第34話【間章2】
※時系列としては、クリティアが処刑台に上がる前になります。
少々分かりにくいですが、話を補完する為の間章です。
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「はじめまして、君がフィス君の保護者でいいのかな?」
「そんなつもりはないのですが、そういうことになるのでしょうね」
太陽の光が薄いカーテンの様に差し込む部屋。
質素な家具だけが並んだ小さな物だった。
そこには二人の男女がいた。
ヴェルナーとリュンヌ。
王族と盗賊という普段なら絶対に交わる事のない二人が顔を合わせていた。
「いやいや、こんな綺麗な女性が話し相手とは嬉しいね」
「それはとても光栄です」
リュンヌは笑みを浮かべ丁寧に答えていた。
いつもの乱暴な口調では無く、教養のある女性らしい振る舞いで。
そんなリュンヌを見たヴェルナーは目を細める。
目の前の女性。
リュンヌが油断ならない人物だと理解したから。
リュンヌは王族のヴェルナーから見ても美しい女性である事は間違いない。
そんな王族でも目を引く美しさを褒られ、下卑する訳でも無く自慢する訳でもない。
あくまで自身の価値を客観視している人物の言葉と振る舞いだったから。
「で、話というのは?」
ヴェルナーはすぐに本題に入る。
相手が凡庸な人間であれば、無駄話をして沢山の情報を引き出せるとも考えていたが、それは無駄だと判断した結果だった。
「率直に言います。貴方に焚き付けて欲しい人物がいます」
「焚き付ける?」
ヴェルナーは怪訝な顔を浮かべる。
「どういうことかな?」
「田舎に引きこもろうとしている人物を前線へ引っ張り出して欲しいのです」
リュンヌの言葉。
ヴェルナーにはまるで理解が出来なかった。
魔女ベリスの名。
その伝手を頼ってヴェルナーに接触し、奇跡にも近い形でリュンヌとヴェルナーはこうして秘密裏に会っている。
それは決して安くない金と労力が必要だったはずだ。
にも関わらず、ただ一人の人物を戦場に引っ張り出す。
それだけをこの目の前の女性は求めているのだ。
「ふざけているのかい?」
「いえ、本気ですよ」
「そうかい、ならお互い無駄な時間を過ごしたね」
ヴェルナーは席を立つ。
もう話は終わりだと言わんばかりに。
「見返りに”今”貴方の望むもの。それを提供するといったら?」
そのリュンヌの言葉にヴェルナーは動きを止める。
「まずはお話を聞いては頂けませんか?」
そのヴェルナーの行動に満足したかのように、リュンヌは微笑む。
「つまらない話なら、話の途中でも出て行くよ?」
「きっとご満足頂けると思います」
不機嫌な様子を隠さずに、ヴェルナーは再び椅子に座る。
それを確認し、リュンヌはゆっくりと語っていく。
ヴェルナーを呼び出した理由。
そして、持っている情報とその結果ヴェルナーが得られる物。
それを丁寧に語っていく。
ヴェルナーはその一つ一つを注意深く聞き、そして一つの結論を出していた。
「はぁ~……確かにメリットは大きいね。君達が信頼できないというリスクを背負ってでも取引する価値はあるよ」
「ご理解頂けてなによりです」
「でもね、一つだけわからない事が」
「なんでしょう?」
リュンヌは微笑みながら答える。
「近衛兵達は何とかできる。むしろ、私が言わなくても勝手に行動するかもしれない。ただ、フィス君は私が”クリティアを救ってくれ”と頭を下げるだけで、上手く行くのかい?君の案を実行すれば、フェス君はこの国からも、帝国からも追われる大罪人になる。そんな決断を簡単に下すとは思えないんだが」
「大丈夫です。間違いなく動きます」
リュンヌは確信し答えていた。
今までフィスと寝食を共にして出した答え。
そして、それはほぼ間違いないと。
