできないようにしたのである。


「なっ、なっ、なぜです!? 小僧、なんで貴様は生きているんですか!?」


「はぁあん? てめぇらごときにこの俺がやられるわけがねぇだろうが?

 へそがちゃかすぜ、はっはっはっ!」


「んぬぬぬぬっ! おのれぇ~! みんな! 何している!

 この小僧をすぐに殺しなさい! …………!?」


「おやおや……寝ぼけてんじゃねぇよ、てめぇの仲間なんざとぉ~っくにあの世に送ってやったぜ!

 まぁ~、いるのかいねぇのかわからんけど、たとえ本当に女神様?とやらがいたとしても、そいつの元には絶対に行けねぇんだけどな! ははは!」


 俺は魔導士たちが消し飛んだ場所から伸びている12本の糸をたぐって……

 虚数空間内きょすうくうかんないにあった彼らの魂をすべて、"奈落ならく"と呼ばれるシステムにぶち込んでやった。


 この "奈落システム" は魂を苦痛と恐怖で徹底的にすり減らし、魂の生成元となる純粋なエネルギーに変換するシステムである。


 魂にとっては永遠とも感じる長い時間をかけて、ゆっくりゆっくり繰り返し苦痛と恐怖を与えられながら徐々じょじょに魂をすりらされ、エネルギーへと変換されていくのである。……魂のとっては所謂いわゆる地獄みたいなものだ。



「くそぉ~覚えてなさい! 転移!

 ……あれ? 転移! ……なぜです!? なぜ転移できないのですか!?」


「ああ、転移どころか他の魔法も一切いっさい使えなくしておいたぜ」


「お前は一体何なんですか!?」

「俺か?……神だよ。 てめぇがあがめてるにせモンじゃなくて本物の神だ!」


「ば、バカなことを! 神はシオン様だけだ! お前は悪魔だろ!」


「ところでさぁ、俺の大切な神子みこたちをゴブリンにおそわせたのはてめぇか?」


「あーそうですとも! ぐふふっ! うふっ!

 女騎士がゴブリンにおかされているのを見るのはたまりませんでしたよぉ~。

 もう興奮しましたよ!」


 何を思いだしたのか、クソ野郎の表情が曇る?


「チッ! あ゛~っ、くっそうっ!

 神殿のメス豚どもがゴブリンどもに凌辱りょうじょくされ、蹂躙じゅうりんされるところをもう少しで見られたというのに……。

 お前はホント! 余計なことをしてくれましたね! 台無しですよ!」


 スケさんとカクさんがひどった場所で、俺に殺気さっきはなったのはやはりコイツだったか? コイツだけは絶対に許せん!


「うるせぇっ! てめぇの所為せいでスケさんは……

 スケさんは心に大きな傷をってしまったんだぜっ!

 てめぇにはきっちりつぐなってもらう! 覚悟しておけよ!

 『もう殺して下さい』と懇願こんがんするくらいのばつを与えてやるからな!」


「ははは! やれるものならやってごらんなさい!

 私には女神、シオン様がついています! お前の思い通りにはなりません!」


 気になったので管理システムにアクセスして、女神シオンの存在をサーチしてみたのだが……ヒットしなかった。 まあ、当然だ。


「それで魔物溢まものあふれも、てめぇがやったのか?」


「くーーっ! 忌々いまいましい!

 メス豚どもを1万5千匹の魔物で蹂躙じゅうりんしてやろうと思ったのに……

 一瞬で掃討そうとうされてしまうなんて……くやしい! くやしい! くやしい!」


「で、どうやったんだ? どうやって魔物あふれを起こさせたんだ?」

「……」


 この男、ナルゲン・ニムラは、口をつぐんでしまったので、試しに"威圧いあつ神術"を使ってみた。


「ゆ、誘魔香ゆうまこうで魔物を集め、サモナーが招喚した魔物に先導させたんですよ」


「誘魔香? それはどこで手に入るんだ?」


「め…女神様から下賜かしされたものですよ。

 お前なんかじゃ逆立ちしても手に入れられませんよ」


 となると……女神シオンは実在するってのか?


 もしも俺が分からないだけで本当に女神シオンが存在するってことになると……

 アマゾネス・オークにも迷惑めいわくがかかるかも知れないなぁ……


 こいつはこちらで始末しておくしかないかな?

