第61話
■
「何故こんな状況になった!」
「このままでは帝国が負けてしまう!」
「元はといえば前の戦闘で」
「それはお前だって同じだろう、あの奴隷王に手も足もでなかったくせに」
「こうなったのは一体誰の責任だ!!」
金の刺繍が施された絹布。
何重にも手入れさえ金属のような光沢を放つ木製の机。
そんな素晴らしい調度品の上で交わされる議論は、要領を得ないただの感情論だった。
(愚かですね……戦力的には有利にも関わらず、皆負けると思っている。仕方ないのでしょうね、圧倒的有利な戦局から五分にまで覆されたのですから)
帝国の貴族院達の間で交わされる無意味な言葉の応酬。
それをディエスは退屈そうに眺めていた。
「いいか!負ければ、我らの首は跳ねられ家族や一族も皆殺される。例外は無い!」
「そんな事は百も承知だ!我々が今までしてきた事、それがそのまま帰って来るのだぞ!」
(はぁ~、一向に話が前に進みませんね。いい加減飽きてきました)
決して崩すこと無い笑顔を浮かべたまま
ディエスは心の中で大きなため息を漏らす。
「一つ宜しいでしょうか?」
ディエスは遠慮がちに手を上げる。
その動作だけで周りは押し黙りゆっくり唾をのむ。
「帝国とは一体何でしょうか?」
「は?」
ディエスから発せられた意外な言葉。
議員達は呆け、固まってしまう。
その様子に満足したのかディエスは小さく頷き言葉を続けていく。
「確かに今の現状は厳しい。そして、貴族として皆様は帝国と末路を共にと考えております。それは素晴らしい。私ではとても真似のできない立派な志だと思います」
「な、なにが言いたい?」
「私は皆さんがいる場所こそ帝国だと思っております。皆様はプライドを捨てでもこの場所から退き、復活の機会を伺って頂きたい」
「それはここから逃げろといっているのか?」
一人の議員が険しい顔でディエスを睨めつける。
「とても辛い選択だとは理解しています。しかし、中枢である皆様が生きてこそ帝国は存続するのです。もし、ここで皆さんの命が途切れれば帝国は本当の意味で滅んでしまいます」
「逃げれば永遠に腰抜けと言われ続ける。それは誇り高い貴族として死も同然。いや、死よりも辛い決断だ」
(誇りなど初めから無いでしょうに……)
ディエスは心の中で呆れながらも、神妙な顔でゆっくりと頷く。
「真に帝国の事を憂うのであれば、一族や出来うる限りの兵を連れてこの地を離れ、どうか再起を図って頂きたいのです。帝国の守りは私が引き受けます。そして出来うる限り時間稼ぎをさせて頂きます」
ディエスは立ち上がり宣言するように言い放ち、皆の前で頭を深々と下げる。
「しかし、それでは貴公が……」
「いいのです。皆様こそ真の帝国を築き導く存在。それを守るための必要な犠牲と考えてください。そして、どうか帝国が再建した暁にはメリス様の教えを広める許可を」
ディエスはゆっくりと顔を上げ、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
ディエスの言葉。
その意味を理解した議員達は心を打たれ、感動し、ゆっくりと息を吐き出す。
「……わかった」
「確かに貴公の願いを引き受けた」
「断腸の思いではあるが、貴公の帝国への想いには負けた……必ず帝国を再興して見せる!」
議員達は次々にディエスに従う言葉を口にしていく。
中には涙を流しディエスに最後の別れと、握手を求める議員すら出始めていた。
(逃げたい。しかし、それではメンツと立場が許さない。貴族でメンツが潰れれば再起は不能。ならば理由を与えてやればこんなものでしょう。自ら決断も出来ないような凡庸な人間であれば目の前に出てきた希望に考えもなく縋りつく)
ディエスは微笑みながら議員達と握手を交わし、時に抱き合っていく。
(愚かですね……ですが、これで舞台は整えられそうです。ふふっ、楽しみです。後はこの茶番が早く終わる事を願うだけですね)
そして数日もしないうちに、議員達はその大勢の兵士と物資を伴い帝国を去った。
持ち出された物資や兵は帝国全体の7割にも登り、その時点で帝国の負けは確定した。
帝国に残された道。
それはいかに負けるまでの時間を稼ぐか。
この一点しか残されていなかった。
■
帝都から少し離れた、広い平原。
そこには帝都中の奴隷が集められていた。
その数は膨大で少し小高い丘からでは、終端が見通せない程だった。
「なんだ、奴隷達を一同に集めて」
「どうせ碌なことじゃない、戦争にでも巻き込まれるんだろ」
「知ってるか?もう帝国のお偉いさんは皆逃げたらしいぞ?」
「はっ、帝国も終わりだな。いい気味だ」
奴隷たちは周りを気にすることなく悪態をついていた。
帝国の未来。
それは奴隷たちにはあまり関係のない事。
飼い主が変わる程度の事でしかない。
ただ、平原に集まられた事に対する不満しか彼らは抱いていなかった。
「あ、あ、えー!今日は皆さんに良い知らせと悪い知らせを持ってきました」
小高い丘に立つ男。
その男は微笑みながら声を上げる。
その音は、不思議な力によって増強され、全ての奴隷たちに響き渡っていた。
「まず、悪い知らせから。皆さんにはオーランドとの戦争に参加して頂きます」
「ほれみろ」
「捨て駒だろ、どうせ」
奴隷達からは落胆の声が上がる。
しかし、奴隷達から怒りの声は湧いてこない。
自分達など都合のいい道具でしかない事は、奴隷達が一番理解していたから。
絶望と諦めだけが奴隷たちの中に広がっていく。
このまま奴隷達を戦場に出しても大した戦果を挙げられない所か、無気力に殺され、相手を勢いづかせるだけ。
だからこそ、帝国も今まで物資運搬などの雑用以外、戦場に奴隷を投入してこなかった。
「次に良い知らせです」
微笑みながらディエスは告げる。
ただ、奴隷達は誰一人視線をディエスに向ける事は無い。
「まず、皆さんを奴隷の身分から解放し、帝国の市民として受け入れる事をお約束します」
ディエスの言葉。
それに引きあげられるように奴隷たちは顔を上げる。
「それは皆さんだけではありません。皆さんの家族、想い人、全てが対象です。たとえ途中で死んだとしても戦争に勝ちさえすれば、戦争に直接参加していない皆さんの家族も市民権を得られる事を約束します」
本当か?
