第26話

「それで、おめおめと引き下がってきた訳か?!!」



豪勢な部屋を怒気をはらんだ声が小さく震わせる。


声の主は失望していた。

髪には白髪が混じり、少し痩せた印象を受ける初老の男。


その男は目の前にいる人物の無能さに頭を抱えたい気持ちで一杯だった。



「申し訳ありません……」



騎士は頭を深く下げたまま言葉を紡ぐ。

その騎士の鎧は胸の部分が大きく凹み、歪で不細工な物へと変わっていた。



「情けない。これだけの時間を費やしたにも関わらず、結局は奴隷王を追い出すことも利用することも出来ず、ただ力に屈しただけ!!騎士として十分に実力のない上にこんな事も出来ないのか!」

「……本当に言葉もありません」



その騎士は頭を上げる事すら出来ない。

目の前にいるのは、国王の次ぐ権限を持つ宰相と呼ばれる役職に就く男だった。


そんな人間から責められれば何を言っても無駄。

その事実は、騎士本人がだれよりも深く理解していた。


だからこそ、頭を下げ続け謝罪の言葉のみを口にする。


ただ、その結果は最悪。

変わらない愚鈍な姿に宰相は満足するどころか、憤りを覚える結果になってしまった。



「まあまあ、仕方のない事じゃないですか」



その二人の雰囲気とは真逆の穏やかな声。


険悪な雰囲気に割って入ったのは、優しそうな笑みを浮かべている男だった。

その男は蛇の刺繍の入ったローブを纏い、椅子に深く腰掛けている。



「適材適所という言葉があります。彼の得意な分野が異なったというだけではないでしょうか?」

「えぇ……仰られる通りだと……」



その男の言葉に押されるように、宰相は喉元まで出掛かった汚い言葉を飲み込む。

不自然なまでにその笑みを崩さない不気味な男に気押されるように。


気味が悪い。


それが、宰相の本音であった。



「司祭様のお心に感謝しろ。次は……」



宰相は慌てて騎士へ向き直す。

自らが司祭と呼んだ男の視線から逃げるように。



「ああ!少しよろしいでしょうか?」



少し大きい声が響き、騎士と宰相はビクリと肩を揺らす。



「私に妙案があるのですよ。少しお時間を頂けませんか?宰相様は国王様が邪魔。私はあの奴隷王に興味がある。その二つを叶えるいい考えが浮かんだのです」

「わ、わかりました」



宰相は騎士の前から離れ、笑みを浮かべる男の前に座りなおす。

ただ、決して居心地は良くない。


目の前に座る男。

それは心の底に潜む悪魔が具現したようにしか見えなかったから。



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「慰問ですか?」

「そうだね。僕のお願いだよ。引き受けてくれるかい?」

「ええ、構いませんが……正直意外です。ヴェルナーお兄様からそんな依頼を受けるなんて」



クリティアは驚いていた。

第一王子であるヴェルナーから命令されることはあれ、依頼を受ける事など今までの一度もなかった。


なのに突然呼び出され、”お願い”をされるとは、夢にも思ってみなかった。



「驚いている。というよりも、不思議に思っている。そんな感じだね」

「はい、お兄様は私がその……」

「好きではないと思っていた?」



クリティアは遠慮がちに頷く。

流石にクリティアは、自分が皆から嫌われている事くらいは分かっていた。


理由など無数に思いつく。


母親が違う事。

自分の振る舞いが国の意図するものではない事。


もはや理由など上げればキリがない。


なのに今回ヴェルナーから帝国との国境付近にある村を慰問しろとの依頼。

つまり民を労わって欲しいとの依頼が来たのだ。



「私はクリティアが嫌いな訳ではないよ」



ははっ。とヴェルナーは力なく笑う。

それは別の理由があるという事を示していただが、クリティアはその言葉の意味に気が付く事はない。



「正直ね、私個人としてはクリティアにはこのまま城にいて欲しいのだけれどね。それが叶わない状況になってしまってね」



ふとクリティアは、ヴェルナーの髪を見る。

綺麗に整った金髪の中に、ほんの僅かではあるが白髪が混じっていた。



「分かりました。私でよければお引き受け致します」



その様子を見たクリティアは、兄でもあるヴェルナーが苦労している事を理解する。

そして、少しでもその苦労を取り払えるのなら、と心の中で決意する。



「クリティア、この意味が分かっているのかい?」

「民を労わればよろしいのでしょう?」



戦争後、特に国境付近は荒れたとクリティアは聞いている。

国のせいで辛い経験をした民がいるのであれば、当然それは見舞われるべきだ。とクリティアは考えていた。


ただ、その答えにヴェルナーは少し失望したように大きく息を吐いていた。



「なら、一つだけ条件をつけるよ。あのフィスという青年を連れて行きなさい」

「なぜ……ですか?」

「理由は自分で考えなさい。これは兄として君の身を案じての事だよ?」



