第5話

「おいおい、何してんだ?」

「アィール……さん……魔法……辛い……」

「はぁ?!」



僕は部屋の簡素なベットの上で答える。

それで精一杯だった。


全身が軋む様に痛み、生命活動以外の気力がごっそり奪われた感じだ。


何故皆が魔法を使えないか。

それは簡単に理解した。


まず、魔力の感覚。

あれは誰かに教えてもらわない限り絶対に出来ない。

なんていうか魔力を操作するという概念が説明出来るような物ではないのだ。


現代の知識で無理矢理例えるなら……そう、インターネット接続みたいなものだ。


原理や仕組みなんてわからないけど、一度繋いでしまえばもうそのまま。

ちょっとした手順で使用できるようになる。


魔法使いの老人であるセネクスさんに、無理やり魔法を使わせて貰った。


だから、もう魔法は使える。


でも、原理なんてまったくわからない。

ただ使えるようになっただけだ。


それに、魔法の習得の難しさはそこだけじゃない。

魔法は精神を使い切る。

無理やり体から魔力を引き出すのだ。


魔力を引き出すという行為は、いきなり”限界まで怒れ。”とか”心躍るくらいワクワクしろ”と言われている様な物なのだ。


しかも、演技では無く”本気”で。

それが非常に精神を消費するのだ。


昔、アィールさんは貴族か王族などしか魔法が使えないと言っていたがそれは本当だと思う。


今の僕では魔力の制御が出来ず、一度魔法を使えば最後。

体内の全ての魔力を吐き出し、動く事さえままならなくなる。


この部屋にだって文字通り地面を這って帰ってきた位なんだから。

たった一度。

はじまりの魔法と呼ばれた、強化魔法を使っただけなのに。


よっぽど裕福じゃなければ、魔法の習得なんて不可能だ。

魔法の練習をしたら一日終了。

そんな生活一般市民に送れる訳がない。



「なんで片言に戻ってるんだ?それよりこれを受け取れ」



アィールさんは僕に向かって何かを投げる。

当然、今の僕がそれを受け取れるわけが無く。



「あいた!」



投げられた硬い物が頭にぶつかり地面へ落ちる。


……かなり痛かった。

おまけに、アィールさんの”何してんだ?”という溜息まで追加されて。



「いきなり投げなくても……」



僕は聞こえない様に小さく文句を言いながら頭に当たった物体をゆっくりと手に取る。

それは青い綺麗な鞘に入った剣だった。



「それはお前用にカスタマイズしてある。刀身も通常よりも短く、軽く、振りやすくしてある鋼の剣だ。4日後の試合用までには慣れておけよ」

「え?えーー!!!」



いきなり何言ってるんですかアィールさん!!

剣って安くないよ!!

奴隷の時に鉄剣を壊して殺された人いたじゃないですか!!



「お、お金は?」

「借りた。出世払いでな」



待ってよ!そんなお金返せないよ!

どうしよう。あの食堂のおばちゃんに頼んでアルバイトさせて貰おうか。

あ、でも、それじゃあいつ返せるか……



「ど、どうやって返すんですか?!」

「決まってるだろ?試合に勝ってだよ。忘れたのか?試合に勝てば金が入るって話したろ?」

「ああ、そういえば!!」



そこまで聞いてやっと思い出した。

剣闘士は試合に勝てばお金を貰えるのだ。



「まぁ、ここのシステムは良く出来てるんだよ。毎日戦うわけじゃない。7日に一度だ。それに同じ方位内であれば、誰が出てもいい。ただな、そうすると戦わない剣闘士なんてもんが出来上がっちまう」



あぁ……またアィールさんの長い話が始まってしまった。

一度語りだすと、止まらない。



「それを防ぐ為に、90日に1回は強制的に試合に出させられる。ただ、そうすると今度は90日に1回しか試合に出ない奴が大勢出てくる」



それは分かるよ。

僕だって出来るなら試合したくないし。

戦わなきゃいけないなら、最小限にしたい。



「だから、勝者には金を渡すんだ。それも結構な額のな。金があれば、上手い飯、酒、女、全てが買える。その欲の為に剣闘士は自ら進んで殺しあうって訳だ」



アィールさんは話は終わり。とばかりに簡素なベットに腰を下ろす。

意外な事にアィールさんの話はこれで終わりらしい。

うん、いつもこれくらいにしてくれると嬉しいよね。



「でも、よくお金貸してくれましたね」

「ああ、それは簡単だ。剣闘士の中でもやっぱり戦闘をしたく無いって奴は一定数いる。そいつらに金を返すまでは代理で試合に出てやる。って言ったんだ」

「えーー!!」



アィールさんは、また驚く事をさらりと言う。



「でも!!アィールさん!それじゃあ、またすぐ試合に出る事に……」

「気にすんな、俺は50勝してここから出ていく。その為に一試合でも多く戦いたい。だから、お互いにメリットだらけの取引だったって訳さ。あとその契約にお前は含まれてないから安心しろ」



