第41話
■
「ヒュウ!ヤルねぇ!!」
木漏れ日が差し込む森の中。
ゆらゆらと揺れる光の柱を、一つの影が器用にすり抜けて行く。
それは一人の男だった。
褐色の肌に編みこまれた黒髪をなびかせ、空中を自在に舞う男。
その男は地面へ着地するなり、ルーチェへ軽くウィンクして見せる。
「嬢ちゃん強えなぁー!武器が真っ二つだ!」
褐色の男は楽しげな声を上げ、柄だけ残った武器を投げ捨てる。
それはルーチェが真っ二つに切り裂いた槍の残骸だった。
「あ~、始まったよ。終わったら起こしてね」
そんな男の態度とは真逆。
心底うんざりした様子で、一つの小さな影が地面へと転がる。
短い手足に、クリクリとした茶色の瞳。
それは、愛らしい姿をした少年だった。
「カァー!お前はよう、もっとこう熱くらなねぇのか?!」
「無いね。早く終わらして寝てた方が有意義だよ」
褐色の男と少年。
二人は言い争い始めていた。
目の前で剣を構えているルーチェという存在を無視して。
(舐められてる……けど)
ルーチェは自分の後ろをちらりと見る。
そこには、木の陰に隠れるクリティアがいた。
(正直、今はそれに助けられてるって事だな)
褐色肌の男。
それは信じられないくらい強かった。
身体能力は勿論、槍による絶妙な間合い。
それだけじゃない。
攻撃の合間に繰り出される高威力の魔法。
もし、魔法の盾が無かったら、とっくに決着がついていた。
それでも互角に戦えたのは、魔法を無効化出来る盾のおかげだった。
フィスから貰った魔法の剣と盾。
そのおかげでルーチェは何度も命拾いをしている。
それに、その後ろに控える少年も只者じゃない事は容易に想像できた。
クリティアを守りつつ、二人で戦われたら勝ち目など微塵も無い。
それは、他でもないルーチェが一番理解していた。
「おっと、悪いな嬢ちゃん。待たせちまったな」
褐色肌の男は言い争いを終え、腰を落とし己の拳を前に構える。
再開の準備が出来た。
そう言わんばかりに。
「安心しな、もう魔法は使わねえ。こんな殺し合い楽しまなきゃ損だろ!」
ルーチェの背筋が凍る。
褐色の男の殺気。
その気配に押されるようにルーチェは盾を構える。
直後、男は動いていた。
想像遥かに超える速さで。
ルーチェは咄嗟に大地を踏みしめる。
他に選択肢が無い位、男は素早かった。
一瞬遅れて、大木で殴られたかのような衝撃がルーチェを襲う。
「ぐっ!」
それでも、盾を体から離さず体勢を崩さなかったのは、ルーチェの今までの訓練の賜物でもあった。
「ホラホラ、どうした?今度は逆から行くぞ!」
男は楽しげな声を上げ、ルーチェに次々と攻撃を繰り出していく。
絶望的な実力差だった。
ルーチェが互角に戦えていたと思っていた相手は、本気ではなかった。
逃げるべきだ。
ルーチェの全身からそんな警告と悲鳴が上がってくる。
(でも……)
ルーチェは思い出す。
クリティアを頼む。と言ったフィスの言葉を。
嬉しかった。と、ルーチェは思う。
フィスが初めて自分を相棒として認めてくれた。
守られる存在ではなく、一緒に横に並ぶパートナになれた。
そんな気がしたから。
だからこそ、そのフィスの思いを踏みにじる様な真似は出来ない。
ルーチェは自身を叱咤し、奮い立たる。
体の中から沸き上がる恐怖を押し殺しながら。
「俺は、負ける訳にはいかないんだよ!!!」
凄まじい衝撃が盾に走った瞬間。
ルーチェは盾に全ての思いを込め、相手を押し返す。
「おっ?!」
その意外な一撃は、褐色の男を一歩下がらせる。
ルーチェはその隙を逃さず、魔法の剣による突きを放つ。
鉄の盾さえ、易々と貫く一撃を。
「イイねぇ!」
褐色の男は、その渾身の一撃を身を捩ってかわしていた。
(なら!)
