第3話







2組の敵が別々の方向から同時に仕掛けてくる。

僕とアィールさんは阿吽の呼吸で、お互いに背を合わせ剣を構える。


たったそれだけの動作で、敵の足並みは乱れもたつく有様だった。

足を鎖で繋がれた状態であれば、パートナーの事を気に留めていなければ走る速度すら簡単に変えられない。


それは、本当に僅かな時間稼ぎかもしれない。

でも、アィールさんにはそれだけあれば十分だった。



「フィス!」

「はい!」



アィールさんの呼びかけだけで、僕は何をすべきか理解する。

それだけの絆が僕とアィールさんにはあった。


アィールさんはもたついた敵に駆けだし僕も剣を構えたままアィールさんと同じ方向に後ろ向きに駆ける。



2、3回剣を合わせた音が聞こえただろうか。


少し遅れて僕の前に敵がやってきた。


僕は敵の剣を受け止め、牽制も兼ねた攻撃を見舞う。

隙を見つけられれば儲けもの。


そう考えて繰り出した攻撃は。大して効果は得られなかった。

それどころか、逆に僕の方が責め立てられ、姿勢を崩されない様にするのがやっとだった。


でも、それでいい。

一人の動きに邪魔され、もう一人の敵は僕に攻撃を仕掛けられないでいた。


すると、後から剣を合わせる音が聞こえなくなった。

ちらっと視線を移せばアィールさんが敵の胸に剣を埋めたところであった。



(流石だ!)



その光景を見た僕は一瞬だけ力を抜いてしまった。

これで、勝ったと思ってしまったのだ。


その隙を敵は見逃さず、僕の剣に体重をかけた強撃を放つ。


キィーーン。

甲高い音が響き、僕の持っていた剣は宙を舞っていた。



(しまっ!)



そう思った時には、もう遅かった。

態勢を整えた敵が僕の胸に突きを放っていた。

スローモーションの様に、剣が胸へと迫ってくる。



(あ、これが胸に刺さるんだ……)



死ぬ瞬間って意外と冷静なんだな。

そんな感想が湧き上がってくる。


ビタン!


