第4話




「ここが僕達の部屋になるんですか?!」



僕は思わず叫んでしまった。

ここは、石の地面に簡易なベットが左右に2つ並んだ狭い部屋。

僕とアィールさんはこの部屋に住む事になった。


今までの地面の上で星を見ながら毛布を被ったり、雨露だけをしのぐ

テントの下で暮らす日々に比べれば、それはもう……


天と地、いや動物園の檻と刑務所くらいの違いがある。

動物から人になれた位の大きな違いなのだ!



「ああ、そうだが……」



ただ、アィールさんはそんな僕を見て困惑している。

その、理由は分かってる。



「ええ!今まで喋れなかったですからね!これからガシガシ喋りますよ!」



僕が良く喋るのだ。

とにかく暇さえあれば喋っていた。


たぶん……反動だ。

今まで喋れなかった反動が一気に出たのだ。



「変わってるな。お前」



アィールさんは苦笑していた。

僕がこうやって流暢に喋れるようになったのは、ある日突然特別な力に目覚めた訳ではない。


あの日。

アィールさんと僕が大剣使いの男を殺し、剣闘士として認められた日。

そこから僕らの生活は一変した。


まず、僕が何も告げられず強制的に連行された地獄の様な場所から今いるこの場所に数か月かかって移動した。

アィールさんいわくここは王都らしい。

といっても、コロセウムと呼ばれる殺し合いをするこの施設に入れられ

一歩も外に出ていないので、なんの実感もわかないけど。


ただ、ここまで移動するにに鎖などに繋がれる事は無く食事も潤沢に与えられていた。

あの塩味だけのスープやボソボソのパンではない。

強い塩味の干し肉や果実、少し硬いフランスパンの様な物まで与えられたのだ。


一応、逃亡を警戒しているのか見張り役こそ数人いるものの、檻の中に入れられ強制連行された時と比べれば雲泥の差だった。


それに、ここに来るまでの間基本的に殆どの時間を移動に費やした。

毎日欠かさず行っていた剣の稽古は最低限しか出来なかったけど、その代わり思う存分言葉を勉強できた。

暇だったのか、アィールさんも熱心に付き合ってくれた。


元々、言葉を聴く事は出来たので言葉の下地は出来上がっていた。

そのおかげが、集中して単語を覚えていけば日に日に話す内容や量も増えていった。

そして、王都に到着する頃にはもう十分に話すことができるようになったのだ。


特別な力でもなんでもない。

しいていうなら、異世界留学の効果が現われたって感じだ。


海外に一人で放り出されて、周りの人間が英語しか使わずその中で半年も生活すれば

地獄を見るが誰だって英語位マスターするはずだ。


ただ、留学した場所は海外でなく、異世界だった。

それだけだ。



「ああ、食事も朝夜は出るぞ。好きなだけ食べて良い」

「ホントですか?!」



ちょっと興奮する。

決められた分量じゃない。

好 き な だ け 食べていいなんて、考えられない。

少なくとも僕がここに。

この世界に来てからお腹いっぱい食べたことなど一度も無い。



「フィス……お前剣闘士がどういう存在か知らないのか?」

「何がですか?」

「あー、そうだったな。お前は特別だった」



”特別だった”

