第39話

風が気持ちよさそうに、疾さを競い合い。

草木はそよそよと、気持ちのいい音を奏でている。


見渡す限り何も無い草原。


そこに、必死に穴を掘る二人の子供がいた。

ボロボロの服を纏い、穴だらけの靴を履いた少年と少女。


二人は先の尖った枝を使い、泥まみれになりながら虫や木の根などを探していた。

自身の命を繋ぐ糧とする為に。



「屈め!人だ!」

「えっ?」



少年は小さな声を上げ、少女の頭を穴へと押し込む

自らが掘っていた小さな穴の中に。


少年は警戒しながら、ある一点を見つめている。

その視線の先には、旅人の様な格好をした一団がいた。



「盗賊?」



少女も穴からちょこんと顔を出す。

天敵から身を隠す小動物の様に。



「いや、違う……と思う。でも、冒険者って訳じゃないな」



不思議な一団だった。


何かを運ぶ商人でもなければ、略奪帰りの盗賊でもない。

かといって、冒険者のように装備が整っているわけでもない。


全員が普通の村人の様な格好に武器を下げている。


そして、一番不可解なのが、一人を除き全員が女性だという事だ。

冒険者ならまだしも、村人の格好をした女性だけで旅をするなんて考えられない行動だった。


だからこそ、少年は必死に頭を回転させる。

もし、その判断を見誤れば命を自身だけでなく、隣にいる少女の命まで危険に晒すことになるのだから。



「……まさか」



少年は一つの結論に辿り着つく。

そして、その結論を確かめるように、何度もその不思議な一団を確認する。



「どうしたの?」



少女は後ろから不思議そうに問いかける。


少年は明らかに普通ではなかった。

穴の中に顔を伏せたと思えば大きく深呼吸をし、素早く顔を挙げ再び一団を見つめ直す。


そんな行為を繰り返し、次第に手は震え、荒い息を吐き興奮していく。



「お前、あの奴隷王の噂知ってるか?」

「知ってる!この間、ロイが貰ってきた物語に書いてあった人!」

「そっちじゃない!懸賞金の話だ!!」



少年は遠くに映る一団を真剣な眼差しで見つめる。


彼らが何処に行くのか。

絶対に住処を暴いてやる。そんな意思が感じられる程に



「運が回ってきた!!もうこんな生活から脱却できる!」

「えぇ……どういうこと?」

「いいか。あいつらを殺して引き渡せば、莫大な金が手に入る!」



少年は熱気に当てられたように、次々と言葉を並べていく。

使っても使い切れない大金が向こうからうやってきた。と


ただ、少女の反応は真逆。

少年が話す度に表情は曇り、気持ちは暗く沈んでいく。



「私達があの人達を殺す……の?」

「ああ、そうだ。もう二度と仲間を見殺しにしなくて済む!皆を呼んできてくれ!」

「……うん」



少女は小さく頷き、その場を離れる。

暗い表情を浮かべたまま。


少年はそんなことに気がつきもせず、何かに取り付かれたかのように遠くに見える一団を見続けていた。



-------------



パチパチという木が弾ける音。

それは小さな火花に乗り、ゆらゆらと空へと上がり消えていく。


僕の前には、暗闇を照らす焚き火があった。

この広い草原を月と共に照らす大きな明かり。


皆その周りで静かな寝息を立てていた。

見張りである僕とリュンヌさん以外は。


皆ぐっすりと深い眠りについている。

もう何日歩も歩き続け、疲れもピークに達しているのだから当然だと思う。


ただ、正直に言って……気まずい。


僕とリュンヌさん。

残念だけど、僕らはあんまり仲良くない。


何度か話しかけたけど、全部無視された。

僕は仲良くしたいんだけど、リュンヌさんにその気がないんだから仕方ない。



「気がついているか?」

「え?」

「相手は素人だ。皆を起こす必要すらない」

「何の事ですか?」



そんな僕の問いかけに、リュンヌさんは答える事無く黙ってしまう。


今日初めて交わした会話。

その結果がコレだ。


仲良くなるのは絶望的だと思う。


リュンヌさんはといえば、答える代わりに腰に下げた短剣を音も無く引き抜いていた。