その言葉を聞いた瞬間、体からゆっくりと力が抜けていく。

”お前は含まれていない。”

その言葉に僕は心底安堵してしまったのだ……。

アィールさんは死ぬ可能性のある試合を増やし、命を賭けてまで僕の為に剣を作ってもらってきたというのに。

僕はただ、自分の身の心配だけ。

……最低だ。



「ごめんなさい……」

「いいから、気にすんな。といってもお前の性格じゃ無理そうだな」



違うんです。

アィールさんと僕が気にしている所が違うんです。

僕はとてもじゃないけど、アィールさんの顔を見れない。



「じゃあ、俺が50勝したら一緒についてこい。試合に勝った金を貯めてお前を買い取ってやる」



アィールさんが、ボリボリと頭を掻きながら言う。



「え?」

「俺は自分の故郷へ戻る。そこでお前に助けてほしいことがある。それを手伝ってくれ」



アィールさんが僕に頭を下げていた。

僕に出来る事なんて何も無いのに……

ああ、そうか。

初めて会ったときもそうだった。

やっぱり、アィールさんは優しい。



「……分かりました!いつかこの恩は返します。絶対に!」



気を使ってくれたんだ。

確かに今僕が出来る事なんてない。

でも、それでいい……今は何もできなくて力も何もないけど。

いつか恩を返せるように成長すればいい。



「ああ、返すまでは死ぬんじゃないぞ?」

「はい!!!」

「よし、じゃあ寝るか」

「はい!!」






「なんじゃ?まず基本を覚えてからといったはずじゃがな」



雰囲気が悪い……。

沢山の書物が乱雑に積み重ねられた部屋には、居心地の悪いピリッとした空気がに流れている。


ここは魔法使いの老人セネクスさんの部屋。


僕はアィールさんと共に、ここに訪れている。

なんでこんなことになったのかは、僕にも分からない。


今朝アィールさんに酷い筋肉痛のせいで朝の訓練が出来ない事を伝えた所

理由をかなり細かく聞かれてしまった。


昨晩”魔法辛い”と言ったはずなんだけど、上手く伝わってなかったんだと思う。

だから僕は、再度一から説明し直す羽目になった。


その説明を聞いたアィールさんは、”それだ!”と叫び、

セネクスさんの所へ案内しろ。と、僕に要求し今に至るという訳だ。


ただ、朝一番でここに来たせいだろうか……

セネクスさんは不機嫌な感じを隠そうともしてない。



「爺さん。無理を言ってるのは百も承知だ。ただ、3日後。それまでにフィスにある程度魔法を叩き込まないといけないんだ。でないと、フィスは生き残れない。だから頼む。この通りだ」



棘のある冷たい雰囲気の中アィールさんは頭を下げていた。

慌てて僕も頭を下げる。


なんだろう。

胸の奥底からジーンと心に湧き上がる物がある。


他人であるアィールさんが、僕の為にここまでしてくれているせいだ。

僕を救うために。

こんなの……元の世界でも経験した事無いよ。



「だから小僧の訓練をワシに手伝え。そう言いに来たのだな?」

「そうだ。剣の腕なんて3日程度で劇的に上がる訳がない。だからアンタに頼りたいんだ。いや、頼るしかない」

「ワシは今機嫌が悪い。出直したらどうだ?」

「駄目だ、それじゃあ間に合わない。今は少しの時間でも貴重なんだ」



アィールさんはゆっくりと首を振る。

そして、頷いてくれるまで動かない。と主張するように

地面に腰を下ろす。



「気持ちは分かる。だが、小僧を助けてワシになんの利益があるのじゃ?」

「俺で払える物なら何でも要求してくれ。絶対に払う」



あ、ヤバい。

涙が出そうだ。

僕には何もない。返せるものだってない。

なのにここまでしてくれる……。

僕が女性なら絶対に落ちてる。間違いない。



「帰れ。と言ってもそこを動く気はないんじゃろ?」

「ああ、認めてくれるまでここに居座る」

「はぁ~~……」



セネクスさんは、大きな溜息をつく。

心の底から嫌だ。

そんな意思が伝わってくる。



「……高いぞ?覚悟はあるのか?」

「ああ、勿論だ!」

「よし、契約成立じゃ!」



パンと膝を叩き、セネクスさんは満足そうに頷く。

”えっ!?”