アィールさんがそう言われるのは、僕が全てを話したせいだ。


僕が異世界から来た事。

言葉も通じなくて、奴隷にされた事。

僕が住んでいた世界はこの世界よりはるかに文明が進んでいる事。

僕の知りうる全てを。


アィールさんは初めこそ驚いていたが、意外にもすんなり信じてくれた。

ただ、同時に絶対に他の人間には喋るな。とも念を押されたけど。


だから、アィールさんは僕に対して一から説明してくれる。

どんな些細な事、常識的な事でも。



「いいか、剣闘士って言うのは」



ただ、アィールさんの話は長い。

ありがたいけど、ちょっとめんどくさいなぁ。と、心の中だけで思っておく。


アィールさんの長~い話を要約すると、剣闘士というのは民衆最大の娯楽であると同時にステータスでもあるらしい。

強い剣闘士はそれだけで、子供、女問わず人気があるとの事だ。


子供は王族よりも剣闘士に憧れ、女は貴族よりも剣闘士に惹かれる。

というのは有名な言葉らしい。

中にはモテる為にわざと奴隷になり剣闘士を目指す酔狂な人間もいる位だと。


まぁ、剣闘士とはアイドル的な存在?とでも理解しておく。


ただ、驚いたのは強い剣闘士になると町を自由に歩く権利も与えられる上に、試合に勝てばお金も支給されるらしい。


もちろん、その金で自身を買い戻す事も出来るのだが、そんな剣闘士はあまりいないそうだ。


基本的には、剣闘士は奴隷だ。


ただ、普通の奴隷の様に厳しい労働を課されることは絶対に無いらしい。

試合に勝ち続ける限りは剣闘士は奴隷でありながら、下手な貴族よりも豪快な生活が出来るからだと、アィールさんは言ってた。


「そして剣闘士の証がそのタグだ」

「へぇ~、そうなんですね」



僕は、一通り話を聞いて適当に相槌を打つ。

あんまり実感がわかない。それが僕の感想だった。


唯一変わった事といえば、足につけられた鎖が無くなり、ネックレスの様な首から下げる銀色のタグを身に着けるように言われたくらいだ。



「なんだ興味ないのか」

「いえ、そういう訳じゃないんですが」

「なんだ?」

「剣闘士になったって事は、これから毎日殺し合いをする訳でしょ?僕はアィールさんみたいに強くない……」



そんなことよりも明日があるのか。

次の試合で生き残れるのか。


僕はそっちの方が切実な問題であり、一番の心配事だった。


剣闘士は常に人が足りていないって前に説明したのはアィールさんだ。

今言った豪華な暮らしが出来るのはあくまで”勝ち続けた”一部の剣闘士だけだ。



「フィス。お前は一つ勘違いしている。剣闘士は毎日試合をする訳じゃないぞ?奴隷達の殺し合いなら毎日行われるが、剣闘士は別だ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、7日毎に行われる。それも同じ方位の者から数名だけだ。毎日開催されれば剣闘士などすぐにいなくなる、言っただろ?剣闘士は憧れの職業でもあると」



その言葉に僕はホッとする。

けど分からない事もある。



「”ほうい”ってなんですか?」

「あー、そうだな。いい機会だついてこい」



よく分からない。

けど、アィールさんが言うなら特に問題は無い。

僕はアィールさんに従う。そこに例外はないのだから。





「食堂……ですか?」

「そうだ」

 


訳が分からない。

”ほうい”とは何か?

それを尋ねて連れてこられた場所が食堂だった。



「二人分くれるか?」



アィールさんは食事の注文をする。

僕の疑問などお構いなし。といった感じだ。



「あいよ」



気のよい返事と共に現れる湯気の上がる食事。

運んできたのは、恰幅のいいおばちゃんだった。



「おかわりしたかったら皿持ってくるんだよ。割ったら自分で皿用意して持ってきな!」

「あ、ありがとうございます!!」



僕は体を二つに折りたたんで、お礼を言う。

シチューのようなゴロゴロとした野菜が沢山入ったスープに、白い柔らかそうなパン。

見ただけで分かる。


ご 馳 走 だ。


異世界に来てから初めての文化的食事と言って良い!