その短剣は刃先が黒く変色し、傍で瞬く焚き火の明かりすら一切反射していなかった。



「丁度いい。お前はこれから昼夜問わず狙われることになる。だから教えてやる」



リュンヌさんは、予備の短剣を取り出しその刃先を焚き火で炙る。

すると、見る見るうちに短剣の刃先は煙で燻され、黒く染まっていく。



「お前の魔法の剣は目立つ。これを使え。直ぐに準備しろ」



刃先が完全に黒くなり、光を反射しなくなった短剣をリュンヌさんは僕へ投げる。


……知っている。

これは、暗殺用の短剣だ。


そして、同時に理解した。

僕らの命を狙っている人間がいるという事を。



ーーーーーー



リーダ格の少年が手を振り合図をする。

それに呼応するように周りの子供達も、武器を構えていく。


武器といっても錆びたナイフが一番上等な物で、後は先の尖った木の棒やただの大きな石が殆どだった。


貧相な装備しか持ち合わせていない少年達。

その視線の先は、ルーチェ達が寝ている焚き火だった。


驚いたことに、僕らを狙っているのは子供達だった。

それも悪戯とかではない。


彼らは明確な意思を持って、ルーチェ達を襲うつもりだとはっきりと分かる。


僕とリュンヌさんは焚き火近くの岩陰に隠れている。

ルーチェ達を寝かしたまま。


子供達……じゃない。

僕らを襲う盗賊達を一人残らず殺すために。


敵の数は確認できた。



「まずは相手の数、装備を確認しろ。それで勝てるような自分の装備や出来る事を確認し勝利までの最短距離を描いて動け、負けそうなら気が付かれないようにそのまま逃げる。これが基本だ」



消え入りそうな小さな呟きのままリュンヌさんは教えてくれる。



「だが今回は練習にもならない。時間の無駄だ」



そう言って、リュンヌさんは足音すら立てず飛び出す。

月明かりを反射した金色の髪で、暗闇の中に一筋の淡い線を描きながら。


それは素早く、無駄のない動きだった。


リュンヌさんの最初の獲物。

それは、一番後ろに控えていた石を持った少年だった。


リュンヌさんは少年の背後に回ると、一気に地面へと投げ飛ばす。

そして、地面に転がった少年の腕に容赦なく短剣を突き刺した。



「ぎゃぁぁぁぁ!!!」



叫び声が響いた。

リュンヌさんの短剣は、少年の腕を貫通し地面まで突き刺さっていた。



「この程度で叫んで。獲物が起きるとは考えないのか?」



不機嫌な声を上げ、リュンヌさんは少年の腕に刺さった短剣をさらに踏み抜く。

少年は声すらあげる事も忘れ、ただ悶絶していた。



「フィス。後はお前がやれ」

「わかりました」



敵が叫び声を上げたことで、ルーチェ達も起きたと思う。


もう隠れる意味も無い。

僕はリュンヌさんから貰った短剣ではなく、腰に下げた剣を抜く。


魔力を帯びた僕の剣は、暗闇の中でも白く輝く残像を描いていた。



「ひっ!」



小さな悲鳴。

それはまだ幼い少女が発した物だった。


少女は腰を地面に縫い付けられた様に、ペタリと地面に座り微動だにしない。



「ああ、まだ殺すなよ。一応、何処で私達を知ったのか聞き出したいからな」

「なら、足だけ切り落とします。いいでしょうか?」

「任せる」



どうでもいい。

リュンヌさんはそんな感じだった。


確かに今まで戦ってきた敵と比べれば脅威ではない。


だけど、油断はしない。

これは命を賭けた戦いなんだから。


僕は剣を少女に向け、走る。

その細く小さな脚を切り落とす為に。



「おおおお!!!」



気合の篭った声が響いた。

自身を奮い立たせるような意思のある声だ。


その声を上げたのは、リーダ格の少年だった。

錆びたナイフを僕に向け、全力で向かってくる。


明確な殺意が感じられるけど、動きは素人。

僕はその捨て身の突きを直前で交わし、すれ違い様に少年の腹を膝を入れる。



「ヴォエ!!」



少年は空中を舞い地面に叩きつけられていた。

すぐにビチャビチャと音を立て胃の中の物を吐き出しながらのた打ち回る。



(動ける方から叩く)