それが、僕とアィールさんの共通のリアクションだった。

今までの不機嫌そうな顔は消え去り満面の笑みを浮かべている。


セネクスさんは”ここじゃ狭いじゃろ?”と、アィールさんと僕に内庭に出るように指示を出す。


さっきまでの刺すような冷たい雰囲気は感じられない。

というか、さっき不機嫌だった事すら怪しくなる。



「あぁ……すまない。」



セネクスさんに促され、アィールさんと僕は呆けたまま部屋から出る。

本当に何なんだ?

魔法使いってこういう変わった人が多いのか?



「……まぁ、ワシもそのつもりじゃったしな。これは儲けたな。ホホッ」



僕達が部屋を出た瞬間、そんな声がポツリと聞こえた。

アィールさんもそれが聞こえたのが、凄く苦い顔をしている。



「……やられちゃいましたね」

「ああ。完敗だ」



僕とアィールさんは顔を合わせ”プッ”と笑いあう。

やっぱりセネクスさんも悪い人じゃないみたい。


昨日だって僕に無償で魔法を教えてくれた。

悪い人ならそんな事絶対しない。


ただ、意地悪な人なのは間違いないみたいだけど。






「ぷはーー!!」



僕は地面へ倒れ、空を見上げる。

深く濃い青色の間には、白く薄い雲がゆっくりと流れている。

雲を運ぶ爽やかな風は、僕の汗ばんだ体をゆっくりと撫でていく。



うん、悪くない気分だ。

体が満足に動かないことを除けば。



やっぱり、魔法というのは体と精神への負担が半端ではない。

威力を落として長く使える様にと、魔力のコントロールを教えてもらったのに

数回使っただけで、この有様だ。


使えば使うほど魔法は効率的に使える。

そう聞いているが、僕はまだ魔法を使って2日目だ。

体感出来るのはきっと、もっと先の事だろう。



「やっぱり、体を強化した状態で戦い続けるのは難しいか……」

「そうじゃの、元々こやつは魔法のセンスに恵まれている訳ではないからの」



僕はセネクスさんから魔法の訓練を受けていた。

当然、アィールさんも一緒だ。

色々と厳しいけど、二人は僕の事を思って時間を割いてくれている。

これで、泣き言なんて言えばバチがあたる。



「すいません。もう一回いきます!」



今は自分に出来る。いや、それ以上の努力をするだけだ。

それが出来ない人間は淘汰される。

だから、僕は立ち上がりゆっくりと意識を集中させる。


  

「フィス待て」



魔法を使おうとした僕を制止し、アィールさんは持っていた剣を抜く。

その剣は抜刀された事を喜ぶかのように太陽の光を反射しキラリと輝いていた。



「俺は今からお前に攻撃する。その攻撃をを受け止めろ」

「えっ?あっ、はい」



その言葉に慌てた僕はアィールさんから貰った剣を引き抜く。

シィィィンと鋼が振動する小気味よい音が響いてくる。


うん、構えた感じも重過ぎない。

本当にしっくりとくる。



「いくぞ」



合図と共にアィールさんは地面を蹴る。

すぐに僕との間合いを詰め、下から上へと剣を一閃させる。


ギィィィン

金属の打ち合う音と共に火花が出た。


僕はアィールさんの一撃を受け止めていた。

今までの訓練の成果が出たのかな?

でも、分からない。

なんでこんな事するんだろ?

今は魔法の訓練のはずだ。



「よし!上出来だ。もう一回攻撃する。同じ様にに受け止めろよ」

「あぁ、はい」



アィールさんはさっきの位置まで戻り、再び剣を構える。

理由なんて分からないが、指示に従うまでだ。

何度だって受け止めてやる。



「いくぞ」



同じ合図が発せられた。

その瞬間だった。



(早すぎる!!)