僕は地面に真横から叩きつけられる。

肩と顔に痛みが走り、さらにズルズルと地面を引きずられていく。


ただ、そのおかげで敵の放った突きが、僕の胸を捉える事は無かった。



「無事か?フィス!」



砂まみれの顔を上げれば、アィールさんの顔が目の前にあった。

アィールさんが足で繋がれた鎖を思いっきり引っ張ってくれだのだ。


ただ、そのお陰で敵の突きは僕の腕を掠める程度で済み、僕はこうして生きている。



「ありが……」

「いいから立て、くるぞ」



お礼を言い切る前に、僕はアィールさんに無理やり立たされる。



少し調子に乗っていた。

ここにいる人間は、村人だけじゃない。

敵軍の捕虜。

アィールさんのように軍人や傭兵だった人がいるのだ。


そんな人間相手に油断するなんて自殺行為に等しい。

普通に戦えばまず勝てはしない。


そんな当たり前の事を僕は忘れていた。



「ここから離れるぞ」



アィールさんは小さく呟く。

追いかけてきた2人の敵は、僕らではなく明らかに残された一人をターゲットとしていた。



「はい」



そうだ、バカ正直に戦う必要なんてないのだ。

ここでの目的は、たった一つ。

最後まで生き残る事なのだから。


次の瞬間、僕とアィールさんはその場所から離脱する。

すると1対2の戦闘が僕たちが離脱したその場所で開始されていた。







「後二人だ!お前に賭けたんだ!!死ぬんじゃねぇぞ!クズが!!」

「ガキに舐められんなよ!!」



観客達の歓声は益々勢いを増し、最高潮に達していた。


試合開始と同時にパートナである子供を切り殺した巨漢の大剣使い。

そいつが、僕ら以外の最後の敵に止めを刺したのだ。


僕とアィールさん、そして、巨漢の大剣使い。

闘技場に生きて立っているのは、この3人しかいない。



「フィス、お前そんな獲物で大丈夫なのか?」



アィールさんは僕の手を見る。

さっき打ち上げられた剣の代わりに、僕は死んだ敵から奪った槍を手にしていた。



「大丈夫」



僕は槍を軽く振って見せる。

初めて使う武器だが、意外にしっくりとくる。


それにこういったリーチの長い武器の方がきっと大剣相手には役に立てる。と思う。



「ならいいがな。今度は油断するなよ?次同じ事をすれば間違いなく死ぬぞ」



”今度は”という事は、さっきの失態はバレている訳だ。

僕は心の中で”ごめんなさい”と謝っておく。



「ついてるぜ。最後はガキ連れの優男が相手とはな」



巨漢の大剣使いは、笑いながらゆっくりと近づいてくる。

その大剣は僕の身長と同じ位ある本当に大きなものだった。



「なぁ、お前もそのガキ殺せよ。そうすればちったぁマシな戦いが出来るだろ?」

「あいにくだな、こいつは頭の切れる優秀な相棒なんだ」

「はぁ?情にでも溺れたか?まぁ、俺としてはその方が好都合だ」



そんなやり取りを聞いた僕は思わずニヤけてしまう。

油断している訳じゃない。

アィールさんの”頭の切れる優秀な相棒”という言葉が嬉しかったのだ。


でも、今のままじゃ相棒にふさわしくない。

本当の相棒になれるように、自分の力を示さなければいけない。

ここはゴールじゃない始まりの場所なんだ。

だから……



「フィス?」



僕はアィールさんの前に立ち槍を構える。



「大丈夫」

「しかし……」

「ここ、最後違う。続きある」



僕は覚悟を持って告げる。



「……分かった」



アィールさんは理解してくれたらしく、僕の後ろで剣を構える。

相手の大剣は正直僕らにとって最悪の相性だ。



僕らに攻撃を当てなくても、僕らを繋いでいる鎖に攻撃を当てればそれだけで態勢が崩れてしまう。

態勢が崩れた所に大剣が振るわれれば盾も持っていない僕らは簡単に戦闘不能になる。

それが力の籠っていない一撃でも。だ。


それに敵である大剣使いはパートナーである子供を殺している。

だから、僕らみたいに行動に制限がない。


はっきり言えば大剣使いの言う通り、僕がいる限りこっちの方が不利なのだ。



「はっ、子供を盾替わりとは情けねぇな。興醒めだわ」



興味をなくしたのか、大剣使いは喋る事を辞める。

そしてダンと力強く地面を蹴り全速で駆けよってくる。



(早い!)



巨漢の癖にかなりのスピードで駆け寄ってくる。

あっという間に大剣の間合いになり、ブンと大剣が振り下ろされる。


ただ、その剣速は遅かった。

あれだけ大きな大剣だ。

アィールさんみたいな剣速で大剣を振れる訳がない。


僕はその大剣を難なく回避する。

当然、後ろでアィールさんも僕と同じ方向に回避してくれる。


もし、逆に回避すれば大剣に鎖が引っ掛かり、それで終了だ。



(隙だらけ)



大剣は簡単に取回せる武器じゃない。

威力こそデカいが隙もデカい。


そう判断し、回避したその足で地面を蹴り、僕は大剣使いの喉元に槍を伸ばしていく……はずだった。

大剣使いに突っ込んだ瞬間、急に地面が盛り上がり僕は顔を地面に打ち付ける。



「がふっ」



鼻の奥から鉄臭い匂いがする。

その瞬間、僕の背中を巨大な何か通り過ぎていた。



「突っ込み過ぎた焦るな。フィス」



地面が盛り上がったのではない。

アィールさんが、また後ろで鎖を引いたのだ。

そのせいでバランスを崩し、僕は地面へと打ち付けられた。


でも、それは正しい判断だった。


僕の背中を通り過ぎた巨大な何か。

それは僕の身長位ある大剣だった。

もし、あのまま突っ込んでいたら……僕は上下で体のパーツが別れていたはずだ。


鼻血は出たが、たいした怪我ではない。

僕はすぐに立ち上がり大剣使いとの距離をとる。



「チッ、運がいい野郎だ」



忌々しそうに大剣使いは吐き捨てる。


大剣使いの初めの一撃。

それはフェイントだった。


アィールさんは見抜いていたのだ。


冷静になれ。


僕は敵より弱い。

真正面から戦った所で勝てないんだ。


その事をもう一度自分に言い聞かせる。


僕はさっき実感した事を、もう忘れていた。

何度同じミスを繰り返せばわかるのか。


大剣使いは紛れもない実戦の経験者だ。

素人が勝てる相手じゃない。


これで”頭の切れる相棒だ”なんて名乗ったら観客の全員から笑われてしまう。



「もういい下がってろ。俺がやる」



そう言ってアィールさんは僕の前に出ようとするが、僕は手を広げそれを止める。



「いい加減にしろフィス!!今のが見切れないようじゃ勝ち目なんてない!!」



アィールさんは怒鳴る。

僕もその通りだと思う。

でも……



「最後……一回…のみ……願い……ます」



学習したすべての知識を使い僕は伝える。


分かってる。

さっきのが大剣使いの本気じゃない事くらい。

でも、ここで引いたら僕は……きっと剣闘士になってもすぐに死んでしまう。


そう僕の本能が告げている気がするんです!



「……一回だけだ。無理だと判断したら、強制的に下がらせるからな」



アィールさんは渋々ながら僕の後ろへと下がってくれる。

やっぱりアィールさんは優しい人だ。



「はい!」



チャンスは一度、これで駄目なら次は無い。

そう覚悟を決めて、僕は地面を蹴る。

当然、その後ろにはアィールさんがいる。



「はっ、二人揃って玉砕覚悟か?馬鹿らしい」



大剣使いは僕とアィールさんを纏めて薙ぎ払おうと、大剣を横に構える。



(大丈夫!!行ける!!)



