第33話


「王女クリティアは帝国領に侵入し、その権力を振るい帝国の罪のない人々を虐殺した。よってここで処刑を宣言する」



王都の中心。

平時であれば、市場などが開かれる広い場所。


そこには臨時の処刑台が立てられていた。

その周りは、かなりの数の住人で溢れ返っている。


ただ、その場所に似つかわしくない歪な集団も混ざっていた。

太陽の光を反射する煌びやかな鎧。

自身をも覆いつくす大盾と取り扱いやすい手槍を持ち待機している集団。


それは、帝国からの使者とその護衛の騎士達であった。



「クリティア王女反論はあるか?」

「ありません。すべてが事実です」



処刑台の上。

そこにクリティアは立っていた。


手には鎖がかけられ、両脇には長槍を持った兵士を伴いながら。



「全ての臣民へ謝罪致します。私の至らぬ行動のせいで皆さんの財産と命をを危険に晒してしまいました。どうか命をもって償いますので、国への忠誠を失わずにいてください」



クリティアは集まった住人に対し堂々と宣言し、頭を下げる。

ただ、その足や手は震え、それが虚勢であることは誰の目にも明らかだった。



「……異論はないものとする」



クリティアの処刑を取り仕切る男が合図をする。

すると脇に控えていた兵士は、クリティアの手と足にかけられた縄を解き、その場で膝をつかせる。



「準備を」



その声をきっかけに脇に控えていた兵士が大剣を拾い上げ、ゆっくりと抜く。

金属の擦れあう音を響かせながら抜かれた大剣。


それは太陽の光を反射し眩いくらいに輝いていた。



(お兄様!)



クリティアは心の中で叫び、目を瞑り口をギュと結ぶ。

自らに振り下ろされる大剣を見ることが出来なかったから。


口はガチガチと勝手に音を立て、体はどれだけ押さえつけても信じられないくらい震えてしまう。

少しでも油断をすれば、声を上げて泣き出してしまいそうになる。


それをクリティアは自らを抱きしめ、涙を流しながら必死に耐えていた。



「本当にやるのかよ?」

「クリティア様……可哀想……」



そんなクリティアの様子を見ていた市民の間からポツリポツリと漏れ始める。

クリティアの様子は市民達の同情を引くには十分過ぎる物だった。


その市民達の声を聞いて満足げに笑みを浮かべる人物がいた。


その人物はゆっくりと歩き始め、まるで予定されていた行事に参加するように自然に処刑台の上へと登る。

あまりにも自然な行動に、周りの誰もが止める事が出来なかった。



「皆聞いて欲しい!!」



その男は大声を張り上げる。

市民達の注目を一身に浴びながら。



「今回の件、クリティア様に何の罪も無いことを私は皆に知ってもらいたい!!」



それは宰相だった。

この国でかなりの権力を握る存在。


当然、そんな存在であれば一般の兵士達が止められる訳も無く、ただ脇であたふたする事しか出来なかった。



「まず、今回の出来事はクリティア様が苦難にあえぐ国境近くの村の臣民を勇気付けるために行動したことから始まった」



宰相は饒舌に語っていく。

何故クリティアがこのような目にあったのか。

その全ての事実を。


一人の少年とその親を助けようと行動し、その結果帝国に攫われ命の危機に晒されたこと。


いかにクリティアが民を思い行動したかという耳障りの良い美談に変えながら。



「確かにクリティア様の行動は王族として軽はずみな部分はあったかもしれない。ただ、その国を治める王族として臣民を守りたい気持ちは罪なのだろうか?!」



宰相の言葉一つ一つに民衆がざわついていく。



「民を思わない人間が国を治めても長くは続かない。ただ、クリティア様は臣民の事を思い行動してくれた。だから、私は……私はどうしてもクリティア様を救いたい!!だからここに願う!私に力を貸してくれ!!」



宰相は市民に向かって頭を深く頭を下げていた。


突然の出来事に、市民達は沈黙する。

クリティアという王族の処刑とそれを覆す宰相の言葉。


あり得ない事が重なりすぐに行動しろ。という方が無理であった。



「俺で出来る事なら力を貸すぞ!」



どこからかそんな声が響いた。

すると堰を切ったように次から次へと宰相に同意するような声が広がっていく。


そしてそれは直ぐに大きな和となり、辺り一面から沸き上がる。



「いけない……これじゃダメ……戦争が始まってしまう」



クリティアは困惑する。

もし、自分が救われるような事があれば、それは大勢の人が自分の代わりに死をもって償う事なる。


だからこそ、今日という日を逃げずに受け入れたのだ。


ただ、その意思とは真逆に市民達はクリティアを救え。と声を響かせていた。



「どうすれば……いいの……」



死ぬことも、生きることももはや選べない。

もう、どうしていいのかさえクリティアには分からなかった。



「クリティア様を救え!これ以上我慢する必要は無い!!」

「そうだ!そうだ!」



市民達の声はどんどん大きくなっていく。



「「救え!救え!!」」



ついに市民達の大合唱が始まった。

兵士達はそれを必死にを押さえ込もうするが、それは火に油を注ぐような物だった。



(本当に御しやすい)