ヴェルナーの言葉がクリティアの心に影を落とす。

何故、またあの男なのか。と。



「一つだけ聞いていいでしょうか?」



クリティアはその気持ちをどうしても押さえる事が出来なかった。



「兄上はどうしてそこまでフィスという人間に肩入れするのですか?決して親しい訳でもない、それどころか今まで会った事すらなかったのに」

「どうしてだろうね?考えてみてよ。もし、理由が分かったら教えてくれると嬉しいな」



その言葉を最後に、ヴェルナー席を立ち部屋を後にする。


クリティアの心に不満が沸き上がる。

その不満を口にする前に、ヴェルナーは立ち去ってしまった。



「どうしてあんな人間を……クレセントお兄様を殺した重罪人なのに」



だれもいなくなった部屋で、クリティアはポツリと呟く。

傷一つない綺麗な拳を握りしめながら。




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「はぁ、やっと着いた」

「だなー。姫さん達から置いて行かれたと思ったら、すぐに王子からおいかけてくれと言われたからな。訳が分かんねぇよ」

「だね。でもそのおかげでルーチェとリュンヌさんと一緒にここにこれたから」



そういって、僕は背負っていた荷物を乱暴に床へ降ろす。

木製の床板がギィと悲鳴を上げる。


僕らは旅人と装ってオーランド国の国境付近の村

タウの村まで来ている。


一応、僕らが来ている事をクリティア姫の護衛隊に伝えたけど泊める場所は無いと一蹴されてしまった。


だから、村の空き家に許可を取って滞在することにした。

ボロボロの家だけど、騎士団と過ごすよりかはるかに気楽で良い。



「今までずっと思ってけどさ……」



凝った肩をほぐすように僕は肩をグルグルと回す。



「ルーチェは本当に凄いね。どうしてそれだけ重い鎧を着てすんなり動けるのさ」



正直に言ってルーチェの着ている鎧と比べれば、僕の荷物なんて大した重さじゃない。


それなのに、肩は凝るし、今すぐ横になりたいくらい疲れも残る。


でも、ルーチェは僕よりも元気に活動している。

僕の何倍も重い鎧を着こんでいるにも関わらずだ。



「ふふん、秘密は魔法だな。微妙に身体を強化しながら旅してきたからな」

「えぇ!ずっと身体強化を使ってきたの?!」



ルーチェは腕を組んで自慢げに言う。

既に上半身の鎧を脱いでいて、鎧下だけというラフな格好になっている。


鎧下は鎧が食い込まない為に厚手に作られているせいか、どことなくパジャマを連想させるので、正直全然かっこよくない。



「フィスには出来ないだろ」

「凄いよ!僕には絶対出来ない!」



素直に関心する。

僕にはひっくり返っても出来ない芸当だ。


はっきり言ってうらやましい。

威力はともかく、汎用性だけでいったら僕よりルーチェの方が遥かに優れている。


セネクスさんから魔法に関して天才だと言われていただけある。



「だろうな~。フィスには出来ないだろうな~」



ルーチェは気分が良いのか、腕を組んだまま上半身をメトロノームのように振り始める。

その様子がおかしくて、僕は何度もルーチェを褒める。


僕の意図に気が付いたのか、ルーチェの上半身の振りは徐々に大きくなり、僕もその様子見てを手を叩いて笑う。



「チッ……さっさと片付けろ」



冷たい声と共に僕らを睨めつける金髪の女性。

リュンヌさんだ。



「「はい!すいません!」」



僕とルーチェはすぐにふざけるのを辞め、荷物の整理を始める。


リュンヌさんがついてきてくれた事、これは正直ありがたい。

情報収集など僕やルーチェが持っていない技能の全てを持っているのだから。



「よし、これで大体終わりました」



荷物の整理も終わり、僕とルーチェは若草色の普段着に剣を腰に下げるといったラフな格好になっている。


リュンヌさんは短剣に部分的に補強した革鎧といういつもの出で立ちから変わっていない。



「私は少し出てる。お前たちは好きにしろ」



リュンヌさんは一人出ていく。

いつもの恒例行事だ。



「俺たちも村に出るか?」

「そうだね。村を回ろうか」



僕らは少しやらなきゃいけないことがあった。

偶然だけど、この村は全く知らない村じゃない。



「ここはタウの村だからね」



港町クランで体が腐っても尚最後の力を振り絞って僕に遺言を伝えた女性。

その女性の出身地。


その子供。

確かニトという名前の子供がここにいるはずなんだ。


その子に母親の言葉を伝えなきゃいけない。



-----



「君がニト君?」

「……なんの用だよ」



僕らは村人に尋ねて回り、やっと一人の少年に声をかける事が出来た。

拳を握りしめ、睨むようにとある場所を見つめていた少年に。



「嫌い……なの?」

「あんなやつら好きな訳ないだろ!今頃ノコノコと顔を出して!」



ニトという少年の視線には明らかな憎しみが宿ってる。


その少年の視線の先。