これで、お礼を言わないなんて罰が当たる。



「えっ……?」

「あの……僕は何か失礼な事したでしょうか……?」



何故か呆けているおばさんに、恐る恐る聞いてみる。

僕はこの世界の常識を知らない。

だから、知らず知らずのうちに失礼な事をしてしまう可能性があるのだ。

もし、それがあるなら今後の為にも早く潰しておきたい。



「あなた……剣闘士なの?」

「はい、今日からお世話になります」



信じられない。といった感じでおばさんは言う。

僕も同じだ。

信じられない。


その直後、僕の背後で笑いが巻き起こる。


笑い声を上げたのは、先に食堂で飯を食べていた男達であった。

男達は例外なく首からペンダントを下げている。

つまり僕達の先輩達。という事なんだろう。



「おいおい、新人さんよ~。いきなり情夫連れてくるなんて、良い度胸してるじゃねぇか」



ああ、これは僕でも分かる。

見下すような下品な声。

馬鹿にされているのだ。



「情夫じゃない。こいつは剣闘士だ」



ムッとした様子でアィールさんが言う。



「こいつがぁ~?」



ワザとらしく驚き、一人の顔の赤い男は僕の方へと歩いてい来る。

足取りはフラフラ。

相当酔っているのだろう。



「ガキ、お前何人の奴隷と寝たんだ??」



酒臭い!

僕は顔を背けたくなるのを必死で堪える。

ただ、今この人が言ったこと。

そのことについて、僕は聞かなきゃいけない事がある。



「あの!ジョウフって何ですか?」



それは分からない言葉があったら聞くこと。

僕がこの数ヶ月で学んだ生きる為に必要な知恵なんだ。


喋れるのと喋れないのでは、この世界での生存率はまるで違う。

それを僕は毎日嫌というほど、実感しながら生きてきた。



「はぁ?」

「ごめんなさい。僕は言葉を覚えたばかりで意味を知らないんです」

「なんだ?こいつ?」



僕は丁寧に頭を下げる。

その僕の行動に、毒気を抜かれたのか酔っぱらった男は困ったように立ち尽くしていた。



「ははっ、辞めとけ。ディーンお前の負けだ」



食堂の奥にある一番広い場所に座っている男。

その男が声を上げ、ディーンと呼ばれた男を制止する。



「あぁ?こいつらに礼儀を叩きこまねぇといけねぇだろ?」

「ディーン。お前いつから俺に口答えできる様になったんだ?」



男は声のトーンを落として答える。

ただ、それだけで食堂の温度が下がった気がする。



「……チッ、面白くねぇ。飲み直しだ」



ビクリと体を揺らし、ディーンと呼ばれた男は離れていく。

席に戻れば仲間達からやいやいと茶化されている様であった。



「おい、新人達。こっちへこい」



ディーンという酔っ払いを止めた男。

その男が僕達を呼んでいる。


なんていうか、偉そう?

……いや違う。

強い。


ただ座っているだけなのに、それが分かる。

間違いなく僕では、天地がひっくり返っても勝てない。


こないだまで初対面の人が強いかどうかなんて考えて事もなかったのに

今なら分かる。


肌や感覚で感じ取る事が出来る。

この人は強いと。

 


