第2話 異世界転生したくてたまらない!

天神の交差点で、ひとしきり強い風が吹き荒れたあと、その風がぴたりと止んだかと思ったら、すごい勢いでひょうが降ってきた。

信号が青に変わって、鳥が平和に鳴いているような横断歩道の音に混じって叩きつけるような落下物の音が交差点を包み込んだ。


「痛い!!!痛い!!!痛い!!!」


身体中にひょうの氷の粒が当たって、冷たさが痛みをいや増す。

耐えられないほどの痛さになった。


横断歩道を抜けて、お店の軒先に避難しようと駆け足になった瞬間に革靴が滑ってチラシをばらまいて前転するかのような勢いで転げた。


折しも、前日からの雨で路面が凍っていたのを忘れていた。

九州では、めったにこんな状態になることはないけれど、ごくたまに二月の寒さが厳しくなったあたりこういう日があったりする。だが、十一月にこんな気候はほどんどない。


手をすりむいたし、タイツが破けるくらいに派手に転んだ。

痛みより先に、チラシが濡れる!と這いずり回りながらチラシをかき集めた。もう、信号が変わり始めてクラクションが交差点に響き渡る。


つらい!つらすぎる!

世界は私に何か恨みを持っているに違いない…。

会社ではひどく嫌われて、だれも私を助けてくれない。

その上に、コートを羽織ることさえ忘れて出てきた私にこの仕打ちだった。


私の中で、何かがキレた。


怒りに任せて「轢くならひくがよい!!私はその瞬間に異世界に転生して無敵の剣士になるんだ!!」と、叫んだ瞬間に涙が溢れ出た。タガが外れて、ずぶ濡れのチラシを抱えながら座り込んで横断歩道の真ん中で号泣した。チラシのほとんどは、濡れてしまい使い物にならなくなった。


叫んだ後、流石に自分で自分をぶっ殺したくなった。


だって、もう社会人なのに、いつまでもライトノベルにどっぷり浸っているようなスーツ姿の痛い女だ。さらに世界から嫌がらせをうけても当然だと思った。


まるで、暴行にあったようなやぶれたタイツのままで帰るのは恥ずかしすぎる…いたたまれずに寄ったコンビニで、タイツと透明な雨がっぱを買いながら「五万分の五十が戦死してしまった…」と思った。


コンビニのトイレで着替えながら鏡を見るとひどい顔だった。

泣きはらして目が腫れ、髪の毛もずぶ濡れ、手も血塗れ。

黒いタイツも膝が破けている。リバテープ買わねば…。いや、絆創膏。


熊本のおばあちゃんが、いつもリバテープと言っていて、それが絆創膏の方言だと知ったのは、会社で大阪に研修に行った時。


「リバテープ持っとる?」と方言丸出しで、同期の子に聞いたら変な顔をされた。もう既にみんなは、三ヶ月も先に一緒に働いていて、広報担当と伝えられていた初対面の私だけが浮いていて、みんなから変な子として扱われていた。「入社式にあの子いた?」と囁かれる中、そんな状態で馴染めそうにない状況の中での恥ずかしさで、広報として方言は撃滅していかねば!と心に誓ったばかりなのに!と、また泣きそうになった。


ずぶ濡れのチラシをコンビニのレジ袋に入れて、鞄の中に隠すように入れた。チラシを無駄にしたとばれてしまったら、また怒られる。


そう考えたが、いや、お前たちの死は無駄にしない。残りの四万九千九百五十枚は、必ず配り切って見せる!と考えた瞬間に、その文字の圧力に負けて、がっくりと肩を落とした。


五万と四万九千九百五十枚は数が減ってるにも関わらず、数字の圧力と心の破壊力が増した気がした…。


外からトイレの扉をノックする音がする。「冷えるからなぁ…みんなトイレ使いたいよな…ごめんごめん」と呟きながら急いでコンビニのトイレをあとにした。


コンビニを出ると、少し青空が見えていた。


「ぬーん…。雨がっぱが無駄になってしまった…」と思ったが、ずぶ濡れになった体には風除けにちょうど良いと気付き、そのまま歩き始めた。


大好きなライトノベルの小説を思い出しながら、世界ってそんなにうまいことチートできなくなってるんだよねぇ…と考えた。

そもそも、チートできる条件とか、発現条件とか、苦労して勝ち取る設定だからね、今は何も武装していない無課金勇者状態なんだわー。


こんなんで、魔王みたいな奴(部長)がいるバトルフィールドに放り出されてどうすればいいんだよ…もう…。

学生時代に、ゲームとかラノベとかばっかり読んでないで、もっとビジネスというバトルフィールドに興味を持たなきゃだめだったなぁ…と思っていた。


いつか、大好きだったあの作家さんの広報とかできるといいなぁ…。

曇った空の間に見えた青空を眺めながらそう、思った。


ちょうど今日が、入社して三ヶ月目。

試用期間が終わったその日だったなぁと考えていた。

これから、正社員になるんだなぁ…と、追い詰められたような気持ちで考えた。

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