ルーチェは突きの勢いをそのまま利用し、体を回転させスピードを上げた斬撃を繰り出していく。
「フゥ!今のは危なかった!!」
男はその一撃も躱す。
ただ、ルーチェは諦めない。
無駄になった攻撃。
その勢いを次の斬撃に乗せ、ルーチェは剣速を上げていく。
それは、師から教わった技。
徹底的に効率化した剣の運びから生まれるルーチェの加速する斬撃。
その姿は踊りのように華麗で、剣筋は稲妻の如く鋭かった。
ルーチェの攻撃は、いつのまにか褐色の男を黙らせていた。
そして、少しづつではあるが、ルーチェの剣が男の髪や薄皮を切り始めた。
(行ける!!)
ルーチェの剣は当たればそれまで。
どんな剣や盾でも貫く力があった。
だからこそ、このままいけば勝てる!
一度。
たった一度でも、剣が褐色肌の男に届きさえすれば。
ルーチェがそう確信した。その時だった。
「それはダメだ。嬢ちゃん」
剣を振ろうとしたルーチェの手を褐色の男が握っていた。
いつのまにか、吐息さえも届く距離まで体を詰められて。
「剣の運びが効率的過ぎる。始めこそ脅威だが、見慣れちまえば、あまりに無駄が無さ過ぎて次の行動が読めちまう。だから、こんなに易々と間合いに入られちまう」
残念そうに褐色の男は呟く。
ルーチェはその男の手を振りほどこうとするも、ピクリとも動かない。
「まぁ、フェイントを織り交ぜれば別なんだろうけどな。才能は一級品、たが経験が圧倒的に足りないって所か。正直もったいねぇなぁ……」
男はそのままルーチェの腕を捻り始める。
それは抵抗など許さない圧倒的な力だった。
あまりの痛みから逃れる為、ルーチェの頭は時間の経過と共に地面へと近づいていく。
褐色の男とルーチェ。
二人の頭の位置は、どちらが勝者かをはっきりと告げていた。
「は……なせ」
顔を地面に向けながらも、ルーチェは抵抗する。
フィスから貰った魔法の剣だけは手放さずに。
「ああ悪い。今のは痛かったな。だが次の方がもっと痛いぞ」
男は笑った。
それと同時にゴキッという鈍い音がルーチェの肩から発せられた。
「あ”----!!!」
ルーチェは絶叫する。
それと同時に、ルーチェの手から魔法の剣が零れ落ちた。
「なぁ」
褐色の男は声をかける。
それはルーチェでは無く、自身の背後で寝ている少年に向けられたものだった。
「ダメだよ」
「でもよぅ」
「ダメ。事前に決めたことでしょ?はやくしなよ。やらないなら僕がやるよ?」
「チッ、わかったよ!!」
褐色の男は少し不機嫌になりながら、地面に落ちたルーチェの剣を拾い上げる。
そして、その剣をルーチェの首筋にゆっくりと当てる。
「残念だ。生きてりゃもっともっと強くなっただろうぜ」
「あ”っ……」
褐色肌の男が、ルーチェの首筋に当てた剣を素早く引き抜く。
その瞬間、ルーチェはビクッと体を声を漏らす。
剣からは血が滴り落ち、ルーチェの首からは夥しい血が零れ、小さな血溜まりを作っていた。
「嘘……」
その光景を見ていたクリティアは崩れ落ちる。
亜人。
決して好戦的な人種ではないと聞いていた。
彼らは戦いよりものどかな暮らしを好み、付与品など人が作れない物を作れる存在だと聞いていた。
事実、彼らのもたらす付与品は何処に出しても高く売れる名産品にもなった。
だからこそ、クリティアは彼らを優しい人種だと勝手に思っていた。
いや、思い込んでいた。