「逆らわない方がいいよ……あいつはここの方位で一番偉いやつだよ」



食事を出してくれたおばさんが僕に小声で忠告する。

相変わらず”ほうい”という言葉分からないが心配してくれるのは分かった。



「ありがとう、おばさん」



僕はお礼をする。

人の善意はやっぱり良い物だ。



「なぁ、お前たちは誰の許可を得て飯を貰ってんだ?」



指示通りに一番奥の席へとやってきたアィールさんと僕を男が睨む。

男は右目に大きな剣傷刻まれており、半分位しか開いていない。

その目に睨まれただけで、僕は何も言う事が出来なかった。



「すまない。アンタが長だとは知らなくてな、今回の無礼は俺のミスだ。許してくれ」



アィールさんは頭を下げる。

反論も何もせす、ただ従う様に。


事前に言われていた訳でもないのに、食堂に来たらまず目の前の男に挨拶する。

そんな事分かる訳がない。


文句の一つも言いたくなる。

でも、それをここで言ってはいけないし、言う力もない。



「……お前は物分かりが良いようだから、要件だけを言おう。お前らをこの北位の一員として認める訳にはいかない。まずは実力を示してもらう」

「わかった。方法は?」

「次の南位との試合に出てもらう。日程は4日後だ」

「俺だけか?」

「その小僧も一緒だ。丁度2対2の試合がある」

「それに勝てばいいんだな」

「負けてもいいぞ?死者として弔ってやる位はしてやる」

「その時は丁重に扱ってくれ。こう見えて爵位を持ってるんでな」



アィールさんの言葉に、周りからはドッと笑いが巻き起こっていた。

何が面白いのかまるで分からないけど、一応僕も笑っておく。

完全な愛想笑いだ。



「貴族だろうが、王族だろうが強い奴はどんな奴でも歓迎だ。逆はわかるな?」

「ああ」



僕らを呼びつけた偉そうな男は、気を良くしたのか大分フランクになっている。


アィールさんも話は終わりだとばかりに男の前から離れていく。


ちょっと待って。

僕が黙っている間に、なんか重要な事がたくさん決まった気がする。



「あ、あの!」



慌てて、僕はアィールさんを追いかける



「なんだ、フィス」

「いきなり試合って……それに、”ほくい”とか、”なんい”って結局なんなんですか?!」

「あっ……」



しまった。って顔に出てるよアィールさん!


やっぱり。

というか絶対に忘れてたでしょ!

 



アィールさんの説明はやっぱり長い

”ほうい”とは何か?という説明をするだけで、こんなに時間がかかるとは思わなかった。


方位っていうのは、簡単に言えば僕達が所属するチーム名みたいな物だ。


剣闘士たちは基本的にこの場所。

コロセウムという殺し合いをする会場に住む。


ただ、様々な催し物が行われるコロセウムは広く、居住区画だけでも東西南北の4つに分けられている。


ここに来た剣闘士はまず東西南北の4つの居住区画に割り分けられる。


同じ区画で仲間を作り、一つのチームとなる。

そのチームの呼び名が”方位”だ。


方位は東西南北の4つの呼び名があり、基本的に振り分けられる方位は奴隷達が連れてこられた場所を表す物でもあるらしい。


数の調整があるらしいので、100%とはいかないがほぼ同郷の者が集まるらしい。


僕とアィールさんは北の方から来た為、同じ”北位”に割り振られた。


なんでそんなめんどくさい事をするのだろう?ってアィールさんに聞いたら

これがまた長かった。


”色々なメリットがある”という言葉から始まった説明を纏めると。


観客はいずれかの方位のファンになる。    

すると、その方位を贔屓し他の観客と競いあう。

その結果、応援にも熱が入り集客につながる。


また、チームで生活させ剣闘士達の間に情を育ませた方が試合が格段に面白くなる。らしい。


情が沸いた仲間を命を賭けて庇ったり、仲間が殺され心の底より怒るなど、剣闘士の本気の感情が見られ、それが観客に大いにウケるのだそうだ。


最低だと思うけど、この世界ではそれが当たり前だ。

人の壮絶な死を見て喜ぶ。

それが異常だと思う事はない。

この世界の常識とはそういう物なのだから。


なんか他にもいろいろと言っていたが、僕が理解しようとしたのはここまでだ。

後は適当に聞き流した。

流石に悪いので、心の中でアィールさんにはちゃんと謝っておいたけど。


その後、アィールさんはすぐに”やることがある”とか言って出て行ってしまった。

そんなに忙しいならもっと説明を少なくしてくれて構わないのに。と思ったけどそれは心の中にしまっておく。



ただ、部屋で一人になった僕はやることも無くなったので、この広い施設内を一人で見学することにした。



「暗いなぁ」



もうすっかりと日は暮れ、月明りだけが唯一の光源。

廊下の石壁が月明りで薄く光る姿は幻想的ではあるんだけど……情緒の無い蛍光灯の光の方が僕は恋しい。


そう。

ああやって、チカチカ光る切れかけの蛍光灯とか……



「えっ?」



目をゴシゴシと擦りして何度も確認する。

うん!間違いない!


ちょっと先にある部屋から明かりが強くなったり弱くなったりを高速で繰り返してる。

切れる直前の蛍光灯みたいに!!


そう思った時には、もう僕の体は動いていた。


あの部屋は、もしかしたら……

元の世界に!!



