子どもたちは料理が片付くと、これで事は済んだとばかりにいち早く寝支度を整え、子ども部屋引っ込んでしまった。

残った三人もチーズをつまみにワインとジュースをちびちびやっていたが、深夜を回る頃にティオの目が怪しくなってきた。


「そろそろ部屋に戻ろうかな。ティオも休むだろう?」


頃合いを見てユノが申し出ると、アカリも頷く。


「そうね、ユノも長旅で疲れているだろうし。ああ、そう……」


ふと思いついた、という調子でアカリはせかせかと付け加える。


「寝る前に部屋の鍵はしっかり掛けてね。窓も。最近、物騒だから……」


「物騒?物盗りでも出るのかな」

「違うわ。もっと悪い。暴漢が出るの」


「暴漢?へえ」ユノはテーブルに身を乗り出す。「確かに物騒だ」


「夜道で襲われたらしいわ。家に押し入ったという話は聞かないけれど、用心するに越したことはないし。ただ、そうね……」


 アカリは口ごもって顎に手をあてる。

 彼女は続きをためらった。単なるうわさ話でも、ユノは傷付くかもしれない。


(今はまだ)アカリは自分に言い聞かせる。(なにも、今日言うことはない。せっかく帰って来たんだもの。もっと時間を掛けて、慎重に話し合うべきだわ……)


ちょうどその時、夢うつつで舟を漕いでいたはずのティオが酒に焼けたダミ声で怒鳴った。


「水はもらえるかな?」


髪に負けない赤ら顔の目が据わり、不貞腐れたように仏頂面をしている。


「ベッドまで歩けそうかい?」


ユノが聞くとティオは、「難しいところだ」と低く唸った。


「お水ね」やれやれとアカリが立ちあがる。「ついでにユノを見送るわ」


 去り際、ユノが気遣わしげにティオを見ると、後ろからアカリが「放っておいて問題ないわ。どこでだって寝られる人だから――床でもね」と請け合った。


 二人は部屋の前で、もう一度おやすみの抱擁をする。身体を離し、ユノは苦笑した。


「この挨拶は苦手だ」


「なるほどね。オーケー、私たちは日本式にしましょう――おやすみなさい、ユノ」


「おやすみ。それと、ごちそうさま」


 ひらひら手を振るアカリに、ユノは微笑んで頭を下げる。


 部屋に戻ると、ユノは言われた通り窓の施錠を確認し、カーテンをしっかりと閉じた。そのあとは、脇目もふらず、一直線にベッドに潜り込む。柔らかく沈むマットが、彼の体を優しく受け入れ、毛布は洗いざらしの匂いがした。


ユノはくすりと笑った。

瞼を閉じ、何を考える前に、深い眠りに落ちていく。


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