第2話



「まずは基本の形を体に叩き込め。考えながら戦う事も重要だが、考える前に体が動かないと話にならん」



僕はコクリと頷く。


木剣で殴られる痛み。

これはいつまで経っても慣れない。



「なら、もう一回だ」



僕が奴隷として連れてこられてから、60日以上の月日が過ぎた。

今、僕は木剣を使い戦闘訓練をしている。


生きる為に。


あの日……僕がこの場所に連れてこられた日。

食事をくれた男性。

その人は僕のパートナになった。 


名前はアィールさん。

元々は兵士だったらしいけど、戦争で負けて捕虜となり奴隷として生きていかざる負えなくなった人。


アィールさんは、僕に色々教えてくれた。

この場所の意味。鎖の意味。ここに集まる人間の境遇。

初めは言葉なんて分からなかったが、アィールさんは話せば5分で済むような事も

夜通し体で表現しながら一生懸命説明してくれた。


だから、僕もそれに答えようと一生懸命勉強した。

今ではアィールさんの喋る内容は分かるし、片言だけど喋れるようにもなった。


全てはアィールさんのおかげだ。


アィールさんの説明によると、この場所は地獄だそうだ。

戦争で手に入れた捕虜や村人などを奴隷として集め、剣闘士として可能性のある者を選別する為の施設。


この国の民衆は、勇敢な剣闘士達の命のやり取りを最高の娯楽として位置付けているらしい。

しかし、当然殺し合いをする剣闘士は慢性的に数が足りない。

新しい剣闘士はいつになっても需要が高く必要とされる商品らしい。


だからこそ、生きの良い奴隷は剣闘士になるべくここに集められる。

しかし、強くなければ観衆は喜ばない。

剣闘士はだれでもなれる訳ではないのだ。


だから、その選抜方法として生きのいい奴隷達は2人1組でチームを組みそれぞれの足に鎖をつけ、その状態で他の人間と殺し合う。


そこで最後まで生き残れた者は、強い者として認められ剣闘士になる。

逆に、剣闘士になれなかった者は例外なく皆死ぬのだ。


ただ、この施設も無限に広くは無い。

しかし、奴隷は定期的にやってきてその数を増していく。

ここに住める奴隷は一定。だけど、時間と共に奴隷は増える。

結果、時間が経てば施設は奴隷で溢れてしまう。


となれば、解決策は一つ。

奴隷の数を減らすしかない。


その解決案として、ここに連れてこられた奴隷は約3ヶ月後に

剣闘士の選抜試験も兼ねた殺し合いをさせられるのだ。


つまり、ここに連れてこられた時点で、勝者以外の人間は寿命が3ヶ月しかない事になる。


ただ、剣闘士になる事は奴隷にとって悪い事ではない。

剣闘士になり50勝を上げた者は、解放されるという約束もある。

簡単に言えば、50連勝すれば解放される訳だが、そんな剣闘士がそうそう出るわけない。

確率的に言えば0.0001%よりももっと低いと思う。


ただ、希望も何もない世界よりも微かでもいい。

ほんの少しの希望があれば、人はそれにがむしゃらになって飛びつくのだ。


そして、その剣闘士になる試練や努力すらも拒否すればどうなるか。

僕はその結末を何人も見てきた。


訓練すらしない者は、もはや価値なしと判断され、剣や槍の的として使われる。

わずかな食事代すら勿体無い。という事だろう。


そういった人間はもはや抵抗しない。

死んだ目で空を見上げ、最後の瞬間小さく何かを呟き死んでいくのだ。


僕も気持ちはわかる。

ここに来た瞬間から、奴隷達は残り3ヶ月という寿命を示され、勝者以外は全員死ぬ運命にある。


そこに例外はない。


もし、そんな状況で、自分より強者がいたら?

努力しても勝てない強者がいたら?

誰だって絶望する。


そんな状況で笑って生きていられる人間の方がおかしい。

自死を選ぶのも仕方のない事だと思う。


どうやって死ぬか分からない未来よりも、想像できる死に方で死ぬ今の方が幸せだと考える。

僕だってアィールさんと組めなかったらああなっていたかもしれない。


だけど、幸運にも僕はアィールさんと組めた。

ただの幸運でしかないが、それこそが生きる為に必要だった。


次にアィールさんと僕との関係だが、これは簡単だ。

あと1か月後に行われる、剣闘士の選抜試験。

つまり殺し合いの場でパートナーになるのだ。


これは焼印をいれられた時に、勝手に決められたパートナーであったが正直感謝している。

僕はアィールさんとパートナーになれたのだから。


アィールさんは故郷に大切な人がいるから絶対生きて帰る。って教えてくれた。

そして”お前の力を貸してくれ。”と、僕に頭を下げてきたのだ。


弱い僕に出来ることなんてない。それでも、対等に扱ってくれるだけでなく。

頭まで下げてくれたのだ。

そこまでしてくれる人なんて絶対に他にはいない。


その日からアィールさんは僕の希望になった。


僕はアィールさんに協力し、剣闘士になり、そして自由になる。

そしてこの糞みたいな世界から、元の世界に戻る手かがりを掴む。


そう決意したのだ。


アィールさんにその決意を一晩かけて伝えた時、アィールさんは恥ずかしそうに笑っていた。

ただ、どこか嬉しそうでもあった。


絶対に生き残る!