そんな言葉がポツリポツリと上がり始める。
「命を賭け戦うのですから、正当な対価です。勿論断っても良いですが、その場合は市民権を得る事はありません。命を賭けて戦うのに何も得られない方がどうかしています!不平等ではないですか!」
ディエスの言葉はスッと奴隷達の心に入っていく。
それは、奴隷達が常々思っていながら、諦め、見ないようにしていた事だったから。
「残念ながら、戦争になればここにいる全員が平等に生き延びる事。それはありえません。ですが、一度失った人生を取り戻すまたとない機会です!私が出来ることはここまで!後は皆さんがこのチャンスを勝ち取るかどうかです!」
ディエスの言葉を聞いた奴隷達からどよめきが湧き上がる。
「最後に、兵士として戦ってくれる方には、戦いが始まるまでの短い時間ですが、奴隷から解放し好きに過ごしていただきます」
本来こんな提案は必要ない。
奴隷を戦わすだけなら命令するだけでいい。
奴隷たちに拒否権などないのだから。
「大事な人と過ごすもよし、今までの鬱憤を晴らすもよし、次の戦いは、自らの自由を勝ち取る戦いでもあるのです。どうか皆さんの力、戦場で示していただきたい」
突拍子もないディエスの提案に、奴隷達は顔を見合わせ頷き合い、拳を上げ同意する様に声を上げていく。
それは徐々に大きな輪になって、空気を震わすほどの歓声になっていた。
この歓声にディエスは手を挙げて答えながら、その場を立ち去る。
残りの処理を部下に託して。
「よろしいのですか?」
周りに誰もいない事を確認し、ディエスの部下がそっと尋ねる。
「構いませんよ。もし、これで奴隷達が奮起して、本当の戦力になればこのままこの国を乗っ取れば良いのですから、それにこれは囮です。本命の方は用意出来ていますかね?」
「はい。部隊の方はディエス様から休暇を頂いたせいか、士気がこれ以上ない位に高まってますよ」
「それはよかった。厳しい任務になりますがどうか頑張ってください。と伝えて頂けますか?」
「畏まりました」
「少々目立ちますが仕方ありません。メリス様の加護に感謝しましょう」
ディエスは胸の前で印を切り、メリスへの簡易的な祈りを捧げれる。
穏やかで、優しい笑みを浮かべながら。
◆
「敵襲!!敵襲!!」
城内に響く怒号。
ほんの一瞬前までは、平和そのものだった城が今は混乱の極みに達していた。
「どこから湧いた?!何故こんなにも多くの!」
オーランドの第二王子であるエルハルトは悪態をつく。
エルハルトの持つ抜身の剣には既に血が滴り、既に二人の賊の首を切り落とした後あった。
周りからは剣戟の音が響き、敵がどこから来たかすら分からない状況だった。
「狙いは陛下……だろうな」
突如、城の中に現れた敵。
窓外の城下町は目立った混乱すらなく、怒号が響く場内を住民達が不思議そうに見上げていた。
そんな状況であれば敵の目的が何であるかは、誰でも想像がつく。
「まずは合流を」
エルハルトは、周りの剣戟を無視し一歩を踏み出す。
すると、エルハルトの足から力が抜け、膝が地面につく。
(なんだ?)
自分ですら分からない体の異常。
その原因をエルハルトはすぐに気が付く。
「毒……」
エルハルトの腕に残された薄い切り傷。
その傷跡は青黒く変色し、周りの肌を現在進行形で青黒く変えている最中だった。
毒の勢いは凄まじく、エルハルトの体の自由をすぐに奪っていく。
「……あ……に、ク……」
エルハルトは地面に倒れる。
もう、口からは言葉を紡ぐ事すら出来ない状態だった。
(こんな所で死ぬのか?皆が命を賭けて戦ってる中何もできず)
死ぬこと。
それはエルハルトにとって怖い事ではなかった。
それよりも、何もせず自分だけが無駄に死ぬことが許せなかった
「父……上……」
エルハルトは最後の力を振り絞り、手を伸ばす。
しかし、すぐにその手は地面に落ち、動かなくなる。
それが、オーランドの第2皇子。
エルハルトの最後だった。
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