第6話 レベル上げスライム認定?

天神は福岡という街では華やかな街。

百貨店やファッションビルなどの商業施設が高度に集積した九州最大の繁華街で博多駅周辺から福岡市地下鉄で数分の距離にあり、博多との間には全国的にも有名な歓楽街の中洲・南新地がある。


大丸や、三越、パルコ、ソラリアステージ、イムズという、カタカナのビルが乱立していて、私もよくケーキの食べ放題のスイーツパラダイスには、つきいち行くのが日課なのだけれど。


こんなお店があるんだから、すごいお金持ちがいるんじゃないかなと思いつつ配布計画を立てていた。


小夜さんが、その計画表を見て「スイーツパラダイス行かれるんですね。

おえかきさん…。そこにポスティングするんですか?そこ、住宅街ですか?」と背後から声をかけられた。


「おえかきさんは、なんでも自分の思考を走り書きされるんですね…。わかりやすくて助かります。」小夜さんは、そう言うと、椅子をひいて前に座り続けて言った。「えーっと…明らかに、このチラシはファミリー層にアピールするためのイベントチラシですよね…?商売で超激戦が繰り広げられてるおえかきさんがいつも言う『バトルフィールド』のど真ん中に無課金の村人と変わらない勇者がふらふらと漂っていて何の成果があげられるんですか?ファミリーって、そこにいます?」


背もたれにもたれずに、椅子の先の方に背筋を伸ばした座り方をしている小夜さん。それに対し机にしがみつくようにゼンリンの地図を見ている私とは違っていて威圧感が半端ない。あらがうように言い返してみた。


「お金持ってるファミリーがいるかもしれないじゃないですか!!それと、無課金の村人なんていません!いるのは、無課金の勇者だけです!」


「勇者も村人も住んでません、あんなところには。そして、いつまで経っても、夢や希望を語るキラキラのお姫様世代ですね…。」と、小夜さんは興味をなくしたように肘をついて、前に座っているおじいさんとおばあさんたちを眺め始めた。


そして視線を外したまま低い声で言った「もしかしたらに賭ける程、あなたには余裕はありません。この前も言ったように…です。ガラスの靴を落としたら、道路で車に轢かれて木っ端微塵になるだけで、王子様などが拾いにくるような場所じゃないんですよ。」


「おえかきさん…。天神は、野営してる飲食経営者や、風俗街で働くおねえちゃんの巣窟です。風俗街として日本に名前を知らしめている中洲も然り。夜中に『クソビッチ』や『酔いどれて下半身だけの欲で動く男ども』その他大勢の雑魚どもが嬌声をあげてる街中に、ファミリーの憩う場所はないのです…。」


「では、天神、中洲は外すんですか?」また振り出しかぁ…と思いながら、聞かなくてもいいようなことを聞く。


「外します。一枚たりともポスティングしません。」


そんな話を、業務終了後のカフェベローチェで繰り返していた。この後は、また二人で、夕暮れまでポスティングへゆく。


「ねぇ、小夜さぁん…。」


「なんですか?その話しかけ方は個人的なことを聞く・話し出す。サボりたい、そんな時の呼びかけ方ですね…。」


「ねぇ、小夜さんは、なぜ会社で私に話しかけないんですか?友達いなさそうなのに一緒にご飯も食べてくれないですよね?」


「なんですか、私の質問は、超スルーするんですね。」


「はい」小夜さんも超とかいうんだとちょっと新鮮だった。答えてくれないかと思ったけれど、意外にも小夜さんは話し始めた。


「おえかきさんは、いじられキャラですよね。」


不服そうに「いじめられキャラです」と答えた。


「愛されてますよ、みんなからは。」


納得いかずに「そうですか?」と返す。


小夜さんは普通に「おえかきさんは、そうです。でも、私は憎まれキャラなんですよ」と続けた。


「おえかきさんは、部長からはお荷物みたいに言われてますけど、みんな、声かけてくれますよね。普通に話しかけたいし、かまいたいんですよ。飲み会の時も大盛り上がりで命名式が催されたと聞きます。」


