第21話

「これが僕に起きた全ての事です」



相変わらず僕はベットの上。

英雄と呼ばれた人との試合から、もう4日は過ぎている。


試合直後はやっぱりと言うべきか。

殆ど体は動かなかった。


けど、翌日には支えてもらえば歩ける位には回復した。

一応、今も大事を取って休養しているけど、もう体は万全だと思う。



「あやつも突飛な行動をするもんじゃの。お主の体への負担が少ないのもストンと腑に落ちたわい」

「ええ、本当に……感謝しかないです」



僕の体への負担が少ない事。

これは本来ならありえない。


当然、その疑問をセネクスさんは僕にぶつけて来た。

だから僕は僕の知るすべてを話した。


アィールさんが命を賭けて僕に残してくれたもの。

そして、僕自身がこの世界の人間ではない事。


これはきつく口止めされていた事だけど。

目の前にいる僕の大事な二人。セネクスさんとルーチェ。

二人なら心の底から信じられるから。



「しかし、お主の言った事全ては信じられん……ただ、不思議じゃて。お主を見てれば何故か嘘ではない気がするの」

「そうか?俺はむしろ納得がいったって感じだ」



二人は最初こそ驚いていた。

でも、すぐに笑って信じてくれた。



「しかし、それならもっと早くに話してくれればよかったのぅ。ワシじゃてお主に対しての扱いが変わっておったわ」

「まぁ、いいじゃねぇか。フィスは驚かせる事ばっかりするからな」

「それもそうじゃの」

「だろ?」



二人は笑い合う。

孫と爺さんの様に。


そんな二人の姿が、なんだとても嬉しかった。

やっと少し前の微笑ましい関係に戻った。って感じがする。



「でも、それならゾットさんの方が驚かされました!いきなり剣闘士から豪商の専属護衛になるなんて」



僕が寝込んでいるこの数日の間に沢山の出来事があったみたい。

その中で僕が一番驚いた出来事は、やっぱりゾットさんだ。


ゾットさんは、ルーチェを助けた時に偉い人の子供も助けたらしく、感謝の意も込めて剣闘士から護衛にスカウトされたらしい。


あれだけ強い人だもん。当然だと思う。



「……運が良かったんじゃろ。今頃酒が飲めんと怒っておるかもしれんがの」



白い髭を揺らしてセネクスさんは笑う。

そして、僕の頭にポンと手を乗せ、髪をグシャグシャと掻き乱す。



「次はお前の番じゃからな、気を抜くなよ?」

「ちょっと!」

「もう妨害は殆どないじゃろうが、絶対では無いからの。まずは自分の事に集中するんじゃ」

「わ、わかりましたよ!」



僕は体を反ってセネクスさんの手から逃れる。

なんか恨みでもあるのかな?って位、凄く力強かった。


一応、僕は病人なんだしこの扱いはちょっと乱暴な気がする。



「そうじゃ、そのゾットから贈り物じゃよ」



そう言ってセネクスさんは、ルーチェに合図を送る。

すると、ルーチェは入口に置いてあった木箱から重そうな物体を取り出し

僕に向かって放り投げる。


ぼすっ、という音と共に、その投げられた物体は僕の柔らかなベットに沈んでいた。



「剣?と……盾?」



ベットに沈んだ物体。

それは、青い鞘に収まった綺麗な剣と竜?の様な意匠が凝らされた綺麗な盾だった。




「うむ。魔力の付与された剣と盾じゃて」

「……魔力?」



その言葉を発してから僕は気が付いた。

それってアィールさんが言っていた呪術によって生み出されるって言ってた奴じゃないの?!



「これって!!」



僕の叫びに、セネクスさんは頷いていた。



「そうじゃよ、アィールがお主に告げた魔法の剣と盾じゃて」

「なんで?!」



ここにあるの!