「……凄い」



結論から言って、その部屋は元の世界では無かった。

だけど、初めて見るちゃんとした異世界がそこにあった。


一人の老人が、手から雷を出し辺りを照らしていたのだ。

バチバチと鳴る雷をペットのように扱っている老人の姿。

それは僕の想像する異世界そのものでもあった。



「どうやって忍び込んだのかは聞かん……ここは子供の来るところじゃない。見つかる前にさっさと帰るんじゃな」



バチッっという音を最後に雷は消える。

辺りは急激に暗くなり、ろうそくの光がぼんやりと影を作る程度になってしまった。



「あの!今の魔法ですか?」



僕は今魔法を出していた老人。いや、おじいさんに全速で詰め寄る。

興奮しない訳が無かった。



「何度も言わせるな!ここは人殺しの住まいじゃ!!子供が……」



声を荒げ怒るおじいさん。

ただその怒りは僕の顔を見た途端、ゆっくりと消えていった。

正確には僕の顔じゃない。

首だ。



「……おぬし、剣闘士なのか?」



ああ、納得した。

おじいさんは、僕の首から下げたペンダントを見たのだ。

剣闘士である証のペンダントを。



「はい、今日からここでお世話になります」



僕は丁寧にお辞儀する。

今日は沢山頭を下げてる気がするけど、ここに来た初日だし仕方ないと思う。



「意外じゃな……初めて見るタイプじゃ」



老人は目を細め僕を見る。

いやいや、そんな見つめられても。

僕はそんな意外な顔はしてないはず……だよ?



「いやいや、すまんな。で、何か用か?」

「あの!僕に魔法を教えてください!!」

「……素養の無いものに、理解出来るものではないぞ?」



おお!

好感触だ!

いきなり殴られたり蹴られたりしない。これは絶対に手ごたえありだ。



「構いません!話だけでも聞きたいんです!!」



もう、なりふり構ってられない。

僕は土下座する。

魔法は昔からの憧れでもあるし、力のない僕には今何よりも欲しい魅力的な力なんだ。



「どうかお願いします!!!」



僕は床に頭をこすり付けながら叫んでいた。

その様子に、目の前のおじいさんは若干引いていたけど。

そんなの知ったこっちゃない!



「はぁ……理解できるとは思えんがの、まぁいい。これも何かの縁じゃ。話して理解出来なければ諦めるんじゃぞ?」

「はい!!」



やった!!やっとだ!!

辛酸を嘗め尽くした異世界はもういい。

今まで夢にまで見た魔法を使える可能性がある!

テンションが上がらない訳がない!