そこには村人に対して愛想を振りまく、クリティア姫の姿があった。



「理由を聞いてもいい?」



どうしてそんなに恨んでいるのか。

クリティア姫がこの村に何かしたとは到底思えなかった。



「あんた達は旅人だろ?なら分かるだろ。もう、この村には老人と子供しかいない。もう全て奪い取られた後なんだからな」



そういえば、この村には働き盛りの大人がいない。

疲れ切った老人と怯えるように僕やルーチェを見つめる痩せ細った子供だけ。


確かに村にある畑の殆どは荒れ、どうやって生活の糧を得ているのか不思議なくらいだった。



「母さんだって……あいつらがちゃんと対応してくれれば……」

「……母さん?」

「戦争が起きてから、国境から近いこの村は本当に悲惨だった。初めは帝国の軍に食料と動ける若い人が連れていかれた。その後は、もっと悲惨だった。この村は盗賊の恰好の餌食になって、沢山の友達、親、そして……母さんも攫われた!!」



そう言葉を紡ぐ度、ニトの表情は暗くなり、憎しみが増していくのが分かった。



「この村はただ滅ぶのを待つだけだ……なのに……今更!!」



そんな殺意にも似た少年の視線。

それに気が付く事もなくクリティアは演説を始めた。


演説の内容は、今の辛い時期を絶えれば必ず状況は改善される。

ありきたりな内容だった。


あれじゃダメだ。

僕でもわかる。


みんな冷たい目でクリティア姫を見てる。

鼓舞するどころか、逆効果でしかない。



「……出ていけ」



ニトは呟く。

クリティアの方へゆっくりと歩きながら。



「出てけよ!!何もしないで今更顔出しやがって!」



ニトは叫び、足元の石を拾いあげるとクリティアに向かって全力で投げつけた。


その石は狙い通り演説中のクリティアの頭に命中し一筋の赤い筋を作る。


その様子に村の老人達は唖然とし、近衛兵の一部はクリティアを避難させる為に連れ去っていく。

そして、その残りは我先にとニトの方へ駈けてくる。



(不味い!)



僕は咄嗟に判断する。

このままだと、ニトは間違いなく近衛兵に切り殺される。


クリティア姫を傷つけたのだ。

どんな理由があれ村人が王族を傷つけるなんて許される事じゃない。


だから、僕は誰よりも早くニトに近づき殴りつけた。

ニトは地面へと叩きつけられ、鼻血を出しながら非難と憎しみの視線を僕に向ける。



「何するんだよ!!」

「お前は誰に手を出している!!」



僕は周りに宣言するように叫び、容赦なくニトの腹を蹴り上げた。

ニトの体は小さく浮き地面へと叩きつけられる。


ニトは腹を押さえ、苦しそうに地面を転がっていた。



「お前の様な人間が怪我をさせて良い相手じゃない!!」



まだ足りない。


僕はそう判断し、ニトの背中を何度も何度も踏みつける。

近衛兵が思っている事を大声で叫びながら。


出来るだけ大げさにそして痛そうに。


そんな僕の行動に近衛兵は足を止める。

そして、周りの村人からは”やりすぎだ”という声が上がり始めた。



「やめなさい!!」



その声に僕はニトを踏みぬいていた足をピタリと止める。

クリティア姫の声だ。


クリティア姫は周りの近衛兵の静止を振り払い、顔を真っ赤に染めて僕へ向かって真っすぐ歩いてくる。


そして。


”パンッ!”


クリティア姫の掌が、僕の頬を弾いていた。



「どうしてそんな酷い事が出来るのですか?!この状況に民が不満を持つのは当然です!それを暴力でねじ伏せてどうなります!?恥を知りなさい!!」

「……すいません」

「謝る相手が違います!!もし貴方とこの子が逆の立場だとしたら貴方は我慢できますか?それでも不満を持つなと言えますか?!!」



クリティア姫は僕に侮蔑の視線を投げかけ罵倒する。

僕は反論することなく、ただクリティア姫に頭を下げていた。



「なにか申し開きはないのですか?!」



クリティア姫は汚いものを見るような目で一瞥する。

そして、頭を下げるだけの僕を見て時間の無駄だと判断したのか視線を外した。



「ごめんなさい。どうか貴方のお話しを聞かせて下さい。それと手当も」



クリティア姫は地面で咳き込むニトを支え何処かへ連れて行った。

それに続くように近衛兵達も立ち去っていく。


村人もその様子に安堵したのか、ゆっくりとその場を後にする。

僕に蔑みの視線をぶつけながら。



「あの子、無事でよかったな」

「うん……」

「フィスは優しいな……」



誰もいなくなった広場で、ルーチェだけが僕の傍に寄り添ってくれる。

僕の腕に手を絡めながら。


ルーチェの体温がじんわりと僕を温めてくれる。



「……母親の言葉、伝えられなかった」

「大丈夫。まだチャンスはあるさ」

「そうだね」



理解してくれる人が、たった一人でも傍にいる。

それがどれだけ心強い事なのか


僕はそれを思い出し、そして心の底から感謝した。

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