最後まで言葉を紡ぐのを忘れてしまう位、僕は驚いていた。

魔法の武具ってアィールさんの言う通りなら人が魔法を使える人が命懸けで作る物なんだから、安い訳がない。


たださえ、普通の剣ですら高級品ってイメージがあるのに……

それに魔法が付与されたなんて、どれだけの金額になるか検討もつかない。


それが何で僕の目の前にあるのか、理解出来ない。

ゾットさんからの贈り物?まさか盗品なんじゃ?



「心配するな。アィールが残した金はほぼつぎ込んで購入したからの」



うん?アィールさんが残したお金?

初耳なんですけど?



「ゾットは売主を紹介してくれただけじゃ。まぁ感謝しとくんじゃぞ?魔法の剣と盾が売りに出されるなどまずない。紹介でもなければ間違いなく買えん」



理解に苦しむ僕を楽しむ様にセネクスさんは説明を続ける。


うん。なるほど。

凄く高級品だって事は嫌って程分かった。



「まぁ、分かりやすく言えば、ワシがアィールがお主に残した金の殆どを使っただけじゃて」

「えーー!!」



何勝手に使ってんの!

ていうか、僕そんなお金持ってたのか?



「何で相談してくれないんですか?!」



僕のお金なんだから一言位相談してくれてもいいじゃないか!

それに、アィールさんが僕にお金を残してたなんて知らなかったですよ!



「だって、お主金の価値知らんじゃろ。物の価値が分からん者に金など不要じゃよ」

「うっ……」



言い返せなかった。

確かに、僕は貨幣の価値すら知らない。


例えば、剣が具体的に幾ら位なのか。

いつも食べてるご飯がどれ位の価値なのか。


一般的な事は何も知らない。

買い物も殆どしたことがないし……。

まぁ、奴隷なんだから当たり前といえば当たり前なんだけど……。



「だから、ワシが有用に使ってやった。特に欲しい物も無かったじゃろ?」

「……はい」



理屈はその通り……かもしれない。

でも、なんか釈然としない。


確かに欲しい物も無かったし、今までは生きる事に必死だったから。

それ以外の事になんて目も向かなかった。


唯一、買い物らしい事をしたのはアィールさんから貰った剣を修理に出した時位だ。


アィールさんから貰った大事な剣。

近衛騎士達との試合で折れてしまったけど、あの剣を直しに鍛冶屋に行った事はある。


でも、もう直らないと鍛冶屋の人に言われてしまったけど。


だから、直らないのであればせめて折れた剣先を短剣に打ち直してくれと、依頼をした。


その時だって、お金の支払いから交渉のやり取りまでの全てやってくれたのは、他でもないルーチェだ。

お金だってセネクスさんが支払ったし、結局、僕はこの世界に来て一度も買い物すらしていない。




「でも、それなら遠慮せずに貰えそうですね」

「そうじゃろうの」



まぁ、いいか。

贈り物だって言われてもすんなり貰えない物だし。


それに、アィールさんからの最後の贈り物って捉え方も出来る。


正直、魔法の剣なんて物を目の前にして……ワクワクしない訳がない!



「うん!いっか!」



僕は気持ちを切り替え、ベットに沈んだ剣を手に取りゆっくりと引き抜く。

ワクワクした気持ちを必死で抑えながら。


剣はスランと金属の擦れる小気味良い音を立てていた。

音だけでも分かる。

これは……良い物だ!



「……綺麗」



もう、なんて言ったらいいかわからない。

魔法の剣は……うん。魔法の剣だった。


自分でも何言ってるか分からないけど。

僕が引き抜いた剣は刃の部分が、薄く白いオーラで覆われている。


試しに軽く手元で振るうと、その空間には白い残像が現れ、そして水に落とした絵の具の様にゆっくりと溶けていく。



「凄い……」

「うむ。魔法の剣は術者が込めた思いがそのまま力となって具現化しておる。効果は剣によって違うからの。ただ、例外なくどの剣も魔力を帯びておるから、エレメントなどの霊体にも効果はあるぞ?」



エレメント?霊体?剣に込められた思い?

何それ?

初めて聞く事ばかりだ……。



「えっと、じゃあこの剣はどんな力があるんですか?」

「ワシにも分からん。お主が使って発見するしかないの」

「えっ?」



自分の使う武器の効果が分からないって、それは不味くないかな?

