第27話
「本当に申し訳ありません」
「今更謝られても解決しませんよ」
王族であるクリティアと村人のニト。
クリティアはニトから村に起きた出来事の全てを聞いていた。
そして、その一つ一つにクリティアは同情し、涙を流して謝った。
謝った所で過去は戻らない。
ただ。そのクリティアの真摯な対応は、ニトの心を溶かすには十分だった。
ニトは相変わらずツンとした反応をしているつもりなのだが、美しいクリティア顔や仕草に見入ってしまい、それが綻んだ表情となって現れていた。
その事をニト本人だけが気が付いていない。
クリティアはそれを微笑ましく思い、次第に笑顔でニトとの会話を楽しむようになっていた。
「あの、一つ頼みたい事があります」
「なんでしょうか?」
「これは旅の商人から聞いた話なんですけど」
そう前置きをしたうえで、ニトはクリティアを真剣に見つめなおす。
「隣のトゥテレという町に村から連れ去れた皆が奴隷にされてるみたいなんです。もしかしたら、そこに母さんもいるかもしれない。だから助けてもらえませんか?」
「それは……無理な相談ですわ」
ニトの願いを、クリティアの傍に控えていた近衛隊長が即座に断る。
「トゥテレは今や帝国領。そこに行く為には国境を超える事になります。これがどういう事かお分かりですか?」
「わかんねぇよ!!アンタには話してねぇだろ!!」
ニトは憤慨し声を荒げる。
「姫様であれ、我々であれ、帝国の許可も無くトゥテレへ行けばそれは侵略行為と見なされます」
「だからなんなんだよ!?」
「結論から言えば、戦争になります。それもかなり高い確率で。だから、諦めて下さい。姫様も良いですね?」
近衛隊長は、はっきりと否定する。
交渉の余地などないと宣言するように。
近衛隊長の言葉にクリティアも小さく頷く事しか出来なかった。
「やっぱり……お前らはクソだ!!全てが終わってからノコノコと顔を出して都合の良い言葉だけ並べて助けようともしない!!」
「ごめんなさい。国境を超えるというのは、私どもが出来る事ではありません。力になれず本当に申し訳ありません」
「そんな……」
裏切られた。
そんな気持ちをニトの心を埋め尽くする。
「今夜、この建物の裏に来てください」
クリティアは立ち上がり、落胆するニトの肩にそっと手を当て小さく呟く。
「お引き取り願えますか?今日は怪我をさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
「あぁ……」
クリティアは頭を下げる。
ニトは呆けたようにただ返事をして、素直に部屋から出て行った。
◆
「本当に来たんだな」
「ええ。護衛に見つからずにここに来れたのは運がよかったです」
月明かりの中、クリティアは嬉しそうにニコリと笑う。
「これだけでは全員。とはいえませんが、貴方のお母さまを買い戻せる位は十分にあります。これを貴方に」
クリティアは持参した小さな袋を掲げてみせる。
その中には金貨が詰め込まれていた。
奴隷を一人どころか数人買ってもお釣りがくる位の金であった。
「いいの……?」
「本当は全員を助けるべきなのでしょうが、今の私にはこれくらいしかできません。これでどうか貴方のお母様を助けてあげてください」
小袋を受け取り頭を下げるニトの手を、クリティアは優しく握る。
たったそれだけの事で、ニトは顔を赤らめてしまう。
「あの!!石投げてごめんなさい!!」
「ふふっ、構いませんよ。貴方は優しい子ですね」
クリティアは優しく笑う。
ニトは呆けた目で、その姿を眺めていた。
(天使だ……)
二トは思う。
陶器ような肌に艶のある髪。
そして、あふれ出る優しさと行動力。
間違っても今日自分を殴った兵士とは比べるまでもない。
その天使は優しい微笑み称え、そして突然ニトの前から消えた。
(えっ?!)
あまりに一瞬の出来事で、ニトの理解が追い付かない。
その直後、地面から呻き声が聞こえニトは初めて理解する。
天使だと思った人物が何者かに口を塞がれ地面に押さえつけられたのだと。
誰か!