ただ、現実の亜人は戦闘を楽しみ、そしてルーチェの首を躊躇する事無く切り裂いた。
「私が間違っていたの?」
人知を超えた特殊な力を持つ亜人。
その亜人の力さえ借りられれば、村の運営も上手く行くとクリティアは思っていた。
しかし、結果はその真逆。
ルーチェは倒れ、フィスも行方が分からなくなっていた。
「大丈夫。君は痛くはしないから」
そんなクリティアの元へ、一人の子供が微笑みながらやってくる。
ピョコピョコと歩く、愛らしい姿。
その姿は、不気味な死神にしか見えなかった。
「オイ」
「ん?何?」
褐色の男は、少年を呼び止める。
ただ一点を見つめながら。
その視線の先には、地面に横たわるルーチェの姿があった。
「ダメ。……ダメだ。……俺が死んだら、フィスも……」
うわ言を呟きながら、ルーチェは首の傷を押さえ、自身の傷を回復しようとしていた。
芋虫のように地面に這い蹲り、懸命に男から逃れようとしながら。
ただ、それは無駄な行動だった。
逃げる速度は小さな虫が這うよりも遅く、目は虚ろになり、唇は急速に色を失っていく。
ルーチェが負った傷。
それは間違いなく致命傷だった。
時間さえ経てば、微かに残った命の灯さえ消え去ってしまう位の。
それでもルーチェは抗っていた。
絶対に勝てない戦いだと知りながら。
「はぁ~~、止めだ!やっぱ、こんなの性にあわねぇ!!!」
そのルーチェの姿を見続けていた褐色の男は、頭をガシガシとかく。
無様で往生際が悪く。
それでも尚生きる為に必死なルーチェの姿を見つめながら。
「決めた!俺はこいつをセプト様の下へ運ぶ!そんで傷を治してもらう!」
褐色の男は、ルーチェから奪った剣を投げ捨て、ルーチェをサッと抱き上げる。
「はぁ?!何言ってんの?!自分で止めを刺した癖に血迷ったの?!」
「いいじゃねぇか。全部俺の責任だ。大体、ここに来た奴を殺せとはセプト様からは言われてねぇ、ユイが勝手に言い出しただけだ!!」
「えー!!今更、その話するの?!リジー以外は納得していたはずだよ!?」
「いいからお前もあの女連れて来いよ」
小さな子供の文句を無視し、褐色の男はルーチェを抱え森の奥へと消えていった。
そして、残ったのは木の陰で腰を抜かすクリティアと少年だけだった。
クリティアと少年。
二人は目を合わせる。
その瞬間、クリティアは小さな悲鳴を上げ、逃げようと必死に手を動かす。
ただ、恐怖に慣れていないクリティアの体は、立つ事さえ出来ない有様だった。
「ねぇ、君さ」
「は、はい!」
「もう、攻撃しないからさ。歩かない?君、重そうだし運ぶの嫌なんだけど」
「なっ!私は!!」
少年の言葉に抗議しようとしたクリティアだが、内心は安堵していた。
危機が去ったと心のどこかで思っていたから。
ただ、その安堵感は、クリティアの体に勝手に浸透していく。
そして、クリティアは気づく。
何か暖かいものが自身の下半身を伝っている事に。
「あっ……」
「どうしたの?」
「いやっ……」
「えっ……嘘でしょ?」
顔を真っ赤に染め目を背けるクリティアを見て、少年は気が付いた。
そして、少年は心の底から嫌そうな視線を向け、絶句する。
「とりあえず、君とさっきの娘の装備は全部置いていくよ。君、体重どれくらい?色んな意味で本当に嫌なんだけど、重そうだし」
「私は、お、重くありませんっ!!」
必死に反論するも、少年の呆れた目線にクリティアはただ心を砕かれるだけだった。
■
(ここは?)
