異世界転移が想像してたのと全然違うんですけど

rirey229

第1話

「うん、間違いないな」



透き通るような青い空。

その空を大きな翼を持ったトカゲが誇らしげに飛んでいる。


優雅な光景だった。


その大きな足に牛の様な動物がしっかりと握られている事を覗けば。だが。



「あの姿。うん、間違いない」



あれは竜だ。


牛のようなデカい動物を足で固定し、大きな翼を持ち、優雅に空を駆けるトカゲ。

そんな生物、少なくても地球上には存在しない。


そう。

何度も否定し、考え、たどり着いた結論。


僕は今、この瞬間をもって確信した。



「ここは異世界だーー!!」



これが、叫ばずにいられるか!

夢にまで見た、異世界。

剣と魔法に満ち溢れた世界!!


ゲームや本を読む度、何度こういう世界に行けたらな!って妄想したことか!

寝る前に、毎回目が覚めたらそこは異世界だ!と、念じたことか!


ただ、その妄想が叶う事はなかった。

だけど、今僕は異世界にいる。


妄想を現実にする奇跡が僕にも訪れたのだ!!



「やったーーー!」



拳を空に突き上げ、もう一度絶叫する。


何度も願い。ついに叶った異世界転移。

ここに来たら絶対にやらなきゃいけないことがある!

そう、それは自身のステータスを確認する事だ。



「ステータスオープン」



僕は叫ぶ。

その直後、ボトっという音と共に目の前に何かが落ちてきた。


・・・・・・鳥のフンだ。


ま、まぁちょっと声が……うん。

声がちょっと小さかっただけかもしれない。

もう、一回全力で叫んでみる。



「ステータスオープン!!」



風がサーっと通り過ぎていく。

何も変化もない。鳥のフンすら落ちてこない。



「……さて、おなか減ったな。喉もカラカラだ」



僕は冷静になる。

今の行為は無かったことにしよう。

ステータスが確認できない異世界だってあるはずだ。

それよりも、今差し迫った問題を解決する方が大事だ。



僕はお腹が減ったのだ。

それも、生きるのに差し支えるレベルで。


もう、まる2日は何も口にしていない。


今の状況を整理しよう。


僕は私立の中学に通う普通の中学生。

部活はバク転が出来ればモテる!そんな安直な理由で入った体操部。

クラスの副委員長をこなし、成績だって中。いや、上の下くらいはある……と思う。


学生生活はイジメられることもなく順風満帆に過ごしていた。

そりゃあちょっとは嫌な事があったけど毎日が楽しかった。


んな生活を送っていた中、修学旅行で沖縄に行く事になり僕は飛行機へ乗った。

ただ、結論から言えばその飛行機は墜落した。


海の上。


周りに島の一つも見えな場所。


そこで機体が揺れ始めどんどん高度を下げていった。

飛行機には、同級生のほかに一般のお客さんも沢山乗っていた。


墜落する瞬間まで、諦めない人。

絶叫し、椅子や壁を叩く人。

ただただ、寡黙に祈る人。


様々な人がいた。


僕は、その姿をただ客観的に見ていた。

現実離れし過ぎて、理解出来なかったんだと思う。


機体は海上すれすれまで高度を落とし、突然”何か”にぶつかり大きな衝撃と光が僕を襲った。

その後の記憶は無い。

気が付いたら僕はこの場所にいた。


僕だけがここにいたのだ。

同級生も、他の一般のお客さんも誰もいない。


初めは無人島に流されたのかな?とも、思ったけど制服は濡れてないし

携帯の電波はない。


周りには草原が広がり、飛行機から見ていた海なんて何処にも無かった。


幸い誰のか知らないけど、水と携帯食の入った小さな手荷物が近くに転がっていたので、多少の水と食料は確保出来ていた。

ただ、その幸運もさっき使い切ってしまったけど。



「異世界への転移って、もっとこうさ……なんかあるんじゃないの?」



思わず愚痴が出る。

アニメやゲームでは、こういう特殊な場所に落とされたら、神様の加護とか特殊な能力とか……

なんかこう、絶対的な力やこの世界の説明みたいな事して貰えたはずだ。


今の所、僕には何もない。

これじゃただの遭難者だからね?