僕はそう判断し、周りを警戒しながら少年まで歩く。


その間、周りの子供達は一切動かなかった。

ただ、信じられないような者を見るような目で僕を見つめるだけ。


戦いに慣れてない。

それがはっきりと分かる。


でも、同情も容赦もしない。

これは殺し合いなんだから。


僕は地面に転がり続ける少年の傍で、剣を構える。


誰も少年を助けようとはしない。

ただ震え固まるだけ。


それを確認し、僕は素早く剣を振り下ろす。

僕の剣は、少年の足を確かに捕らえる。


……はずだった。



「何してんだ!フィス!!」



甲高い金属音と予想外の固い感触。

目の前で白い火花が散り、剣が共鳴するように鳴いていた。


原因は、魔法の盾を構えたルーチェだった。

僕と少年の間にルーチェが、一瞬の内に割り込み僕の剣を弾いていた。



「危ないよ!!何してるの!!」



僕は慌てて剣を引く。


よかった。

ルーチェの魔法の盾は僕の一撃をしっかりと防いでくれいていた。



「それはこっちの台詞だ!!何やってんだよ!!こいつらまだ子供じゃないか!!」



ルーチェは大声で叫び、子供達を庇う。



「仕掛けてきたのは、その子供達だよ?彼らは僕らを殺そうとしたんだ」

「よくわかんねぇけど!!もうこいつらに敵意は無い!良く見ろ!戦える状況じゃない」



ルーチェの言葉は、正しい。

子供達から敵意なんて微塵も感じられない。



「だから頼む!一旦剣を引いてくれ!この通りだ!!」



ルーチェが僕に頭を下げる。


……他でもないルーチェの頼みだ。

ルーチェにそこまでされたら、最早僕に選択肢なんてない。



「でも、逃がさないように縛るよ?」

「ああ。それは仕方ない」



リュンヌさんから縄借り、子供達を一人づつ縛り上げていく。

その間、誰も逃げ出すどころか、文句の一つも言わなかった。



「……何事ですか?」



全員を縛り上げたとき、小さな欠伸を隠し眠そうな目を擦りながらリティが起きてきた。



「暢気なもんだな。バカ姫が」



ルーチェはため息と共に悪態をつく。

疲れた。という言葉を吐き出しながら。



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僅かな青色を含んだ空で、星達は少しづつその姿を消していく。

