第38話

GWが終わってしまうので、これから更新速度が落ちます。申し訳ありません。

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地獄。

間違いない、ここは地獄だ。



「俺が外で処理するから任せておけ」

「貴方に一人に負担をかけるわけにはいきませんから」



動けない僕の真上。

そこではピリピリした空気が流れている。


その原因は、ルーチェとクリティア様の二人。

二人が固い笑顔で言い争っているからだ。


何でこんな状況になっているのか。

それは僕が聞きたいくらいだ。


目覚めた僕は想定通りというべきか、指先一つ動かせなかった。


でも、これは覚悟していた事。

意外だったのはクリティア様の行動だ。


目覚めた僕を抱きしめ”ありがとう”と言ってくれた。


今までの事を考えれば信じられないような行動だった。

ただ、ルーチェにすぐに引き剥がされてたけど。


それだけなら、何も問題ない。

むしろ天国だ。


ただ、その後。

ゆっくりと確実にあの地獄が再びやってきた。


僕は随分と長い間眠っていたらしい。

当然、長い間眠っていれば起きる問題がある。


そう……あの悪夢。



「平気だ。それにアンタじゃ無理だからな」

「いえ、貴方に出来て私に出来ない理屈はありませんから」



トイレだ。


僕は指先一つ動かせない。

となれば、僕は垂れ流す事しか出来なくなる。


クリティア様、ルーチェ、アリシア隊長に近衛騎士だったカーラさんとリタニアさん。


見事に全員女性だ。

この皆の前で漏らせるか?


無理だ。

それは僕の人としての尊厳が壊滅してしまう。


だから、僕は覚悟を決めてルーチェに言った。

前に何回もお世話になっているから。


そしたら、クリティア様が想像を絶する言葉を言い放ったんだ。


”私がやります”と。


その瞬間、背筋が凍った。

新しい復讐なんじゃないかとさえ思う。


それを却下したルーチェとクリティア様で笑顔での言い争いが始まった。

なんでこんな事になったのかは、僕も分からない。



「はぁ?今まで掃除の一つもしたこと無い奴が、いきなりフィスの下の世話なんて出来るかよ?」



折れないクリティア様にルーチェが若干イライラし始めたのが分かる。



「あら、その歳で随分と苦労しているのですね。ですが、自分の育ちの悪さを自慢するのは辞めた方がいいと思いますよ?」



ただ、クリティア様も負けてない。

二人の間に、ピキッとヒビが入った様な錯覚を覚える。



「じゃあ、具体的にどうすんだ?アンタじゃ、フィスを担ぐ事すら出来ないだろ?」



あ、ついにルーチェが怒り始めた。

なんとなく雰囲気で分かるんだよね。



「問題ありません。カーラとリタニアにフィスの両肩を支えて貰い、アリシアには足を持って貰います。そうすれば、フィスを汚い地面に触れさせずとも、下の処理が出来ますから」



えっ、やだ。

何その公開処刑。


想像するだけで、心が砕かれるんですけど。


僕は確信する。

やっぱりクリティア様は僕に復讐しようとしてる、と。


……なんだろう。

視界がぼやける。


だけど、顔すら拭えない。

僕はただ目に溜まる涙がこぼれ無い様に滲む天井を見つめ続けるしか出来なかった。



バン!



突然、小屋のボロボロの扉が弾けた。

その大きな音はルーチェもクリティア様を黙らせ、全員の注目を集めてしまう。



「なんだ?人の顔に何か付いてるか?」



乱暴に開け放たれた扉から入ってきたのは、太陽の光を浴び輝く金髪をうっとおしそうに抑える女性。

リュンヌさんだ。


そうだ!

この人に世話をしてもらえば、ルーチェもクリティア様も異論は言わないはず。

この地獄を抜け出せる唯一の光明!!



