第55話
◆
「……まただ。また騙された」
一体何回目だろうか。
汚い麻袋には僅かな硬貨と鉄くずがいっぱいに入っている。
これが今日一日の荷物運搬の仕事をして稼いだお金。
一食も食べればすぐに消えてしまう本当に僅かな金額。
一生懸命働いた。
周りからも働き者だと認めて貰って、沢山の仕事を任された。
その結果がこれだ……。
給金だと渡された麻袋には、鉄くずの山が入ってた。
その場で給金を確認しなかった僕が悪い。
でも、まさかあんなに親切にしてくれた人たちが、こんな事をするなんて思いもしなかった。
要は僕は良いように利用された。
それだけだ。
勿論、詐欺だと声を上げる事も出来る。
でも、それをしても意味が無い。
証拠が無い。
しらを切り通される。それだけだ。
ちゃんとした給金を返せと武力で脅すことも出来るけど……
証拠もなく脅せば、ただの盗賊と変わらない。
グゥゥゥ……
「お腹すいたな……」
もう3日、水以外に口にしていない。
このまま働いていてもダメだ。
お腹がすいていずれ動けなくなる。
この世界で僕が出来る事は一つしかないと痛感する。
「……使わせてもらいます」
剣の柄に手を当て、僕は祈る様に目を閉じる。
戦いから離れようと僕は色々と試した。
でも、どれもうまくいかなかった。
結局僕に残された力。
それは命を絶ち、壊す力。
それだけだった。
◆
「魔物退治をしたい?」
「はい、ここで依頼を受けられると聞いて」
五月蠅いくらいの喧騒と強いお酒の匂い。
ここは酒場。
酔っぱらった人に、食事を取る人。
そして自らの体を売りに商売を始める人間。
様々な人間の思惑が詰まった場所。
その酒場のマスターは僕を胡散臭そうに見ている。
でも、それは仕方のない事。
僕は剣こそ腰に下げているものの、身なりは汚れ、匂いもするはずだ。
この有様じゃ信頼しろ。というのが無理だ。
でも、信頼してもらう方法ならある。
「僕はこんな姿ですが戦えます。剣闘士の経験もあります」
そう言って僕はゆっくりと剣を抜く。
その剣は虚空に白い残像を描きゆっくりと消えていく。
「魔法の……剣?」
呆けた様に酒場のマスターは言う。
その一瞬であれほど煩かった酒場は静まり返り、周りにいる人全員が僕を見つめていいた。
魔法の剣なんて見る事すら珍しい。
お金をいくら出しても買えない。
そんな逸品なんだから。
「わ、わるかったな。分かったが、一人で行くのはお勧めしないぞ。誰か徒党を組んで来な。話はそれからだ」
パーティーを組めと。
困ったな、この町に来て知り合いなんていないし。
声をかけてもこの身なりじゃ……
「なら、俺ら一緒に来ればいい」
いつの間にか隣に爽やかな青年がいた。
その後ろには2人の女性を伴いながら。
「剣闘士としても戦っていたんだろ?なら、大歓迎だ」
ハーレムパーティか……
僕と歳もそんなに変わらない感じだけど、凄いな。
でも、今はそんな事気にしてる場合じゃない。
折角一緒になってくれるんだから、感謝しなきゃいけない。
「僕でよければお願いします」
「こちらこそ。俺はウィレムス。ウィレと呼んでくれ」
「僕はカイトと言います。本当にありがとうございます」
カイト。
それは、僕の本当の名前。
この世界に来る前に親から名付けられた名前だ。
町を出てからアィールさんから貰った名前は名乗っていない。
「よろしくな」
僕固い握手を交わし、僕らは簡単な自己紹介をする。
ただ、後ろの女性達は明らかに嫌な表情を浮かべていた。
「マスターこれならいいだろ?」
「ああ……問題ないが」
酒場のマスターはただ小さく頷き、依頼書を出し説明を始めた。
その間も後ろの女性たちは僕に敵意ある視線を投げかけていた。
でも、それはしょうがない。
同じパーティに別の知らない男が来ればいい気分はしないだろう。
少し稼いだらパーティ―から離れます。
だから、少しだけ我慢してください。と、僕はそっと心の中で呟いた。
◆
