第7話 水曜のアナリティクス
【イベント詳細】
開催日:12月20日 開催場所:ももち浜海浜公園。
弊社の商品を知ってもらうこと。(卸売から一般顧客への移行をしたい、別ブランドの立ち上げ)
手法、焼きそば、たこ焼き、クレープの露店サービス。
金魚すくい、ヨーヨー釣り。
綿あめ。ポップコーン…。
こ、この時期に…?海辺で…?寒いよね…。
「おえかきさん。もう一度聞きます。遠慮なく答えてください。このチラシは当たりますか?」
小夜さんは、綺麗に作られた敵国つまり部長のチラシを見せて聞いてきた。
片手には、部長のチラシを百枚筒状にしたものがテープでぐるぐる巻きにして指揮棒のように握り締められている。
わたしは、唇を軽く噛みながら「予想です…。あくまでも…」と前置きして「綺麗なチラシは当たりません。少なくとも認知度が低い中小企業においては…」と答えた。
「ほう?」
「何度か百枚チラシを作る時に、綺麗に作ってみたんですけど、反応は低かったです。」
小夜さんはそれを聞くと、苦々しい顔をして「まだ五十枚サバを読んで言うんですね。自分がやったことを遠慮がちに低くいう人間を、わたしは信用しません。」と言った。
わたしは、すみません気をつけますと言いながら、「綺麗なチラシは、きっと平均化されるんだと思ってます…。感情を揺さぶらない…。」
小夜さんは、じっと次の言葉を待っていた。わたしは「平均的なそこそこ普通に優等生な学生たちはクラスの中で、モブキャラになって、その他大勢になってしまいます。あれだけ至近距離にいても、一年経つと思い出すのも難しくなってくるくらいです…。」と率直な意見を言った。
「学校の話ですか?」
「チラシの話です。普通に控えめに性格が良くて、普通に綺麗な絵を作って、普通に予想を超えないチラシの作品は、ポスティングされた時にモブキャラに認定されます。二秒で集合ポスト横のゴミ箱直行だと思います…。」
「ほう?」
「あくまでも、わたしの意見ですけど…。」
「では、おえかきさんのチラシなら成果が出ると?」
わたしは通勤用のリュックからパソコンを出してGoogleChromeを立ち上げた。【カイシャ】と書いてるアカウントでログインしてGoogleアナリティクスを開く。
わたしがいつもチラシを配布している曜日は水曜日です。見てください、いつも十件くらいしかないアクセスが、その水曜日くらいに二十件くらい、木曜日くらいに十五件に上がるんです。
「少ないですね…。そもそもの数が…。」
「すみません…。」
「しかし、二日間顕著ですね…。誤差の範囲内かとも思いましたが、規則正しい動きですね。」
「問い合わせも二週間に一度くらいはあります。」
「ほう、コンバージョン率も異様ですね…。では、おえかきさんが、敵、渡辺将軍閣下の弾丸の精度が低いと感じた理由を教えてください。」
「こっそり聞いてたんですが…」おずおずと話し始めると、「ふん…また、コソコソと…」と小夜さんが不満げな声で呟く。それを無視して話した。
「こっそり聞いてたんですが、部長は土日に見てもらえるようにと、その曜日を選んでポスティング業者に依頼してます。」
私は、小夜さんであっても自分の考えを人に伝えるのが苦手なこともあり、少し緊張で声が震えている。
「土日は、サイトアクセスが異様に低くなる日です…。通常二から三に落ち込むのですが、考えてみてください…。けど、その日三千枚くらいの数をポスティングして、何故数字が動かないんですか…?」
「サイトに誘導してないから?ですか?」
「それもあります。でも、モブキャラ優等生のチラシになってるからだと、わたしは思っています。」
「精度が違うと?」
「はい…。」
「言いますね…。言うようになりましたね。嫌いじゃないです。」無表情で肘をついた方の手で、考え込むように口元を隠すようにして言った。
一息ついて「はい、小夜さんのせいです。」そう軽口を叩くほどに緊張が解けた。
「おえかきさん、また日本語変ですよ。」そう言われながら、ニヤついている私を見て、小夜さんがすっと背筋を伸ばし姿勢を正して言った。
「そんな、浮かれているおえかきさんに、ショッキングなご報告がひとつあります。」
「!!」息を飲んで身構えた。小夜さんのお知らせは良かった試しが無い。いつも心臓をえぐるようなニュースを何処からか仕入れてくる。
「おえかきさん、開催時間が二時間後ろ倒しになっています。」
「え…?」
「はい。誤植です。文字の間違い。」
小夜さんが、淡々と伝えてきたニュースは、仕入れてくるまでもなく目の前にあって気づかないだけだった。体から血の気が引いてその瞬間に寒気がして体が震えた。
誰も教えてくれなかったし、課長も見てもくれてない!!十時スタートの筈が、十二時になっていた!
茫然とチラシを眺めている私を無視するように、小夜さんはガサガサと荷物をまとめて、席から今にも立ち去る用意をしていた。「泣くなら店を出てからにしてくださいよ」と言って逃げるように立ち去っていった。
わたしは、しばらく呆然として、その数字を眺めていたけど、その数字は変わることがなく、勘違いでもなく、誤魔化すこともできずに十二時のままだった。
そして、敵の渡辺部長のチラシには、きちんと十時と正しい時間が書いてあった。
せめて、みんな間違えてくれていれば仲良く笑えたかも…と思ったけど、そうであったとしても、きっと、わたしのチラシだけは許されないだろうな…と思った瞬間に泣けてきた。
小夜さんの「泣くならお店を出てから」と言う声が思い出されたが、立ち上がる気力もなく机に突っ伏して泣いた。明日、課長に…いや、部長に報告しなきゃ…。とそう考えていた。
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