第62話
◆
赤色が混ざった朝日。
その眩しい光に導かれるように、初老の男は目を覚ます。
「ここは……」
数人が寝てもまだ余裕ある大きなベット。
毛布やシーツにはしわが殆どなく、まだピリッとした折り目が付いている。
そんなベットの上に寝かされた記憶など、初老の男には存在しなかった。
「お目覚めになれましたか?陛下」
ベットの脇に置かれた椅子。
そこにディエスは腰かけ、読んでいた本をパタンと閉じる。
「そうか、私は捕えられたのか」
ベットに寝かされていた男は目をつぶりゆっくりと自身の記憶を辿り整理する。
自身がオーランドの王である事。
平穏な城内に敵が現れ、突然襲ってきた事。
大した抵抗すら出来ず捕らえられた事。
その全てを一つ一つ噛みしめる様に。
「ご理解が早くて助かります」
ディエスは笑顔を浮かべたまま頭を下げる。
豪華な部屋にはオーランドの王とディエスの二人のみ。
傍から見れば、王と従者にしか見えない状況だった。
「一つ聞きたい」
「何なりと」
「エルハルトとローゼルはどうなった?」
ディエスは顎に手を当て考える。
ただ、答えが見つからなかったのか、首を小さく横に振る。
「申し訳ありません。第2皇子のエルハルト様は既に亡くなっております。また、ローゼル様は存じ上げませんが、陛下の忠臣であれば恐らく王子と同じかと」
「そうか」
王はゆっくりと頷く。
ただ、その拳はきつく結ばれ、小さく震えていた。
「これは戦争。いつ私が同じ末路を辿るか分かりません」
「分かっている!!」
怒気を含みながら王は答える。。
頭では理解していても感情は別だった。
「これは申し訳ありません。お詫びに、少しお話させていただけますでしょうか?どうして我々がオーランドの城内に侵入できたか。とか」
「なんだと?」
王ですら理解できない、ディエスの言動。
誰が考えても、本来なら秘匿すべき一番の情報。
それを簡単に。
なんの取引もなく敵に伝えるなどありえない事であったから。
「これは失礼な言動をしてしまったお詫びです、気になさらないでください」
王は表情を一切変えずディエスの話を聞く。
ただ、己の内心を見透かされた様なディエスの言動に、最大限の警戒と恐怖心を抱いていた。
「まず、城内に侵入した方法ですが、メリス様の奇跡と言えばお分かりいただけますか?」
「ああ。メリス教の信者のみが使える魔法だと理解しておく」
「ええ、おっしゃる通りです。ですがこの奇跡は、発動条件が非常に面倒なんですよ。送る側と受け側。共にメリス様に魂を捧げ、その二つの魂を目印に奇跡を行使する必要があるのです」
ディエスは困った様に言う。
「あ、でも結構な人数でも恩恵を受けられるのでその点は便利ですね」
少し前の表情とは真逆
今度は楽しそうにディエスは語る。
コロコロと子供の様に変わるディエスの表情に、王は寒気すら感じ始めていた。
「たった二人で良いのか?」
「ええ、でも往復を考えたら4人ですよ」
たった二人。
その犠牲でどんな場所にも転移出来る魔術など聞いた事が無い。
そんな事が簡単に出来れば戦争。
いや、争い自体が根本から変わってしまう。
今回の様に国のトップを捕縛してしまえば、戦争自体起こすまでもない。
王を捕虜に取り、交渉すればいいだけなのだ。
何故今までこの手を温存していたのか、そんな疑問が湧き上がる。
ただ、それはすぐに解決する。
何度となく受け取ったクリティアからの手紙に、メリス教の目的も記されていたから。
「ああ、実は防ぎ方は結構簡単です。魂を捧げるのはメリス教の敬虔なる信者である必要があります。なので、怪しい人間に”メリス教の信者か?”と尋ねればいいのです。確か聖教国には嘘をついているか見破る奇跡があったと思いますよ?」
「何故そこまでの情報を私に教える?」
「ふふっ、だって目的が無ければ自死されるおつもりでしょう?子供たちの重荷になる位なら……と」
王の眉が少しピクリと動く。
「私は陛下が国に帰る理由を作っているのです。安心してください。時が来れば無傷でオーランドへとお送りします。陛下はこの情報をオーランドに伝える事こそ、自らの命よりも遥かに重要だと考えるでしょうから」
「何を……するつもりだ」
「ふふっ、我々の目的は既に知っているでしょう?あ、そうだ!一つお願いしたい事がありました」
ディエスは思い出したかのように、パンと手を叩き、一枚の紙を王の前に丁寧に置く。
「魔女べリスの住処です。もし、メリス様が復活したらそこを訪ね、逃げ出した帝国貴族達と手を組んで下さいね。手筈は整っています。メリス様は人が戦争する片手間に相手をして勝てる敵ではないと思いますよ?」
「何故……いや、本当に何がしたいのだ?」
メリス教の目的。
それは知っている。
ただ、目の前の男。
ディエスの行動は、一貫性が無くまるで理解出来ない。
犠牲を払いオーランドの王である自身を捕らえ、今度は有益な情報だけを渡し解放するという。
戦争を長引かせるだけなら、王である自分を殺せばいい。
それだけで泥沼の戦いとなるだろう。
でも、目の前の男はその選択を選ばない。
(何だ?何がしたい?)