結構、大きな問題だと思うんだけど……。



「前任者というか、前に持っていた方は気にしなかったんですか?」

「飾るのが目的だったそうじゃ。まったく宝の持ち腐れじゃな」



気持ちは分かる。

これだけ綺麗な剣だもの。


出来る事なら使いたくない。って気持ちは分からなくないよ。



「まぁ、魔法の剣の効果は様々じゃて。例えば、鉄の鎧を紙切れの様に切り裂く剣や重さを感じない剣。それから切った個所から治癒していく不思議な剣もあったらしいの」

「へぇ~」



本当に知らない事ばっかりだ。

今まで僕は、剣闘士として戦う事だけを考えていた。

それ以外の事なんてとてもじゃないけど、興味を持つ余裕は無かった。



「……血が出るな」



僕は魔法の剣を自分の指に押し当て軽く引いてみた。

うん。ちゃんと切れる。



「ホホッ、治癒する剣でなくて良かったの」

「ん~、治癒する剣でも良かったんですけどね」



カチリ

僕は魔法の剣を白い鞘へと収める。


嘘じゃない。

切った個所が治癒する剣なんて、存在するのであれば正直見てみたい。



「これってやっぱり凄く貴重な物なんですよね」

「そうじゃ。何度も言うがこれは金をいくら出しても買えん」



でしょうね。

こんなもの一度手に入れたら手放すはずがない。



「なら、ゾットさんにお礼を言わないとですね」

「そうじゃの。何処かで出会ったら礼を言ってやれ」

「はい」



この街では会えなくても、きっとこの世界の何処かで会えると思う。

あの人の事だから、ヒョイと現れてきっと酒でも奢れって集ってくると思う。



「さて、ワシは用事があるでな。ルーチェ少し手伝ってくれ」

「あっ……うん」

「フィス。お主はまだ安静にしとくのじゃぞ?くれぐれも剣を振るなど考えないようにな」

「は~い」



間の抜けた僕の返事。

その直後に、バタンと扉が閉まる。

セネクスさんに従う様にルーチェは部屋から出ていったのだ。


部屋に残ったのは僕一人。

窓から入る爽やかな風と鳥のさえずりしか聞こえない。


そして、僕の手元には白い鞘に入った魔法の剣。


ダメだ。

興奮しない訳がない。

魔法の剣なんて憧れそのものじゃないか。


次の瞬間、僕はベットから飛び出していた。

顔から自然と”ニィ”と笑みがこぼれてしまう。


初めてといっていい。

なんのリスクも無く夢のような異世界に触れるのは!