背中に感じる柔らかい感触。
そして、全身を包み込む暖かい毛布。
ルーチェは、ゆっくりと目を開ける。
淡く優しい光が、ルーチェの周りを優しく照らしていた。
そこは木の香りが漂う、落ち着いた家の中だった。
その中央に置かれたベットで、ルーチェは寝かされていた。
(そうだ!首っ!)
ルーチェは、”はっ!”と思い出し、自身の首に触れる。
ただ、そこには何も無かった。
切り裂かれたはずの傷跡は、勿論。
噴出した血の一滴すら。
「……どうして?」
首を擦った手を眺め、ルーチェはポツリと漏らす。
さっきまでルーチェは殺し合いをしていた。
そこで、勝負に負け、致命傷を負ったはず……だった。
ただ、何故か傷は消え去り、今は暖かい安全な場所で寝かされている。
「気がついた?」
そんなルーチェに後ろから声をかけた人物。
それは少女だった。
淡い光を反射する艶のある水色の髪。
恐ろしい程に均整の取れた顔。
女性であるルーチェですら見とれてしまう、完璧な見た目をした少女。
「アンタが直してくれたのか?」
「うん。そうだよ。僕の子供達が手荒な真似をしたみたいでごめんね」
少女は顔を崩してルーチェに笑いかける。
その笑顔は一瞬にしてルーチェから警戒心を奪い去っていた。
「名前はセプト。宜しくね」
「ああ、俺はルーチェだ。ありがとな」
ルーチェは少女に向かって手を差し出そうとする。
礼や挨拶の意味を込めて。
「おぶっ」
ただ、その手を出すよりも先にドンと衝撃が走った。
その犯人は草色の木綿の服を着たクリティアだった。
「何してんだ、バカ姫」
「バカじゃありません!!」
クリティアが、ルーチェに飛び掛るように抱きついたのだ。
「本当に、本当に……死んだかと思いました!!」
ルーチェグイグイと額を押し付け、クリティアは小さく震える。
ルーチェは息を吐くと、その震えが収まるまでクリティアの好きにさせていた。
「で、フィスは何処だ?」
暫くの時間が過ぎ、クリティアの震えが収まった所で、ルーチェは訪ねる。
ただ、その問いにクリティアは首を振るだけだった。
「ちょっといいカ?」
クリティアとルーチェ。
若い女性二人が座るベットへ、一人の赤色肌の大男が近づいてくる。
その脇に、小さな少年を伴って。
「確認したイ。お前達あの青年の仲間カ?」
「ん?フィスの事か?」
「わからなイ。恐ろしく強い黒髪の青年ダ」
「ああ、フィスだな。間違いない」
赤肌の大男の問いに、ルーチェは即答していた。
ただでさえ珍しい黒髪の青年で、恐ろしく強いとなれば、恐らくこの世には一人しかいない。
「ん~。やっぱそうだよねー。帰ったんだよ」
あーぁ。と小さく呟き、少年は頭の後ろで手を組む。
「どういう事だ?訳がわからないけど……」
目の前で繰り広げられる会話にルーチェは着いていけなかった。
その説明を求めてクリティアを見るが、クリティアはただ首を横に振るだけだった。
「いやね。フカ……あぁ、君が戦った褐色の馬鹿がさ、勝手なことをしたせいで合流に手間取ってさ、その青年?フィス君を見失ったらしんだよね」
「戻ルと約束していタ。だが、誰もいなかっタ」
「そろそろ夜も近いしさ。たぶん君達の住処に帰ったんだよ。ユイを連れて」
少年が出した結論。
ただ、それはルーチェの想像とは真逆の答えだった。
「いや、フィスは絶対にここに来る。どんな手を使ってでも」
ルーチェは確信する。
フィスの性格からして諦めるという選択肢は絶対に無い。
命を犠牲にしても、フィスはここに来る。
そういう人間だという事は、ルーチェが一番理解していた。
「どうやって?この村は人に知られてない秘境の村だよ?来ようと思ってこれる場所じゃないさ」
少年の疑問は最もだった。
この広い森で、一つの村を見つけるなど、砂地で砂金を見つけるような物だ。
でも、フィスは。
フィスなら、間違いなくその砂金を見つける。
どんな方法を使ってでも。
それはルーチェの確信にも近い思いだった。
「分からないけど……間違いないと思う」
「分からないけど、間違いない?はぁ~、全然論理的じゃないよ。言葉が矛盾してるの分かる?」
少年はルーチェを小馬鹿にしたように、首をすくめる。
ただ、ルーチェはそんな事気にも留めなかった。
もし、フィスが自分達が囚われた……いや、殺されたと勘違いし、この村へ来たら?
