間章1

”もっと後先考えてから行動してよ!!”

俺の妹から何度も言われた言葉。


それが今になってこんなにも重くのしかかってくるとは……


少し前の話だが、俺は帝国との戦に参加した。

王子という立場ではなく、一人の騎士として。


結果から言えば、惨敗もいいところだ。


兵は敗走を余儀なくされ、逃げる最中に追撃を受け

一人、また一人と死んでいく。


俺には、その光景が耐えられなかった。


国の為に尽くしてくれた兵士達。

彼らを見捨てられる訳がない。


そう思った時には体が動いていた。


着ていた鎧を脱ぎ去り、身を軽くし傭兵の様な出で立ちで

追撃を指揮する敵の大将へ切りかかっていた。


その結果、敵兵は追撃どころでは無くなり追撃は止んだ。

沢山の兵が命を救われたと思う。

だが、俺は捕虜になった。


命を取られないだけマシかもしれないが

正体がバレれば死んだ方がマシだと思っただろう。


もし、俺の正体がバレれば兵士達だけじゃない。

最低な取引材料とされ、領土のいくつかは帝国にもぎ取られるだろう。


そして、そこに暮らす多くの人民が重い税を強いられ、女、子供を奪われ、

貧困の果てに飢えて死んでいくだろう。


その結果、不幸になる人数は追撃で死ぬ兵士達よりも遥かに多い。


そういう事まで考えれば、俺の行動は最低だ。

最悪と言っていい。


だから、俺は喋れない傭兵フリをしただの奴隷として堕ちていった。

肩に”20”という焼印までされて。


後は奴隷らしく、切り殺されるなり、のたれ死ぬなり好きにすればいいだろう。

それが最低な行動を取った俺の末路。


そんな雑な死に方でも、正体がバレるより遥かにマシだ。


そんな俺の隣では、”19”という焼印がいれられた少年が気絶している。

少年の肌は女性のそれよりも白く。

上質な陶器の様だった。



「貴族……だったのか?」



そんな疑問が口から出てしまう。


それから間もなくして、少年は目を覚ましたらしい。

体を小さく畳み何かを喋っていた


何を言ってるのか分からない。

体は震え、頬を涙が伝っていた。


俺はまだ暖かい食事を少年の前においてやる。


本当は俺の食事だがそんなのは関係ない。

これから死ぬ俺にはもはや必要ない。


すると、少年は顔を上げ訳の分からない言葉を発してた。


なんとなく意味は分かる。

だから、俺は笑って頷いてやる。


その瞬間、少年は弾かれた様に動いていた。

素手で泣きながら目の前の貧相な食事を必死でかきこむ。


野蛮な行動だった。

王城では絶対に見ない光景。


ただ、その行動はなんだか美しかった。

生きる事に必死な姿。

これこそが人としてあるべき姿なんじゃないか?そう思ってしまう程に。


そして、一通り食べた後、変な言葉を発し頭を下げてきた。

食事の礼だと直ぐに分かった。


その瞬間、俺は確信した。

こいつとはうまくやっていける。と


だから、俺は少年の背中を叩く。


絶対にここから出て戻ってやる。

目の前の少年の様に無様に足掻いてやる。

そんな決意が出来た瞬間でもあった。





少年との生活が始まってかなりの時間が過ぎた。

毎日を共に過ごす中で、名前が無いのは不便だった。


だから、俺は少年に”フィス”という名前を与えた。


フィスという少年。

彼は正直に言って凄まじかった。


素直で実直。

そのせいか剣技などの吸収も速い。

おまけに言葉まで理解、学習し始めている。


この少年は剣闘士用の奴隷などに堕ちて良い人材ではなかった。


本来剣闘士用の奴隷というのは、役に立たない物、才能が無い者の行きつく先。

技能があったり、容姿に優れる者などは、こんな殺されてもいい場所にはこない。

別の場所に売られてしまう。


稀に、喋れないなどの理由により才能がある物も奴隷に堕ちるのだが、この少年はその中でも次元が違う。


俺の……いや他の誰よりも、知識的な素養がある。


証拠に上級役人しか使いこなせない数式を使い。

訳のわからない理論を構築、展開して見せた。


これは、もはや俺の理解を超えている。


思えば不思議な奴だ。

綺麗な均整の取れた体に、陶器の様な肌。

愛されなかった人間の姿ではない。


喋れない以外は、教育、素養、知識、全てが貴族以上に高い。

まるで神の世界から堕ちてきた天使の様に感じる時さえある。


訓練を繰り返す内に、フィスは俺の期待と想像の上をいく行動を見せ始める。


剣闘士しての試練を通過したのだ。


殺される。

どこかでそう覚悟していたが、この少年はほぼ一人の力で切り抜けた。

もちろん危ない場面はあったが、剣を持って3ヶ月の少年が

元兵士や傭兵だった男に渡り合いそして勝ったのだ。


普通に考えてあり得る事でない。


この少年を導くこと。

これが俺の使命ではないのか?

そんな風にさえ思ってしまう。


それにフィスはこの世界の住人とは思えない程優しかった。

奴隷が殺されれば、自分の事の様に傷つき涙を流していた。


ただ、この汚れた世界で生活する内に、フィスは人を殺して笑う様になった。

本当にこれでいいのか?