そう心の中で念じ、僕は持っていた槍を持ち替え大剣使いの胸へ槍を投げつける。

これで、僕が持っている武器は何もない。

でも、武器が無くても大剣使いは倒せる!



「ぬっ!!」



流石に大剣使いも、この行動には驚いたのか、横なぎにしようとした大剣を胸の前で構え盾替わりにする。


カン。

乾いた音が響く。


僕の投げた槍は地面へと落ちていく。

大剣に簡単に弾かれてしまったのだ。


ただ、僕は足を止めない。アィールさんも付いてきてくれる。



「つまんねぇな」



大剣使いはそのまま、大剣を僕に向かって振り下ろす。

さっきとはまるで違う、速度のある本気の一撃だった。

今までの僕では間違いなく回避出来ない一撃。



それが僕の目の前に振り下ろされてくる。

ドンッ!

勢い余り地面に叩きつけられた大剣は、土煙を上げていた。



「アィールさん!!」



僕は叫ぶ。

大剣使いの一撃の回避に成功したのだ。


回避できた理由は二つ。

一つは、武器を破棄して身軽になった事。

もう一つは、大剣使いが僕の投げた槍を防ぐ為に面の広い方で受けた事。


それにより、剣を振る時に手首を返す必要があり、大剣の軌道が

直線の最短距離ではなく僅かに湾曲したのだ。


だからこそ、大剣使いの剣筋が読めギリギリで避けられた。

攻撃を無視し、回避に専念したからこそ成し遂げられた事だった。



「なるほどな!よくやったぞ。フィス!」



アィールさんは、僕のやりたい事を理解してくれたみたいだ。



「ふん、今度はガキの後ろに隠れた雑魚か」



大剣使いは今度はアィールさんに向かって大剣を振るう。

アィールさんはその攻撃を避けようともしない。

アィールさんは僕を信用し、次の攻撃がとるに足らない物だと判断してくれたのだ。


僕は、手に鎖を持っている。


それは、大剣使いが戦闘開始と同時に殺した子供の脚が付いた鎖。

当然、その鎖は大剣使いの脚にも繋がっている。



『せーの!!!』



思わず日本語が出てしまった。

僕は手に持った鎖を全身を使って思いっきり引っ張ったのだ。

鎖は大男の足にも繋がっている。


どんな大きな力でも、力を大剣に伝える為には力点が必要となる。


力点。

それは、力の源となる点。


それは地面だ。

中学の理科で誰もが勉強する事。


だから、その力点である足を崩せば絶対にいつもの力は出せない。

大剣という扱いの難しい武器であれば、それはより顕著に現れる。

態勢を崩せば攻撃する事すら怪しくなるのだ。


だから、僕は死ぬ気で鎖を引っ張った。

大剣使いの力を込めた一撃がアィールさんに届かない様に。


観客から歓声が上がる。

その歓声の中心では、アィールさんが大剣使いの首に剣を埋め込んでいた。

大剣使いの一撃はアィールさんに届くことは無く、巨漢の男は膝から地面へと崩れ落ちていた。


勝負が決したのだ。

観客達は、最高の盛り上がりを見せ、歓声と称賛、そして罵声を次々に僕らに浴びせてくる。



「フィス。流石だ。お前は最高の相棒だよ」

「ありが……とう」



僕はアィールさんに丁寧にお辞儀する。

お世辞なのはわかってる。

きっとアィールさん一人ならもっと簡単に倒せたと思う。



「バカ野郎。相棒に礼なんていらん」

「はい!」



アィールさんは、僕の頭をガシガシと撫でていく。

思わず笑みがこぼれてしまった。

僕は奴隷になった時に課せられた3ヶ月という寿命を延ばすことが出来たのだ。

とりあえず、ここでの”生”を勝ち取ったのだ。


当然、僕の周りには、さっきまで生きていた20人近い死体がある。

その中から、唯一生還したのだ。


分かってる。

最低な事だとも思う。


でも、少なくとも僕はこの死んでいった人たちより優れた存在である。

その認識は自信となり僕の心に刻み込まれていく。


周りの死体は、観客からゴミを投げつけられ罵倒されている。

恐らく投げ入れられたゴミと同じくどこか一か所に集められて燃やされるのだろう。


人としての尊厳なんてない。

人の命なんてそこに転がるゴミと変わらない。


この世界では、僕と転がるゴミとの区別なんてない。

あるとすれば、どれだけ付加価値を自身につけられるか?という事だけだ。


少なくても僕は、剣闘士という付加価値を付ける事に成功したのだ。



「よっし!!」



僕は空へ向かって拳を突き上げ、笑う。

こんな最低な世界で、僕はやっと笑えるようになった。



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