ルーチェはゾッとする。
その行為と結末は、想像に難しくなかった。
「悪いけど俺にフィスを探させ」
「セプト様!人間が仲間を返せとこの村に!しかも、血だらけのユイを引きずりながら!!」
ダン!と扉を開け放ち、一人の亜人が飛び込んでくる。
その声は、何か言おうとしたルーチェの言葉を掻き消していた。
「遅かった!!」
ルーチェはベットから跳ね起きると、そのまま部屋の外へと飛び出していった。
■
やっと着いた。
森の奥にある小さな村。
ここまで来るのに、色々と苦労した。
そのせいで、こんなにも遅くなってしまった。
「オイ。それ以上近づくなよ?村に入りたいならその剣を鞘に戻して、その人質を返してくれ」
僕の前に褐色の男が立っていた。
槍を持ち、その穂先を僕に向け警告してくる。
「僕の仲間は何処ですか?」
僕はその警告を無視し、ゆっくりと男の方へ歩いていく。
手に抜き身の魔法の剣を携えて。
「オイオイ聞いてんのか?ていうかお前、あの嬢ちゃん達の仲間か?」
「嬢ちゃん?」
……見つけた。
僕は確信する。
そして、人質にしていた女性を投げ捨てた。
もう用済みだ。
あの森での戦いの後。
結局、赤肌の大男は戻ってはこなかった。
だから、この人質を連れて僕はルーチェ達を探し回った。
そして、見つけた。
見つけてしまった。
ルーチェに渡したはずの魔法の剣と盾が地面に転がっているのを。
そして、その隣にはルーチェの匂いがする小さな血溜りを。
これはどういう事なのか。
聞くまでも無かった。
ただ、死体は無かった。
だから、僕の想像している事が事実かどうかだけ、確認しにきたんだ。
「ねぇ、教えて下さいよ。ルーチェを探しに行ったら森の中この剣がありました。その隣には血溜まりまで。これ、どういう事ですか?」
「……お前、ユイに随分と酷いことをしてくれたな」
「ユイ?」
ああ、視線で分かった。
人質の女性の事か。
「ああ。苦労しましたよ。皆さんの事を聞いたのに、全然教えてくれなくて。指と耳を全て削ぎ落としてやっとこの村の事を教えてくれましたからね」
「……お前よ。ホントムカつくな」
「仕方ないでしょ。いきなり襲ってきたのはコイツです」
どうでもいい。
地面で気絶している女性を一瞥し、僕は小さく鼻を鳴らす。
「俺と戦え。俺は全て知っている。勝ったら全て教えてやるよ」
「……全て知っている?そうか、お前が」
僕は理解した。
全てを知っているという事は、コイツがルーチェと戦ったんだ。
そして、コイツはピンピンして生きている。
全ては簡単な謎賭けだ。
答えは決まった。
ここにいる全員を僕の命の限り殺しつくすと。
「……構えろよ」
槍を構え、褐色の男が言う。
ルーチェの魔法の剣。
僕はそれをだらりと地面へと向けていた。
「構える必要すらないですよ」
「言ってくれるじゃねぇか!!後悔してもしらねぇぞ!!」
褐色の男が地面を弾き、僕へ向かってくる。
そのスピードは想像以上に速かった。
そして、僕の肩目掛けて真っ直ぐに槍を伸ばしてくる。
舐めてるのかな?
