第13話
手紙。
模様も飾り気も無いシンプルな紙。
僕はそこに書かれた文字を何度も読んでいる。
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体は大丈夫か?ちゃんと飯は食えているか?
きっとお前はこの手紙を読むまでに相当衰弱してるはずだ。
だから、ちゃんと食え。そしてしっかり寝ろ。
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そんな書き出しから始まる手紙は、本当に可笑しい。
母親か!?って突っ込みたくなる位だ。
でも……じんわりと心が暖かくなる。
この手紙。
アィールさんが残した手紙はもう暗記出来る位、何度も何度も繰り返し読んだ。
そこには僕の知らない沢山の事が書いてあった。
アィールさんが北国の王子だった事。
本当の名前は”フリードリヒ・クレセント”という事。
命を賭けて僕を助けたいと思った事。
そして、アィールさんが守れなかった人物。
アィールさんの妹を”助けて欲しい”と僕に願った事。
他にも色々と書いてあって……
ただ、その殆どが戦いの後の僕を心配する事ばかりだったけど。
そこには、他人に対する恨みの一つも書かれていない。
自分が死ぬと分かってて……。
どうしてここまで優しくなれるのかと思う。
この手紙を読めば読むほど、僕の心はゆっくりと暖かい何かに包まれ溶かされていく。
僕が今生きてるのも、戦う力を身につけられたのも、言葉も、文字も読めるようになったのは全てこの人のおかげ。
幸せな気持ち。
ただ、それと同時にどうしようもなく悲しい気持ちが溢れ、心を一杯にする。
これじゃあダメだ。
そう思った僕は最後に、手紙に書いてある最後の文字をゆっくりとなぞる。
”最愛の息子 フィスへ”
そう書かれた綺麗な文字を。
ズッと音を立てて鼻を吸い、僕は手紙から目を離す。
「ご迷惑おかけしました」
僕は頭を下げる
この手紙を持ってきてくれたセネクスさんに。
セヌクスさんは、僕に全てを教えてくれた。
何故あの戦いが起こったのか。
知り得る全てを。
「もういいのか?」
セネクスさんは、僕に手紙を渡してからずっと待っていた。
一言も発することなく。
「はい。これ以上クヨクヨしたら怒られちゃいます」
感謝の意味を込めて、僕は笑って見せる。
すると、セネクスさんは僕の頭をクシャクシャになるまで撫でていた。
「ほんと、お前は手がかかるよな」
傍から見ていたルーチェは腕を頭の後ろで組んで笑っていた。
僕を助けてくれたもう一人の恩人。
「ルーチェもありがとう」
「ああ、気にすんなって」
シシッ。と歯を見せてルーチェは笑う。
少年の様な恰好とは違い、その仕草は本当に愛らしい。
「さて、お前にはもう一つ朗報があるでな。おぬしには皇帝の恩赦が与えられておる。もう剣闘士として戦う必要はないぞ?」
「そうですか。じゃあ、それ辞退してください」
僕はきっぱりと答える。
皇帝からの恩赦なんて、冗談じゃない。
「はぁ?!何でだよ!!やっと剣闘士から抜け出せるじゃないか!!」
ルーチェは頭の後ろで組んでいた腕をほどき、反論する。
確かに、普通ならありえない選択かもしれない。
「ごめん、ルーチェ」
今まで心配をかけたルーチェに僕は頭を下げて謝る。
「でも、アィールさんの命を使ってここから出るのは嫌だ。それに皇帝はいつか僕が殺さなきゃいけないんだ。だから、僕は自身の力で出ていくよ」
「……恨んでおるのか?皇帝を」
「はい」
即答だ。
考えるまでも無い。
アィールさんを……僕の大切な人を、あんな目に合わせたあの皇帝。
どれだけアィールさんが辛い思いをしたか、悲しい思いをしたか……それを少しでもいいから分からせてやる。
「……そうじゃろうな」
小さな声だった。
セネクスさんは少し寂しそうな表情を浮かべ、目を細めていた。
なんでそんな顔するのか、僕には分からないけど。
「しかし、ここを出てどうするつもりじゃ?」
「アィールさんの妹に会いに行きます。約束があるので」
正直に言って皇帝は今の僕じゃ殺せない。
コロセウムで襲い掛かっても、辿り着く前に殺されると思う。
でも、大丈夫だ。
ここは異世界なんだ。
努力して、何が何でも強くなって。
何年かかろうが、国の1つや2つ落とせるようになってやる。
個人が国を越える力を持つなんてありえないかもしれない。
でも、僕の知っている異世界はそれが現実になる。
個人が国を越える力を持つ事が出来る。
そういう世界だったはずだ。
「それがいいじゃろうな」