そう叫ぼうとした瞬間、衝撃が後頭部に走る。
その衝撃は凄まじく、ニトは地面へと崩れ落ちる事しか出来なかった。
「このガキはどうします?」
「連れていけ。何かに使えるかもしれない」
それが薄れゆく意識の中、ニトが聞いた最後の言葉だった。
---◆-----------------
「……全員直ちに帰還する。各位装備を纏めてこの村を出る準備をするように」
近衛隊長が宣言する。
タウの村で一番大きな建物。
さっきまで、クリティア姫が滞在していた民家だ。
そこに僕も含めた近衛隊全員が集められていた。
「これは国の方針です。姫様が行方不明になった場合の行動指針は既にここに託されていました。ですから、命令違反は罪に問われますわ。違反した場合は、家族、親類含め全員極刑だそうです」
近衛隊長の手。
そこには、一枚の便箋が握られている。
手紙を持つ手は震え、一部がクシャクシャになっている所を見れば本人の意思ではない事は簡単に分かってしまう。
それに、本気で怒っている事も。
昨日、クリティア様の護衛が近くの畑で死体となって見つかった。
肝心のクリティア様は村中探しても姿が見つからず、民家の裏手で少し争ったような跡が見つかった。
その事実からクリティア様は攫われたと判断されていた。
「何故そんな指示があるのですか……」
「出発前に、ヴェルナー王子よりクリティア様に何かあった場合、行動の指針となるように渡されました」
信じられない。
そんな声があちこちから漏れる。
僕も信じられない。
ヴェルナー王子。
アィールさんのお兄さんで、この国の第一王子。
その人が事前に指示を出していたという事は、これは予測されていた事態だという事。
つまり、クリティア姫は攫われたとしても”それでいい”と判断されていた。という事だ。
「それは姫様が周りから忌み嫌われているせいでしょうか?」
「私が判断する事ではありません」
それを隊長は小さく首を振る。
「帝国の仕業ですよ……きっと国境を越えた隣町に連れていかれたのでしょう!」
「今すぐ追いかけましょう!今ならまだ間に合います!!」
隊員が次々に声を荒げ、宣言する。
「親、親類の命を犠牲にしてもですか?」
隊長のたった一言。
それだけで、全員が黙ってしまった。
「証拠もないのに国境を越えますか?王族を攫ったと疑いをかけ、我々だけで違う国の町へ強制的に入りますか?それは侵略行為と同義ですよ?」
ああ、なるほど。
やっと僕も理解出来た。
隊長が何故追いかけないか。
何故、本気で憤っているにも関わらず、王都に戻れと宣言するのか。
「これはもはや我々が判断していい事ではありません!もし、だれか一人でも勝手に国境を越えれば、戦争が再開する。そうなればどれだけの犠牲が出るのかわかりますか?!」
その通りだ。
もはや、助ける助けないの話ではない。
一人の勝手な行動がどれだけの被害に繋がるのか。
そんなの考えるまでもない。
そういう意味では、ヴェルナー王子の指示はこれ以上ない位正しかった。
もう、正攻法では助けられない。
それは明白だと思う。
僕は目を瞑る。
そして、沢山の人との約束を思い出す。
何をする為にここまできたのか。
そして、何をすべきなのか。
それをもう一度思い出し、ゆっくりと息を吸いそして吐き出す。
「すいません!僕はこの部隊から抜けさせて貰います!それに兵士も辞めます!!」
僕は言った。
できるだけ明るい声で。
当然、そんな事を言えば皆からの恨みの籠った視線が痛いくらいに突き刺さる。
「もう、クリティア姫は助からないでしょうし、ここにいても意味ないですからね」
僕はその視線を一瞥し、軽く笑う。
できるだけ、皆を挑発するように。
「引き際だと思います。国からも近衛隊からも見放された姫なんてもはや利用価値すらありませんからね」
僕がそう言った途端、周りからは殺気が沸き上がり、何人かは剣の柄に手を置いていた。
それに釣られるように僕も剣の柄に手を置き構える。
もう、いつ攻撃されてもおかしくない。
「いいんですか?あなた達じゃ僕の相手にもなりませんよ?」
「こいつ!!」
「やめなさいっ!!!」
隊長が一喝する。
その声のおかげで、僕に飛び掛ってくる人はいなかった。
「構いません。引き止める理由はありません。すぐに出て行ってください」
「ありがとうございます。何か手続きはいりますか?」
「……必要ありません。それよりも部外者は少しでも早く出て行って頂けるとありがたいのですが」
「はい、今出ていきますねー」
僕は出明るく答え、手をフリフリと振りながら部屋から出る。
僕が居なくなった途端、部屋からは怒声が響いてた。
きっとみんな怒っている。
でも、これでいい。
下手についてこられても、問題が大きくなるだけだから。
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「どこ行くんだ?」
僕の後ろから声がかけられた。
部屋には誰もいないはずだったのに。
「俺も行くぞ!!」
僕は空き家に戻り、荷物の準備をしていた。
それを真似るように、ルーチェも自分の荷物を纏め始める。
「……ごめん」
僕の言葉に、ルーチェの背中がピクリと跳ねる。
「ルーチェはこの村で待ってて」
「なんでだよ?!」
「今から行く所に連れて行けない。足手まといなんだ。ルーチェは実戦だと役に立たないし」
「はぁ?!!!」
「本当の事でしょ?ルーチェ人殺せないじゃん」
「出来る!」
僕の淡々とした言葉に、ルーチェは叫んで答える。
本気で怒っているのが分かる。
でも、言わなきゃいけない。
「これから行く所は必ず戦闘が起きる。そんな場所に、訓練でしか力を発揮できず、実戦だと足が震えて何もできない人間が行って何ができる?どう考えたって邪魔にしかならないでしょ」
「でも!」
酷い事を言ってる。
「正直さ……想像以上にルーチェ足手まといで困ってたんだ。前の魔物との戦闘でも動けないし良いことが無いよ。ギリギリの戦いでは本当に邪魔だよ」
「なっ……」
ルーチェはただ茫然としていた。
準備していた手を止め、反論することもなく。
それに……気がつきたくなかったけど、ルーチェの瞳には大粒の涙が溜まっていた。
「……俺の事そんな風に思ってたのかよ」
「うん。お世話になってたから言いたくなかったけど、いい機会だから本音を言わせてもらうね」
僕が言葉を紡ぐ度、ルーチェがどんどん傷ついていくのが分かる。
「戦闘においては本当に邪魔だよ」
ルーチェの目から堪えきれなくなった涙がゆっくりと頬を伝い、地面に落ちていく。
とてもシンプルで、これ以上ない位に傷つける言葉。
それを僕は、ルーチェに告げた。
他の人はどうでもいい。
ルーチェを傷つけるという行為だけは、本当に嫌だ。
心の底から苦しい。
今すぐ、嘘だと言って地面に頭をつけて謝りたいくらいに。
「この馬鹿野郎!!」
パァン!!