僕は直ぐに魔法の剣を引き抜き、訓練の型をなぞる様に剣を振っていた。

剣筋には白い残像が残り、それがまた僕を益々夢中にさせていた。





「……辛かったかの?」

「ごめん……」



フィスの部屋から少し距離のある廊下。

そこでルーチェは太陽に光が降り注ぐ中庭を眺め、その横でセネクスもまた目を細め小さな空を早足に流れていく雲を見つめていた。



「すまんの。だが、ゾットの事はフィスに知られるわけにはいかんのじゃ」

「わかってる」

「ゾットの救った評議員の娘が父親にかけあって魔法の武具を紹介してくれたんじゃ。普通ならありえん事じゃて」

「うん、本当にゾットさんは凄い人だった。あの最後だって……」



二人の間には沈黙が流れる。

ただ、爽やかな風に乗った暖かい陽気が二人を慰める様に撫でていく。



「……爺さん。頼みがある」

「いきなりじゃな。なんじゃ?」



ルーチェは、ゆっくりと目を瞑りそして決意を込めてその目を開く。



「子供達を。俺の家族を爺さんに任せていいか?」

「突然じゃな。理由を聞いてもいいかの?」

「俺はフィスに付いていきたい」



ルーチェの瞳は真っすぐにセネクスを捉えていた。

白い髭を生やした老人の姿が、ルーチェの少し潤んだ瞳に映っている。



「アィールの旦那、ゾットさん、そして他の剣闘士のみんな……沢山の人がフィスに命を繋いでる。だから俺もその思いを繋ぎたい。フィスをこれからサポートしていきたい」



ルーチェは他にも沢山の事を語っていた。

フィスがこの世界の常識はおろか金の使い方すら慣れていない事。

人を信じやすい事。

誰かがサポートしなければいけない。その理由を。


その全てをセネクスはただ黙って聞いていた。

そして、全てを聞き終え、重い口をゆっくりと開く。



「……辞めておけ」



セネクスは一言だけルーチェに告げる。



「なんでだよ?!」

「フィスの進む道は茨の道じゃ。生半可な覚悟じゃついていくことすら出来ん。お主では足手まといにしかならん」

「わかってる!」

「分かってるなら話は終わりじゃ。お主は家族と穏やかに暮らせ。もう、男のフリをする必要もないじゃろ」



セネクスは声を荒げ、不機嫌な様子でその場から立ち去ろうと歩き出す。

その瞬間、ルーチェはセネクスの行く手を遮り、地面に膝をつき頭を下げていた。


ほんの数日前に、フィスがルーチェを救う為にしたように。



「何のマネじゃ?フィスのやり方を真似すればいいとでも思っておるのか?!」

「違う!俺に魔法を教えてくれ。俺も強くなりたい。自分の身を守れる位に!」



セネクスの怒鳴り声。

それに負けない声を張り上げルーチェは懇願する。

床に額を押し付けながら。



「そんなことはワシもゾットも他の誰もが望んでおらん!」

「俺は……」



ルーチェは顔を上げセネクスの顔を見上げる。



「フィスの傍にいたい。どんな事があっても」

「はっ!家族よりも男の方が大事なのか?」

「そうだ!」



ルーチェは即答する。


その意外な答えにセネクスは驚く。

セネクスが知っているルーチェであれば家族を二の次に考えるなど到底ありえない事であったから。


しかし、それを表に出さないだけの狡猾さは持ち合わせている。



「自分勝手じゃな!残された家族の事は考えたのか?」

「考えた!」

「なら、お前は家族を捨てるのか?子供達は2度も地獄を味わうことになるんだぞ?!」

「もう、俺の気持ちは話した!ルベルとネルも理解してくれた!」



セネクスはそのまま矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

ルーチェにとって嫌な言葉を。

突かれたくない事実を。



「嘘をつけ!子供がそんなに聞き分けがいい訳がないじゃろ!」

「本当だ。勿論最初は泣いてダメだって言われた!でも、最後は納得してくれたんだ!」



ただ、その全てをルーチェは受け入れ、そして真正面から自分の意見をぶつけていく。

全ての言葉が、何度も考えたうえでの発言だと思わざる負えない位に。



「邪魔じゃ。足しか引っ張らん」