 凌辱りょうじょくされる者の気持ちを理解させられないのは痛いがな……。



『もしもしシオリちゃん、聞こえるか?』

『はい、うえさ……シンさん。ご無事でしょうか?』


『ああ。無事タチアナは救出した。

 それでこれからクソ野郎を処刑しようと思うんだが……

 残酷ざんこくなシーンをタチアナには見せたくねぇから、先にそっちへ転送するな』


『はい。承知しました』


『俺も処刑が済んだらすぐにそっちへ向かうから、悪ぃけどちょっと待っててくれねぇかな?』


『はい。分かりました』


『あ、シオリちゃん、それでそっちは異常ねぇか?』

『はい。みんな無事です。誰かに襲撃されるようなこともありませんでした』


『ふぅ。そうか、良かった。 じゃすぐにタチアナをそっちへ送るんで頼むな』

『はい』


「タチアナ、俺はこれからこいつを処刑する。

 それで、残酷ざんこくなシーンをお前さんには見せたくねぇから、お前さんを先にみんなのところへ転送することにしたからな」


「はぁ~い、分かりましたぁ~」


「それじゃ、みんなと一緒いっしょに向こうでちょっと待っててな。……転送!」


 タチアナを転送させた後、俺は大きな粉砕機ふんさいきを作成した。


「おいナルゲンとやら! これからてめぇを処刑する! 覚悟はいいか?」


「ああ……女神様!! お助け下さいませ! 私はここにおります!!

 邪教徒に殺されようとしています! どうかお助けを!!」


 ナルゲンは必死に祈る……だが何も起こらない。


 俺は粉砕機を起動して、"見えざる神の手"でナルゲンをつかむと……

 粉砕機の投入口とうにゅうぐち上空にナルゲンを持ち上げる。


「し、シオン様!! シオン様!! お助け下さい!! シオンさま~~っ!!」


 必死に救いを求めるナルゲンに手を差し伸べる者は誰もいない……。


 俺は"見えざる神の手"の力をゆるめた……

 ナルゲンは粉砕機の投入口に足から落下していく……。


 グワシャヴワシャガガガガギュゥングヴァシャ………

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 うへぇ~! 胃の中のものが逆流ぎゃくりゅうして口元まで押し寄せてきた。

 

残酷なシーンだ。 ナルゲンは足からミンチにされていく……。

 ひどい音とにおいがする。 鉄さび臭もだ。


 タチアナに見せなくて良かった……



 ほどなくしてナルゲンは挽肉ひきにくの山となった。

 ヤツの魂も魔導士たちと同じように"奈落ならくシステム"にほうんでやった。


 これでもう神である俺ですらナルゲンの魂には手出しできない。

 たとえにせ女神のシオンというのが本当にいたとしても、もう、どうすることもできないだろう。


 粉砕機は浄化神術で綺麗きれいにした後、レプリケーターにアクセスして原子レベルまで分解して消し……

 念のためにナルゲンだった挽肉ひきにくの山を火属性神術の"烈火れっか"を使って焼きくした。


 レプリケーターを使えばもっと簡単にナルゲンだった挽肉を消し去ることが可能であったが、次に肉料理とかを生成した際に、ナルゲンだったものがそのまま使われるような気がして……


 いや必要であれば分子・原子レベルで材料として実際に使われるんだろうが……

 なんとなく嫌だったのだ。



 いかりにまかせて処刑しょけいしたが……考えてみれば人を殺したのはこれが初めてだ。


 もちろん日本人だった頃に殺人をおかしたことはない。

 記憶がある限りにおいて俺の初めての殺人だった。


 クソ野郎を成敗せいばいしたというのに……ちっともスッキリしない。

 後ろめたささえ感じている。


 人を殺すというのはこういうことなのか……


 そんなことを考えながら、廃墟はいきょ全体をおおうように展開させてあった "シールド" を解除してシオリたちの元へと転移した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 シンが去った後すぐ、廃墟にひとりの女性が出現した。

 どこからか転移してきたようだ。


 憎々にくにくしげな表情を浮かべて周りを見回した後、チッと舌打ちをしたかと思うと、フッと姿を消した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る