「どうだ、街は。懐かしいか」


熱心に景色を眺めるユノに、ティオは笑いかける。


「あまり覚えてないよ。ずっと昔のことのような気がするな」

「そうか。うん、そうかもしれんな。お前はずっと部屋に閉じこもっていて、自分からはあまり外に出なかったし」

「この辺りで何か、僕に出来そうな仕事があるかな」

「俺が誰かに聞いてやろう。まあ、間違いなくあっという間に見つかるぜ。体力のある若い男はどこだって欲しいんだ」


ティオが笑うたびに、彼の縮れた赤い髪がユノの目の端で踊った。入り日に照らされて赤く色付く街並みを背景にすると、ティオの頭は少しくすんで見える。


レンガ造りのアパートが立ち並ぶ角を曲がると、陽が遮られ、二人を乗せた車は建物の大きな影に呑みこまれた。買い物でぱんぱんになったバッグを両手に提げた女が、大慌てで歩道を駆けて行く。


ユノは火照った頬を冷まそうと開いた窓に身を乗り出し、強く吹き込む風を顔面で受けた。


「ティオ、聞いてもいいかい?僕の――親友のこと」

「――ああ」

「もうあのアパートには住んでいないみたいだね」

「お前が日本に発ってすぐ、あの子もいなくなってしまった。いつの間にか部屋はもぬけの殻で」

「どこへ行ってしまったんだろう?」

「分からん。俺もアカリもずっと待っていたけれど、とうとう諦めてしまった」

 

声を落とすティオを、ユノは慰める。


「彼は帰るつもりが無かったんだよ。一人でも生きて見せるっていっていたもの」

「悪かった。お前には知らせるべきだったな。お前が日本で上手くやれているのか不安だったもんだから、言わずにおいてしまった」

「彼は元気にやっていると思う?」

「どうだろうな。ただ俺は……、あまりそうは思わない」


ティオは心苦しそうに言葉を濁す。深い嘆息を漏らしたのはユノだ。


「ティオ、僕はね、自信をもってこの街に来たんだ。こんなこと、自分で言うのはどうかと思うけれどね。でも君なら分かってくれるだろう?」

「ああ、分かるさ。分かるとも」


ティオが熱っぽく肯定する。


「一昨日、あの港で、一目見ただけで俺は直感したんだ、お前は自分に打ち勝ったんだってな。それがどんなに勇敢なことか!お前は素晴らしく立派になった。俺が保証するさ」


ユノは流れる景色を眺めていたが、やがて胸のわだかまりを打ち明ける。


「彼に会って、今の僕を見てほしかった。君にふさわしい人間になったってことをね」


ティオが軽くアクセルを踏んだ時、家と家の間から仄かな光が差し、ユノの目に反射した。車道に無邪気に手を振る小さな子どもの踵から、幼い影が陽炎のようにゆらゆらと立ち上り、白い家屋の壁面で歓喜に小躍りしている。


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