「浴場に行こう」
「え?」
「言いたくはないが、君結構匂うぞ」
「……ですよね」
宿に荷物を置き、ウィレさんから言われた第一声。
それがこれだった。
「でも、お金が無くて」
「出してやるさ、この宿も気にしなくてもいいといったろ?」
「そうですけど」
僕は宿に泊まるお金すらなかった。
だけど、ウィレはそんな僕を察し宿代を出してくれた。
本当に良い人で頭が下がるけど、そこまでは甘えられない。
これで甘えてしまったら、もっともっと頼ってしまう。
「仲間は信頼し合わないと成り立たない。そうだ。次の仕事でお金が入ったら返してくれればいい。それならいいだろ?」
「うーん、でも」
「じゃあ、利息をつけて返してくれ。これなら俺にも得はあるだろ?」
「それなら」
「よし、決まりだな」
ウィレは僕の肩をポンと叩き笑顔を浮かべる。
本当に優しい。
こういう優しさに触れる度に、この世界はまだ捨てたもんじゃない。
そう思える。
「ほら、行くぞ。石鹸もあげるからしっかり洗うんだぞ」
「……はい」
僕は感謝する。
ウィレとの出会いに。
きっとこれは、素晴らしい幸運なんだと思う。
◆
「ふぅー、カイトは旅は長いのか?」
「全然です。始めたばかりで、色んな所で騙されて……この有様です」
僕とウィレさんは湯船に浸かり話している。
ただ、この湯船に浸かるまでがすごく大変だった。
久々に洗った体は僕の想像の何倍も汚かった。
ウィレさんから貰った石鹸で体を洗ったけど、何度洗っても泡立つ事もなくただ茶色の汚れた水と垢が落ちるだけ。
それでも何度も何度も洗う内に汚れは落ち、なんとか泡立つようになった頃には渡された石鹸は無くなってしまった。
それをウィレは気にすることもなく、ただ笑い、石鹸をもう一つ手渡してくれた。
そのおかげで、湯船に入っても嫌な顔される事もない位には、僕の体は綺麗になっていた。
「確かにな、カイトは優しいからな」
湯が熱いのか、ウィレは上半身を湯船から上げていた。
体からは湯気が立ち上がり、顔も少し赤く染まっている。
「残念だけど、この世界は厳しい。隙を見せればすぐに大切な物を奪われてしまう」
「……そうですね」
「嫌な世界だ」
ウィレさんは目を細めながらしみじみと呟く。
僕もその言葉には同意する。
この世界は厳しく残酷だ。
だからこそ、ウィレさんのような優しさが際立ち、本当に心に染みる。
「でも、なんで僕なんかを助けてくれたんです?」
「どうしてそんな事を聞く?」
「仲間の女性達は嫌そうな顔してたから」
「あいつら……」
一瞬。
ほんの一瞬だけど、ウィレさんは酷く醜悪な表情を浮かべた……と思う。
本当に怒っている。
そんな表情だった。
そんな僕の視線に気が付いたのか、ウィレは気まずそうに笑顔を作る。
「すまないな。ちょっと信じられなくてさ、俺からキツくあいつらに言っておくよ」
「いいんです。当然だと思うんで」
「そうか?」
「はい、いきなり変な男がパーティの一員になる。そんなの普通だったら嫌がりますよ」
「……まぁ、そうかもな」
ウィレさんは少し難しい表情を浮かべていた。
まぁ僕を気にしてくれるのはありがたいけど、女性達と仲が悪くなっても嫌だから。
何もしなくていい。
このままでいい。
僕のせいで仲の良い関係が崩れるのは……絶対に嫌だから。
「でも、ウィレさんは僕を助けてくれました。すごく感謝してます」
「そんなことない。ただの打算さ。君は本当に剣闘士だったようだしね」
「あ、コレですね」
ウィレさんの視線が僕の腕に留まっていた。
数字の”19”という焼き印が刻まれた僕の腕に。
「これは、僕の誇りでもある大切な印です」
「ははっ、烙印が誇りかい?」
「ええ!」
間違いない。
これはアィールさんと僕を繋ぐ大事な印だから。
「これは僕の大切な証でもありますから」
「プッ、ハッ、アハハハハ!!」
ウィレさんは堪えきれない。といった感じで笑い出していた。
そんなに笑う事かな?