気がついたときには、アィールさんは僕の目前まで迫り、剣が僕の首の直前で止められていた。

何もできなかった。

剣を合わす所か動く事すら叶わなかった。



「さて、違いは何だ?」

「何って……剣を振るのが早すぎですよ。止められる訳がない」

「違うな。剣速は全く変わっていない」



嘘だ。

1本目は正直結構簡単に止められた。

でも、2本目動くことすら出来なかったよ?



「緩急じゃな」



隣で見ていた魔法使いの老人、セネクスさんが呟く



「爺さん、これはフィスに気が付かせる為の……」

「ふん、こいつはお前とは違う。頭で理解するタイプじゃて」



セネクスさんは、アィールさんを無視し僕に向き直す。

でも、その言葉で分かった。



「小僧、おぬし理解したか?」

「はい?」



うん?全然わからないよ?

何言ってるの?



「……そうか、これは予想を下回るの」



残念な物を見る目でセネクスさんは僕を見つめる。

これ僕が悪いのかな?


悪いんだろうなぁ……。




「あはは……」



アィールさんは困った顔を浮かべていた。



「まぁ……な、今のはわざと一撃目を遅くして体にフィスの覚えさせた、次に繰り出した2撃目は全力だ。同じ速度で来ると体が勝手に勘違いしたんだ」

「なるほど」

「ああ、これは結構加減が難しい技だ。剣闘士になる前に戦った大剣使いも同じ事をしてきたが、簡単に見破れただろう?」

「あー、ええ、そうですね」



僕は見破れなかったですけどね!



「だから、フィス。お前は全力で戦い、ここぞ!という時に魔法で体を強化して今のような一撃を繰り出せ。覚えておけよ。チャンスは一度きりだ」

「え?大丈夫ですよ?今は限界まで使ってますが、試合では1回でバテる事は無いです」

「そういうことじゃない。一度敵に見せたら効果が無くなる。後はその状態で戦うしかなくなる。お前は体を強化した状態では長い時間戦えないだろうが」



その通りだ。

たった、一度だけか。



「ま、その一撃が躱されれば、逆にお前は窮地に陥る。これはあくまで最後の切り札と思っておけ」



そうだ。

もし、その一撃が躱されたら多分僕は動けなくなる。


厳しい条件だけど、何もないよりはマシだ。

この短い時間で、切り札を持てただけでも良しとすべきか。



「後は地道に基礎力を上げるしかないか。まぁ切り札が出来ただけでも御の字って奴だ。これからは試合まで自己強化の魔法を使いながら剣の訓練をするぞ。一つ一つやってたら時間が足りない」

「え゛……無理ですよ」



それは無茶だよ。

魔法はそんなに使い続けられないし、集中が切れたらすぐ自己強化の魔法は効果がきれちゃうもの


第一体を強化したまま長時間戦えないってアィールさんがいってたじゃないか。



「安心しろ、爺さんが体力も魔力も回復してくれるさ」

「うむ、蛇の肝漬け、甲虫の液、あとは反魂樹の根なんかも用意しておる。存分に味わうがいいじゃろ」



セネクスさんの笑顔。

ああ……恐怖しか感じない。


だって、今取り出したもの全てがグロい。

味どころか、口に入れるだけでも本能的に体が拒否する奴ばっかりだ……



「まずは、蛇の肝漬けからいっておくか」

「え?いや、大丈夫です」



一歩、二歩、僕は無意識に距離をとる。

頭じゃない。体が拒否しているのだ。



「好き嫌いは良くないな」



アィールさんは、僕の腕をがっちりと掴む。

当然、それはしっかり決まっていて逃げられる訳も無く……


ヒヒヒッと零れる奇声を上げながら、セネクスさんは近寄ってくる。



「いや、ほんと間に合ってます!!あっ!うぐっ!!」



僕はこの日”泥水はご馳走”だと初めて知った。

どれもこれも味がどうこう言える代物じゃなかった。


舌や体が痺れる事は当たり前、時には体が痙攣し、最悪だったのは感情が壊れたかのように僕は、怒り、叫び、泣き喚んだことだった。

それも自分の意思とは無関係に。


動けないほど疲れているのに、強制的に感情が溢れてくる。


まさに地獄だった。

ただ、その地獄は絶える事無く続いていった。


3日後の試合。

殺し合いをする日が待ち遠しくなったのは、今回が初めてだった。



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