「それでも、一緒についていきたい!勿論足手まといにならないようにどんな努力だってする!」

「ダメじゃ」

「嫌だ!俺はフィスの!何を犠牲にしてもフィスの隣にいたい!」



真っすぐにセネクスを見つめるルーチェ。

その瞳には覚悟と決意が十分に見て取れる。


セネクスはその瞳を見て、もう何を言っても無駄だと悟らざる負えなかった。



「何がそこまでさせるんじゃ……まったくあいつはどれだけ人たらしなんじゃて」



セネクスそう呟き、”はぁ~~”と大きく長い溜息をついていた。



「命を落とす可能性の方が高い。二度と家族に会えるとは思わん事じゃ。覚悟しておるんだな?」



セネクスの声のトーンが変わっていた。

諦めたような、それでいてどこか安堵したような優しい声であった。



「はい!」



その問いにルーチェは間髪を入れずに答えてた。

パァと表情を明らめながら。



「……ならお主に全てを任せるでな。フィスは近い将来ここから旅立つじゃろ。それにはワシもついては行けんからの。信頼出来る人間がフィスの近くには必要なのは事実じゃ」

「じゃあ!」

「ああ、明日からここに毎日来るんじゃな。後悔する位厳しくしてやるでの。ゼノンに言って剣の稽古もつけてもらうかの」

「あ、ありがとう!!」



ルーチェはもう一度頭を床に押し付けて礼を言う。

セネクスはその姿を無視し、廊下を歩き自分の部屋へと歩き出していた。



「それはお主の役割では無かったはずなんじゃがの。これもまた……運命なのかのぅ……」



セネクスはひとり、小さく呟く。

そして、その事を頭の中から追い出すように軽く頭を振る。



「子供達の事は心配するな。ワシがなんとかしてやる。一人でも生きていける技能を叩きこんでやるわい」



セネクスは去り際にその言葉を残していく。

ただ、その背中はいつもとは違っていた。

見た目と反した真っすぐに伸びた背中ではなく、歳相応の丸く曲がった様な印象を残した背中だった。





「あの……なんていったらいいか」

「あのな?こういう時は礼を言って頭を下げるんだよ!」

「うっ!」



僕の横腹に小さな拳が埋め込まれた。

犯人はルーチェだ。


最近本当に僕への当たりが強くなっていると思う。



「完全に尻に敷かれてるの」

「はい……」



セネクスさんの言う通りだ。

僕はこの世界に関することにあまりにも無知で常識知らずだ。


そのせいなのか、ルーチェは事あるごとにこれはこうすべき。ああすべきだ。と

僕の母親の様に振る舞ってくる。

おかげで、僕は自分のお金の入った財布すら握らせてもらえない。



「女はあれくらいで丁度いいさね」

「お主に関わらせたのがワシの一番の失敗じゃて……」

「あぁ?」



ああ!まただ!

この二人。

セネクスさんとその友人の女性ベリスさん。


本当に暇さえあればこの二人はすぐ喧嘩する。

しかも、この女性のべリスさんはセネクスさん並みに魔法が扱えるから厄介な事この上ない。



「あのっ!」



僕は大きな声を上げる。



「今まで本当にありがとうございました!」



僕は頭を深く下げていた。

喧嘩の仲裁の意味も込めて。


こんな日に喧嘩なんてしてほしくない。


セネクスさんは勿論。

ベリスさんにも本当に感謝しかないのだから。



「いいんじゃよ。おぬしが気にすることではないわい」

「ほんとだね。アンタはよくやったさ」



二人の間に穏やかな雰囲気が流れる。

さっきまでの険悪な空気はあっという間に晴れていた。

それは、二人が本気で喧嘩するつもりがないからだろうけど、正直それならもっと仲良くしてほしいと思う。



「あと、魔法……使いこなせなくてすいませんでした」

「いや、お主の体はもう普通とは違うからの。仕方ない事じゃ」



セネクスさんは首を振って答える。


僕はセネクスさんから教わった普通の魔法を使うことが出来なかった。

厳密に言えば使えるのかもしれない。


ただ、なんていうか。

セネクスさんの言葉を借りれば、僕の体は魔力を使う器みたいな物が肥大しすぎていて一度魔法を使うと極大威力の物しか吐き出せず、体中の魔力を根こそぎ持って行ってしまうらしい。

