父さんの死体を見つめながら、僕は途方に暮れていた。

 

 キッチンの窓から差した西日で、膝を抱える僕の影が埃の溜まったフローリングに黒々と映る。

 父さんが死んだのはついさっきだったような気もするし、昨日のことだったかもしれない。



「頼む、一緒にいてくれ」


あの時、テーブルに突っ伏して白目を剥き、ゼエゼエ喘ぎながらも、父さんは掠れる声で懇願した。思えばあれが父さんの最期の言葉だった。


「どこにも行くな。頼む」


 僕が頷くと父さんは口元を歪めた。笑ったのかもしれないけれど、到底そんなふうには見えなかった。


 発作は数分続くと少し治まり、一息吐いたところでまたやってきて、長い間父さんを苦しめた。その間隔が着々と短くなって数秒おきになり、最期に父さんはもんどりうって椅子から崩れ落ちた。まるで悪魔に身体を乗っ取られたみたいだった。

 床に伏せた顔を覗くと、口の端にピンク色に染まった泡が溜まっていた。舌を噛みちぎって血が混じったのかもしれない。父さんは一度大きく背中を反らせて鋭く叫ぶと、糸が切れたように床に臥した。死んだのだな、と僕は思った。


 人を呼ばなければいけない。電話は数メートル先にある。隣の家に走ったっていい。だけど僕にはそのどちらも出来なかった。死体とはいえ父さんから離れることも、背中を向けることも、僕には父さんを裏切る事に思えた。だから僕は、もう少しここにいようと思う。


父さんが満足するまで。


許してくれるまで。



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