第52話
「みなさん歓迎致します。今日は沢山食べてくださいね!」
リティは両手を広げ皆の前で音頭を取る。
長旅の訪問者達を歓迎する為に、豪華ではないものの様々な料理と酒が机の上に並べられていた。
「この飯と酒!久しぶりで血が滾るわ!」
「フィスいいのか?俺たちは支払える金とかねぇぞ?」
「遠慮しないで下さいね。僕のおごりです。これくらいの贅沢が許されるくらいには頑張りましたから」
「言うようになりやがってこの野郎!」
僕の首がギュッと絞められる。
苦しいし痛い。
凄く懐かしい。
剣闘士の時、戦いに勝つ度にこうやって皆でバカ騒ぎしたのを思い出す。
ゾットさんが音頭をとりそれに合わせて皆が騒ぎ、アィールさんは片隅でその様子を楽しそうに見つめながら酒を飲む。
そんな光景がゆっくりと浮き上がってくる。
「みんな本当に無事だったんですね。本当に良かった……」
勝手に涙が溢れてくる。
ここはもうコロシアムじゃない。
好きに生き、縛られるものがない。
皆奴隷じゃなく、一人の人間としてここにいるんだ。
その事実がどうしようもなく嬉しかった。
「お前……」
「はぁ~、いつまでたってもガキのまんまだな。せっかく図体だけは大きくなったのによ」
そういうと、皆僕のガシガシと乱暴に撫でていく。
「痛いですよ!」
「うるせぇ!ルーチェちゃんだけじゃなく、あんな綺麗な娘まで捕まえやがって!」
「そうだそうだ!紹介しよろ!フィス!」
いつしか僕の頭を撫でる手は拳へと変貌していた。
グリグリと頭を削るような拳。
痛い!本当に痛い!
僕はその拳の嵐を掻い潜り輪の中から逃げ出す。
「痛いですよ!もう!!あとリティはアィールさんの妹ですよ!」
「リティ?」
「ほら、みなさんが言ってるあの人ですよ!!」
僕はリティを指さし、もう片方の手で頭を押さえる。
ああ、本当に痛かった。
加減ってものを知ら過ぎだから、ほんと。
するとリティは僕に気が付いたのか、軽く手を振って答えてみせる。
「え?」
僕の頭を削っていた一団から、呆けた声があがり。
「えええええ!!!!まじか?!!!」
「あ、あのアィールの妹!!?」
その直後には、声の限りに叫んだようなが響いた。
皆が一様に驚き、信じられないといった表情を見せる
「兄様を知っているですか?」
「ああ、ここのいるのは剣闘士時代の仲間だ。あいつには本当に世話になった。ここに連れてこれなくて本当に申し訳ない」
すると、槍使いのトルアさんがリティに向かい立ち上がり、深く頭を下げる。
「俺もあいつに何度試合を代わってもらった事か。それだけじゃねぇ、戦い方や生き残る知恵。色んなもんを教えてくれた。それなのに何も返すことが出来なかった。この通りだ。本当にすまねぇ」
そのトルアさんに倣うように、剣闘士の皆がリティに向かって頭を下げていく。
リティはその行動に驚いていたが、小さく息を吐き優しく微笑む。
「そうですか。兄様はどこへ行っても変わらなかったんですね」
リティは呟く。
その表情は穏やかで、なんだか嬉しそうに見えた。
「そうですね。皆さんの謝罪を受け入れるには一つ条件があります」
リティは微笑みながら皆の前に立ち、堂々と告げる。
「お願いですからもう気になさらないで下さい。兄様は私とフィスの心の中に生きています」
「私と……?」
「フィス?」
ギロリと敵意の籠った視線が僕へと向けられる。
僕は無意識に一歩、二歩と下がっていた。
なんだろう。
また、頭を削られる予感がする。
「さぁ!お酒も飲みきれないほどあります!今日は全力で楽しんでください!!」
リティの発言に周りから歓声が上がる。
そして、僕への敵意ある視線は、お酒へと向かい、皆浴びるように酒を飲み始めた。
よかった。
なんとか頭が削られる展開だけは避けられたみたい。
今のうちにセネクスさん達の方に避難しておこう。
「楽しんでます?」