「例え結果が我々の想定と違っていても、取引は成立しています。当然、ヴェルナー様が求めるものを提供いたしましょう。あくまで今回の取引は、ヴェルナー様に頭を下げて頂くまでです」
「ふむ」
ヴェルナーは顎に手を当て、小さく頷く。
破格といっていい程の、好条件の取引だった。
「分かった。君の言うとおりにしよう」
「それはなによりです。シナリオは私の方で描いて叩き込んでおきます。ヴェルナー様は指示通り動いて頂ければ問題ありません」
ヴェルナーに断る理由など見つからなかった。
ただ、あまりの手配の良さに恐怖すら感じていた。
もし、この力が敵に回れば。
そう考えるだけで、ゾッとする。
何でもいい。せめて、弱みや目的。
いや、その手かがりでいいから欲しい。
ヴェルナーにそう思っていた。
「しかし、君のように容姿端麗、利発な女性は珍しいね。周りの男が放っておかないだろうね。もう特定の男性はいるのかい?」
「いえ、いませんよ。良い方をご紹介でもして頂けるのでしょうか?」
男という言葉にリュンヌの顔が一瞬だけ歪む。
注意深く見なければ、見逃してしまう程の小さな変化。
ただ、ヴェルナーはその一瞬を見逃さなかった。
「なら、最後にひとつお願いしてもいいかな?」
「私で判断できる事なら」
「出来ると思うよ?この後、君が信頼に足るか試させてもらっていいかな?」
「どのような方法で?」
「君は綺麗な女性だ。なら分かるよね?」
ヴェルナーはわざとらしく、襟元を緩め口元を歪めて笑いかける。
その言葉の意味を明確にする為に。
「畏まりました。では」
リュンヌは頷き、服を乱暴に脱ぎ捨てる。
一糸纏わぬ姿。
白く引き締まった体が、窓から入る光を浴び、名のある絵画の様に美しく輝いている。
「綺麗だね」
「自慢の商品ですから。本来であれば高いのですよ?」
リュンヌは微笑むとヴェルナーに近づいていく。
そして膝の上に座り、首に手を回し顔を近づけていく。
「なら、商品には手を出さないから一つ教えてくれる?」
リュンヌの息遣いすら感じられる程の距離でヴェルナーは尋ねる。
その問いにリュンヌは答えず、沈黙する。
ただ、それこそがヴェルナーの求めていた答えだった
「何故君は……いや、魔女ベリスは、フィス君にそこまで固執する?」
ヴェルナーの目は真剣だった。
裸のリュンヌを膝に置き目の前にしても、その視線はリュンヌの瞳に向かい、その鋭さは少しも変わらない。
「……彼は田舎の町で復讐や戦いを忘れ暮らそうとしています。それでは我々が困るのですよ」
「それは魔女の意思なのかい?」
リュンヌは答えることなく、ゆっくりとヴェルナーの膝の上から離れる。
(これ以上はダメという事だね)
ヴェルナーは理解する。
そして、無理矢理これ以上踏み込めば手痛い傷を負う可能性もあると。
「僕は処刑台の手配し、近くの建物で控えておくよ」
「ええ、十分です。では後ほど。お待ちしております」
慣れた手つきで服を着なおし、リュンヌは一礼し部屋を後にする。
「……怖いね」
パタンと音を立てた扉。
それから十分すぎる時間を経て、ヴェルナーはため息と共にポツリと漏らす。
「雷神にフィス君。尋常ではない戦力を取り込んで魔女ベリスは何をするつもりだろうね」
ヴェルナーは目をつぶり考える。
無数にもある可能性の一つ一つを検証するように
「……厄介だね。関わりたくもないが、もう僕らは巻き込まれてしまったんだね」
結局、これから何が起きるかヴェルナーには分からなかった。
ただ、様々な思惑がうねりを巻き今にも動き出そうとしているとヴェルナーは感じていた。
「クレセント。君はやはり罪作りな人間だよ」
ヴェルナーは今もう存在しない弟への文句を言う。
その影響一番受けるであろう同じ名を名乗る青年を思い浮かべながら。
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