「そうかぁ…。そうなのかなぁ…。」


「でも、おえかきさんは、今、微妙な位置にいますよね…。」


「はい?」


「部長から敵視されていますよね…?」


「みんなから敵視されてますよ?」


「あなたが、部長の楽しみを奪ったからですよ。」


「楽しみ?」


「デザイン好きでしょ?あの人。自分で作ったもので売り上げを上げたって得意げにドヤ顔したいんですよ。」


「あー…。そういうことなんですか…。悪いことしたなぁ…。」


「あなたの教育に手が回らないから、百五十枚チラシを勝手に作らせていたら、少しだけお客さんと交流ができはじめてるじゃないですか。こっそりメールしてるでしょ?」


「え?小夜さん、なんで知ってるんですか?」


「おえかきさんは、営業の人で、誰が一番商品知識あるか、わかってますよね?」


「ヨウタさんですか?」


「正解です。そして、気遣いができるのも彼ですね。お客様からのお問い合わせのメールも、彼に聞いてきちんと返してますよね。」


「はぁ…。ヨウタさんは、なぜそういう質問をするの?というところから聞いてくれますから、私が彼に聞いた以上のことを教えてくれます。」


「だから、今回のチラシは課長に任されたんですよ。なんとなく、成果がでてきてるというのが、わからないなりに、言語化できていないなりに感じたからです。」


「課長は嫌いです。」


「個人的な感情は聞いていません。今は。」


「で、なぜ私がおえかきさんに就業中に、声をかけないかということにお答えします。」


「はい。」


「私は仕事ができます。」


「はい。」


「パートの分際で、生意気です。」


「はい…間違いなく…。」


「私は、一つでも、そこそこの失敗をしたら、おそらく辞めさせられます。」


「そうなんですか?」


「はい。それが、日本の中小企業の実情です。彼ら上司には、有能な部下は必要ないのです。もしくは、異能という判断できない職能を持った人間も、無能扱いされます。」


わたしは「そんなことないのでは…」と言いかけると、視線をはずしていた小夜さんがこちらをじろりと見た。


「業務は部長たちの能力が及ぶ想像力の範囲内で割り振られています。そして、およそ効率の悪いやり方で進められているからといって、やり方を変えることは許されません。彼らのこれまでやってきたというプライドが許さないからです…。」


「はぁ…。」


「そのくせに、部下が成果を上げられないことを自分のせいだとは思わないんですよ。」


「うん…。そうなんですかね…。」


「成果が上がれば自分の手柄で、成果が出なければ、会議での報告なしで部下のせい。こんな中小企業が山ほどあります。」


「会社なのに?!」


「会社なのに!です。」


小夜さんは、歯を食いしばりながら、ぐいーっと肩甲骨を動かしながら伸びをした。すごく手足が長い人だなぁと、感心していると、がっくりと首と肩を落として、上目遣いに私をみながら、体を乗り出して更に続けた。


「そんな、めんどくさい感情にまみれた会社で、『評判が悪く敵ばかりつくっている私とつるんでるあなた』つまり『私の仲間』に誰が味方してくれますか?私が辞めた後、あなたは無課金勇者どころか、村人どころか、レベル1の敵のやられ役のスライムになります。毎日毎日、よわっちい初期装備の奴らにボコボコにされるんです。」


「私は、愛されている、いじられキャラなんでは…?」


「ばかですねぇ。紙一重ですよ。自分に害が及ばない天然キャラは可愛いけれど、上長に目をつけられる役立たずのせいで、自分に害が及ぶってわかったら、容赦ない蔑みが生まれますよ。自分の失態をあなたのせいにしたあの課長のように…。」


小夜さんは、口の端を笑っているように歪めながら、じっと私の顔を見て「みんなが、あんなマネをしでかしてくれるようになります…。」と言った。


「それをさせないためには、あなたが、あなた自身の能力を、外にアピールするしかないのです。」


「…みんなが、私を殺す死霊ゾンビみたいになる!」と、端的にイメージが口をついて出た。


「ちがいますよ。あなたがバトルフィールドのスライム認定されるんです。あなたを叩いて自分のレベル上げをするんです。」


そういうと、小夜さんはゲラゲラと笑い始めた。老人の馬鹿みたいにでかい笑い声が響くカフェの中でその声は周囲に溶け込んだ。


「せちがらいですっ!!!」


「ああ、そうです。言葉のチョイスは納得できませんが同意です。理不尽というのです。でも、それが人間の世界というわけです。なので、あなたに残されたチャンスは、この一回きり。部長の弱みを握りしめて、戦うだけです。」


そういうと、今日も握りしめていた部長が作った筒状になったチラシの束百枚を両手で握り潰した。

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