第54話
「そうか、フィスはこの町を出ていったか」
「ええ、私とルーチェで説得しましたが、力及ばず……」
リティは言う。
真っ赤に染まった目を晒し、泣き明かした痕をくっきりと残しながら。
同じように泣き明かしたはずのルーチェはここにはいない。
ルーチェは自宅で一人閉じこもっていた。
「悪いことをしたの……原因は儂らじゃて」
「その通りです。この結果。これは貴方達のせいです。事前の連絡も無しにやってきてフィスの日常を一方的にぶち壊した」
リティは遠慮なく言い放つ。
昨日来たばかりの客人達に向かって。
「皆さんの立場は理解しています。ですが、町の住民達は皆さんと関わりたくないと言っています。それは当然です。戦争に巻き込まれたくない。ここにいる住民のほとんどは戦争から逃げてきたのですから」
「失礼だが君は?」
リティの態度に、皇帝が不思議そうに問いかける。
ただ堂々と振る舞う若い女性に少し敬意すら覚えながら。
「クリティアと申します。オーランド国の皇女といえばお分かり頂けますでしょうか?」
「君が。あの……」
「ええ、帝国の策略で処刑される所をフィスに救われた哀れな皇女です」
リティは微笑む。
辛辣な言葉内容とは真逆の態度は少なからず周りに動揺を与えていた。
「その際は本当にすまなかったな」
「過ぎた事です。それに少し感謝しているのですよ」
「感謝?」
意外な答えに皇帝は少し驚き、眉をピクリと上げる。
「町を一から作る経験を頂けました。本来私がどんなに願っても得る事の出来ない経験を」
「ほう」
「過去はどうあれ私は貴方に一方的に悪い感情を抱いている訳ではありませんよ。フィスを追い出したこと以外は」
リティの目は真っすぐに皇帝を捕らえる。
そして皇帝の前まで歩を進め、イスに腰掛ける皇帝を見下す様に立つ。
「私は皇女として父上や兄上といったオーランドを代表する人物と貴方を引き合わせる事が出来ます。それも直接オーランドの城にお越しいただくという形で。貴方にはその勇気がありますか?周りから担ぎ上げられる事しか知らない貴方に」
リティの言葉に近衛兵達は顔色を変える。
その反応は当然だった。
オーランドの皇女ごときが帝国の長である皇帝に対し、挑発するような言葉を投げかけているのだから。
そのリティの発言は周りにいる近衛兵士達から殺意にも似た視線を集める。
「私の国には貴方を死んでも許さないという人間は沢山おります。オーランドに来るとなれば貴方の命の保証は出来ません。石を投げられ、時には襲われる事もあるでしょう。それを私は止めません。その上で聞きますが、貴方は私の父上や兄と会いたいのですか?」
それでもリティは止まらない。
不遜極まりない言葉を重ねていく。
「自分のした事も忘れ、臆面もなくかつて虐げた物へ助けを求める、無知で高慢な貴方に」
近衛兵の何人か顔を真っ赤に染め武器に手をかける。
その動作に剣闘士達は動揺し、セネクスも小さく唸り杖を手繰り寄せる。
何かきっかけがあれば、近衛兵達の剣は抜かれその矛先はリティへと振るわれる。
誰もがそう思う。
そんな険悪な空気が流れていく。
ただ、皇帝は何も発言しない。
リティも堂々と皆の視線を受け止め、その場で睨みつけるように皇帝を見つめていた。
そしてしばらくの間が空いた後……。
「随分と豪胆だな。皇女様は」
皇帝はそう吐き捨て、息を吐く。
「私の負けだ。しかし、警護もつけずに人を試す様な言葉を吐くのはやめた方が良い。相手が君の想像以下の人物なら君は死んでいるぞ?」
「私は貴方を知らなければなりません。もし、取るに足らない人物を父上に引き合わせれば、その罪を背負うのは臣民ですから」
リティは微塵も臆せずに発言する。
その姿や考え方は間違いなく、国を治める側の振る舞いだった。
「ははっ、本当に豪胆だ。是非君の父上。オーランドの国王と話しがしたい。申し訳ないが、案内をお願いできるか?」
「わかりました。ただ、私の言葉に嘘はありません。命の保証は出来ないと覚悟くださいね」
「当然だな」
リティと皇帝は和解するように握手を交わし、認め合う。
その姿をみた近衛兵達は、渋々ながらも従うように剣の柄から手を離していく。
「ワシらはここで待つかの、これは皇帝の試練でもあるからの」
「わかりました。但し、仕事はしてくださいね。お金が無いのなら働く。それがこの町の常識です」
「むぅ、わかったの」
そして数日後、皇帝とその近衛騎士を連れリティは町を出て、オーランドの国へと向かっていった。
◆
「あ”あ”あ”---!!」
部屋の外まで響き渡る絶叫。
その声を聴くたび歴戦の戦士でもある剣闘士達は狼狽え、動揺する。
「む、むぅ?か、回復か?回復が必要かの?」
「落ち着け」
雷神と呼ばれた老人もまた剣闘士と同じように狼狽えていた。
「おちついていられるか!!儂の孫が生まれるんじゃぞ!」
「大丈夫だ。ルーチェはお前の娘じゃない」
「ふん!」
その老人をリュンヌが面倒そうに諭す。
皆が集まっている部屋の奥では、ルーチェの出産が始まっていた。
命を刈り取る事に慣れた剣闘士達でも、命が生まれる瞬間に立ち会う事は慣れておらず、図体のデカい子供が何人も扉の前でどうしていいのかわからずただ狼狽えていた。