「という訳じゃ。魔法というのは体内にある力。感情を呼び起こすのにも使われる大小はあれど本来生き物であれば誰もが持っている力なのじゃ」

「はい……感情がある生き物であれば誰でも魔力を呼び出せる事は理解しました」



目の前にいる魔法使いの老人。

それはもう、一度喋ると止まらない元気なおじいさんで、自分のことを”セネクス”と名乗っていた。

セネクスさんは僕に魔法について沢山話をしてくれた。

魔法の成り立ちにとかに関しては殆ど分からなかったけど。

分かったふりは出来た。


アィールさんのおかげで長い話を適当に聞くスキルは鍛えられていたから。


ただ、魔法という存在は意外な物だった。

魔法とは僕も含めた感情のある生き物であれば誰もが使える力らしいのだ。

本当はなんていうか……選ばれた人とか。

ルーンとか呼ばれる古代語とかを駆使して使う物を期待してたんだけど……



「でも、一つ疑問があります。生き物であれば誰しも魔法が使えるというのなら、私の国では誰も魔法が使えません。それは何故なのでしょうか?」



僕は素直な疑問を口にする。

あくまでだが、セネクスさんに僕の世界の事を詳しく話していない。

アィールさんに口止めされていたので、あくまで遠い遠い東の国。という嘘をついておいた。



「ふむ、面倒じゃな……」



セネクスさんは、呟き、僕の頭に手を当てる。

そして、僕に手を前に突き出すように指示を出す。



「はい」



僕は言われた通りにする。

すると、何故かイライラした様な、バカにされている様な感情が湧き上がってくる……ような気がした。

そのイライラが最高潮に達した瞬間。


”ボッ”という音と共に、僕の手から小さな炎が出た。



「うわぁ!!」



いきなりだ。

初めての魔法がこんな意外な形で実現されるとは思わなかった。



「ふむ、才能は”並み”か、それよりちょっと上くらいじゃな」



ポツリとセネクスさんは言う。

明らかに魔法の才能の話だよね。

普通の異世界転移だったら、”天才”だとか、計り知れない才能とか言われる……と思うよ。


まぁ、この世界で想像通り上手くいったなんてなど一度も無いんだけど。



「さて、おぬしが魔法を使ったとき、何か感じなかったか?」

「えっと……なんかだかイライラした馬鹿にされているような感情が湧き出てきました」



不思議な感覚だった。

別に何もしてないのに、感情だけが湧き出てくるような感覚。



「うむ、その通りじゃ。それが魔力。怒りと炎、しいては破壊の魔法は、根源が似ておるからな。そう感じるのじゃろ。それに、怒りで我を忘れる。という状況は、魔力が過剰にあふれ出し暴走している状況でもある。その時の炎や破壊の魔法を使うと普段よりも格段に威力の高い魔法が放てるぞ?」



いまいち分からない。

どうして感情が魔力?しいては、魔法に繋がるのか。



「ピンとこぬか。ではもっと分かりやすい”魔法”をかけてやろう」



セネクスさんは、再び僕の頭に手を当てる。


今度はワクワクした感じ、待ちきれない焦燥感。そんな気持ちが溢れてくる。

この感情……これが魔力なのかな?



「これは?」

「始まりの魔法じゃ。筋力や反応速度など体の身体機能が増加しておる。この魔法とは違うが、死に直面した時に、痛みを感じなくなったり、普段より強い力が出たなんて事おぬしも経験あるじゃろ?基本的にはそれと同じじゃ」



ああ、そういう事か。

好きなゲームを買った夜。疲れも知らず余裕で徹夜出来た。

楽しみな旅行の前、寝なくても全力で遊べた。


つまり、感情が肉体を強化している。という事だ。

そして、その感情は魔力によって生み出される。


うん。なんとなくだけど、魔力というものが理解できた。



「うむ。では、少しジャンプしてみろ」

「はい!!」



僕は言われたとおり実行する。



「ぐぇ!!!」



ゴンという音が部屋一面に響いた。

滅茶苦茶痛い!!

あまりの痛みに頭を抱えしゃがみこむ。


僕は軽くジャンプした……つもりだった。

ただ、それだけで天井に頭をぶつけた。

というか天井を突き破る位の勢いになった。

当然天井は硬く、その反動の全ては僕の頭に帰ってきたけど。



「魔力の制御が出来ておらんからそうなる。おぬしはこれを使える様になれ。詳しい説明はその後じゃな。これは人間が無意識的に持っておる力を無理やり引き出す魔法じゃ。全ての魔法はここから始まったとされておる。それゆえ”始まりの魔法”という訳じゃ」



しゃがみこむ僕をセネクスさんは満足そう見ていた。

絶対だ。間違いない。

この結果、予測してたよ。この人……。



「まずはこの魔法を使いこなせなければ話は始まらん。まずはそこからじゃな」

「……はい」



痛みに耐えながら僕は頷く。

ちょっと意地悪だけど、セネクスさんのいう事は確かに理には適ってる。

それに、ここは僕の想像してた異世界とは違うんだ。


力も地位も、命だって自分でつかみ取らないといけない厳しい世界なんだ。


魔法を教えてくれたって事は僕に素養があるって認めてくれたって事だし。

その期待に応えない訳にはいかない!



「精一杯、全てをかけて頑張ります!」



僕は宣言する。

せネクスさんはそんな僕を見て面白そうに笑っていた。

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