セネクスさんも僕の意見に同意してくれた。
「ならば、ここから出るまでワシは全力でおぬしを支えよう。剣闘士共もお前に辛い思いをさせた事を反省しておるからの。頼めば協力してくれるじゃろ」
「……そうだと嬉しいんですけど」
許してくれるか分からないけど、僕は謝らなきゃいけない。
剣闘士のみんなは僕を止める為に大怪我したって聞いてるし。
「その心配は杞憂に終わるじゃろ。ほれ、挨拶にいくぞ。皆が食堂で待っておる」
「やっとかよ、待ちくたびれたぜ」
ルーチェは、急げとばかりに僕をグイグイと押していく。
「ああ!待って!!あと、一つだけ」
「なんじゃ?」
大事な事を言うの忘れてた。
僕が皆に宣言したい重要な事。
「僕は……僕の名はフィス・クレセント。これからはこの名で生きていきます」
僕は宣言する。
僕を救ってくれた大切な人の名前。
それを僕は名前に刻み、これからはあの人の息子として生きていく。
もう、元の世界に戻りたい。
そんなことは言わない。
返しても返しきれない恩を受けてしまったのだから。
だから、僕はこの繋いでもらった命を、大切な人の為に使いたい。
僕に願いを託し死んでいった人の為に。
そして、僕を支えてくれる目の前の二人の為に。
「良い名じゃな」
「俺も似合うとおもうぜ」
二人は笑って同意してくれる。
ただ、それだけの事がとても嬉しかった。
◆
剣闘士と呼ばれる人間が、命を賭けた試合をする場所コロセウム。
そこでは”化物”と呼ぶ声や考えうる限りの罵声が響いていた。
僕は相当嫌われているらしい。
暴言、罵声。
その全ては僕へと向けられている。
ここで、僕は剣闘士と戦っていた。
その勝敗は既に決している。
敵の剣闘士を圧倒し、剣を弾き飛ばし、無防備な敵の首に剣を当てているのだ。
とある一点を見つめながら。
その視線は、敵の剣闘士に向けられているのではない。
時代遅れのダサい赤い服きた人物。
皇帝へと向けられてる。
皇帝の姿を見るたびに、心がザワザワして体が震える。
僕の恩人を……大事な人を殺せと命じた恨むべき人間。
その人物が僕の視線に応えるように手を上げるだけで、歓声が止み会場が静まり返る。
僕の行為は、剣闘士が皇帝に恩赦を求める合図であった。
敵の剣闘士を殺すか、生かすか。
その判断を皇帝へと委ねているのだ。
誰も言葉を発しない、静まり返った会場。
そこで、観客の誰かがポツリと”殺せ”という声を上げる。
するとその声は、直ぐに伝播し大きな和となり会場全体へ広がっていく。
皇帝は、その民意に従う様に手を突き出し親指を下に向ける。
”殺せ”という合図だ。
僕は笑う。
そして、その全ての意に反するように、剣を下げ地面へと唾を吐き捨てる。
すると、あたりから一斉に怒声が巻き起こる。
化物に死を!!
そんな声が合唱となり盛大なオペラの様に僕に降り注ぐ。
会場から燃え上がる怒りの炎。
その怒りに応えるように僕は右手を掲げ応えてみせる。
結果は想像通りだ。
僕を”殺せ!”という声は、炎に油を加えた様に大きく燃え上がり爆発的に広がっていく。
その怒りの炎はコロセウムをこれ以上ない位大きく揺らしていた。
◆
「よう、王様」
「今日も皇帝に逆らったみたいだな?」
同じ剣闘士の仲間達がニヤニヤと笑みを浮かべながら小突いてくる。
そこに敵意は無い。
むしろ、信頼されている感じが伝わってくる。
「ええ、いつもどおりに」
僕は笑って応える。
僕には二つ名がついていた。
あの試合。
僕がアィールさんを殺した試合から、もう数十という試合を重ねている。
その試合の全てで、僕は同様の行為を繰り返している。
民意に逆らい、皇帝の威厳さえも無視した行為。
どんな民衆、いや貴族であれ、僕のような振る舞いは出来ない。
そんな僕の姿に民衆は激怒し、僕と同じ奴隷は羨望する。
虐げられる存在である奴隷が、支配階級に正面から喧嘩を売るのだ。
普通ならありえることではない。
事実、僕を殺そうと剣闘士としての戦いは激しさを増す一方だ。
ただ、その全てを僕は打ち破っている。
それも圧倒的な力を見せ付けて。
次第に民衆の怒りは畏怖へと変わり、
奴隷からは感謝、尊敬されるようになった。
そして、いつのまにか僕は奴隷達の唯一の希望となった。
皇帝でさえ、僕を従える事は出来ない。
誰の言う事も聞かず、自分の意思を力のみで押し通す。
それは、本来”王”にしか許されない特権だ。
だからこそ、僕にこの二つ名がついた。
”奴隷王”と。
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