呼吸をする度に、新鮮な水分を含んだ空気がゆっくりと体に染み込んでくる。

それは、夜が終わり、朝を迎える合図でもあった。


結局、僕が子供達を縛り上げ、事のあらましの全てを皆に話し終えた頃には、もう夜の時間は終わりを迎えていた。



「そんな……こんな子供達が……」



リティはただ信じられないといった様子で唖然とする。

皆完全に目を覚ましている。


元隊長のアリシアさんに、元近衛兵のカーラ、リタニアさんは子供達の襲撃に気がつかなかった事を恥じ、ルーチェは怪我をした子供の手当てを行っている。


リュンヌさんは、興味も無いのか”まかせる。”といって、ここから離れていった。



「俺が全て計画して扇動した!だから殺すのは俺だけでいいだろ?!他の仲間を解放しろよ!!」



リーダ格の少年が叫ぶ。

さっき地面で転がりまわっていたあの少年だ。



「ダメにきまってるでしょ」

「何でだ?!俺を殺してもまだ足りないのか?!」



少年は語気を強めていく。

さっきまで、借りてきた猫の様に大人しかったのに、リティやルーチェの姿を見た途端、元気になった。



「君たちは僕らに命を賭けて戦いを挑んだ。その時点で戦いは始まった。誰一人生かして帰す気はないよ」

「この悪魔!!こんな子供を殺して恥ずかしくないのかよ!!」



少年は僕に向かって唾を吐き捨てる。

それは僕に届かず地面に落ちるだけだったけど。



「君達は僕らの命は奪おうとしたくせに、自分達の命が脅かされたら、人を罵るの?それは筋が通らないよ」



なんでそんなに強気になれるのか分からない。

ただ、憎まれているのは分かる。


なら、生かしておく理由は無い。

生かしておけば、いつ、何処へ、彼らが僕らの情報を漏らすか分からない。


やっぱり殺した方がいい。



「な、何をする気だよ!!」



少年は明らかに動揺していた。

僕が剣を持ち立ち上がった。


たったそれだけの行動で。



「な、なぁ!お前達何処に住んでるんだ?」



ルーチェが僕と少年の間に慌てて戻ってくる。


気持ちは分かるけど、ダメだよ。

この子達は容認出来る存在じゃない。



「俺達は森の近くの岩場で隠れて暮らしている。この辺りは盗賊の隠れ家も多いし、安全な場所なんて、少ないから」

「そうなのか?なら、盗賊達の隠れ家も知ってるのか?」



少年はコクリと頷く。

ルーチェの言葉には大人しく従うみたいだ。



「フィス!俺達もこいつらと住めないかな?!俺達で生活するにも人手は少しでも必要だし、盗賊対策も必要だろ?!」

「ダメだよ」



僕は即答する。


僕らを襲ってきた人間と共同で暮らす?

冗談じゃない。



「この子達は必ず僕らの脅威になる。彼らを生かせばルーチェや皆の命が脅かされる危険が上がる。だから殺すよ」

「そんな事ないよな?!なっ!!」



ルーチェの言葉に子供達は必死に頷く。



「ダメだよ。さっきの言葉を聞いたでしょ?彼らは僕らを恐れていない。きっと容赦なく僕らを裏切るよ。だからここで殺しておく」



流石にルーチェの言葉でも受け入れられない。


大切な人を失う。

もう、そんな思いはしたくないから。


だから、どんな些細な事だって危険に繋がる物は見逃す気はない。



「フィス、私に任せて貰えませんか?」

「ダメですよ。結論は変わりません」

「いえ、私と話した上で同じ結論になるのであればもう口出ししません。ほんの少しの時間でいいのです」



リティは僕の目を真っ直ぐ見つめてくる。

なんだか、とても強い意思を感じる視線だった。



「……わかりました」



僕は一旦引き下がる。

どうせ結論は変わらないのだから。



「正直に答えて下さいね。嘘を言えば私達は貴方達全員を殺さなくてはいけません」



リティは僕に軽く頭を下げ、子供達の方へ向き直す



「貴方達は何故私達を狙ったのですか?」

「……金のためだよ」



リーダ格の少年が答える。

やっぱり、リティやルーチェの言葉には大人しく答えるみたいだ。



「何故お金が必要なのですか?」

「そんなの決まってるだろ!皆が生きるためだ!俺達は戦争のせいで……」

「戦争のせいでなんですか?」



言い淀む少年に、躊躇なくリティは踏み込む。



「ここにいる皆は村の仲間だ。俺達の村は盗賊に襲われた。父さん、母さんは命に代えて俺達を逃がしてくれて、爺ちゃんや婆ちゃんも一緒に逃げてきたけど、食べるものも無くて……爺ちゃん達は、俺達に食料を譲り、殆どが死んでいった……」