「神様にあったら、絶対文句言ってやる」



僕は、そう心に誓う。

たぶん、後で慌ててドジッ娘の神様がやってくるに決まってる!

そして、加護やら何やら付け忘れてましたって謝ってくるに違いない。



「あっ!」



僕の視線の先には太陽の光に照らされた白色の馬車の団体がいた。

その周りには、沢山の馬や初めて見る異世界人がいる。



(そうそう、こういうのだよ!)



あの人達に助けを求めれば、きっと助けてくれる。

それで身の上とか話せば僕の異世界の物語が始まる。


例え始まらなくても同情してくれるはずだ!

子供が一人でこんな何もない平原を歩いていたら、きっと驚いて保護してくれるはずだもの。

不用心だって怒られるかもしれないけど、それは仕方ない。



「おーい!!」



僕はそう確信し、大声を上げ駆けていく。

白い馬車、そして初めての異世界の人間との会話に心躍らせながら。



「§ΞΘνΦ」

「あの、何言ってるんです?」



白い馬車に駆け寄って、近くの人に声をかけた結果。



「Θg§eΞkΛΘπν¶Φ」

「あの、異世界ってその……不思議な力で言葉って分かるんじゃないですか?」



まるで何言ってるのか分からなかった。

そもそも、異世界に来たら不思議な力とかで言葉とか全部分かるハズでしょ!



「あの!出来ればご飯を頂けると」



僕は言葉による疎通を諦め、ジェスチャーで伝えようとする。

架空の何かを掴み、口に運ぶ動作を繰り返す。



「ΘπΦ!!」



馬車の近くにいた人は、僕のジェスチャーが伝わったのか、首を大きく縦に振ると

僕に笑顔を浮かべ近づいてくる。



「ありがとうございます!」



僕はその様子に安堵し頭を下げる。

その時だった。



「ごふっ」



体内からせり上がる胃液を撒き散らし、僕は膝から崩れ落ちていく。


僕に笑顔で近寄ってきた人。

その人の拳が、僕の腹に埋め込まれたせいだ。



「な、ん……で……」



必死に考えるが、答えなんて分からない。

ただただ地面に這いつくばり悶絶する。

それしか僕には出来なかった。


理由を求めるように、痛みを堪え僕は必死に顔を上げる。

ただ、その答えとして帰ってきたのは”足”だった。


僕を殴った人の足。

それが僕の頭めがけ凄い勢いで迫ってくる。


ゴキッ。

鈍い音と共にやってくる激しい痛み。

その痛みに耐えきれず僕は意識を失った。






ゴトゴトと上下に揺れる馬車。

その乱暴な振動が、頭の痛みを増幅させていく。

頭だけじゃない。

殴られたお腹はズキズキと痛み、度を越した空腹感で気分が悪くなり吐きそうになる。

幸い吐く物なんて胃に残っていなかった為、それは避けられているけど。



「臭い……」



僕の周りのは錆びた鉄で囲われている。

檻だ。


動物園とかで見た、危険な動物を捕らえる為の大きな檻。

だが、そこに入っているのは危険な動物ではない。


手足が動かない様に木の板で固定された人間だ。

首は鎖で繋がれ、当然トイレなんてない。


馬車の中、いや、この檻の中は錆びた鉄と排泄物の匂いが充満していた。



「なんだよ。ここは……異世界じゃないのかよ……」



当然、僕も例外じゃなかった。

手と足は固定され、首にもしっかりと鎖が巻かれている。

さっきまで着ていた制服は勿論、下着まで剥ぎ取られ、その代わりただの麻のボロ切れが被せられているだけ。



「ははっ……夢だよ。これは、悪い夢だ……」



そうだ、そうに決まってる。

絶対的な力もない。

特殊な能力もない、

ドジっ娘の神様もやってこない。

言葉も分からない。

ご飯も食べれない。


何かを得るどころか、制服は剥ぎ取られ荷物も失った。



「こんな所、異世界じゃないよ……」



ゆっくりと涙が頬を伝っていく。

何か特別な力を貰って、自分の好きなように生きられる世界。

それが僕の知ってる異世界なはずだ。



「母さん、父さん……」



今頃、二人はどうしてるのかな?

