第8話 魔王の目論見
部長に声をかけた。文字の間違い。『誤植』をしたと言うと、形相が変わった。「ご指示を…」と行った瞬間に「見降ろすな!膝をついて報告しろ!」と怒鳴られた。
膝をついた状態で凄まじい勢いで怒鳴られて一時間。前日から泣きはらして涙が枯れたと思っていたが、怒鳴られている途中でまた泣けてきた。部長から怒鳴られている声よりも大きな声で泣き出した私を、皆がぎょっとした目で見ている。
「お前!社会人か!この役立たずが!どうせ、お前の作ったチラシなんか誰も見とらん!そのまま配って恥を晒せ!」
そんな言葉を受け、さらに膝をついた状態から、へたり込むくらいに大声で泣いた。
「誰か、外に連れて行け!電話が取れん!!急げ!」
私は、誰かの手を煩わせるのが申し訳なくて、泣きながら一人で非常階段へ歩いて行った。それを追ってくる人もいなくて、ひとり吹き曝しの階段の上で青空を眺めて涙を乾かしていた。
「流石にもういかなきゃ…」と自分の席に戻る。
訂正シールを自分で作って、一枚一枚貼ろうとしてたところに、小夜さんが通りかかった。そして、訂正シールを奪い取ると悪魔のような形相で私を叱り飛ばした。
「そのまま配って恥を晒せ!と言われたはずです!社員のくせに、上長の指示を聞いてなかったんですかっ!就業時間はきちんと働いてください!」
そう言って、奪い取った訂正シールを、シートごと引きちぎった。
皆が、茫然とそれを眺めている中、小夜さんは冷静にさらに大きな声で「 泣 く な ら 外 ! 」と、ドアを指差し叱った。
目が腫れすぎて、痛くて開けていられない。最低最悪の日だ。もう、生きていたくない!誰も仲間じゃない。誰も気遣ってくれない。帰りたい!お母さんのフルーツタルトが食べたい!
そう思った瞬間に、お母さんの「女性が働いてお給料をいただくのは大変なことなんだよ」と言っていた言葉を思い出した。
「まだ、クビになってないもん…。」と、そう思ったあとで、クビになったら今までもらったお給料、返さないといけないのかなぁ…。とそう思っていた。
終業後、ベローチェにのこのこ行ってみると、魔王然とした小夜さんがオーダーしていた。今日はいないかと思っていたのに…。
私に一瞥をくれると、「追加でルイボスミントティーを」と言った。
私が財布を出そうとすると「今日は奢りです」と言い「おいわいです…」と言って、にやりと笑った。
「あ、ケーキもお願いします。ひとつでいいです。」
席に着くと、目を合わせない私を無視して、小夜さんはケーキを食べ始めた。
私のじゃなかったんだ…とがっかりして思った。
「お祝いってなんですか?私が怒られるとそんなに嬉しいんですか…?終業時間内に私を怒鳴り上げることができたことが、そんなに喜ばしいことなんですか?」と低い声で目も合わせずに早口で伝えた。
小夜さんは、「私はそんな感情的な人間ではありません。うん、このケーキ安っぽいバタークリームの味がして美味しいです。」と、そんな感想をのべた。
「何のお祝いですか?」
「ひどい顔ですね。まるで、試合後のボクサーです。」
「知ってます。」そう言いながら、朝かぶってきたキャップを鞄の中から取り出して目深にかぶった。
「どうやって、部長のチラシと、我々のチラシの効果をボンクラの社員たちに知らしめれば良いかを考えていたんですよ。」
「はい。」
「ポンコツのおえかきさんのミスで、意外と簡単に解決しました。」
「どういうことでしょう?」
「こういうことです。」と言うと、開催時間のところの十二時という表示を指差した。その後に、先着五十名プレゼントの文字をなぞるように。
「さて、この五十名が、何時に達成するかという話ですよ。ここは、ほくそ笑むところです。泣きじゃくるところではないのです。しかも、部長は訂正もしなくて良いと言ったのです。あれだけ派手に泣いている注目を浴びているお絵かきさんに、大声で怒鳴って。」
私は、納得いかず喧嘩を売るような視線を小夜さんに向けた。
「さらにダメ押しで、私がおえかきさんを罵りました。その後、部長が何と言ったかわかりますか?(生意気なパートも、たまには使えることをするなぁーこれがチームプレイっていうもんだぞ、その調子だ覚えておけ。)です。これで、みんなの中の認識は、修正していないチラシをおえかきさんは泣きながら悲壮感を漂わせながら配るということになったわけです。修正しないことが正当化された状態です。」
「はい…。」
「開場時間は、十時からです。しかし、部長のチラシが成果をあげられないとしたら…?人がくるのは十二時から。限定五十人も十二時からでしょ?と…早めにきた人も不思議な顔をするわけです。もし、十時に限定数が捌けてしまったら?クレームです。そして、そのクレームはすなわち、おえかきさんが作ったチラシの集客のクレームで、修正しなかった部長の指示ミスなのですよ。」
そう言うと、小夜さんは、一気にコーヒーを飲み干しキラキラした目を向けた。
私は、腫れぼったい目で「一瞬の間にそれだけのことを考えたんですか?」と、ため息まじりに小夜さんに向けて質問をしていた。
「考えられなければ、ポンコツなおえかきさんとこんなところにはいません。」と言われいつにも増して怒りが湧いてきた。
「ひどいです!ぽんこつぽんこついわないでください!!」
いつもは、スルーできる言葉であっても、今日は感情が荒れすぎていた。体力がもたないくらいに消耗している状態で余裕がなさすぎた。仲良くなった甘えもあっただろう。
もちろん小夜さんはそんな私の感情を無視して「これで、成果の効果測定の基準ができましたあとは、成果をあげるだけです。」と、そう言った。
相手が私の感情に無頓着なのが気に入らなくて「わたしもケーキ食べます」と言って席を立った。確かに、そのケーキは安っぽい昔食べた誕生日のケーキみたいなバタークリームで美味しかった。
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