リティに促され、少年は濁した言葉をゆっくりと吐き出していく。



「なるほど。では、貴方達は何故生きるのですか?」



リティは同情も憐れみの視線も向ける事はなかった。

ただ、淡々と質問を繰り返していく。



「はぁ?」

「あなた方のご両親の命。それを奪った盗賊と同じ事を行い、忌むべき盗賊に成り下がってまで生きたい理由はなんですか?」

「俺達が盗賊と同じだというのか?!!」

「違うのですか?人の命を奪い、お金を得る。むしろ何処が違うのでしょうか?」

「……ぐっ」



リティの言葉は、少年達に容赦なく刺さっていく。



「アンタは何も分かってない!この世界がどんなに厳しくて辛いか!俺は約束したんだ。母さんと父さんに!!何をしたって妹を守るって!!」

「私達を殺して得たお金で妹さんを守る事がご両親との約束ですか?それがご両親の望みなのですか?」

「違う!!でも、これしか方法がなかったんだ!」

「違う方法があればそちらを取ったと?私はどちらにせよ貴方達は盗賊に成り下がったとしか思えませんが」

「そんなこと無い!!違う方法があれば、俺達はこんな真似しない!するわけがない!!」



リーダ格の少年は涙を堪え必死で叫ぶ。

たぶん、リティの容赦ない言葉は少年の心を容赦なく抉っているんだと思う。


嫌な真似をする……。

僕が言う事ではないけど、この世界でいくら正論を振りかざしても役には立たないし、反感を植えつけるだけだと思う。



「それは本当ですか?ご両親に誓えますか?」

「あたりまえだ!!」

「そうですか」



リティは、その言葉を聞いてゆっくりと微笑む。



「では、私が別の方法を示します。盗賊になることも無く、ご両親にも胸を張れる方法を私が貴方達に作ります。但しそれは地獄の様な毎日を乗り越えた先にしかありません。それでも貴方達はその道を進みますか?」



少年達は驚いた様子で、お互いの顔を見合わせる。

僕だって予想外の展開だ。



「そんな道があるのなら、俺はどんな地獄だって耐えてみせる!」

「盗賊に成り下がる方が余程楽な道ですよ?」

「あたりまえだ。ちゃんと妹を守る道があるのなら、なんだってしてやるよ!」

「わかりました」



リティは、護身用のナイフを抜き少年の縄を切る。

そして、優しく微笑みながら少年へと手を差し出していた。



「貴方達が私たちに力を貸すと誓うのであれば、私は貴方達を守る為、全力を尽くしましょう」

「俺達を守ってくれるのか?」

「違います。私達は万能な存在ではありません。お互いに弱い部分を補い合い守り合うのです」

「守り合う?」

「ええ、出来る事でお互いを守り合うのです。ですが、それはとても険しい道のりですよ?」



少年はリティの手をじっと眺める。

そして、意を決した様に口を開いていく。



「……険しい道だっていい。辛くたっていい。俺達は弱いんだ……他に頼るところがない……一生懸命頑張ったって、じいちゃんや仲間はどんどん死んでいく。正直、もうどうしていいか分からないんだ。だから、助けて下さい。俺も皆を守れるように強くなるから」



少年は、縋るようにリティの手を握っていた。

さっまで傲慢な態度で僕に唾を吐いていた少年がだ。


驚いた……。


なんていうか、王の素質。

その片鱗を見た気がする。


間違っても僕なんかが王にはなれないと、痛感してしまう。



「フィス!」



どこか威厳を感じるリティの声に思わずビクッと体を揺らしてしまった。



「私からのお願いです。聞き入れていただけないのであれば、私は貴方と戦います。戦いになれば私は、貴方の相手にもならないでしょう。でも、それでも、私は私の勤めを果たさねばなりません。どうかお願いです。貴方の力をまた私に力を貸して下さい」



リティは僕に頭を下げていた。

……でも、僕は余計な危険を抱えたくは無い。



「フィス。俺からも頼む。あいつら見てるとルベルとネルを見てるみたいでさ」



ルーチェは僕の腕に絡めとり、ピタッと傍に張り付く。

そして、僕達にしか聞こえない位、小さな声で囁く



「もし、俺が殺されていたら、ルベルとネルもああなっていたかもしれない」

「でも、僕はルーチェを失いたくない。その危険が増える行為も」

「ありがとな。俺を心配してくれて本当に嬉しい」



ルーチェは絡ませた腕をギュっと握り、体を密着させてくる。

そのせいで、暖かい体温が布越しにはっきりと伝わってくる。



「でもな、世界はもっとフィスが考えるより優しいと思うんだ」

「優……しい?」

「うん。俺もこの世界は地獄だと思ってた。でも、俺はフィスに救われた、最低な世界でも俺を助けてくれる人がいるんだって教えてくれたのはフィスだ。フィスは誰よりも優しい。だから、その優しさを少しでいい。他人にも分けてやってくれないか?」