僕は飛行機墜落、搭乗者行方不明とか言われてるのかな……


……ごめんなさい。

きっと凄く心配してるよね。



「戻りたいよ……」



もう、いいよ。

2度と異世界になんて行きたいなんて思わないから。

ちゃんと、母さんや父さんのいう事も聞きます。

なんでもします。



「……だから、家に帰してください」



僕は願った。

何度も何度も繰り返し。


僕をここへ……異世界へと誘った存在に対して。


何度祈ったのだろうか。

流していた涙は枯れ、いつの間にか僕は深い眠りに落ちていった。





硬い衝撃が背中に走り、僕は目を覚ます。

最悪の目覚めだ。



「ちょっと!何を!」



気がつけば僕は知らない男に足を掴まれ、馬車から引きずり下される所だった。

そして、知らない男は僕を馬車から乱暴に地面へと投げ捨てる



「かはっ!」



体に走る衝撃。

手や足につけられた木の板のせいで受け身も取れなかった。


行き場の無くなった体中の空気達が我先にと溢れ出してくる。


人権なんてまるで考えられてない。

運送会社で運ばれるの荷物の方がよっぽど良い扱いを受けている位だ。


僕はただ、ゴホゴホと咳き込む。

それしか出来なかった。


すると、僕の脇に数人の汚い子供がやってきた。


手や体は真っ黒に変色し、体には申し訳程度のボロ布を纏っている子供達。

子供達は、その汚い手で僕の鎖や手足の木の板を外していく。



(なんでそんな目をしているの……)



その子供たちの手足は棒の様に痩せ細り、目は死んでいた。


僕は咳き込む事も忘れ、恐怖した。

今まで生きてきた中であんな表情をした人間を見たことがない。


なんていうか、死んだ人間。

動かないはずの人間が黙々と作業をこなしていく。

そんな不気味さが感じられた。


木の板や鎖を外し終わると、子供達は僕をグイグイと引っ張っる。


死んだような目つきのまま。

僕は抵抗する事も忘れ、その気味悪い子供達に従う様に引っ張られていった。






「gadgntuyta」

「Й:en:S」

「ἱερογλυφικ」



子供達に連行された先。

そこは焚火のある広場であった。


連行された僕の前に、沢山の人がやってきた。

そして、何か理解できない言葉を発し去っていく。


初めは”何を言ってるのか分からないです……”と、答えていたのだが

途中からは、ただ首を横に振って答えていた。


何人位が僕の前に立ち、去っていっただろうか。

もういい。と言わんばかりに、偉そうな人が残念そうに首を振り、周りの男達に指示を出す。


すると、その指示に従う様に筋肉隆々の男達が焚火から何かを取り出す。


それは、赤熱したただの棒だった。

真っ赤に染まった棒を持ち、男たちは僕に向かってくる。



「ちょっと待って!待って!!」



叫んでしまった。

だって、だって!


何するの?

その赤く変色し、寒くの無いのに白い煙を上げ続ける棒で何するの?!


間違いなく熱い。

触ったら火傷どころか皮膚が爛れるレベルで。



「Θπν¶ΦΞ」


僕の叫びを無視し、男は僕に何か言う。

そして、僕の腕を捻り上げ地面へと押し付けた。


嘘だ。

嘘なんでしょ?


これから起こる事。

それは、僕の想像通りだと確信した。


あれを。

あの熱い棒を僕に押し付けるつもりなんだ!



「やめて!やめろ!!触るなよ!!」



だから、僕は必死で暴れた。

あんなの押し付けられたら絶対に怪我する。

それどころか、一生消えない傷になる。



(えっ……)



突然、顔に衝撃が走った。


そして、僕の理解より先に鈍い痛みがやってくる。


なんなんだ?

理解が追いつかない。


ああ、わかった。

口内から溢れる血が状況を教えてくれた。


僕は殴られたのだ。

1人の男に容赦なく思いっきり殴られたんだ。


”なんで?なんで殴られたの?”