変な言い回しになるが、これは僕の生きる意味であり目標でもあるのだ。


だから僕とアィールさんは毎日、日の出から夕暮れまで剣の稽古をするようになった。


嫌々やるわけではない。

自分の目標の為に、自ら進んで剣を振るうようになり、こうして毎日訓練をしている。



「さて、ここまでにするか。この後は反省会だ。フィス水浴びに行くぞ」

「はい!」



日が傾きかけたところで、今日の剣の訓練は終わった。

僕の体は前とは違い、だいぶ大きく、そして筋肉質になってきた。


あと、一つ僕に大きな変化あった。

それは名前が付いた事だ。


まだ、何も喋れなかった僕に、アィールさんがつけてくれた名前。

それが”フィス”だ。


勿論、僕には両親がつけてくれた名前がある。

でも、今は”フィス”でいい。


アィールさんは間違いなくこの世界での僕の親でもあるのだから。





「まぁ、そんな所だ」 

「はい」


水浴びと、反省会を終え、やっと今日全ての訓練が終わった。

後は、怪我をしない様にストレッチを入念に行うだけだ



「お前は素直だな。だから吸収が速い」



僕は、足を開き地面へ体を倒す。

部活で体操をしていたせいか、僕の体は驚く程柔らかい。らしい。

それに、訓練後のストレッチはアィールさんからの指示であったが、

体が柔らかいと怪我する確率も低くなる事は知っていたので、僕は毎日欠かさずこのストレッチを行っている。


もし、怪我でもすればその時点で命が終わるのだから、欠かすわけがない。



「お前がもう少し言葉を話せたら色々と聞いてみたい事があるんだがな」



アィールさんが残念そうに呟いていた。

僕が言葉を理解出来るようになってから、アィールさんは僕に沢山の質問をしてきた。

なんで手がこんなに綺麗なんだ。とか、お前は貴族だったのか?とか、様々な事を聞いてきたが

僕は首を縦か横に振って答える事しか出来なかった。



「……ごめん」



僕は覚えている基本的な言葉を返す。

本当はもっと喋りたいし、この世界の事も沢山聞きたいのだけど

それを出来るだけの語彙力が無い。



「いや、悪かったな。忘れてくれ」



アィールさんは申し訳ない。と、軽く頭を下げる。



「まぁ、これから覚えていけばいい。お前は言葉以外の知識は正直俺より上だからな」



アィールさんは、僕に対して”頭がいい”と事あるごとに褒めてくる。

それは、たぶん……僕が数学の知識を披露した事に起因している。

僕は食事の配給に並ぶときに、数学の知識を使い行列の待ち時間を算出するなど様々な方法を使いより安定的な食事を得ようと努力していた。


実は食事を配る配膳係などは、簡単な計算が出来ない。

この世界の奴隷で計算できる人間なんていない。


数を数える事の出来る奴隷ですらレア。

いたら奇跡。そんなレベルだ。


その為、決まった数の食事が用意出来ない事も多く、最後になればなるほど帳尻併せて食事の量が減るのだ。

だから、配膳をいかに早く受けるか。というのは結構切実な問題だったりもする。

事実、弱い子供のペアなどは配膳を受けられず空腹の余り死んでいった。


ただ、配膳をする奴隷は決まっている。

だから、皆配膳が速い奴隷の所に皆並ぶ。


しかし、ある条件下では配膳の遅い奴隷が2人がかりで対応している方が結果的に早い事もある。

また、当然その逆の場合もある。


待ち行列の理論って奴だ。

当然、机上の空論だけどやらないよりはマシだって感じだったけど。


僕はそんな考察を数式に直しアィールさんへ伝えた。

その結果、意外な事が起きた。


配膳の有無等よりも、アィールさんはその数式に目を丸くして驚き、説明しろ。と詰め寄ってきた。

だけど、僕は喋る事が出来ない。

だから数式を地面に書き出す事しか出来なかった。


アィールさんはその数式を見て考え込み、そしてより一層熱心に僕に言葉を教える様になった。



「今日は寝るか。明日からは、鎖で繋がれた上での戦い方、連携を確認していこう」



そういってアィールさんは寝床に行く。当然、僕もそれに従う。

僕らは足を数メートルの鎖で繋がれているせいで、寝床、着替え、水浴び、果ては、トイレなども一緒に行動しなければいけないのだから。


ただ、僕は思う。

辛いけど……この世界は、尋常じゃない位辛いけど。

アィールさんと過ごす毎日は何処か満ち足りている。そんな気がする。と





「殺せ!!殺せ!!」

「逃げんなよ!クズども!!」

「お前に賭けてんだ!死んだらただじゃおかねぇぞ!!」



酒に酔った観衆から、どうでもいい声が響く。

ここは奴隷の中から剣闘士になる者を選別する殺し合いの会場。


広場に即席の観客席を用意しただけの簡易な場所だ。


そこに僕は立っている。

本物の剣を握りながら。



「緊張しているか?」



アィールさんが僕の頭をポンと叩く。



「はい」