「……ダメだな」



僕の口からポツリと零れる本音。


うん……この人だけは無いわ。


下手したら色々と切り落とされる気がする。

言いたくないけど、僕に対しては普通に鬼畜だからな、この人。



「人の顔を見るなり”ダメ”とは、随分なご挨拶だな」



……しまった。


失言だ。

リュンヌさんは怒っているのか、真っ直ぐに僕へと向かってくる。


どうしよう。

気持ちは焦るけど、体は全く動かない。


すると、リュンヌさんは僕の前で仁王立ちし、腰に下げた小さなバッグに手を入れる。




「ご、ご、ごめんなさい!!」




体の動かない僕に出来る事。

それは、ただ謝り、目をつぶる事だけだった。



「読んでみろ」



リュンヌさんの声。

その声に従うように僕はゆっくりと目を開ける。


すると、僕の前には一枚の紙が差し出されていた。

文字が長々と書かれた、ただの紙。


特に珍しいものではないと思うけど



「えっ?えっと、濡れ衣を……えっと」



文字が遠くて良く分からない。

体が動かないので、紙を受け取る事も出来ないし。


そもそも、僕はこの世界の文字を読むことにそんなに慣れてない。



「チッ、使えないな。もういい私が読む。この木偶が」



リュンヌさんは不機嫌に言う。

愛想のかけらも無い。


美人なんだから、せめてもう少し愛想よく……とは思うけれど、それを言えば最後。

口を縫い付けられそうなので絶対に言わない。


そんな僕の気持ちなど露ほども知らず、リュンヌさんは紙に書かれた内容を読み上げていく。


それは不思議な内容だった。



””””


濡れ衣をきせられ、全ての罪を背負った姫がいた。


誰からの助けも無く、時間と共に消え行く存在。


それに寄り添ったのは魔王の化身、奴隷王。


誰に憚る事無く姫を抱きしめる。


周りからの誹謗と中傷を浴びながら、涙を流す姫の姿。


その姿に奴隷王は憤怒する。


腕に覚えのある英雄達が何人も奴隷王に挑むが、怒りに震えた奴隷王には手も足も出なかった。


奴隷王は、何人もの英雄を打ち倒し、そして全てを敵に回したった一人で戦い始めた。


その目的は一つ。


ただ、愛する姫のために。



””””



「素晴らしい物語ですね!」



クリティア様は手を叩いて喜ぶ。


リュンヌさんが持ってきた紙。

それは物語だった。


それも僕がクリティア様を助けたときの出来事を題材にした。



「王都で凄く人気になっていてな。こんなのが配られてる」

「ええ、分かります。人気が出るのも当然です!」



リュンヌさんがピラピラと掲げる紙を、クリティア様は嬉しそうに受け取る。


信じられない……。

僕がした事が物語りになるなんて。


ただ、もっと信じられないのが、事実と全く違うことだ

ていうか、あの時ルーチェがいたはずだけど何処に行ったんだよ……



「ふん、事実と全然違う。ただの作り話じゃないか」



興奮するクリティア様と対照的に、ルーチェは物凄く不機嫌だった。


そりゃそうだ。

あれだけ活躍したのに、物語に登場すらしていないんだもの。


不満に思うのも当然だ。



「ああ、ルーチェの話もあったぞ」

「え?本当か?!」

「これだ」



リュンヌさんはもう一枚の紙を差し出し、それをルーチェは奪うように受け取る。

ただ、それを読んだルーチェの手がプルプルと震えていく。



「国を捨てた自由騎士と奴隷王の禁断の愛だとさ。ちなみに、両方とも男性で描かれてる。一部には熱狂的なファンが出来たそうだ」

「……プッ」

「あ”?」

「なんでもありません」

「嘘付け、今絶対笑ってただろ!!」



小さく噴き出したクリティア様を、ルーチェが据わった目で睨み付ける。

当然そうなれば、言い争いが再燃する訳で。


ギャーギャーと言い争う二人。


なんだか楽しそうだ。


でも、一つだけ。

絶対忘れてることがある。



(どうしよう、本当に漏れそう……)



我慢の限界。

そんなのはとっくに超えていた。


そして、このお腹の痛みに屈してしまうのは、たぶん……時間の問題だ。



「私が連れて行きます。辛いでしょうけど我慢してくださいね」

「隊長……」



アリシア隊長は、僕の腰に手を入れ、持ち上げる。

これって、お姫様抱っこってやつだよね……



「あっ!待てよ!」

「アリシア!勝手は許しませんよ!!」



言い争う二人は、アリシア隊長へとその矛先を向ける。



「どちらでも構いませんが、お二人はフィス様の事を考えてましたか?フィス様はそんなくだらない事に付き合う余裕はありませんよ?」



アリシア隊長の反論を許さない一言。

その言葉に二人は見つめ合い黙ってしまった。



「もう少し我慢して下さいね」



アリシア隊長は僕を抱いたまま、小屋の外へと出て行く。

やばい、凄くかっこいい……


結局、ギリギリの僕を救ってくれたのは、他でもないアリシア隊長だった。




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「久しぶりだな。この感覚」



少し筋肉がひきつり、動きが阻害される感覚。


結局、僕は2日間動けなかった。

30日動けなかった前よりはマシだけど、回復までに1-2日かかるのはやっぱり問題だ。

体はなまるし、動かすたびに体は軋む


ほかの事は……うん。

思い出したくも無い。


忘れる。という人間の機能に改めて感謝する。



「よし。動く!」



剣を振る位は問題ない。

いつものような訓練は出来ないけど、こうやって少しづつ感覚を取り戻していけば問題ないと思う。


僕は魔法の剣を握りなおし、構えなおす。

それだけで、僕の剣は白い残像を描いていく。



「試してみるか」


一つ気になることがある。

それを確認する為、僕は剣を構えたままゆっくりと目をつぶる。


近くの木々がサラサラと音を立て、少し冷たい風が僕の頬をゆっくりと撫でていく。


心地良い。

その優しい風が一息つき、辺りが静まった瞬間。



「はっ!!」



僕は短い気合の声と共に、近く木に剣を振るった。

カッという乾いた音を立て、剣身は木の奥深くに沈んでいた。



「やっぱりダメだ」



振るたびに白い残像を描く魔法の剣。

それは、普通の剣と比べれば凄い切れ味だと思う。


でも、この剣は鉄の鎧すら紙のように切り裂いていたはずだ。

少なくてもルーチェが使っていたときは。



「何でだろう?」



同じ切れ味なら、この木を二つに切り裂いてもおかしくないはずなのに。


僕は剣を引き抜き、目の前に掲げゆっくりと見つめる。


沢山の戦いを切り抜けてきた魔法の剣。

その剣身は鏡の様に輝き、傷一つ付いてない。



「もう、動けるのですか?」



剣鏡に映る一人の女性が声を上げる。

それは普段着を着たアリシア隊長だった。


なんだかんだあって、アリシアさんは僕に優しくしてくれる。

今までの償いだって本人は言うけど、別に僕は気にしてないからいいのに。



「なら、来ていただけますか?リュンヌ様からフィス様を呼んでくるようにと」

「わかりました。すぐいきます」



そのせいなのか、アリシア隊長は僕の事を様付けで呼ぶ。

何度もやめてくれ。といったけど、頑なに首を縦には振ってくれなかった。



「ああ、そうだ。一つ聞いても良いですか?」

「はい?」

「もしかして、ルーチェとクリティア様って仲悪いです?」

「うーん、嫌っている。という事は無いと思いますよ。ああやって言い争える人は今までクリティア様の傍にいませんでしたから」



少し考えてアリシアさんは言う。



「心配されなくても、きっとあの二人は仲良くなりますわ」



アリシアさんは笑っていた。

根拠の無い話だけど、その笑顔を見ると不思議と”そんなものかな”と思うことが出来た。



ーーーー




「これからの事ですか?」

「ええ、ここはオーランド領内。フィス様が動けるようになった今。出来るだけ早く出て行かなければいけません」



不思議そうな表情を浮かべているクリティア様にアリシア隊長は説明するように告げる。


僕が呼び戻された理由。

それは、今後どうするか?という議論の為だった。



「なら、遠くの村や町へ行けばいいでしょう?」

「はぁ~~、いいか?俺達には懸賞金が賭けられてる。それも親と子が一生遊んで暮らしてもお釣りが来る位の馬鹿みたいな金額だ。そんな人間が街へ行ったらどうなるか分かるだろ?」

「そんなお金くらいで……気にしすぎですよ」

「あぁ?!大抵の人間なら、金で人なんか簡単に殺すぞ?!どこまで常識を知らないんだ?!このバカ姫!!」



ルーチェは言う。

説明してるのか、罵倒しているのかは分からないけど。


でも、流石にバカ姫は不味い。



「ルーチェ、クリティア様に失礼だよ」



一応、クリティア様は皇女なんだから。



「……リティと呼んで下さい」



クリティア様は、真っ直ぐ僕を見つめてくる。

ルーチェの言葉など聞こえてすらいなかったかのように。



「へ?」

「私も貴方をフィスと呼びます。だから、私をリティと呼んで下さい」

「いやいや、そんなの無理ですよ」

「大丈夫です。クレセントお兄様もそう呼んで下さいました」



いや、無理でしょ。

アィールさん王族だし、僕はただの庶民。


この世界では僕は身分の一番低い奴隷上がりという存在なんだよ?

そんな人間が王族を呼び捨て所か、愛称でなんて呼べるわけが無いよ。



「いやいや、そういう問題じゃ……」

「隣の粗暴な方は、名前で呼べるのに、私のことは呼べないの……ですね」



あっ、やっぱ聞こえてたんだ。

さらっと、ルーチェの悪口を織り交ぜてくる。



「おい、誰が粗暴だ」

「私はフィス。貴方に許されない事をしました。確かに虫が良すぎますね……」

「無視か?オイ」



ルーチェが怒って近づくと同時に、クリティア様は目を覆い泣き出してしまった

ごめんなさい。と小さく呟きながら。


想定外だったのか、ルーチェは助けを求めるように僕を見る。

これじゃあクリティア様をルーチェが泣かした様に見えてしまう。



「ああ、わかりました!お願いですから泣かないでください、その……」



もう言うしかない。

ルーチェだって困ってるし。



「……り、リティ」

「はい!」



クリティア様は、笑顔で即答する。

……泣いた痕は少しも無い。



「フィス。こいつあざといぞ?後、スゲーむかつく」



僕もそう思う。

でも、本人は少しも悪びれた様子は無いけどね。



「次、クリティア様といったら本当に泣いてしまいますからね」



そういって、クリティア様は微笑む。


もういいか。

なんか馬鹿らしくなった。


呼び名なんてどうだっていい。

本人の好きなように呼んであげよう。



「さて、町や村にさえ寄れない。となれば、我々は自分達で生きる糧を得なければいけない。という事ですね」



手をパンと叩き、皆に宣言するようにリティは言う。



「ならば、村を作りましょう!私達だけの村を!」



そして、胸を張り”どうだ!”と、いわんばかりに皆を見回していた。



「……本気ですか?」



暫くの沈黙の後、アリシア隊長が言う。


犯罪者である僕達が、自分達で村を作る?

僕も思いも付かなかった発想だ。



「ええ、私達が安全に過ごせる場所がないのなら、作ればいいだけです。違いますか?」

「仮に村を作ったとして、何処に作る?帝国、オーランドのどちらの領土に作っても追っ手は来るぞ?」



リュンヌさん言葉。

その通りだと思うけど、僕にはついていけないので、黙ってよう。


地理も常識も知らない人間が口を出してもロクな事にはならない。



「なら、龍の狩場に村を作れば良いでしょう」



また、良く分からない単語が出てきた。

僕はこの世界の地理とは常識はそんなに知らないのだから当然か。



「ええ、ご存知の通り。神が創造したと呼ばれる古代龍の縄張りです。どの国も龍を恐れて領土を主張していない。いわば空いた土地ですから」



生き生きとした表情でリティは僕を見る。

そして、目が合うなり、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。



「ですが、龍が来たらどうするのです?あれだけの肥沃な土地に国が町や村を作らないのは龍の報復を恐れての事なのでは?」

「その時は戦えば良いのです。そう思いませんか?フィス」

「えっ?!」



うん?

何で皆僕を見るんですか。


いやいや、嘘でしょ。

え?本当にまさか僕に戦えと?



「いやいや!!無理ですよ!!」



国が恐れる龍と戦えとか、絶対無理だから。

皆、僕の事を過大評価し過ぎだから!



「冗談ですよ。大きな村さえ作らなければ問題ありません。実は狩場の中にも亜人の小さな集落などは現に存在していますからね。まぁ大きくなれば間違いなく龍が襲ってきますが」

「亜人?」

「ふふ、これは本当は王族だけの秘密なんですよ」



クリティア様は色々と語ってくれる。

この世界の人さえ知らないことを。


それは、僕の知らない、驚く事ばかりだった。


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