何度考えても答えは分からない。


ただ、僕は抵抗をやめた。

というか、抵抗なんて出来る訳がない。


少しでも騒げばもっと痛い目に合う。

それがわかってしまった。


なんでこんな理不尽な目にあわなきゃいけない。

涙が溢れ、嗚咽が零れる。


やだ。

やだよ。


お願いだから、やめてよ。


涙で滲む世界を恨みながら僕は願う。

そんな願いの代わりに、赤熱した棒が僕の右腕に押し付けられた。



「があぁぁぁ!!」



ジュウという音と共に、肉が焦げる匂い充満する。

それは熱いとかいうレベルの物じゃなかった。

絶望と共にやってきた、神経をねじ切られるような激しい痛み。


その直後、僕の視界は真っ黒に暗転する。

僕が覚えているのはそこまでだった。





「何で……数字だけは同じなの……」



どれくらいの時間が経っただろう。

気が付いた時には、赤熱の鉄を押し付けた男達は僕の前にはいなかった。

ただ、叫び声がどこからともなく響いてくるので、たぶんあの最低な作業を繰り返しているのだろう。


腕がジンジンと痛む。

腕には”19”という数字が刻まれていた。

それは奇しくも元の世界と同じアラビア数字であった。



「焼印……じゃないか」



あの熱した鉄の棒。

それは、”19”という数字を僕に刻み込む為の物だった。


”焼印”


それは奴隷や家畜などに対して所有者を明確に擦る為の物。

確か、日本ではもう生きた牛や豚などの家畜にこういった焼印はされていないはずだ。

たしか動物愛護の観点から家畜でそういった事はやらなくなった。って聞いている。



「……僕は家畜以下の存在……か」



ははっ。

もう、笑うしかない。

僕はもう人ですらない。


牛や馬の家畜の以下の存在だ。

異世界転移がこんなに僕の想像と違うなんて、思いもしなかった。



「……痛い……痛いよ……」



焼印された腕だけじゃない。

体も心も何処かしこも痛かった。


僕は、もう人ではなくなった。

体には2度と消えないその証までいれられて。



「もう、やだよ……帰りたいよ……」



部活をさぼりたい。塾がめんどくさい。

中間テストが嫌だ。

そんな事で悩んでいた自分を殴りたい。


こんな地獄の様な場所に比べれば、部活だって塾だってなんだって天国だ。


僕は、膝を抱えて座り込む。

それだけで、体は小さく震え、涙がとめどなく溢れてくる。


今までどれだけ裕福な立場にいたのか。

どれだけ、色んなものに守られていたのか。


それに感謝する事も無く過ごしていた毎日。


それなのに。

溢れる幸せを享受し、大切に守られて生きていたのに。


僕は異世界に行きたい。魔法を使ってみたい。

そんなバカな事を毎日考えていた。


本当なら僕は両親や環境に感謝すべきだったのだ。

それを怠り、別の何かを求めた。


今の状況は、その罰なのかもしれない。

もう、後悔してもしきれなかった。


コトッ。


僕の目の前で音がした。

顔を上げれば、そこには小さなパンと素焼きの食器に入れらたスープが置かれていた。


唾は勝手にゴクリと鳴る。


そこには、一人の男性がいた。

無精ひげを生やした20代中盤位の男性。



「食べていいの?」



僕が尋ねると男性は軽く笑い、縦に首を振る。

その合図を見た瞬間、自分でも驚く位出された食事にがっついていた。


殴られたせいか、スープを飲めば口の中が飛び上がるほど痛い。

パンはパサパサで硬い。


とてもじゃないけど、元の世界なら食べられるような代物じゃない。

スープの味も水に塩をいれただけ、ただそれだけ。

子供のイタズラよりも酷いふざけた味だ。


でも、だけど……それでも……



「おいしい……」



また、涙が溢れてしまった。

暖かい食事。

これだけで、本当に心も体も癒されてしまう。



「……ありがとう」



僕は食事をくれた男性に頭を下げる。

その男性は顔の前で恥ずかしそうに手を振っている。

よく見ればその男性の足には鎖が繋がれ、その鎖は僕の足へと繋がっている。



「なに……これ?」



ジャラジャラと音を立てる頑丈な鎖。

その鎖を見ていると、背中を軽く叩かれてしまった。


食事をくれた男性が、僕の背中を叩き何か言っていたのだ。

言葉なんて分からないが、なんとなく”よろしくな”と言っている様だというの分かった気がする。

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