「うん?おぉ、フィスか」
セネクスさんはあんまり楽しそうには見えなかった。
こういう騒ぎは昔からあんまり好きじゃなかったから、しょうがないかもしれない。
こういうときは話題を変えるに限る。
「そういえば最後の一組にゾットさんもいるんですよね?!ああ!楽しみです!剣のお礼もしなきゃいけないし、言わなきゃいけないことがたくさんあります」
「え?は……?」
聞いてはいないけど恐らく来ると思う。
皆から最後の一組を見たら驚くから覚悟しておけ!とも真剣な表情でいわれたから。
きっとそうだ。
本当に感謝している。
僕はこの宴会の席に魔法の剣も持ってきている。
この剣がなければ僕はこの村もルーチェも、自分の命さえ守ることが出来なかった。
だからお礼を言わなきゃいけない。
でも、なんて言ったらいいかわからないくらいだ。
「フィス、少しええかの?」
「はい?」
「こんな事言える義理ではないが頼みがあるんじゃ」
「ああ、頼みですか?セネクスのお願いならなんだって聞きますよ」
「そうではない、お主に伝えなければいけないことじゃよ。ワシは……」
セネクスさんが何か言いかけたタイミングでダンッ!と強く扉が開け放たれた。
「フィスさん!!最後のお仲間が到着しましたよ!!」
この町の警備を担う少年。
ロイが入ってきた。
息を大きく切らしている事から、きっと少しでも早く伝える為に走ってくれたんだと思う
「ああ、ありがとう!セネクスさん話は後で」
「待て!!」
僕は少年に礼を言い扉の方へと向かう。
腰にリュンヌさんから返してもらった魔法の剣を下げて。
ゾットさんと再会したら、まずは剣を見せそしてお礼を言うつもりなんだから。
すると開け放たれた扉に人影が見えた。
「ゾットさん!」
待ちきれない犬の様に僕はその人影に向かって声をかけた。
その瞬間だった。
脚が止まり、時が凍り付く。
全身の血が沸騰し、心の底から黒い感情が沸き上がってくる。
どれくらいの時間が過ぎたかわからない。
一瞬だったのか、それともしばらく僕は呆けていたのだろうか。
気が付けば僕は剣を抜き、動いていた。
直後に”ギンッ”という金属音が鳴り、目の前で火花が散る。
「随分な挨拶だな!!」
僕の本気の剣。
それは目的の人物に届く事は無かった。
「よくも!」
ゾットさんの代わりに僕の剣を受け止め立ちはだかる男。
力の限り押し込んでもビクともしない。
むしろ、僕の方が押し返された。
その瞬間、僕は後ろに飛びのき腰に下げたナイフを抜き投げつける。
ただ、そのナイフはいとも簡単に撃ち落された。
この男……知っている。
剣闘士時代に僕とアィールさんで戦った相手。
近衛騎士の隊長だ。
ああ、やっぱり僕は選択を間違えたんだ。
こいつは……あの時、どんな事をしても殺しておくべきだった。
「でも、いいか。今からでも遅くない。やればいいんだ」
そうだ。
今からでいい。
間違えたらちゃんと直せばいいんだ。
「考え方を変えれば絶好のチャンスじゃないか」
アィールさんの最後。
それを忘れる訳がない。
思い出すだけでドス黒い感情が湧き上がってくる。
この感情を、僕はゆっくりと魔力に変えていく。
目の前の男を屠り。
そして、その後ろに控える最低な男。
その男の胸に剣を突き立てる為に。
「やめるんじゃ!フィス話を聞いてくれ!」
セネクスさんが割って入ってきた。
……いや、セネクスさんだけじゃない。
剣闘士の皆も僕の前に割り込んでくる。
「なんでみんなそいつを庇うんです?そいつはアィールさんと僕を戦わせた張本人だよ?忘れたの?」
皆が庇う人物。
それは、皇帝だった。
剣闘士の皆を人質に取り、僕とアィールさんを殺し合わせた張本人。
意味が分からない。
なんでそんな奴庇うのか。
絶対に許せない。
何をしても殺さなきゃいけない相手。
生きてちゃいけない人間なのに!!