その姿を見たリュンヌは頭を抱え大きく息を吐き出す。
「この役立たずどもが」
そう呟きながら。
そんなリュンヌの苦労を知ってか、しばらくの時間が経過した後、部屋の中から赤ん坊の声が響き渡る。
その声と同時に、”おぉ!”というどよめきが走り、ドアが勢いよく開いた。
「生まれました!母子共に健康です!!」
「そうか!!」
雷神と呼ばれた老人は年甲斐もなく拳を握りしめ、剣闘士達はまるで勝利したかのように喜び称え合う。
「なにやってんだ。頑張ったのはルーチェだろうが」
そんな馬鹿な男共をリュンヌは冷ややかな目で見つめていた。
「よし!一目見せてもらおうかの!」
「今はルーチェさんも疲れています。これだけの人数です。明日にしましょう」
「むっ……」
雷神は部屋から出てきた産婆に止められ、明らかに不機嫌になる。
「当たり前だ。疲れている所にこんなめんどくさい奴らが大勢押しかけてみろ、迷惑にしかならない」
「しかし!」
「本来ルーチェが一番に見てほしかった相手を取り上げたのは誰だ?それくらい気遣ってやっても罰は当たらないだろう」
「……わかったの」
雷神は反論を試みるが、リュンヌの一言が効いたのか肩を落とす。
”見たかったの”など小さくボヤき、周りの剣闘士達も明らかに落胆していた。
「ま、まぁ、明日には会えますから」
その雰囲気を察した産婆が優しく声をかける。
「明日じゃな!!うむ!こんな事なら時間を操作する魔法の研究でもしておくんじゃったな!!」
産婆の言葉に雷神は喜び、周りの剣闘士達も一気にテンションを上げ騒ぎ始める。
その後、リュンヌに”うるさい!”と一括され全員等しく家から叩き出されていた。
◆
「セネクスの爺さん喜んでたな」
ルーチェはベットに横になり、苦笑する。
ついさっきまで沢山の男たちが生まれたばかりの赤ん坊を一目見ようと殺到していた。
その中でも、雷神と呼ばれる老人は誰よりも興奮し、力強い剣闘士達を掻き分け赤ん坊の一番近くに一番長く居座ってた。
そして声の限り騒ぎ散らし、その勢いはいくら時間が経過しても衰えなかった。
ただ、そんな男達にリュンヌが怒り、男達全員を叩き出した。
今はルーチェとリュンヌ。そして赤ん坊の3人が部屋に残っていた。
「俺、あの人の娘じゃねぇんだけどな」
ルーチェは数刻前の光景を思い出し、笑う。
雷神が剣闘士達に”儂の孫じゃ、可愛いじゃろ?!”と触れ回り、周りをドン引きさせていた事を。
周りの剣闘士達も雷神のあまりの熱量に誰も茶化すことすら出来ず、頷くだけだった。
「でも、嬉しいな。俺とこの子の事をそこまで思ってくれるなんて」
ルーチェは自然と頬を緩める。
穏やかな表情を浮かべてはいたが、その表情はどこか寂しそうでもあった。
「名前……決めたのか?」
そんなルーチェの表情を見てられなかったのか、リュンヌは視線を外す。
「ああ、シャールって名前だ。男には珍しい名前かもしれないけど、俺が一生懸命
考えた名前だ」
「そうか」
「……うん」
ルーチェはゆっくり口を閉じ、窓の外を見る。
まだ明るい空に、男たちのはしゃぐ声がほのかに聞こえてくる。
「……フィスに会いたいのか?」
「そりゃあな」
でも、無理だ。
そんな諦めの言葉が、ルーチェの言葉に隠されていた。
「さて、契約は終わりだ」
「へ?なんのだ?」
「お前が身籠ったという話を誰にも話さない契約だ」
「ああ、そんな約束もしたな。リュンヌさん守ってくれたんだな。もう無効だよ。生まれちまったしな」
「そうか」
リュンヌはその言葉を聞き、ルーチェに背を向け歩き出す。
「ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
「リティに伝えてくれ。俺、戦いに出るよ。オーランドと帝国の戦いに」
「……理由は?」
リュンヌは眉を顰め、ルーチェに問う。
「作ってやりてぇんだ」
「作る?」
「ああ、この子が……シャールが幸せに過ごせる未来を。このままじゃ邪神は復活するんだろ?だったら、早く戦争を終わらせ、邪神を倒して。シャールがなんの心配なく未来を築けるようにしてやりたい。俺には力がある。フィスからもらった力だけど、それをシャールの為に使いたい!」
ルーチェの決意を聞いたリュンヌは小さくため息を吐く。
「……そうか。お前、親になったか」
「あ?確かに俺は母親になったけど」
何言ってんだ?そんな感じでルーチェはリュンヌの背中を見る。
ただ、リュンヌは振り返ることなく、首だけをルーチェに向けていた。
「私から話は通してやる。ただ、子供が安定してからだ」
「ああ、俺もそのつもりだ」
「そうか」
一言だけ告げ、リュンヌはまた歩き出す。
「ありがとうなリュンヌさん!!」
「私は礼を言われるような人間じゃない」
「何言ってんだ。俺は感謝しているぞ」
部屋から出ようとするリュンヌに、ルーチェは感謝の意を伝えていた。
「……違う」
ただ、その感謝の言葉をリュンヌは小さく否定し、部屋から出ていった。
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