範囲も威力も制御出来ない自身をも滅ぼしてしまう魔法。そんなの使える訳がなかった。


だから、外に発動せず体内で魔力を消費する強化魔法だけに特化した体になってしまった。


残念ではあるけど、仕方のない事だと思う。

ここまで生きてこれたのだから。


剣闘士として50勝を上げ、こうして街から旅立つ事が出来る犠牲だと考えれば妥当だと思う。



「それでも、2種類の魔力を同時に扱えるようになったのは凄い事じゃて」

「それは全部セネクスさんのおかげです」



ただ、僕は独力で2種類の魔力を紡ぎ強化魔法を発動出来るようになった。

それによって、体への負担の軽減や強化魔法の威力の底上げが出来るようになった。


これが人の限界だとセネクスさんは言っていたけれど。


それに、前に使った様な喜怒哀楽全ての感情を一度に魔力へと変換することなんて、独力じゃ絶対に出来ない。

その魔法を実現するには、他人の感情。

つまり魔力を他人から吸収するしかない。

それも、一人じゃなく大勢の人間から。


ただ、それをすれば過剰な魔力が体内から溢れ、数日動けない所か最悪死に至る。

僕はアィールさんのおかげでなんとか生きてるけど。


でも、今の所そんな状況が生まれる場所は、コロセウム位しか知らない。

最強だと思った僕の強化魔法も、かなり限られた制限下でしか発動できないピーキーな魔法だという事が分かった。



「おぬしは基本的に魔法を使わんほうがええ。ここぞという時だけにするんじゃぞ?」

「はい。魔力の消費が激しいからですよね」

「そうじゃ。器が大きすぎるというのも厄介じゃの」



という事らしい。

僕の魔法は、とにかく高火力の高燃費という事みたいです。



「そうそう、私からも餞別があるさね」



べリスさんが意味ありげな笑みを浮かべ、何か合図をする。

すると、一人の女性が街道の脇からスッと姿を現した。



「アンタたちは素人だろ?素人だけで旅するなんて自殺行為さね。だから私からの餞別さ」



べリスさんはその女性を手招きして呼びつける。

その女性は、光を反射する綺麗な金色の髪を短く整え

体の線がはっきりと分かる皮服を身に着けている。


腰には何本ものナイフや得体の知れない革袋が下げられている。

ただ、そのどれもが茶色などの目立たない地味な色で統一されている。


その恰好だけで、この人が今まで何をして来たのか分かる。


それに容姿ははっきり言って美人だ。

ルーチェとは違った、女性らしい美しさを纏っている。


これで、ドレスでも着ていたら何処かの令嬢と間違えても可笑しくない。



「……」



その女性は僕らの前までやってくると、プイッと顔を背ける。

その瞬間だった。



「いたっ!」



金髪の女性は小さい悲鳴を上げていた。

ガッという鈍い音共に、べリスさんの拳がその女性の頭に振り下ろされたのだ。



「アンタがそんなんだから顧客が付かないんだよ!腕は確かなんだから男嫌いの癖さっさと直しな!」

「……はい」



金髪の女性は頭を押さえながら小さく頷く。

なんだろう。

今ので分かったけど、この人絶対悪い人じゃない。



「挨拶も出来ない奴だけど、盗賊として腕は確かさ。道案内も出来るしね」



でも、正直助かる。

僕はこの世界の歩き方なんて知らないし、ルーチェだって慣れている訳がない。 

この世界を歩くのに、ちゃんと知識を持っている人がいるのは本当に心強い。



「あの!宜しくお願いします!」

「……フン」



再び、ガッという鈍い音が響く。

べリスさんの拳がまた落ちたのだ。

しかも、指輪をしているグーの拳で。



「……よろしく」



今度は金髪の女性が涙目を浮かべながら手を差し出してきた。

僕はその手をしっかりと握ることで応える。


ただ、そのすぐ後に握手した手を服で拭いていたのを僕は見逃さなかった。

まぁ、男嫌いらしいので別にいいけど。



「名前はなんて言うんですか?」

「……リュンヌ」

「僕はフィスと言います。そしてこっちがルーチェです」



僕はルーチェを紹介する。

ルーチェも簡単な自己紹介をして、手を差し出す。


何でもない簡単な挨拶だった。


ただ、リュンヌと名乗った女性は明らかに頬を赤らめて目を背け、ルーチェの手を握っていた。

なんか僕の時とは根本的に何か違う反応だった。


勿論、服で手を拭くことも無い。

……ルーチェは男装しているから男にしか見えないはずなんだけどね。