僕の頬を弾く音。
僕の頬を叩きルーチェは、部屋から飛び出していった。
涙を……流しながら。
……痛かった。
今までのどんな痛みよりも。
「不器用だな」
ルーチェが出て行き、誰もいなくなったはずの部屋。
気がつけばリュンヌさんが立っていた。
「でも、連れて行くわけには……いかないですから」
「あのクリティアとかいう姫を、助けに行くつもりなんだな?」
僕は頷く。
リュンヌさんの事だ。
さっき近衛隊で僕が起こした騒動もクリティア姫に起こった出来事も全部把握してるんだろう。
「だとしたら、お前の意見は正しい。ルーチェを連れていくべきではないな」
ルーチェを連れていかない理由は明白だ。
無事に帰ってこれる保証なんてない。
むしろ、無事に帰ってこれない確率の方が圧倒的に高い。
「あの一つお願いが」
「なんだ?」
「ルーチェをお願いします。もし、僕が戻らない時は……セネクスさんの所へ送り届けてください」
これは、僕を嫌っているリュンヌさんにしかお願いできないこと。
虫が良いとは思うけど、リュンヌさんならルーチェを絶対に悪いようにはしない。
「驚いた」
「え?」
「これから戦おうとしている相手は、お前一人ではまるで敵わないと自覚しているわけだな?」
僕は頷く。
自分の実力は良くわかってる。
僕の強みは一瞬の強さ。
1対1では最強でも、長期戦になればルーチェより劣る。
それが僕だ。
そんな人間が一人で敵陣に突っ込めば、冷静に考えれば命を落とすだろう。
1対1で勝てたところで、いつかは息切れをしてしまうのだから。
でも、ここは引くわけにはいかない。
ただ、僕の我儘にルーチェを巻き込む事だけはしたくない。
「なら、猶更わからない。クリティアとかいう姫は、ルーチェよりも大事な人物ではないんだろ?」
僕は即座に頷く。
考えるまでもない。
「だからこそわからない。大事な人間を悲しませ、嘘をつき、命を懸けてまで何故あのクリティアを救おうとする?お前はどちらの人間が大事か判断できない愚か者なのか?」
「……そのとおりだと思います。でも、これしかアィールさんに報いる方法が無いんです」
わかってます。
でも、命を懸けて救ってくれた人の頼みを無視できるほど……僕は大人じゃない。
それにアィールさんのお父さんやローゼルさん。
色んな人ともクリティア姫を絶対に守ると約束をしたから。
守れない約束ならするべきじゃない。
「話は聞いている。お前の中にアィールという人物がいる事も。だが、言葉すら交わせない人間の為にそこまでする価値はあるのか?」
「アィールさんは常に僕を見てますよ。だからこそ全力を尽くすんです」
「はっ、そこまでいくと狂信者だな。教祖様のいう事は絶対か?」
……言い返す言葉もない。
間違っているのは僕なんだと思う。
「……ふん、なら好きにしろ。私が今まで調べた情報は全て渡す。ただその代わり、ルーチェを何があっても巻き込むな。それは約束しろ」
「はい」
勿論だ。
何があってもルーチェだけは巻き込まない
「なぁ、お前が本当に救いたいのは誰だ?大事にしたい人間は誰だ?それだけはしっかりと考えておけ、さもないと全てを失う結果になるぞ」
「……覚えておきます」
僕は支度を終えたばかりの、自分の荷物を背負う。
一人分の荷物なのに随分と重く感じられる。
「ルーチェの事、宜しくお願いします」
僕はリュンヌさんに頭を深く下げ、部屋を後にする。
「覚悟しておけよ。お前が今から踏み込む世界は甘さなんて通用しない。少しでも甘さを見せればその代償は自身の命で払うんだ」
部屋を出ていく際に、リュンヌさんからそう投げかけられた。
僕はその言葉をしっかりと胸に刻む。
ここからは、今までとはまるで違う戦場。
そこに素人の僕一人突っ込むんだ。
自殺行為なのかもしれない。
だから、僕は自分の胸の中に宣言する。
もし、僕が無事に戻ってこられたのなら。
約束は守れた事にさせて下さい。
もう、ルーチェにあんな思いはさせたく……ないですから。
当然、それに答える声などありはしなかった。
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