頭を下げたまま宰相は心の中で笑っていた。

市民という存在は、どこまで愚鈍なのかと思いながら。


宰相は隠した笑いを堪え切れず、肩を揺らしてしまう。

それは自身の計画がほぼ成功したという確信から来る笑いだった。


市民達はもはや止まらない。

放っておいても一度火が付いた不満はどこかに発散するか、別の捌け口が無い限り治まらない。


これでクリティアを処刑でもすれば、確実に暴走する。

かといって、クリティアを生かせばここにいる帝国の使者が黙っていない。


それに、帝国の使者とは今回の一件織り込み済みだ。

戦争を開始する為のきっかけ作りに過ぎない。


だから、これだけの大事になっても、帝国からの使者ただ退屈そうにしているだけ。

文句の一つすら上げていない。


もう、どう転んでも自分の野望を止めるものはいない。

”勝った”宰相はそう確信していた。


そして、宰相の確信が実現していくかの如く市民は暴走していく。


今回の件だけではない。

いままでの帝国への不満が爆発したように市民達は声を荒げ、徐々に暴徒化しつつあった。


それを必死に抑える兵士達も、もはや限界だった。



「その通りだ!!」



暴徒化しつつある市民の声。

それをかき消す、あり得ない位大きな声が響く。


市民達は沈黙し声がした一点を見つめてしまう。



「クリティア姫は帝国に逆らい自身の矜持を貫いた!それは素晴らしい事であり、断罪される事ではない!!」



その声の主は、広場のシンボルである鐘の置かれた一番高い建物の屋根に立っていた。

そして屋根から飛び降り処刑台の上へと着地する。



「もし、それがこの国で罪だと言うのなら、クリティア姫は私が守り抜き、そしてその思いを貫く為の矛となろう!」



声の主は肩を捲り観衆に見せつける。

自身の腕に刻まれた”19”という入れ墨を。



「この奴隷王が必ず!!」



その言葉を聞いた観衆達は沈黙を破り、”おぉぉ!!!!!”と、一斉に盛り上がる。


奴隷王。

それは帝国の皇帝に反逆した唯一無二の人物。


その名声は遠く離れたこの王都にも届いていた。


そこで初めて処刑台の上にいた兵士達は自らの役目を思い出したように、空から降ってきた侵入者を排除しにかかる。

奴隷王は剣を抜き、電撃の様な速さでその兵士達を気絶させてしまう。


その様子に市民達は沸き上がる。



「私は帝国に仇をなすもの全ての味方だ!異論がある物は私の前に立て!無いものは道を空けよ!!この剣の先に立つ者は誰であれ私の敵とみなす!!」



奴隷王は剣をまっすぐ掲げて見せる。

すると、その剣の先は波を切った様に開けていた。


奴隷王はそれを確認し、近くでへたり込んでいるクリティアを抱きかかえる



「離して!私はここで死なないと!!」

「ヴェルナー様に貴方を救って欲しいと頼まれました」



暴れるクリティアに、小さな声で奴隷王は告げる



「えっ?」

「後ろの建物を見て下さい。ヴェルナー様がいます」

「そんな……」



その言葉の通り、ヴェルナーは建物に控えていた。

クリティアと目が合ったヴェルナーは頷く。



「ヴェルナー王子、隊長、他にもいっぱい貴方の事を思っています。だから……絶対に助けます!」



フィスの言葉。


それは、今までクリティアが押さえ込んでいたものを簡単に溢れさせてしまった。

体が震え、涙が止まらない。

それは恐怖からではない。


本当に、嬉しくて、泣き出してしまうくらいの安心感



「あ、ありが……」



感謝の言葉を言おうとしたクリティアは自身の口を慌てて塞ぐ。


それは小さな抵抗だった。


もう声を上げて泣いてしまう。

そう確信したクリティアは、せめて声だけは漏らさないようにした咄嗟の行動。


もはや感謝の言葉すらいえないクリティアの頭を、フィスはそっと撫でる。



「いきますよ。しっかり捕まっていて下さい」



クリティアは頷き、フィスにしがみつく様に抱きつく。

それを合図にフィスは、地面を蹴り処刑台から飛び降りる。


それはなによりも厳しい茨の道への第一歩だった。

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