しない訳がなかった。

僕は本物の剣を握りこの場所に立っている。


ここからやること。

それは”人殺し”なのだ。



「まぁ、緊張すんなっても無理だろうな。初陣がこんな場所じゃ冷静になれ。って言う方がどうかしてる」



アィールさんは剣の握りを確認し、軽く振り回している。

僕と違い緊張などまるで見られなかった。



「お前はまず1人。1人殺す事に専念しろ」

「……なぜ?」

「そうすれば緊張なんて消えてなくなる」

「はい」



殺せばこの緊張している気持ちが消えてなくなる?

訳が分からない。


でも、アィールさんを信じられるか?といえば、当然答えはイエスだ。

だから、今はその言葉通りに動く為に集中する。


ただ、目の前の人を殺し生き残ればいい。

その為に今まで頑張ってきたんだから。


その間にも続々と人が入ってくる。

剣闘士の選抜試験は頻繁に行われる為、人数はそんなに多くない。


僕よりも年下の子供もいれば、やつれた細身の男。大剣をもった巨漢。

様々な人間がいる。


全体で10組、20名程度といった所だ。

ただ、この中で生き残れるのはたった1組。2名だけだ。例外は無い。


他の人間は、例外なくこの場所でその生を終えるのだ。


だから、子供を見て可哀想だとは思ってる暇なんてない。

そんなこと思うならここで今すぐ自死すべきだ。


でないと、死ぬのは僕だけじゃない。

アィールさんも道連れになるのだから。



(よし!!)



僕は自分の顔を叩き、気合を入れなおす



「生き残るぞフィス!俺達にはまだやることがある!!!」



そんな僕の様子を見たアィールさんは、鼓舞するように雄たけびを上げていた。



(ああ!そうだ!僕も生き残る!!)



アィールさんの雄たけびに、僕も”生きる”という意思を再確認した。





ドーンと響く、銅鑼を叩いた轟音。

それが殺し合いの合図であった。



「ぎゃああぁ!!!」



その開始の合図と同時に悲鳴が響き、観客から笑い声が上がる。


大剣をもった巨漢がパートナーである子供を殺し、足を残して切り捨てたのだ。

鎖に繋がれた状態では、邪魔になると判断したのだろう。

あれを見ると、パートナーがアィールさんで本当に良かったと再確認する。



「おい!集中しろ!右から来るぞ!」



アィールさんの怒号が飛ぶ。

それだけで僕の体は動いていた。

厳しい訓練の成果だ。



右からは1組の敵が来ていた。

足が鎖で繋がれている為、当然二人がかりで駆けてくる。

アィールさんは、僕の前に立ち腰を深く落とし剣を構える。


僕を庇ってくれている。訳ではない。

事前に取り決めていた約束だ。


案の定、アィールさんは二人からの攻撃を同時に受ける。


敵はただの村人が奴隷になったのだろう。

剣筋は鋭くなく、腰の入っていない一振りだった。

アィールさんは一人の剣を自身の剣で受け止め、もう一人の攻撃は直前で半身になって躱していた。


攻撃がかわされた敵の一人は体勢を崩し、僕の前へやってくる。


そして、明らかに弱そうな僕を見てチャンスだと思ったのだろう。

体勢も整わないまま、ぞんざいな突きを放ってくる。


それは本当に酷い剣筋だった。

僕は難なく躱しすれ違いざまに相手の腕を切り落とす。


敵は痛みの余り絶叫するが、すぐにその声が恐怖と命乞いに変わる



「やめっ・・・・・た、たすけ・・・・・・」



それが敵の最後の言葉になった。


僕は容赦なく敵の首を跳ねた。

骨を断つ硬い感触が剣を通して伝わり、赤い鮮血が小さな噴水の様に上がり地面へと落ちていく。


それを見た観客からは大きな歓声が上がる。

もはや罪悪感なんて無い。

それよりも、抑えきれない高揚感の方が強く湧き上がってくる。


僕は高揚感を抑えつつアィールさんを見る。

アィールさんも敵の首を落とした所であった。



「随分と冷静だな」



アィールさんは剣についた血を、素早く振る事で落としていく。



「大丈夫」



覚悟はしていた。だから問題ない。


そんな意味を込めて僕は笑った。

もうちょっと上手く喋れれば、もっと連携を深められるとも思う。だが、今言っても仕方がない。



「……そうか」



アィールさんは何故か”申し訳ない”といった表情を浮かべたが、すぐに周りの状況を確認する。

周りでは隣り合った敵が殺し合っていた。



「さて、集中するぞ。ここからが本番だ」

「はい!」



時間と共に、観客はドンドン盛り上がる。

人が死ぬ度に観客は喜び、罵声を浴びせ、興奮していく。


本当にこの場所は異世界だった。


元の世界とはまるで違う世界。

僕の想像とは根底から違う。


最悪で人の命の価値など本当に安い。

厳しい世界だった。

 


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