普通だと思うだけど……
「いやぁ、ごめんごめん、想像もしない事を言うからさ」
ひとしきり笑った後、ウィレさんは頭を下げて謝る。
「君は面白い。これからもよろしくな」
「はい」
僕はウィレさんとしっかりと握手する。
リティ達と作った町を出てから、初めて出来た僕の仲間だった。
◆
「終わりました!」
街から出て数日。
ひたすら歩き続け出会った魔物。
その魔物を一撃で僕は仕留めていた。
「凄いね、本当に」
「この武器のおかげです。凄い切れ味ですから」
「いや、それを含めての君の実力だよ。本当にすごい」
魔法の剣は凄い。
魔物の固い外皮でも、すんなりと無理なく剣が入る。
固い所は流石に無理だけど、急所を攻撃すれば今回の様に一撃で倒すことも出来る。
「でも、これならいけるね」
「いける?」
「実は僕らの実力では厳しい魔物がいるんだ。君がいれば勝てると思う。協力してくれないか?」
ここまでしてもらったんだ。
断る理由なんてない。
「僕でよければ」
「勿論だ、危険だが身入りもいい。君にとってもメリットはあるはずだ。よし!今日は早々に街に帰って準備しよう。入念な準備が必要になるからね」
「わかりました」
「頼りにしてるよ。戻ったら色々と買い物に行こう!付き合ってくれるよね?」
「はい」
僕は頷き、皆で魔物を解体する。
知らなかったけど、魔物の素材が良い値で売れるらしい。
僕は知らなかった。
本当に自分の無知を痛感させられる。
解体を終え各々が素材となった魔物の残骸を持ち、僕らは街に戻った。
街に戻れば、数日間これでもかという位ウィレさんに買い物に付き合わされた。
食料、寝床、それ以外にも沢山の物を。
その先々でウィレさんは僕の事を親友だと言いふらしていた。
親友。
その言葉に不思議と心が喜んでいる……気がした。
………
……
「ここで野営しよう」
日が陰り始め、辺りが暗くなり始めた所でウィレさんが提案する。
その言葉に皆頷き、野営の準備を始めていく。
慣れない作業だけどウィレさんの指示の元、僕もなんとか無事終えられた。
「疲れたかい?」
「いえ、大丈夫です」
正直、僕の体力はまだ余力がある。
「なら、先に休ませてもらってもいいかな?」
「分かりました。僕が見張りをしておきます」
「お願いするよ」
ウィレさんはそういうと作ったばかりの寝床に潜り込んでいく。
女性達もそれに倣う様に、自分の寝床へと姿を消していく。
残ったのは僕と一人の女性。
確か名前は、キャロルさんだったと思う。
僕とキャロルさん。
お互い一言も発せず、焚火が燃えるパチパチという音だけが暗闇の中で響いていた。
「ねぇ、少し話せる?」
「ええ、良いですよ」
どれくらい無言の時が流れたか分からない。
かなり時間が経ってから、焚火の向こうから声をかけられた。
初めてだ。
ウィレさん以外の仲間からしゃべりかけられたのは。
「私貴方を誤解してたみたい」
「誤解ですか?」
「ええ、最初また変なのが入ってきたと思った」
「事実ですよ」
「でも、違った。貴方は強い。ウィレを守ってくれる存在になるかも」
「かいかぶりすぎです。期待はしないでください」
守ると決めた大切な人からですら僕は逃げた。
裏切られて、怒り、感情に身を任せてそのまま。
傷つく事も恐れず僕を止めてくれた人の静止まで振り切って。
「これからはこのパーティの一員として頼りにしてもいいの?」
「……わかりません。でも、出来る限り頑張ります」
「そう、ならお互い理解し合わないといけないわね。そういうときはコレ」
キャロルさんは小さな鉄缶を取り出し軽く掲げて見せる。
その中身は多分、お酒だ。
「今は見張り中ですよ?」
見張り中に飲んだら……ダメだと思う。
なんのための見張りか分からない。
「じゃあ一杯だけ。貴方との出会いに感謝したいの。仲間の絆は大切よ?」
「……わかりました。一杯だけですよ」
でも、せっかくの好意を無駄にもしたくない。
それに一杯位なら、そこまで酔う事もないはずだ。
「フフッ、どうぞ」
キャロルさんは、鉄缶一気に煽り飲みそれを僕に投げてきた。
持った感じキャロルさんは結構飲んだと思う。
これじゃ申し訳程度に飲むくらいじゃ許されないと思う。
僕もそのままグィと鉄缶を持ち上げ鉄缶を煽る。
その鉄缶に入っていたお酒は喉が焼ける位濃度の高い物だった。
「ケホッ……これ、強い」
「でしょ?嫌な事は全部忘れられる薬よ」
「薬じゃないでしょ、コレ」
僕は何度もせき込みながら反論する。
それで精一杯だった。
「おや、珍しいね」
その時ウィレさんが暗闇からヌッと出てきた。
「す、すいません!」
僕は反射的に鉄缶を隠してしまった。
そんな僕を見てウィレさんは軽く笑っていた。
「いいよ、いいよ。どうせキャロルに押し切られたんだろ?そろそろ時間だし見張りを変わるよ」
「ごめんなさい」
「いいさ。君がキャロルと交流を深めるのは良いことだからね。だけど、見張りの時に飲むのは今度からやめてくれ。交代の時間なら2,3杯飲んでも構わないから」
「はい、すいません」
頭を下げるの肩を、ウィレさんはポンと叩く。
「さ、寝ておいで。疲れを取るのも仕事だよ」
「はい」
僕はウィレさんに促され、自分の寝床に入り毛布を被る。
なんだろう、横になった途端一気に眠気が襲ってきた。
僕の体は自分が思っているより疲れてたんだろう。
それを証明するかのように、僕の意識はすぐに薄れていく。
「……寝た……か」
「え……、キャ……すり」
薄い意識の中、声が聞こえる。
ただ、その内容が頭に入る前に僕は深い眠りへ落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます