第40話
「ここに畑は作れないのですか?」
「残念ですが、この土地では相当時間をかけないと作物は……」
リティと老人との会話。
あれから。
子供達が僕らを襲ってから、かなりの月日が経過していた。
僕達は子供達の隠れ家に案内され、その余りに酷い状況に絶句した。
隠れ家。
そこは小さな洞窟だった。
一言で言ってしまえば、不衛生極まりない環境。
汚物の隣には少ない食料が置かれ、そして寝床すら同じ空間に存在していた。
汚物を外にすら出さないのは、盗賊に見つからない為の処置らしいけど余りに酷すぎた。
劣悪な環境は、幼い子たちを苦しめ、老人達を動けないほど憔悴させていた。
あのまま放置していたら、盗賊に見つかるよりも病気で死ぬ方が早かったと思う。
そんな状況を見た、リティはすぐに動いていた。
森の近くの川原で野宿を提案し、全員の体を洗い、衛生的な生活を始めた。
それに加え僕達の持ってきた食事に、ルーチェの回復魔法。
その効果は絶大だった。
病気になった子供や憔悴しきった老人達もみるみる内に回復していった。
子供達は老人達の回復を心より喜び、老人達も僕らに頭を地面につく程下げていた。
その後、リティは小さな村を作る事を皆に提案した。
子供達は諸手を挙げて賛成し、老人達は反対した。
村を作れば盗賊の脅威に晒される事になる。と。
ただ、リティが僕を元剣闘士だと紹介し、僕らが村を守ると伝えた所、老人達からは反対意見が消えた。
そして、村を作るため僕達は近くの森から木を切り出し小さな寝床を作り、今度は畑を作る相談をしている所だった。
「畑に必要なのは、黒く湿った土です。ですがここは乾いた赤みがかった土しかありません」
老人の一人が地面を少し掘って見せる。
確かに、土は固く赤みがかかっていた。
「どうすればいのでしょうか?」
「土を改良するしかありません……ですがここは知らない土地、手探りでさがしていくしか……」
「そうですか、直ぐには上手くいかないのですね」
リティは残念そうに肩を落とす。
もう、僕らが持ってきた食料は底を付いていた。
ただ、今は何とか暮らしていけている。
それは、僕とルーチェは旅の経験を生かし川魚や動物を狩り、リュンヌさんがふらっと姿を消しては、必需品を揃えて帰って来る。
そのおかげだ。
ただ、それもいつかは破綻することが分かっていた。
僕かルーチェかリュンヌさん、一人でも病気か何かで倒れたらアウトだ。
だからこそ、自給自足は何よりの課題だった。
子供や老人でも出来る方法で。
「フィスは何か知ってるか?」
「ううん、見当すら付かないよ」
土の改良か。
全然分からない。
多分、農家の人なら分かると思うんだけど、僕は農業はおろか鍬すら持ったことがない。
せめて教科書とか参考になる本とかがあれば、違うと思うんだけど……
……あれ?本?
なんだか忘れている気がする。
「あ!!!」
「うぉ。どうしたいきなり」
「ルーチェ!僕の本何処やった?!」
「あえっ?」
「ほら、ルーチェが港町クランで買ってくれたあの本!」
そうだ、僕は買ったはずだ。
港町クランで僕の世界の本を!
あれは、たしか痩せた土地を直す方法とかが書かれていたはずだ!
「ああ、あれなら俺が持ってるぞ」
「貸して!あれにきっと手がかりが書いてあるんだ!」
「本当か?待ってろ、すぐ持ってくる!」
そうだ。
僕は、元の世界の本とその言葉を読めるっていうチートを持ってるんだから!
その力で発展させていけばいいじゃないか?!
うん!初めてチートぽい事が出来る!
そんな期待で、僕の胸は痛い位に高鳴っていた。
■
「全然ダメだ。何だこれ……」
この世界で始めてチートが出来る。
そんな僕の希望は、簡単に打ち砕かれた。
この本に書いてある事。
それは確かに有益だった。
土地に合わせた改善方法を取れ。
その見分け方とやり方が書いてあった。
別にそれはいい。
ただ、その後だ。
具体的な方法の第一歩。
それは”まずはお近くのホームセンターで計測器を買い”から始まり。
その後、”苦土石灰、有機石灰、”という奴を数十キロ2~300円程度で買う。と、続いていた。
はい無理。
もう、全部無理。
この近くにはホームセンターどころか、民家すらない。
あるのは盗賊のアジト位だよ。
役に立たないじゃんこの本。
「使えないのか?」
「ああ……いや、結局は村の老人達と同じだよ。黒くて栄養のある腐葉土みたいな土が必要なんだって」
そう本に書いてあった。
深いところまでは全然理解してないけど、栄養のある土に土壌改良をしなければいけないらしい。
「フヨウド?」
「ああ、ごめん。僕の元の世界の言葉で、森にあるフカフカの黒い土の事を言うんだ」
「なら、取りに行けばいいじゃないか」
「だから、必要な物が揃わないって」
「いや、近くにあんだろ」
「えっ?」
「森にあんだろ?そのフヨウドって奴。なら、近くの森で取ってくればいいだろ」
「あっ……」
そうだった。
この近くには大きな森があるんだ。
栄養のある土なんて幾らでもあるじゃないか。
「ルーチェ頭いいね」
「いや、フィスが悪いだけだろ」
冷たい目でルーチェが言い放つ。
「すいません」
なんだろう、謝る事が口癖になりつつあるような気がする。
■
「どうだ?」
「わからないけど、なんていうか見た土と違う」
「んー、もっと奥にいってみるか」
村から少し離れた森に入り、僕達は土を探していた。
森は魔物も出るから絶対に入らない場所だって子供達は言っていた。
良く分からないけど、魔物は動物が多い所に生息する習性があるらしい。
その理由をルーチェに聞いたら、魔物は自己繁殖が出来ないから、動物の近くに集まる習性がある。
と胸を張って答えていた。
まぁ、本当かどうかは知らないんだけど。
その為、僕達は最低限の武装。
僕は魔法の剣を、ルーチェは魔法の盾と細身の剣に普段着という格好で散策している。
「あ、そういえばさ、ずっと疑問に思ってた事を思い出したんだけど」
「ん?なんだ?」
「この剣、ルーチェが使ったとき切れ味が物凄く上がってた気がするんだけど」
「ああ、それか。そういえばフィスはリュンヌさんと訓練してたから、話す機会がなかったな。ちょっと剣を貸してくれるか?」
僕は言われた通り、ルーチェに魔法の剣を差し出す。
少し動かしただけでも白い残像を描く剣身には、傷はおろか曇りの一つすら見当たらなかった。
「この魔法の盾と剣は、使用者の魔力を力に変換することが出来るんだ。ただ、こっちから明確に魔力を流し込んでやらないとダメだけどな」
ルーチェは魔法の盾と持ってきた荷物を地面へと降ろす。
「俺がそれに気がついたときは、あの王都周辺で魔物と戦った時だ。魔力の制御もめちゃくちゃで、気がついたら盾に魔力を流し込んでたみたいでな。ま、説明するより、見たほうが早いだろ」
ルーチェは近くの大木に向かい剣を構える。
自然体で、隙の無い構えだった。
そして、一瞬の空白の後、その剣を大木へと一閃する。
余計な力みや淀みの無い綺麗な一撃だった。
すると、ズズン。と大きな音を立てて、大木は地面に横たわる。
その断面は、そのまま机として使えそうな位滑らかだった。
「凄い……」
ルーチェが魔法の剣を持って僕と戦ったら、普通に負ける気がする。
僕が普通の剣で戦えば、剣ごと切り裂かれる可能性すらある。
ていうか、前に帝国騎士の盾を切り裂いてたから、剣だって切り裂いても可笑しくないよね。
「剣に流し込む魔力の質や量によって、切れ味も、剣幅も変わる。その辺はもうちょっと研究しなきゃダメだけどな。フィスもやってみるか?」
ルーチェは僕に魔法の剣を差し出していた。
「あ、うん!」
僕は剣を受け取り、しっかりと握る。
何度も振ってきたその剣を。
正直ワクワクが抑えられない。
「どんな感じで魔力を剣に流し込めばいいの?」
「剣を自分の手足の延長と考えて、そこに自分の魔力を流し込む感じだ」
「わかった」
僕は一旦剣を鞘に収める。
なんだかそっちの方が、自分の体の一部として認識し易いと思ったから。
「何か言葉を使っても良いと思うぞ?魔法はイメージだってセネクスさん言ってただろ?普通の魔法を使う時に詠唱するのも、よりイメージを具現化し易くするためだって」
そうだ。
確かそんな事をセネクスさん言ってた気がする。
正直、言われるまで覚えてなかったのは秘密だけど。
「うん。やってみるよ」
僕は小さく息を吐き、集中する。
自分の魔力を剣に流し込む為に。
僕の想像。
それは刀の居合い抜きのような感じだ。
鞘から解き放たれた刃は、僕の眼前に無限に広がり、一瞬で目の前の全ての物を切り裂くイメージ。
そのイメージの通り、僕は腰を落とし体のバネを溜め、ゆっくりと剣の柄に手を載せる。
「……無限の刃、光の瞬撃」
無意識に言葉が出た。
その瞬間、僕は剣を抜き目の前の木を切り裂く。
……はずだった。
「えっ?」
突如、魔法の剣から光が爆発した。
何も見えない位の強烈な光。
その眩い光が収まり、目の前に広がった光景は今までと全く違っていた。
なんていうか……
森が消えていた。
僕が切ろうとした木は勿論。
剣を振るったその延長上の全て。
その空間から、スッポリと森が消えていた。
青々と生い茂っていた木々は、青い空に代わり。
地面には大量の木が散乱している。
「あっ……」
次の瞬間、僕は顔から柔らかい地面に崩れ落ちてしまった。
体に力が入らず、まるで言うことを聞かない。
この感覚はアレだ。
何度も経験している。
「ごめん。これ……魔力の使い過ぎだ」
「あ~、そういえば、フィスは普通の魔法使えなかったな」
「僕も思い出した」
セネクスさんが言ってた。
僕は魔法を使う為の器が大きすぎるんだって。
だから、一度でも使えば体内の全ての魔力を消費する制御の利かない極大魔法しかつかえない。
強化魔法しか僕が扱えないのはそのせいだった。
「土はまた今度だな」
ルーチェは何事も無かったかのように荷物を纏めると、慣れた手つきで僕を背負う。
「ごめん」
「気にするな、いつもの事だ」
ルーチェは笑う。
ただ、僕がこの剣を扱うのは辞めた方がいいというのは、理解した。
一度振ったら最後、動けなくなる可能性がある剣なんて使うべきじゃない。
「ねぇ。ルーチェがこの剣使ってよ。これ、僕が持っててもあんまり意味ないや」
「いいのか?大事なものだろ?」
「大事だから、大事な人に持ってて欲しいんだ。それに僕が持っているよりも遥かに効果的だしね」
「……大事な人か」
「うん」
「いいぜ!俺が貰う!後から返せっても知らないからな!」
ルーチェは嬉しそうに言う。
なんだろう。
僕の服越しに伝わる、少し汗ばんだ熱いくらいのルーチェの体温。
それが少しだけ上がった。
そんな感じがした。
■
丸一日寝てしまった。
ただの魔力を消費しただけだったから、すぐに全快したけど。
当然というべきか、皆から寝込んだ理由を聞かれた。
寝ぼけた僕の代わりに、ルーチェが全て答えてくれた。
特に危険な事もしてないので、皆すぐに納得してくれた。
「また、内緒で森に行く気でしょう」
目の前でプリプリ怒るリティ以外は。
「いや、アリシアさんの許可は貰ってましたよ?」
「いえ、私は許可してません。そもそもルーチェさんと二人で森へ行くというのが許せません」
そりゃあ、聞いてませんからね。とは、言えず……
「……ごめんなさい」
僕は謝る。
最近感じるんだけど、女性の中に一人男というのも辛いものがある。
感性が違うのか、結構思ってもみなかった所で怒られるんだよね。
だから、下手に言い争うよりも頭を下げる癖がつきつつあった。
「今度は私も行きますからね!」
「わかりました」
「なら、今から行きますよ、用意してください!」
「え?今から?」
「土を取りにいくのでしょう?それなら、早いほうがいいです。それに私もあの森へ行く理由がありますから!」
「えぇ……」
リティは本気だった。
直ぐにアリシアさんに許可を取り、僕とリティとルーチェの3人で森へ向かう事となった。
ただ、許可を取ったとき、アリシアさんは小声で僕に”迷惑をかけてごめんなさい”と謝ってくれた。
アリシアさんも僕の知らないところで苦労してる。
それだけは、理解できた。
■
「目的も無いのに、随分と切り倒したのですね」
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
「そんなつもりではなくても、結果は同じです」
僕が魔法の剣を振るった場所。
その場所で、リティはまた怒っていた。
やっぱりリティの怒る理由が分からない。
さっきもそうだけど、なんで僕は怒られているんだろうか……
そんな事を考えていると、リティは倒れた木の間で腰を屈め、何かを拾い上げていた。
リティの手に収まる小さな物体。
それは、巣ごと地面に落ち、息絶えていた小さなひな鳥だった。
「彼らも必死で生きているのです。そんなつもりは無かった。で、いたずらに殺されていい存在ではありません」
僕はそこでリティが怒る理由を理解した。
怒って当然な理由だった。
「……ごめんなさい」
「フィスだけが悪いんじゃない。俺もだ。本当にすまない」
僕とルーチェ。
二人揃って頭を下げる。
でも、それはリティに対して。だけではない。
無作為に切った木とその木と共生していた生き物達に対してだ。
「いいのです。反省し、犠牲を糧に次に生かす。そういう生き方もあると教えてくれたのはフィスですよ?ですから、今回得た力で、誰かを救えばいいのです」
リティは小さく笑う。
なんだろう。
不思議とその言葉には説得力があった。
「さ、いきますよ」
リティはクルリと回り、切り倒された木の上から飛び降りる。
その時だった。
カッ!という乾いた音を響かせ、リティが数秒前までいた場所に深々と矢が刺さっていた。
「えっ!」
「ルーチェ木の陰へ!!」
その瞬間、僕は動いていた。
リティを抱き、木の陰に隠れる。
ルーチェは盾を前面に構え、僕の後に続いていた。
様々な可能性が僕の頭を過ぎる。
一番可能性が高いのが、帝国兵か、賞金稼ぎ。
もしかしたら、森に住む盗賊達かもしれない。
「もしかして、亜人の方ではありませんか?私はオーランド国の皇女、クリティアと申します!貴方達の長にお話したい事があり、参上しました!!」
そんな僕の考えを否定するように、リティは叫んでいた。
亜人?なにそれ?
事前に聞いてすらいないよ。
「……武器を捨てて、服を脱ぎ、地面に四つんばいになれ!さもなければ殺す!」
リティの叫びに答える声が響いた。
ただ、それは到底従えない、あり得ない選択肢だった。
リティは従う様に求めてくるけど、そんなの無理だ。
「そんなの無茶です!!武器を捨てた僕らが殺されない保障はあるんですか?!」
「そんなものはない!従わないなら動かぬ的になるだけだ!!」
戦うしかない。
そう決心するには、十分なくらいシンプルな回答だった。
「ルーチェ、リティを村へ。戻ってリュンヌさんに応援を」
「任せろ」
僕はリティをルーチェに任せ、木の陰から飛び出す。
ルーチェには魔法の剣と盾を渡してある。
あの武具を使いこなせるルーチェならどんな敵でも早々後れを取ることはない。
「フィス!殺してははいけません。彼らはこの森の守護者でもあるのですから!!」
「そんなの」
無茶だ。
その言葉を飲み込み僕は慌てて首を下げる。
その途端、甲高い風切音を立て僕の頭の上を矢が通り過ぎていく。
「クソッ!」
僕は慌てて木の陰に隠れる。
危なかった。
あと一瞬、反応が遅れていたら死んでいた。
只者じゃない。
普通の矢よりも何倍も速く、正確だった。
ただ、今の一撃で矢が飛んできた方向はわかった。
僕は持っていた鋼鉄の剣を地面へと降ろす。
少しでも体を軽くし、距離を詰める為に。
僕の武器は、リュンヌさんから貰った短剣と自前の青い鞘に入った短剣だけ。
心もとないけど、今の敵には重い装備は足枷になる。
僕はそう判断する。
そして、魔力で体を強化し矢の飛んできた方向へ全力で駆ける。
その間も、何本もの矢が僕に飛んできた。
膝、喉、心臓といった急所を寸分の狂い無く狙ったとても正確な射撃で。
体の反応を強化し、剣を置いていなかったら、恐らく何本かは僕の急所を捉えていたと思う。
それ程、素早く、恐ろしい位正確な狙撃だった。
ただ、結果は僕の勝ちだ。
木の上で弓を構える、一人の姿が僕の視界に入った。
(いた!あいつだ!)
僕は地面を蹴り、全力で駆ける。
一歩でも早くその人物に近づき、次の一撃を放たせないために。
「……止まレ」
低く無骨な声。
その声は横から突然現れると、大きな影となって僕に向かってきた。
咄嗟の判断で、僕は地面へと転がりその影から逃げる。
(不味い!)
ただ、その判断は間違いだった。
僕は転がった勢いそのままに短剣を引き抜き、近くにあった木へ突き刺す。
そして、その力を利用し無理やり転がる方向を、木の陰へ変えた。
結果は、想像した通りだった。
僕が本来逃げるはずだった場所には3本もの矢が地面に刺さっていた。
(強い……)
無理やり動かした腕が痺れるように痛む。
でも仕方ない。
一瞬でも判断が遅れれば、殺されてた。
そんな状況だった。
(やるしか……ないな)
強化魔法の継続時間。
それもあるけど、ルーチェ達の事だって心配だ。
敵が二人とは限らないのだから。
僕は小さく息を吐き、心を落ち着ける。
急いでいるからといって焦りは禁物だ。
敵は強い。
それは間違いないのだから。
僕は木の陰から相手を確認する。
見える敵は二人。
一人は木の上から弓をこちらに向け続ける白い肌の美しい女性。
そして、もう一人は、大斧を構える筋肉隆々の赤色肌の男だった。
二人は油断無くこちらを見ていた。
決して焦る訳でもなく、ゆっくりと獲物を追い詰めるように。
(飛び出した瞬間、矢が飛んでくるな)
それは確信にも近い予測だった。
そして、その一撃は恐ろしい位、正確だと。
(この距離で飛び出すのは自殺行為か……)
僕はそう判断し、腰に下げた小さな鞄に手を伸ばす。
(僕の持っている武器は短剣2本とリュンヌさんから譲り受けた道具だけ)
状況を確認する。
後は、持っている道具と武器で出来る事を考え、そして実行するだけ。
それはリュンヌさんから教わった事でもある。
(よし!!)
息を吐き、僕は鞄から一つの道具を取り出す。
それは小さな玉だった。
その玉を僕は地面へと投げつける。
パン!という破裂音と共に、白い煙が森に一気に広がる。
その瞬間、僕は木の陰から飛び出した。
風を切り裂く音が響いたけど、幸いそれが僕に刺さることは無かった。
(この距離なら)
煙から飛び出した僕と、木の上で弓を構える女性。
距離はあまり離れてはいなかった。
リュンヌさんから色々仕込まれてるおかげでナイフなどの扱いには慣れている。
そして、この距離なら持っているナイフでも十分に当てられる。
僕は腰に下げたナイフを引き抜き、木の上で弓を構えている女性へと投げつけた。
カッ。
僕のナイフはその女性を確実に捕らえた。
ただ、その女性は弓で僕の短剣を防いでいた。
「相手は私ダ」
赤い影が、僕とその女性の間に割って入る。
そして、ゴウンという大きな音を響かせながら、大斧が僕へと振り下ろされた。
素早く、強力な一撃。
でも、それだけだった。
剣闘士時代に戦った英雄の様に、その次の一撃があるわけでもない。
素直すぎる一撃だった。
剣を捨て身軽になった僕は、その攻撃を難なく交わし、僕は残りの短剣を男の足の甲へと埋め込んだ。
「ぬゥ!!」
「邪魔ですよ!」
動きを止めた赤色肌の男を無視し、僕は木の上の女性へに向かい跳躍する。
僕の頭の遥か上の木の枝。
そこまで地面から直接飛び上がる。
そんなの本来、人であれば絶対に出来ない様な動き。
それを女性も感じていたのか目を大きく見開き僕を見る。
宝石のように綺麗な緑色の目に、僕の姿が映る。
美しい人だ。
一瞬、そんな感想を抱いてしまった。
流れるような艶のある美しい髪。
均整の取れた輪郭。
整った目鼻。
そのガラス細工の様な鼻先に、僕は容赦なく拳を突き立てた。
全ての勢いそのままに。
グシャという不快な感触が手に伝わる。
女性は木の上という不安定な状況で体勢を保てるはずも無く、木から崩れ落ちる。
僕も例外ではない。
勢い余った体はそのまま空中へと投げ出されれた。
女性は背中から、僕は肩から地面へと落ちる。
「ガフッ」
その言葉を最後に、女性は意識を失っていた。
鼻からはおびただしい血を流しながら。
僕は激しい痛みを無視し、その女性に馬乗りになる。
「武器を捨てて。僕の仲間の安全を保障して下さい!!さもないとこの人の命はありませんよ!!」
馬乗りになったまま、僕は叫ぶ。
「卑怯ナ!」
「不意打ちをしておいて、どちらが卑怯ですか!!」
僕は女性の腰に下げられていたナイフを抜き去り、それを女性の喉元に突きつけた。
「僕の仲間になにかあれば、この人の目や耳をを削ぎ落として、ありとあらゆる苦しみを与え殺します!!どうしますか?!!」
「分かっタ!!」
赤色肌の男が返事をする。
大斧を捨て、足に刺さった短剣を引き抜きながら。
「待テ。皆を呼んでくル」
赤色肌の男は、無骨に答え。
足を引きずりながら、ゆっくりと去っていく。
その姿が見えなくなって、ようやく僕は息を吐くことが出来た。
「一体何者なんだ?この人たち」
僕は気絶している女性を見つめる。
リティは亜人がどうだとか言ってたけど。
……亜人ってなんだ?
この人は色の白い綺麗な女性にしか見えないし、さっきの人も肌が赤いだけの普通の人だった。
ただ、尋常ではない戦闘力を除けば。だけど。
「無事かな。ルーチェ達……」
不安が過ぎる。
でも、ルーチェの技量に、あの魔法の剣と盾があれば早々負ける事はない。
僕は必死にそう自分に言い聞かせていた。
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