心臓じゃなく肩を狙ってきた。
それは、僕を殺す気が無いという事だ。
僕は一歩も動かなかった。
避ける理由がなかったから。
当然、その鋭い槍は僕の肩に突き刺さる。
褐色肌の男の一撃は、僕の肩を正確にとらえていた。
激しい痛みが襲ってくる。
でも、ルーチェが感じた痛みはこんなものじゃなかったはずだ。
「なっ!コイツ!!」
褐色の男が叫び、地面へと逃げるように転がる。
ああ、失敗だ。
上手く避けられた……。
褐色の腕だけが、僕の目の前にボトリと落ちる。
僕は肩に刺さった槍を無視し、無理やり剣を振った。
相手の体を上下二つに切り裂くために。
ただ、その攻撃は相手の腕を捕らえただけ。
上手く避けられてしまった。
ただ、無理やり動いたせいで、僕の肩に刺さった槍は、体の中をグイグイと貫き。
僕の肩の骨を外へと押し出していた。
「……お前本当に人間か?魔物の王って言われた方がしっくりとくるんだが」
褐色の男は肩膝をつき、腕を押さえ小さく唸っていた。
腕を切られたのによく喋る。
その耳障りな声を早く閉じなきゃいけない。
僕はその目的を達する為に、男に向かいゆっくりと歩いていく。
「肩を貫かれて、どうしてお前は平気なんだ?正気じゃないのか?!」
「正気ですよ。ただ、この村の人達を殲滅したいだけです」
ただ、槍が邪魔でまともに歩けなかった。
これじゃあ、ダメだ。
下手をすれば逃げられてしまう。
なら、別の方法を取るだけだ。
僕はゆっくりと腕を挙げ、魔法の剣を構える。
そして、その剣に魔力を流し込み始める。
魔法はイメージが大事。
そう、ルーチェが言ってた。
だから、僕はイメージする。
僕の全てを。
命も心の底から沸き上がる感情も全て剣に込め、目の前の光景をただの灰にする。
「なんだその光……」
僕の剣が輝き始める。
ただ、その色は前の時とは違った。
紫と黒が混じった禍々しい光だった。
「フィス!!!」
そんな僕の背中を、聞きなれた声と体温が抱きしめる
「俺は無事だ。剣を収めろ!」
僕はゆっくりと視線を移す。
そこには、僕が想像した通りの女性がいた。
「ルーチェ?」
「俺は生きてる。大丈夫だ」
その声を聞いた瞬間、僕は剣を地面に落としていた。
力の殆どを剣に持っていかれたせいか、力が入らない。
それでも、地面に膝をつき、縋るようにルーチェに抱きつく。
「本当に?怪我してない?大丈夫?痛みはない?襲われなかった?」
気がつけば、次から次へと言葉が溢れていた。
「大丈夫だ。ほら、俺は暖かいだろ?」
「うん。うん!」
温もりも、匂いも。
全て本物のルーチェだ。
よかった。本当に。
僕は安堵する。
その瞬間、忘れていた疲れと激しい痛みが僕に襲いかかってきた。
それはとてもじゃないけど、耐え切れるものじゃなかった。
「ごめんルーチェ。少し寝るよ。ちょっと無理しちゃって……」
「分かってる。今はぐっすり寝ろ。大丈夫だ」
「うん……」
心配そうに見つめるルーチェの瞳に、僕が映っていた。
意外だった。
物凄く疲れて、尋常じゃないくらい痛いのに。
僕は自分でも知らないうちに。
ルーチェの瞳の中で、ただ嬉しそうに笑っていた。
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