「別にいいけどね。別に……」



そういえば、ルーチェは剣の腕も魔法の取得も天才的だった。


セネクスさんから教わった魔法は、初歩的な魔法であれば全て易々と扱い。

ゼノンさんの剣の指導では、強化魔法まで身に着け楯と剣の技術すらも身に着けていた。

強化魔法で強化したルーチェと通常時の僕ではほぼ互角と言っていい位の実力を身に着けている。


ゼノンさんもセネクスさんも、ルーチェは天才だと手放しで絶賛していた。

僕は普通よりちょっと上って言われたのに……。


セネクスさんなんて、僕よりもルーチェに魔法を教えておくべきだった。と本気で後悔していた。


一応、僕も剣闘士としてトップに立ってるんだけどね……。


正直、才能では僕はルーチェに叶わない。

たぶん、守られる存在になるのも時間の問題な気もする。


本来なら僕が天才的な力を発揮して!って展開を期待していたんだけどね……


しかも、男装している姿は、男の僕から見ても本当カッコいい。

普通にイケメンだと思う。


容姿でも負け、才能でも勝てない。

……ちょっと泣きそうになる。



「どうした?」

「別に……」

「変な奴だな」



僕の嫉妬の視線に気が付いたのか、ルーチェは僕の顔を覗き込んでくる。

まぁ、ちょっと位は嫉妬してもいいよね。



「ちょっと待った!!」



突然、そんな声が遠くから響いた。

声がした方向から土煙を上げて走ってくる人影がある。

元聖騎士のゼノンさんだ。

なんか、凄い大きな木箱を抱えている。



「なんとか間に合った!」



ゼノンさんは抱えていた木箱をドン!っと下ろす。

音だけでも、すごい重さだと分かる。



「旅にも耐えられる鋼鉄製の鎧だよ。フルプレートではなく部分的な補強になっているけどね。君の助けになるはずだよ」

「え?本当ですか?」

「あ、違う、ルーチェにだ」

「えっ……?」



ゼノンさんの視線は僕……ではなくルーチェに向けられていた。



「はい!師匠!早速着てみますね」



その言葉だけで、ルーチェとゼノンさんが良い関係を築けている事が分かる。

確かに僕はゼノンさんに反抗的な態度を取っていたからね……


そりゃあ、慕ってくれる子には良くしたくなるよね。


そんな事を考えている間にも、ルーチェはゼノンさんが持ってきた鎧を体に身に着けていく。



「あの、僕のは?」

「君はいらないだろう?速さを失う防具は致命的になるって言ったのは君だ。現に魔法の盾もルーチェに譲っただろう?」

「うっ……」



そういえば、前にゼノンさんに鎧必要かって聞かれたよ。

その時は、確かに僕は速さを失うからいらないって答えたよ……


でもね。ちょっと差がありすぎると思うんです。


僕は鞘を深蒼に塗りなおした魔法の剣に皮鎧。

そして、アィールさんから初めて貰った折れた剣先を打ち直した短剣を腰に下げている。


魔法の剣を除けば、僕は遠出する村人みたいな恰好だ。


逆に、ルーチェは太陽の光を弾く意匠の凝らされた魔法の盾に特注の鎧。そして細身の剣。

まるで正騎士みたいだ。


少し長い髪を後ろで乱雑に縛ったその姿は、もう……すごくカッコいい。



なんだろ……。

なんか想像してたのと全然違うんですけど……



「君はまるで従者みたいな格好だな」

「ですよね……僕も今そう思ってました」



そんな僕に、容赦なくゼノンさんは止めを刺す。


金髪美人で男嫌いの盗賊リュンヌさん。

そして、イケメン騎士のルーチェ。

最後に、従者風の恰好をした僕。


うん、こんなはずじゃなかったんですけどね。



「でも、仕方ないね」



僕は思わず笑ってしまった。


僕は生きてここから出ていく。


奴隷としてではなく、この世界に生きる一人の人間として。

それに仲間までいる。

本当に十分じゃないか。


これ以上望むのは、ただの欲でしかない。



「では!行ってきます!」



僕はもう一度感謝を込めて皆に頭を下げ、石壁で出来た門を潜り抜ける。


太陽の光が黄色から白へと変わり、この世界を照らし始める。


僕は初めてこの異世界を旅する。

夢にまで見た異世界を。


僕が殺した大事な人。

その人が命を託して僕に願った思いを叶える為に。


それは僕がこの世界に来てから2年後の事だった。


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