「何してるのです!フィス!!」
リティだ。
リティが僕の服を掴み、僕を止める。
「あいつが!!!」
僕は思わずリティの声をかき消してしまった。
「あいつが!!皇帝だ!!アィールさんと僕に殺し合いをさせた張本人なんだ!!!」
「えっ?」
僕を掴んでいたリティの手がゆっくりと離れる。
そうだよ。
こいつは、こいつだけは殺さなきゃいけない奴なんだ。
「その通りだ。ちゃんと会話するのは初めてだな。剣闘士の少年よ」
「喋るな」
なんだろう。
ダメだ。
話すだけでもう抑えられなくなる
「なんでこいつが。こいつがここにいるんだよ!!ここに来るのはゾットさんだったはずだろ!!」
「頼む!もう皇帝は敵ではないのじゃ!!それにもう……ゾットはおらん!処刑されておる!」
は?
でも、よくわからない。
いきなり……何言ってるんだよ。
「わかりませんよ!!なんなんですか?!みんないきなりやってきて、皇帝まで連れて!!それに、ゾットさんが死んだ?なんで処刑されてるんですか?!どういうことですか?!」
わからない。
わからないよ。
言ってる事も、やってる事も。
なんなんだよ、みんな。
何だよ!
何がしたいんだよ!
「私が命じた。ゾットという剣闘士を殺せと」
そっか。
……もういいや。
もう考えるのは辞めだ。
僕は、心の奥底から湧き上がる黒い感情に身を任せる。
……なんだか気持ちいい。
剣に全ての力を込めて、一閃させればいい。
それですべてが片付く。
そう思えば凄く気分が楽になる。
「なんじゃ……その剣」
ん?
ああ、僕の剣から禍々しい黒い靄が絡みついていた。
おかしいな。
龍と戦った時には白かったはずなのに。
まぁ気にする事もないか。
「フィス。抑えろよ。それを一閃したら町まで破壊しちまう。やるなら皇帝だけ……だろ?」
横から声。
ああ、ルーチェだ。
ルーチェが僕の隣に立ち、盾と剣を構えている。
僕はハッとする。
いけない。
ここにはなんの関係もない村の皆もいるんだ。
危なかった。
ルーチェは思い出させてくれた。
そうだ。
ルーチェだけは僕の味方だった。
「そう……だね、でもどうしよう。簡単にはいかないよ。皆あいつを庇うんだ。僕の邪魔をするんだから仕方ないよね」
「ああ、わかった。なら、俺に背中を預けて突っ込めよ。周りは俺に任せろ」
「うん、任せるよ。ルーチェ」
信頼出来る言葉。
うん。ルーチェなら大丈夫だ。
僕のたった一人の相棒なんだから。
「じゃあ、いくよ。準備はいい」
「ああ」
僕は気持ちを切り替える。
ルーチェに背中を預け、ただ一人の男を殺す。
そう決意した。その時だった。
ガッ!と、頭に衝撃が走り、突然体が言うことを効かなくなった。
(あれ、なんで……?)
気がつけば、顔に張り付く木の床があった。
そこで僕は初めて、頭を殴られ地面に倒れた事を理解した。
「どうして……」
僕はそう呟くのが精いっぱいだった。
最後の力で視線を上げれば、そこにはルーチェがいた。
「ごめんな。その剣でフィスの仲間を切らせるわけにはいかないんだ……これだけは出来ない」
ルーチェの顔は今にも泣きだしそうだった。
ただ、僕の意識はゆっくり薄くなっていく。
ルーチェに裏切られた。
その事実が嘘であればいい。
そう願いながら。
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