理由なんて分からない。

ただ、そんな不安が生まれ始めた事も事実だった。





驚いた。

というか信じられなかった。


フィスと俺は晴れて剣闘士となり

そして、フィスはついに自在に喋れるようになったのだ。


無口ではないだろうと思っていたが、滅茶苦茶喋る奴だと知った時は

少し呆れてしまったが。


まぁ、そんな事はどうでもいい。


やはり、フィスは神の国から来た人物だったのだ。

彼は”イセカイ”と呼んでいたが、それはもう俺の理解を超えている。


フィスの国。

その詳細を聞けば聞く程、”神の国”としか思えなかった。


やはり、俺は確信した。

この少年を俺の国に連れ帰り、国と人民を助ける手伝いをする事。

自分の国、いやこの世界をこの少年が過ごしてきた神の国に一歩でも近づける事。


それが俺の使命だと。


フィスは”利用するな!”と、怒るかもしれない。

恨んでくれてもいい。


だから、一言だけフィスに伝えておく。

神の国から来たことは、誰にも喋るな。と。

他の人間がこの事を知ればフィスは利用される。


人を疑わない。

この純粋な少年だからこそ。





魔法使いの老人。

セネクスと名乗る老人と俺は出会った。


彼はフィスに魔法を教え

フィスもグングンとその教えを吸収していく。


セネクスという人物。

ただ者じゃない。


強化魔法は始まりの魔法とも呼ばれ、多少であれば俺だって使える。


ただ、フィスの様に体の限界を超えてまで、使いこなすというのは異常だ。

あれは、始まりの魔法であると同時に、終わりの魔法とも呼ばれる制御が死ぬほど難しい魔法なのだ。


それを自在に扱えるようになれば、どこの国の近衛騎士だって勤められる。

それほどの魔法なのだ。


魔法とは、才能と努力は勿論、的確な指導が出来る者なしでは身につかない。


フィスの努力と才能は認める。

では、あの老人。

彼はいったい何者なんだろうか?


ただ、その疑問は直ぐに晴れた。

主に俺のせいで。


俺は試合でフィスを守るために魔法を使った。


当然、セネクスの爺さんはそれを見逃さなかった。

魔法というのは基本的に奴隷が使えるものではない。


資金的な余裕、素養、知識のある師が揃ってこそ、身につけられる

技術の塊なのだ。


当然、それが使えるという事はそれだけの地位にいた。という事になる。

誤魔化せる訳がない。


だから俺は自分の全てを話した。

北の国オーランドの第3皇子である事。

名前は”アィール”ではなく、”フリードリヒ・クレセント”だと。


そして、魔法使いの老人もまた、自己を明かしてくれた。

彼は”雷神”の二つ名で呼ばれる大魔術師だったのだ。


生ける伝説。


彼は魔法使いとして一流なだけでなく。


兵器、医学、建築など様々な分野で一流の知識を持ち。

この世界の文明を1歩も2歩も前に進めたと言われる偉人だ。


当然、なぜこんな所にいるのか?という疑問をぶつけたが

”おぬしだってそうじゃろ?”という言葉でお互い笑いあってしまった。


その通りだ。

理由なんてどうでもいい。

彼は俺の身分を明かさない事。

明かせば不幸になる人間が増える事を即座に理解してくれた。


そして俺が魔法を使える理由は、自分の弟子だと言えばいいと理由までくれた。


この爺さんは信頼に足る人物だという事が分かった。

それだけで、十分だった。





俺はまたやってしまった。

いや、自分の能力って奴を計り間違えていた。

ただ、それだけだ。


俺は沢山の人間を救いたいと思ってきた。

そして、救うだけの実力があると自負していた。

でも、それは間違いだった。


人は万能ではない。

多くの人間を助けようとすれば、違う所から必ず零れてしまう。


個人が助けられる人数なんて最初から決まっている。

両の手に納まる人間だけだと。


たったそれだけの人間を救う為に、誰もが必死に努力し

厳しいことを受け入れ、辛いことを我慢し、全てを賭ける。


そんな当たり前の事を俺は今まで気が付かなかった。

一人の人間が、国を……沢山の人民を救う?

そんなのはただの思い上がりだ。


だが、ギリギリだが俺は気付いた。


俺は誰を救いたい?

命を賭けてでも救いたい人物。


それは、2人いる。


一人は俺と常に行動してきたフィス。


あいつは、もう俺の息子だ。

親の俺より良くできた自慢の息子。


近衛騎士の隊長にすら勝ったんだ。


今でも信じられない。

国の中でもトップクラスの剣技を持つ人物しかなれない近衛騎士隊長にアイツは勝ったんだ。


もう、何処へ出したって自慢しかない。


そして、願うならばもう一人。

俺の妹を助けたい。


腹違いの妹で、国から邪険に扱われているが根は優しいやつだ。


これから俺の国はまだ大きな動乱に巻き込まれるだろう。

父や兄はどんな結果になろうが、受け入れる責任がある。


ただ、あいつは違う。


色んな人間から邪険に扱われ、良い思いなんてしてない。

それなのに、王族として動乱に巻き込まれるのか?


それはあまりにも酷い。

出来る事なら、助けてやりたい。


でも、それは俺では叶わない。


だから、俺の一番信頼出来る人物に託そうと思う。


重荷になるって断るかもしれない。


でも、何故だろうか……

俺の一番信頼できる人物はきっと喜んで引き受け、やり遂げてくれる。

そんな確信があった。


なんて言ったって、俺の唯一の自慢だ。

神の国から来た最高の息子フィス。


アイツに任せれば、きっと万事上手くいく。


だから、俺は命を賭ける。

そして大事な者の命を繋ぐ。


それが、俺が生きてきた意味であり理由だと。

心の底から思ってしまった。

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