オーランドの王は必死に自身の頭を働かせる。
ただ、いくら考えても糸口さえ見つからなかった
「では、ここで失礼します。従者を付けますので苦手な食事、不満な点等あれはお気軽に申し付け下さいね」
ディエスは恭しく一礼し、部屋から出ていった。
その様子にオーランドの王はただ茫然とし、その背中を見つめる事しか出来なかった。
■
帝都の近くにある崖の上。
そこから離れた位置で行われている戦場を見つめる人々がいた。
「父さん!!頑張って!!」
「どうか夫を子供を……無事に……」
そこにいたのは少し前まで奴隷として扱われていた複数の家族。
戦場に出る家族の為に何か出来る事は無いかと、ディエスに懇願してきた者たちだった。
ディエスはそれに応え、共に祈ろうと複数の家族を連れ立って戦場が見える崖上へと来ていた。
「大丈夫ですよ。数はこちらが有利です。負けませんよ」
皆、戦場にいる家族に対して膝をつき、震えながら必死に祈る。
その成果が出たのか、確かに帝国軍はオーランドの軍勢を押していた。
素人の集まりにも拘らず、帝国軍は強かった。
刺し違えてでもオーランドの軍を一人でも多く減らす。
残された家族や愛する者が幸せに生きる為に。
勝ちさえすれば、奴隷から解放され帝国の市民になれる。
例え命を失って勝ちさえすれば、家族だけは幸せに生きられる。
その想いは先日まで奴隷だった者たちをを歴戦の兵士へと変えていた。
「……勝てるよ!このままいけば勝てるよ!!」
子供が歓喜にも似た声を上げていた。
確かに戦場は子供でも分かるくらいに、帝国が押していた。
このままいけば、帝国が勝つ。
そう思える位に。
「そうですね……普通なら”勝ち”でしょうね」
「普通なら?」
「奴隷王……彼さえ出てこなければね」
「まさか」
信じられない。
そんなつぶやきを耳を劈く様な雷鳴がかき消す。
その轟音は戦場の真ん中に落ちていた。
雷は大勢の帝国の兵士を葬り、兵士達を地面へ横たわる屍へと変えていた。
ただ一人の青年を除いて。
青年は大勢の骸が転がる中、雷鳴と共に地面に降り白い残像を残す魔法の剣を携えていた。
そこから全てが変わった。
たった一人。
たった一人の青年が全てを変えていた。
剣を振るたびに確実に帝国の兵士を葬っていく。
帝国の兵士たちはそんな状況でも怯えることなく必死に抗う。
刺し違えてでも止めるという決死の覚悟で青年に挑んでいく。
残された人の幸せ。
それを願う気持ちは恐怖を打ち消し、帝国の兵士たちをさらに鼓舞する。
ただ、青年はその想い無慈悲に打ち砕く。
卓越した剣技は、易々と兵士達の首や体を二つに割っていく。
刺し違えてでも殺す。
そんな帝国兵士達の捨て身の攻撃。
それを全て避け切る事は流石に青年にも出来なかった。
背中、胸、頭、いくつかの攻撃は確かに青年の急所を捕らえていた。
本来なら致命傷になる命を捧げた一撃。
ただ、その攻撃は青年の肌を薄く切るだけ。
それ以上の効果は与えられなかった。
「化け物。いや、悪魔だ」
青年の異常さ。
それを誰よりも感じていたのは元奴隷の帝国兵士達。
その事実は、折れるはずのない兵士たちの心を折っていた。
きっかけは兵士の一人だった。
カランと乾いた音を立て、持っていた剣を手放し膝をつく。
それはすぐに周りに派生し、皆絶望したように武器を手放していく。
ただ、青年は止まらない。
敵意を失った兵士達に止めを刺し。
動く事さえ諦めた兵士の首を容赦なく落としていく。
「やめろよ!やめてくれよ!!!」
一連の行為。
それを遠くから見ていた少年は声の限り叫んでいた。
「なんで殺すんだよ!もう敵意なんてないじゃないか!!!!」
その間にも、青年は元奴隷の兵士達の命を摘んでいく。
「もう……十分だろ?奴隷の王なんだろ……俺たちの希望だったんだろ……」
少年は頭を下げ、落胆する
もう、見ていられなかった。
仲間が家族が、一切の希望なく虐殺されていく姿を。
「あれが奴隷王なのです。敵対するものには容赦が無い。無慈悲で冷酷な最も強い戦士です」
ディエスは神妙な面持ちで少年に告げる。
その言葉に少年は勿論、周りの人間も声を殺し、涙を流す事しか出来なかった。
「……許さない。絶対に」
少年の目に黒く鈍い光が宿る。
その光は周りに伝播し、周りの人間の目も暗く染めていく。
「下がりましょう、ここも危険です。残念ですが、我々の負けです」
ディエスは周りをゆっくりと促す。
残された者達は頭を下げ、絶望の中重い一歩を踏み出しその場を後にする。
ただ、一人。
ディエスだけを除いて。
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