ルーチェの暖かい体温と視線。

それは僕の固い意志を溶かすようだった。


どうしたらいいのか。

まるで分からかった。


だから、僕は考えるのを辞めた。

僕に出来る事をして、その結果で判断すればいい。



(わかった。少しだけ見てて。大丈夫だから)



僕はルーチェしか聞こえない声で囁き、腕に絡んだルーチェの手を優しく振りほどく。



「ダメですね。僕に従えないというのなら、戦いましょう。リティの腕や足を落としてでも無理やり従わせます」



僕は宣言し、剣を抜く。

金属の擦れ合う音が、不気味に響き渡る。



「フィス様!どうか剣を収めて下さい。この通りです」



リティを庇う様に、元近衛隊長のアリシアさんとその部下であるカーラ、リタニアさんが僕の前に立つ。

皆頭を下げてはいるが、もう既に抜き放たれた剣を握っている。



「その子供達を僕に殺させて下さい。そうすれば全て解決します」

「なりません!!」

「なら、交渉は決裂ですね!後は力で示して下さい。強い方に従う。それはこの世界で唯一変わらない真理ですから」




知識であれ、力であれ、何かしらの強さを持った人間の要求が優先される。

それがこの世界の唯一の真理だから。



「待って下さい!!フィス!!」



リティの悲鳴にも近い絶叫。

それが、合図だった。


僕は地面を蹴り、アリシアさん達に向かっていく。



「どうか話を!思い留まって下さい!!」



アリシアさんは、叫びながら僕の剣を弾こうと剣を振るう。

僕の魔法の剣と、アリシアさんの鋼鉄の剣。

それが触れ合う瞬間、僕は剣を引いた。



「くっ」



僕の剣を弾き飛ばそうとしていた、アリシアさんはかなりの力を剣に込めていた。

だからこそ、その剣が空振りしてしまえば、簡単に体勢が崩れる。


僕は体勢が崩れたアリシアさんの服を掴み、勢いそのままにカーラさんの方へ投げ飛ばす。



「なっ」



カーラさんは、慌てて剣を引く。

その直後、カーラさんにアリシアさんが圧し掛かるように覆いかぶさり二人もろとも地面に倒れこむ。


それは偶然にも、リタニアさんの進路妨害にもなっていた。



「ごめんなさい」



僕は小さく呟き、リティに向かって駆ける。

すると、僕とリティの間にあの少年が割り込む。


リティを庇う様に手を広げながら。

その瞬間、僕はその少年へと標的を移し剣を振るう。



「いけません!!」



今度はリティはその少年を抱きしめ庇う。

ただ、僕の剣は既に少年へと振るわれていた。



「フィス!!」



ルーチェの声。

その声が聞こえた瞬間、僕は止まっていた。


リティの首元に剣を突きつけた状態で。



「この人は悪くないです。お願いですから、俺だけ殺して他の皆を見逃してください……」



少年は泣きながら僕に懇願する。

地面に小さな水溜りを作りながら。


これで分かった。

さっきの言葉は嘘でなかった。と


これなら安心できる。

少年もリティも、お互いの約束を守ったのだから。


それを確認し、僕はゆっくりと剣を納める。



「いいかい。もし、君達が約束を破り僕の仲間を一人でも傷つけたら、僕は君達が何処にいようとも見つけ出し全員殺すよ。何があっても必ず」



僕の言葉に少年は泣きそうになりながら、素直に頷く。

別に嘘を言った訳じゃない。

すべて本気だ。



「その代わり、裏切らなければ僕の力の限り君達を守ると誓うよ」

「っ!はい!」



少年は勢い良く返事をしていた。


結局、僕はリティとルーチェの意思を尊重する事に決めた。


間違い。

なのかも知れない。


僕が守れる人は両の手に納まる人だけ。

それは分かってる。


でも今は、僕は僕なりに出来る事をする。

それしかないと、僕は思う。



「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「やりすぎです!本当に死ぬかと思いました!」



リティはプリプリと物凄く怒っていた。

おかげで、僕は何度も謝る羽目になってしまった。


当然、投げ飛ばしたアリシアさん達にも。


ただ、ルーチェだけは”無理をするな”と僕を叱り、そして心配してくれた。


結局、その場所を出発したのは太陽が一番高く上ったその後だった。

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